翌日、学園に衝撃的なニュースが駆け巡った。きっかけとなったのは玄関脇にある掲示板で、そこには、監査委員会が女子バレー部に対し、無期限の活動停止にする仮処分の申請をした旨が告知されていた。
しかも、今日申請してその場で受理されている。あまりにも早すぎる展開だけど、受理された以上は仮処分とはいえ今日から女子バレー部は活動ができなくなってしまう。
――ちょっと、いくらなんでもおかしいでしょ!
掲示された内容を読んで、私は頭が真っ白になった。ある程度の処分は覚悟していたけど、まさか女子バレー部を活動停止に追い込むとは予想外だった。
しかも、処分内容が廃部の次に重い無期限の活動停止だったことに、愕然とするしかなかった。
――ひょっとして、部費の問題も絡めて処分を決めたのかな?
告知の内容に、処分理由がなかった。いくらなんでも、処分理由を明らかにしないまま重い処分を下すことは考えられなかった。
でも、田辺先輩は二番目に重い処分を決定した。
それはつまり、田辺先輩の中で女子バレー部の関与が確定し、部費の問題も含めて処分しようとしたのかもしれない。
異例の事態に、幽霊委員会がついに仕事をしたと学園中が騒ぎとなった。さらに、新聞部が悪ふざけで号外まで出す始末となり、私はいたたまれなくなって教室を抜け出し、放課後まで監査委員会活動室に引きこもる羽目になってしまった。
放課後になると、私は急いで体育館を目指した。私になにができるのかわからないけど、とにかく谷川先輩と笹山先輩に会わないといけない気がして落ちつかなかった。
体育館には、固唾を飲んで黙ったままの人だかりができていた。人垣をかき分けて中に入ると、怒り心頭の笹山先輩が田辺先輩を睨みつけているところだった。
「田辺先輩、あの仮処分はあんまりじゃないですか?」
笹山先輩の怒りにも涼しい顔であくびをする田辺先輩に、私は一気に詰めよった。
「女子バレー部が暴行したんだから仕方ないだろ。今からコートを男子バスケ部に明け渡すから、ちょっと手伝ってくれ」
「ちょっと待ってください。処分はわかりますけど、なぜ無期限の活動停止にする必要があるんですか!」
当たり前のように事を運んでいく田辺先輩の手を掴んで、私は混乱しながらも猛抗議することにした。
「仕方ないだろ、規則は規則なんだから。谷川、良かったな。今日からは女子バレー部の時間も練習できるぞ」
蝿を払うように私の抗議を門前払いにした田辺先輩が、笹山先輩の怒りも無視して谷川先輩に話しかける。谷川先輩は唖然としたまま固まっているだけで、私と同じく状況を上手く飲み込めないでいるみたいだった。
「どうした? 嬉しくないのか?」
田辺先輩の言葉に、谷川先輩が口を開こうとしたところで、いきなり山崎先輩が田辺先輩に体当たりしてきた。
突然のことによろめく田辺先輩だったけど、なんとか倒れずに踏み留まった。山崎先輩は肩で息をしながら、田辺先輩を赤い目で睨みつけていた。
「しょ、処分は、間違ってます。もし、バレー部を活動停止にするなら、わ、私を、退部処分にしてください!」
「山崎!」
抗議の体当たりの後、我に返ったかのように態度を翻した山崎先輩が繰り返し頭を下げる。その山崎先輩を制止するように、笹山先輩が松橋杖を捨てて山崎先輩に抱きついた。
「た、谷川さんに、暴力ふるったのは、わ、私にしてください。わ、私が、責任取ってバレー部を辞めますから。だ、だから、バレー部の活動停止は、なしにしてください」
抱きついた笹山先輩をふりはらって、山崎先輩が涙ながらに田辺先輩に直訴した。無茶苦茶な理論だったけど、山崎先輩の真剣な涙目に、私は喉を潰されたように言葉が出なかった。
「おい、お前らいい加減にしろよ。みっともないだろ」
「あんたは黙ってて!」
完全に固まっていた谷川先輩が、慌てて間に入ってきた。けど、笹山先輩の怒りの一喝が体育館に響き渡り、谷川先輩は困惑したまま再び固まってしまった。
「もとはと言えば、あんたたちがルールを守らないからでしょ。私たちはね、あんたたちの身勝手な行為をずっと我慢していたんだから」
「なに言ってんだよ。だいたい、女々しく泣いていたくせによ、黙ってしおらしくしてりゃよかったんだよ」
谷川先輩が不敵に笑いながら、笹山先輩のギブスに目を落とす。その瞬間、怒りが最高潮に達したかのように、笹山先輩の表情がきつくなった。
「最低。あんた、本当に最低よ!」
震える声で谷川先輩を非難しながら、笹山先輩が殴りかかろうとした。それを山崎先輩が羽交い締めにして制止した。
――もう、なんなのよ一体
目前に広がるカオスな現実。問題を解決するどころか、ますます混乱していく状況に、私はどうしていいかわからないまま震えていることしかできなくなっていた。
そんな状況を、眉一つ動かすことなく黙って見ていた田辺先輩だったけど、突然、いがみ合う二人の間に割り込んでいった。
「お前ら、なにやってんだよ」
静かに響く田辺先輩の声。けど、異常な冷たさが込められているせいか、谷川先輩と笹山先輩は争いを止めて田辺先輩に目を向けた。
「なにやってるんだって、聞いてるだろ!」
それまで能面だった表情を一変させて、田辺先輩がきつい口調で一喝する。その変貌ぶりに、私はもちろん、谷川先輩も笹山先輩も口を開けたまま動けなくなっていた。
「お前ら、今日まで同じ体育館で過ごしてきたキャプテン同士じゃないのかよ」
怒鳴ったかと思うと、今度は僅かに悲しげな雰囲気を滲ませた瞳で、田辺先輩が諭すように笹山先輩へ話しかけた。
「そうなんだけど――」
「だったら、わかるだろ?」
「え?」
「まだ気づかないのか?」
「気づかないって、なに言ってるの?」
「この状況こそ、谷川が一番望んでいなかったってことによ」
田辺先輩の言葉に、笹山先輩の表情が驚きに変わる。谷川先輩は、明らかに動揺した表情で狼狽し始めた。
「逆なんだよ」
田辺先輩がポツリと漏らすと、谷川先輩が慌てて田辺先輩の肩を掴んで止めさせようとした。
「谷川はな、お前の為に犠牲になろうとしたんだよ」
「どういう、こと?」
田辺先輩に諭すように言われ、笹山先輩が動揺した声を漏らしながら視線を谷川先輩に向けた。
「実は、仮処分は俺が生徒会に頼んで仕組んだ嘘なんだ」
またしても予想外の田辺先輩の言葉に、谷川先輩と笹山先輩が同時に驚きの声を上げた。
「お前らの本心がどこにあるかを探る為に、仮処分をでっち上げたんだ」
さらりととんでもないことを口にする田辺先輩に、私は昨日の言葉を思い出した。揺さぶると言った意味は、このことだったみたいだ。
「なんで、そんなことをしたの?」
「怒りで我を忘れてぶつかれば、本音が出ると思ったんだ。おかけで、お前らの問題がなにかよくわかった」
田辺先輩の突然の告白に、目が点になっていく二人。多分、私の目も点になっているだろう。
「男子バスケ部と女子バレー部の処分については、これから正式に決定して通達する。それまでは、ルールを守ってコートを使用するんだ」
田辺先輩が二人から離れて、黙って成り行きを見守っていた男子バスケ部員と女子バレー部員を見渡しながら、処分の予定を伝えていく。特に男子バスケ部員に対しては、釘を刺すかのように厳しい眼差しで睨みつけていた。
「ったく、何年お前は谷川の近くにいたんだよ。同じキャプテンとして、お前なら谷川の気持ちがわかるだろ」
田辺先輩の言葉に、笹山先輩が谷川先輩に改めて視線を向けた。谷川先輩は、どこかぎこちない感じに目をそらしていたけど、やがて肩を落として「すまない」と田辺先輩に頭を下げた。
「仲良くやれよ。お前らは、ずっとライバルでありながらも支え合ってきたキャプテンなんだからよ」
話は終わりとばかりに背を向けた田辺先輩。私にはなにがどうなったのかわからなかったけど、田辺先輩の言葉は谷川先輩と笹山先輩に向けられたエールだということだけは、なんとなくわかる気がした。
しかも、今日申請してその場で受理されている。あまりにも早すぎる展開だけど、受理された以上は仮処分とはいえ今日から女子バレー部は活動ができなくなってしまう。
――ちょっと、いくらなんでもおかしいでしょ!
掲示された内容を読んで、私は頭が真っ白になった。ある程度の処分は覚悟していたけど、まさか女子バレー部を活動停止に追い込むとは予想外だった。
しかも、処分内容が廃部の次に重い無期限の活動停止だったことに、愕然とするしかなかった。
――ひょっとして、部費の問題も絡めて処分を決めたのかな?
告知の内容に、処分理由がなかった。いくらなんでも、処分理由を明らかにしないまま重い処分を下すことは考えられなかった。
でも、田辺先輩は二番目に重い処分を決定した。
それはつまり、田辺先輩の中で女子バレー部の関与が確定し、部費の問題も含めて処分しようとしたのかもしれない。
異例の事態に、幽霊委員会がついに仕事をしたと学園中が騒ぎとなった。さらに、新聞部が悪ふざけで号外まで出す始末となり、私はいたたまれなくなって教室を抜け出し、放課後まで監査委員会活動室に引きこもる羽目になってしまった。
放課後になると、私は急いで体育館を目指した。私になにができるのかわからないけど、とにかく谷川先輩と笹山先輩に会わないといけない気がして落ちつかなかった。
体育館には、固唾を飲んで黙ったままの人だかりができていた。人垣をかき分けて中に入ると、怒り心頭の笹山先輩が田辺先輩を睨みつけているところだった。
「田辺先輩、あの仮処分はあんまりじゃないですか?」
笹山先輩の怒りにも涼しい顔であくびをする田辺先輩に、私は一気に詰めよった。
「女子バレー部が暴行したんだから仕方ないだろ。今からコートを男子バスケ部に明け渡すから、ちょっと手伝ってくれ」
「ちょっと待ってください。処分はわかりますけど、なぜ無期限の活動停止にする必要があるんですか!」
当たり前のように事を運んでいく田辺先輩の手を掴んで、私は混乱しながらも猛抗議することにした。
「仕方ないだろ、規則は規則なんだから。谷川、良かったな。今日からは女子バレー部の時間も練習できるぞ」
蝿を払うように私の抗議を門前払いにした田辺先輩が、笹山先輩の怒りも無視して谷川先輩に話しかける。谷川先輩は唖然としたまま固まっているだけで、私と同じく状況を上手く飲み込めないでいるみたいだった。
「どうした? 嬉しくないのか?」
田辺先輩の言葉に、谷川先輩が口を開こうとしたところで、いきなり山崎先輩が田辺先輩に体当たりしてきた。
突然のことによろめく田辺先輩だったけど、なんとか倒れずに踏み留まった。山崎先輩は肩で息をしながら、田辺先輩を赤い目で睨みつけていた。
「しょ、処分は、間違ってます。もし、バレー部を活動停止にするなら、わ、私を、退部処分にしてください!」
「山崎!」
抗議の体当たりの後、我に返ったかのように態度を翻した山崎先輩が繰り返し頭を下げる。その山崎先輩を制止するように、笹山先輩が松橋杖を捨てて山崎先輩に抱きついた。
「た、谷川さんに、暴力ふるったのは、わ、私にしてください。わ、私が、責任取ってバレー部を辞めますから。だ、だから、バレー部の活動停止は、なしにしてください」
抱きついた笹山先輩をふりはらって、山崎先輩が涙ながらに田辺先輩に直訴した。無茶苦茶な理論だったけど、山崎先輩の真剣な涙目に、私は喉を潰されたように言葉が出なかった。
「おい、お前らいい加減にしろよ。みっともないだろ」
「あんたは黙ってて!」
完全に固まっていた谷川先輩が、慌てて間に入ってきた。けど、笹山先輩の怒りの一喝が体育館に響き渡り、谷川先輩は困惑したまま再び固まってしまった。
「もとはと言えば、あんたたちがルールを守らないからでしょ。私たちはね、あんたたちの身勝手な行為をずっと我慢していたんだから」
「なに言ってんだよ。だいたい、女々しく泣いていたくせによ、黙ってしおらしくしてりゃよかったんだよ」
谷川先輩が不敵に笑いながら、笹山先輩のギブスに目を落とす。その瞬間、怒りが最高潮に達したかのように、笹山先輩の表情がきつくなった。
「最低。あんた、本当に最低よ!」
震える声で谷川先輩を非難しながら、笹山先輩が殴りかかろうとした。それを山崎先輩が羽交い締めにして制止した。
――もう、なんなのよ一体
目前に広がるカオスな現実。問題を解決するどころか、ますます混乱していく状況に、私はどうしていいかわからないまま震えていることしかできなくなっていた。
そんな状況を、眉一つ動かすことなく黙って見ていた田辺先輩だったけど、突然、いがみ合う二人の間に割り込んでいった。
「お前ら、なにやってんだよ」
静かに響く田辺先輩の声。けど、異常な冷たさが込められているせいか、谷川先輩と笹山先輩は争いを止めて田辺先輩に目を向けた。
「なにやってるんだって、聞いてるだろ!」
それまで能面だった表情を一変させて、田辺先輩がきつい口調で一喝する。その変貌ぶりに、私はもちろん、谷川先輩も笹山先輩も口を開けたまま動けなくなっていた。
「お前ら、今日まで同じ体育館で過ごしてきたキャプテン同士じゃないのかよ」
怒鳴ったかと思うと、今度は僅かに悲しげな雰囲気を滲ませた瞳で、田辺先輩が諭すように笹山先輩へ話しかけた。
「そうなんだけど――」
「だったら、わかるだろ?」
「え?」
「まだ気づかないのか?」
「気づかないって、なに言ってるの?」
「この状況こそ、谷川が一番望んでいなかったってことによ」
田辺先輩の言葉に、笹山先輩の表情が驚きに変わる。谷川先輩は、明らかに動揺した表情で狼狽し始めた。
「逆なんだよ」
田辺先輩がポツリと漏らすと、谷川先輩が慌てて田辺先輩の肩を掴んで止めさせようとした。
「谷川はな、お前の為に犠牲になろうとしたんだよ」
「どういう、こと?」
田辺先輩に諭すように言われ、笹山先輩が動揺した声を漏らしながら視線を谷川先輩に向けた。
「実は、仮処分は俺が生徒会に頼んで仕組んだ嘘なんだ」
またしても予想外の田辺先輩の言葉に、谷川先輩と笹山先輩が同時に驚きの声を上げた。
「お前らの本心がどこにあるかを探る為に、仮処分をでっち上げたんだ」
さらりととんでもないことを口にする田辺先輩に、私は昨日の言葉を思い出した。揺さぶると言った意味は、このことだったみたいだ。
「なんで、そんなことをしたの?」
「怒りで我を忘れてぶつかれば、本音が出ると思ったんだ。おかけで、お前らの問題がなにかよくわかった」
田辺先輩の突然の告白に、目が点になっていく二人。多分、私の目も点になっているだろう。
「男子バスケ部と女子バレー部の処分については、これから正式に決定して通達する。それまでは、ルールを守ってコートを使用するんだ」
田辺先輩が二人から離れて、黙って成り行きを見守っていた男子バスケ部員と女子バレー部員を見渡しながら、処分の予定を伝えていく。特に男子バスケ部員に対しては、釘を刺すかのように厳しい眼差しで睨みつけていた。
「ったく、何年お前は谷川の近くにいたんだよ。同じキャプテンとして、お前なら谷川の気持ちがわかるだろ」
田辺先輩の言葉に、笹山先輩が谷川先輩に改めて視線を向けた。谷川先輩は、どこかぎこちない感じに目をそらしていたけど、やがて肩を落として「すまない」と田辺先輩に頭を下げた。
「仲良くやれよ。お前らは、ずっとライバルでありながらも支え合ってきたキャプテンなんだからよ」
話は終わりとばかりに背を向けた田辺先輩。私にはなにがどうなったのかわからなかったけど、田辺先輩の言葉は谷川先輩と笹山先輩に向けられたエールだということだけは、なんとなくわかる気がした。