「すげぇ!ボートだ、ボート!」
 手漕ぎボートの上ではしゃぐフネ。フネは(フネのくせに)ボートを漕げないから、私が一人で漕ぐ形になる。当たり前だけど、料金も私が払った。もう、今月のお小遣いほぼなくなったんですけど。
 フネは、ぐいんと身を乗り出して遠くを指さした。
「あっちの水の上に、花びらいっぱい落ちてら。あっちのほう行こう」
「あー、はいはい!わかりました!」
 やけくそみたいな返事をして、私はフネが指さしたほうに向かって漕ぎ始める。
 透明な水面に桜の花びらが敷きつめられる光景には、毎年新鮮にうっとりさせられる。だけど、今はその美しさを楽しんでいる心の余裕がない。
 もうボートに乗り始めて十分はたっているのに、フネは一向に本題に入る気配がない。
 大体、どうすんのよ。幽霊の状態で初恋の人に再会するのも、卒業式の日にあの桜のハートの場所で花が咲いているのを見るのも、どっちか片方だけでも限りなく不可能に等しいのに、何をどう解決しようとしてるんだろう。
「なぁ、やよい、もっと早く漕げねぇの?」
「これでも全力なの!すみませんね、体力なくて」
 思わず大声で言うと、フネは少ししゅんとした。が、すぐに立ち直って聞いて来た。
「やよいは、今日学校行かなくていいの?」
「いいのいいの。サボってんの」
 同じ学校のカップルとか、会ったら気まずいし。それを言ったら、フネはけげんそうな表情になった。
「カップルと会うのが気まずいなら、やよいも彼氏と一緒に来ればいいべや」
「彼氏なんか、いませーん」
 いたら、学校サボってまで一人で公園に来ようだなんて思わないから。
「んだば、友達と一緒に来ればいいのに」
「……う」
 思わず、言葉も、ボートを漕ぐ手も止める。
 きっとこいつは生きてるとき、クラスに話せる子がいないとか、友達の作り方がわからないとか、そういうことで悩んだ経験、一回もないんだろうな。
「そんなこといいから、本題に移ろうよ。フネが成仏する方法、考えよう」
 こくっ、とうなずくフネ。
 さぁ、「考えよう」とは言ってみたものの、一体どうするべきか全く思いつかないんだけど。
「まずは、あれだ。三月上旬に、弘前公園で桜を見る方法」
 これは、正直頑張ればどうにかなるんじゃないかと思う。なぜって、弘前公園の桜が咲く時期は、年を重ねるごとにどんどん早くなっているからだ。
 もとは、弘前の桜はゴールデンウィークのあたりで満開を迎えていたものらしい。だけど、最近は早いと四月中旬に満開を迎えてしまい、ゴールデンウィークの頃には葉桜になることもしばしば。今も、さくらまつりの前なのにほぼ満開と言っていい状態だ。
 気候の変化を十年とか百年とか辛抱強く待ち続けていたら、三月上旬の桜を見られる日がいつか来るんじゃないか。
「まあ、一番手っ取り早いのは、百年くらい待つことかな」
 あんたは幽霊だから、それくらい待てるでしょう。でも、フネは眉間にしわを寄せた。
「でも、百年後ってば、俺の初恋の人、死んじゃってんじゃないの?俺、生きてるあの子に会いてぇんだけど」
「あぁ……」
 そっか。百年後となれば、フネは大丈夫でも、相手が死んじゃってる可能性が高いんだ。
「んー、じゃあ、暖かい地域から桜をとってきて弘前公園に持ち込んで、桜のハートの下で見る!」
「新幹線の中で、枯れるって。というか、桜、勝手にとればダメだべ」
 うぁー!それはそうだけど、そんなに簡単に却下しないでよ。こっちは必死で考えてやってんのに!
「まずさ、その初恋の人ってのが誰なのか教えてもらっていい?」
 桜だなんだって言えばややこしいけど、初恋の人と無事再会を果たせたら、案外それだけで満足して成仏できるかもしれなくない?だけど、フネは首をちょっと傾げて言った。
「ん?分かんねぇ」