4人のプランが固まった。
 水深のごく浅い部分では、四人はレール上を歩いて進む。そこではボートは、最後尾をゆくハルオミが、うしろから手で押してゆく。水深が浅すぎると、少し誰かが乗っただけでもボートが底をこすって進めなくなるからだ。しかし、もし仮にどこか先で、水深が大きく増す地点があれば―― そこではボートを使って、4人は水上を移動する。

「あ。あと、そうだ。行く前にこれを」
 タカキがバッグから、何かふだんサキがあまり見ないツールを2個、無造作に取り出した。オフブラックのメタルで出来たその製品。タカキはひとつをシロヤナギに手渡し、もうひとつをサキの手に預けた。
「えっと。これってどう見ても、銃、だよね…?」
 温度の低いメタルが伝える硬質な感触を指に感じながら、サキがタカキの顔を見た。
「まあ、そりゃ、見た通りなわけだが」
 タカキが軽くうなずいた。
「いちおう護身用に、こういうのもいるかなと思って。こっそり用意してきた。ただし手持ちが二つしかないから、とりあえず女子二人に。おれにはグラスカッターがあるし、ハルオミはたしか、アーミーナイフあったろう」
「ふーむ。なかなか準備周到、と言いたいところだが」
 シロヤナギが言った。いま手渡されたその硬い物体を興味津々でもてあそびながら。
「しかし、射撃訓練などをまるで受けていないわたしなどが使っても、危なくはないのか? そもそもセーフティ・レバーの位置すらも、今ひとつ理解していないのだが」
「セーフティはそこだ。引き金の左手前。なんかバーがあるだろう。それのロックを親指で解除すると、普通に撃てる。ほら、こんな感じで」
 サキに手渡した一丁をいちど回収し、気軽な感じでそのレバーを上げるとカチッと小気味よい音がした。
「で、こんな感じで撃つ、と」
 タカキが右手をまっすぐのばして線路ぎわの灌木に狙いをつける。
 プシュ、と気が抜けた音がして、何かが発射された、らしい。
「と、まあ。要するにこれガス銃だから。ご期待のような破壊力はないし、せいぜい空き缶を貫通させる程度だ」
「なんだ。期待はずれだな」
 シロヤナギが露骨に肩をすくめた。
「わたしはてっきり実弾射撃ができるまたとない機会を得たと思って、内心小躍りしていたのだが。いまの落胆は相当だ。くそ。騙しだな、それは」
「バカ。そういう暗い破壊衝動は、ここじゃないどこかでこっそり消化しとけ。じっさいこれでも、手に入れるのにけっこう苦労したんだぜ。んでから言っとくと、ガスだからってバカにしてると、意外に威力あってケガする。なんなら自分の腕、撃ってみ。至近からだと、かるく皮膚を破って出血だらだらくらいの傷はかんたんにつく」
 タカキがセーフティを戻して、また銃をサキの手に戻した。
「あらかじめ言っとくと、装填してるのは12発分の高圧カートリッジ。12発撃つと、いちど外してガスをチャージする必要ある。今撃ったから、こいつはあと11。撃ち尽くしても、戦闘の佳境にのんきにチャージすることは事実上無理だ。まあ、予備はないと思って弾をムダにしないように。って、言ってるおれが、さっそく今、ひとつ無駄にしちまってたか。ったく世話ねぇな…」

 シロヤナギとタカキを先頭に、4人は浅い水を踏んで廃墟市街に足を踏み入れた。水温はそれほど高くもなく、低くもなく。快適な温度で4人の靴の周囲からたちまち侵入してソックスまでを濡らした。
おどろくほど透明度の高い水だった。4人が踏んでも、とくに泥が立ち上がったりすることはなく。4人は浅い水たまりの水を踏むのと似たような感覚で、水面下数センチ下に水没している金属レール部分を踏みながら、ゆっくりと前進を続けた。
 4人がたてる水音以外にここでは音はなく、セミの声も、ここでは聞こえなかった。
 4人の左右には、ひどく古いコンクリートの建造物がびっしりと立ち並んでいる。もっとも近いものは4人が歩くレール上から数メートル程度の距離にあり、視線をむけると、扉を失った入り口部分から中の構造を見ることができた。たいていの建物は線路上と同様に床一面を澄んだ水が静かに満たしており、中はがらんとして、崩落した天井や崩れた壁の部分から夏の光が降りこんでいた。
 廃墟の市街は思いのほかに明るく無音で、むしろなにか、清楚な光の、静謐な世界がそこにある。時間がここでは終わってしまって。もう過去のすべては遠い遠い記憶のかなたに過ぎ去って。あとには静かな、死だけが、ここで静かに眠っている。そういう、しずかな墓所に近い昼下がりの安息が街全体におりていた。

 先頭をゆくタカキの左手には、草刈り用のカッターが握られている。ブレードの切れ味も重量自体もそれほどでもないホームセンター購入のそのツールは、対人武器としての殺傷力はあまり期待できない。サキは先ほど支給された黒のハンドガンを手にしてはいるが、あくまで銃口は下にして、自分でもそれをあまり意識しないようにしている。いっぽうのシロヤナギは、サスペンス・ドラマでよく見るように玄人っぽい両手構えであちこちムダに狙いをつけて遊んでいたが、足元よくみろ、むやみにふりまわすな、とタカキに怒られて、それ以降はあまり銃を振らなくなった。
 三人から少し遅れて、ボートを伴ったハルオミがついてくる。最初はそれを押していたハルオミだが、途中から、押すより引く方が楽だと判断した。テント設営に使うファイバーケーブルをボートの前部にしばりつけ、それを肩にかつぐ要領で、ゆっくりボートを牽引する。レジャー使用の派手なイエローのゴムボートが、誰一人歓声を上げることもない、およそレジャーとは無縁の無機質な廃墟の水面を割って、かすかな波を立てながらゆっくりと前進してゆく。

「静か、ね。ほんとに。全部が眠っているみたい。」
 サキがはじめて、感想を口にした。
 タカキがちらりと振り返り、そうだな、と小さな声で同意した。
「ねえ、ここは、なぜ放棄されたのかな。どうして街の人は、みんないなくなってしまったんだろう?」
 ハルオミが視線を四方にめぐらせ、3人の誰にということもなく、素朴な感慨としてその疑問を口にした。
「…光ケ丘市が流布してる公式な歴史によるなら、もちろんそれはシアノ・ウィルス、ってことにはなってるけど、」
 タカキが応じた。歩調は止めず、視線も特にハルオミには向けずに。
「でもどうも、それだけでもない。ってのは、いまここでおれは理解した。いろいろ語られていない、知らない何かがここで起きたんだろう」
「知らない何か?」とハルオミ。
「ああ。ほら、たとえばあそこ。あの、4階建ての、大きな建物があるだろう。あれだ。壁が崩れて、鉄骨がむきだしてるやつ。」
 タカキが左手で、やや前方左に見える規模の大きな半壊の建造物を指さした。
「あそこの柱。全部が、横にひしゃげてるだろ? 四本。あれ。あの形は、側面からの大きな力が加わった感じだ。地震とかの振動で壁面のみが崩落したとか、超過加重で柱の一部が破断したとか、そういう崩れ方じゃない」
「どういうこと、つまり?」サキがきいた。
「なにかの力が、水平方向から働いたってことだ。横から何かが、叩きつけた。そういうタイプの破壊の跡だ、あれたぶん。」
「…なるほど。想定が容易なのは、たとえば爆風、のようなものだね?」
 シロヤナギが、なんどか小さくうなずいた。
「まあな。おれもイメージできるのは、爆発、とか。そっちの方だ。なにかきっと、攻撃受けたんじゃないかな。なにかの兵器で。単発のガス爆発とかにしては、あまりにも破壊が広域すぎるし。あとは、まあ、確率低いと思うけど、なんか隕石落下のインパクトあったとか。この微妙な地盤の沈下と冠水も、そのインパクトの影響、とか。まあいろいろ想像はふくらむ。けど、あくまで想像だ。まあしかし、少なくとも、単純にウィルス拡散で住民が逃げたから廃墟になりました、とか。それだけの説明では、ここの廃墟の破壊っぷりは説明できない」
「すごいねタカキは。ここをちょっと歩いただけで、それだけいろいろ、考えられるんだ」
 サキが素直にタカキを褒めた。タカキは照れて、よせよ。おだたても何も出ねぇぜ? と言って、サキの方にむけて右手をひらひら振って顔をそむけた。


 4人はそのあと、かなり規模の大きい駅の構内を通過した。そこでは線路が4つの路線に分岐し、かつてのプラットフォームの構造部分が、ある程度の屋根の構造を残したままでそこにとどまっていた。屋根のない部分から光の柱が何本も構内に降りこんで、あたりを神殿のような静けさで包んでいた。
「中央駅、みたいな感じか。当時はけっこう人の乗降はあったんだろうか?」
 タカキがつぶやき、プラットフォームの屋根を支える太い柱を遠目に眺めた。
「どうだろう。むしろこの構造は、どちらかというと物資の積み下ろしに特化した駅だったのじゃないかと。わたしにはそう見えるが」
 シロヤナギが周囲をみわたしてタカキの問いに応じた。
「ほう? 根拠は?」
「あそこだ。大型リフト。あと、あそこで錆びてる大きな物体は、あれはコンテナ運搬用の土台のパレットじゃないのか。少なくとも2つのプラットフォームは、重量物の積み下ろしに対応した設備を備えている。いや、『備えていた』のではないかな」
「なるほど。そうか。言われれば、あれだな。街の規模のわりに、基本が単線のわりに。この駅の規模だけはけっこうでかい。つまりあれかな。工場都市、的な。なにかそういう生産機能もった街だったのかもしれないな。それから――」
「ねえタカキ、ちょっとペース落ちてる。そういうさ、歴史や考古学の考察はいいから。はやく抜けようよ、ここ。危険ゾーンなんでしょ?」
 うしろから追いついたハルオミが、タカキに文句を言った。
「おお、わりぃ。なんか見るものすべてが珍しくてさ。こういうデカい廃墟とか、ゲーム以外で直接見るの、これが初めてだから。いろいろなんか、テンション上がった」
 タカキは唇をちょっぴり曲げて自虐的な笑みをつくり、その横でまだ構内設備の各所に視線をはせているシロヤナギの腕をつつき、なあ、行こうぜ、と言った。


 実際にボートを必要としたのは、結果としてはごく短い距離だった。距離にして、二百メートル程度。市街のその部分では建物の破壊がひときわ激しく、レールも大きく変形し、支えとなっている土台の部分が根本から崩れてしまっていた。ただし水深としてはそれほどでもない。もっとも深い部分で1メートル20程度。大半の部分はそれよりも浅かった。
 しかしその短い区間も、突破はそれほど簡単ではなかった。ボートの制御が、事前の四人の想像よりも、はるかに難しかったのだ。

「一、二、一、二、一、二、ってか、おいハルオミよ。これってどう見ても設計的にオール使う仕様じゃねぇだろ? なんでこんな使えねー小型オールを持ってきてんだよ?」
 ボートの右側で掛け声とともに水を掻きながら、タカキがハルオミに噛みついた。ボートは不安定に方向を変え、少しでも油断すると、レールの軌道からはずれて検討違いの方向に船首を向けてしまう。
「だって、しょうがないじゃん。まさか外部モーター持参で、ここまで歩くとかは無理でしょ。重量どれだけあると思ってんの?」
 左側のポジションから、オールを振ってハルオミが抗議した。
「ってか、ほら、手が止まってる止まってる。もうちょい、タイミング合わせないと。タカキはちょっと、力入れすぎ。さっきから左に寄りがちだから。もうちょい気楽にいこう」
「てか、そこはハルオミ、お前がもっと力強く漕げ」
「ほら。行くよ、タカキ。手を止めない。せーの、一、二、一、二、」
「オミくん、だめだめ。こんどは右に振れている。もう少し左に修正を。こら、キセ・タカキ。タイミングがずれてるぞ。もっとオミくんに合わせて」
「一、二、一、二、ってか、シロはおまえ、口ばっかりでイラつくな。ちょっとは漕ぐの手伝え」
「こらそこ。無駄口をたたくと、またそれでタイミングがずれる。タカキ、君はもっと集中したまえ。危険個所を渡っているのだろう? 緊張感を失うな」
「一、二、一、二、一、くそ、シロめ。偉そうに船長を気どりやがって。ってか、おい、ハルオミ。おまえそれ、方向、またやばい。ちょっと漕ぐのやめろ。おれの側で修正する」
「だからそこはさ、タカキがぶつぶつ言うからタイミングずれるんだよ。もう、ほんと嫌になるなぁ」

 しかしともかく、その水深のある破壊の区間はまもなく終わった。ふたたび水は足首程度の高さに退いた。四人のたどる鉄道軌道も、もとのしっかりとした構造を取り戻す。ボートを降りて、四人はまた、水没レールの上を最初と同じように踏んでゆく。
「ん? これは…?」
四人の先頭を進んでいたサキが、足元の水中に何かを見つけた。手をのばし、その物体を水の中から拾い上げた。
「なんだ、サキ? それ?」
 タカキが横からのぞきこむ。
 濡れたサキの手のひらの上には、淡いグリーンのなにかの造形物がのっている。素材はある種の軽量金属、あるいは特殊なセラミックスかもしれない。それは何かの動物をかたどったデザインで―― ワニなのか、あるいは架空のドラゴンをイメージしたのか―― その造形はリアリティを意識して本物に忠実に、という方向性とは真逆、デフォルメしてキャラクター化したような、どこか滑稽なニュアンスがあった。目がくりっとして、こっそりずるくたくらむように、牙のある大きな口が笑っている。
「おもちゃ? なのかな? なんかちょっと、可愛い」
「うーん。あれか。鼻のところの輪っか、これがヒンジっつーか、ここに紐をひっかけて、前から引っ張る構造、だったのかもな。なんかすごい原始的だけど―― たぶん下には、車輪とか。なんかそういう、地面に接して動く構造が、あったりしたのかも。」
「……子供がきっと、いたってことかな? ここには昔――」
「ああ。かもしれん。遊んでたんだな。こういう素朴なおもちゃで」
「誰かがここに、暮らしてたんだね。ここで、みんなで、遊んだり――」
 サキが言って、周囲の廃墟を、灰色の瞳でしばらく見つめていた。水につかった線路ぎわの広場で、無邪気に遊ぶ小さなこどもたちの声を、サキは遠くに聞いた気がした。その絵が少し、見えた気がした。その、夏の光の降る、もう今は何もなくなったその静かな場所で。
「どうした? また足が止まっているぞ?」
 シロヤナギが後ろから追いついた。最後尾のハルオミも、ボートを引いてもうそこまで来ている。
「行こうぜ、サキ。それは、またそこに、戻しとく方がいい。」
「そうだね。うん。」
 サキは言って、しずかにおもちゃを、浅い水の中に横たえた。夏の光の水の底で、そのグリーンの小さなおもちゃは、たちまち廃墟を構成する名もないピース、無もなき物体のひとつに戻った。


 水際の線路の、熱く乾いた茶色のバラストを今また踏んで、4人は無言で、いまここで通り過ぎてきた冠水市街をふりかえった。4人の足がつくった波紋が、わずかにいまも水上の揺らぎとしてそこには残っていたものの―― 死せる市街は、もう、すでに踏破した過去の領域として4人の後ろで夏の光を浴びている。ずっと遠くでセミたちが合唱を再開していた。
「なんかさ、びくびくしてたのが、バカみたいだったよね」
 ハルオミが、ボートを水から引き上げながら最初に感想を述べた。
「おれ、なんかむしろ、残念っていうか。もうちょっとあそこ、水の中を歩いて散策してたかった、みたいな? けっこういろいろあって面白かったよ。いい感じで、廃墟の冒険って感じした。ボートもなにげに楽しかったな」
「ん。まあ、そうだな。」
 タカキが認めた。さっきまで握りしめていたグラスカッターを、刃の部分をぱちんと折ってクローズし、それをバッグの中に戻した。
「悔しいけど、ここはシロヤナギの野生の勘が勝った感じか。じっさい水深も知れてた。ボートの区間も、それほどたいした距離はなかった。特に脅威を感じるイベントもなかった。むしろおれも、もうちょっと粘って、街が放棄された理由とか。そこでの当時の暮らしぶりとか。いろいろ調べて、確かめてみたい気持ちはあったかもな」
「ほう? 負けを認めるのかい? めずらしく素直じゃないか」
 シロヤナギが笑い、皮肉っぽく首を左に傾けてタカキに視線を流した。
「まあな。でも、ここはおれが負けてよかった場面だろう。おかげで抜けた。病民区。旅の計画時にいちばん懸念してたヤバそうな部分が、無事クリアできた。これなら帰りも、それほど心配しておどおどビクビクする必要もなさそうだ。むしろちょっぴりここで祝杯でも上げたい気分だが。だが、」
 タカキが唇を結び、線路の先をにらんだ。
 ここから線路はわずかに右側、北側の方向にゆるやかに湾曲しながら、建物の途切れた荒れた草原地帯を直線的に抜けていく。そのはるか先には、朝から見えていた山塊が、明瞭な質感をもった近景の一部として濃い緑のカラーで横たわっている。
「なんか達成感、あるのはあるけど。疲労もけっこうしてるけど。あんまりここでぐずぐずするのもあれだ。もうだいぶ、夕方に近い。あと少し進んで、あそこの山に近い地点まで行って、そこで安全なキャンプ地を探そう。まあ、またおれがビビりすぎだとか。言ってシロから非難を浴びそうだが。まあでも、キャンプの地点は、ここの放棄市街から、なるだけ遠い方がいい。夜にこういう、大きな構造物があるエリアで夜明かしするのは、おれはあまりやりたくない」
「ふふ。夜中に旧時代のゴーストたちが、ここから湧いて追いかけてくるとでも?」とシロヤナギ。
「ばか。さすがにそれはねーとは思うけど。まあでも。まあ気分の問題かもしれんが。おれはあまり、夜、こういう廃墟の近くのエリアでキャンプとか、しなくない。なんか警戒するじゃん? 夜、ぱっと目が覚めて、そこに廃墟があったりしたら? っつーか、おれはたぶん、安眠できない。」
「わたしもちょっと、あれかな。廃墟よりは、そうじゃない場所でキャンプしたい。そのほうが安心。わりとちょっぴり、疲れたし。早めにそこまで歩いて着いて、はやめにキャンプの準備すませて、ちょっと、今日はもう、終わりにしたいかな。いろいろなんか、精神的にも疲れた。」
 サキが言って、そこの乾いたレールの上に座った。レールは熱をおびて、コットンのスカートを通してもその熱がじんじんと肌につたわってくる。
「じゃ、行こうよ。善は急げ、だ。」
 ハルオミが同意した。
「はやくそこまで行って、なんか食べよう。キャンプだキャンプ。まあでも、行く前に、あれだね。またこれボートを圧縮しないと。けど、残念だなぁ。エアのボンベはあと一本しか残ってないし。帰りのことを考えると、着いたビーチでボート遊びは無理っぽいよね。」
「でも、だったら例えば、わざわざ圧縮しなくても、ここにボートを置いていくのはダメなの? 帰りにまた、ここを通るんしょ?」
 サキが言った。淡い灰色の瞳でハルオミを見つめて。
「リスクがあるな、それは」
 シロヤナギが腕を組んで言った。 
「雷雨とか、昼間の日射や、あるいは野生動物とか。何かでボートが破損したり、予期せぬ何かで見つからなくなってしまった場合、帰りの行程が厳しくなる。面倒でも、ここでいったん回収する方が賢明ではないか?」
「まあ、だろうな。おれもその点は同意する。」
 タカキが言って眼鏡を外す。ボトルの水でレンズの埃を洗い流し、そのあとシャツの裾でワイルドにぬぐった。それをまた、顔のもとの位置にかけ戻す。
「じゃ、ハルオミよ。さっさとやろう。おれも手伝う。ボートは手早く圧縮して、あと少しだけ移動、だな」