期待なんか、してない。
また、会えるなんて思ってない。というか、本当に「フネ」が存在したとすら、思ってない。
だけど、放課後私の足は、勝手に弘前公園のあの場所に向かってしまった。
あの、桜のハートの場所に。
今日は午後だから、制服姿の高校生もたくさんいる。一人でいるのが気まずくて、背中を丸めながら歩いた。こんな俯いて歩くくらいなら、来なきゃよかったのに。それでも、どうしてもこのまま家に帰る気にはなれなかった。
たくさんの人が集まっている桜のハートを、少し遠くから見つめる。桜の花々は昨日以上にボリュームを増して、辺り一面が春の息吹に満ち溢れていた。自嘲的な笑みが零れる。
バカみたいだ。こんな生命力がいっぱいのところに、幽霊なんか現れるわけないのに――。
「やよい?」
急に自分の名前が耳に入って、ハッとして顔をあげた。
目の前にある彼の顔を見て、思わず息をのむ。
「やよい、また来てくれたのかぁ」
嬉しそうな笑顔で言う制服姿の彼の体は、ほんのり透けていた。
「フネ!」
思わず大きな声を出した。みんなが一瞬驚いたような気がしてこっちを見たから、慌てて手で口を塞ぐ。まずいまずい。またもや、誰もいない空間に向かって叫ぶヤバい女子高生になっちゃった。
フネは、私の心が創り出した幻想。ついさっきまでそんな風に思っていたくせに、いざフネを目の前にすると、不思議なくらい彼が存在している現実をスッと受け入れてしまう。私は、ひそひそ話みたいに小さな声で言った。
「フネ、成仏したんじゃなかったの?」
「成仏なんて、できてねぇよ。だって、なんも未練、消えてねぇもん」
「だって昨日、すぅって消えたっきゃ」
「なんか、桜のハートの場所から長時間離れると、完全に透明になっちゃうんだよな。でも、姿が見えなくなっただけで、消えたわけではねぇから」
じゃあ、成仏さえしなければ、またいつでもここで会えるってこと?
聞こうと喉を開いた瞬間、急に鼻の奥がつんとした。ヤバい、このまま喋ったら、泣く。私が黙り込んでいると、フネのほうから聞いてきた。
「やよい、俺に会いたかったの?」
「……んん」
素直になれなくて、うん、とも、ううん、ともつかない声を出す。
「はは。まあ、あっちの山でも見ながら、ゆっくり喋ろう」
フネが指さしたほうを向くと、まだほんのり雪化粧をした津軽富士が、水色に輝いていた。
桜のハートの周りは、たくさん人がいてゆっくり話が出来る雰囲気じゃない。そうだね。のんびり、山を眺めながら話す方がいいね。
私たちは、山がよく見える位置に二人並んだ。フネは、きらきらした目で山頂を見ながら言う。
「天国みたいにきれいだなぁ。俺、成仏したら次の人生まであそこで過ごしてぇ」
「でも、寒そうじゃない?」
言ってから、ああ、フネは寒さとか感じないのか、と思った。
「てか、何か思い出した?初恋の人に関すること」
「うーうん。なんも」
フネは、苦笑いして言った。
「自分のことも、初恋の人のことも、なーんも思い出せねぇ。桜問題も解決しねぇし。でも、やよいと喋るの楽しくて、どうでも良くなってきた」
くくく、と本当に楽しそうに笑うフネ。でも、そのあとで少し不安そうに聞いた。
「でも、やよいは他の友達との遊びの約束とかもあるべ?俺のところに来て、平気?」
「……大丈夫だよ、別に」
私は、もう開き直ることにした。幽霊相手に見栄を張る必要はないし。
「私、一人も友達いないからさ」
フネの目が、くるっと丸くなった。
「高校に入ってから、友達っていう友達が一人もできてないの。人見知りだし、コミュ症だし。きっと卒業までどうせこのままだよ」
「でも……卒業までって、あと何か月もあるべ。それまでに、友達作ればいいべな」
「そんな簡単に行かないよ……もう遅いんだよ。ダメなんだよ」
私が友達ほしくても、私と友達になりたい子なんてどうせ一人もいないんだし、無理。
「なんも、うまくいかない、私の人生」
進路のことだって何一つ考えれてないし、もう、私、ダメなんだよ。
苦笑いでフネの顔を見ると、思いのほか真剣な表情をしていた。安い同情でも哀れみでもない、ただまっすぐな顔でフネは言った。
「やよいは、なんもダメじゃないよ。そんな簡単に自分の人生を見限るなよ。もう遅い、なんてことねぇよ」
「……あるよ」
唇を尖らせると、フネはちょっと笑って、優しい声で言った。
「ねぇって。だって、俺と違って、やよいの姿はみんなに見えてるんだから」
どきっ、とする。
フネはもしかして、私以外の子にも話しかけたことがあるのかな。だけど、自分の姿が誰にも見えなくて、無視されて、寂しかったりしたのかな――。
「あれ?」
フネが急に振り返って遠くの道を見たので、自然と一緒に振り返った。フネは、呑気に言った。
「あの人たち、やよいと同じ制服着てねぇ?」
また、会えるなんて思ってない。というか、本当に「フネ」が存在したとすら、思ってない。
だけど、放課後私の足は、勝手に弘前公園のあの場所に向かってしまった。
あの、桜のハートの場所に。
今日は午後だから、制服姿の高校生もたくさんいる。一人でいるのが気まずくて、背中を丸めながら歩いた。こんな俯いて歩くくらいなら、来なきゃよかったのに。それでも、どうしてもこのまま家に帰る気にはなれなかった。
たくさんの人が集まっている桜のハートを、少し遠くから見つめる。桜の花々は昨日以上にボリュームを増して、辺り一面が春の息吹に満ち溢れていた。自嘲的な笑みが零れる。
バカみたいだ。こんな生命力がいっぱいのところに、幽霊なんか現れるわけないのに――。
「やよい?」
急に自分の名前が耳に入って、ハッとして顔をあげた。
目の前にある彼の顔を見て、思わず息をのむ。
「やよい、また来てくれたのかぁ」
嬉しそうな笑顔で言う制服姿の彼の体は、ほんのり透けていた。
「フネ!」
思わず大きな声を出した。みんなが一瞬驚いたような気がしてこっちを見たから、慌てて手で口を塞ぐ。まずいまずい。またもや、誰もいない空間に向かって叫ぶヤバい女子高生になっちゃった。
フネは、私の心が創り出した幻想。ついさっきまでそんな風に思っていたくせに、いざフネを目の前にすると、不思議なくらい彼が存在している現実をスッと受け入れてしまう。私は、ひそひそ話みたいに小さな声で言った。
「フネ、成仏したんじゃなかったの?」
「成仏なんて、できてねぇよ。だって、なんも未練、消えてねぇもん」
「だって昨日、すぅって消えたっきゃ」
「なんか、桜のハートの場所から長時間離れると、完全に透明になっちゃうんだよな。でも、姿が見えなくなっただけで、消えたわけではねぇから」
じゃあ、成仏さえしなければ、またいつでもここで会えるってこと?
聞こうと喉を開いた瞬間、急に鼻の奥がつんとした。ヤバい、このまま喋ったら、泣く。私が黙り込んでいると、フネのほうから聞いてきた。
「やよい、俺に会いたかったの?」
「……んん」
素直になれなくて、うん、とも、ううん、ともつかない声を出す。
「はは。まあ、あっちの山でも見ながら、ゆっくり喋ろう」
フネが指さしたほうを向くと、まだほんのり雪化粧をした津軽富士が、水色に輝いていた。
桜のハートの周りは、たくさん人がいてゆっくり話が出来る雰囲気じゃない。そうだね。のんびり、山を眺めながら話す方がいいね。
私たちは、山がよく見える位置に二人並んだ。フネは、きらきらした目で山頂を見ながら言う。
「天国みたいにきれいだなぁ。俺、成仏したら次の人生まであそこで過ごしてぇ」
「でも、寒そうじゃない?」
言ってから、ああ、フネは寒さとか感じないのか、と思った。
「てか、何か思い出した?初恋の人に関すること」
「うーうん。なんも」
フネは、苦笑いして言った。
「自分のことも、初恋の人のことも、なーんも思い出せねぇ。桜問題も解決しねぇし。でも、やよいと喋るの楽しくて、どうでも良くなってきた」
くくく、と本当に楽しそうに笑うフネ。でも、そのあとで少し不安そうに聞いた。
「でも、やよいは他の友達との遊びの約束とかもあるべ?俺のところに来て、平気?」
「……大丈夫だよ、別に」
私は、もう開き直ることにした。幽霊相手に見栄を張る必要はないし。
「私、一人も友達いないからさ」
フネの目が、くるっと丸くなった。
「高校に入ってから、友達っていう友達が一人もできてないの。人見知りだし、コミュ症だし。きっと卒業までどうせこのままだよ」
「でも……卒業までって、あと何か月もあるべ。それまでに、友達作ればいいべな」
「そんな簡単に行かないよ……もう遅いんだよ。ダメなんだよ」
私が友達ほしくても、私と友達になりたい子なんてどうせ一人もいないんだし、無理。
「なんも、うまくいかない、私の人生」
進路のことだって何一つ考えれてないし、もう、私、ダメなんだよ。
苦笑いでフネの顔を見ると、思いのほか真剣な表情をしていた。安い同情でも哀れみでもない、ただまっすぐな顔でフネは言った。
「やよいは、なんもダメじゃないよ。そんな簡単に自分の人生を見限るなよ。もう遅い、なんてことねぇよ」
「……あるよ」
唇を尖らせると、フネはちょっと笑って、優しい声で言った。
「ねぇって。だって、俺と違って、やよいの姿はみんなに見えてるんだから」
どきっ、とする。
フネはもしかして、私以外の子にも話しかけたことがあるのかな。だけど、自分の姿が誰にも見えなくて、無視されて、寂しかったりしたのかな――。
「あれ?」
フネが急に振り返って遠くの道を見たので、自然と一緒に振り返った。フネは、呑気に言った。
「あの人たち、やよいと同じ制服着てねぇ?」