輝くリズム共鳴するノート

 学校なんてつまらない、などと言うつもりはない。そう言い切れるほどに学校生活に身を入れてもいないし、キラキラした青春群像劇みたいなのの登場人物になれるだなんて期待などもしていない。
 いや、本当に期待してないのはきっと、自分自身に対してだ。

「あーもー、ダルっ」

 暑いと騒いだところで涼しくはならない。そうやって教室で大声を出される方がよっぽど鬱陶しい。(あかり)はちらりと賑やかな集団を見る。
 何の気なく視線を向けただけだったのに、タイミング悪くその中の一人と目が合ってしまった。

 ――うわっ。

 ガン飛ばしてるって思われたかも。
 慌てて視線を逸らす。けれど、しばらく経っても何も言われない。ウゼェなんていう声も聞こえない。
 助かった、と思いながら机に両腕を置いて、それを枕にしたポーズで突っ伏す。

 ――クラスメイト相手になにビビってんのオレ。

 クソダセェ、と耳たぶを触れば、指先にいくつか穴が開いているのを感じた。

 ――クラスでも地味目で目立たない陰の者がこんなバチクソにピアス穴開けてるとか知られたら、すげぇ絡まれそう。
 
 面倒事は避けたい。伸ばしている髪でそれを隠す。
 ボーッとしてると動き出しそうになる手足を意識的に抑え込む。ただリズムを刻むだけでも、貧乏揺すりだとケチつけられては堪らない。

 ――早く放課後にならねぇかな。

 (あかり)は、溢れそうになった小さな溜息もそっと飲み込んだ。

 そして放課後。想像通り教室に残されたのは(あかり)一人だった。今週一緒に掃除当番になっている陽キャ連中は「俺ら、外せない用事あるんだよね。手伝えなくてごめーん」なんて言いながら申し訳なさそうな素振りもなく帰っていった。

 ――そもそも、手伝うじゃねぇだろ。お前たちの仕事なんだよコレは。

 外せない用事というのがただのファミレス合コンだというのは、連中が昼休みに大声で話していたからバレている。そんなに重要か? 重要なんだろうな、あの手のヤツらにとっては。(あかり)はぶつくさ言いつつ掃き掃除を済ませ、ゴミ箱をゴミ捨て場に運んでいく。

「ぅあー、早く帰りてぇ」

 休み時間にチェックしたSNSのSoLiLoN(ソリロン)で、お気に入りの歌い手が今日新曲をアップすると予告していた。公開時刻は夜だから焦る必要はない。けど、あと何分、とスマホを握りしめて待っているあの時間が楽しいのだ。

「オリ曲、久し振りだよな」

 どんな曲調で来るのかと想像してニヤニヤが止まらない。カバー曲も彼の声に合っているものばかりだから嫌いではない。でも、昭には、nis.という名前の彼が作るオリジナル曲がとても刺さるのだった。例えカバー曲よりも再生数が多くなかったとしても好きだった。

 空っぽになったゴミ箱を抱え教室に戻る。今日の夜の楽しみを思い出して機嫌も直り軽やかに歩いてきた昭だったが、ドアに手をかけたところで教室の中からなにかが聞こえた気がして立ち止まった。
 耳を澄ます。

 ――歌だ。

 澄んだ綺麗な声が聞こえる。誰かが歌っている。
 聞いた覚えのないメロディは、今の流行りの曲ではないようだ。
 鼻歌のようで歌詞は聞こえない。だが、その切ない旋律に心が震えた。

 ――もうちょっとハッキリ……

 耳をドアにつけようとして、うっかりゴミ箱をぶつけてしまった。人気のない廊下と教室内に、ゴツッという音が響く。途端に歌声は聞こえなくなる。
 やっちまった、と冷や汗をかきながらも声の主を見たかった昭は、逃げられる前に勢いよくドアを引いた。

「あ……」

 窓にもたれるように立ってきたのは、さっき目があった陽キャ軍団の中心人物だった。
 教室内を見回してみるが、彼以外誰もいないように見える。ということは、あの歌声は彼のものだったのだろうか。あまりにも意外で、昭は数度瞬きをして彼を見つめた。

「あ~れ、まだ人いたんだぁ。全員帰ったかと思ってた。あ~……え~っと……?」

 こちらの名前など覚えていないのだろう。ほぼ金髪のような明るい茶色の髪をさらりと耳にかけた黒いマスクの男――峯田眞|《みねた しん》は昭を見て小首を傾げる。

「掃除当番、だったんで」
「あ~ね。お疲れ様ぁ。ひとりでやってたんだ。エライなぁ」
「うす」

 ぺこ、とあごを出すように礼をすると峯田は笑い声をあげる。きゅぅっと細くなった目で、笑っているのがわかった。
 ちょっと間延びしたような独特のテンポで話しながら、彼は耳からワイヤレスイヤホンを外してケースに入れる。さっきの曲は、あれで聞きながら歌っていたのだろうか。そう思うと、ついつい視線が彼の動きを追ってしまう。

「なに?」
「えっ、あっいや、別に、なんでも……っ」
「そんなキョドらなくても大丈夫だってぇ」
「キョドってる、つもりは……な、なくて」

 言い方がキツいわけではない。今だって、峯田はどちらかといえば穏やかな声で昭に話しかけてきている。威圧感があるわけでもない彼に対して挙動不審になってしまうのは、単純に昭自身が人付き合いをあまり得意としていないのが原因だった。彼が悪いわけではない。これは、クラスのカースト上位であるのが明らかな男に対する、妙な劣等感からくる態度だ。

「おれ、怖い?」
「いや、そんなことは、全然」
「って言いながら、それ怖がってるぅ」

 ははっ、と明るい声を出した彼に、昭をからかう意図はなさそうだ。多分、嫌な奴ではないのだろうと感じる。
 金髪のような明るい髪色に日に焼けた肌とほうじ茶のような赤茶色の瞳。耳にはいくつもピアスをつけて、ネックレスもブレスレットもしている。さらにはネイルもほぼ連日塗っているのだから、見た目は非常にチャラい。服装自由な学校だから、教員からも特に何か言われることはないようだが、少し着崩したようなそのファッションも生真面目な学生には見えない。黒マスクをほぼ外さないのに学校の中でもイケメンとして通っているのも理解できる雰囲気を持っているのが、昭の知っている峯田眞という男だった。
 高校二年生になってから同じクラスになったのでまだよく知らない人物ではあったが、第一印象からして仲良くなれるような人種とも思っていなかった。いつも複数名と一緒にいて、彼がつるんでいるのはちょっとやんちゃしてそうにも見えるキャラばかり。いつもぼっちな昭とはむしろ対極。なるべくお近付きになりたくない部類だ。やたら積極的に話しかけてくる峯田に戸惑いつつも、昭はゴミ箱を所定の場所に置く。

「あ、オレ、帰る……」
「ねえ。え~と……」

 峯田が少し眉を下げたのを見て

花咲(はなさき)――花咲、昭(はなさき あかり)

 昭は名前を告げる。

「はなさきあかり、ね。覚えた。いい名前じゃん」
「……ん」

 音だけ聞けばキラキラしていて、アイドル――しかも女子のような響きの名前が昭はあまり好きではない。こんな根暗な自分には似合わないと思う。じゃぁ、と口の中でもごもごと言って荷物を手に教室を後にしようとした昭の背中に「じゃ、アカリ。また明日ね」明るい声がかかる。

 ――は?!

 いきなり名前を呼び捨てで呼ばれ、ぎょっとして振り返る。名前呼びなど小学校の低学年までしかされたことがない。しかも、言葉を交わしたのは今日がほぼ初めての相手だ。
 目が合えば、ひらっと手を振った峯田は目を細めて笑う。

 ――陽の者怖ぇ……

 引きつった曖昧な笑みを返した昭に、峯田はまた「あはは! アカリって面白いなぁ」なんて言いながら自分もリュックを手に取る。

 このままでは峯田と帰らなきゃいけないことになるのではないか。どっち方面に帰るのかは知らないが、少なくとも校門までは一緒ということになる。いや、どこかで彼の仲間たちが待っていたりしたら、なんで一緒にいるんだ、とか絡まれるかもしれない。そんな面倒事はまっぴらごめんだ。

「また明日!」

 昭はそれだけ言うと、足早に学校を飛び出した。
 帰宅して、夕食も風呂も終え準備万端でベッドの上に胡坐をかく。手にはスマホ。動画投稿サイトを開いて、nis.のチャンネルをタップする。
 一番上にあるのは、これから公開される曲の予告サムネイル。公開時間の20時まではあと6分。待機し始めた段階で、そこを見ているのは昭だけだった。時間が近付くにつれ人が一人二人と増える。

『待機。』
『楽しみにしてた!』

 などポツポツとコメントが流れる。流しているのはほぼ同じアカウント。オレも楽しみ、と思いながらぽつりぽつりと流れていくコメントを眺めている。

『あと1分。』

 ぽん、と投げられた少し目立つようなアクセントのつけられたコメントは、チャンネル主のものだ。

 ――あ、今nis.も一緒に見てんだ、コレ。

 日本の、もしかしたら海外のどこかにいる彼と、本当に同じ世界、同じ時間に生きているのだと実感してなんだか嬉しくなる。
 見ず知らずの人に対して何を思っているんだ、と自分を笑って、カウントの始まった画面を瞬きも忘れて見つめる。同時視聴しているのは5人もいない。そう多くはない人数ではあるが、これを投稿者の彼はどう思っているのだろうか。
 これしか見てくれない。
 それとも、5人もが自分のために時間を割いてくれている?
 カウント5あたりから一緒に数える。ゼロになると同時に、画面が青くなる。視点が上へ移動して、青い空が映る。白い雲がいかにも夏の日を感じさせる光景だ。
 流れてくるイントロからして爽やかな夏の歌のようで、昭は無意識に全身でリズムを取り出す。ぱんっと弾けるようなインパクトと共に耳に飛び込んできたボーカルは張りのある瑞々しい声。楽しそうに歌っているのが伝わってきて、聞いている昭までもが笑顔になった。

 ――気持ちいー。

 このメロディに乗せるのならば、どんなステップがいいだろう。頭の中で躍りだしそうになるのを必死で堪えて、彼のメロディに、歌に、歌詞に集中する。
 爽やかな声と音で紡がれるのは少しだけ若さによる青臭さと苛立ちを感じさせる内容で、わかる、と共感を覚える。明るいメロディの中に潜んでいる切なさに、ぐっと胸をつかまれたようだった。曲が流れている最中にもコメントが流れていくが、集中している昭には打ち込む余裕どころか、それを読む余裕もない。

「っ、はぁ……」

 最後の1音が消えていく。息を吐いた昭は、自分が呼吸も忘れて聞き入っていたことに気付く。

「今回のもサイコー」

 感動を忘れないうちに、高評価ボタンを押して「最高!リピする」と短いメッセージを送る。それから、SoLiLoNにURLを引用して「今回のも最高!踊りたい」と投稿する。こうやって投稿したところで拡散力があるわけではない。ただ、好きなものを好きと世界中に言っているだけだ。

「もう一回聞こ」

 再生をタップして、最初から聞き直す。やっぱりいい、と指先でリズムをとっていた昭は、ラスサビ前の部分になにか引っ掛かりを覚えた。

「あれ……このメロディどこかで……」

 さっき聞いたから覚えがあるわけではない。そうじゃない、もっと前にどこかで――

「あ!」

 これ、もしかして放課後の教室で峯田が歌っていたメロディにそっくりなんじゃ。
 いや、でも偶然?

 慌ててスマホで鼻歌検索をしてみるとそれっぽいものが出ないわけではないが、しかしどれもあの曲だと納得できるほどに似ているわけではない。峯田が歌っていたのはこの曲だ、と確信してしまうほどにメロディラインが似通っていた。
 初回は、推しの新曲、しかも本人も同時に見ているというのにドキドキして冷静に聞けていなかったのだろう。改めて聞いてみれば、これはどういうことなのだろうかと疑問が渦巻く。
 もし、本当にnis.の新曲だったのなら。

 ――峯田は、発表までにそれを聞ける立場にいるってことか?

 クラスメイトが好きな歌い手の知り合いかもしれない。そう気付いて心臓がバクバクいいだす。どうしよう、明日、峯田に話しかけて――などと思ったところで冷静になった。
 友達の友達なんてのは他人だ。そもそも、峯田とは友人でも何でもない。いつも人に囲まれている彼に話しかけるなんてのも無理だ。第一、話しかけるタイミングを見つけられたとしてなんて言うんだ?

「nis.の新曲聞いた?」

 勘違いだった場合、とんでもない空気感になることは想像に難くない。無理だ。
 一瞬でも変なことを思ってしまったことに落ち込み、溜息を吐いてベッドに転がる。スマホからは、自動再生でnis.の過去投稿が流れ出す。有名な曲のカバー。彼の投稿作品の中でも再生数が多いものの一つだ。

「オリ曲もいいのになぁ」

 ぼーっと曲を聴きながら、この曲の振り付けは~と別の動画サイトで流行っているダンスを手だけで踊る。そのうちに手だけでは物足りなくなって全身を使って踊りだす。といっても家の中で全力でなど踊ったら親からうるさいと苦情が出る。
 もやもやした気持ちを吹き飛ばすべく、昭は「ちょっとコンビニ行ってくる」と家を飛び出した。

 行先は近所の体育館。もちろんイベントでもやっていない限りは夜に開いているような場所ではない。用があるのは、この建物のガラス窓だった。
 全身が映る大きさ。スマホで流す音楽程度なら近所迷惑にもならない程度に隣の建物から離れている。人が通る道から見えないわけではないけど、すぐ近くを通られるわけでもない。ここは、ダンスの練習には最適だった。
 最初はウォーミングアップ代わりに身に沁みついている振り付けで踊る。クラスでも目立たないようにしている昭だが、小さい頃からダンスを習っていたのでそれなりに踊れる。普段は猫背気味だから気付かれてはいないが、手足も長いから見栄えもする。通りかかる人が時折足を止めて眺めていく視線を感じる。
 ストリートパフォーマーではないからこれで小遣い稼ぎをすることはないが、酔っ払いや気のいい人が飲み物を置いて行ってくれることもある。今日もスポドリのペットボトルが1本、昭のスマホの横に置かれていた。

「うっわ、ダンスしてる」

 ケラケラと笑う声が近付いてくる。

「あれって誰かに見せたいんかな。それとも自己満?」
「ってか結構マジでやってるくね? ダンス練習とか、えっぐ」
「カッコイー」

 明らかに馬鹿にした口調。ちらっと見れば、それはクラスメイトたちだった。

 ――うわ、最悪。

 どうやらファミレスでの合コン後にカラオケに行った帰りのようだ。彼らがこの道をこの時間に通るとは思っていなかった。よく考えれば駅への通り道なのだから、知り合いに今まで会わなかったのはただラッキーだったのだろう。
 顔を見られないようにフードを深く被りなおして、背中を向けて軽くステップ踏み続ける。ここでダンスをやめて立ち去ろうとしたらそっちの方が目立つだろう。早くどっか行けよという気持ちも空しく、彼らはダンスがそんなに珍しいのか立ち止まってなんのかんのと好きなことを言っている。
 
「ってかさぁ、一人で踊ってんの寂しくね?」
「あ、この曲知ってる」

 本当に早く帰れって、と苛立つ昭の耳に「帰ろう」という静かな声が聞こえてくる。

 ――峯田?

 あの時間に教室にいたから合コンメンバーではないのだと思っていたけれど、あの後合流したようだ。峯田は仲間たちに「真剣にやってるのを笑うのは失礼だよぉ」そう言うとそのまま歩き出す。楽しく昭をからかっていた連中は水を差されたらしく、白けた顔で行ってしまった。

 ――アイツ、あんなこと言ってグループからハブられんの怖くないのか? リーダーっぽいから、なに言っても平気なのかな。

 なにはともあれ助かった。昭は新しい曲の振りを覚えるべく、動画を再生しながらの練習を再開した。
 数日後の昼休み、昭は続々と届く通知の数を見てにんまりしていた。
 あの後覚えて投稿したダンスのショート動画が伸びている。SoLiLoNにもイイネがたくさん届いていた。
 昭はSNS上でSakiAと名乗ってダンス動画を投稿している。フォロワーも順調に伸びていて、SoLiLoNでも1万後半、TiCTaCTeC(チックタックテック)、通称3Tでは3万を超えた。投稿すればそこそこの人数に見てもらえる。私生活はこんななのに、ファンアートを描いてくれる子までいるのだ。かなり美化されてはいるが、マスクはしていても顔を全部隠しているわけではないのでそのイメージを膨らませてくれているのだろう。恥ずかしいけど、どこの誰とも知れない自分のために時間を使ってくれるなんてありがたいことだと思っている。
 学校では長い前髪で隠している目元だけを出しているから、そう簡単に正体に身バレもしない。クラスでも目立たない。友人もいない。バレるはずがない。昭はそう高を括っていたのだった。

 夜になって寝転がった体勢で通知内容を確認していた昭は、とあるアイコンを見て飛び起きた。
 フォローされました、と通知されていたそこに表示されていたのは、あのnis.のものだった。

「え、マジ? マジか! 本人? うわっ、本人じゃん!」

 ずっと見ていて応援はしていたけど、このアカウントからフォローはしていなかった。nis.は誰彼構わずフォローするタイプではないようで、フォロー数は両手で足りるほどだった。そんな人からしてもらえるなんて、と興奮のままにフォローを返す。

「でも、あれ。もしかして」

 思い当たることがないわけではない。昨日の夜にUPした動画に使わせてもらった曲をカバーしている歌い手はnis.だった。BGMはこれ、と使用音源のURLもつけた。もしかしたら、それを見てくれたのかもしれない。使用許可を貰ったわけではないが、怒っていたらフォローしてはくれないだろう。多分、好意的ではあるのだと思う。観察対象にされたのでなければ。
 昭は慌ててDMを打つ。

『はじめまして、SakiAと言います。フォローありがとうございました。
 事後承諾になってしまいますが、先日3Tにアップした動画で、nis.さんの歌ってみたを使わせてもらってます。問題があるようでしたら消すので言ってください。』

 これでは失礼か? もっと長く書いた方がいい? 悩みつつ、謝罪は早いほうがいいと送信する。
 怒っていたらどうしよう、とそわそわしながら待っていると、すぐに返信があった。

『はじめまして。フォロバありがとうございました。nis.です。
 僕の歌ってみたを使ってくださっているの、見ました。あんなにいっぱいの人に見てもらったのが初めてなのでドキドキしました。嬉しいです。』

 怒ってはいないようだ。その文面から、素朴な印象が伝わってくる。

『今度使わせていただく時には許可取ります。

 それから、この前の新曲、プレミア公開の時から見てました。
 すごく良かったです。爽やかで切なくて、気持ちのいいリズムで、聞いていて踊りたくなりました。』

 いつか伝えたかったことも送ればまたすぐに返事がある。

『あれ一緒に見てくれてた5人の中にSakiAさんいらしたんですね。なんだか少し恥ずかしいですね。初めてプレミア公開なんていうのをやってみたんですが、有名曲のカバーでもないし、誰も来てくれなかったらどうしようかと思ってました。』

 ――緊張してたんだ。

 あまりにも普通の反応。そんな彼に好感を抱く。今までも彼のSNSを時々覗いて投稿内容から人の好さそうな部分は垣間見えていた。日常話の内容的に、多分学生なのだろうとも思っていた。大好きな人に少し近付けたようで嬉しくなる。
 昔から彼のオリジナルの曲も聞いていて、何度も何度もリプレイしていたと伝えれば喜んでくれる。つたない感想にもいちいち喜んでくれる。ついついチャットのようにDMを送ってしまった。1時間ほどやり取りをして、その日は妙な満足感とともに眠りについた。
 それからも、ほぼ連日イイネを送りあったり、リプをつけたり、時々DMで話をしたり。お互いの私生活のことも話すようになって、普段の投稿内容について突っ込めばやっぱり同年代なのだと確認できた。

『テストだるい』
『早く終わるといいのにね』
『って言っても誰と遊びに行くわけでもないんだけど』
『SakiAが? トモダチ多いんじゃないの?』
『ないない。実際は大陰キャよ、オレ』

 そんな、普通の友達と交わすような文字だけのやり取り。少しだけ、実際に話してみたいとか思わなくもなかった。UPしていた写真から、彼の生活範囲が近そうだというのもわかっていた。でも、いくら推しだと言ってもネットで知り合った人に簡単に会いに行くような度胸もなかった。

 ネットでどんなにプチバズっていようと、現実での昭は冴えない高校生のままだ。
 オレは3万以上もフォロワーがいるんだぞ、なんてのを心の支えにしようとも思わなければ、誰かに教えるつもりもない。そんなのでマウントを取ることに価値は感じない。
 第一に今の昭がそんなことを言ったところで弄られるネタにしかならない。誰かのおもちゃになどなりたくない。だから、学校では誰にも見られないような場所を探して、そっとSNSの確認をしていた。

 屋上に上がる扉の前の階段。外に出ることは禁止されているから、ここに来る人はそう多くない。人目がないといっても音は響く。校舎内でもイチャつきたい連中の溜り場はまた別にあった。
 昼休み、いつもの場所でスマホをチェックしていた昭は、誰かが上がってくる足音に気付いて立ち上がった。降りようと思った時には、もうその人は踊り場を回ってきていた。

「あれぇ? アカリじゃん。昼休み、いつもいないと思ってたけどこんなところにいたんだ?」
「峯田、くん」
「シンでい~よ」

 眞はへらへらと笑いながら登ってきて、昭の隣に座る。相変わらずの愛想の良さ。人懐こい性格なのか昭にも平気で話しかけてくる。放課後の教室で会ったあの日以来仲間と一緒にいる時にまで構ってくれるものだから、彼のオトモダチ連中から若干煙たがられている自覚はある。だがこれは昭が頼んだわけではない。眞が勝手に声をかけてくるだけだ。こっちは迷惑している。
 なんていうのを直接本人に言えるわけもなく、眞にとって昭はちょっとだけ話すクラスメイトというポジションに現在では置かれているようだった。
 
「もう行っちゃうとこ? まだ時間あったらちょっと話そうよ」
「え、なんでオレと」
「興味あるから」
「興味、って」

 ぐいぐい来られて突っぱねられるほどのコミュ力はない。諦めて改めて階段に座った昭の手元を見て、眞は目を丸くする。

 ――なんだ?
 
 彼の視線を追って自分の手元を見た昭は、そこに表示されっぱなしだったことに気付いて慌てて裏返す。そろーっと眞を見れば、なにか考えるような顔をしている。その顔は、もしかして。

「あー……見た?」
「ごめん、見えちゃった」

 運悪く、今見ていたのはSoLiLoNのSakiAのアカウント。しかもDMのところだったからなんとなく見ていただけと誤魔化しようもない。と言っても今ここで調べる素振りはないから、すぐに鍵をかけるか、アイコンを変えてしまえば彼から簡単に特定されることはないはず――
 そう頭をフル回転させた昭だったが「あ」という眞の声にビクっと肩を跳ねさせた。
 何か気付いたのか、覚えがあったのか。いやまさか気付かれることなんて万に一つもない。そう思いつつも引きつりそうになる口元を必死で抑える。

「もしかして『はなさきあかり』の、名字と名前――」
「っ!?」

 一瞬で特定された。どうして。なんで。
 彼の言う通り、昭のネット上の名前は名字の最後と名前の最初を繋げたものだった。しかし、3万フォロワーいると言っても、世の中の人間の数を思えばそこまでの有名人とは言えない。フォローしただけでロクに見ていない人も多い。そんな中で、同級生が自分を知っていて、それどころかアイコンだけで特定されるほどに覚えているとも思っていなかった。

「うわ~マジかぁ。あれ、アカリなの?」

 祈るような形に組んだ両手で口元を覆っている眞の両肩を掴む。

「誰にも言わないで」

 勢いに目を丸くする眞に顔を近付けて声をひそめる。

「へ、なにを?」
「内緒にしてほしいんだ。クラスの連中とかに、アレ知られたくない。ってか、オレ程度のこと言いふらしても面白くないと思うし、誰も知らないと思うし、それにあんなの見てんのかって峯田のイメージだって悪くなるぞ」
「待って待って」

 身バレの恐怖に青褪める昭に眞は笑いかけてくる。

「SakiAの動画見て悪くなるようなイメージ、おれにはないよぉ」
「んなわけ」
「落ち着いてって。それに、名前呼びで良いって言ったの聞こえてなかった? 名字じゃなくて、名前で呼んでよ」
「……眞」

 名前で呼べば、彼は満足したように頷いて右手の人差し指を立てた。

「まず第一に、誰にも言わない。内緒にしてって言われなくても、言いふらすつもりなんてないよ」

 約束ね、と小指を強引に絡められる。

「ホントか?」
「ほんと、っていうかね」

 彼は手を離すと尻ポケットからスマホを取り出してアプリを起動させる。

「これ」

 ずいっとあまりにも近く差し出された画面を見るために身体を離した昭は眉を寄せる。そこにあったのはnis.のプロフィールページだった。
「あ?」

 最近nis.と仲良くしてるみたいなじゃないか、という意味か。それとも。

「あのね、これ、おれ。」
「は?」

 ぽかんと開いた口が塞がらなくなる。聞こえてきた言葉を理解するのに時間がかかる。読み込み終わらずに硬直した昭の目の前で眞は手をパタパタと振る。

「信用できない? あ~じゃあさ」

 頭が真っ白になっている昭の耳に、眞はイヤホンを捻じ込んでくる。何をするんだ、とハッとして眞に目をやった昭に聞こえてきたのは、ミックス前の音源と思しきものだった。

「声、聞き覚えない?」
「……ある」
「これ、今度出す動画の元音源ね。本人だって信じてくれる?」

 この歌はまだnis.は歌っていない。動画はアップされていない。そもそも、ミックス前の音源を持っているのなら、本人かミックス師か、ごく近しい人物ということだ。
 声、彼の歌声は、しかしnis.のものとは少し違っていたように思える。でも、彼がまだ世の中に出回ってないnis.のオリ曲の一節を歌っていたのを聞いたことはある。あの時にも、彼らが近い距離にいるのかもしれないと疑ったではないか。

「nis.……?」
「うん」
「え、でも」

 以前弾き語り配信で首や腕なら見たことがあるが、その肌はどちらかといえば色白といわれる部類だった。しかし目の前の彼の肌はこんがりと焼けた色をしていて、この差はライティングでどうこうできるものではないのではないだろうか。
 疑問をぶつければ、眞はもっと近くに、と手招いた。耳を彼に寄せると小さな声で耳打ちしてくる。

「この肌、実はセルフタンニングって日焼け肌に見せる化粧品つけてるの」
「……あァ?」
「メイクなんだ。一日二日で落ちるものじゃないけど、塗り続けてないと白くなっちゃうんだよねぇ」

 あの配信も長期休みの時だったでしょ、と言われれば確かにそうだった。でも、化粧品だって安いものではないと女子が話しているのをよく聞く。わざわざメイクなどしなくても日焼けすればいいのではないだろうか。新たに浮かんだ疑問は「日焼けしようと思っても、赤くなるだけで黒くなってくれないんだ」という眞の言葉であっけなく解消する。

「なんでそんなことしてるんだ? 色白なら色白でもいいだろ」
「遊んでる風に見せるため?」
「別に色白でも遊んでるやつはいるだろうが」
「そうなんだけど。ほらぁ、イメージってものがあるじゃない?」

 彼の保ちたいイメージがわからない。ひとまず、言いふらされることはないようだ、と気が抜けて大きく息を吐き、うなだれた昭の顔を覗き込んできた眞の目がキラキラしている。どうしてそんな顔をするんだ、と怪訝そうな表情になった昭の手を握って、彼は満面の笑みを浮かべた。

「聞いたから同年代だってわかってたし、なんか話す内容もウチの学校のことに似てるなぁって思ってたけど、まさか本人がこんなに近くにいただなんて思ってなかった。会ってみたいじゃなくて毎日会ってたんだねぇ、嘘みたい、信じられない」
「早口だな、お前」

 一息に言い切った眞のテンションの高さに、昭は呆れ顔を隠せない。

「あははっ、それ、SakiAと話してる時みたいだぁ。いつもよりずっといいよ。いつもはもっと、距離感じるもん」

 嬉しそうな眞に対して、昭は複雑な心境だった。
 会いたいと思っていた人。憧れの人。大好きな、推し、と言ってもいい人。が、クラスメイトだった。この状況、確かに喜んでもいいのかもしれないが、眞のチャラついたイメージは、落ち着いていてなにより真面目なnis.とは違いすぎた。
 しかしそれは、自分自身にも言えることではある。ネット上ではそれなりに評価してもらえることもあるけれど、それが普段の自分自身に繋がってはいない。現実の自分の冴えない具合に嫌気がさすこともある。バレてしまったのは正直予定外で嬉しくない出来事だが、SakiAの正体がこんなド陰キャでも眞が幻滅していないようなのだけが救いだ。
 かといって、あっちの姿が本当のオレ、だなんてことを言うつもりもない。SakiAと昭が乖離している段階で、あれは正しく自分ではないのだ。現実の昭は地味で、控えめといえば聞こえのいいただの陰キャだ。学校で人前に出たり目立ったりしたら、と想像すると鳥肌が立つ。
 どれが本当の自分なのかと問われたら、どっちも嘘ではない。でも、どちらかが本当でもない。このギャップを埋めるのは困難に思えた。

「あ~どうしよ。興奮して午後授業どころじゃないかも」
「いや、授業サボるようなキャラじゃないだろ、眞は」
「うわぁ、よく見られてる」

 にこにこしている眞の言葉に嫌がる気配はない。会話を続けたそうに見えるが、残念ながら昼休み終了のチャイムが鳴ってしまっていた。

「先、教室戻って」
「なんでぇ? 一緒に戻ろ」
「そんなの無理だろ」

 無邪気に誘ってくる眞を昭は突っぱねる。一緒に教室に戻ったら眞の仲間たちから何か言われる。悪目立ちはしたくない。
 拒否した昭をしばらく見ていた眞は、黙ってスマホの画面に映ったQRコードを差し出してきた。メッセンジャーアプリの友達登録用のそれを無言で読み込めば、あちらにも昭のIDが通知される。また満足そうに頷いた彼はマスクの口元にスマホを当てて「あとで連絡するねぇ」と微笑んで軽やかに去っていく。

「あとで、っていつだよ」

 面倒臭いことになった、と思いながら髪をかきあげた昭の口元が緩んでいたのに、彼自身は気付いてはいなかった。
『こっちでもよろしくね』

 眞からの連絡は、5時間目の途中に届いた。
 しかも内容はない。見つかったらどうする、なに授業中に送ってきてるんだ、と後方の席の彼を振り返ればにんまりと笑いかけられているように思えた。遊ばれているのか? と少々不快になって目を逸らした。
 放課後になって、また掃除をひとり押し付けられていた昭のところにやってきた眞はパチンと手を合わせて頭を下げる。

「ごめんっ! ちょっと距離感間違ったかも。ああやって連絡されるのは迷惑?」
「迷惑。授業中はやめろよ」
「あ~だよねぇ」

 がっくりと肩を落とした彼は反省のポーズらしい。うーん、と困ったような顔で上目遣いに昭を見た。目が合うと、目を細めてへらっと笑う。

「ずっと好きだった子がクラスメイトだったってわかって、テンションあがっちゃったんだぁ」
「はっ? す、好き?!」

 ――なに言ってるんだ、コイツ。

 限界まで目を見開いた昭の顔がじわじわと赤くなっていく。動揺する昭に対して、相変わらず人懐こい雰囲気の眞は恥じらうように頬を掻いた。

「うん。ダンス格好いいなぁって思って、動画見るの楽しみにしてたから。ファンっていうか、さ。だから、本人だった、って思ったら止められなくなっちゃった」

 穏やかな表情と声の眞に他意があるようには思えない。本当に、ネット上のSakiAを応援してくれていたという意味でしかないのだろう。なのに昭は。

「あ、そういういう意味……」
「え?」

 ほっとしたついでに赤くなった顔を腕で隠した昭に、眞は笑い出す。

「ちょ、っと面白! なにテレてんのぉ」
「笑うなよ! こういうの慣れてないから勘違いするんだよ!」

 友達同士でも好きだなんて言い合う文化圏で育っていない。個人に対する「好き」なんて言葉は、昭にとっては告白の時にしか使われないもので、それは今まで言ったことも言われたこともなかった。だから、同性にもかかわらず勘違いしかけた。昭が誤解した内容を察した眞が笑い出す。

「はっ、ははっ! あ~、そういうこと? はははっ、か~わい」
「からかうなって!」

 つん、と頬をつついてくる手を払い除ける昭は、じんわりと浮かんだ汗を袖で拭う。
 彼のこの距離感には慣れそうにもない。陽のものと陰のものが仲良くできる気はしない。DMでやり取りしている時は気楽だったのに、現実世界では彼を前にするだけで緊張する。
 峯田眞(みねた しん)という男はクラスの中心人物で、花咲昭(はなさき あかり)は底辺だ。イケメンと十人並み以下。周囲が仲良くなるのを許すはずがない。身の丈を知れと他人から言われるまでもなく、このまま平穏に目立たなく過ごしたいのなら、彼とは仲良くなってはいけない。
 数歩彼から距離を取る。その足元を見つめた眞は、小さな溜息を吐いた。

「ごめん。もうグイグイいかないから……ねぇ、そんな距離取らないでよ。DMの時みたいにさ、気楽に喋って」

 だめ? と小首を傾げる彼は、それだけで絵になっている。
 どう考えても、違う世界の人だ。

「って言っても、お前はクラスのカースト上位でオレは」
「そういうの、気にせず話せて嬉しかったんだよ」

 眞は寂しそうに眉を下げる。

「こんな派手な見た目で遊んでる風で、テキトーで誰にでも優しそうに見えて距離とってて、心許せてる相手なんていなくて、そんなおれが、自分でいられるのはSakiAとのDMでだけだったから。あっちで受け入れもらえてるような気がしてて、だから、そのぉ、アカリにも同じように『おれ』を受け入れてもらえる気になって、距離感間違っちゃった。でも、おれ本気でアカリと仲良くなりたい。もっといっぱい、いろんなこと話したいんだ」
「眞……」
「今つるんでる奴らに趣味の話とかできないから、きっと、ちょっとだけ興味を持った後でネットに投稿してるなんてバカにされそうで。おれ、SakiAみたいに再生数多いわけじゃないし」

 偶然数度拡散された結果のフォロワー数。フォロワー数が多いから、UPすれば見てもらえる動画。彼のアカウントと昭のアカウントでは、投稿している内容が違うけれども、その再生数に天と地ほどの差があった。
 現実世界ではクラスのカースト上位にいる眞と、目立たない昭。
 でもネットの世界では、投稿しても曲が有名でなければそんなに聞いてももらえないnis.と、投稿すればそれなりの数見てもらえるSakiA。
 二人は真逆の存在のようだった。

「おれが、飾らない自分のままでいられるのって、Sa――アカリの前でだけなんだ。だから」
「いや、いきなり言われても重いし」
「あ~重い……だよねぇ」

 nis.はDMで親から音楽活動を反対されていると言っていたっけ、と思い出す。両親ともに教員で、歌手だなんてそんな確かじゃない夢は支持できないと言われているとか。彼自身も小さな時から教師になるのだと思ってきたのに、高校受験で失敗してから一気に自分がダメな気になって。自分を探したくて、認めてほしくて歌を乗せはじめた、と言っていた。

「お前、全然ダメじゃないじゃないか」
「え?」
「認めてほしいとか言ってたけど、周りみんな認めてくれてる」

 こんなに人気者で、いつも誰かに囲まれていて、それで何が不満だというんだ。昭にはわからない。彼が葛藤しているのはわかる。でも、現実世界で全く誰にも価値を認められていないとは思えない。

「クラスメイトに興味ないオレだって認識してるくらい目立ってる。イケメンだって有名で」
「それは、そう見せてるだけで」
「偽って見せようとしても、上手くいかねぇもんだろ? 素質がなきゃ」
「そ……かな」

 眞は目を伏せて少し考えた後で、まっすぐな視線で昭を見た。

「アカリがそう言うなら、おれ、もうちょっとだけ自分出してやってみる」
「学校で?」
「学校で」

 マスクの下で緩やかに微笑んだらしい眞がまた「グイグイいかないから、こっちでもあっちでも友達続けてくれる?」なんて聞いてくる。嫌だといってもきっと彼は諦めないのだろうし、昭も眞が嫌いなわけではない。構ってくれる人にあまり慣れていないだけで、人前で話しかけてくるのを避けるのと、距離感さえ適切に保ってくれたら大丈夫、と答えれば彼は嬉しそうにまた小指を絡めて

「約束。これからもよろしくねぇ」

 適切な距離感とは? と疑問に思うほどに顔を近付けてきたのだった。
 翌日。

「つっかれたぁ……」
「そりゃお前。自分を出すの方向性間違ってんだろ」

 教室にいたらみんなから囲まれる。よそのクラスからも見学が来る。屋上前の踊り場に逃げてきた眞は疲れ切っていた。
 彼にパックのイチゴ牛乳を渡すと、ノロノロした仕草でストローを刺して咥える。しかし、吸うだけの元気はないらしくて、また項垂れてしまう。

「こういう時は素顔からかと思ってさぁ」
「その顔で騒がれないと思ってたならどうかしてる」
「中学までは全然モテの形跡もなかったからぁ、こんな追っかけまわされるとは思わなかったんだよ」

 マスクを外した眞はモデルと言われても納得するほどの美少年で、噂だけじゃなくて本当にイケメンだったと朝から学校中が大騒ぎだった。
 ちなみに中学時代の写真を見せてもらったが、今時どこに売ってるんだよと突っ込みたくなるほどの瓶底黒縁眼鏡で前髪も長め、時節柄マスク姿が多かったのだろうから、加えて元がり勉とくればそりゃその頃はモテなかっただろうよ、と昭は呆れるばかりだ。

「眞って天然だよな、結構の。いや、今考えてみたらnis.が天然だったもんな。ズレてないわけなかったわ」
「なにそれ。おれ天然じゃないってぇ」
「自覚あるのは計算。だから、自覚ない眞は天然」
「え~?」

 ずずず、と飲み物を飲みだした彼にカレーパンを渡す。何も持たずに来た彼は、どうせ昼食を買う余裕もなかったのだろう。このままでは午後はおなかが減ってしまうに違いない。こんなことを見越して余分に買っておいたそれを見た眞は「甘いほうがよかった」などとクレームをつけてくる。

「あるだけありがたいと思え」
「それはそうなんだけど、辛いの苦手」
「あぁ?」
「それちょ~だい」

 昭の手の中にあった齧りかけのウィンナーパンを勝手に持っていくと食べ始める。

「それ、食べかけ……」
「気にしない」
「オレが気にするっつーの」

 と言っても、もう取り返す気にもならない。食べられないと言われたカレーパンを口に運ぼうとすると、じっと昭を見た眞は真面目な顔で言った。

「間接キスになるから?」
「おま……ッ、そういう冗談やめろって! バカなこと言ってんじゃねぇよ」
「だってぇ、いちいちアカリの反応可愛くて面白くてさぁ」
「オモチャにすんな」
「してないよ~?」

 にまにましている眞に、さっきまでの疲れ切った様子はない。少しでも気分転換になったならいいか、と考えながら昼食を終えたところで、突然耳を触られた。

「おゎっ! なんだよ」
「んー? ピアス穴いっぱいあいてる~って思って」
「お前だってあいてるだろ?」
「おれのはマグネットピアスとかノンホールのだから、1個もあいてないよ」

 ほら、とアクセサリーを外された耳たぶには穴はない。
 すりすりと撫でられていると変な気分になってくる。触るな、と振り払えば、頬杖をついた眞は緩やかに笑みを浮かべた。

「それ、学校内で知ってるのきっとおれだけだよね」
「オレがピアスあけてんの?」
「うん。ほんとは、アカリがめっちゃくちゃ格好イイの知ってるのも、おれだけだよね。なんか、優越感」
「褒めてもなんにも出ないぞ」

 真正面から褒められると照れる。赤くなった顔を見られないように顔を背けた昭に、眞はスマホとイヤホンを取り出した。

「これ、次出そうかと思ってるんだけど、感想聞いてもいい?」
「えっ、新曲?」
「あ、カバーだけど」
「聞く」

 耳に流れ込んでくる彼の声はやっぱり気持ち良くて、踊りたくなる。うずうずしている昭を見て「悪くなさそうだね」と眞は笑って。

「あのーさ」

 昭は、前から思っていたことを口にする。

「夏休み中、良かったらコラボ動画、作らねぇ?」
「コラボ?」
「nis.の歌で、オレが踊るの。お前のオリ曲でやりたい」
「っ! いい、の? おれ、全然無名だし、オリジナルのなんて目も当てられない再生数だけど。せっかくのダンス見てもらえなくなるかも……」

 じわりと目を丸くした眞の顔が紅潮していく。やりたい、と応えた声は上擦っていて、彼もこのネタで興奮してくれているのだと伝わってくる。でも、と戸惑いを瞳に浮かべて不安を口にしながらも、その頬の赤さが落ち着くことはない。

「関係ねぇよ。オレが踊りたいんだ」
「あっ、じゃあ……あのね」

 スマホを操作しようとする眞の手は震えている。何度もタップミスをして、小さく舌打ちをしながらやっと開いたファイルを見せてきた。それは、なにかのデモ音源のようだった。

「これ、あのね、あの、実はSakiAイメージして作った曲で、気持ち悪いかなって思って出せてなかったんだけど、おれ、これ、できるならこれで、あ~、えっとアカリが気に入ってくれたらでいいんだけど、できるならこの曲、でっ」
「落ち着けよ」

 くしゃっと頭を撫でて落ち着かせると眞は真っ赤な顔のままごくりと生唾を飲み込んで。

「聞いて、くれる?」

 まだイヤホンを入れたままだった耳に、音が染み込んでくる。
 いつものnis.のそれよりも情熱的なメロディ。力強いリズム。それらを包み込んでいるのはキラキラした光の粒。
 これが自分をイメージしていると言われたら恥ずかしいものがある。が――

「すっげぇ、好き……」
「――っ、よかったぁ。気色悪いって言われたら死ぬところだった」

 息を吞んで昭が聞き終えるのを待っていたらしい眞が大きく息を吸って、吐く。胸を押さえているあたり、ドキドキしながら感想を待っていたのかもしれない。

「言うかよ。イメージって言われるとハズいけど、これ、すげぇ好きだ」
「……踊りたくなる?」
「なる。今すぐにでも、振り付け考えたいくらい」

 笑顔になる昭に、眞はますます顔を赤くして「じゃあ、早く完成させる。完成したら、また聞いて」約束、とまた小指を差し出してきた。

「楽しみだな」
「うん。夏休み、早く来ないかな」
「お前の肌が白くなるまでコラボ動画の撮影はできないけどな?」
「1週間もすれば落ちるから平気」

 教室に戻りながらそんな話をする。

「友達と会うのに白くちゃマズいんじゃないのか?」
「……アカリとの約束の方が大事。まだ、休みの予定とか決めてないから、こっち優先できる」
「いや、友達は大事にしろよ」

 何気なく言えば眞の足が止まる。どうしたのかと振り返れば、彼は拳を握って立ち尽くしていた。話しかけようと口を開くと同時に、眞が珍しく大きな声を出す。

「アカリは! おれを友達だって思ってくれてないの?」
「え、あ、いや……」
「おれは、親友だって思ってるのに」

 その目が潤んでいるように見えて動揺する。彼はどうしたのだろう。ちょっと情緒不安定なのか? 落ち着かせようと近付こうとしたところで、廊下の角を曲がってきた女子に見つかった。

「あーっ! しんくんいたぁ! ねえ写真撮らせて――」
「うわっ!」
「おっ、おい!」

 スマホを構えた女子を前にして、眞は反射的に逃げ出す。その手に、昭の手を握って。

「しんくん待ってよぉ」
「ちょっと、おれ用事あるから!」

 走りながら女子に言った眞の口元が緩んでいる。

 ――こいつ、なに楽しんでるんだ?

 食後に全速ダッシュさせられている昭の横っ腹が痛くなってくる。

「オレを巻き込むなよっ」
「巻き込まれてよ。マブダチでしょ」
「いつから!」
「さっきから!」

 笑いながら教室に駆け込んだ眞は当然のごとく注目を集めていた。その彼がしっかりと手を握って、それどころか肩まで組んで自席に連れていった昭にも好奇心を含んだ視線が送られている。
 普段同じグループではないのだから、周囲が驚くのも理解できる。なんであの二人、と怪訝そうな顔をされると胃が痛くなる。眞とつるんでいる連中なんか、目玉がこぼれるのではないかと思うくらいに大きく目を開いて驚いていたくらいだ。

「お前、覚えてろよ……」

 あんなに誰かからじろじろ見られたことはない。視線だけでこんなに疲れるのか。昼休みの眞よりも疲れ切っている昭は、放課後の教室で机に突っ伏していた。
 その前の席に座った眞は、この時間になるまで逃げ回っていたらしく汗を吹きながらペットボトルのお茶――しかも昭のものを飲んでいる。

「なにがぁ?」

 のんびりした口調の眞に悪いことをしたなどという自覚はないようだ。長い前髪の隙間から彼を睨みつける。

「オレの平穏な学生生活の予定ぶち壊しやがって」
「壊してないよ?」
「お前がトモダチとか宣言しやがるからっ、これで目立たず生きるって目的の達成が難しくなったじゃねぇか」

 自分がどれだけ目立つか自覚があるのか、と詰めると彼はきょとんとして、それから弾かれたように笑い出した。

「あはははっ! そっかぁ、予定狂っちゃったんだ」
「狂った、狂いまくった」
「ってことはさぁ、おれとこれからも学校でも一緒にいてくれるって意味だよね。嬉し~」

 そこまで考えての発言ではなかったが、しかしよく考えれば学校でも一緒に行動するという前提がなければこんな発言は出てこない。彼から距離を取れば人の噂などすぐに消える。しかも夏休みを挟むのだから、あと数日我慢すればいいだけの話だった。ぐっ、と昭は言葉に詰まる。

「うん。責任取るよ。おれから捨てられたなんて噂出ないように、これからもアカリと一緒にいる」
「そうじゃねぇだろ」
「え~。もうマブじゃぁん」

 くふっと笑った眞は小指を差し出し
 ――だから、これからもヨロシクね。
 昭の耳元に囁いた。

作品を評価しよう!

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:3

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

公開作品はありません

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア