四月下旬。
うららかな春の日差しが注ぐこの日、私――奈良岡やよいは、人生で初めて学校をサボった。
別に、先生とケンカしたとか、反抗期とか、そんなんじゃない。ただ、高校の真横にある遅咲きの桜を一人静かに堪能したかっただけだ。園内をゆっくり歩きながら、ぷっくりと咲いた優しい色の花を愛でる。
私が生まれ育った北国のまちには、弘前公園という日本有数の桜の名所がある。城もお堀も、真っ赤な橋も、道をゆく人々も、すべてが淡い桃色に包まれた絵画みたいな世界。
一週間後にさくらまつりをひかえる今の公園には、もう多くの出店が出揃っている。
こんな花も団子も揃った場所が学校の隣にあるっていうのに、行かないなんてもったいないじゃないか。
いやいや、サボるなよお前受験生だろ、放課後とか休日に来いよ……なんてどこか冷静な自分の声が聞こえてくるけど、無視無視。
放課後や土日は、観光客が多すぎてゆっくり歩けないし、校内のカップルやクラスメイトなど、出くわしたら気まずい人が誰かしら必ずいる。
一人でゆっくり春の景色を楽しめるのは、みんなが学校に行っている平日の午前中しかないんだ。
特に、ここなんか、知り合いのカップルがいるときは絶対来れないしさ。
しばらく歩いた先で、私はぴたっと足を止める。一見何の変哲もない、この場所。ある地点に立つと、枝と枝とが交差し合った青空の真ん中に、ある形が表れる。
「わ、すげ、ハートの形になってる!」
誰かが、歓声を上げた。
そう。ここは、「桜のハート」が見られる場所だ。
桜の枝が重なり合ってできた形がちょうどハート型に見えるここは、SNS映えするってことで、何年か前から話題になってる。私も初めてここを見つけたときは、想像以上にちゃんとしたハート型でびっくりしたものだ。
しばらく私は、桜色で縁取られた水色のハートをぼんやり眺めていた。
ふと、目線を下に落とした、その時。
「えっ」
思わず、口に手を当てる。いつの間にか、ハートの真下に同年代と思しき男の子が立っていた。いや、「思しき」じゃない。確実に、同じ高校生だ。だって、学ラン着てるし。かと言って、中学生でもなさそうだし。
どっ、どっ、どっ、と心臓が激しく暴れ出す。
急に心臓の動きが早くなったのは、予想外に自分以外で公園に来ている高校生と出くわしたためでもない。目の前にいる彼の顔が、美しい風景にも劣らないほど整っているためでもない。
彼の体が、ちょっとだけ、でも確かに、透けてるから――。
うららかな春の日差しが注ぐこの日、私――奈良岡やよいは、人生で初めて学校をサボった。
別に、先生とケンカしたとか、反抗期とか、そんなんじゃない。ただ、高校の真横にある遅咲きの桜を一人静かに堪能したかっただけだ。園内をゆっくり歩きながら、ぷっくりと咲いた優しい色の花を愛でる。
私が生まれ育った北国のまちには、弘前公園という日本有数の桜の名所がある。城もお堀も、真っ赤な橋も、道をゆく人々も、すべてが淡い桃色に包まれた絵画みたいな世界。
一週間後にさくらまつりをひかえる今の公園には、もう多くの出店が出揃っている。
こんな花も団子も揃った場所が学校の隣にあるっていうのに、行かないなんてもったいないじゃないか。
いやいや、サボるなよお前受験生だろ、放課後とか休日に来いよ……なんてどこか冷静な自分の声が聞こえてくるけど、無視無視。
放課後や土日は、観光客が多すぎてゆっくり歩けないし、校内のカップルやクラスメイトなど、出くわしたら気まずい人が誰かしら必ずいる。
一人でゆっくり春の景色を楽しめるのは、みんなが学校に行っている平日の午前中しかないんだ。
特に、ここなんか、知り合いのカップルがいるときは絶対来れないしさ。
しばらく歩いた先で、私はぴたっと足を止める。一見何の変哲もない、この場所。ある地点に立つと、枝と枝とが交差し合った青空の真ん中に、ある形が表れる。
「わ、すげ、ハートの形になってる!」
誰かが、歓声を上げた。
そう。ここは、「桜のハート」が見られる場所だ。
桜の枝が重なり合ってできた形がちょうどハート型に見えるここは、SNS映えするってことで、何年か前から話題になってる。私も初めてここを見つけたときは、想像以上にちゃんとしたハート型でびっくりしたものだ。
しばらく私は、桜色で縁取られた水色のハートをぼんやり眺めていた。
ふと、目線を下に落とした、その時。
「えっ」
思わず、口に手を当てる。いつの間にか、ハートの真下に同年代と思しき男の子が立っていた。いや、「思しき」じゃない。確実に、同じ高校生だ。だって、学ラン着てるし。かと言って、中学生でもなさそうだし。
どっ、どっ、どっ、と心臓が激しく暴れ出す。
急に心臓の動きが早くなったのは、予想外に自分以外で公園に来ている高校生と出くわしたためでもない。目の前にいる彼の顔が、美しい風景にも劣らないほど整っているためでもない。
彼の体が、ちょっとだけ、でも確かに、透けてるから――。