「到着なのです、ユウリ、ここからどうしますの?」

『イル、あそこの扉から外に出れるはずなんだ。その前に、祭壇を戻しておいた方が良いよね』

 今上がって来た場所に祭壇を戻した時、ふと目に入った鏡……。

 確か、スライムの俺が人間の姿になるようなスキルはなかったけど、イルなら人の姿だし、えっと確か……。

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 幻影(ミラージュ) 術者が触れたものの姿形を、術者の想像通りの姿形、声色まで、変えることが可能。

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 これだ、これを俺ができれば一番なんだけど、俺が触れてないと駄目で、仮に使えたとしても、色違いのスライムにしかならないってことだもんな。

 それから声か……いくら声色を変えても、イルの喋り方だとすぐにバレてしまうよな。

 ってかさ……俺、念話で喋ってるけど、普通に喋る事ってできるのか?
 スライムだぞ……よ、よし、駄目なら駄目で仕方がないし、やるだけやってみるか!

「あいうえおおお! 喋れるじゃん!」

「ユウリが喋りましたの!」

 発声練習で、音くらいは出るかなと思ってたけど、普通に声出るじゃん!

 イルは俺が喋ったのが嬉しかったのか、持ち上げた後、回したりひっくり返したり、眼をキラキラさせて俺の事を観察している。

「ああ、俺もびっくりしたよ、まさかスライムが喋れるとは思わなかったからね、うめき声とか出ればワンチャンと思ってた」

「わんちゃんですの? ユウリはスライムさんなのですよ? でも確かスライムさんは喋りませんでしたの、ユウリは凄いのです」

 こてっと小首をかしげるイル可愛いな……オラはロリコン違うぞ! ってオラって何だよ。

「あはは、元々は人間なんだけどね、ロリっ子の神様にスキルをもらい過ぎてスライムになっちゃったんだ、って、イル、あそこの鏡の前に行ってくれない?」

「神様です? よく分からないのですけれど、あの鏡のところ行けばいいのです? 任せて下さいですの」

 素直に鏡の前に進んでもらっている間に、自分の姿を想像しておく。

 多少美化しても良いよねと考えている内に鏡の前についていたので、イルに説明する。
 イルの姿を俺にみせかける事にして、ここから脱出する事にしたいと伝えた。

 途中で言葉を挟むこともなく、真剣な顔で聴いてくれたけど、

「楽しそうですの! ユウリになりきりますの!」

「断られなくて良かった、イル、早速やってみるね。自分を想像して……幻影(ミラージュ)!」

 スキルを意識して口にした途端、鏡に映るイルがほんのりと優しい光る膜に包まれ、見えなくなったと思った次の瞬間、パッと光が消えて鏡に映っていたのは、異世界に来る前に部屋で来ていた黒色Tシャツに、サルエルパンツを着た俺だった。

「おお!」

「はわわ! 男の人になりましたの! この方がユウリ? 可愛い顔してますの♪」

 うん、自分の声はこんな風に聞こえるのか、普段自分で聞いてるのとは違うけど、まあ良いか。
 姿はほんの少しデフォルメ、髪の毛を入学当時の短髪にしておいた。

 本当はもっと格好良くもできると思ったけど、想像力だからやはり自分の知っている姿しか無理だった。

「可愛いかな? 格好良いって言われたいんだけど、ありがとうイル、じゃあ扉に向かってくれる?」

「分かりましたの、次はどんなお部屋か楽しみなのです。ユウリはお兄ちゃんみたいで格好良くもありますので大丈夫ですの」

 ありがとうと返し、扉前まで移動した後、扉に引っ付けてもらい、小窓まで壁歩きで登る。

 さあ、さっきは駄目だったけど、やってみるしかないね。

「じゃあ外に出て鍵を開けてくるから待っていてね」

 眼下で頷くイルから目を離して小窓に向ける。

 せーので小窓をくぐると、見えない薄い膜を通りすぎた感覚があり、俺は召喚された部屋からの脱出に成功した。

 よし! このまま早速鍵を……(かんぬき)かよ。

 鍵は三ヶ所、その三つとも小さな閂だったので、容易に外す事に成功した。

 そこで鍵を開けることに集中していたから見てなかったけど、回りを見ると、ぼや~っと壁が光っている事に気が付いた。

 そして通路は窓もなく、なんだか凄く豪華そうな絨毯が敷かれているし、召喚だからお城のどこかってことか。

 とりあえず誰もいないようだし、イルを連れて部屋を出てから考えよう。

 小窓からまた召喚されたら部屋に戻り、待っていたイルの肩へ飛び乗り幻影(ミラージュ)を唱え直した。

「お待たせ、さあ行こうか、もう扉は開いているしね」

「はいですの! 行くのです!」

 意気揚々と手を伸ばし、ふんふんと鼻息を荒くしてガチャとノブを回し、扉は内側へ簡単に開き、部屋の外へ一歩を踏み出した。

「やったね、イル、ここはお城のどこかだと思うんだけど、知らないよね?」

「ほおぉぉ! 明るいですの! もちろん知らないところなのです、このまままっすぐ行けば良いのです?」

「そうだね、あの先に見えている扉まで行ってみようか、それと、イルは念話を使えるよね?」

「はいですの!」

『念話できますの♪ お外ですの~♪』

 外に出れたことが嬉しいのかごきげんだが、ただの通路なのにキョロキョロとあちこち見ながら足は先に見える扉に向かって進んでいく。

 結構みんなが出ていってから時間が経ってしまったから誰もいないため、何事もなく扉までこれた。

 念話もできる事が分かり、誰かに会ったら俺が話すねと決めてから、イルが取っ手を握り、扉を開けたんだが――。

「きゃっ!」

 ヤバい、外に誰かいたようだ。

 急に開いたから驚いただけなら良いんだが、ぶつかってはなかったよな?

 そっと開けた扉から顔を覗かせたるイル。

『えとえと、どうすれば良いですの!』

『任せて、イルは落ち着いてまずは外に出よう』

  それと姿消し(デサピア)

『俺の姿を消しておいたけど大丈夫かな?』

『はいですの! 乗っているのは分かりますけれど、姿は見えませんの! では、お外にでますの!』

 意気揚々と扉を開けきり一歩外へでた。

「ごめんなさい、怪我とかしていませんか? 俺、東雲(しののめ)友里(ゆうり)と言います。召喚されたのですが置いていかれたみたいで」

 イルはちょっと遅れているけど俺の声に合わせて口をパクパクしてくれている。

 扉の前にはイメージ通りのメイド服を着たお姉さんが固まっていた。

 ハッと気を取り直し、俺の頭の先から足の先まで目をやった後、なんとか笑顔を作り、返事をしてくれたんだが、ヒクヒクと頬が痙攣している。

「シノノメ・ユウリ様、勇者様と他の者達は既に謁見のため、王を待つ控え室に移動して待機しております。城の中は複雑でございますのでご案内いたしましょうか?」

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 なぜこんなところに一人忘れているのよ! 近衛達はどこを見ていたのよ! クソ勇者の世話なんてしたくなかったから連れていった後、ここでサボっていたのに!

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 は? これはなんなの!?

 鑑定もしてないのに、メイドのお姉さんの頭の上に鑑定した時のようなものが浮かび、目の前でニコニコして俺に話しかけてきた内容とは意味がまったく違う文字列が並んだ。

 クソ勇者? 勇者が必要だから召喚したんじゃないの?

「あ、ありがとうございます? えと、お忙しいとは思いますが、良ければ案内をお願いしても良いですか? 駄目なら自分で探しますけど……」

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 あら、この子はまともそうね。
 今回喚ばれるのは蛮族のような振る舞いしかできない、下半身で物事を考える男と、悪女が可愛く思えるほどの女って聞いていたのに……。
 まあ大人しいなら連れていってあげても良いわ。

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「お気遣いありがとうございます。ですがこの世界に来ていただいた勇者様を一人で迷子にさせるわけにはいきません」

「ありがとうございます」

「ではこちらに」

 メイドのお姉さんは軽く会釈をした後、綺麗に向きを変え歩きだした。

『イル、とりあえずついていこうか、お願いできる?』

『分かりましたの! お姉さん怪我なくて良かったのです』

 お姉さんについて行き、お姉さん以外とは誰にも会わず、あっち行きこっち行きした後、扉前を騎士が護る部屋に到着した。

「こちらのお部屋です。沢山の食べ物、飲み物が用意されていますので、しばらくの間こちらでお待ちください」

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 ほんと大人しい子ね。
 少し試しで遠回りしてみたけど、一言も文句を言わなかったわ……噂が間違っていたのかしら?
 この子みたいな子達ばかりなら、騙されるのが可哀相に思えてくるわね。

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 遠回り中に色々と考えてくれたから、どういう状況かは分かった気がする。

 結局魔王がどうとかじゃなくて、隣国との戦争のためだとか、魔物討伐の要員として召喚されたたって事だ。

「ありがとうございます。お姉さん忙しいところすいませんでした」

「いえいえ。ユウリ様、食事の前に王からお話がありますので、しっかり聞くようにお願いいたしますね。では私はここで」

 お姉さんが会釈をして、立ち去ろうとした時、みんながいるであろう部屋の扉が開いて、ガヤガヤと声が聞こえてきた。