元コスプレイヤーが新婚旅行しているだけですが?


・【コスプレイヤー・梨花】


 すぐにお気に入りのブレスレットを付けてから作業を始める。
 仕事から帰ってきても徹夜しなければならない。
 何故なら次の、一週間後のコスプレイベントで着る、鬼神騎士のエイリーの服が完成していないからだ。
 エイリーの服は太もものスリットが特徴の、チャイナドレスのような服で、その構造が普通の服とは全く違うので試行錯誤しまくりだ。
 元々あるチャイナドレスを買って、それを元に作る計画もあったけども、エイリー似のチャイナドレスの服の値段を見たら目ん玉飛び出るくらいに高かったので、その策はすぐに頓挫した。
 エイリーの服、どうやったらできるのだろうか。
 でもエイリーというキャラを諦めることは絶対にしない。
 正直ビキニアーマーにして、正ヒロイン・フーカのコスプレのほうが何百倍も楽だし、人気だってある。
 囲みを多くしたいだけなら、フーカ一択なんだけども、私はそれ以上にこのエイリーが健気に草薙リュウに尽くす姿が好きなのだ。
 あんなフーカみたいなツンデレだけの女をやってたまるか。これは私のオタクとしての矜持だ。
 とは言え、あまりに夜が遅くなると、明日の仕事に響くので今日はもう寝ることにした。
 今考えると十代オタクは最高だったな。明日のことなんて気にする必要ゼロだから。
 気にしたとて、そんな大切なことなんてないから。
 二十五になって、いや二十一の前半時点で十代は良かったと分かった。就活もめっちゃキツいし。
 就活って大学の最終学年からすることじゃないんですね。
 もっと前から始まっていて、もっと前から苦しいんですね。
 十代オタクに幸あれ。
 そんなことを願いながら、私はパジャマになってベッドに着いた。
 ストゼロでも飲もうと思ったけども、そんな気力もなく、永眠するかのようにぐったり眠りについたと思ったんだけども、今日は夢を見てしまった。
 あんまり私って夢を見ないほうなんだけども。
 どんな夢だったか眠気まなこで反芻する。
 私はパジャマで、幻想的な光り輝く空間に横になっていた。
 そこは見たこともないような黄金の部屋、というか壁も天井も床さえもない文字通り空間で、私はどこにいるんだろうという、さながら幽体離脱感覚だった。
 その空間の奥から男性二人組の声がして、
「まさか」
「もういい」
「でもまさか」
「こんなんはもういい」
 と小さな声でボソボソ話していた。
 何に対して言っているのかは分からないけども、言い方的に何だか私への悪口っぽくて、ちょっとイラついたことを覚えている。
 最後にその男性の一人が、
「本当にもういい!」
 と叫んだら、目が覚めて、って、まだ私は目が覚めていないけども、そう、今こうやって目が開けて……って!
「えぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええええええ!」
 私の目の前には十人くらいの男女がいて、全員私の顔を覗き込んでいたのだ!
「誰ですかぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!」
 一気にテンションがマックスになって体がアツアツになってきた。
 目覚めて体がアツアツだった時はすぐにアイスを食べるんだけども、天井を見るとどうやら私の家でも無さそうで。
「人体実験ですかぁぁぁあああああああああああああああああああああああああ!」
 と言いながら私は上体を起こし、改めて部屋を見渡すとログハウスのような壁と天井、ベッドも木のベッドで私が使っている、ちょっといやらしめのピンクと水色のお姫様チックのベッドではなかった。
 その中の一人、長い白髭の老人がこう言った。
「誰かはこっちの台詞じゃ、お主は一体あそこで何をしていたんじゃ?」
「あそこって、家で寝ていただけですけども」
「じゃあお主の家とはどこだ?」
 これ住所言わないといけない系? と思ったけども、マジで言わないといけない系みたいな空気が流れたので、仕方なく、
「東京都の浅草です……」
 と、とりあえず最後までは言わずにそう答えておくと、
「とうきょうと? あさくさ?」
 と日本語で言われたので、何だコイツ、と思ってしまった。
 だから、
「日本語喋って東京都知らないのはおかしいでしょ」
 とちょっと呆れるように私はそう言うと、その老人は腕を組んで悩んでから、何か浮かんだかのようにこう言った。
「もしかしたらこの子は転移子かもしれんぞ、転移子はこの世界の言葉やモノを自分がいた世界の言葉に変換して聞こえ、また喋られるそうじゃ」
 転移子……って、それ、
「異世界転移……?」
 と声を出した瞬間に、十人くらいいた中の老人と他三人くらいが感嘆の息を漏らした。
 それ以外の人々がざわざわしながら、
「転移子とは何だ?」
「異世界転移とはどういう意味だ?」
「この子は特殊なのか?」
「ハッキリ教えてくれ」
 と言い出した。
 すると老人がこう言った。
「簡単に言うと、この転移子は別次元の世界からやって来た子なのじゃ。そして別次元からやって来る子は特殊な力を持っていることが多く、場合によっては大勇者様になるとも言われているんじゃ」
 十人くらいいたオーディエンスはめっちゃ沸いた。
 いやいや私が勇者なんて、と思っているし、あと異世界転移って、なんというか、不慮の事故で何かなった人がお情けで別の世界に転移することじゃないの? と思っているんだけども、もうオーディエンスのワッショイが止まらない。
 正直めちゃくちゃうるさいんだけども、何故か段々眠くなってきて。
 いや全然私の話なのに、眠いと思ったら本当に、本気でどんどん眠くなってきて。
 私はワッショイを子守歌に寝た。
「寝るなぁ!」
 めっちゃ老人に起こされた。ハズイ。
 老人は目を丸くしながら、
「何故このタイミングで寝るんじゃ! どんな神経しとるんじゃ!」
 老人アツアツだな、と思っていると、やっぱり眠くなってきて、スッと反射的に目を閉じると、
「寝るなぁ!」
 めっちゃ老人に起こされた。ハズイ。
「よく寝れるな! 転移五度目か!」
「いや全然初めてですし、転移するなんて思っていなかったです」
「そうじゃろう! そうじゃろう!」
 老人、怒り起こししたテンションで完全に勢いがついている。
 何か言われるかもと思っていると、
「まずそんな寝やすいような恰好をしているからいかんのじゃ! この恰好に着替えるのじゃ! 男性たちよ! 一旦外に出るぞ!」
 渡された服は何か農業するような服だった。
 サスペンダーに緑色のTシャツ、あとは麦わら帽子とタオルって、まんま農夫だ。
 男性たちはこちらを振り返りもせずに部屋から出て行ったので、全然普通に紳士かよ、と思った。
 女性は三人いて、赤髪ショートカットの女性が喋り出した。
「この村は男性も女性も農業で生活しています。もしよろしければ貴方にも働いてほしいと思っています」
 黒髪ロングの女性も喋り出して、
「貴方の特殊能力は分かりませんが、もしこの村に役立てるモノならば是非役立ててほしいです」
 最後に銀髪でベリーショートなんだけども、一番色気のある女性が、
「まあ好きに生活しているヤツもいるから働かなくてもいいんだけどな、ちゃんと食べ物分け与えるし。でも転移子として期待も周りはしちゃっているだろうから一応最初は働いてくれるかな?」
 いや普通に働かぬ者食うべからずなので、
「いやいや全然やりますよ! 異世界転移したらスローライフもしたかったので!」
 とデカい声を出した。
 デカい声出さないとまた眠りそうだったから。
 農夫の恰好に着替え終わると、何だか俄然やる気が出てきた。
 気分は別人のよう。
 もう全く眠くもない。
「ではどういったことをするか教えて下さい!」
 そう言って部屋を出ると、廊下じゃなくて外で、あの一個しかない扉が玄関だったんだと知った。
 小さな一部屋だけのログハウスがつまり私の家ということ……? と思った時にハッとした。
「エイリーの服!」
 私の、輪をかけて出たデカい声にビックリしている女性三人。
 赤髪の女性が、
「エイリーの服とは、一体どうしたんですか?」
 と聞いてくれたんだけども私は黙ってしまった。
 当然だ、異世界転移って着の身着のままでするんだ、当然向こうの世界のモノなんて何も無くて。
「いえ……向こうの世界で置いてきた大切なモノです……」
 と肩を落として、そう答えると、銀髪の女性が私の肩を元気に叩いてから、
「ま! 転移子ってそういうことらしいな! そういうことはもう割り切ってさ! これから大切なモノを作っていこうぜ!」
 そう言ってニカっと笑った。
 まあもう割り切るしかないか……そんなことを思いながらトボトボと言われるがまま連れられるがまま仕事場へ向かった。

・【畑】


 畑というか家庭菜園が集まっているみたいな感じで、それぞれ自分の好きな農作物を作るらしい。
 私には空きの畑を与えられて、何の種を植えるかみたいな話をしていると、先に畑にいた黒髪の男性が、
「まず農作物の味を知らなきゃ選べないだろ? なぁ、みんな、この転移子に農作物をいくらでも差し出してもいいよな?」
 するとその場にいた男性や女性全員が、
「勿論!」
「俺んとこのトマトをまず食べてくれよ!」
「まあトマトなら私のほうが美味しいけどね」
「ここで今トウモロコシが成っているのは僕だけだよ! 生でも食べられるからどうぞ!」
「ナスはあんま生で食べるヤツじゃねぇけど、食いたかったらどーぞ」
 と次々に、口々に言ってくれて、めっちゃ良い村だと思った。
 あと全部大体味知ってる。
 でも形状は微妙に違ったりしていて、これが老人の言っていた『転移子はこの世界の言葉やモノを自分がいた世界の言葉に変換して聞こえ、また喋られる』ということなのかもしれない。
 何か味も違いがあるかもしれないので、とりあえず一通り頂くことにした。
 ……正直めっちゃお腹すいてるし。
 まずトマトは本当にトマト、でもちょっと酸味が強いかな、でもこのあたりは本当に品種の違いって感じがする。野性味が強い品種という感じ。
 トウモロコシはめちゃくちゃ甘い。普通に高級な八百屋さんで並んでいる感じ。でもこの人の作り方次第って感じもする。ちゃんと一つの苗から一つのトウモロコシしか作っていないので、ちゃんと間引きを行なっているんだと思う。なんてプロっぽいこと思っちゃったけども、私の知識は何もかも漫画やアニメだ。
 ナスを生で食べたこと自体無かったんだけども、食べてみると爽やかな甘みと皮のちょっとした苦み、そしてこの瑞々しさがたまらなく美味しかった。
 キュウリはもう全く一緒。スーパーで買ってくるヤツ。安物のキュウリの味がする。この風味、この風味。
 そして私がジャガイモを女性から手渡しされた時だった。一人の男性が言った。
「いやジャガイモ、生では食べないから!」
 すると手渡ししてくれた女性が、
「分かってるわよ! まず持ってもらおうと思っただけ!」
「意地悪で生でかじらせようとしたんじゃないのっ? この転移子、可愛いから」
「嫉妬じゃないからぁ! というかアンタ! そういうこと言わないの!」
 と言い合いを始めて、あっ、こっちの世界でも可愛いという言葉がセクハラに認定されているのかなと思っていると、男性のほうが、
「何だよ、嫉妬してるのかよ」
 と言うと、女性のほうが顔を真っ赤にしながら、
「当たり前だろ! アンタと私は付き合っているんだから!」
 何だ、普通にアツアツなだけかよ、と少しほっこりしてしまった。
 というか普通に可愛いとか言われて嬉しいし、私は全然セクハラ認定しない派です。
 その男性が私とその女性に近付いてきて、
「どうせ俺が必要なんだろ?」
 と女性に言って、何だろうと思っていると、
「まあそうだけどさ、じゃこのジャガイモ、調理しといて」
「しといて、って何だよ! 俺の魔力も無限じゃねぇんだぞ!」
「知ってるわよ、アンタの魔力は見習い魔法使い程度でしょ」
「オマエは見習い魔法使いほどにさえ魔法使えないけどな」
 ……今、魔力とか魔法使いとか言った……? えっ! えぇ?
「この世界、魔法あるんですか……?」
 私がおそるおそる聞くと、その男性がニコっとしながら、
「おぉ! あるぞ! 俺は火の魔法が使えるからな!」
 と言うとすぐさま女性が、
「火入れの魔法でしょ、アンタの魔力じゃ」
「一緒だよ! 術者以外が触れたら普通にヤケドするからな!」
 そう言って男性は、畑も人もいないほうへ行き、手から炎を出してそのジャガイモに当て始めた。
 うわっ! うわっ! 本当に魔法使ってる! めっちゃテンション上がる! いい! この世界めっちゃいい! アガる!
 魔力なんてものがあるなんて凄すぎる、と魔力を意識したその時だった。
 何だか私の心の奥にも、何かが灯ったような気がした。
 あれ、何だろう、私は自分の心の奥に話し掛けてみることにした。
 いやそもそもこの心の奥に話し掛けるという感情というか行動もよく分からないんだけども。
 すると、何だか私、魔法が使えるような気がしてきた。
 何だこの感覚、いいや、まず口に出そう。
 この世界に詳しいのは私じゃなくて、この村人たちだから。
「すみません、何だか私も、魔法使えるような気がします」
 そう言った刹那、その場にいた全員がこちらを向いた。
 いや元々向いていたかもしれないけども、何人かは火入れしている男性のほうも向いていたから。
「さすが転移子だ……」
「特殊な能力、やっぱりあるのね!」
「これはすごいことになってきた……」
「ちょっと、ちょっと、どういうこと?」
「これが転移子の力らしい」
 何かハードル上がってない? 大丈夫かなと思いつつ、おろおろしていると、一人の男性が、
「魔法には属性があり、五大属性と言って、火・水・木・風・雷がある。また無属性の魔法もある。水が派生して氷などもあるのだが、ザックリ分けるとこうなる。君の心に今、色はありますか? 何色ですか?」
 火入れを終えた男性が近付き、
「おっ、魔法は一切使えない魔法オタク、やってるな?」
 と言うとその男性は、
「別にいいでしょう。わたくしが役に立てる瞬間なのだから」
 と落ち着いて答えた。
 すごい嫌味言われているのに冷静だな、と思いつつ、えっと、今私の心の中にある色は……と思うと、緑色と青色が見えたので、
「緑色と青色です」
 と素直に答えると、その魔法オタクと言われた人よりも火入れしていた男性が、
「えぇぇえええええええええ! 二属性! すげぇぇええええええええええ!」
 と叫んだ。
 どうやら二属性らしい。そしてすごいことらしい。ちょっ、私ヤバくね? テンション、ガン上げじゃん。
 魔法オタクの男性は深呼吸してからこう言った。
「ということは木と水ですね、魔法の使い方を簡単にレクチャーします。ヒロ、邪魔しないで下さい」
 火入れしていた男性、ヒロさんというんだ。
 ヒロさんは頷き、
「こんなすごい魔法使いを前にして、ちょけられるはずないだろ……」
 と何かヒいていた。
 私はあういう嫌味にヒいちゃうけどな。
 魔法オタクの男性はヒロさんの動きが完全に止まったところで喋り出した。

・【魔法とは強弱のイメージ】


「魔法とは、簡単に言えば強弱のイメージです。魔法使いは自分が扱いやすいように、自分が決めた、設定した強弱に名前を付けて魔法を使いますが、基本的に強弱で使用します」
 なんとなく言っていること分かったような、分からんような。
 そんな表情をしていたんだろう、魔法オタクの男性は続ける。
「水の魔法だとそうですね、ジョウロの水のような水を出現させることを弱とするなら、水をレーザービームのように鋭く発射することが強になるでしょう。それを咄嗟にイメージして魔法を出現させることは強弱の幅が大きい大魔法使いほど困難とされています。だから大魔法使いならジョウロの水のような弱に”ジョーロー”という魔法名と強弱や特性を設定し、唱えたらすぐに出せるようにします」
 なるほど、大体分かった。
 魔法とは特性の強弱ということだ。
 ジョウロのようにパラパラの水で、広範囲にかかるような優しい雨みたいなモノが弱……と、心の中で反芻していたその時だった。
「「「わー--------------」」」
 私の指先からジョウロの水のようなモノ、というか、今反芻していたような水が出てきた。
 その水が掛かった範囲の人たちが、ふんわりとした喜び声を上げたのであった。
 水が掛かっているわけだから怒ってもいいのに、何だか優しく拍手をしてくれて、その水が出ていることに気付いた人たちが続々とさらに拍手してくれて、口々に、誰が誰やらみたいな感じで、
「すごい!」
「本当に何も無いところから水を出してる!」
「水の魔法って他の魔法よりすごいんだろっ?」
「すげぇ! 水の魔法は初めて見た!」
「火だってすごいんだぞ!」
 あっ、最後に喋ったのはヒロさんだった。
 魔法オタクの男性は何故か満足げに頷きながら、
「では、一番強い水魔法を使ってみて下さい。出力最大にしてみて下さい。勿論誰もいない方向へ向かって」
 私は自分の心の奥に聞いてみると、どうやらこれくらいはできるみたいだと思った刹那、指先からまるで、車を掃除するお父さんがホースから水を出しているくらいの水が出てきた。
「「「「「わぁぁああああああああああああ」」」」」
 さっきよりも強い歓声が沸いた。
 みんなの注目を既に浴びている状態だったので、大勢が反応してくれた。
 それを見た人々はまた、
「サトイモを作るにはちょうどいい水量だ!」
「ホースくらいなら安心ね!」
「太い水の魔法だ!」
「水の魔法使えるなんてすごすぎる!」
「じゃがいもを美味しく食べられる火の魔法もすごいぞ!」
 あっ、最後に喋ったのはヒロさんだった。最後に喋って余韻を自分のモノにしようとしている。
 魔法オタクの男性はほほうといった感じにアゴを触りながら、
「では次は木の魔法へいきましょう。木の魔法は攻撃と補助に分かれています。まず自分の特性を見極めましょう。その自分の中の奥は、トゲトゲしていますか? それとも丸みを帯びていますか? その緑色は」
 心の奥に形なんてあるんだ、と思いながら私は自分の奥底を覗くと、そこには真ん丸の緑があったので、
「丸いです、真ん丸です」
 と答えると、魔法オタクの男性は案の定、
「それは補助系ですね、それなら農業に適していますね。試しにこの花が咲きそうなナスの苗に手をかざして下さい」
 と言ったところで、私をしっかり見て、
「水の魔法を止めて下さい」
「あっ、そうだった」
 私は念じるとすぐに止まった。
 それを周りの人たちは、
「「「「「おぉぉおー----------」」」」」
 と拍手をした。
 いやそれは別に普通だろ、と思ったけども、魔法オタクの男性が、
「魔力の暴走もしていないようですね、貴方、魔法を使うこと、本当に初めてですか?」
 と言われて、何か才能あるのかなと思って、照れてしまった。
 魔法オタクの男性は優しく微笑んでから、また説明を始めた。
「ではナスの苗に手をかざして下さい」
「はい」
 言われるがままに手をかざすと、
「さらに生長してほしいと念じて下さい」
 もし生長させることができたら、かなり強い農夫ではと思っていると、その”強い”という言葉が自分の心の中に深く残っていたのか、出力が強く出てしまった感覚がした。
 すると、私が手をかざした、まだつぼみのナスはぐんぐん生長し、一気に実をつけてしまったのだ。
「「「「「わぁぁあああああああああああああああああああ!」」」」」
 これはかなり盛り上がったな、と思った。
 実際自分でもテンションかなり上がったし、当然かな。
 育ったナスは貧相なナスではなくて、つやつやとして、健康なナスだった。
 魔法オタクの男性は驚きながら、
「それは”強”ですよね、いや本当にすごいですね、キングオブ農夫ですね」
 キングオブ農夫なんて言葉初めて聞いちゃった、向こうの言葉では本当はどう言っているんだろう、とか思っていると、魔法オタクの男性は一礼してから、
「貴方の魔法はこの村に必要不可欠です。是非、尽力して頂けると有難いです」
 キングオブ農夫と言った人間が、めちゃくちゃ丁寧な言葉を使ってきて、ジェットコースター並の高低差だなと思いつつ、私は頷いてから、
「勿論! 働かぬ者食うべからずですからね!」
 と返事をすると、またしても周りがワッショイ祭りになってきた。
 こうなると自己肯定感から自尊心、全てのモノがアップするもんで、何かエイリーの服のことも、もういいやと思えるようになってきた。
 だって何か私、この村の主人公っぽいから。
 それから私はこの村で農業に従事するようになった。
 勿論私中心に話が回っていく。
 こんなこと初めてで、うわっ、調子に乗った喋りしないように気を付けようと毎日思った。
 アニメや漫画だと、ここで調子乗ると一気に地獄へ叩き落される『ざまぁ』展開になってしまうから。
 でもまあそう思ってしまうくらいに私は崇められて、さらには男性にも女性にもモテて、いつも最初にお伺いを立てられる存在になった。
 もっと言えばこの村には悪い人がいなく、みんな優しく受け入れてくれて、最高だった。
 他村と交流するために、一応通貨はあるけども、村の中では基本物々交換だった。
 そんなある日、旅商人が村にやって来た。
 私は早速何があるのか見に行くと、何だかカッコイイ、都会に住む悪い人間が着ているようなバスローブを発見した。
 高級そうで分厚く、でも持ってみると軽いバスローブ。
 私はおうち時間は豪華にいきたいと常々思っていたので、思い切ってそのバスローブを買うことにした。
 お金は全然足りなかったけども、残りの分は野菜や果物と交換して、それに対して旅商人はめっちゃ笑顔で、
「野菜の瑞々しさ、パないね」
 と言っていた。農に対してチャラいな、と思った。
 バスローブを買って、家へ戻り、まだ全然昼だったけども、私は一旦着てみることにした。
 さっき一応服の上から試着したけども、サイズが思ったより合わなかったら返したかったので、旅商人がまだ村にいるうちに。
 バスローブを素肌に着てみると、何だか急に体がマッサージされたかのように軽やかになった。
 なんというか、体のちょっとした違和感が消えたみたいな感じ。
 その時に私はなんとなく理解した。
 これは魔法のバスローブだと。
 あの旅商人は気付いていなかったけども、これは魔法のバスローブで着るだけでリラクゼーションするバスローブなんだ、と。
 魔法オタクの男性が魔力のある服は特殊な効果があるみたいなことを言っていたこともあったけども、これはまさにそれなんだ、と。
 うわっ、ラッキー過ぎる、そんなことを思いながらまた私は着替えて、外に仕事のため出て行った。
 それにしても農夫の恰好に戻ると、キリッとやる気が出てくるなぁ。

・【見たことないイケメン】


 今日も泥だらけになりながらも、農業に勤しんでいた。
 休む時は普通に畑の、土の上に座って談笑するので、帰ってくれば服は土だらけで、いつの間にか顔に泥もついている。
 この村には天然温泉があり、時間があれば一日に何度も入りにいく。
 勿論男性女性で別れていて、女性温泉に入ってくる最低な男性はいない。
 仕事の合間に温泉へ入って、足を伸ばしている時だった。
 赤髪の女性が温泉場にやって来て、
「梨花さん、旅人がやって来ました。旅人は訳が分からず、いろんなところへ行く傾向が強いので、今は温泉から上がってください」
 この村にはあまり旅人はやって来ないので、やって来ると一気に村中に来たことを知らせる。
 確かに旅人は村のつくりとか分からないもんね、と思いながら急いで農夫の恰好に着替えたタイミングで、温泉場の入り口のところで大きな声が聞こえた。
「こっちは女性の温泉場だ! どっか行きな!」
 私はひょこっと顔を出すと、そこにはなんと鬼神騎士の主人公! 草薙リュウがいたのだ!
「キャァァアアアアアアアアアアアア!」
 黄色い声援を上げてしまった私の声に反応した銀髪の女性が、
「見るな! 今! お風呂入ってた子だ!」
 と言いながら私のほうを振り向くと、私が服を着ていたことに気付き、銀髪の女性が、
「いや服着てるじゃないか、じゃあ何でそんな声を上げたんだ」
 と言ったところで、草薙リュウ似が、
「すみません、このあたりからとてつもない魔力を感じたので。もうなんというか、ソフトクリームのバイキングくらいすごい存在が」
 草薙リュウ似が何か変な例えをしている……そうか、あくまで似だから草薙リュウじゃないんだ、そんな当たり前のことを心の中で反芻しながら、
「あの、一体何の用ですか?」
 と聞いてみると、その草薙リュウ似はちょっと目を泳がせながら、
「いや! 用というか! その! 魔力! 魔力感じまして!」
「えっ、私にですか?」
「いやぁ、ザックリと、クッキーの中のクルミくらいザックリとしか分かんないんですけども」
 とリュウ似が言ったので、私はすぐに、
「クッキーの中のクルミはカリカリ、じゃないですか?」
 と、つい言ってしまうと、
「そこは感性の違いですねっ」
 と優しく微笑んだ。
 ヤバっ、顔が可愛い。
 マジで草薙リュウに似すぎだろ! 猫っぽい顔が私のドストライクだ!
 若干会話の内容はアホっぽいけども、そこが全然草薙リュウじゃないけども、でもそれもいい! ギャップ萌え!
 私は何かもっと会話したい、もっと会話したいと思ってしまい、
「その、魔力の大きい人を探してどうするんですか?」
「それはですね!」
 急にその草薙リュウ似の男性は生き生きとし始めた。
 さっきまでちょっと挙動不審だったんだけどもえらい違いだ。
 もしかしたら自分の好きな話にはテンション上がる型の人なのかもしれない。
 草薙リュウ似は身振り手振りを交えて喋り出した。
「俺は特殊な素材を探して、服を作っているんですが、魔力の高い人に着てもらうと、その着ている人の魔力に影響されて、より強い服が出来上がるんです!」
「えっと、それは、服から魔力をもらうんじゃなくて、服が魔力をもらうんですか?」
「いえ! 相乗効果です! それぞれが影響し合い、服も人間も魔力が上がるんです!」
「で、貴方は特殊な素材と魔力の高い人間を探している、と」
「はい! そうです! 何か知りませんかっ!」
 と言ったところで銀髪の女性が、
「魔力ならここでは梨花が一番高いんじゃないの? 水と木の魔法が使えるし」
 すると草薙リュウ似の男性が目を輝かせながら、
「二属性ですか! それはなかなかですね! ちょっとお話よろしいですか!」
 えっ、これ、もしかするとモテてる……? モテてるとはちょっと違うかもしれないけども、草薙リュウ似とお近づきになるチャンスなんてと思っていると、私はふとあることを思い浮かべた。
 そうだ、私は魔法のバスローブを持っている。
 あの魔法のバスローブをお近づきの印として、彼にあげようかな、と思った。
 きっとあの魔法のバスローブは魔法のバスローブなんだから特殊な素材のはず。
 そうすれば彼もきっと喜ぶはず!
 ということで!
「あの! 私! 魔法のバスローブを持っているんで、貴方にあげますよ! きっと特殊な素材のはずです!」
「魔法のバスローブですかぁ! それは興味があります!」
 一瞬甲高い声になったところが通販っぽくて、何だかおかしかった。
 いやでも何だかいい感じだ。
 さっさと私の家へ案内しよう。
 すると銀髪の女性が近付いてきて、耳元でこう囁いた。
「やっぱり梨花もイケメンが好きなんだっ」
 私はビックリしながらも照れ笑いを浮かべると、
「旅人との出会いは大切にしないとダメだからな、しっかりやってこい」
 と背中を叩かれた。
 めっちゃ応援してくれてるからマジで頑張ろうと思った。
 男性は頭上にハテナマークを浮かべながら、
「何か、俺、邪魔ですか? 一旦去りましょうか?」
 と言ったところで銀髪の女性が、
「いいの! いいの! こっちの話! 畑の話! こっちはしっかり耕すからそっちもって話!」
 色恋沙汰で耕す例え初めてだな、と思いながら私は、
「ではこちらへどうぞ、魔法のバスローブを見せてあげます。家に来てください」
 と手招きすると、草薙リュウ似は小首を傾げながら、
「いやいや、俺集会場にいるので、そこに持ってきてほしいです」
 と言ったので、えっ、この人、面倒くさがり系? とか思っていると、
「だって、初めて出会った男性を家に招き入れるなんて危険ですよね? 俺はちゃんと他の人がいるところで待っていますから持ってきてほしいんです」
 うわっ、紳士かよ、好き過ぎる。
 すると銀髪の女性が、
「じゃあ私も行こうか? 一応第三者の人間がいたほうがいいなら。それに途中から私は外で待ってもいいし」
 めちゃくちゃ優し過ぎる、最高かよ、と思っていると、草薙リュウ似が、
「まあそれなら……ですけども強い男性も必要だと思います」
 と言ったところで銀髪の女性が、
「まともに魔法使える人間は梨花くらいしかいないから、多分梨花が一番強いからこの村に強い男性なんていないよ! だからこれで大丈夫なんだって! 男女の違いなんてちょっとした筋力しかないこと旅人なら知ってるだろ!」
 アシストしまくってくれる、私が男性だったら絶対銀髪の女性・バルさんに恋してるな。
 それを聞いた草薙リュウ似が、
「それなら分かりました。それでは家に上がらせて頂きます。よろしくお願いします」
 と頭を下げたので、礼儀の正しい感じがめっちゃ良かった。
 家へ歩いている途中に草薙リュウ似が、
「ところで、魔法のバスローブとはどういったモノなんですか?」
「着ると体の疲れが一瞬にして無くなる優れモノなんです」
 それに対して銀髪の女性・バルさんは頷くだけ。
 会話に入ってくれてもいいのに、あくまで邪魔しないようにしてくれているみたいで、並んで歩く私と草薙リュウ似から三歩後ろを歩いてきてくれている。神かよ。
 草薙リュウ似は頷きながら、
「疲れが一瞬に無くなるとは! それはかなりの服かもしれませんね!」
 かなりテンションが上がっているみたいで嬉しい。
 そんなこんなで私の家へ着き、私の家の中へ草薙リュウ似とバルさんも入った。

・【バスローブ】


「では早速! 魔法のバスローブをリュウさんに見せますね!」
 と自分で言ったところで、この草薙リュウ似の人は草薙リュウ似なだけで、多分そんな名前じゃないのでは、と思い、何か恥ずかしくなってしまった。
 妄想の名前を呼んでしまったみたいな気分で、何か体がアツアツになってきた。ヤバイ。
 すると草薙リュウ似の人がこう言った。
「あれ、俺名乗りましたか? つい言ってしまう例えからスイーツ好きなのはバレていたかもしれませんが」
 やっぱりスイーツ好きなんだ、いやいや、それじゃなくて名前、合ってんのっ? と思いながら、
「いや! 知り合いのリュウくんに顔が似ててついそう言ってしまって!」
「そうだったんですか、偶然ですね、俺もリュウと言います。ところで貴方は?」
「あっ、私は梨花です! よろしくお願いします!」
 と頭を下げようとしたら、グイっとリュウさんは前に出てから、私の手を握って、
「こちらこそ今日はよろしくお願いします」
 と言ってニッコリ微笑んだ。めっちゃ可愛い。惚れる。
 私は少しわたわたしながら、魔法のバスローブをクローゼットから取り出した。
 仕事が終わった夕方に温泉へ行って家に着いたら着るので、こんな昼の時間から取り出していることにちょっと違和感を抱いていた。
「こちらがその魔法のバスローブというものですね、手に取ってよろしいでしょうか?」
 とリュウさんが言ったので、いちいち丁寧だなぁ、と思いながら、
「はい、よろこんで」
 という軽く居酒屋バイト時代みたいな言葉が出てしまった。
 魔法のバスローブを手に取り、多分手触りを確認したりしているリュウさん。
 これが魔法のバスローブなら気前よくプレゼントしようと思っていると、リュウさんはう~んと唸ってから、
「これは確かに良い素材を使っていますが、魔法のバスローブとかではないですね。何の魔力も感じられません」
 そう言って私に戻したリュウさん。
 いやいやいや!
「これ着ると本当にリラックスできるんです! ちょっとした体の痛みも消え去りますし!」
「いやでもこのバスローブには魔力が無いですよ、そりゃ良い素材ですけどね、一般的な服として」
「そんなこと無いです!」
 何かお話がしたくて嘘ついていたみたいになることが嫌なので、必死で食い下がった私。
 でもリュウさんの表情はどんどん曇っていったので、ここは何か言うだけじゃなくて変えなきゃと思い、
「私! 着てみます!」
「いや梨花さんが着たところで何かが変わるとも思えないのですが」
「着ます!」
 私の圧に圧倒されたリュウさんは、後ろにたじろぎながら、
「そ、それなら、まあ、じゃあちょっと家の外に出ていますね。着替え終えたら呼んで下さい」
 と言って玄関の外に出たリュウさん。
 バルさんはちょっと焦りながら、
「大丈夫? 売り文句に買い文句みたいになっていない?」
「大丈夫です! このバスローブは本当に魔法のバスローブなんですから!」
 着替え終えたので、玄関から顔を出そうとすると、バルさんは私を制止してから、
「あんまりバスローブ姿を外に出しちゃダメだからな」
 と言って、バルさんが外にいるリュウさんを呼んでくれた。
 いちいち紳士過ぎるだろ、この村。
 リュウさんが入ってくると、すぐさまハッと驚くような表情をした。
 これは何? 魔法のバスローブを感じたの? それとも私がバスローブになってちょっと女を上げた感じなの?
 前者も捨てがたいけども、後者でもなかなかいい! 惚れてくれ! 私に惚れてくれ!
 リュウさんはアゴのあたりを触りながら、
「確かに、ちょっと魔力を感じますね……でもそれは梨花さんがこの服に馴染んでいるからかな?」
「どういう意味ですか?」
「服と人間には相性があって、自分と相性の良い服を着ると普通の服でも微力ながら魔力が出てくるんです」
「いやいや! きっとそういうことじゃないですし! ほら! めっちゃリラックスしてきた!」
「だからそれは慣れているだけの可能性もありますし。そうだ、梨花さん、魔法を見せて下さい。魔法のバスローブを着たことにより、魔力が上がっていればそのバスローブ自体に魔力がある証明になるので」
 というわけで、私は窓を開けて、指先を外に出しながら、
「水の魔法の最大出力をします!」
 と宣言した。
 バルさんが、
「この子は大体ホースで水を飛ばすくらいの水量が最大出力なんです」
 と補足説明してくれた。有難い。本当は自分でしないといけないところだった。
 リュウさんは頷いてから、
「分かりました」
 と言ったので、さぁ、やるぞ、と思ったんだけども、心の奥底を見ても何か全然水の気配はおろか、木の気配すらしない。
 えっ、どういうこと、と思いつつも、水の最大出力を念じたんだけども、全然水が出ない。
 出るのは汗のみ、あれあれ、ヤバイヤバイ、焦ってきた。
 リュウさんは小首を傾げながら、
「あっ、でも、どうぞどうぞ」
 と言ってくれたんだけども、全然出ない。その分、汗はすごい。
 その汗は全てバスローブが吸収してくれるからいいんだけども、額から流れる汗はさすがにヤバくて、もう目を開けてられないくらいの汗が流れてきたところで、リュウさんが、
「魔法、使えないんですね……一切無味のスイーツ状態ですね……」
 と疑っているというよりは、悲しそうな表情でこちらを見てきたタイミングで、バルさんが、
「違います! 梨花は魔法を使えます! 何か調子が悪いだけだよな!」
 私は赤べこ以上に頭を上下させて、激しく頷いた。
 リュウさんは深く息をついてから、
「ならば逆に魔力を吸い取るバスローブ、なんですかね」
 と興味深そうに私のことをまじまじと見た。
 というかどうやら何らかの魔法のバスローブであることは間違いないみたいだ。
「魔力を吸い取るとなると、それはそれで興味がありますね。すみません、今度は俺が着てもいいですか?」
 いやいやいや! 私が着ていた汗まみれのバスローブをリュウさんが着るなんていやらし過ぎるだろ! どういうプレイだよ!
 と思ったんだけども、何かもうチャンスだと思ってしまったので、
「じゃ、じゃあ着替えて、その、渡しますね」
 とヨダレを垂らしそうになりながら、交渉は成立。魔法は出ないが、汗とヨダレはすごい。
 交渉が成立しているからいいんだよ! と何か心の中でめちゃくちゃデカい声を出しつつ、まず私がバスローブから農夫の恰好に着替えて、リュウさんを呼んで、家の中でバスローブを着てもらおうと思っていたら、
「あっ、俺は強化された早着替えの魔法があるんで大丈夫です。そもそも家の中で俺一人にしたら危険でしょう。何するかどうか怖くないですか?」
 と言ってなんと目の前ですぐさまバスローブになったのだ! さらにリュウさんがさっきまで着ていた服はどこにもない!
 後半言った紳士的なことはもはやどうでもいい! どうなってるんだっ?
 という顔をしていたのだろう、リュウさんはすぐに説明してくれた。
「これは早着替えの魔法と言って、すぐに服を着替えることができる魔法です。着ていた服はそのまま魔力の中にストックしているような状況でいつでも着替えることができるんです。この魔法は基本的に一度普通に着ないといけないんですが、俺はこの魔法を強化しているので、一度も着ていない服でも着替えられるんです」
「そうなんですね……」
 魔法ってこんなものもあるんだと思って感心しながら、ゆっくりリュウさんのほうを見ると、私は違和感、というか当然のことに気付いた。
 私の魔法のバスローブは女子用のサイズで、リュウさんが着たらピッチピチになって、胸筋とか普通に透けるくらいの感じだし、股のほうはもうギリギリの長さだし、と、目の置き所に困る。
 でもリュウさんはそんなことはあまり気にせず、
「おかしいですね、魔力を吸い取られる感覚は無いですね。でもほんのり、魔力は感じました。着てみたらちょっとあることが分かりました」
「じゃあそのバスローブは魔法のバスローブなんですね!」
 と私は内心ウキウキしながらそう言うと、
「いえ、でも、体がリラックスするほどの、癒しの魔力があるようには感じられませんね。いや少しあるのかな? う~ん、まあ着替えます」
 とリュウさんが言うとすぐさまさっきまでの恰好になり、手にはバスローブを持っていて、それを私に手渡そうとしたところで、
「あっ、一旦洗ったほうがいいですよね」
「いや大丈夫です。ちょっとだけだったので」
 リュウさんからバスローブを奪うようにして、私は取り戻した。
 このバスローブ、ちょっと飾っちゃおうかな、と思っているとリュウさんがまたうんうん唸り始めた。
 一体何なんだろうと思って黙って見ていると、リュウさんが口を開き、
「これはもしかすると、梨花さんに何かあるのかもしれません。やっぱりあの温泉場で一瞬感じた謎の魔力のことも考慮すると」
 と言ってきて、私って何か悪い意味でヤバイのっ? と思ってしまったので、私は焦りながら、
「だっ! 大丈夫ですか! 私は本当に!」
「いえ、大丈夫とか大丈夫とかじゃなくて、梨花さんは特殊体質の可能性があります」
 と言ったところでバルさんが、
「実は、梨花は転移子なんです。異世界から来た可能性が高い異世界転移子なんです」
 それに驚いたリュウさんは、
「それならば、まず俺が作った見習い魔法使いの服を着てくれませんか?」
 そう言って何も無かった空間から突然、服を一式右手に出現させたリュウさん。
 リュウさんの懇願するような目に胸を高鳴らせながらも、リュウさんの作った服は絶対着るだろと思いつつ、私は着替えた。勿論、リュウさんはすぐに外へ出て行った。

・【見習い魔法使い?】

 
 私は着替えるとバルさんと一緒に外へ出た。
 見習い魔法使いの恰好は薄い黄色の魔法のローブにふかふかの黄色い帽子。アクセントに赤い線が入っているけども基本的に黄色が基調となっていて、ちょっと危うさのある、見習いだからこそ目立つような恰好だった。
「それで水の魔法を使って下さい」
 そうリュウさんが言ったので、私は指先をちょっと地面めに下げて、最大出力を出そうとしたその時だった。
「あっ! ダメ!」
 と自分で言いながら、私は最大出力の水を出した。
 その水は猛スピードで地面に当たり、ドガンとめちゃくちゃデカい音が鳴った。
 気付いた時には雨が空から落ちてきていて、一体何なんだと思った。急に雨が降り出したよ、どういうこと? 私のせい?
 呆気に取られているバルさん。一息ついてから冷静に私のほうを見ていたリュウさんがこう言った。
「まず今どうなったか説明します。貴方の出した最大出力は非常に力強く、ほら、あそこの地面が抉れていますよね? それは貴方の水量のせいです」
 指先の先にあった地面を見ると、なんと本当に丸く穴が出来ていたのだ。
 ゆるい円の穴といった感じだが、間違いなく地面が抉れていた。
 リュウさんは続ける。
「そして反射した水が上空に飛び散り、今、雨のように降ってきたんです。もう止んでいるでしょう。これは雨じゃなくて梨花さんの水です」
 よく見るとリュウさんはびしょ濡れで、雨も滴る良い男だなと思って、リュウさんのほうを見ていると、
「理解できましたか、梨花さん」
 と名前を呼ばれたので、何かデカい声が出てしまい、
「はい!」
 と答えてから、すぐに私は続けた。
「見習い魔法使いって見習いでもやっぱりすごいんですねっ! リュウさんが服に込めた見習いの魔力でこんなことが起きるなんて!」
 はい、のテンションで、めちゃくちゃ声を荒らげてしまった。ちょっと恥ずかしい、と思って俯いていると、リュウさんがこう言った。
「いいえ、これは見習い魔法使いの範疇を越えています。百リットルのバニラアイスみたいなもんですよ」
「ど、どういうことですか?」
「貴方はどうやら服の能力を最大限に引き出す特殊能力があるんだと思います」
「服の、能力……?」
 と言われて最初に思い付いたことが、パジャマになるとやたら寝つけることだった。
 そうだ、私ってパジャマになるとめちゃくちゃ眠くなって、あの、最初に転移子とか言われた時も老人に怒られるくらい寝ちゃって。
 そのくせ朝になると、朝の時だけは快適に起きれて、って、あれは私がパジャマのポテンシャルを最大限に引き出していたからということ?
 あとバスローブの時には使えなかった水と木の魔法が使えるのは農夫の恰好になった時だ。それもつまりはそういうことなんだ。確かに魔法の能力が農夫っぽい。
 じゃ、じゃあ……お近付きになる服の素材は無かったのか、と私は肩を落としていると、リュウさんが真剣な表情でこう言った。
「一緒に旅をしてくれませんか?」
「……えっ?」
 想像の斜め上を行く言葉に私は生返事をしてしまった。
 リュウさんは続ける。
「出来上がった服を魔力の高い人に着てもらうと、その着ている人の魔力に影響されて、より強い服が出来上がるという話をしましたよね? このような特殊な能力がある人は服の価値を爆上げするということが伝承されています。何でもないバスローブに魔力を宿させてしまうくらいの力があると、既に証明されていますし。是非、俺が作った服を着て、俺の服の価値を上げてください」
 そんな、そんな、これからリュウと一緒にいられるなんて、そんな! そんな! 当然!
「はい! 一緒に旅をします!」
 と言うと、リュウさんの後ろに立っていたバルさんがガッツポーズをしてくれた。祝福してくれて嬉し過ぎる。
「ありがとうございます! 梨花さん! ソフトクリーム百巻きほど嬉しいです!」
 スイーツが好きらしく、ちょいちょいスイーツで例えるリュウさん。
 それにしてもこの村にはそういうスイーツの類は一切無かったので、旅に出ればそういうモノも食べられるんだなぁ、と思ってワクワクした。
「それでは梨花さん、この村を旅立つことを皆様に宣言したほうがいいのではないでしょうか」
 確かにそりゃそうか、と思って村人がよく集まっている畑にリュウさんとバルさんと一緒に行った。
 そこで私が旅立つことを説明すると、喜んでくれる人と表情が若干曇っている人がいる。
 男性だけが表情を曇らせていると私モテ過ぎだろということなんだけども、女性でも困惑しているような顔がいて、何だろうと思っていると、
「じゃ、じゃあ梨花さんは、もう畑に従事することはできないんですね……」
 と言われた時にハッとした。
 そうだ、私の水と木の魔法はハッキリ言ってだいぶ頼られていた。
 だからそれが無くなるということになって、悲しんでいるんだと。
 どうしようと思って、ついリュウさんのほうを見てしまうと、リュウさんがこう言った。
「ではこの村を俺の拠点にします。旅行から家へ戻って来るという感覚で。さらには村人の方々には俺が作った服をプレゼントします。農業に役立つ魔法が使えるようになればいいんですよね。そういった服を作ります」
 つまりリュウさんはこの村に住むということか、でもそれって何か、
「それでちょっと旅に出るって、新婚旅行みたいだね」
 とつい私は言ってしまった。
 言ってすぐ後悔した。調子乗り過ぎだと。
 というか別に、服の魔力を上げるという特殊能力が良いというだけの話なのに、そこに色恋沙汰を混ぜた冗談ってかなりオバサンみたいでキモイと即座に反省した。
 いや反省したじゃなくて、リュウさんが何か言う前にすぐに挽回しなきゃと思った時にはもうリュウさんの口が開いていた。
「梨花さんが望むなら」
 そう真面目な面持ちで私のほうを見て、そして私に対して跪いてきたリュウさん。
 いや!
「えぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
 私は目を丸くするほどに驚いていると、リュウさんはまた立ち上がって、こう言った。
「すみません。俺、梨花さんに一目惚れしていました。その後のやり取りもチャーミングで可愛いし、見ず知らずの俺に親身になってくれて本当に感謝しています」
 親身ってそりゃ私も一目惚れしていただけだけども、と思いつつも、
「じゃあ新婚旅行ということで、いろんな街を旅しませんか?」
 と私はおそるおそる言ってみると、リュウさんがニコッと笑いながら、
「はい、これから末永くよろしくお願いします!」
 と言って、もうホント夢かと思った。というかこんな異世界なんて夢だろとも思うけども、もう何週間もこの村で農業やっているしなぁ。
 リュウさんは私の手を握りながら、
「これから、ゆっくりとお願いします」
 と言うんだけども、もう手を繋いじゃってるじゃん! とは思った。
 リュウさんが村人たちのほうを見ながら、
「ではまず皆様の新しい、魔力の宿った農夫の服を作るために、水の魔力が宿っている石を取りに行きましょう。ホースほどの水ならこの近くでも採掘できるはずです」
 と言ったところで村人の一人が、
「できれば植物が生長するような魔法も使えたほうがいいんだが」
 と言うと、リュウさんは頷いてから、
「分かりました。木の魔力が宿っている石もですね。俺がこの村から梨花さんを数週間ずつ奪ってしまうという話なので、要望には全て応えますよ」
 と力強く拳を握った。
 村人たちからは拍手が巻き起こった。
 というか私を奪うって、リュウさんになら何を奪われてもいいかも、そんなことを思ってしまった。
 じゃあまずその石を採掘する旅に出掛けるのかなと思っていたら、リュウさんが私へ、
「それではまず梨花さんに早着替えの魔法を教えたり、今ある服を説明したいので、一旦梨花さんの家へ戻りますか」
 それに対して私は思い切ってこんなことを言うことにした。
「というか、私の家じゃなくて、私たちの家、じゃないですか?」
「確かに! そうですね! これから俺と梨花さんは家族ですからね!」
 満面の笑みのリュウさんに鼻血が出そうになった。
 こんな猫顔の、鬼神騎士の草薙リュウ似のリュウさんと一緒に生活できるなんて最高過ぎる。

・【早着替えの魔法】


「さて、まず梨花さんにはこのなんてことない服を着て頂きたいんです。きっと梨花さんも慣れれば着ていない服もすぐ着れるようになると思いますが、最初なのでまず着替えてください。
 その服はTシャツにシャツを羽織る感じで、下はジーパンだった。マジでなんてことない服。
 私は、
「この服にはどういった効果があるんですか?」
 と聞くと、リュウさんは優しく首を横に振り、
「これは何の能力も無い、普通の服です。多分それでも梨花さんはこの服の能力をフル活用してしまうとは思うのですが、能ある鷹は爪を隠す、この服で自分の特殊な能力を隠して下さい」
「隠したほうがいいんですか?」
「魔力の高い人間はいろんなことに狙われやすいんです。何か戦闘があった時、真っ先に狙われるというか。梨花さんは見習い魔法使いの服を着た時、正直魔力は中堅以上の魔力がありました。引き出し過ぎてしまうんです。梨花さんは」
「つまりチートということですか?」
「そうなりますね」
 と頷いたリュウさん。
 チートという言葉も通じるんだと思いつつも、そう言えば異世界転移子は自分の世界の言葉に変換されるって言っていたし、実際は違う言葉でもちゃんと通じるように会話できるんだろうな、と考えた時に、すぐにあの言葉が思い浮かんだ。
 それは『チャイナドレス』だ。
 中国のドレス、中国という言葉を知らなきゃ出てこないはずの言葉。
 これもちゃんと変換されるのだろうか、変換されなきゃ鬼神騎士のエイリーの服は説明できないな。
 いや別にリュウさんにエイリーの服を説明して作ってもらおうとかそんな計画は無いけども……って、
「リュウさん、どこに行くんですか?」
「いやだって梨花さん、これから着替えるわけですから一旦退席しますよ」
「もう付き合い始めたということなんですから別に大丈夫じゃないですか?」
「そんな、だからって着替えているところに同席するなんて恥ずかしいじゃないですかっ」
 と慌てるように言ったリュウさん。
 何これ、めっちゃ可愛い。急に席席言い始めてちょっと変とは思うけども、こういうこと気にしてくれる男性というのもアリだな。
 それなら、
「じゃあ私が着替え終えたら」
「はい、それでよろしくお願いします」
 そう言って玄関から外に出て行ったリュウさん。
 真面目でお堅いところも似ている……って、漫画のキャラと比べるのはちょっとキモイな、自重しようと思いながら着替えて、リュウさんを呼び戻した。
「どうですかっ?」
 と私が軽く半回転すると、
「自分が作った服でどうこう言うの少し恥ずかしいですが、可愛いと思います」
 と少し照れくさそうに笑った。それが可愛いんだよ。バカかよ。最高かよ。
 でもすぐにまた真面目な顔になって、こう言った。
「……やっぱりちょっと魔力ありますね、別に魔力を増幅させるような服でもないんですが」
「そう言われると、何かちょっと元気が出るような。軽やかな気持ちになるなぁ」
「つまるところ普段着なので、晴れやかな気持ちになってしまっているんだと思います」
「いや、嫌なことみたいな言い方されましても」
「でもこんなに服の魔力を引き出すお方初めてなので……これは本当に俺が作る服、すごいことになるのでは……ソフトクリームにフルーツ全部乗せ的だ……」
 何か役に立てそうで嬉しい。アガる。
 リュウさんはまじまじと私のほうを見ながら、
「不思議ですね」
 また魔力の話が出るんだろうな、と思っていると、
「今まで赤の他人だったのに、こうやって二人きりで部屋に入って。銀髪の女性ももういない。一目惚れした相手と一緒に居られるなんて幸せなことあるんですね」
 いや!
「魔力の話わい!」
 いつも言わない語尾でツッコんでしまった。
 するとリュウさんは微笑みながら、
「どうしても言いたくなってしまって申し訳御座いません。不快でしたか?」
「めっちゃ気分良いわ! ありがとう!」
「それなら良かったです。同じ気持ちで居て下さったみたいで」
「……あの、リュウさん、私もですけども敬語止めませんか?」
 私がそう提案するとリュウさんがう~んと斜め上を見てから、
「ならば、敬語にならないように、会話しましょうか」
「その言葉も若干なっているけども、敬語無しでいきましょう」
「分かりました。梨花さん」
「そのさん付けも!」
 と言って私がリュウさん、いやリュウを指差すと、
「分かりました、梨花。では梨花も俺のことリュウと呼んで下さい、いや呼んでほしい」
「勿論リュウ! これからよろしくね!」
「はい! 梨花さん! よろしくお願いします!」
 リュウの敬語癖強いなぁ、と噛みしめていると、リュウが、
「では魔力の話ですが、やはり梨花は魔力が特殊ですね。本当に服によって魔力が大きく変化するというか。俺は魔力に敏感なほうなのですが、梨花の魔力は不安定というかなんというか読みづらかったです。最初の時、不安そうな表情をしてしまい、本当に申し訳御座いませんでした」
「いや! 敬語無しの流れからめっちゃ正式な謝罪を述べないでよ! いいよ! もうそういうことは!」
「ちゃんと謝らないといけないかなという気持ちが出てきて、申し訳御座いません」
 まあ丁寧な男性も嫌いじゃないけどね。優しく扱ってくれている感じもするし。
 でも、
「そんなかしこまった言い方ばかりしなくていいからね!」
「分かりました」
 そう言って一礼したので、そういうところだぞ、と思った。まあいいか。最高だし。
 リュウは口を開き、
「それでは早着替えの魔法をお教えします」
 めちゃくちゃ敬語じゃん、と思いつつも、いちいち指摘していてもアレなので、ここはスルーすることにした。
 リュウさんは私のクローゼットを指差しながら、
「あちらから農夫の恰好を取り出してもよろしいですか?」
「どうぞ、どうぞ」
 リュウは農夫の恰好を手に取り、それを私に渡してきたので、受け取ると、
「この農夫の恰好を着ているイメージをして下さい。そして同時に今着ている服は魔力の中に押し込んで仕舞うイメージを」
 そんな同時に二つのことなんてできるかな、と思いつつも、やってみると何だか一瞬裸になってしまった気がして、
「ああぁぁああああああああ!」
 と叫んでしまったが、普通に農夫の恰好をしていた私。
「そんなすぐにできる魔法でも無いんですけどもね、梨花さん、梨花、やっぱり魔法のセンスありますね」
「いやでもこれ失敗していたら裸になったんじゃないんですか!」
「そうなったところは見たことないので、多分大丈夫です」
 とニッコリ微笑んだリュウさん。
 まあ着替えくらいで慌てる人だから本当にそうなんだろうけども。
 何はともあれ早着替えができた私にリュウさんは、
「それにしても、どこかで早着替えしていましたか。才能の塊ですね」
 と言われたので、会釈しながら、
「まあコスプレイヤー時代に」
 と答えておくと、
「こすぷれいやー……?」
 と頭上にハテナマークを浮かべているような反応。
 そういう言葉は無いのか知らないのかは分からないけども、伝わっていないようだった。
 この異世界にはコスプレイヤーというモノが無いのかもしれないなぁ。もったいない。
 リュウはまだ小首を傾げながらも、
「それではこれから梨花さんに、梨花には、今ある服をセットしてもらいたいので、一度着替えてほしいんです」
 そう言いながらリュウはどこからともなく服を出し始めた。魔力の中に仕舞っていた服というヤツかな。
 最初に私に見せたのは魔法使いっぽい服。
 見習い魔法使いの服とは違い、緑を基調とした服だった。
 リュウは言う。
「魔法使いの服は基本的にジェンダーレスなので、誰にでも合いますね。後で細かく採寸をイジれますし」
 見せたのち、一旦テーブルに置き、また別の服を見せてきた。
「これは僧侶の服ですね、こちらも基本的にジェンダーレスで、ムキムキ過ぎる男性以外は着れますね」
 十字架の紋様がある服だ。この異世界でも僧侶って十字架なんだぁ、と思った。
「最後は……いや、大体こんな感じですね。この二つを着替えて、ついでに早着替えの魔法をして魔力の中に入れておいてください。入れたら普段着の服に戻ってください」
「そんな味気ないこと言わないでください。ちゃんと着た後の感想をリュウさんからもらいますから。あと、今何か言いかけました?」
 と思ったことをただただツラツラ喋ったら、急にリュウは額から汗をじんわりかき始めたので、
「どうしたの? 何か私、言っちゃいけないこと言った?」
「いえ……その……はい、大丈夫です……」
 何か怪しい。というか怪し過ぎる。絶対に何か隠している。
 だから、
「何か隠しているなら言ってください。そういう隠し事とか好きじゃない、かなぁ?」
 とちょっと揺さぶりをかけてみると、リュウは汗を流し始めて、新陳代謝良すぎかよと思った。
 リュウは指で汗を拭きとりながら、
「ま、まあ、ちょっと、面白そうだな、と思って、作った服が、あります……無駄に手を加えたカットフルーツのような服が……」
 ちょっと俯きがちで慌てている様子。
 面白そうだなと思って作った服って、何?

・【面白そうだなと思って作った服】


 私は何かイジりがいがあるような気がして、ちょっと詰めてみることにした。
「面白そうな服って何? 私が着れそうな服があるということ?」
「まっ、まあ……しゅ、趣味とか、じゃないんですけども……」
 何だこの感じ。何か見たことある。これはアレだ。私だ。
 変な性癖が友達にバレそうになっている時の私だ。
 もしかするとリュウって……
「めっちゃいやらしい服、作ったことがあるの?」
「そういうわけじゃないです! 仲間内でいいなみたいな感じになって!」
 めっちゃデカい声出すじゃん、と思いつつ、ついニヤニヤしてしまう。
 そっか、そっか、リュウも私と一緒で服の癖があるのねぇ、それは似た者同士で興奮するわぁ。
 私は優しく諭すように、
「大丈夫、私もいろんな服好きだから。変わった服を着ること、前の世界でもあったからさ。私に見せてごらん? その服」
「えっ、梨花は向こうの世界ではモデルだったんですか?」
 モデルという職業はこっちにもあるみたいだ。
 えっと、どうしよう、まあいいか、
「そう、私モデルだったの。さらに自分で服を作ることもあってね」
 と言うと、嬉しそうにパァっと顔を明るくしたリュウ。
「服! 自分で作っていたんだ! じゃあ変わった服の耐性もあるよね!」
 変わった服の耐性という言い方し始めたなぁ、と思いつつ、私は、
「そうそう、だからその変わった服というヤツを見せてよ。私めっちゃ服好きだから」
「そ、それなら……あくまで、あくまでね! 研究のために作っただけで! 変わり種のアイスみたいなもんで!」
 いやまだ見せていないのに、すっごい言い訳を走らせる。
 焦り過ぎて敬語じゃなくなっているし、それはいいんだけども。
 というかリュウの作った変わった服って何だろう、ボンテージとかかな、結構ハードなのかな、それともハードにされたいのか。
 ボンテージとか着たら、どんな魔法使えるんだろうとか思っていると、
「じゃ! じゃあ! 見せるね! このチャイナドレス!」
 とリュウが言って「えぇっ!」と思った。
 こっちの世界でもチャイナって言ったと思った瞬間に、いや私の言い回しに変換されるのかとも思ったり、でもそれ以上にチャイナドレスがあるなんて、とも思ったり。
 そしてリュウが見せたその服はなんと鬼神騎士に出てくるエイリーのチャイナドレス激似だったのだ!
「エイリーだ!」
 つい叫んでしまった私。変な顔されていないかなとすぐにリュウのほうを見ると、リュウはそんな私が言ったことなんて多分耳に入っていないくらい、耳まで真っ赤にして立っていた。
「この脚のスリットは、その、動きやすいという意味もあるん、だってさ……」
 脚の長すぎるスリットもまんまエイリーの服だ。
 この赤色を基調として、ドラゴンっぽい金色の模様が全身に走っているところもまさに。
 胸のところが大胆に開いているところもまさに漫画のチャイナドレスだった。
 これ、もしや私、エイリーの技が使えるようになるの……? と思いながら、すぐさまチャイナドレスを手に取ると、リュウは、
「えっと、これ、大丈夫かな……多分、梨花のサイズに合うと思うんだけども。この服は多少サイズが合わなくても、ピッタリくるような魔力を入れているから綺麗に収まるはず、なんだけども」
「着る! ありがとう! リュウ! 大好き!」
 そう言って今すぐ着替えようとするとリュウが慌てて、
「外出るから! 他の服もよろしく!」
 と言って玄関から外に出た。
 私はリュウの背中がまだ見えている段階から着替え始めていた。
 だってエイリーの服が着れるなんて夢のようだから。
 私は完成させることができなかったから、このピッチリと収まる感覚を味わうことができなかった。
 でもこっちのこの服はどうやら魔力で体にフィットするみたいで、言っていた通り、ピッチリとフィットできて、ちょっとエロいなと思って心が躍った。
 これは囲みがすごいのでは、そんなことを考えながら、自分の体をまじまじと見た。
 いやいや他の服も着替えるんだった。
 それを思い出して、僧侶の服と魔法使いの服を着た。
 最後に普段着に戻して、リュウを呼んだ。
「終わりましたね」
 と部屋に入ってきたところで、すぐに私はチャイナドレス、というかエイリーの服にした。
「どう! 可愛いでしょ!」
 するとリュウは体をビクンと波打たせてから、
「か、可愛いです……」
 と開いた口が閉じず、リュウのほうが全然可愛かった。花持たせろよ、おい。
 ちょっと挙動不審になっているリュウをからかいたくなった私は、
「ねぇ、リュウ、こういうの好きなんだぁ」
 と言って前かがみになって胸を寄せてみると、リュウは首をブンブン横に振ってから、
「いやいや! 堂々と立っている梨花のほうがカッコ良くて好きだよ!」
「ちょっとぉ、リュウ、カッコイイよりも可愛いって言ってよ」
「可愛い! それは勿論可愛い! エキゾチックで本当に素敵だと思うよ!」
 すぐ可愛い以外も言うんだから、可愛いな。
 まあ胸はこれくらいにして、と思いながら脚のスリットを前面に押し出し、
「どう?」
 と言ってみると、少々困惑しながらも、
「走りやすそうですね!」
「いやそうじゃなくて!」
「その……えっとぉ……脚が綺麗ですね……」
「つまり?」
「あの、力強くてカッコイイです……」
「可愛いでしょ!」
 と全力でツッコんだんだけども、段々私も恥ずかしくなってきたので、止めることにした。
 こんなあからさまにドキドキしているような顔をされたら、そんなん鏡になるだろ。
 私は魔法使いの恰好になると、
「おっ、似合っています。すっごい可愛いですよ」
 と余裕ある感じで言ってきたので、すぐさまエイリーのチャイナドレスに戻ると、リュウが吹きだしてしまい、またいちいち反応して可愛いな、おい。
「リュウ、こっちはどう?」
「だから可愛いですから、そんな可愛いと梨花さん」
 と言ってから真剣な瞳でこっちを見てきたリュウ。
 いよいよ慣れたかなと思っていると、
「抱きしめたくなります」
 と言ってから、ふわっと優しく私のことを抱きしめてきたリュウに私は声にならない声が出た。
 心臓のバクバクが止まらず、わわわわぁぁぁと思っていると、ゆっくりと離れてからリュウが、
「最高に可愛いです。でもそれは服の力ではなくて、梨花さんに魅力があるからです」
 そう言って頬を赤めながらも笑った。
 マジかよ、何これ、こんなイベントって急に起こります? 私は焦りながら、僧侶の恰好にした。
 するとリュウはまた嬉しそうに、
「その恰好も似合いますね、やっぱり梨花はスタイルが良いからどんな恰好をしてもカッコイイし、可愛いですね!」
 めっちゃ褒めてくれて、アガる……とか思っていると、リュウが、
「ところで、各服を着た時、何らかの魔力を感じましたか?」
 と言われた時にそういうこと一切考えていなかったことに気付いた。
 リュウは純粋に魔力の話ができることを楽しみに待っているといった感じなんだけども、私はもう服をリュウに見せるということしか考えていなかったので、あわあわしていると、
「もしかすると魔力のこと、考えていませんでしたか?」
 とハッキリ図星を突かれて、ぐうの音も出ず俯くと、
「それだけ服を気に入ってくださったということですよね、有難うございます。梨花さんで本当に良かったです」
 うわっ、こういうところも肯定してくれるのかよ、最高過ぎる。
「じゃ、じゃあ改めて服の魔力を見てみますね!」
 そう言って私は今着ている僧侶の服で、自分の心の奥の魔力を見てみた。