魔王とスライム悠々自適スローライフ

 金谷が出て行き、取り巻きの二人は少しだけ躊躇した後、後を追って出ていってしまった。

 流石にこれは駄目だろ、と思うがギルドマスターは、はぁと息を吐き『少し待っていてくれるか』と、出ていった金谷達を追いかけ部屋を出ていった。

『ねえねえ友里くん、奴隷は解放したんだよね、それなら後少しこの世界の事になれたらさ、この街を出ない?』

『ふおー! 旅に出ますの! どこに行きますの? 海? 山? あっ、湖美味しかったですの!』

 イルは茜ちゃんの提案に賛成のようだ。
 ソファーを飛び下り、壁に貼られているボロボロになった地図のところへトテトテと走って行くと、色々と指差しながら見上げている。

『くくっ、湖は食べれないけどね、そうだな、この地図だと、あの湖がこれだろ、その先に大きな森があって海みたいだね、あ、森だと思ったけど、山かな?』

 そうだよな、茜ちゃんの言う通り奴隷は解放できたし、この街に残る理由もなくなった。
 今回のように、クラスメイトと出会う可能性のあるこの街に長居は不要だよね。

 イルも封印されてたこの街に居るより、のんびり旅するのも楽しいだろうし、お金がなくなれば、冒険者の依頼を請けて稼げば良いしね。

『あ、馬車は乗り合いで良いかな? 自分達の馬車も良いとは思うけど』

『馬車は……私達専用の馬車……憧れるけれど、私達に乗れるかな? 馬さんのお世話とかも覚えないといけないから、初めは乗り合いか、歩きでも良くないかな?』

『馬車! でも、歩きでゆっくりも楽しそうなのです! あっ、ユウリ、アカネ、この森! ここに行きたいですの!』

 イルが指差したところは、地図がビリビリに破れているところでペロンとなっていたが、茜ちゃんが持ち上げて元々あった位置に持ち上げると、ちょうど地名が読めた。

 豊穣の森と書かれている。その真ん中に大きな木の絵が描かれている。

 異世界で大きな木と言えば世界樹だよね。凄く大きいからここからでも見えても良さそうなんだけど……まあ、あてもない旅だし豊穣の森っていうくらいだから色んな美味しい山の幸とかあるかもね。

『イルも行きたそうだし、そこに向けて旅するのも良いね。イル、茜ちゃん、旅の準備をしようか』

『『わーいですの♪(うん♪)』』

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

一時間ほどギルドマスターの帰りを待っていたんだけど、帰ってくる気配もなく、このままだと宿もとれるかどうかなんだけど。

と考えていたけど、宿だけ取りに行って、その後仕方がないので、もう一度戻ってこようと、部屋を出る。
ギルドの職員にギルドマスターへの言付けをして、俺達は冒険者ギルドを出た。

宿は門前広場の中ですぐに見つかり、ギルドに戻る前に、屋台を見付けたイル。

「ユウリ、お昼のお魚も貝さんも美味しかったの。だから、今はお肉の串が美味しそうですの」

目をキラキラさせて、すぐにでもよだれを垂れそうなイルは、今にも屋台が集まる一角に歩きだそうとしている。
屋台を指差し、茜ちゃんの手をくいくいと引っ張っているのが見えた。

「くくっ、そうだね、夕ごはんはお肉かどうか分からないし、つまみ食いしちゃおっか」

『うんうん。私はキノコが間に挟まっているやつが食べたいです』

茜ちゃんもそれに賛同して、うんうんと二人は頷きあっている。

『私も同じのにするのです! 行くですのユウリ、アカネ!』

ぐいぐいと手を引き屋台へ歩き始め、すぐに屋台が集まる場所に到着。
最初はお目当てだった焼き串を、その隣の屋台でフルーツジュースが売っていたのでそれと一緒に購入した。

「ん~、冒険者ギルドの食事処で座りながら食べようか」

「は~い~で~すの~♪ お腹~す~きましたの~♪」

『可愛いぃぃー!』

うん。可愛いのは分かったから、焼き串を振り回さないでね。

フルーツジュースと一緒に俺が収納しておけば良かったかな、とか思わなくもないけど、俺達は冒険者ギルドに戻ってきた。

夕方までまだ少しあったため、食事処も空いている席がまだ沢山あったので、問題なく座る場所は確保。

ちょっと椅子が高く、イルが手に持つ焼き串を茜ちゃんに持ってもらい、椅子に『うんしょ、うんしょっですの』とよじ登る姿はまた可愛かったと茜ちゃんの心の声には反対意見もなく同意した。

「はぁ~ぐっ。ふぐふぐ……んくん! お肉さん美味しいですの!」

「ほんとだ、宿で食べた塩味だけじゃないね、あれはあれで美味しいんだけど」

『うんうん、これはハーブじゃないかな? って、このフルーツジュース! ……水でだいぶ薄めてるよ……スポーツドリンク……とは比べ物にならないくらいね』

搾りたてとか言ってたんだが……搾りたてを水でかさ増ししたってことかな?

焼き串を持つ触手とは別の触手を伸ばし、茜ちゃんのカップから少しもらったんだけど、言う通り、スポーツドリンクの方が甘くて美味しいだろ! と言いたいくらい、生ぬるくて薄い味だった。

「あっまーいですの! んくんくんくんく」

『あはは、イルちゃんにはこれでも甘く感じるんですね。……友里くん、イルちゃんには沢山美味しいもの食べてもらいましょうね』

『あっ、ん~っと、アイスじゃ凍ってしまうだろうから、冷やすは……クール? まあ、やってみるか――クール!』

俺はイルと茜ちゃんのカップに向かって、キンキンのヒエヒエになるようにイメージしながら、思い付いた呪文を唱えた。

「っ! ぷはっ! つ、冷たいですの! でも……んくっ! もっと美味しくなりましたの! ユウリありがとうなのです!」

『あっ! これ美味しい! 友里くん天才!』

いやいや天才じゃないだろとか思いながら、つまみ食いも終わり、しばらく待っていると席が満席になり、食べ終わった俺達は席を空けようかどうか思案していると、入口からギルドマスターが入ってくるのが見えた。
 冒険者ギルドの雰囲気がザワザワしていたものからシーンと静まり返った。

 帰ってきたのは傷だらけになったギルドマスターと、同じように傷だらけの金谷達三人。

「ん、いるようだな、待たせてしまったが、先程の部屋に頼む」

 そう言って止まらず奥へと歩いていった。

「何があったんだ?」

「怪我してましたの」

 そこへ冒険者が走り込んできて、俺達の疑問晴らす事を言う。

「ギルマスと新人が四人で王都に向かってきた魔物の群れを倒したぞ! その数四十匹のゴブリンだ!」

 は? なんでまたそんな事になってんの?

 ギルド中が奥へ消える四人と、叫んだ冒険者に目を交互に移動させる。

 聞いていると、金谷達はまたやらかしたようだ。
 あの時間から薬草採取の森へ行こうとしていたらしい。

 森の調査から帰ってくる冒険者たちが止めるが聞き入れず、森に向かい、湖と同じようにハグレのゴブリンを痛め付け、今度は倒したらしい。

 まあ、仲間を呼ばれた後だったようだけど。

「どうしましたの? さっきのお部屋に戻りますの?」

「そうだね、とりあえず行かなきゃ駄目みたいだし、話を聞き行こうか」

「は~いですの。よっこいしょっと」

 イルは足が届かない椅子から滑り降り茜ちゃんが立ち上がるのを見上げている。

『うん、金谷君達とはあまり一緒にいたくないですが、この姿の私達じゃバレませんし、行っちゃいましょう』

 立ち上がり、騒がしさを取り戻したギルドの中を横切り、俺達は奥の部屋に向かった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「あれ? いないぞ?」

「いませんですの」

 ボロボロになった地図がある部屋に入ったんだけど、そこには誰もいない。

『ねえ、まさかまだここで待ってないと行けないのかな? そうならあの地図を描き写しておかない』

「おお! 旅の地図ですの! 私も描きたいですの!」

「はぁ、ついてこいって言われて来たらいないんだもんね。時間潰しにそうしよっか」

 何か描ける物を探していると、執務机の横にあるゴミ箱の中に紙束が入っているのを見付け、チラッと見ると、色々な依頼書みたいだ。

 だけど書くのを失敗したのか✕が書かれていて、裏面は何も書かれていない……これで良いかなと思い、机の上にあった羽根ペンとインクも借りて地図前に向かい二人はお絵描きを始めた。

「大~きな木が~ありますの~♪ こっちは~美味しい湖ですの~♪ お山があって~海もありますの~♪」

「くくっ、イルは絵が上手いね、おお、茜ちゃんも……凄くない? ほとんど縮小版じゃん! いやそこ破れたところまで再現しなくても!」

 イルが描く地図は、俺も昔描いたような絵日記に描かれるような絵だけど、茜ちゃんの描く地図は、金谷達によって破られた所も絵として描かれていて、ちゃんと影まで再現されている。

『ええ~、なんだかこの方が宝の地図っぽくて格好良くない?』

「ふおお! 格好~いい~の~です~♪ そっくり~描けてますの~♪」

「ま、まあ、良いけどさ」

『でしょ? イルちゃんの地図もとっても可愛いですよ、湖にいたお魚と貝の絵も描いたんだね』

 イルの絵を褒めながらも自分の描く手は止まらない。完成に近付く絵は……えっと、モノクロの写真のような出来だ。
 そう言えば保育園の頃から絵が上手かったのを思い出した。

 二人は絵を描ききって見せ合いをした後、残りの紙はゴミ箱に戻し、羽根ペンとインクも戻してやることがなくなり、ソファーに座っていると、開けっ放しにしていた部屋の入口から、怪我の治療をしていたのか、包帯などを巻いた四人が続けて入ってきた。

「すまない、待たせてしまったな。よし、お前達もそっちに座れ」

 四人は出ていく前に座っていた場所に座る。

「カネタニ、自分の実力がまだまだだと分かったはずだ。だがなぜ今回そこまでやったんだ? 私を師匠と呼ぶのなら、しっかり修行をつけてやるのにだ」

 金谷達はおしだまったままだ。

「えっと、俺達の疑惑は解消したのですのね? 何時間も待たされて、俺達は必要ないと思うのですが」

「ああ、手違いがあってな、本当にすまない。今回の事で、謝罪とお前達にはランクアップの申請のため、話をしようと思っていたんだ」

 話は、金谷を追いかける際に、無罪である俺達のDランクへのランクアップをするよう職員に伝えたつもりだったけど、言葉足らずで、この部屋に待っている事を伝え忘れていたらしい。

「そして今も、医療班に捕まってな、また待たせることになってしまった」

「はぁ、まあ、ランクが上がるのは嬉しいですけど」

 頭を下げたギルドマスター。金谷達はふてくされた顔で『チッ』とか舌打ちをしてる。

「Dランクにはこの後すぐに手続きをする。だが、今回は単独パーティーでの、八十匹以上の討伐だ、Aランクに申請をしようと思ってな、悪いとは思ったが待ってもらった」

『友里くん! 罠です! Aランクになっちゃうと、強制的に依頼を請けないと行けない時があります! ランクはCもいりません! Dランクで十分』

 確か小説の中だとCランク止めとかあるくらいだ。Aランクともなれば、貴族や王様とかから断りようのない依頼が舞い込む設定だったよね。

「俺達はDランクで良いです。数日後には王都を出るので」

「本当に良いのか? 高額の依頼を請けられるようになるのだが」

「師匠、こう言ってるのです、こんな奴らにはDランクまでで良いでしょう。オラ! てめえらはもう用無しだ、さっさと出ていきやがれ!」

 ええ~、またやらかしたんだろ? 金谷のその態度大丈夫か?
「ギルドマスター、俺達はDランクまでで今回は良いです。それは受け付けで言えば良いのですか?」

 金谷の言い方に呆れてしまったけど、怒りを通り越して冷静になっていたから、普段通りの喋り方ができた。

「ああ、受け付けでギルドカードを出せば、すぐにランクアップの処理をしてもらえる」

「分かりました」

 簡潔に答えた俺から視線を金谷達に移すギルドマスター。

「カネタニ、私の弟子と言うなら、このユウリの凄さは分かるようにならないと……死ぬぞ」

「なっ――っ」

 ギルドマスターの言葉に息を飲み顔を歪ませ、俺をいや、俺の顔をした茜ちゃんを睨む。

『ゆ、友里くん! 目が、金谷君の目が邪悪ですよ! でもあれって……』

『うわぁ~ですの、鼻から毛が出てますの! ふんすふんすとしてますから揺れてますの!』

 ……あはは。本当だ。

 取り巻きの二人も、少し自信を取り戻していたのか、強気な表情でゴブリン討伐前のオドオドしていた表情ではなくなっていた。

『二人とも、これ以上聞いていても無駄だろうし、ランクアップだけして宿に戻ろうよ』

 茜ちゃんの言う通りだな。このまま話を聞いていても――っ!

「おい! なにをする!」

 ギルドマスターが叫んだ時、金谷はテーブルに飛び乗り、そのまま拳を茜ちゃん顔面に突き出してきた――。

 ――が、茜ちゃんは口に手をあて、顔を隠すように笑った。その動きはイルの方を見たため、ちょうど金谷の拳をギリギリで躱す格好になったから無事だけど!。

「っ!」

 茜ちゃんの頭の上にいた俺は、通りすぎていく拳に向かってライトニードルを一発と、金谷の足元を狙い、ダークバインドを唱え発動させる。

 ライトニードルは小指側に突き刺さり、親指側に突き抜け壁に当たる前に消え、テーブルから伸びた真っ黒な触手は足から体、腕をからめ捕り、宙に浮くように捕まえた。

「グアッ! 痛っ! こ、これは! は、離しやがれ!」

『え? な、なに? なにがって友里くんが鼻毛じゃなくて金谷君から守ってくれたの!?』

『うにょうにょですの、鼻毛がいきなり攻撃してきましたの』

「ねえギルドマスター、あなたの弟子は何を考えているのですか?」

 思ったより低い声が出たのには驚いたけど、茜ちゃんとイルの金谷を鼻毛呼ばわりしたことで、怒りが少し落ち着いた。

「すまない、とっさの事で動けなかった。それに初めて見る魔法だが……今はそれどころではないな。少しそのままで頼む」

 ギルドマスターは立ち上がり、机の引き出しから腕輪を出してきた。

「これは犯罪者を捕まえる際使うものだ。カネタニ、お前を拳聖だということで少しひいき目で見ていたが、もうかばいきれない」

「待て待て待て待て! そ、それは奴隷の腕輪だろ! そんなもん嵌めるんじゃねえ!」

 ダークバインドで縛られ浮いた金谷の横に立ち、突き出した拳を見て怪我をしていることに気づいたが、そのまま腕輪を嵌めてしまった。

「捕縛と同時に攻撃もしていたか。もう解放しても大丈夫だ。この腕輪を嵌めている限り、命令をしなければ人を傷付けない様にできているからな」

「師匠! なんて事をするんですか! 俺はコイツに怪我を負わされたんですよ! あだっ!」

 奴隷の腕輪にはそんな制約もあったのか、じゃあ拘束を解いても良いかと解除してあげる。

 金谷はギルドマスターになにか言ってるけど、まあ、宙に浮いているところで拘束を解いたのでテーブルの上に落下した。

『あっ、金谷君の怪我は治しておく?』

『そうだな、もう殴りかかっては来ないだろうし』

 落下した時にぶつけたのか、膝と、撃ち抜いた手をかばうようにして、体を丸めている金谷に茜ちゃんは手を伸ばしヒールを唱えた。

 ほんのりと金谷の手と足が輝きすぐにその光は消えた。

「い、痛みが、怪我も無くなった……」

 テーブルの上でライトニードルでつけた怪我があった場所と、膝をさすりながらそう呟いている。

「回復魔法です? じゃあ、これで終わりましたの! ほいっと、ユウリ、帰りましょうですの!」

 イルは元気よくソファーから飛び降り、茜ちゃんの手を取り引っ張り立たせた。

「そうだなイル。ギルドマスター、帰っても良いですよね?」

「すべて無詠唱か、攻撃魔法にあの捕らえたのは補助魔法。それに回復魔法までとは……詮索はやめよう。口外もしないと約束する。受け付けにはよって行ってくれるか?」

「はい。では受け付けしてから帰ります」

 首だけを向け、何間言わず見送るギルドマスターと、唖然として俺達を見る取り巻き達。

 治療した手を見て下を向いたまま、俺達を見ようともしない金谷を残して俺達は部屋を後にした。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 Dランクになった翌日から、旅に必要な道具を買い集め、軽くなったお財布を少し回復させて数日後、俺達は王都を出発した。

 まだ、ゴブリンが現れた原因の分かっていない森の横を通り、次の街に向かって歩いていると、ゴブリンの群れと戦う見たことあるような奴らが見えた。

「またゴブリンがいるのです、倒していきますの?」

「……友里くん、あれ、クラスメイトだよね? 制服に革の胸当てとか着けてるけど」

「そのようだね、放っておいても良さそうだし、絡まれるのも嫌だから――おいおい、オークも出てきたぞ」

 見ていると、金谷達はいなさそうだけど、クラスメイトがやっているのは金谷達と同じようにゴブリンを取り囲み、痛め付けてから倒している。

 そんなことをしているからやはり仲間を呼ばれたようで、森から追加のゴブリンとオークが出てきた。
「ライトニードル! ライトニードル!」

 街道から見える追加のオークやゴブリンに向けて魔法を連射する。

 次々と叫び声と共に倒れていくゴブリンにやっと気付いたのか、クラスメイト達は金谷と同じく囲っていた残りのゴブリン達を倒さず街の方へ駆け出した。

「まーた逃げますの、弱虫さんなのですよ」

「友里くん! 倒した魔物は回収しておかなきゃ、血の匂いでさらに追加が来ちゃいますよ!」

「分かった。また身体強化かけるからあそこまでイルをおんぶして近づいて」

 街に走り去るクラスメイト背中を視界の端にとらえながらも、ゴブリン達にライトニードルを撃ち続ける。

 身体強化した茜ちゃんは街道から離れ、草原をゴブリン達に向けて走り出す。
 クラスメイト達は草原を抜け、街道に出たようだ。

 あっという間にクラスメイト達が倒した傷だらけのゴブリン三匹のところまでたどり着き、分かったことは、たぶん一人一撃だけして経験値を稼ごうとしいてるんだと思う。

 とか考えているうちに、森から出てくる数も減り、最後ちょっと大きなオークを倒した後、今回出てきた魔物は全て倒せたようだ。

「湖の時より数は少ないけど、オークが多いのは良いね」

「お肉になるのでお腹とお口が喜びますの!」

「そうだね、今回は半分くらいオークだから、私達だけじゃ食べきれないよ。そうだ友里くん、またゴブリンは食べちゃうの?」

 少し考えたけど、魔石にしておいて方が何かと便利だよね。

 銀髪の俺の姿になってる茜ちゃんにお願いして、倒したゴブリンとオークに押し付けてもらう。

 もちろんオークは収納しておくけどね。

 途中でゴブリンの数が分からなくなったけど、だいたい全部で五十匹ほど、オークは二十七匹いた。

 残りはクラスメイト達が倒したゴブリン三匹を金谷の時と同じように収納しておく。

「ん~、面倒だけど、報告はしないと駄目だよね、茜ちゃん、イル、一度王都に戻ろうか」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 冒険者ギルドに戻ると、そこには沢山の冒険者達が集まり、ギルドマスターが冒険者達に指示を出している。

 王都に入ってから騒がしいとは思っていたけど、クラスメイト達が報告はしたようだ。

「森から数百の魔物が出てきたと報告があった。今のところスタンピードが起きている報告はないが、森を出たところで集まっている可能性が高い、Cランク以上の者は――」

 ギルドマスターの近くには金谷達もいるようだし……あれ? 他の奴らは?

 茜ちゃんの頭の上であたりを見渡してみたら、食事処で飲み物片手にこちらの様子を見ていた。

 まあ、いるなら三匹は返して、ゴブリンの魔石を売ることにしよう。

『茜ちゃん、イル、とりあえずギルドマスターに報告したいから近付いてくれるかな』

『は~いですの、アカネ、ついてきますの』

 イルに手を引かれて、収納から出した篭に入った魔石を茜ちゃんに持ってもらい、話を聞く冒険者達の間をすり抜けて人垣の一番前に出た。

「ギルドマスター、魔物は全て倒しましたから大丈夫です。それから数は五十匹ほどでしたよ」

 そう言って、篭を前に出してもらう。

「ユウリがまた倒しましたの! ゴブリンいじめていた人は逃げちゃって、あそこでお茶飲んでますの!」

「イルの言う通りだ。大人数でゴブリンを取り囲み、まるで一人一撃、それも死なないように痛め付けていた。湖の時と同じようにね」

「また君か! それで、すべて倒したと?」

 ギルドマスターも、集まっている冒険者達も聞きたいようだけど、まずは原因を作ったクラスメイトに集まってもらうよう職員に指示を出す。

 同じギルドにいるわけで、呼びに行った職員と一緒にすぐこちらにやってきた。

「そうだ、この方達の獲物は持ってきたから、返しておくね」

 そう言って致命傷にならない傷だらけのゴブリンを三匹出してあげる。

「あっ、僕達が倒したゴブリンだ、君達が持ってきてくれたんだね、ありがとう。僕達は今日初めて依頼を請けたんだ。その成果を持ってこれなかったから悔やんでいたところだったんだよ」

 率先して、俺の事を無視し始めた委員長が、笑顔を振りまき握手を求めてきたんだけど。

『委員長っ! 私の髪の毛を最初に切ったクソやろうです! 友里君、ライトニードルです!』

『おい! 過激だな茜ちゃん! でも……俺の幼馴染みをいじめたヤツはやっぱり許せそうにないよね。分かった、ダークバインドで全員縛って、ジワジワと水責め、いや火責めかな……』

『おーちーつーくーでーすーのー!』

 イルの念話でハッとなり、今にもダークバインドを唱えそうだった自身を押し留めることに成功した。

 握手も当然しない。

 握手をしないことに文句を言う冒険者はおらず、クラスメイト達を睨み付けている者がほとんどだ。

「なんだい? この世界には握手の文化はないようだね。握手と言うのは――」

「触るな!」

 無理やり握手をしようと茜ちゃんの手を取ろうとしたから、思わず叫んでしまった。

「君達がしたことは、ゴブリンを無駄に傷付け、仲間を呼ばせる行為だ。分かるかな? 今回の騒動は、君達が招いた結果だぞ」

 オークの一番デカいヤツを出してやり、茜ちゃんに篭をひっくり返して床に魔石をバラ蒔いてもらう。

「良いか? 俺達が駆け付け倒していなければ、二十七匹のオークとこの魔石の数だけのゴブリンが王都へ来ていたかもしれない事だ」

 オークを出したところで『ひぃ!』とかその巨体に驚いているクラスメイトと、ザワザワとし始める冒険者達。

 そしてギルドマスターがオークを見て呟いた。

「オークリーダーじゃないか……」
「ユウリ、君がオークリーダーを倒したというのか!」

「はい、魔法で倒しました。えっと、ほらここに傷跡があるでしょう」

 ギルドマスターだけではなく、他の冒険者も一番大きかったオーク、オークリーダーを見て、驚いているようだ。

 その額を指差して小さな穴が空いているのを確かめてもらった。

 クラスメイト達は、それどころではないのかな? 森から魔物が出てきたのは自分達が原因なんだと分かったからね。

「確かにあるようだが、頭に一ヶ所しか傷がないように見える、まさか一撃で倒したと言うことか?」
「いやいや、オークリーダーだぞ、最低Bランクパーティーで挑む魔物だぞ」
「マジかよ、眉間に一発だぞ」
「オークリーダー、滅多に出没しないが現れれば少なくない犠牲が出ると言うのに……」

 ええー、冒険者の先輩達、早口で被せるように俺をそんなに持ち上げようとしないで!

 俺を誉めちぎる冒険者達に比べでもクラスメイト達は……。

「なあ俺達ヤバくね?」

 ヤバいよね~。数こそ少なかったけどスタンピードが起きたんだからねぇ。

「あれだ、討伐イベント発生したのにアイツが邪魔したってことか?」

 いやいや、討伐イベントってゲームじゃないから!

「ねえねえちょっと、あの兄妹二人とも将来有望な美形の卵じゃない?」

「うんうん、頭に変な帽子かぶってるけど好みかも。」

 え? 美形? 俺が? 君も俺のこと無視してたよね!
 ってか変な帽子で悪かったね!

「まだチュートリアルだろ? 俺達は逃げることが正解のルートのはずだ……いや、あそこは俺達が倒すべきだったのか?」

 いやだからゲームと違うからね! ロリっ子から聞いたんじゃないの!?

「あっ、私もそう思ってたよー、みんな逃げちゃうんだもん」

 嘘っ! やっぱりみんなゲームと思ってるのかな……。

「委員長、コイツが僕達の獲物を横取りしたってこと?」

「ああ森辻、僕達に用意されていた経験値大量獲得イベントと、街を救う英雄への道イベントを横から奪ったようだね」

 森辻……委員長……お前達もか。

 途中から、冒険者の声が聞こえなくなり、冒険者ギルドにはクラスメイト達の喋り声だけが続いている。

「静かにしろ!」

 ダンと石畳の床を踏み鳴らしクラスメイト達を黙らせたギルドマスター。

「ユウリ、またお前に助けられたようだ。このオークリーダーがいる群れは、通常の群れより格段に対応が厳しくなる」

「チッ」

「バラバラな行動しかしない群れと統率の取れた群れとではまったく違うからな。ありがとうユウリ」

 途中、金谷の舌打ちが聞こえたけど、ギルドマスターには感謝され、回りを見ると冒険者達はうんうんと頷いていた。

『ね、ねえ友里くん。さっさと説明して、報酬もらって街を出ない? 何人かイルを見る目がヤバい感じだし、この姿の私を見る目も……』

『ダメダメですの、魔物をいじめるといっぱい来ちゃいますの、早く行くのです』

 茜ちゃんと、その頭の上、俺を見上げるイルの言う通りだなと思い、ギルドマスターに報酬を頼み、魔石を二人で拾い集めてオークリーダーを収納してしまう。

 オークリーダーは、俺達の旅先でステーキなんかになってもらうつもりなので、買い取りはしてもらわない。

「そうか、買い取れたら少し私も購入するつもりだったが残念だ。ゴブリンの魔石と、緊急依頼が出ていたからな、数が虚偽の申告をされていて、いつもより高めになったが、本来の一人銀貨二枚の報酬しか出せない」

「はい、それで大丈夫ですよ」

 ごねても仕方がないからねと、イルが手を出して、ギルドマスターから銀貨四枚、二人分をもらった。
 ニコニコしながら戻ってきて、二枚を茜ちゃんに渡し、空いた手で茜ちゃんの手を掴み、出発の準備万端なようだ。

『銀貨四枚だと、四万円ってこと? あっ、そうか、本来なら二人分じゃなくて沢山の冒険者が受け取るんだからそんなものかな?』

『焼き串が沢山買えますの!』

 疑問に思う茜ちゃんとは真逆で、今にもよだれが垂れそうになってるイル。

『くくっ、特別ボーナスとかは無さそうだね、よし、クラスメイトの怒られるところを見たい気もするけど、行こうか』

『『は~いですの~♪(うん行こう!)』』

「ギルドマスター、俺達は旅に戻りますので、これで失礼しますね」

「ああ、今回も王都危機を救ってもらい感謝する。優秀な冒険者には残ってほしいが、縛り付けることはしない。だが戻ってきた時には歓迎しよう」

 ギルドでの用事が終わり、外へ出ようと歩きだしたんだけど、俺達の前に回り込み、ニヤニヤと笑う森辻と委員長。

 無視して遠回りしようとするが、二人も同じように動き通してくれない。

「道を空けてくれるかな? 俺達はこの後街を出るんだ」

「いや、お前達二人は勇者である僕の仲間に相応しいようだ、歓迎しよう」

「そうです、こちらの勇者、そして僕が賢者。君達は強いようだし、旅などせずに僕達の仲間になるべきです」

「……断る。勇者に賢者と言うけどゴブリンとオークが出て、すぐに逃げ出すようなあなた方の仲間になる気はまったく無いから退いてくれるかな」

 茜ちゃんに身体強化をかけ、イルを抱えてもらい、二人の壁をすり抜けてギルドの外に出てもらった。
「よし、このまま街を出ちゃおう」

 冒険者ギルドを出てすぐに門を目指してもらう。

 後ろを見ているけど、追いかけてくる気配は、今のところなかったので、もう走るのをやめて歩いている。

『はい。――あっ、委員長のうっとうしいロン毛をカットしてから出てくれば良かったです! 身体強化をした今なら逆モヒカンでもできていたはずなのに!』

 そういえば、茜ちゃんの髪の毛を切ったのは委員長って言ってた事を思い出した。

 茜ちゃんは立ち止まり、クルリと冒険者ギルドに振り返ったんだけど、その勢いでイルは脇に抱えられているため、遠心力で振り回されてブランブランしてる。

「ぶら~んで~すの~♪ ぶらぶら~♪」

 まあ、楽しそうだから良いよね。

 でも振り返った時、ちょうど森辻と委員長が出てきた。
 それを見た茜ちゃんは『魔法はイメージ魔法はイメージ』と念話で呟きながら、魔力をためているようだ。

『茜ちゃん? なにやろうとして――っ!』

『髪の毛の怨みを受けよ悪の委員長! 聖女になった私が邪悪な毛根を天に送ってあげます! 根こそぎ成仏しやがって下さい! ツルツルすべすべ逆モヒカンに永久脱毛三年殺しアタァァァーック!』

「ぶら~ん~で~す~の~♪ ぶ~らぶら~♪」

 また門の方に体ごと振り返り、イルを振り回しながら、恐ろしい言葉を念話で叫ぶ。

 身体強化はまだまだ効いてるから、素早い動きで魔法を放った後、門へ向かう時に、恐ろしくて見たくはないけど見えた委員長の頭頂部が……。

 ……マジか、ほんのり光っているじゃん……。

 だ、大丈夫か? 聖女の力は癒しだから大丈夫だと思うけど、毛根を成仏させたら……。

 心配になり、走る茜ちゃんの頭の上からじっくりと見た冒険者ギルド前にいる委員長の頭は――ほっ、ご自慢のロン毛は無事に残っているように見えた。

 いや、三年殺しって、三年後に委員長の毛根が成仏しちゃうってこと……。

 ……委員長、消して委員長の味方をするわけではないけど、茜ちゃんの魔法が失敗する事を祈っておく。

 門をそのままの勢いで、出ていく人の間をすり抜けながら脱出に成功し、茜ちゃんは身体強化が切れるまで走り、オークリーダー達を倒した森の近くにたどり着いた。

「ふう、ここまで来れば追い付けないよね」

「楽しかったですの♪ アカネ、私も歩きますの、下ろしてくださいです」

「あっ、苦しくなかった? よいしょっと」

 脇に抱えたまま数キロは走っていたけど、茜ちゃんもイルも大丈夫そうだ……けど、何あれ。

「苦しくありませんの、楽しかったですの」

「そう? なら良かった、友里くんは大丈……夫? ……ね、ねえ、友里くん、何あの猫さん」

 後ろしか気にしていなかったからだけど、ゴブリンとオーク達を倒したところに、草原でもひときわ目立つ白猫がうずくまっている。

「猫さんですの? ふおー! 真っ白猫さんなのです!」

「あそこはまだ、ゴブリンの血が落ちてる辺りだよね、飼い猫じゃないし、近付けば逃げてくれるかな。茜ちゃん」

「任せて友里くん。イルちゃん、行きましょう」

 俺の思いに気付いてすぐに行動を始め、五十メートルほど先にいる白猫に向かって歩き始める。

 近付くにつれ、その猫はそこそこ大きいことに気付く。
 大人の猫、より少し小さいけど、たぶん成猫になりたてだろう。

 そして後少し、三メートルくらいまで近付いた時、その白猫が怪我をしていることに気が付いた。

「茜ちゃん、怪我をしているみたい。回復魔法を使ってみるからって、茜ちゃんもできるよね?」

「うん。やってみる。初めてだから、もし足りなかったら友里くんもお願いね」

「分かった、任せて」

 手が届くところまで近付き、しゃがみこんだ茜ちゃんは、そっとイルからも手を離し、両手で細かく体が上下する白猫を覆うようにして『ハイヒール』と唱えた。

 ポワッと手が光だし、街道側から見えてなかったわき腹の傷が少しずつ塞がり始める。

 細かな傷はすぐに治って傷口が見えなくなったけど、やはり深い傷だけ一人では時間がかかりそうだ。
 そして茜ちゃんが二度目のハイヒールを唱えた時、しゃがんでもいられず、トサッと尻餅をついた。

「大丈夫茜ちゃん! 傷が深いから魔力を使いすぎたのかな? やっぱり俺も手伝うよ、ハイヒール!」

「ふぃ~、こ、これが魔力切れ、全力でマラソン走った後くらいしんどいよ。二回ハイヒール唱えただけなの……あっ、委員長に三年殺し使ってたわ……」

 俺も一緒にハイヒールを重ねがけしたからか、みるみる内に傷が塞がって、細かく上下していた体も、ゆっくりとした上下に変わり、落ち着いたことが分かった。

「猫さんもう痛くないですの? まだ起きませんの?」

「ん~、そうだねイル。あっ、茜ちゃん、薬草採取の籠に入れて起きるまで連れていこうか」

「はい。それが良いね、このまま放っていくのも心配だし」

 そう言って籠を出し、血とか汚れは俺が吸収して、真っ白艶々になった白猫。
 茜ちゃんがそっと白猫を持ち上げ、優しく籠に入れて背に担いだ。

 ちょっと猫さんの血を吸収した時、ゴブリンや、オークを吸収した時とは違う感覚があったけど、痛くも苦しくもなってないから気のせいってことにして、茜ちゃんの頭の上に戻った。

 街道に戻り、ゆっくりだけど先へ進んだ先にあった、ちょっと小高い丘を越えた所先に、小さな村が見えた。

「お家が建ってますの、少ないから村なのです」

 見晴らしの良い草原だったから見えたその村に、三時のおやつ時間に到着し、今日はここで泊まることにした。
「すまないねえ、今日は満室で泊められないんだ。晩飯は出せるんだが……女の子が二人旅、何とかしてやりたいんだがなぁ」

 村に入る前に、俺は茜ちゃんの幻影(ミラージュ)をといて、本来の姿で村に入った。

 まあ、『たまには私もお話ししたい!』と、言われたからなんだけど……。

 宿を取る時になって、村唯一の宿屋が満室らしいことが分かった。

 一応夜営用のテントは買ってきてあるので、場所さえあれば良いかとも思ったけど、そうか、女の子二人に見えるし、テントじゃ不用心だよね。

「後は、冒険者ギルドの出張所に少し寝るところがあるにはあるんだが、大部屋で雑魚寝になるんだよなぁ、まあ外で寝るよりは安全……か?」

『茜ちゃん、イル、冒険者ギルドはやめておこうか、それなら村を出て、テントで寝た方が安全だと思う』

『テントーですの! ユウリ、アカネ、私はテントでお泊まりしたいですの!』

『そうですね、男の人と一緒に寝るなんて考えられません。友里くんはスライムだし幼馴染みだから手は出さないと……今は触手……攻め――っ! な、なんでもないよ、初めは中々寝付けなかったけど、信じてたもん』

 イルはテントで寝ることに興味津々だし、茜ちゃんは……ちょっと、そんな小説読んでたの? 俺はそっち方面は……引きこもりが悪いんだ、時間があり余ってたし、ちょ~っと読んだだけだから!

 と、取り乱したけど、まだ明るいし、村を出て先に進むことにした。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 街道を進み、少し薄暗くなった頃、街道の横に大きな岩があるところにたどり着いた。

「これが村の門番さんが言ってた目印の大岩だよね? このあたりなら魔物が少ないって」

「大きいですのー、ここでテントを張りますの? 焚き火はどこが~、あっ、あそこに草が生えていないところがありますの!」

 草原の中に突然そそり立つ高さが二十メートルはある大岩だ。
 石柱のデカい版と言って良いと思う。その近くにはイルが言う通り、いくつもの焚き火をして、消し炭に土を被せたような後があった。

「うん、この先に分かれ道があるらしいから、ここにしよう。でも、ちょっと工夫をしようと思います。見ててね」

 まず、大岩の街道から見た裏側にまわってもらう。
 そこでイルの頭から飛び降りて、岩のそばまで進むと、その後ろを二人がついてきた。

 俺は大岩背中にして、あの魔法を試してみる。

「二人とも、俺と大岩の間に来てくれる? 今から塀を作っちゃうから」

「おお! 流石だね友里くんアレをやるんだ。イルちゃんこっちよ、今から友里くんが土魔法を使うからね~」

 流石と言おうか、茜ちゃん俺がやろうとしていることが分かったみたい。

「はいですの! ユウリ頑張るのです!」

 二人が俺と壁の、内側に入ったのを見てから、呪文を唱える。

「ロックウォール! 駄目か、岩だからこれかなと思ったんだけど、これはダメ元――アースウォール! あれ? ヤバいぞ、でも次が本命、ストーンウォール!」

 呪文を唱えた後、すぐに結果が出た。

「「壁ですの!(すごいよ!)」」

 ズズズンと高さ三メートル、横幅も三メートルの石の壁がそそり立った。

「よっし! 厚みは――うん、三十センチはあるから丈夫そうだ。イル、茜ちゃん、テントの用意お願いできる? 俺はストーンウォールでまわりを囲っちゃうから。ストーンウォール」

「ユウリ、任せてなのです! アカネ、テント張りますの!」

「はいはい、でもさ友里くん、いつも思っていたけど、魔力がよく持つよね? 守護者って言うのを倒してレベルが爆上がり、MPも増えたとしても、スライムなんだし」

 俺の出したテントを広げ出しながら茜ちゃんが聞いてきた。
 まあ不思議だろうね。
 俺も逆の立場なら無茶苦茶不思議に思っただろうし。

「あ~、あのね、MP回復スキルも付いてたからさ、使ってもすぐに回復しちゃって満タンに戻るんだ。ストーンウォール」

「なにそれズルい! バグキャラだよ! ……まあ良いのかな? そのお陰で私達はこんなにのんびり、安全に旅ができているんだもんね」

 せっかく説明したのにバグキャラって……そうかもね。

「だよね。ロリっ子にスライムにされた時は慌てたけど、イルと出会った時もスライムになった事で助かったようなもんだしね。ストーンウォール!」

 話をしながらも、俺は壁を作り続け、大岩も利用してぐるりと囲いを完成させた。

「二人とも、こっちの壁は完成だよ」

 と振り向くと、テントは広げられてはいたんだけど、ぺしゃんこのままだった。

「どうしたのってそうか、真ん中の棒が無いと立てられないのか、袋に入っていると思っていたよ」

「友里くんと昔にお庭で立てた三角のテントと同じだと思っていたのに、大きな布しか入ってなかった。こんなの立てられないよ」

「ダメダメテントですの、ぺちゃんこなのです」

 苦笑いの茜ちゃんとしょんぼりしてるイル。

「困ったね……」

 俺はテントの作りを見て、収納から槍を取り出す。

「茜ちゃん、刃の方を地面に刺せば使えそうじゃない? そうか、刃の所に布を巻いちゃうか」

「おお! えっと、これかな……うん、長さもちょうど良さそう! 貸して友里くん、イルちゃん、テントが立てられるよ」

「やったーですの! アカネ、早くですの!」

 何本か出した槍を見て、一番短い槍を手に取る。
 ちょうど茜ちゃんの身長より頭ひとつ分長い、槍としては短い一本を選んだ。

 一緒に出した布切れで、怪我しないように慎重に刃をぐるぐる巻きにしていく。

 ほどけないように結んだ後、それをもってぺちゃんこのテントの中に入ると――バサッと中で立ち上がったのか、テントが膨らみ少しテントらしい形になった。

「よ~し、イルちゃん、友里くん、良い感じだよ――きゃっ」

「にゅふふふ~♪ 入っちゃいましたの♪ ひにゃっ」

 イルがテントに潜り込んで、茜ちゃんが驚き槍が倒れたようです。
「あわわっ、イルちゃん、もうそこのしいたけさんが焼けてますよ!」

「は~いですの~♪ ばーべっきゅ~♪ 楽しいで~すのっ♪ きのこっきのこっ♪ お肉っお肉っ♪」

 イルは歌いながら両手に持ったフォークでしいたけと、お肉を取った。

 昔、剣道道場前の庭で、俺や茜ちゃん、近所の友達も集まってやっていた事を思い出し、バーベキューをしている。
 焼肉のタレはないけど塩だけで、しいたけはもちろんオークリーダーも滅茶苦茶美味しい。

 途中で、胡椒があったことを思い出し、魔法の麻袋から出して使っているが、さらに美味さ倍増です。

 イルも歌っちゃうくらいご機嫌で、茜ちゃんは焼肉を焼いて大忙しだけど楽しそうだ。

 それから野菜も、閉じ込められたままなら慎重に食べたんだけど、外に出て、自由になったってことで、色々出してみた。

 ナスやピーマン、しいたけなんかもあったの出だしたんだけど、空になったはずの魔法の麻袋が、少し置いておいたらこんもりと膨らんでいるのに今気が付いた。

「ねえ茜ちゃん、しいたけとか出した魔法の麻袋さ……膨らんでない?」

 触手を伸ばして魔法の麻袋を指してみる。

「え? 全部出して焼いちゃった……あれ? 何か入ってますね?」

 茜ちゃんの座っている、ストーンウォールの小さい版ベンチに置いた袋へ手を乗せた……でもペタンコにならない。
 やはり見間違いではないようだ。

「ふぐふぐ、んくん。しいたけさんも美味しいのです。ん? どうしたのです?」

 俺達がゴソゴソとやっていたからイルが口いっぱいに頬張っていたしいたけを飲み込んで、こてっと首を傾げながら聞いてきた。

「うそんっ! しいたけさんですよ! また入っています! こっちはピーマンにナスも元にもどってますよ!」

「マジか! イル、美味しいしいたけ食べ放題だ!」

「おお! 凄いですの! でもナスさんもトロトロで美味しいですの!」

 イルは大喜びで、肉の刺さったフォークと、今取ったナスの刺さったフォークを精一杯上にかかげ、万歳状態で、クネクネとしてる。

 か、可愛い。

 そんなイルを横目で見ながら、次々と魔法の麻袋を開けて中身を確かめている茜ちゃんに、俺にも見えるように袋の口をこっちに向けてもらうと本当に中身が入っている。

『あはは♪ や~っと気が付いたのね~。一回に出てくる数は少ないけど無限にしいたけも、ナスもピーマンでさえ出てきます!』

「なっ! ロリっ子! ナイスだ! ナイスついでに焼肉のタレを下さい!」

 ロリっ子が久しぶりに声をかけてきて、そんな嬉しい事を教えてくれた。

 まあ、使っていたら、その内気付いていただろうけど、ロリっ子のことばで『無限に』ってのを聞けたのはデカい。

 ついでに今欲しいものを頼んでみたんだけど……。

『ん~、焼肉のタレかぁ、その内カレールーとか、色々頼まれそうな予感しかしないんだけど~』

「カレー! もちろんそれも欲しい! レトルトカレーでも良い! あっ、ごはんもって、米は魔法の麻袋に入ってた! とすると、うどん乾麺とかあればカレーうどんに――」

『はいはい、興奮しないの。まあ一つやって欲しい事あるんだけど~』

(どうしよっかなぁ、東雲(しののめ)友里君がマントにしてる、魔法の革袋に入ってる種を植える場所を探して欲しいんだけど……言っちゃ駄目だしねぇ)

 興奮しなきゃくれるって事と思い、俺は触手を二本のばし太ももの上に置き背筋を伸ばし、剣道していた時にやっていた正座して無心になる。

 もちろんスライムだから太もも無いし正座はできないんだけど、気の待ちようだよね。

 すると、すっとカレーまみれだった頭の中が、精神耐性の助力もあって興奮は波が引くように流れていった。

 落ち着いたところで、まわりを見ると、茜ちゃんは新たに出てきたしいたけを鉄板の上に乗せようとしたまま止まって俺を見てる。

 イルはフォークに刺さっていたお肉を口に入れようとしたところで止まって俺を見てた。

「あー、茜ちゃんは分かるかな、召喚の時にスキルとかもらった神様が喋りかけてきてね、焼肉のタレをお願いしたらもらえるかなと、ちょっと興奮しちゃっただけだから」

「神様ですの? はぐっ」

 あ、食べるのね。

「友里くん、焼肉のタレは必要です、絶対もらって下さい、もちろんカレーも必須ですよ、もらえたら作りますから友里くんが」

「俺が作るんかい! そこは茜ちゃんでしょ! まあ道場でのカレー作りは俺が当番だったけどさ」

 茜ちゃんの言葉につっこんだけど、よくよく思い返すと、バーベキューの焼き番は茜ちゃん達女子組で、カレーは俺が中心の男子組だったな。

『まあいっか、今回は特別だからね、ほいっと。じゃあ異世界を満喫してね~バイバ~イまたね~』

(まあ、まだまだ時間もあるし今は良いってことにしておきましょう)

 ドサドサッと、なにもない宙から木箱や麻袋が無数に出てきて、地面に落ち、小山を作った。

 うおっ、またいっぱいくれたね。
 でも、お願いは良いのかな? 帰っちゃったみたいだけど……。

「やったぁー! 友里くん、早く焼肉のタレ探して下さい!」

「ふぐふぐ、んくん。焼ぃ~肉ぅ~のた~れ~♪ 探ぁぁ~しま~すのぉぉ~♪」

「あはは、そだね、よし鑑定しながら探すか――」

 ロリっ子のお願いは分からずじまいだけど、どうしてもって時はまた来てくれるだろうし、今回も色々と沢山ありがとうってことで、まずは一個目を――。
 王都を出てから二週間。
 特筆することもなく旅は順調に続き、まあ、街や村では泊まらずに、キャンプ生活を続けている。

 そしてついに最初の目標だった大きな木の絵が描いてあった森の入口に到着したんだけど……。

「道が途切れてるね、でも、ここに馬車が方向転換した後が残っているし、ここから森に入るはずなんだけど」

「草がぼーぼーだね」

「ぼーぼーですの」

 イルの背丈、一メートルほど草が木々の根本を隠すように生えている。

 とりあえず森と草原の境目に向かい、気付いたことは、一ヶ所だけ森に入った形跡が残っている。

 人ひとりがなんとか歩けるほどの獣道。

 それもしばらく誰も通っていないのか、まわりの草が覆い被さり獣道を隠していた。

「ここから森には入れるようだね、茜ちゃん、イルを背負子に乗せて進もうか」

「背負子に乗れるのです! 買ってからずっと乗ってみたかったのですよ! アカネ、お願いしますの」

 出した背負子を背負い、しゃがんだ茜ちゃん。
 その肩に手をついて背負子に上るイル。もちろん前向きになるように座る。
 ちょうど肩から前が見える位置だ。

「あっ、茜ちゃん、イルが落ちないように、ベルトを閉めておこう。身体強化をかけて行くから勢いよく飛ばしてしまうかもしれないでしょ?」

「あっ、そっか、今までは足を持ってたもんね、ベルトは――」

「アカネ、これですの」

 手探りで背後を探り、ベルトを探す茜ちゃんに、イルは乗った時から手に取りリュックを背負うようにして肩に通していたベルトを、茜ちゃんの両肩に垂らしてくれた。

「ありがとうイルちゃん。これね、えっと、腰ベルトを先に固定して、ここに引っ掛けるっ! よし完璧! よいしょ」

 まだ身体強化を掛ける前だけど、難なく立ち上がる茜ちゃん。

「ふおっ! 良い感じですの♪ アカネは大丈夫なのです?」

 イルを見ていたけど、手を放していたのに体がブレる事も無さそうだ。

「うん、大丈夫だよ、おんぶより両手が空くし、ふんっ! ふんっ! うん、これなら剣も振れる」

「長さ、重さ的には木刀だけど……良さそうだね」

 茜ちゃんに渡してある木刀、本当は杖で――。

 ――――――――――――――――――――

 カドゥケウス 聖なる者が持つ杖。聖なる魔法の効果が上がる。聖女、聖者のみ装備可能。

 ――――――――――――――――――――

 なんて、聞いたことあるような杖なんだよね。

 まあ俺には装備できないから収納の肥やしになっていたんだけど、茜ちゃんは聖女だから問題なく装備できた。

 使い方は木刀として使うようだけど……。

 俺も守護者シリーズの小手は、召喚の部屋から脱出する時に装備、触手サイズになって、体に取り込んだままだけど、この体だと武器がね。

「うんうん、準備完了だよ、友里くんは草刈りお願いね」

「おう、まずは湖があるはずなんだよね? そこ目指して行くぞ!」

「「おおーですの!(おおー!)」」

 俺は茜ちゃん達の前に降り立ち、小さなウインドカッターを無数に飛ばし、獣道を広げていく。

 刈った草は、もちろん吸収して足元を掃除していく。

「ユウリ凄いのです、道が綺麗になっていきますの!」

「本当だわ、コンクリートやアスファルトの上を歩いているみたい」

「だろ? 土魔法で平らに(なら)して固めているからね。スケートボードだってこれならストレスなく滑れるはずだ」

 ちょっと魔法の無駄遣いしていると、思わなくもないけど、MPは回復するし良いよね。

 そして茜ちゃん達の少し前を進みながら獣道を整備していて、何か薄い膜を通り抜けた感覚があった。

「えっ、これって結界? あっ、ヤバ! 止まって茜ちゃん!」

 真後ろの少し後ろを歩いていたはずの茜ちゃんとイルは忽然と消えてしまった。

「マジか! ど、どこに消えた! あっ!」

 気配を探ると、ずっと後方、森の入口あたりに気配があった。

 今のは結界で、たぶんやってたゲームにもあった、ダンジョンでスタート地点に戻される罠だ。

 俺は守護者シリーズの小手を装備したままだから、あの召喚部屋にあったような結界をくぐれたってことか。

「とりあえず森の入口に戻らなきゃ!」

 まだ十分も進んでいないところだったので、すぐに森が途切れ、光が差し込んでいるところが見えた。

 そしてそこには背負子を背負い、心配と戸惑いの表情を浮かべた二人が立っていた。

「イル! 茜ちゃん!」

「「ユウリいましたの!(友里くん!)」」

 曇っていた顔がパッと明るくなり、駆け寄って来る。

「ごめん、結界の罠があったみたい。」

 茜ちゃんが俺の前でしゃがみこみ、掬い上げてくれる。

 顔も前まで持ち上げるから、二人の顔がドアップだ。

「驚きましたの、森の中でしたのにお外に出てましたの、無事で何よりなのです」

「ほんとビックリだよ。怪我は無さそうだね、でもさ、これじゃあ森の奥に行けないね」

 イルにつつかれたり、茜ちゃんにはもみもみされるしだけど本当に心配を掛けたようだ。

「怪我もないし大丈夫だよ。それに、森の奥には問題なく行けるよ」

「あっ! 守護者のヤツですの!」

 イルは経験しているからすぐに分かったようで、元気よく手を上げながら正解を言ってくれた。

「守護者?」

 茜ちゃんは知らないから首をかしげ、頭に『?』を浮かべている。

「ああ、召喚の部屋からって歩きながら話そうか」

 さっきと同じように俺が前を歩きながら結界について話をしておいた。

 そして結界をくぐるのに、今度は触手を伸ばし、二人に触っておく。
 ちょっと俺が触手を伸ばした分小さくなっているけど、問題なく結界を越え、森の奥に。

 途中で栗を見つけ、大量に落ちていたのでイガを俺が吸収して、二人には拾い集めてもらう。

 そんな事をしている内に、夕方になったため、少し広く草を刈り、森の中でキャンプをすることにした。