次の日学校に行くと、廊下ですれ違った担任の先生に聞かれた。
「奈良岡さん、昨日はどうしたの?」
「あー……ちょっと、体調不良で」
 実際、体調不良だったのかもしれない。あんな、変な幻覚を見るなんて。
「休むときはちゃんと、保護者の方を通じて連絡ちょうだいね」
「……はーい」
 深く聞くつもりはないらしく、さっさと職員室の方に行ってしまう先生。私はあくびを噛み殺し、重い足取りで教室に向かう。
 私が教室に入っても、誰も反応を示さない。息を殺すようにして席に着くと、私は黙々とリュックの中身を机に入れ始める。一時間目は数学だから、数学の道具だけ出しておかないとな。
「それで体育のときにさー……」
「んだの?二人、付き合ってたんだ!」
「今さら!?やば!」
 一人ぼっちの私の周りで、きらきらした声が飛び交う。みんな、楽しそうだ。
 みんなは、楽しそうだな――。
 そんなつもりはなかったのに、小さくため息を吐いてしまった。別に、これまでの人生で一人も友達ができたことがないわけじゃない。だけど、人見知りをこじらせた私は、小中の知り合いがほとんどいないこの高校で独りぼっちになってしまった。
 考えてみれば一年生のとき、人に話しかけるタイミングがわからずに、誰にも「お昼一緒に食べてもいい?」って言えなかったことが発端かもしれない。最初の一歩を間違えると、そのあとの全部が崩れるものだと知った。そりゃ、英語の授業のペアワークとか、事務的なこととか、必要最低限の会話ならする。でも、休み時間の雑談になった途端、私は急に広い宇宙に一人放り出されたみたいに、みんなの輪から外れてしまう。
 今、教室の後ろのほうで一緒にスマホの画面をのぞき込んでいる古川(こがわ)さんと三上(みかみ)さんは、一年生のとき一瞬委員会活動が一緒だったことがあるし、いくらかは話しかけやすい。でも、今さら完成された二人の世界に入りこんでいこうとしたって、迷惑なだけだと思う。
 今私が悩むべきなのは受験とか進路のことであって、「友達が作れない」なんて小学生じみた悩みからは卒業しなきゃいけないのはわかってる。だけど、みんなが当たり前に通過してきた青春というゲートを自分だけくぐれなかったから、私はこんなところで立ち尽くしてる。
 修学旅行の自主研、あまりものみたいに他のグループに入れてもらうんじゃなくて、自分が本当に仲のいい子たちと一緒になりたかったな。放課後友達とカラオケ、なんて贅沢は言わないから、せめて誰かと学食で騒いでみたかったな。
 そして一回でいいから、大好きな弘前公園の桜を、仲のいい友達と一緒に楽しんでみたかったな。
 きっと私は一年後、この虚しさだけ抱いて学び舎を出ていく。
 急に、頭の中に昨日桜のハートの下で見た、幽霊の男の子の顔が浮かんだ。
 いや、「見て」はないと思う。多分、「友達がほしいな」って思いをこじらせた私の心が創り出した幻想だろう。そんなこと、分かってる。
 分かってるのに、考えてしまう。
 あいつは、生きてるときどんな子だったのかな。あのまんまの天真爛漫な性格だったとしたら、きっとたくさん友達がいたに違いない。
 そして、ああいう子がクラスにいたら、私は、独りぼっちじゃなかったのかもしれない。
 そう思ったとき、急に胸に寂しさやら虚しさやらが舞い落ちてきて、急に目頭が熱くなった。
 わけの分からないヤツだった。急に目の前に現れて、「俺が成仏する方法を一緒に考えろ」だのなんだのって言って、人にボートを漕がせてさ。
 でも、多分私、ちょっと楽しかった。初めて会った誰かと友達みたいに話せたことが、嬉しかったんだよな――。
 鼻の奥がつんとして、机に伏せた。
 どうせ、私が今ここで涙を流したって、誰も気に留めない。