「ってな感じで、もう毎日大盛り上がりだよ!」
 テンションマックスで話す私を見る、フネの瞳は温かい。
 フネと出会った日から、二週間、一か月と時間が経った。桜はほとんど散って、若い緑色が公園に広がる時期。桜が散ると桜のハートの下に集まる人も減り、私たちはこの場所でのんびり話せるようになった。今だって、一時間くらい話している。
 ちなみに、今日は学校をサボってはいない。トュデイ、イズ、土曜日。
「んでも、まさか俺も、やよいがあそこまであの子たちと仲良くなるとは思わねがったよ」
「いや、私も予想外だよ。……ってか、『城★男子』にあそこまでハマってまったのが予想外……」
 古川ちゃんたちに布教され、私はまんまと「城★男子」にハマってしまった。受験生だってのにマンガを揃え始めちゃうし、隙あらばSNSに流れているファンアートを見ちゃうし、本当にけしからんよね。でも、楽しすぎ。
 今さらクラスメイトに話しかけるなんて絶対無理なんて思っていたけど、思い切って一歩を踏み出してみれば、世界は私が思っていたよりずっと優しかった。フネに背中を押してもらったこと、心から感謝してる。
 だけど、お礼を渡すこともなにかおごることもできないから、せめてフネのお陰で得られた幸せをちゃんと全部報告したい。なんだかんだ私は、二日に一回くらいのペースでここに来ている。本当はそろそろ受験勉強を本格的に始めるべき時期なんだろうけど……もうちょっと、初めてのアオハルをゆっくり堪能させてほしい。
「私も、『島原城』推しになっちゃってさぁ。受験終わったら、三人で長崎に旅行に行こうかって喋ってんだ。まあ、三上ちゃんは普通に『弘前城』推しらしいけどね」
「んだか。良かったなぁ」
 フネは、自分のことのように嬉しそうに笑う。きゅっと目を細めた顔が、なんか可愛い。
 最近は、私たちの会話の中に「成仏」とか「卒業」とかいうワードは、出てこない。多分、お互いに別れを意味する言葉を無意識に避けてるのかもしれない。
 本当は、ちゃんと成仏するのがフネにとって幸せな道なんだと思う。成仏しないってことはいつまでもこの世に留まっているってことで、生まれ変わって次の人生を歩み始めることが出来ないってことだ。フネは次の人生を歩みたかった。だから、自分の姿が見える私に、「一緒に成仏する方法を考えてくれ」ってすがったんだろう。私には、その気持ちに精いっぱい応えて、フネが大好きな人と桜を見るのを見届ける義務があるのかもしれない。
 でも――辛すぎる、そんなの。
 フネは、恩人だ。ひとりぼっちの私に、笑顔で声をかけてくれた。ときには優しく、ときには頼もしい言葉で励ましてくれた。そして、諦めかけていた青春をつかみ取るチャンスをくれた。つい一か月前に出会ったとは思えないほど、隣にいて安らぐ存在。二度と会えなくなるなんて、そんなの耐えられない。
 真横にいるフネの横顔は本当に綺麗で、見ていると心がきゅうっとする。
 ねえ、どこにも行かないでよ。
「好きだな」
「え?」
 フネが、首を傾げた。私だって、なんの前触れもなく口から出たセリフにびっくりしている。
 フネのこと、好きだ、私。一人の男の子として、心の底から好きだ。
 フネに片思いされてる子が、フネをこの世に引き留めている誰かのことが、羨ましくてたまらない。
 ずっとこのまま何も考えずに、頭を空っぽにして一緒にいようよ。
「好きって、なにが?」
「いや。『島原城』が」
 誤魔化して前を向くと、フネはふふんと笑って私の顔を覗き込んできた。
「ちなみにだけど、やよいの初恋の人は、どんな人なの?」
「えー?私の初恋?」
 初恋って、一般的にはどのくらいの年齢にするものなんだろう。小三くらい、とか?だけど、小三の記憶を辿っても、誰の顔も浮かんでこない。
 今目の前にいる、フネのことしか見えないよ。
「うーん……忘れちゃったなぁ」
「そうかぁ。初恋の思い出なんて、脆いもんだなぁ」
 どこか寂しそうに言うフネ。
「でも、フネだって初恋の人が誰か、覚えてないんでしょ?」
「まあなー」
 二人で顔を見合わせて、にっこりする。いつまでも二人の時間が続かないことは分かってるけど、束の間の幸せに心を浸して笑っていたい。
 ハートを形作る緑の葉が、ゆらゆら揺らいでいた。