キミの背中は強く美しく

 人は、二種類に分かれる。
 一人でも生きていける人と、そうではない人。
 私は、その後者の方だ。
 だから、クラス内で権力を握っている人にくっついていなければいけない。
 私のような人に、「自分」を堂々と出せる権利はない。
 そうでないと、「自分」が消されちゃうから。
 権力者の機嫌をとって、愛想のいい笑顔をずっと顔に貼り付けていればそれでいい。
 クラスで、孤立しないため。
 いじめの対象にならないため。
 それが私たち、カースト中部の一部の生徒たちの生き方だった。

「結夏、宿題やってきた?」
 朝、下駄箱で靴を履き替えていると、後ろから声をかけられた。
「うん、やってきたよ」
「よかった〜!ね、私昨日ドラマ見ててする暇なかったの〜!お願い、写させて〜!」
 彼女は手を顔の前で組み、必死という感じで言ってきた。
 考えるよりも先に、言葉が出た。
「うん、もちろん!」
 私の返事を聞いた彼女は甘い声で言った。
「ありがと〜!助かる!」
 そう言って、抱きついてきた。
 彼女は甘ったるい「女子」の香りがした。
 私は彼女の明るい声を聞くたびに、私の好感度が上がるような錯覚に陥る。
「行こう、美由ちゃん」
 私は彼女の手をそっと引いて歩き出した。
 七森美由。
 学年一の美少女。
 そしてクラスの女王。
〝彼女には逆らってはいけない〟
 それが、私たちカースト中部の暗黙のルールだった。
 美由ちゃんは教室にたどり着くと、いつもの行動をした。
 黒板に、大きく文字を書いた。
〝渡辺遥〟
 今、いじめのターゲットーーーー美由ちゃんたちのおもちゃの名前を。
 そして、そのまま続けた。
〝渡辺遥はクラスでブスな人選手権で一位になりました〟
 私は3日前のことを思い出す。
 クラスで、〝ブスな人選手権〟があった。
 私は美由ちゃんに合わせて渡辺遥に投票した。
 ほんとを言えば、渡辺遥はさほどブスではない。むしろ可愛いくらいだ。
 いじめのせいでみすぼらしい見た目になってしまっているけど、ぱっちりな二重、整った鼻と口。正直言って美由ちゃんよりかわい……
 いいや、なんでもない。
 私は美由ちゃんの席に近づいた。
 ちょうど席に着いた美由ちゃんが、ドアの方に視線を向ける。
「りんりん、まだかなぁ…」
 と唇を尖らせる。
 さっきまで黒板に物騒なことを書いていた顔と打って変わって甘ったるい顔で。
 でも、みんななにも言わない。
「あ、りんりーん!おっはよ〜!」
 教室に入ってきたのは花由凛花。クラスで二番目の権力者。
「りんりん、遅いよ〜」
「ごめんごめん〜昨日ドラマ観てて夜更かししちゃったの〜!あー、肌に悪いけど、やめられなかったわ!」
「あ!りんりんもドラマ観た?最新話!」
「観た観た〜やばかったよね〜まさかレオがカノンに告るなんて〜!」
「ね!アヤが好きかと思ったのに!」
「やっば!」
 二人が今流行りの恋愛ドラマの話で盛り上がってる間に私は鞄から荷物を引き出しに移した。
「あ、柚月来たっ!」
 美由ちゃんが言った。
 ドアが開き、ツインテールの女子が入ってくる。
 彼女は花夜柚月。
 私と同じ、カースト中部。
 …だと思うけど、本人は自覚してないみたいで、美由ちゃんや凛花ちゃんと普通に話してる。
 でも、美由ちゃんたちは柚月をカースト中部として扱っているらしい。
 カースト上位が中部の私たちを区別する呼び方。
 呼び捨て。あだ名なし。
 だからわかる。
「おはよ、美由、凛花」
 柚月は二人にそう言った。
 二人は、呼び捨てで呼ばれたことに眉を顰めてる。
 愛想笑いを浮かべたまま。
 それが逆に、圧を感じてしまう。
「ねぇ美由さ、インスタにすんごい盛れてる写真アップしてたじゃん?あの時のアイシャドウなに使ってたの?」
 柚月が美由ちゃんに聞いた。
「ああ、あれはね…」
 美由ちゃんは喋り出した。
 多分だけど、美由ちゃんたちは柚月をよく思っていない。
 変わり者な柚月は、実は美由ちゃんに続く学年で二番目の美少女って言われてる。
 変わり者の割には美容に詳しく、学校の校則を守り化粧を全くしてないのにとても整った容姿と顔をしている。
 まあ、柚月が美由ちゃんたちに嫌われた方が、私としては都合がいい。
 柚月が嫌われれば、私が悪く思われる可能性が減る。
 私の隣で柚月が美由ちゃんと接していれば、私がよく見える。
 だから、柚月は私にとっての『飛び道具』でしかない。
 私と柚月の関係は友達とかじゃなくて、『赤の他人』もしくは『ライバル』と言った関係だ。
「ね、結夏。結夏はインスタやってないの?」
 突然、美由ちゃんが話しかけてきた。
「えー?私なんて全然可愛くないからやっても意味ないよー?」
 私は美由ちゃんの顔色を窺いながら言った。
「え?インスタやってないなんてマジありえないんですけどー?」
 美由ちゃんはドン引き、といった感じで言った。
 …どうしよう、変なやつだって思われちゃう!
「あははは。そーだよね。時代遅れだよね、恥ずかし〜!私も始めようかな、インスタ」
 私はその場しのぎのために愛想笑いを浮かべた。
「ね、始めなよ!結夏初心者だから、私フォローしてあげる!」
 それは遠回しに、「どうせフォロワーが増えない」といっているんだ、と感じた。
「え?もしかして嫌?」
 わたしの気持ちが顔に出ていたのだろうか。美由ちゃんはじりじりと顔を近づけてきた。
「ねぇ、嫌なの?もしかして、私がしてあげるって言ってるのに、嫌なの?」
 そこには、誰も逆らえないような圧があって、その顔は愛想笑いを外し忘れたかのように綺麗な笑顔のまま目が吊り上がり、残酷な瞳が私を睨んでいた。
 それは、有無を言わせぬ力があり、一発でその場にいた全員を凍りつかせられるほどの威力があると思った。
 …そう思ったのに。
「そういうの、やめたほうがいいよ」
 柔らかく、だけど凍てつくような冷たい声で言ったのは、他でもない柚月だった。
「は?柚月関係なくない?」
 美由ちゃんが圧を感じる目つきで柚月を睨む。
「前から思ってたんだけど、そんな感じで無理にに押し付けるみたいなことするの、やめた方がいいよ、嫌われるから」
「は?結夏がやってみたいって言ったから教えてやったんじゃん?」
 美由ちゃんがちらりと私を見た。
「なんかさ、『私がしてあげるって言ってるのに〜』とか、その時さ、結夏困ってたよ?」
 …余計なことを言わないで…っ!
 私は心の中で叫んだ。
 背中を嫌な汗が流れる。
「あとさ、いつもそんな感じでクラスの女王様陣取ってるの、ウザいから。みんなもそう思ってるよ」
 柚月はそう言って教室を出て行った。
 私は「ちょっとトイレ」と美由ちゃんに声をかけて教室を出た。