わたし、新田凜は今日……卒業する。
人見知りで臆病なわたしを変えてくれた大好きで大切で、どうしても今日まで手放せなかった君から、この世で一番愛している君のために卒業するのだ。
「ねえ、二人だけで卒業式しない?」
つい先程まで最後を惜しむクラスメイトたちの話し声や泣き声で騒がしかったけれど、段々と人が少なくなり、ついにわたしだけになった教室で教壇に上って提案を持ちかけた。
すると、
「卒業式はさっき終わったばっかりだろ?」
生徒たちの落書きでいっぱいになった黒板の前で腕を組んでもたれている彼、根来伊吹が少し呆れたようにわたしを見た。
そんなところにもたれたら制服が汚れちゃうよ、と彼が生きていたら言っていただろう。
「いいじゃん!やろうよ!」
彼は押しに弱い。つまり、押せばわたしの言うことを聞いてくれることくらい長年の付き合いで既にわかっている。
「仕方ないな」
ほら、やっぱり聞いてくれる。
彼は持たれていた黒板から背中を離してポケットに手を突っ込んで、わたしの方へ歩いてくる。
「机、二つだけ並べよっか」
クラスで集合写真を撮ったため、すべての机が後ろに寄せられていて、その中から適当に前の一つを持ち上げて、えっちらおっちらと運んで教壇の近くに下ろした。
彼も後ろから同じように一つを持ってきてわたしが置いた机の横に少し間を空けて並べゆっくりと口を開いた。
「急にこんなこと、どうしたんだよ」
椅子を引いて二人とも同じようなタイミングでそっと腰を下ろす。
なんとも言えない距離にもどかしさを感じながら小さく息を吸い込んで、ゆっくりと口を開いた。
「ねえ、覚えてる?伊吹がわたしにもう一度会いに来てくれた日のこと」
あの日から、わたしたちの奇妙な青春の日々が始まった。