この世界で真の仲間と出会えたからハッピーエンドを目指します!

 熟睡している女の子の汚れた顔を濡らした布で拭いてあげた。

「長いこと歩いてきたみたいね」

 足の汚れも凄いけど、切り傷や豆が出来ていた。これでよく歩けたものだわ。

「草履《ぞうり》でも編んであげましょうかね」

 ここは靴文化で草履を履いている人はいない。けど、冬になると靴の上から藁靴を履いて防寒対策をするそうよ。

 また井戸を借りた家に向かい、石鹸と藁束を交換してもらった。

 草履は編んだことはないけど、今のわたしは藁編みマスター。頭の中で設計図を作り上げ、編み始めた。

 二十分もしないで完成。我ながらいい出来だと思うわ。これならどんな道でも足を傷つけることなく歩けるでしょうよ。

「布を買ったら靴下を作らないとね」

 お母ちゃん、料理は得意だけど、繕い物は苦手だ。服とかは繕いせず買っているそうだ。

「う~ん。いろいろ作りたいけど、数を絞らないと中途半端になりそうね」

 まあ、何をやるかは今度にして女の子の足を綺麗にしてあげましょう。

 足を綺麗にしても女の子が起きることはない。このまま夜になったらどうしましょう? さすがに背負うほどの力はない。

 それは暗くなってから考えるとして、小さな竈を作りましょうか。野菜スープもまだ残っているしね。温めてお昼にするとしましょう。

 竈を作るのは慣れたもの。手頃な石を集め、枯れ葉や小枝を集め、火起こし道具で火を点けた。

「さすがにマッチは欲しいわね」

 わたしが作った火起こし道具でも火を点けるまで五分は掛かる。マッチとまではいかなくても火打ち石は欲しいところだわ。

「魔法で火を点けることは出来ないかしらね」

 おばちゃんの中に魔法で火を点けられる人が何人かいた。ってこと貴族しか使えないってわけじゃない。能力があるかどうかだ。ただ、あるかどうかを調べるには冒険者ギルドで鑑定してもらい、魔法使いから教わるそうだ。

 漫画や小説のように魔力を感じてイメージを含ませる、ってわけにはいかないのかな? 指パッチンで炎とか出してみたいものだわ。

「魔力ってどんな感じなんだろうね?」

 瞑想して探ったりもしたけど、わたしには才能がないのか魔力を感じられなかったわ。

 壺を温め、芋餅を枝に刺して炙っていると、女の子が目を覚ました。

 眠気より空腹が勝ったのかな?

「おはよう。少しは疲れが取れた?」

「……う、うん……」

 よかった。しゃべれないってわけじゃなさそうだわ。

「起き掛けだけど、食べられる? 無理なら水を飲む?」

「……た、食べたい……」

「じゃあ、パンを野菜スープに付けてゆっくり食べるといいわ。急いで食べるとお腹がびっくりしちゃうからね」

 絶食した後にいきなり食べると胃が痙攣すると聞いたことがある。それで死んじゃうこともあるからね、胃を慣らしながら食べないと。

 パンを渡し、野菜スープに付けて食べてもらった。

 先程は空腹に我慢出来なかったみたいだけど、少しお腹が膨らんで落ち着いたのでしょう。ゆっくり食べてくれたわ。

 お弁当の大半を胃に収めたらまた眠くなったようで、船を漕ぎ始めた。

「夕方まて休みなさい。わたしが横にいるから」

 夏が終わる季節とは言え、まだ暖かい。風邪を引くこともないでしょうよ。竈に火をくべたら寒くならないでしょうしね。

「……ありがとう……」

 そう口にすると、眠りに落ちてしまった。

「いい子みたいね」

 ちゃんとお礼が言えたんだからずっと一人だったわけじゃないみたいね。

 それから夕方まで起きることもなく、さすがにこれ以上はと女の子を起こした。

「ごめんね。もう夕方だし、そろそろ帰らないとならないの。あなた、帰る家はある?」

 ないだろうと思いながらも尋ねた。

「……ない。婆様が死んじゃったから……」

 つまり、天涯孤独ってわけか。わたしと同じ年齢でそれは辛いでしょうよ。

 十五歳まで生きたとは言え、わたしの精神年齢なんて十三歳にも満たないでしょう。まだまだ子供と言っていいわ。けど、この女の子よりは上な精神と知識は持っている。

「わたしは、キャロル。あなたは?」

 出会ったときに名乗ったけど、覚えてないでしょうからもう一度名乗った。

「ボ、ボク、ティナ」

 おっと。ボクっ娘かい! まさか異世界でボクっ娘に会うとは夢にも思わなかったよ!

 いや、まさか男の娘じゃないよね!? 眠っている間に確認しておくんだったわ!

「ティナか。可愛い名前ね」

「……あ、ありがとう……」

 可愛いと言われて照れたということは女の子で間違いないってことね。服を捲ったらゾウさんがこんにちは! ってことにならないってことだわ。いや、わたし、見たことないけどさ!

「帰るところがないのならわたしのうちに来る?」

「……い、いいの……?」

「大丈夫、とはさすがに言えないけど、これから秋になるから人手は欲しくなるわ。収穫を手伝ってくれるならお母ちゃんやお父ちゃんも許してくれるわ」

 勝算はある。

 キャロルと前世のわたしが融合してから家に貢献してきたし、二馬力になればやれることが増える。薪を集めに山にだって入れるわ。ティナの言葉からして婆様との二人暮らしだったのでしょう。

 なら、生活するためにティナも働いていたってこと。つまり、生活力はあるってことよ。それなら二馬力どころか四馬力にだってなれるかもしれないわ。

「ティナは鉈、使える?」

「うん。鉈の他に斧も使える。薪集めはボクの仕事だったから」

 それはいいじゃない。じいちゃんが使っていた斧をティナに使ってもらうとしましょう。この出会いは運命だったのかもしれないわね。
 小さい頃は幸せだった。

 とう様もかあ様も生きており、婆様《ばばさま》と四人、楽しく暮らしていた。

 けど、かあ様が病気にかかってから幸せは崩れていった。

 ボクらが住む場所は山の中で、人の暮らす村までは半日以上歩かなくちゃならない。滅多なことでは下りることもなかった。

 とう様が村の薬師から買った薬は全然効果はなく、寝込んでから数日で死んでしまった。

 たくさん泣いたけど、山の暮らしは優しくない。やるべきことは多く、ボクもやらなくちゃいけないことはたくさんあった。

 料理は婆様。とう様は狩り。ボクは水汲みと畑仕事。毎日、休むことは許されない。一日休めば取り返すまでに二日分の仕事をしなくちゃならないのだ。

 それでも苦はない。まだとう様がいて婆様がいる。なんとか暮らしは出来ている。きっとまた幸せな日々が来ると信じてがんばった。

 でも、現実は残酷だ。狩りに出たとう様が帰って来なかったのだ。

 一日二日と過ぎて行き、五日過ぎてもとう様が帰って来ることはなかった。

「ティナ様。元気なうちに山を下りなさい。婆はここに残り、ゼノア様を待ちますから」

 六日目になり婆様がそんなことを言った。

「婆様一人で残るなんて無理よ!」

 もう腰が曲がり、家の周りしか歩けなくなった。一人残っても死ぬだけだ。

 何とか婆様を説得し、わたしが十五になるまでここに残ることを納得させた。

 大きい獣は無理でも鳥やウサギを狩るくらいはボクにも出来た。婆様と自分の食い扶持くらいなんとか出来るさ!

 なんて決意も半年も持たなかった。婆様が風邪を引き、朝には冷たくなっていたのだ……。

「一人になっちゃった」

 乾いた笑いが漏れてしまう。

 何をすることもなく、ただ一日が過ぎていく。このままではダメだとわかっていても何もしたくなかったのだ。

 ベッドの上で丸くなり、幸せだったときを思い出す。

 ……このまま死んじゃうのかな……。

 空腹と恐怖でまた涙が流れてきた。

 もうこのまま死んでもいいやとぼんやり考えていると、獣の鳴き声が耳にとどいた。

 ……もしかして、ご、轟竜の群れ……?

 前に聞いたことがある。とう様の話ではもっと山の奥に住んでおり、こんな人里に近い山には出て来ないと言ってたが、ウールがたくさん出たときは下りてくるそうだ。

 ゴォオオォッ! という咆哮から轟竜と名付けられたとか。間違いなく轟竜の群れが近付いている。

 このまま死ぬのもいいかもと思いながらも轟竜の咆哮に恐怖を感じ、気付いたときは家から飛び出していた。

 恐怖に追い立てられ、無我夢中で山道を走った。走って走って走り続け、気がついたら山の麓で目覚めた。

 朝露で喉を潤し、前に行ったことがある村に向かって歩き出した。

 意識が薄らいできて、もう歩けないってとき、横からボクくらいの女の子が出て来た。

「おはよう。この村の子? わたし、キャロルって言うの」
 
 あちらもボクに驚いたけど、すぐに柔らかい笑みを浮かべてそんなことを言ってきた。

 何か返そうとするけど、喉が掠れて声が出なかった。

 その子は持っている水袋を渡してくれ、一気に飲み干してしまった。

 さらに食べ物を分けてくれ、何か美味しいものを食べたら急に眠くなってしまった。

 起きてからも美味しいものを分けてくれ、夕方まで眠るよう勧めてくれ、体を揺らされて起きると、陽が傾いていた。

 女の子はキャロルと名乗り、自分のうちに来ないかと誘ってくれた。

 行くところがないボクにはありがたい話だ。人手が欲しいからと、見ず知らずの人間を誘ってくれるってどういうことなんだろう?

 山の中で生きてきたけど、とう様やかあ様から山の外は聞かされていたし、たまに村に連れてきてもらっていた。同じくらいの子と話したこともある。

 ……この子は、何かちょっと違う……。

 途中、キャロルはよくしゃべった。家族のこと、村での暮らしてのこと、自分がやっていることを話してくれた。

 キャロルの家はよくある家だ。いや、煉瓦で作った竈が二つもあり、ウールを一匹飼っていた。てか、ウールって飼えたんだ。とう様が何度も挑戦して、すべて失敗したというのに……。

「お母ちゃん。この子、親がいないんだって。うちで面倒見てもいい? いろいろ手伝ってもらいたいし、いいかな?」

 何とも軽い説明だ。小動物を拾ってきたときを思い出すわ。まあ、その日の夕食になったけど。

「あんたはほんと、唐突だよね。まあ、マグスも家を出るし、構わないよ」

 か、構わないんだ。さすが親子と言うべきなんだろうか……。
 
「え? あんちゃん、家を出ちゃうの? 何で?」

「行商人の弟子になったんだよ」

「行商人の弟子か。あんちゃんらしいね」

「本人も喜んでいたよ。昔から旅をしてみたいって言ってたからね」

 そのあんちゃんとやらが帰ってきた。キャロルとよく似ている。

「ティナ。まずは体を洗いましょうか。手足は拭いたけど、体は拭いてないからね」

 言われて手足を見たら綺麗になっていて、足の痛みも消えていた。

 井戸場に連れて行かれ、服を脱がされて石鹸で体を洗われた。

 ……誰かに洗われるなんて久しぶりだな……。

 婆様を思い出してしまい、自然と涙が溢れた。
 よかった。ゾウさんとこんにちは! とはならなかったわ。

「ティナって何歳なの?」

「十一歳。冬の終わりに産まれたって聞いてる」

 わたしは春生まれで十歳。一歳年上だったんだ。見た目は同じくらいなのに。栄養が足りてないのかしら。胸もぺったんこだし。

 服はわたしの替えを着てもらい、着ていた服は石鹸水に一晩浸けておくとする。

 あんちゃんが帰ってきて行商人の弟子となったお祝いと、お別れ会を行った。

 涙の別れ、とはならず、いつもより多い夕食を食べた程度のもの。喜びも悲しみもあったものじゃない。お父ちゃんもお母ちゃんもそれでいいの?

「おれも家業を継がず、ローザと一緒になってこの村に来たからな。お前たちもやりたいことがあるなら好きにしていいんだからな」

 長男は家を継ぐもの。女は嫁に行くもの。そんなのはうちにないようだ。

「わたし、旅してみたいかな?」

「旅? 冒険者になりたいのか? 冒険者は危険だと聞くぞ」

「危険なことはしないわ。ただ、いろんなところを見て回りたいだけだよ」

 こうして健康な体に生まれ変わったのだ、前世の分もしっかり生きて、世界を見て回りたいわ。

「まあ、キャロがしたいなら止めはしないが、冒険者にはなっていたほうがいいぞ。札を持っていると他の町に入っても面倒がすくないって言うしな」

「ああ。冒険者になれば身分証にもなるし、ギルドから仕事も受けられる。なっていて損はないぞ。おれも旦那から冒険者になっておけって言われたからな」

 行商人でも冒険者になっていたほうがいいんだ。

「それと、ちゃんと強くなっておけよ。女は襲われやすいからな」

 そっか。法律があった世界でも襲われるんだから、こんな法律があるんだかわからない時代では強くなっておかないとダメよね。自分の身は自分で守れだ。

 あんちゃんから冒険者のことを聞き、夕食が終わればベッドに入った。

 一人一部屋なんてない。寝室は皆同じ。わたしはお母ちゃんとお父ちゃんと寝てたけど、さすがにティナもは無理なので、あんちゃんがベッドを譲り受けくれた。

「土の上で寝るなんていつものことだし、これからはそんな生活なんだ、気にせず使え」

 あんちゃんイケメン! 無事、行商が出来るようミサンガを暗闇の中で編み、次の朝にプレゼントとした。

「精一杯の幸運を詰め込んでおいたわ。無事に帰ってきてね」

「ああ、ありがとう。ずっとしているよ」

 そう言って、あんちゃんが家を出て行った。

「……いつか、家族はバラバラになるものなのね……」

 いつまでも皆仲良く暮らしました、なんてない。それは前世で学んだことた。

「……キャロル……」

 ティナがわたしの手を握ってくれた。

 そっか。ティナも家族と死に別れたんだったわ。わたしより酷い別れをしているんだ、ただあんちゃんが旅立ったくらいで悲しんでいられないわね。前向きに行かないと。

「さて。わたしたちも仕事をしましょうか」

 あんちゃんの人生はあんちゃんのもの。わたしはわたしの人生を生きるとしましょうかね。

「仕事ってなにするの?」

「まずは水汲みね。ティナのところはどうしてたの?」

「小川から汲んでた」 

 ティナが住んでいたところは山の中で、水は小川から汲んでいたそうよ。

「力あるのね」

 井戸は初めてと言うから試しにやってもらうと、軽々しく水の入った桶を引き上げていた。

「いつもは桶二つを持って水汲みしてたから」

 見た目は清楚系の金髪お嬢様なのに、パワー系なのかしら? 

 桶をひょいひょいと引き上げ、ほいほいと運んで行った。

 わたしも結構力持ちかと思ったらそうでもないみたい。普通だったようだわ。

 五分もしないで終了。わたしの立場がナッシング~。

「これで終わり?」

「う、うん。あとは朝食を食べてからだね。せっかくだからティナの髪を洗いましょうか」

 昨日は夕方で冷えてきたから止めたけど、今日は天気もいいし、竈を使われる前に使っちゃいましょう。

 マー油を作るためにおばちゃんたちが薪を持ち寄ってくれたので、薪が結構あるねよね。

「あ、ティナがいたらお風呂が作れるかもしれないわね」

 このパワーがあればそう難しくないはず。諦めていた夢が叶うわ!

 竈に大壺を掛け、水はティナに運んでもらい、わたしは小枝と薪を放り込んで火をつけた。

「ティナって魔法は使える?」

「うん。身体強化魔法が使える」

 なぬ? 身体強化魔法とな!? どんなもの! とお願いしたらわたしをひょいと持ち上げた。

「キャロルなら四人くらい大丈夫だと思う」

 し、身体強化魔法スゲー! 魔法スゲー!

「いいな~。わたしも魔法使いたいな~。早く冒険者ギルドで魔力があるか調べてもらいたいよ」

「キャロル、魔力ならあるよ。それもかなり多い」

「え? ティナ、わかるの?」

「うん。あるってくらいなら」

 マ、マジか!? わたしに魔力があったんだ! やったじゃん! お父ちゃん、お母ちゃん、わたしを産んでくれてありがとう!

「どんな魔法が使えるの?」

「そこまではわからない。鑑定魔法で調べないと」

 鑑定魔法? そんなのがあるの? それまではどうやって調べていたの?

「ボクは小さい頃調べてもらったって聞いた。あ、冒険者ギルドでもお金を払えば調べてくれるって聞いたことがある」

 冒険者ギルド、か~。

 まあ、まだ冒険者ギルドには行けないのだから、使えるその日に向けて魔力増幅に力を入れるとしましょう。
 ティナのお陰で薪を集めが三回の往復で完了してしまった。

 身体強化魔法のお陰でもあるんでしょうが、長年鍛えてきた技が木を伐るのも難なく倒せたし、均等に切ることも鮮やかだった。

 運ぶのもわたしの倍は積み上げ、これまた難なく家まで運んでしまったのだ。

「ティナがいてくれて本当に助かるわ。いっぱい働いてくれたからいっぱいたべてね」

 魔法も使うとお腹が空くようで、わたしの倍は食べている。リアルファンタジーは夢がないわよね。

「肉がなくてごめんね。籠が売れたら買うから」

 市場で売ってこいと言われているけど、早くお風呂に入りたいから後回しにしちゃったのよね。泥煉瓦を乾かしている間に行くとしましょうかね。

「弓矢があるなら鳥を狩れるよ」

「え? ティナって狩りも出来るの?」

 どこまで優秀じゃないのよ。パーフェクトヒューマンか?

「大物は無理だけど、鳥ならよく狩ってた」

 鳥、か~。鳥肉ってどんな味したっけ? 前世で食べたかも記憶にないわ。

「弓か。じゃあ、作ってみるわ」

 形はわかるし、矢も竹で作れる。風切り羽根はタワシのがある。試行錯誤を繰り返せば作れるでしょうよ。

「キャロルって器用だよね」

「それしか取り柄がないからね」

 まあ、知識や技術がないから試行錯誤を繰り返していいものに近付ける。今のキャロルには根気が加わった。いいものを作るまでめげたりしないわ。

「弓にはどんな木がいいかわかる?」

「鳥射ち用の弓なら材質は特に問わない。下手に強力にすると吹き飛ばしちゃうから」

 確かにティナの力で射てば熊でも殺せそうだ。それなら竹でいいかもしれないわね。

「じゃあ、ティナは泥集めしてくれる? わたしは弓矢を作るから」

「わかった。任せて。ボクも肉食べたいし」

 狩りで暮らしてたようで、食事にはいつも肉が出てたそうだ。

 と言うことで仕事を分担することにし、わたしは竹林に。ティナは泥あつめをした。

 また市場に行けなくなったけど、薪代が抑えられ、収穫期もまだ先。そう慌てることはないと弓矢作りに集中した。

 一メートルくらいの長さにして、竈で炙りながら曲げていき、馬小屋に落ちていた尻尾の毛で編んだ糸を張った。

 ビローンビローンと糸を鳴らし、張りの具合を音で確かめた。

 いい音になるまで糸の長さを調整。あ、尻尾の毛でギターとか作れるんじゃない? って、今は弓矢に集中しましょうっと。

 矢は簡単だ。ナイフで削っていき、風切り羽を松脂でくっつけ、尻尾の毛で固定した。さすがに鉄の鏃は用意できないんで、ハンマーで石を砕き、石で研いで鋭利にした。

「……キャロルの集中力、どれだけよ……?」

 石の鏃を五個作った頃、ティナが帰って来た。

「お疲れ様。早かったね」

「もう夕方だよ。泥集めも五往復したよ」

 ティナの視線の先に泥の山が出来ていた。あれ? いつの間に夕方に? まだお昼前だと思ってたのに。

「どおりでお腹が空いていたわけだ」

 何か鳴っているな~とはうっすら思ってたけど、腹の虫が鳴いていたのね。

「ティナ、弓矢の具合を確かめて。わたしは、お母ちゃんに何か食べるものもらってくるから」

 蒸籠を作ったから蒸かし芋を作れるようになったので、オヤツ用として作ってあるのよ。

 冷めた芋の皮を剥き、塩を掛けていただきます。うん、美味しい美味しい。

「ティナ、どう?」

「まあまあかな。でも、鳥なら問題ない」

 まあまあか。まだまだ改良の余地はあるってことね。

「矢は五本しかないけど、大丈夫?」

「大丈夫。一発で仕留めるから」

 わたし、失敗しないので、ってヤツかしら?
 
「じゃあ、明日は狩りをお願い。わたしは泥をこねて煉瓦を作るから」

「また集中しすぎないでね」

「わかったわ」

 なんて返事もどこへやら。またお昼を忘れて煉瓦を作ってしまいました。

「……キャロルを一人にするとダメね……」

 返す言葉もない。わたし、集中すると我を忘れるタイプみたいね……。

「あはは。で、狩りはどうだった?」

 と、首を切り落とした鳥(ガチョウ? カモ? なに?)が三匹、背負い籠に入っていた。

「凄いね! どこで狩ったの?」

 この近くに川なんてあったっけ? 池ならあったけど。

「薪を集めに行った山に沼があったからそこで狩ってきた」

 沼? そんなのがあったの? 全然わからなかったわ。

「ティナは捌けるの?」

「いつもやってた。すぐに捌く」

 井戸に向かい羽をむしると、パッパッパと捌いていった。職人かな?

「あ、骨は捨てないで。それで出汁を取るから」

 鶏ガラで出汁が取れたら料理にコクが出せるはずだわ。まあ、コクがどんなものか知らないけどさ。

「お母ちゃんに調理してもらいましょうか」

 唐揚げを食べてみたいけど、唐揚げの作り方なんてうっすらとしか記憶にない。てか、唐揚げ粉ってどう作るの? 小麦粉じゃダメなのかな?

 料理に覚醒したお母ちゃんは、マー油を発展させたロー油(ローザの名前から取ったそうよ)にしばらく浸けて油たっぷりのフライパンでじっくり焼いてくれた。なんでも野生の鳥は熱しないとお腹を壊すんだってさ。寄生虫でもいるのかな? 

 ……わたしのお腹よ、丈夫になーれ……。

 お腹に強くなる呪文をかけた。あ、皆にも呪文をかけておこう。

 お父ちゃんが畑から帰ってきたら夕食だ。

「鳥、美味しい!」

 こんな味していたのか! 感動なんですけど!

「ティナ、ありがとうね! とっても美味しいよ!」

「ほんとだよ。ティナのお陰で肉が食えるんだからね」

「ああ。いい子がうちに来てくれたもんだ。いっぱい食えよ」

 お母ちゃんもお父ちゃんも大満足。ティナの両親や婆様には申し訳ないけど、うちに来てくれて本当にありがとう!

 照れながらも満更じゃないティナ。ほら、たくさん食べなさいよ。
 朝食を食べたらお昼のお弁当を包み、市場で売るためのものを背負子に積み込んだ。

 ティナには籠や笊を棒に下げてもらい出発する。

「雨が降らないといいわね」

 今日はちょっと曇り空。天気予報もないから不安だわ。

「うん。でも、最近降ってないから降って欲しいっておじ様が言ってた」

 何気に様呼びが上品な響きのよね。本当はいいところの出なのかな?

 市場は前に来たときと同じくらいの感じで、兵士さんに今日売る籠と竹水筒を渡して市場に入った。

 蓙が敷かれたほうに向かい、左右に店を出してない一角で商売することにした。

「市場、か。ちょっと緊張する」

「わたしも最初のときは緊張したわ」

 それ以上に楽しみもあったけどね。

 蓙を敷き、売り物の籠や笊、竹水筒、そして、矢を並べた。

「買いにくるかな?」

「どうだろうね? まあ、のんびりやりましょう」

 珍しいものを売るわけじゃない。売れなくても仕方がないものばかりなんだから意気込まず、のんびり待つとしましょうか。

 まあ、ただ待つってのも暇なので、石の鏃を削るとする。

 ある程度形は出来ているので、砥石で研ぐだけ。ただ、水をちょくちょく汲みに行かないとならないのが面倒だけどね。

「……キャロル、暇……」

 水汲みから帰って来ると、ティナが泣き言を口にした。いや、表情でも語っているわね。

「暇なら市場を見てきてもいいわよ。わたしが見てるから」

 誰一人として見に来る者はなし。二人でいる必要はないわ。まあ、わたしは鏃を研いでるだけなんだけどね。

「キャロルがいかないならいい」

 何気に人見知りなところがあるティナ。山奥で暮らしてたからコミュニケーションの取り方がわからないんでしょうね。

「じゃあ、ちょっと遊びましょうか」

「遊び?」

「そうよ」

 わたしたちの前に店を開いている人はいないので、三メートルくらい離れた場所に円を描き、四重丸にした。

「石がないし、矢を使いましょうか」

 万が一のときのためにティナに弓矢を持ってきてもらっている。

 ちょうど矢は六本。三本ずつ分け、まずはわたしが円に向かって矢を投げてみる。要はダーツね。

「丸の真ん中に当てたほうが勝ちよ。ティナ、やってみて」

 ちなみにわたしの矢は円から外れました。

「わかった」

 ティナはひょいって投げると、円の中に入った。さすがね。

 何回かやると、ティナは二重丸の中に刺せるようになった。わたしは円の中に入ったり入らなかったりね。わたし、ノーコンやん。
 
「わたしじゃティナに勝てないから左でやってよ」

「わかった」

 それでもティナのコントロールは凄いもので、三重丸の中には入っていて、わたしが勝てることはなかった。

「ティナは矢の後ろのほうを持って投げてよ。全然勝てないっ!」

「……仕方がないな……」

 それでどっこいどっこいになり、やっとこさわたしが勝てた。

 なんてことやっていたら人が集まり出し、おじちゃんがやらして欲しいと言ってきた。

「じゃあ、小銅貨一枚ね」

 ここはお金を取るところだと思って言ってみたらおじゃんがすんなり小銅貨を一枚払ってくれた。

「ティナ、相手してあげて。おじちゃん。ティナに勝ったら小銅貨は返すよ」

 勝負のほうが燃えるはずだとティナに相手させることにした。

「よし、いいだろう。嬢ちゃん、勝負だ」

「三本勝負で一番真ん中に当てたほうか勝ちだからね」

 おじちゃんとの勝負はもちろん、利き手でやったティナの勝ち。

「もう一勝負だ!」

 勝負魂に火が点いたようで、小銅貨を一枚出してきた。

 それから三度、勝負を挑んできたが、ティナには勝てず仕舞い。怒るかな? と心配したけど、やりたい人が出てきておじちゃんを押し退けた。

「次はおれだ。ほら、小銅貨一枚な」

 そのおじちゃんも三回勝負したけど、ティナには勝てず仕舞い。ただ、結構いい勝負だった。

「おじちゃん、上手いね! ティナに勝ちそうだったじゃない!」

 下手に機嫌を損ねられても困ると、おじちゃんを煽てた。

「まーな。これでも昔は冒険者をしてたんだぜ」

「どおりで強いわけだよ! 練習されたらティナも危ないよ!」

 わたしの煽てに満更でもないようで、鼻の穴を大きくしていた。チョロいな、このおじちゃん。

「次はおれにやらせてくれ!」

 そこからは三番勝負にして、ティナと競わせた。

 お昼を過ぎても挑む人はやってきたので、別の人との勝負を勧め、矢を銅貨一枚で売ったら即完売。もっと作っておくんだったよ。

 ただ、人が集まると、なぜか他の物も買ってくれる不思議。すべてを完売してしまった。

 小銅貨三十八枚。銅貨十四枚になってしまった。わたし、商売の才能があったりする?

 なんてね。儲けたとは言え、物語の転生者からしたら雑魚みたいなものね。リバーシ、わたしやったことないし。

「ティナ。お肉買って帰ろうか」

 この世界でお金持ちになるより、美味しいものを食べるためにお金を使いたい。わたしは花より団子な女の子なのよ。

「うん。豚肉食べたい!」

 鳥には鳥の美味しさはあるけど、やはり豚肉のほうが食べ応えがある。明日の分も買うとしましょうかね。うふふ。
「お母ちゃん、たくさん売れたよ!」

 市場で稼いだお金をお母ちゃんに渡した。あと、豚肉もね。

「どんだけ売れたんだい? そんな大したものなかっただろうに」

 矢での遊びがウケたことを説明したら、何とも言い難い顔をした。

「……そうかい。まあ、よかったね。稼いだ金はあんたらで使いな。そのうち必要になるだろうからね」

「いいの? うち、大丈夫?」

「大丈夫だよ。そこまで貧乏じゃないし、二人がよく働いてくれるからね。好きなものを買いな」

 お母ちゃんがそう言うのでティナと山分けとする。

「ボク、よくわからないからキャロルが持ってて」

 まあ、何か買うってこともないし、欲しいってものもないので、わたしが預かることにした。

「明日は泥煉瓦を焼くとしましょうか」

 まだ秋の収穫には早い。それまでにお風呂を作っちゃいますかね。

 次の日から泥煉瓦焼きを始め、焼き上がるまでは矢作りをし、ティナは狩りに出かけた。

 焼き上がった煉瓦を並べ、接着剤として泥と灰を混ぜたものを使い、丁寧に組んでいった。

 二人用のお風呂なので泥煉瓦を二百個以上必要とし、また川に粘土を集めに行かなくちゃならなくなってしまった。

 水が漏れないよう内側を塗りたくり、中で火を焚いて乾燥させる。

「随分と大きい竃だね。鹿でも煮込むつもりかい?」

 お母ちゃんが来てそんなことを言ってきた。

「お風呂だよ。お湯を沸かして入るの」

 説明したじゃない。お風呂に入る文化がないから奇妙な顔をされたけどね!

 約十日のがんばりにより、お風呂が完成した。

 サバイバル動画で数回観ただけなので、これでいいのかはわからないけど、下から火を焚けば沸くはず。ダメなときは石を焼いて水に入れたらいいわ。

 ボタン一つでお湯が出ない時代はこんなにも大変なのね。やる気と根気がなければ最初の一日で挫折していたでしょうね。

 井戸から水を汲み、湯船に溜めるだけで汗だくだく。夏にやったら死ねるわ。

 お風呂に入る前に水浴びをするとはこれ如何に。一休さんでも説破《せっぱ》は出ないでしょうよ。

「あー気持ちいい」

 誰もいないし、恥ずかしがる体でもないのですっぽんぽんで涼み、体が冷めたら服を着た。

「服も作らなくちゃならないか」

 麻のシャツに麻のスカート。革の靴。貫頭衣のようなものよりマシだけど、質素なものには違いない。これで山に入ったりするのは心もとないわ。お金を貯めて冒険者のような装備にしないとね。

「──裸で何しているの?」

 おっと。ティナが帰って来ちゃったよ。

「あはは。汗かいたから水浴びしてたの。今から水を沸かすね」

 急いで服を着たらお風呂に薪を入れて火を起こした。

「ちゃんと沸くかな?」

 泥煉瓦を燃やして水を沸かす。動画では観たけど、実際、これでいいのかはわからない。煉瓦を組み立てるのも接着したのもうろ覚えだ。これで失敗したら笑い話だわ。

 まあ、わたしの人生は始まったばかり。失敗するのもまたよし。成功するだけが人生ではないわ。

「そう言えば、狩りはどうだったの?」

 毎日のように鳥を狩ってきたのに今日は手ぶらじゃない。いなかったの?

「ポロプが生ってたから狩りは止めて、こっちを採ってた」

「ポロプ?」

 ってなんぞや? って見せてもらったら黄色い果実だった。

「実は酸っぱいけど、蜂蜜に漬けると美味しい」

「蜂蜜はどうするの? 買うの?」

「巣を採って搾る」

 まさかの現地調達でした!

「さ、刺されるんじゃないの?」
 
 この世界の蜂がどんなものか知らないけど、刺されたら死んじゃうんじゃないの? アナなんとかで?

「大丈夫。採り方は知っているから。キャロルは壺と布を用意して」

「わ、わかった。あとで詳しく聞かせて」

 まずはお風呂だ。

 お湯が沸いたらすのこを入れる。直接は熱いかもしれないからね。

「ティナ。先に入っていいわよ。あ、でも、入る前に体を洗ってからね」

 ちゃんと洗うとき用のすのこも用意しておりまっせ。

 お互い、体を拭き合っているので恥ずかしいもない。ティナがスッポンポンになったら桶でお湯をかけてあげ、藁タワシに石鹸をつけて背中を洗ってあげた。前は自分でやってもらいます。

「はい。お湯に入っていいよ」

 さっき水浴びしたけど、火を焚いて煙たくなった。この日のために石鹸を作り、お風呂を作ったのだ、入らないって選択肢はないわ。

 服を脱ぎ、お湯をかけて石鹸をつけた藁タワシでゴシゴシと洗った。

 ……自分で洗うなんていつ以来だろう……?

 前世のわたしが死ぬ一年前からお風呂には入れず、ずっと看護師さんに拭いてもらう日々だった。こうして体を洗うだけで楽しいわ。

「背中、洗うよ」

 ティナが湯船から出てきてわたしの背中を洗ってくれた。

 背中の洗いっこ。漫画ではよく観たけど、こうして自分で体験すると体の奥がくすぐったいものよね。

「はい、終わり」

「ありがとー。じゃあ、次はわたしがティナの髪を洗ってあげる」

 石鹸での洗いになっちゃうけど、灰で髪を洗うよりはマシだ。やはり輝きが違うのよね。

 本格的に洗うと体が冷めちゃうので、さっと洗って湯に浸かった。

「お風呂、いいものだわ」

「うん。ボク、お風呂好きかも」

 夕暮れ時。二人で太陽が山に隠れるのを眺めながらお風呂を堪能した。
「何やってんだい?」

 そろそろ上がろうかと思っていたら、お母ちゃんがやってきた。

「お風呂だよ」

「貴族みたいなこと言い出したと思ったら、本当に作っちまったのかい?!」

 もう五日くらい作業してたのに、見てなかったの? いや、水瓶を三つに増やしたから井戸のほうに来る必要はなかったっけね。

「お母ちゃんも入る? 気持ちいいよ」

 お風呂文化がないから入らないかな? と思ったけど、お母ちゃんはノリノリ。服を脱ぎ出した。

「あ、入る前に体を洗ってよ」

 わたしたちは充分入ったので、お母ちゃんの背中と髪を洗ってあげ、湯に入ってもらった。

「気持ちいいねぇ~」

 全然抵抗がないわね。お湯に入り慣れてないと抵抗感があるとかテレビで観たときがあるんだけどな~?

 わたしたちは布で体を拭き、服を着る。涼む椅子が欲しいところよね。

「何してんだ?」

 と、次はお父ちゃんがやってきた。そろそろ収穫期だから遅くまで畑仕事をしているのよね。何しているかは知らないけど。

「キャロが風呂を作ったんだよ。ガロスも入りなよ」

 なんだろう。両親が一緒にお風呂に入るって、なんか微妙な気持ちになるわね。あや、中睦まじくていいんでしょうけど、ちょっと見ていられないわ。

「二人でゆっくり入りなよ。夕食はわたしたちで用意するからさ」

 ティナの手を引いてお風呂の前から立ち去った。

 それからのことはあえて語ることはしません。ただ、うちではよくお風呂に入るようになり、おばちゃんネットワークで入りにくる人が増えてしまった。

「薪が追い付かないわ」

 一日八人から十三人が入りに来るので薪の消費がハンパない。蜂蜜採りに行けないじゃないのよ。

 ティナと二人、木を伐っていい場所に来ているけど、家から約三キロも離れ、一日分の量しか運べない。そのせいで明るいうちの大半を使うことになっているのよ。

「馬とか欲しいね」

「そうだね」

 ティナの言葉に答えたものの、馬は高い。あんちゃんも小さい頃からお金を貯めて、死にそうな子馬うのが精一杯だった。

 何とか世話をして育ってたけど、エサ代を稼ぐのも大変だった記憶があるわ。

「こういうときこそアイテムボックスの出番なのにな~」

 ゲームのようなものじゃなくてもこの鞄がアイテムバッグになって……え? 木が入っちゃったわよ!?

 ヤケクソ気味に五十センチくらいの木を入れたら鞄の中に入ってしまった。

 いやこれ、納屋に放置してあった鞄だよ? うちの家宝でもなければじいちゃんが使っていた鞄だよ? なんの仕掛けもなかったものだよ? 何がなんだっていうの? 小人が気紛れで魔法の鞄にしちゃったの?

 もう一本入れてみたらすんなり入ってしまった。

「……マジか……」

 鞄に手を突っ込んでみたら木を出すことが出来た。

「……マジか……」

 何がなんだかわからないけれど、この鞄はアイテムバッグ化している。それは事実。なら、まずはこの鞄の容量と性能を調べる必要があるわね。

 伐った木を入れていくけど、伐った木をすべて入れてしまって確認しようがなかった。

「キャロル、どうしたの?」

 どうしたものかと考えていたら木を伐っていたティナがやってきた。

「それ、キャロルの魔法じゃない?」

 これこれしかじかと説明すると、 ティナがそんなことを言った。わたしの魔法?

「魔法には固有魔法ってのがあって、たまにそれを使える者がいるらしい。かあ様も聖魔法が使える人で、どんな怪我や病気を治せた。でも、固有魔法は自分にかけることはできないみたいで、病気で死んじゃったんだ」

 固有魔法なんてものがあったんだ。

「魔法も万能じゃないんだね」

「うん。だからとお様は病気にならないよう体を鍛えておけって、いつも言ってた」

 鍛えた結果がこの健康優良児体を生んだのか。もう健康魔法って固有魔法を持ってるんじゃないの?

「わたしの固有魔法って何かな?」

「わからない。固有魔法はいろいろあるから。冒険者ギルドで鑑定してもらうといいんじゃないかな?」

 鑑定とかもあるんだ。なら、魔力を測る謎水晶とかあるのかな? わたしが触ったら爆発しちゃうとか? いや、ないか。魔力がわかるティナが驚いていないんだからね。

「とにかく、この鞄にたくさんものが入れるようになったわ。たくさん木を入れるとしましょう」

 まずは木を集めることに集中しよう。お風呂にくべる薪はいくらあっても困らないし、麦の収穫が始まる前に蜂蜜を採りに行きたい。ポロプも早くしないと落ちちゃうって言うしね。

 ティナががんばって木を伐り、わたしが木を集めて鞄に詰めた。

「どんだけ容量があるのよ?」

 もう帰らないと暗くなるまで木を詰め込んだのに、いっぱいになる様子がない。チートか? わたしの固有魔法はチートなのか? わたしツエェェッが始まっちゃうの?

「キャロル。そろそろ帰らないと暗くなる。鞄のことは帰ってから考えよう」

「それもそうね」

 まだわたしの力かどうかもはっきりしてないし、固有魔法が何なのかもわかっていない。今は暗くなる前に帰ることを優先しましょう。ここは山の中。獣が出たらわたしたちに勝てる手段はない。明るいうちにさっさと帰るとしましょうかね。

 さすがに野宿する場所まで戻るのも面倒なので、近場の小川を見つけ、そこで石を集めて竈にし、枯れ葉や枯れ枝を集めて火を焚いた。

「そのまま食べるの?」

 マコモを枝を削った串に刺すティナに尋ねた。

「うん。焼いて食べるのが一番マコモを感じられる。美味しく食べるなら塩かな?」

「じゃあ、わたしは塩をかけて食べるわ」

 まずは美味しく食べさせてもらいます。

「ボクはそのまま食べる」

 塩をかけたのはわたしが焼くことにし、いい感じに焼けたら口にした。

「……美味しい……」

 焼ける匂いもよかったけど、食べるとさらに香りがよかった。さらに味もよかった。なんと表現していいかわからかいのが残念だ。これが金貨で取引されるのも頷ける。

「なぜこれで皆採らないの?」

「生臭いし、この辺は毒キノコが多いから採らないんだと思う。これまで食べたことないでしょう?」

「言われてみれば確かに。それに、道端になるものは食べるなって言われたかも」

「毒草が多い地だから食べないほうがいい」

 そうだったんだ。帰ったらティナから食べられるものと食べられないものを教えてもらおうっと。
 つい美味しくて十個も食べてしまった。うぷっ。

「これじゃ動くまで時間がかかりそうだわ」

 野宿するのはいいけど、これからだと大して採ることもできないうちに野宿の準備になっちゃうでしょうよ。

「マコモをたくさん採れたし、ポロプはいいんじゃない? どうしてもってんならマコモを売って買えばいい」

「買ってくれる人、いるかな?」

 この辺で食べないなら買ってくれないんじゃないの?

「他所から来る行商人なら買ってくれるんじゃない? 地回りの行商人じゃなければマコモのことは知っているはず」

 なるほど。自分たちで採るだけが入手方法じゃないか。ポロプを採りに来た人たちだって労力以上のお金を払えば売ってくれるでしょうよ。自給自足なんて出来ないんだからね。

「今から帰れば夕市に間に合うと思う」

 夕市か。わたしはまだ行ったことないけど、マーチック広場で夕方から始める市を夕市と呼ぶってお母ちゃんが言ってたっけ。

「じゃあ、そうしようか。もしかしたら帰る馬車があるかもしれないしね」

 来たときに乗せてもらったおじさんが言っていたっけ。

 野宿する広場に戻ると、運がいいことに帰る馬車があったので、お昼に食べようと思ったお弁当と交換で乗せてもらえるよう交渉した。

「構わないよ。忙しくて食べる暇がなかったから大助かりだ」

 なんでも夕市に出すために買い付けにきたおじさんのようで、マーチック広場まで乗せてってもらえた。

 おじさんはお弁当に喜んでくれ、機嫌がよくなってか、馬車のことを訊いていたら扱いを教えてくれた。

 馬は慣れているようで、わたしが手綱を握っても暴れることもなく、わたしの言うことを聞いてくれた。

「上手いじゃないか。嬢ちゃん才能あるぞ」

 なんてお世辞でもなんか嬉しいものね。鼻歌を歌いながらマーチック広場まで操らせてもらった。

「ご苦労様。ありがとね」

 馬の顔を撫でてやると、ぶるると鼻を鳴らして頭を擦り付けてきた。可愛いじゃないの。

「おじさん、ありがとね」

「ああ。行商人を捜しているならあそこに行ってみるといい。今なら酒でも飲んでいると思うぞ」

 時刻はたぶん夕方の四時くらい。まだ明るいけど、あと一時間もすれば暗くなるでしょうね。そのせいか、今がピークって感じだ。

 どんなものを売っているか見たいけど、今はマコモを売るのを優先するとしましょうか。

 行商人がいるという場所は屋台で、農民とも村人と思えない服装の男の人たちがお酒らしきものを飲んでいた。

「誰に声をかける?」

 ティナにそう問われて言葉に詰まらせてしまった。誰にしようか?

 なんだか気持ちよく飲んでいるところに声を掛けるってのも気が引けるし、誰が買ってくれるかもわからない。人のよさそうなのは誰だ?

「キャロ。マコモを焼けば人が集まってくるんじゃない?」

「おー! 確かに。匂いで誘っちゃいましょうか」

 そうと決まれば竈のあるところで火を焚き、マコモを串に刺して焼いた。

 たくさん食べたから食欲は湧いてこないけど、やっぱりいい匂いをさせるキノコよね。なぜ食べられなかったか不思議でたまらないわ。

 そんな匂いに釣られてか、若いお兄さんがやって来た。

「いらっしゃいませ。お一ついかがですか? 銅貨二枚でいいですよ」

「なら、一つもらおうか」

 躊躇いなく頼んだってことは、このお兄さん、マコモを知っていると見た。

「ありがとうございます! ここの人はマコモを知らないみたいだから嬉しいです」

 こちらはマコモの価値を知っているぞって臭わせた。

「へー。マコモを知っててこの値段かい」

「知らない人に高値をつけても仕方がありませんからね。知ってもらうための宣伝ですよ」

「君は賢いんだな」

 おっと。確かに九歳の女の子が言うことじゃなかったわね。

「エヘヘ。そうかなぁ~」

 ここは照れておこう。謙虚に出るのはさらに墓穴を掘りそうだからね。
 
「はい、どうぞ」

 お兄さんから銅貨二枚を受け取り、いい具合に焼けたマコモを渡した。

「あー美味い。久しぶりに食ったよ」

 知っているのに久しぶりってことは高くて食べられなかったってことかな?

「もう一つくれ。いや、五つくれ」

「はい、ありがとうございます」

 マコモはまだ焼いているので、焼けた順に渡していった。

 お兄さんが食べる姿と匂いに釣られてか、他の人も集まって来てしまった。

 わたしは焼くのを担当し、ティアにはお会計をお願いした。

 次から次へと集まってくるお客さんを捌き、背負い籠に入れた分がすべて売れてしまった。これならマコモの美味しさが知れ渡ることでしょうよ。

「嬢ちゃん。マコモはまだあるのかい?」

 他の人たちがいなくなると、お兄さんがそんなことを尋ねてきた。あ、行商人に売るのが目的だったんだっけ!

「はい、まだあります。欲しいなら明日持ってきますよ」

 このお兄さんなら買ってくれそうなので正直に答えた。どのくらいあるかは秘密だけど♥

「では、お願いするよ。おれはローダル。流れの行商人だ」

「わたしは、キャロルです。こっちはティアです」

 これから何かとお世話になるローダルさんとの出会いだった。