「もう……大丈夫なのか?」
「あぁ、念のために包帯を巻いてるだけだ」とミカエルは自身の腕を見せた。
彼の腕は人間の手に戻っていた。もう怪物の手ではない。
それから、ミカエルは――――
「さっき、廃業届を出してきた」
「廃業? 辞めるのか、冒険者を?」
ユウトは驚く。 確かに、いないわけではない……
ダンジョンで挫折して、その日に冒険者を辞めてしまう者。
だが――――
「本当に良いのか? やっとA級冒険者にまでなって、これからじゃないのか?」
「――――驚いた。よりによってお前に止められるとは思わなかったから……そんな顔をするなよ」
「だが、それは…… 貴族の矜持ってやつなのか?」
「はぁ?」
「ダンジョンで遭難して、救出に来たのが俺だったから……その、プライドが傷ついたのか? それなら気にする事はないと思うぞ? S級冒険者のメイヴだって、よくダンジョンで迷子になって救出されてる」
だが、ミカエルは――――
「あははははは!」と笑った。
「そうじゃない。抜け落ちたのさ……執着ってやつが。冒険者になったのは、貴族として地位を定着させるための目的だった」
彼は笑った。
しかし、先ほどの笑いとは違い、自虐的な笑いに変わっていた。
「けど、気づいたのさ……自分のドス黒さに。目標のためなら、どれほど邪悪に染まっても構わない――――そんな自分自身に恐怖して、心が折れてしまったのかもしれない」
「そんなことは……」
ユウトは最後まで「そんなことはない」と断言する事はできなかった。
見てしまったからだ。そして、戦ったからだ。
怪物になってでも、力を欲するミカエルの姿を……
「そんな顔をするなよ、ユウト……もっと、俺を恨む資格がお前にはあるんだぜ?」
「……恨むかよ。恨むものか! お前は俺に冒険者としての可能性を教えてくれた。だから、俺は冒険者を止めずに来れた」
「お前には最後まで驚かされてばかりだ」とミカエルは言葉通りの表情。しかし、同時に穏やかさを兼ねていた。
「そうか、恨んではないのだな。お前は……それは良かった。本当によかった。俺は故郷に帰って、親兄弟を支える。もう、会う事もないだろうが元気で――――」
最後までミカエルは言えなかった。 ユウトが強引に体を引きよせたからだ。
「な、何を!」と慌てるミカエルにユウトは――――
「そうだ。一緒に飯を食いに行かないか?」
ここは冒険者ギルドの前。 その向かいには、いつもの食堂があった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・
食堂に入ったユウトとミカエル。
「店主、いつもの」とユウトは店主に紙の束を渡した。
「なんだ、それは?」と不思議そうなミカエル。
「あぁ、料理の新メニューだ。そういう依頼を受けている」
「ふ~ん、変わった依頼だな。まぁ、冒険者なら、石を斬るだけなんて妙な依頼を受ける事もあるからな」
「あぁ、そんな依頼もあったな。あの時は……」
2人は思い出話に花を咲かせた。だから、だろうか?
時間が必要なはずの料理が、すぐに出されたように感じられたのは……
「おう、待たせたな。コイツはカレーライスだ」
2人の前に並べて置かれた料理。
長皿にご飯が盛られている。その上に、何やら液体がかけられている。
野菜や肉を煮込んだスープにしては、とろみがあるようだ。
「どうやら、コイツは前回と同じで東洋系の料理で、ご飯が主要だ。その上にスパイスを混ぜたスープを乗せている」
「スパイス?」とユウトは反応した。
「そう警戒するなよ。前回のファイヤー牛丼みたいに辛くはないぞ」
「本当か?」
「疑うなら、まずは食べて見な。おっと、端に置いてあるスプーンですくって食うだぜ?」
「う~ん」と疑いながらも、ユウトはスプーンでスープ部分をすくい、口に運んだ。
「――――」と味を確かめるように無言になる。
(一瞬、味が薄いと思った。しかしそれは誤りか? 遅れて辛さがやって来る。俺が食べれないほど不快な辛さではない。なぜなら、辛みと同時に旨味がやって口内に広がるからだ)
「あぁ、だからご飯なのか」と彼は理解した。
最後に残る僅かな辛み。それが食欲を邁進させる。
そのため、スープをご飯と絡み合わせるのだ。
ご飯が有する甘み。相乗効果で辛みと甘みを際立たせている。
「うん、美味い。これなら――――いくらでも食べれそうだ」
ユウトはスプーンを振るう。 まるで飲み物のようにカレーライスを食べていく。
(この、食べながら、ご飯を崩していく感覚。まるで子供の時に遊んだ砂場を思いだすな)
そんな事を考えながら1皿目を完食した。
「すぐに次の品を用意する」と皿をかたずけながら下がっていく店主。
しかし、なにか違和感があったのか、途中で振り向いた。
テーブルでは、ユウトとミカエルが水を飲んでいた。
辛みによるものか? 2人とも氷の入ったコップで喉を潤している。
その光景に店主は違和感の正体に気づいた。
「あの貴族さま、王者と同じ速度で食べ終えた……だと?」
店主が厨房に入っていた後、そこから音が聞こえてくる。
ジュッ! と音が聞こえてくる。 どうやら、揚げ物を作っているらしい。
パチパチと小さな気泡が弾けるような音も届く。
それに加えて―――― 匂い。
どうやら、カレーというのは香辛料を多く使われいる刺激物のようだ。
誘惑的な香りが鼻腔をくすぐる。 香辛料……そこでミカエルが気づいた。
「待てよ、ユウト。ふんだんに香辛料が使われている料理って事は、とんでもない金額が、この料理に使われているのではないか?」
香辛料は希少で手に入りにくく、遠方の地域から輸入される貴重な商品。一般人には手に入らない……貴族であるミカエルも頻繁に使われるものではないのだろう。
だが、ユウトは落ち着いて説明をする。
「ここの店主は、元冒険者だったそうだ。昔の仲間や知り合いも出世しているらしい」
「……だから?」
「知り合いの魔法使いに、新大陸やジパングまで飛んで素材を収集して貰ってるらしい。……それも日帰りで」
「日帰りで、新大陸やジパング……? そこまで飛べる魔法使いなんて限られた存在じゃないか! そんな人たちに依頼するより、普通に香辛料を買った方が安いじゃないのか?」
「まぁ、無料で頼んでいるんだろうなぁ……」
「だんだんと怖くなってきたぞ、この店」
そんな会話をしていると、店主が次の料理を持ってきた。
「これは?」とユウトの質問に店主はニンマリと笑い、
「こいつは、とんかつカレーだ」と皿を配る。
基本となるカレーは先ほどと同じ物――――ポークカレーだ。
しかし、その上に黄金の色をしたとんかつが置かれている。
「ないと思うが、味に飽きたらコイツを使ってくれ」
テーブルに置かれたのは小瓶だ。 どうやら、液体の調味料のように見えた。
「これは?」とユウトは訊ねた。
「醤油とソース。そして、コイツは禁じ手の調味料――――マヨネーズだ」
「……マヨネーズ?」
「気が向いたら使ってみな」と店主は軽い感じに言った。
「では――――」とユウトは食を進めた。
最初にとんかつを見る。
その色合いから思い出す。このメニューを手に入れるために戦った相手――――ケンタウロスのニクシア。 彼女の黄金の鎧と斧槍――――あの激闘を思い出したら、感動もひとしお。
それを思い出しながら口に運ぶ。
黄金の衣はサクッとした噛み応え。 その中にある肉は弾力がある。
しっとりとした肉の甘み。これはおそらく……高熱で揚げられた事で内部に閉じ込められた肉汁。 一瞬の間に広がる満足感に口の中に広がる至福の味わい。
とろみがあるカレーととんかつを絡ませる。
「なるほど……」とユウトは呟いた。
肉を包むカレーは、絶妙な調和を味合わせてくれた。
サクサクとしたとんかつの衣は、カレーに浸されて、しっとり感が増している。
「じゃ、試しに……ソースを使おうか」
小瓶から黒い液体をとんかつカレーにかけると、改めて食べていく。
「程よい酸味と甘み――――カレーの味が変わった!」
ユウトの食べる速度が上がっていく。 それほどの美味しさ。
不意に隣を見ると――――
「ミカエル、それは?」
「あぁ、店主が言っていたマヨネーズを使ってみた」
ミカエルのとんかつカレー。その上には白い調味料が線を描いていた。
「じゃ、俺も」とマヨネーズを受け取り、使っていく。
とんかつカレーに新しく加わったマヨネーズのクリーミーさ。
まろやかな風味がカレーと混ざり合って、より濃厚なコクを生み出していく。
その新しい味を―――― 調味料の組み合わせでコロコロと変化していく味を楽しみながら食べていく。
気がつけば皿のカレーはなくなって――――
「次はこういう種類のカレーはどうだ?」
次の料理を出すタイミングを測っていたのだろう。すぐさま、店主は新しいカレーを2人の前に並べた。
「これは!」と2人は料理のインパクトに驚いた。店主は得意げに――――
「この料理は――――茄子と野菜カレーだ」
カレーの海に沈められた野菜たち。しかし、その多彩な色合いはカレー色に染められても、輝きを失っていなかった。
「野菜は……じゃがいも、たまねぎ、にんじん、いんげんか」
ユウトはあえて口には出さなかった。 インパクトを受けた最大の原因――――
素揚げされたナスが、主役として座っていた。
紺に近しい紫色をした野菜。 内側には、なめらかな白色が透けて見えている。
「さて……どうしたものかな?」と気圧されながらも、ユウトたちは口に運んだ。
茄子と野菜カレー
ユウトは、主役である茄子を後に回して野菜カレーから口にする。
野菜はランダムに、味を確かめる。
「こういう料理の野菜は2パターンだと思っていた。 とろけるほどに煮込まれているか、火を通しても芯に歯応えがあるか……でも、これはどちらでもない。ギリギリのバランスだ」
ジャガイモはホクホクとしている。しかし、崩れるほどの柔らかさはなく、口にすると歯応えが楽しめる。 また固すぎないのは、そうなるように大きさを調節しているのだ。
それは、ジャガイモに近い硬度を持つにんじんも同じだった。
それにたまねぎ、いんげんも続く。 そして――――
主役の茄子を味わう。 そのつもりだった。しかし――――
「消えた!?」とユウトは驚いた。
茄子の柔らかさ。 それは味を確かめる余裕すら許さず、口内から消え去った。
ユウトは、すぐにミカエルを見る。 人間には、視界内に映る人間が同じ行為をしている時、タイミングを合わせる習性があると聞いた事がある。
ユウトが茄子を口に運ぶタイミング、ミカエルも同じタイミングで食べていたのが見えた。
だが、彼は首を横に振っている。 ミカエルも同じく茄子の味を捉えきれなかったようだ。
ユウトは茄子の残量を確認する。
(おそらく、使われた茄子は2本。それを3枚づつ……計6つ。つまり、残りは5つになる)
彼は瞳を閉じる。 五感の内、1つを自ら封じる事で味覚を強化したのだ。
味蕾に意識を集中させ、今度は茄子をカレーと絡ませて口に入れた。
(今度は、必ず――――捉えたぞ。その味を!)
茄子の柔らかい歯応え。独特の甘み――――否! それだけではない。
注目すべきは風味。 茄子の風味がカレーと合わさって、まろやかさとコクが強化されている。
(なるほど、茄子は油にもなじみ、肉にもよく合うとは聞いた事あるが……これほどまでにカレーと相性が良いものなのか!?)
気がつけば食す速度が上がっている。
まだ欲しい……まだ食べたい!
欲深き本能である食欲がユウトとミカエルの心を乱していく。
それを見越していたのだろう。 次のカレーは既に用意されていた。
「次は――――オムカレーだ」と店主。
その見た目は、今まで出されてきたカレーのどれとも似ていないオリジナリティ。
黄色いのだ。 黄色いたまご……その中にご飯が包まれている。
その両サイドを浸すようにカレーが盛り付けられ、白い物は――――ホワイトソースだ!
(これは、目でも楽しめるように作っているのか!? もはや感謝しかない)
目に飛び込んでくる鮮やかな黄色に圧倒され、もはや安心感すら生まれてきたカレーの独自の色彩。 そして、隠れているであろう純白のご飯は騒動するだけで楽しめる。
さて、目で楽しんだら、次は舌で楽しむとしよう。その味は?
まず感じたのは、たまごの優しい甘さ。それから、カレーのスパイシーな刺激が交わう。
(思ったより、たまごの量が多いのか? ご飯にたどり着くには2回はスプーンを入れないと)
そして、たまご、カレー、ご飯と3つが組み合わさってから、本番だ。
まろやかなとろみ。それカレーとたまごの共通点だろう?
新たに生まれた独特の世界観。 それを楽しむ。
食べると失われていく渇望感と戦いながら――――それに店主は気がついていたのだろう。
最後に――――
「もう、用意していたメニューを全部乗せてきた」
とんでもない怪物を作り出していた。
もはや、皿ではない。 急遽、必要になった皿の代わりだろう。
酒樽の下部分を剣で切断して、即興の皿にしている。
盛られているカレーは池のように見える。
先ほどのオウカレーのようにたまごが浮かんでいる――――いや、それだけではない。 浮かんでいるたまごは、さらにゆで卵が3つ。
カレーのそこに沈んでいるのは海鮮系だろうか?
輪切りのようなイカの揚げ物。 他にはエビ、あさり……先ほどの野菜カレーには見られなかったキノコやほうれん草が加えられている。
さらに特別なおまけだよ……と言わんばかりのチーズたち。
ご飯は隠れて見えない。なぜなら、大量の揚げ物が乗せられているからだ。
全てが同じように見える黄金の物体。 あえて推測して見ると――――
とんかつ、ロースかつ、唐揚げ、メンチカツ、コロッケ、カキフライに……これはエビかつか?
「さぁ食え。遠慮は無用だ」と進める店主だったが……
「待ってくれ。この量……食べれないだろ? 俺はともかく、ミカエルが……」
「やっぱり気がついていなかったのか、王者」と店主はため息を交じりに言った。
「気づいていなかったって? 何がだよ?」
「いいか? 今までお前らが食べたカレーは4種類だ。1皿は大盛サイズの400グラムに固定してる。つまり――――」
「つまり?」
「お前等は2人で1.6キロを涼しい顔で感触している。王者は珍しくない……けど、隣の貴族さまはどうだ?」
「――――」と言われた事により、ユウトは初めて意識した。
隣のミカエルもまた常人離れした胃袋の持ち主であるということを……
「意外だったな。この量をミカエルも食べれるなんてな」
ユウトは喋りながら、巨大カレーの揚げ物を狙っていく。
カレーのルーに絡めて味を楽しむ。
「貴族に取って、食事は戦場を想定している。より早く、効率的に――――競技として技術系統すら生まれている」
「へぇ、食べる事が競技化しているのか……あれ? でも、そんなに食べてる所は見たことないが?」
「ふん、冒険者としては別だ。体を作り込み、怪我や疲労のケアをするならば計算された食事をしなければならない」
「お、おう……そんな事は考えた事もなかったぜ。もしかして、それか?」
「何が……だ?」
「俺が自由に食べてるのが気にいらなかったのか?」
「馬鹿な。そんな事で――――」とミカエル。
図星を指摘された……というわけではないのだろうが、気に入らなかった部分ってのあったのかもしれない。
だが、本人のユウトは気にした様子はない。
「それじゃ、勝負しないか? どっちが多く、早く食べるか……ミカエルと最後に本気の勝負をしたい」
「――――そうだな。互いに傷つけずにぶつかり合う理想的だな。平和な勝負方法だ」
「いいか? それじゃ――――勝負だ」
王者 ユウト・フィッシャーが本気を出してギアを上げる。
全ての調理を終え、戦いの見届け人になった店主は――――
(今まではユウトが先行して食べる事で、食事速度が安定したペース配分で行われていたが―――― やはり、貴族さまが食らい付いてくる。本気を出したユウトに匹敵する速度か!)
2人の戦いに注目した。
(まずは揚げ物の連続。油を含んだそれは胃袋の消化を遅らせて、ダメージを与える。それでもペースは落ちないのか)
黄金の揚げ物たち。 確かに大食いというジャンルでは強敵に部類されるだろう。
しかし、ユウトとミカエル――――
両者の顔には食欲と興奮が宿っていた。
揚げ物のカリッとした音と、舌を刺激する香ばしい香りが漂う。
それを楽しむように大きなスプーンでカレーと揚げ物たちを大胆に頬張っていく。
積み上げられたゴロゴロとした揚げ物たちが消えていく。
それを消し去っていく2人――――ユウトとミカエルは飢えた獣のように見える。
壮絶な戦い。 最初でありながら、最大の強敵である揚げ物は時間と共に消えていった。
しかし、不思議と2人の食事速度は落ちるどころか、加速していた。
『カレーは飲み物』などという言葉があるが――――
見よ! これが飲み物か!
揚げ物を終わらせた2人だったが、油断はしない。
海の底に沈む宝物の如く、カレーのルーに沈んでいるのは色彩豊かな野菜たち。
それだけではない。
「この弾力――――プリプリ感はエビだ。他にも海鮮は――――これはあさりだ!」
絶賛するユウト。隣のミカエルも同意する。
「あぁ、この食感と味わいは、間違いなく極上。さらにあさりの存在は、自然な甘みと海の香りが広がっていく」
その2人を見守っている店主は「――――」と絶句する。
(ば、馬鹿な……加速していた両者の食事速度が、もう一段階上がった……だと? この2人は、一体どこまで行きやがる!)
店主は両者が出す熱気、闘気に嵐のようにぶつかり合う幻覚を見る。
幻覚は、それで終わらない。
食堂で2人が食べているだけ――――そのはずだ。
しかし、店主の目には、見える。 闘技場で戦う両者の姿。そして、彼等の背後に何百人の観客が声援を上げている。
「――――そんな馬鹿な」と幻影……されど現実に気圧されていく店主。
だが、そんな楽しい時間にもお別れが訪れる。
トッピングの揚げ物たちは既になし……
大海のようだったカレーのルーにも文字通り、底というものが見えてきた。
雄々しい山脈だった白飯は、緩やかな曲線を描き――――今では終焉を望む。
理解なき者どもは、こう嘆くかもしれない。
「もういいではないか?」
「そこまですることではない」
「何の意味があるのか?」
だが、それらの言葉に目撃者は激高することになるだろう。
「見よ、2人の勇者を!」
ただ、食べるだけ。そこには、多大な満足感と五感を振るわせる美味がある。
しかし、やがてそれらは敵となり猛威を振るう。
それらは御して、乗り越えた先には、きっと――――
「「ごちそうさま」」
ユウトとミカエルは同時に口にした。
その言葉で精神が現世ではない、どこかに飛んでいた店主を呼び戻したのだった。
ミカエルは荷物をまとめて背負った。その姿に――――
「そんなに急ぐ必要があるのか? 救助されて1日くらいしか経過していないだろ?」
思わず引き留めてしまった自分にユウトは驚いた。
「この町には良い思い出が多すぎるからな」とミカエルは、最後に町を見渡した。
「もう来ることもないだろうな」
「寂しい事を言うなよ。毎月とは言わないが半年に1度くらいは来い」
「気が向いたらな。 あと、地元の大食い大会……時期が来たら招待させてもらうぜ?」
「あぁ、そこで決着をつけよう。たのしみだ」
「そうだな……」
「……」と2人は無言になった。それから、どちらともなく……
背中を見せた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
ミカエルは冒険者だ。 数時間、歩き続けることにも慣れている。
しかし、彼は足を止めた。
疲労から――――ではない。
「何者か? 町からついて来ているのはわかっている」
気がついていた追跡者の存在。
「気配を気取らせないようにしていたのだろうが……そこだ!」
いつの間にか、彼の手には小石が握り込まれていた。
それを気配の主に向かって投げる。
防御するか? 回避するか?
まさか、これから戦闘になる可能性が高いの、あえて受ける真似はしないだろう。
事実、追跡者は投石を防御した。
「……お前か、レイン。なぜ、俺を追ってきた?」
草陰に隠れていたのは、ミカエルの仲間――――元仲間と言うべきか?
レイン・アーチャー
彼女だった。
「困るのよね……1人で遠くに行かれると」
「お前たちにはすまないと思っている。しかし、これ以上は冒険者として続けていく気力はなくなった」
しかし、彼女は――――
「え? なんのこと?」とキョトンとした表情。
「俺を連れ戻しに来たのではないのか?」
「あぁ、そう言う事ね。そうよ、連れ戻しに来たの……私の傀儡としてね」
その瞬間、レインはミカエルに対して感情をぶつけてきた。それは、明確に敵意だった。
「……何の真似だ、レイン? 今、ここで戦うつもりか? なんのために?」
「戦う? そんなつもりはないわ。だって、戦わなくても――――すでに私は勝っているのですもの」
「ぐっ!」とミカエルは、視界がぼやけていく。呼吸も激しく乱れ、体を支えるバランスも乱れていく。
「レイン、お前……俺に何をした?」
「何をした? 忘れたの? 貴方、私が作った薬を飲んだでしょ?」
「……馬鹿な。そんなものが俺に効くとでも?」
「? 現に効いてるじゃない?」
「そんな薬が存在するはずが……」
最後まで言えず、ミカエルはその場で倒れた。
「あぁ、なるほどね。聖戦士の耐毒とか、回復薬《ポーション》の超回復能力で、私の薬を無効化できたって勘違いしてたのね」
そういう彼女の手。いつの間にか本が握られていた。
「私の魔導書はそう言う次元じゃないのよね。残念だけど……」
それはユウトが手に入れた魔導書を同じ外見をしていた。違うのは、その能力だ。
「私の魔導書は『怠惰』よ。魔導書に書かれた薬草を作り、人を操る能力が得られたの」
彼女の魔導書が不気味に光る。 それに合わせて意識がないはずのミカエルが立ち上がった。
「教えてちょうだい、ミカエル。私のカンなら、ユウトも魔導書を手に入れたはず……知ってることがあったら、なんでも話して頂戴」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「食事をした……? 2人で?」とレインは困惑した。
ユウトが見せた追放後の活躍。 そこに自分と同じ魔導書を手に入れた可能性を考えた彼女。
ミカエルなら、ユウトの変化を見抜いた……そう考えたのだが、成果と言えるものはなかった。
「――――いや、私とは違うタイプ。 全ての魔導書が傀儡を作る操作系の力とは限らないわけね」
少し、彼女は考える。
「おそらく、ユウトの魔導書は『暴食』 自己強化タイプの魔導書ってわけかしら?」
ダンジョン『炎氷の地下牢』でのユウトを思い出した。
(ミカエルと私の2人で、ユウトと戦って勝てるかしら?)
魔法使いのユウトが、前衛であるミカエルと真っ向勝負をしていた。
それもレインの薬物で強化したミカエルだった。
(もっと傀儡を増やして挑みましょうかね。待っててねユウト――――)
「この第一次魔導書大戦の勝者に――――私は必ずなる」
ダンジョン『炎氷の地下牢』
キング・ヒュドラを主とする高難易度ダンジョンに部類される場所。
しかし、隠された通路を見つけ、そこを抜けと別世界のようなダンジョンに変わる。
その最奥にあるのは闘技場。 観客席は、広い。しかし、無人であることで虚しさを感じる。
そんな場所で金属音。しかし、乾いた高音ではない。
音の出所を探れば、闘技場の奥にある居住スペースに気づくだろう。
小屋のような作り。しかし、中は異常な熱気に包まれている。
熱しられ、赤く変色した金属を金槌で叩いて鍛えてるケンタウロスは1人。
彼女の名前はニクシア。 今日は、黄金の鎧を脱ぎ捨て、趣味の武器づくりに情熱を注いでいた。
「今日はこのくらいか……」と彼女は鍛えた金属を水に入れて冷やした。
「さて……素材は少なくなってきたな」
素材の残り数を数えた彼女は、外に出ると水で汗を洗い落とした。 それから――――
「狩るか!」と黄金の鎧で斧槍を手にした。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・
彼女が愛用する武器と防具は特殊な素材から作られている。
その調達場所とは――――『炎氷の地下牢』の正規ルートを通り、ダンジョン最奥の場所。 キング・ヒュドラの出現場所となる。
「久々だな。悪いが狩られてもらうぞ。我の趣味のために!」
寝ているキング・ヒュドラに奇襲を仕掛ける。
キング・ヒュドラは人馬の駆け足に目を開いた。しかし、もう遅い。
「問答無用!」と彼女は、怪物の首を――――9つ首ある中の1本を斬り飛ばした。
この場所で1000年以上、生きてきた彼女は知っている。 キング・ヒュドラには攻撃の起点と言える首がある。
そこを最初に斬り飛ばす事で、この巨蛇は大きく混乱をする。 人間言うなら、初動で武器を持つ腕を切断されたようなもの……
「あいかわらず、一度生まれた隙は立て直せないのか――――ならば、御免!」
加速して、飛翔。彼女は、巨蛇の体を軽々と飛び越えた。
「狙いは――――ここ!」
着地と同時に狙っていた箇所――――キング・ヒュドラの尻尾に斧槍を叩き込んだ。
尻尾を切断されたことで巨蛇は
「GIEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!?!?」と雄たけびを上げる。
「うむ、では――――いただこうか」と切断した尻尾を抱え込むように持ち上がる彼女。
痛みで怒り狂っているキング・ヒュドラであったが、ニクシアは見向きもせずに駆け出して主の部屋から、飛びだして行った。
残されたキング・ヒュドラは怒りをぶつける相手を失い、その場で暴れ始めた。
「よし、今日の出来はどうだ?」と住み家に戻った。 手にした報酬、キング・ヒュドラの尻尾を調べ始める。
彼女以外は知らないであろう巨蛇の秘密。
戦闘開始直後、僅かな時間で尻尾を切り落とすと、確定で特殊な素材を手に入れれる事ができる。
その素材には、魔法を減退化させる効果がある――――つまり、彼女の装備は、この素材から作られているのだ。
「ほう……中々、立派な素材じゃないか。早くこれで新しい武器を――――」
「相変らず、変な趣味をしているのね」
ニクシアは驚いた。 この場所は彼女の領域と言える。
気づかれる入り込む事はできない。 しかし、それは人間――――冒険者に限る。
「なんだ、貴殿か。 珍妙な趣味と言うならば其方も人の事を言えぬはずではないのか――――シルキア」
気配もなく侵入してきたのは、ニクシアの同僚と言える存在、シルキアだった。
彼女は蜘蛛女であり、別のダンジョンで魔導書を守っている。
神々の遺産と言える魔導書を手に入れれる資格がある者――――有資格者に力を与える事が使命とされる使徒。
その1人――――そのはずだが……
「相変らず、ダンジョンの外に自由に出歩いているのだな。使命はどうした、使命は?」
「相変らず、堅物で心配性ですね。ダンジョンに異変があれば、すぐ帰還できる魔法が私たちにあるではないですか?」
「生憎だが、我は貴殿ほど気楽に使命を全うすることはできない」
「その割には、貴方もダンジョン内を好きに歩き回っているみたいですけど?」
「ぐっ! そ、それは……」
「わかりますよ。こんな場所に閉じこもって、外にでないのですから……でも、貴方の所に来たでしょ? 面白そうな有資格者が」
「……あの男か。たしか、名前は――――」
「ユウト・フィッシャー」
「あぁ、そういう名前だ。彼がどうかしたのか?」
「ちょっと町まで行って、彼の様子を覗いてみませんか?」
彼女の、シルキアの提案にニクシアは驚いた。
「本当にこの服が普通なのか? 妙な視線を感じるのだが」
「えぇ間違いないですよ? ニクシアが魅力的なだけじゃないですか?」
「な、なにを馬鹿な事を!」
ニクシアとシルキアは町を歩いていた。 もちろん、人馬と蜘蛛女の姿ではない。
人間と変わらぬ姿。
おそらく彼女たちの正体を見抜けぬ者はいないだろう。
そんな彼女たちだが、町では多くの視線を浴びていた。
もちろん、人とは違う彼女たちの美しさによるものだが……
「やはり、貴殿が作った服が変なのではないか? 人間の流行から外れているのでは?」
「いいえ」とシルキアは断定した。 彼女はニクシアと違って定期的に町に出て遊んでいる。
何より、趣味として衣服を作るため、流行には敏感な方だ。しかし――――
(まぁ、ニクシアみたいな女性が、露出多めの服を着て歩いていたら、注目を浴びるのは当然でしょうが……黙っておきましょう。面白いから)
「む! 貴殿、顔が笑ってるぞ。やはり、何かあるのか!」
「気のせいですよ。気のせい。そんな事よりも、早く遊び……いえ、ユウトさんを見つけましょう」
「今、遊びと言いかけたな。やはり、有資格者の様子を覗うなどと言ったのは……」
ニクシアは途中で言葉を止めた。 何か、剣呑な空気に気づいたからだ。
それと当時に――――
「ちょ、ちょっとニクシア!」とシルキアが止めるのを聞かずに駆け出してた。
人間の体。 普段の四足歩行とは違うはずだが、その速度は本来の姿に敵わないにしても、匹敵する速度だった。
「うぉぉ!」と男の野太い声。
歩いていた男をニクシアが押し倒したのだ。
「な、何をしてるんですか! ニクシア!」とシルキアが慌てて駆け寄ってきた。
かなり注目を浴びている。 さすがに「まずいですよ」と彼女も思った。しかし、ニクシア本人は――――
「いつの時代でも、このような悪漢はいるものだな。コイツの手を見よ」
「財布? もしかして……スリですか?」
「あぁ、あちらのご婦人から盗む瞬間を見たからな」
指摘された女性が驚いて、すぐに財布を確かめ――――「た、確かに私のです!」
「うむ、早く婦人に返したまえ」
しかし、スリは財布を投げた。
「しまった。仲間がいたか――――シルキア!」
「はいはい、仕方ありませんね」
投げた財布がスリ仲間の手に届く直前、その財布が宙で止まった。
「なッ! 魔法使いか!」とスリたちは驚く。
実際は、シルキアの不可視の糸が放ったのだが……
「まぁ、魔法使いと勘違いしてくれた方がいいですね」
「はい、これ。財布をお返しいたします」と彼女は婦人に財布を手渡した。
「いや、シルキア。 アイツも、スリ仲間も捕まえろよ」
逃げていくスリ仲間。 ニクシアは、捕まえようと駆け出そうとするも、その必要はなくなった。
スリ仲間の逃走経路を防ぐように男が立ち塞がった。
「どけよ! てめぇも正義気取りか!」とスリはナイフを取り出した。
加速して、体重を乗せた刺突。 脅しや怪我で終わらすつもりはない。
完全に殺すつもりの攻撃だ。しかし――――
「……」と男は無言で剣を振るった。
スリが手にしていたナイフが真っ二つに切断された。
無防備になったスリの体。腹部を狙って、男は剣の柄を叩き込んだ。
体を浮き上がるように一撃。スリは腹を抑え込んで地面を転がる。
その表情は苦悶の一言だった。
「おぉ、助かりました。その身のこなし、名のある方とお見受けいたします」
ニクシアの言葉に男は――――
「……」と無言だった。
そのまま、彼女に背を向けて歩きだした。その姿に人々の声が聞こえてきた。
「おい、あの男……A級冒険者の……」
「あぁ、『剣聖』 ケイデンじゃないか?」
「間違いねぇ。ケイデン・ライトだ!」
それらの声にニクシアは――――
「ほう、ケイデン殿か。その名前、覚えておこう」
そう言うと、彼女は地面を転がるスリを担いで、憲兵に突き出しに行った。
その日、ユウトは1人で町を歩いていた。
彼にしては、珍しく重苦しい足取りであり「はぁ~」なんて、ため息をついている。
「気が重いなぁ……」
そんな様子を見かけたのだろう。
「どうしましたか?」と声をかけられた。
声の主はメイヴだった。彼女は、たまたまユウトを見かけたらしい。
「あぁメイヴか。気づかなかったよ。ちょっと、前の仲間に呼び出されてね」
その言葉で彼女も、いろいろと察した。
ユウト・フィッシャーは追放者である。
A級冒険者であるミカエル・シャドウを中心とした仲間たちから追放を命じられた。
しかし、現在は、ミカエルは引退して町を去った。
他のメンバーでも、レイン・アーチャーは消息不明。どうやら、ミカエルを追いかけて行った……そんな噂だ。
そのされた2人……いや、新人の大魔導士オリビアを入れれば3人か?
『剣聖』 ケイデン・ライト
『大神官』 エリザ・ホワイト
頭目のミカエルと彼等との間にどのような話合いが行われたのかユウトは知らない。
しかし、不満は残っているのだろう。 彼等の生活基盤がひっくり変える出来事だ。
「――――もし、良ければ私も御一緒しましょうか?」とメイヴは提案してくれた。
「そんなに不安そうな顔してるかい? 大丈夫だよ、今さら戻ってこいなんて言わないだろうし……嫌な提案とかしてこない……と思う」
「本当の本当に大丈夫ですか? もしも、何かあったら言ってください。私も後ろ盾として動けるようにします」
「そんな大げさな」とユウトは笑ったが、メイヴには、不安がぬぐえなかった。
彼女と別れたユウトは、集合場所に到着した。
「せめて、呼び出された場所が通い慣れた所なのは、精神的に楽になるぜ。ほんの少しだけだが……」
集合場所はユウトが常連として食事をする店。 冒険者ギルドの向いの食堂だ。
店に入ると、すぐにケイデンの姿はあった。 オリビアもいる。しかし――――
「久しぶりだな。 エリザはいないのか?」
「……」と相変わらず、ケイデンは喋らない。
「彼女は呼んでいない? それじゃ……なんで、この3人なんだ?」
ユウトの疑問ももっともだろう。 旧ミカエル勢力の今後の話なら、エリザを呼んでいないのはおかしい。なら――――
「魔法関連か? ケイデンが個人的に魔法関係の依頼をしたい。しかし、個人的な依頼のために冒険者ギルド使えない?」
「……」とケイデンは頷いた。
その横で――――「あの……」とオリビアが遠慮気味に声を出した。
「ん? どうかしたのか?」
「どうして、ケイデンさんは、声を出さないのでしょうか? それにユウトさんは、ケイデンさんの考えが、どうしてわかるのでしょうか?」
「あぁ」とユウトは彼女の質問に答えた。
「コイツは恥ずかしがり屋なんだ。 注目を浴びたり、気分が向上すると、勢いで声を発するけど、基本的には喋らない。 だから、表情を読んで意思疎通をした方がいい」
「表情で意思疎通……」とオリビアは意味が分からないと言いたくなった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「なるほど……依頼内容は人探しか」
「……」とケイデンは頷いた。
「町で財布を盗んでいる悪漢を捕まえた女性。彼女の手助けに悪漢を捕まえたが、何も言わずに立ち去ったのを悔やんでいる……と」
「……その通りだ」とケイデンが言葉を発した。
「あの時の俺は、スリを追いかける彼女の正義感に魅かれる物を感じた。何より彼女の華麗な技々は武人として驚くほどに華麗であった。
しかし、それを俺自身が理解するのが遅れた。せめて、あの時に名前を聞いておけば――――
正直に言おう。俺は彼女に魅力されている。だから、再び会い、礼と共に結婚を申し込もうと思っている。頼む、ユウト、オリビア……お前たちの魔法を使って彼女を見つけ出す事は出来ないだろうか!」
その迫力にオリビアは「ひぃ」と怯えてるようだった。
気分が向上したらケイデンは勢いで喋り出す。その意味は伝わっただろう。
しかし――――
「町中で、一度あっただけの女性を探し出す。難しい依頼だな……何か、特徴はないのか?」
「……」
「何? 流れるように長く美しい金髪とそれに見合う顔。何より……露出が多い衣服
?」
その特徴なら、簡単に見つかりそうだ。 ユウトはそう思った。
事実、すぐに見つかる事になる。
「ちょっと聞きたい事がある」とユウトは店主を呼び止めた。
「なんだ。今は忙しい時間帯だぞ」
「そう言うなよ」とユウトは店主に、紙幣を握らせた。
「……何が知りたい?」
店主は情報屋の副業をしていた。
元冒険者である店主の元には、町の情報が自然と集まっている……らしい。
「昨日、今日で町であったスリ行為。犯人を捕まえた女性の情報を知りたい」
「……町の北側。その女性が宿を取っている」
「ありがとう。やっぱり困った時には店主だな」
「おだてても、何も出さねぇぞ」と店主は仕事に戻って行った。
「さて、居場所はわかった。ケイデンも一緒に行くか?」
しかし、彼は「……」と首を横に振った。
「……まだ、心の準備ができてないってことか?」
ケイデンは勢いよく頷いた。
「それじゃ2人で行くか?」
「あっ、はい」とオリビアはユウトの後ろをついて歩き始めた。
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・・・・・・
・・・・・・・・・・
「私たち、魔法使いであることを見込まれて、ケイデンさんは依頼を出したのに何だか複雑ですね」
「そうか? ケイデンにしてみたら、恋をした女性が見つかれば良いのあって、手段は気にしないと思うぞ」
「それは、そうですが……」とオリビアは、自身の言葉通り、複雑そうな表情だった。
「これは、冒険者としてのアドバイスだが、魔法使いは全てを魔法で解決しようとしたがる。でも、それに囚われちゃいけない」
「魔法に囚われていけない……」
「まぁ、ただの魔法使いである俺が《大魔導士》である君にアドバイスを送れる立場じゃないけどな」とユウトは自虐的に笑った。
「いえ、そんな事はありません! でも、どうしてですか?」
「ん?」
「ユウトさんなら、《魔法使い》から別の上位職業に移る事もできたのではないでしょうか?」
「ん~ どうだろうね」と彼は考えた。
上位職になるためには、その職業の者に弟子入りをする。
その実力を師に認められて、秘伝や奥義と言われる技術を学ぶ。
技術の伝授が終われば、冒険者ギルドによる正式な査定。
そうやって、上位職業として認められるのだが……
「結局、時間と金がなかったからなぁ……」とユウトは呟いた。
後衛職は危険が少ないからと言って、報酬の分け前を減らされた事があった。
その分、休まずダンジョン探索へ。 ミカエルたちが休日でも、ユウトだけは助っ人として、別パーティでダンジョンに向かう事も多かった。
「でも、今から大学《アカデミー》に入って《大魔導士》を目指してはいかがです?」
「今は金と時間ができたのは確かだが、今から大学か……」
ユウトは迷った。 長い時間、ダンジョンに挑んだ彼の戦い方は、本来の魔法使いの戦い方ではない。
さらに、魔法を使った接近戦の研究を独自で始めている。
彼が自称したがる《孤高特化型魔法使い》は上位職業の人々から見れば邪道の闘法になる。
「戦い方を矯正されるのは、ちょっとなぁ」とユウト。
それを理由に上位職業を断った。
「そうですか。残念ですね……《大魔導士》なら私でも推薦することができたのですけど」
「ん? 推薦って?」
「はい! 私は、冒険者として実地訓練を2年修めれば、大学《アカデミー》で教鞭を振るう事が決まっているので」
「そ、その歳で上位職業の指導側だったのか!」
ユウトは驚いた。 オリビアの年頃を考えれば、すぐに大学の長まで出世していくだろう。
ミカエルも、そんな子のスカウトに成功した時は、さぞ喜んだ事だろう。
(まぁ……そりゃ、大学の大幹部候補が来るなら、俺を追放するわな)
自虐的な苦笑をしながら、ユウトは目的に――――
「むっ! 其方は有資格者ではないか! 奇遇ではないか!」
「奇遇って、ニクシア……私たちが有資格者の様子を見に来たの忘れたのですか?」
「――――それは本人を前に言う事ではないだろ!」
現れたのは、ニクシアとシルキアの2人組だ。
それも――――
「流れるように美しい金髪と美貌……露出の多い服」とニクシアの特徴を口にするユウト。
それはケイデンが探している女性と一致する特徴であった。