「意外だったな。この量をミカエルも食べれるなんてな」

 ユウトは喋りながら、巨大カレーの揚げ物を狙っていく。

 カレーのルーに絡めて味を楽しむ。

「貴族に取って、食事は戦場を想定している。より早く、効率的に――――競技として技術系統すら生まれている」

「へぇ、食べる事が競技化しているのか……あれ? でも、そんなに食べてる所は見たことないが?」

「ふん、冒険者としては別だ。体を作り込み、怪我や疲労のケアをするならば計算された食事をしなければならない」

「お、おう……そんな事は考えた事もなかったぜ。もしかして、それか?」

「何が……だ?」

「俺が自由に食べてるのが気にいらなかったのか?」

「馬鹿な。そんな事で――――」とミカエル。

 図星を指摘された……というわけではないのだろうが、気に入らなかった部分ってのあったのかもしれない。

 だが、本人のユウトは気にした様子はない。

「それじゃ、勝負しないか? どっちが多く、早く食べるか……ミカエルと最後に本気の勝負をしたい」

「――――そうだな。互いに傷つけずにぶつかり合う理想的だな。平和な勝負方法だ」

「いいか? それじゃ――――勝負だ」

 王者 ユウト・フィッシャーが本気を出してギアを上げる。

 全ての調理を終え、戦いの見届け人になった店主は――――

(今まではユウトが先行して食べる事で、食事速度が安定したペース配分で行われていたが―――― やはり、貴族さまが食らい付いてくる。本気を出したユウトに匹敵する速度か!)

 2人の戦いに注目した。

(まずは揚げ物の連続。油を含んだそれは胃袋の消化を遅らせて、ダメージを与える。それでもペースは落ちないのか)

 黄金の揚げ物たち。 確かに大食いというジャンルでは強敵に部類されるだろう。

 しかし、ユウトとミカエル――――

 両者の顔には食欲と興奮が宿っていた。

 揚げ物のカリッとした音と、舌を刺激する香ばしい香りが漂う。

 それを楽しむように大きなスプーンでカレーと揚げ物たちを大胆に頬張っていく。

 積み上げられたゴロゴロとした揚げ物たちが消えていく。

 それを消し去っていく2人――――ユウトとミカエルは飢えた獣のように見える。

 壮絶な戦い。 最初でありながら、最大の強敵である揚げ物は時間と共に消えていった。

 しかし、不思議と2人の食事速度は落ちるどころか、加速していた。

『カレーは飲み物』などという言葉があるが――――

 見よ! これが飲み物か! 

 揚げ物を終わらせた2人だったが、油断はしない。

 海の底に沈む宝物の如く、カレーのルーに沈んでいるのは色彩豊かな野菜たち。

 それだけではない。

「この弾力――――プリプリ感はエビだ。他にも海鮮は――――これはあさりだ!」

 絶賛するユウト。隣のミカエルも同意する。

「あぁ、この食感と味わいは、間違いなく極上。さらにあさりの存在は、自然な甘みと海の香りが広がっていく」

 その2人を見守っている店主は「――――」と絶句する。

(ば、馬鹿な……加速していた両者の食事速度が、もう一段階上がった……だと? この2人は、一体どこまで行きやがる!)

 店主は両者が出す熱気、闘気に嵐のようにぶつかり合う幻覚を見る。

 幻覚は、それで終わらない。

 食堂で2人が食べているだけ――――そのはずだ。

 しかし、店主の目には、見える。 闘技場で戦う両者の姿。そして、彼等の背後に何百人の観客が声援を上げている。

「――――そんな馬鹿な」と幻影……されど現実に気圧されていく店主。

 だが、そんな楽しい時間にもお別れが訪れる。

 トッピングの揚げ物たちは既になし……

 大海のようだったカレーのルーにも文字通り、底というものが見えてきた。

 雄々しい山脈だった白飯は、緩やかな曲線を描き――――今では終焉を望む。

 理解なき者どもは、こう嘆くかもしれない。

「もういいではないか?」

「そこまですることではない」

「何の意味があるのか?」

 だが、それらの言葉に目撃者は激高することになるだろう。

「見よ、2人の勇者を!」

 ただ、食べるだけ。そこには、多大な満足感と五感を振るわせる美味がある。

 しかし、やがてそれらは敵となり猛威を振るう。

 それらは御して、乗り越えた先には、きっと――――

「「ごちそうさま」」

 ユウトとミカエルは同時に口にした。

 その言葉で精神が現世ではない、どこかに飛んでいた店主を呼び戻したのだった。