事が決まれば迅速に動くのがバイバナル商会。次の日には出発出来た。
「わたしも行って大丈夫なの?」
わたしたちは別の馬車に乗ってお城に向かい、不安そうなマリカルが何度目かの不安を口にした。
「大丈夫よ。獣人を知らないなら差別もないから。まあ、珍しがられるとは思うけどね」
こちらも何度目かの説得をする。
「ルルはマリカルの側にいてあげて。お嬢様の猫が慣れている姿を見たら文句を言う人もいないでしょうからね」
お城の人たちにそう悪い人はいなかったけど、ルルがくっついていれば獣人だからってことは言わないでしょうよ。同じ猫科(?)だし。
「りょーかい」
話のわかる猫でなによりだわ。
バイバナル商会が準備を進めてくれているお陰ですんなりお城に入れ、伯爵夫妻との面会を果たした。
「ラルフ、世話になる」
「歓迎致します、マレイスカ様、リアヤナ様」
奥様、リアミアって言ったんだ。知らんかったわ~。
しかし、何でわたしたちまで同行しないといけないのかしら? お城のことなんだから伯爵夫妻が取り仕切ればいいのに。
何てこと言えるわけもなし。声を掛けられるまで側仕えの方と控えていることにする。
「お疲れでしょう。まずは汗を流してください。城にも風呂を造りました。あと、蒸し風呂も。上がったら冷たい麦酒を用意しておきます」
へー。造ったんだ。お嬢様が話したときは乗り気じゃないって言ってたけど。何か変化があったのかしら?
「それはありがたい。蒸し風呂が気に入ってな、動いたあとに入らないと気持ち悪くて仕方がないんだよ」
おじさんはサウナ好きって聞いたから造ったんだけど、この世界のおじさんも大嵌まり。おじさんさんにサウナ魂でも宿っているのかしらね?
「せっかくだ。ラルフ殿もどうた? 爵位の服を脱いで裸の付き合いもいいものだ。それをサーシャ嬢の友人から教えてもらったよ」
全員の目がわあしに向けられる。うん。止めてください。
「キャロルだったな。娘から手紙を預かっている。返事を書いてやってくれ。候補教育で少し落ち込んでいたからな」
「畏まりました。お嬢様の心が晴れるような手紙をお書きします」
お嬢様からの手紙か。それは楽しみだわ。
「リアミア様は如何なさいますか?」
「わたしは遠慮するわ。茹でっちゃうから」
「それなら足湯を用意しております。足元を温めながらお茶でも如何でしょうか? いろいろお話を聞かせてください」
奥様も積極的ね。お城にいたときは物静かな方だったのに。貴族モードだと積極的になるのかしら?
「あら、いいわね。民宿でも浸かっていたわ」
足湯まで用意するとか、本当にどうしたのかしら? あの頃はなかったから急遽造ったってことだ。もしかして、お嬢様が何か言ったのかしら?
さすがにわたしを連れてってことはなかったけど、側仕え頭や執事長に呼ばれてしまった。
「あなたはあの頃からさらに影響力を増してますね」
執事長さんに呆れられてしまった。
あまり話したことはなかったけど、お嬢様のことで話すことは何回かあった。真面目な方って印象だったわ。
「畏れ入ります」
「まあ、今回はそれて助かりました。侯爵様と関係を結ぶのは難しかったので」
「お嬢様が動いたのですか? マレイスカ様はお嬢様のことを知っている口振りでしたが」
お妃候補は何人もいるのに、マレイスカ様はお嬢様の名前を口にしていた。選別に関わっているから名前を知ってたんじゃないの?
もちろん、メインでは関わってはいないでしょうが、選別員の一人、って感じじゃないかや?
「ええ。どうやら七人の中に選ばれたそうです」
「七人ですか。それは名誉なことなのですか?」
「はい。クラウンベルに選ばれるのはとても名誉なことです。さらにお妃にでもなればコンミンド伯爵家はさらに名が上がるでしょう」
クラウンベル? この王国にはそんな風習があるんだ。でも、クラウンって王冠って意味じゃなかったっけ? それとも別な意味か?
「コンミンド伯爵家はクラウンベルに堪えられるだけの力を持っているのですか?」
お妃を出した家ともなれば凄いことになる。足の引っ張り合いとか起こるんじゃない? そのときコンミンド伯爵家は対抗出来るものなの?
「さすがお嬢様に気に入られるだけはありますね。コンミンド伯爵家としてもロクラック侯爵家の後ろ盾が欲しいということです」
それはまた大変なことで。
「……もしかして、わたしにどうにかしろとおっしゃっているのですか?」
いや、無理でしょう! わたしにそんな力はないわよ!
「さすがにそんな無茶は言いません。ただ、協力をお願いします。バイバナル商会も頷いていただきました」
そう言われちゃったら断れないわ。ハァー。
「お嬢様が望むことならご協力させていただきます」
わたしの知るお嬢様はお妃なんて立場は望まないでしょうけど、嫌だと拒否することも出来ない。貴族は家を優先する生き物だからね。ただ、お嬢様が別のことを望むなら喜んでお手伝いさせてもらうわ。
「ただ、無茶なことは出来ないと心に止めておいてください。マレイスカ様はそんな思惑は見抜いている様子ですから」
ただのマラッカ好きのおじいちゃんってわけじゃない。たまに目が笑ってないときがあるからね。
「わかっています。あなたはマレイスカ様のご機嫌取りをお願いします」
そのご機嫌取りが難しいんだけどね……。
身分的に貴族の食事の席には同席は出来ないけど、それ以外は側に控えることが多かった。
……わたし、何なんだ? どんな立場でここなにいるの……?
いやまあ、立場を決められても困るんだけどね。わたしは冒険者になりたいんだし。
「マラッカも楽しいが、ジェドもいいものだな」
今、わたしの前でマレイスカ様と伯爵様がジェドに興じている。いや、この位置は側仕えの方がいるところ。わたしのような平民が立つ位置ではないわ。
「そうですな。まさかこんなに流行るとは思いませんでした」
やっぱり流行っているんだ。チェスを広めた人は典型的な転生者ムーブを起こしているみたいね。
まあ、こちらとしては転生者であることを隠し、そのムーブに便乗出来て大助かりだけど。
今のところこの世界にはわたし以外に二人の転生者がいる。チェスを広めた人は海の向こうに。ライターを広めた人は同じ大陸っぽい。話から海を伝って来たことからかなり遠いみたいだわ。
二人の会話に混ざることはなく、二人にお茶を注いだり、暖炉に薪を入れたりしているわ。
他の側仕えの方が嫌な予感しかしない。貴族のゴタゴタに巻き込まれたくないわ……。
お二方の会話は世間話で、ジェドを本気でやっている。いや、他にも考えていて言葉が発せられないって感じかしかしら?
「キャロル。サーシャの手紙は読んだか?」
突然、伯爵様が口を開いた。
「すべてではありませんが、三分の一は読んだかと思います」
単行本にした四冊くらいある。お嬢様、相当鬱屈しているんでしょうね。文面からもひしひしと伝わってきたわ。
「元気にしているか?」
「健康面はよろしいかと思います」
お妃選別のことは書かれてないけど、暮らしのことは書かれていた。まあ、それだけでも大変なことがよくわかったわ。
「そうか。クラウンベルに入ると面会するのも難しいからな」
「手紙は届かないのでしょうか?」
検閲は受けているようだけど、選別内容やお城のことさえ書かなければ問題ないみたいだ。まあ、その辺のことはよくわからないけど。
「親の力なしに勝ち取らねばならないものだからな」
「厳しいのですね」
まだ十三、四の少女には拷問みたいなものじゃないの?
「妃にはそれだけのことが求められるのだ」
「王子様には何が求められるのでしょうか?」
「王子に?」
「はい。妃に過分以上の期待を求められるなら王子様にはさらなる期待がかけられているのでしょうね。それとも妃となる方が王子様に足りないものを補わなければならないのですか?」
「フフ。アハハ! キャロルはおもしろい。確かに次の王たる者、妃に劣るようでは立つ瀬がないの」
「失礼さしました。言葉がすぎました」
「いや、お前はサーシャのお気に入りだったからな。率直なことを聞きたかったのだ」
わたし、たまに空気を読めなくなるからやらかしたと思ったわ。
「キャロルから見てサーシャ嬢はどう見えるのだ?」
「異才です」
「異才? 見た感じ、そうは見えなかったが」
「お嬢様は自分を普通に見せることも出来ます。わたしたちの前でも本当の思いは隠していました」
知能指数はかなり高いと思う。
でも、お嬢様の場合、ただ頭がいいってだけじゃなく、人の心にも敏感なところがあり、精神感応、テレパシー的能力があるんじゃないかってときが度々あったんだよね。
「もしかして、ですけど、お嬢様には固有魔法的なものがあるのではないですか?」
「そう見えるか?」
「間違っていたら申し訳ありません」
「いや、責めてはおらん。固有魔法を持つからこそクラウンベルに選ばれたのだ」
「能力の囲い込みですか?」
「ふふ。お前もお前で異才だな」
「わたしの場合は変人だと思います」
天才でも秀才でもない。ただ変わった娘なだけだと思うわ。
「アハハ! 変人か! 確かにお前は変わった娘だな」
正しく理解されて嬉しいわ。期待されても困るからね。
「確かにあのサーシャが望んだのお前だけだったな」
「お嬢様の度量には助けられました。あの方は王妃より外交官が向いていると思います。外国との交渉ならお嬢様は確実に利益を勝ち取ってくるでしょう」
狭い世界より広い世界で活躍したほうがお嬢様の才能は発揮されると思うし、お嬢様も幸せなんじゃないかと思うわ。
「王妃としての才能はないか?」
「ありすぎてお城を掌握すると思います」
あの方は思い切りがいい。必要となればお城を乗っ取るんじゃないかしら?
「……冗談に聞こえんな……」
「お嬢様はまだ自分の力に気づいてないのだと思います。でも、人と関わって行くうちに気付き、自分の力を理解し、使い方を覚えて行くでしょう。それを何に使うまではわかりませんが」
わたしとのおしゃべりでどんどん変わって行った。今はまだ内に向いているけど、外に向いたとき、その成長速度は目を見張るものがあるでしょうよ。
「お前は親より娘のことを理解しておるな」
「すべてを理解しているわけではありません。お嬢様の心はお嬢様にしかわかりませんから」
見せているようで重要なことは見せてなかった。一種、防衛本能が働いていたんでしょうよ。
「伯爵様。個人的な質問、よろしいでしょうか?」
「ん? 何だ?」
「聖女のウワサを耳にしたことはありますか?」
無礼かと思ったけど、話を変えるために訊きたかったことを口にした。
「聖女?」
「わたしのところにプランガル王国から来た者がいます。その者は星詠み様と呼ばれる、王国でもかなり特別な方から聖女を捜すよう命令されております。一国上げての捜索。となれば国家の存亡に関わる事象が起きつつあるということです。プランガル王国内で済むならこの国には関係ありませんが、近隣諸国を巻き込むようなら友人のためにもこの国のためにも協力したいと思い、無礼ながら伯爵様にお尋ねしました」
「聖女か。その話は時折耳にするな」
「確か、そんなお伽噺がありましたな」
やはり聖女伝説は各地にあるようだわ。
「これは友人から話を聞き、わたしが纏めたものです。ご一読いただければ幸いです」
ちゃんとマリカルと相談して書いたものだ。
プランガル王国の情報を晒すことになるけど、聖女の情報や他国の動きがわかればプランガル王国側としても不利なことはないはずだ。一国の情報なんてそう簡単に手に入れることなんてないんだからね。
「キャロル。それの写しはないのか?」
「一応、四部作ってあります。他の方からも情報を得られそうな場合を考えて」
伯爵様に出したのはわたしがコンミンド伯爵領の者だから。領主である方に出すのが筋ってものでしょう。
「どうぞ」
マレイスカ様にも纏めたもの渡した。
そう長い文章でもなく、マリカルが知っていること、わたしが推測したことを並べたので十五分くらいで読み終わった。
「事実の検証はしておりません。間違っていることや意図的に情報操作されているかもしれませんのでご留意くださいませ」
「お茶をくれ」
「畏まりました」
二人のカップにお茶を注いだ。
「……聖女か。海の向こうから聞こえて来たな……」
「コルディアム・ライダルス王国ですか?」
その国名、ローダルさんから聞いたな。
「ああ。聖女教会が設立されたと耳にした」
「ですが、あの国は守護聖獣が治める国でありませんでしたか?」
守護聖獣? そんなものがいるんだ。さすがファンタジーな世界よね。
「ああ。そうではあるが、新たな教会を立ち上げたというところが深刻さを語っておるなと思ったよ」
「聖女を立てるほどの何かがあった、と」
「であろうな。そうでなければ守護聖獣がいる下に聖女教会など立てたりはしないだろうからな」
黙り込むお二方。それだけ大変なことがあった、ってことでしょうからね。
「……防げた、ということでしょうか? それとも備えた、ということでしょうか?」
思わず間に入ってしまった。
「失礼しました」
「いや、よい。確かにそれは重要なことだ」
「そうだな。どちらか次第で我が王国にも関わってくるかもしれん」
「防げた、というなら解決策があること。備えた、というならこれから起こること。少なくともプランガル王国は備えようとしている」
あまり伯爵様と関わってこなかったからわからなかったけど、伯爵様ってかなり賢い方だったのね。
「我が王国は何も知らない、関わり合えない。蚊帳の外というわけか」
言い方を変えるなら対岸の火事、かな?
「王国は何年続いているのですか?」
「……約二百五十年だな。つまり、二百五十年前に何かあったということか」
「問題期間を足せば約三百年周期で起こる局所的災害。聖女なら解決できる災害なんて想像もつきませんね」
一個人が解決できる災害って何だ? この世界の災害って何よ? どんな定義なのよ?
「何もわからないことばかりか」
今はそうとしか言いようがないでしょうね。二百五十年前も関わり合えなかったみたいだからね。
「コルディアム・ライダルス王国に人を送ろうにもあの国とは国交を結んでおらんからな」
「物は流れて来るのですから商人を送らせてはどうでしょうか? 海から物が入って来ると言うならこの国に港はあるということですよね? コルディアム・ライダルス王国から来た船と交渉して商人を送ってはどうでしょう? コルディアム・ライダルス王国側の商人としてもこの国と関係を結べれば得でしょうし」
「そうだな。それしかないか」
つい差し出がましいことを言ってしまったが、決めるのはこの国の偉い人。国が動いたなら情報も入って来るでしょう。
「プランガル王国にも商人を送ってはどうでしょう。あちらの情報も得ていたほうがよろしいかと思います」
「確かに。帰ったら各所に相談してみよう」
マレイスカ様が立ち上がり、部屋を出て行った。
「……とんでもないことになったな……」
「ですが、マレイスカ様にコンミンド伯爵家の印象を強く植え付けられました」
びっくりした顔で見られてしまった。
「それがお望みだったのでは?」
そのためにマレイスカ様を招待したのでは?
「いや、まあ、確かにそうではあるが、計算ずくだったのか?」
「半分は思い付きです。わたしは、お嬢様を守りたいですから」
「そんなに深い間柄だったのか?」
「深くはないと思います。ただ、お嬢様にはお世話になりました。そのご恩を返したいのです」
すれ違ったくらいの関係だけど、お嬢様がいてくれたから今のわたしがいる。そのご恩は返さないとね。
「そうか。我が娘といいお前といい、怖い娘が揃ったものだよ」
わたしは怖くはないですよ。
聖女の報告や対策は国に任せ、わたしは本来の目的を果たすために動くとする。
マルケルさんと打ち合わせをし、マレイスカ様を鍛冶工房に連れて行った。
大まかな形は伝え、雑でもいいから形にしてもらった。
「重さや安定感はどうですか?」
「うーん。やはり重いな。安定感もよくない」
わたしも持たせてもらい振ってみる。
「確かに重くて安定感がありませんね。それなら鉄の板を貼るようにしますか」
手頃な鉄板を貼ってもらい、マレイスカ様に振ってもらう。
「まあ、悪くないな」
「では、いろんな型を作ってもらいますね。マルケルさん。革職人さんに握るところに革を巻いてください」
絵にしてマルケルさんに渡した。
「あと、工房名も棒に刻んでください。初めてマラッカ棒を作った工房として名を刻んでおきたいので」
プレートに記録を刻んで工房に掲げてもらいましょう。
「念入りだな」
「記録として残しておくことは大事です。元祖を他に捕られては堪りませんから。マレイスカ様の名を刻む許可もいただけますか? 初めてのマラッカ棒に製作番号とマラッカ棒を作った工房名、そして、マレイスカ様の名を後世に残したいので」
「わたしの名を後世に? 本当に残るものなのか?」
「歴史は残るものではなく残すものです。名と現物があれば数百年先までマレイスカ様の名、あ、肖像画も残したいですね。後世の者に変な風に描かれたら困りますし」
この時代に肖像画を描く絵師さんっているんだろうか? お城に肖像画ってなかったけど?
「貴族として名が残るのは名誉だが、そこまでやると気恥ずかしくなるのぉ」
ちょっと気恥ずかしそうにするマレイスカ様。わたしなら全力で拒否するけどね。
「自伝も残しておくとよいかもしれませんね。マレイスカ様を調べたいと思う歴史家さんもいるでしょうから」
「あまり大袈裟にするでない。気恥ずかしくて堪らんわ」
「失礼しました」
「アハハ。よいよい。自伝か。忙しい老後になりそうだ」
うん。気恥ずかしいながらもやる気はあるようだ。よかったよかった。
嬉しそうにマラッカ棒を振るマレイスカ様からマルケルさんを見た。そのサポートをよろしくお願いしますってね。
苦笑いをするマルケルさんだけど、わたしの言いたいことは察してくれたようで頷いてくれた。
「マレイスカ様。市場で食事でもしてみませんか?」
「市場で?」
「はい。経験したことがないことをしてみるのもよいと思います。王都がどんなかは知りませんが、ここなら王都ほど人はいませんし、知らない土地を歩いてみるのも楽しいと思います。土地土地の食事を楽しみ、そこにしかない空気を感じる。今しか出来ないことだと思います」
どんなに偉くても好き勝手に旅行など出来ないはず。引退した今だからこそ自由に旅行が出来るのだ、いろいろ見て回らないともったいないわ。
「そう、だな。町を歩くなどしたこともなかったな……」
遠くを見るマレイスカ様。偉くとも自由がないってのも嫌なもののよね。
「……第二の人生を歩んでください」
「第二の人生か。お前はおもしろいことを言うな」
「大きな役目から解放されたのです。残りを自分のために使ってもよろしいと思います」
それだけの財力と権力があるのだ。悪いことに使うんじゃなければ自分のために使ったっていいじゃない。わたしも授かった魔法を自分のために使っているしね。
平等なんてないことは前世で学んだ。恵まれた者がいれば恵まれない者もいる。努力じゃ覆せないものがある。あるものはある。ないものはない。あるなら使う。自分のために使うのよ。
「ふふ。お前を見ていると人生もまんざらではないと思えてくるよ」
「わたしは生きていることは素晴らしいことだと思ってますから」
運や才能が物言う世界でも努力で覆させることは多くある。生きていられるなら努力し放題なのよ。
「素晴らしいか。わたしもキャロルを見習うとしよう」
「はい。たくさん見習って長生きしてください」
と、柔らかく微笑んだマレイスカ様に頭を撫でられてしまった。わたし、そんなに幼く見えるか? いや、見えるか。他から十歳以下に見えているようだしね……。
「では、行こうか」
何だか人が変わってしまったかのようなマレイスカ様。今、何が起こったの?
「は、はい」
マルケルさんに視線を送り、先に人を走らせてもらう。何もないとは言え、この国の重鎮。もしものことがあってはならない。先に走ってもらい、準備を進めてもらいましょう。
「こうして歩くのもいいものだな」
「はい。いろんな人の暮らしが見えておもしろいです」
「……人の暮らしか……」
「本の知識ですが、社会は上から腐り、下から崩壊していくと書いてありました。わたしはコンミンド伯爵領に生まれて幸せですし、この光景が美しいと思います。十年後も二十年後も残していきたいです」
前世のわたしに故郷はなかった。あるとしたら病院でしょう。
こうして小さい頃から見た光景を残しておきたい。そして、大人になってもこの光景を見たいものだわ。
き、緊張で吐きそうだわ。
お城なんて一生縁がないと思っていたのに、領主様の命により足を踏み入れることになってしまった。
わたしは農家の娘として生まれ、針子見習いとして日々を過ごし、針師という高みまで登れた。
その道では高みに登れたけど、所詮、わたしは平民だ。貴族と関わり合うなんてことはないと思っていた。貴族には貴族専用の針師がいるからね。
そんなわたしがお城に上がるばかりか侯爵夫人なんて雲の上にいるお方の採寸をしている。緊張するなと言うほうが間違っている。吐かないだけ褒めて欲しいくらいだわ。
「変わった採寸をするのね?」
「はい。キャロルが考えた方法です。数字にして記録すれば奥様の針師も同じものを作れますので」
「それでは針師として仕事を捨てるようなものではないの?」
「どんなに技術を極めても一人でこなせる仕事は決まっております。なにより、針師は着てくださる方を満足させるのが仕事でございます」
針師は名を示すより技術を示すもの。名ばかりの針師は見かけ倒しだ。技術で勝たなければ針師の名が泣くというものだ。
「ふふ。立派ね」
「ありがとうございます」
なるべく冷静に感謝を述べた。
「あら、これは何の絵かしら?」
採寸が終わり、ルクゼック商会で売り出している厚手の外衣を着た奥様が胸に付けた商号《ロゴ》を不思議そうに見ていた。
「それはルクゼック商会を示す商号《ロゴ》と申します。」
「ロゴ?」
「はい。これもキャロルが考えたものです。これからは個人の技量ではなく商会の名を高めて商品を売る。この商号《ロゴ》の社会的地位を上げれば高貴な方も無視出来なくなると言っておりました」
正直、わたしにはその理屈はわからないけど、商会としては納得出来たようで、これからはそれを目指して行くそうだ。
「天才っているものなのね」
天才と言ってしまえば確かに発想は天才だ。人とは違うものを見ている。でも、あの子は努力の子だ。何か飛び抜けた才を持っているわけじゃない。出来ないからこそ出来るように何度も何度も繰り返し、少しずつ技を高めているのだ。
「そうですね。あの子は自分の才能に驕ることなくただ技を極めようとしているところが職人として尊敬出来ます」
遥か年下だけど、先達者にはちゃんと敬意を示し、職人の地位を高め、作品には職人の名前を刻まさせるようにしたのもあの子だ。あの子がいなければ職人はずっと地位が低かったでしょうね。
「バイバナル商会があの子を大切にするのがよくわかるわ」
ルクゼック商会もあの子を守るために全力で動いている。あの子は守らねばならない子だわ。
「マレイスカ様がお戻りになられました」
お城の側仕えの方が連絡に来てので、奥様に着替えてもらい、部屋から見送った。
「ふー」
安堵の息が出てしまった。
「緊張した~」
「ね~」
さすがにわたし一人では対処出来ないので針子たちを三人連れて来ている。
わたしですら緊張して吐きそうだったのだから若い子には身が削られる思いだったでしょうよ。人目がなければわたしも床に崩れていたわ。
扉が叩かれ、ハガリアさんたちが入って来た。
奥様の採寸だったので、男性陣には出てもらっていたのよ。
「ご苦労様。奥様のご機嫌はどうだった?」
「悪くなかったと思います。商号《ロゴ》にも興味が引いていたようです」
「そうか。商号《ロゴ》を覚えていただいたら御の字だな」
ルクゼック商会はそこそこ大きな商会だけど、侯爵夫人から見たらたくさんある商会の一つ。よほど興味がなければ覚えることはないでしょうね。
「キャロルはこれを見越して商号《ロゴ》を作らせたんですかね?」
「だろうな。あのお嬢ちゃんは、先の先を見て動いている。ルクゼック商会を大きくしてバイバナル商会を支えられるようにしているのだろう」
バイバナル商会の下に付くのはルクゼック商会として思うところはあるでしょうが、侯爵様と繋がれたのはバイバナル商会が大きかったから。ルクゼック商会単独では不可能だったでしょうよ。
「問題は、あのお嬢ちゃんがルクゼック商会をどこまで大きくするかだな」
本来なら喜ばしいことだけど、商売相手が大きすぎる。下手したら大手と張り合わなくちゃならないようになる。ハガリアさんとしてはバイバナル商会とルクゼック商会で相手出来るか心配なんでしょうね。
「王国で名の通る商会までにすると思いますよ。規格を作ったのだから」
規格さえわかれば針子でもそのとおりに作れる。と言うことは大量生産を考えていることだ。
「……商売をしていて怖いと感じたのは初めてだよ……」
見ている世界が何なのかわからないのに、莫大な利益を生むってことだけはわかる。なのに、こちらは理屈がわからないのだから怖くなるのも仕方がないわ。
わたしだって仕事は増えるとわかっているのに何を準備したらいいかわからないでいる。このあと、侯爵様がやって来る。
これを用意しててくださいとキャロルに言われているのに不安でしかないわ。
「革職人は来ているんですか?」
「ああ。緊張しているのを宥めているよ」
わかるわ、その気持ち。わたしだって正直、逃げられるなら逃げたいわ。
「マレイスカ様が来ます。ご用意を」
側仕えの方の言葉に気合いを入れた。勝負はこれからだ!
マレイスカ様のマラッカウェアが完成した。
さすが針師の技量は凄いものよね。もう魔法だわ。
「いいではないか。常に着ていたいものだ」
マレイスカ様も気に入ってくれたようだ。
「では、部屋着にしたものを作りましょうか? 人前に出ないのでしたらゆったりした寸法にも出来ますし」
ロコルさんの許諾はないけど、ルクゼック商会としてはありがたいことでしょう。
「それはよいの。人前に出ないときくらい緩やかな服でいたいからの」
「ロコルさん。お願いしますね」
「はい。すぐに作らせていただきます」
少し表情は固いけど、動揺はしてないみたい。覚悟は決まっているよね。
「本当は靴も新調したかったのですが、さすがに今日明日は不可能なので完成したらバイバナル商会を通じて送らせていただきます」
「靴はまあ仕方がないの。楽しみに待っておるよ」
「はい。マレイスカ様、着替えますか? それともその服を慣らしますか?」
「しばらく着ていよう。この服は本当によいからの」
「疲れていないのならマラッカ棒を少し振ってみますか? 服の強度も知っておくのもいいと思うので」
ロコルさんの作りに問題ないとは言え、マレイスカ様にそれはわからない。動いてみてこそわかることもある。安心して着てもらうためにも試してもらうのが一番だわ。
「そうだな。少し動いてみるか」
「ハガリアさん。マレイスカ様のお供をお願いします。わたしは夕食の手伝いがありますので」
ギョっとするハガリアさん。いや、ルクゼック商会が請け負っているんだから驚かないでくださいよ。
「なんだ、キャロルは料理人もやるのか?」
「料理というよりお酒の用意ですね。お城にあった本に蒸留酒の作り方があったので去年から試していたんです。いつか伯爵様に献上しようと思っていたのですが、せっかくだから一年熟成させたものを飲んでもらおうと思いました。その用意です」
「蒸留酒? お前は蒸留酒の作り方を知っておるのか? あれは一子相伝の技術だぞ」
「そうなんですか? 蒸留酒の仕組みは本に書いてありましたけど」
「それは基本中の基本だ。飲めるような蒸留酒などわたしでも滅多に飲めんぞ」
「基本さえわかればあとは創意工夫です。失敗を何度も重ねれば成功に辿り着けます。と言ってもお酒の味がわからないので成功しているか失敗しているかわかりませんけど」
この世界で初めて葡萄酒を口にした。いいのか悪いのかなんてわからないわ。
「……お前は本当に凄いのだな……」
「完成させたわけではありませんし、小樽に三つしかありません。おそらくですが、ちゃんと飲めるには三、四年は掛かるんじゃないかと思います」
蒸留酒の熟成期間なんて知らないけど、蒸留酒も年数を重ねたほうが美味しいんじゃない? よく何年物とか聞くしさ。
「美味しかったらバイバナル商会に作ってもらいます」
「……バイバナル商会は本当に大変だな。こんな変人を抱えなくてはならんのだから……」
なぜか呆れてしまった。何でや?
「では、失礼します。ハガリアさん。ロコルさん。あとはお願いしますね」
夕食まであと二時間くらい。氷を作らなくちゃならないのよ。
部屋を出て厨房に向かうと、ベテランの料理人さんたちが忙しく動き回っていた。
「料理長さん。氷を出せる魔法使いさんはどこですか?」
「第二厨房にいるよ」
と言われたので第二厨房に行ってみると、白髪の老人が椅子に座っていた。
「副料理長さん。この方がそうですか?」
「ああ。冒険者を引退して城で働いてもらうようになったマグリック老だ」
老は敬意するときに使われるはず。ってことはかなり高名な冒険者だったのかな?
「マグリック老。この子が氷を作れる魔法使いを雇うべきだと言った張本人だよ」
「キャロルです」
普通に名乗り、お辞儀した。
「なるほど。変わった子とは聞いておったが、確かに変わっておるわ」
今のどこに変わった様子があった? お辞儀しただけだよね?
「ふふ。お前さんの行動ではなく、魔力のことだよ。固有魔法持ちなんだって?」
「はい。転写系の固有魔法っぽいです。本当かどうかはわからないですけど」
「それでよい。無駄に調べる必要はない。そういうことにしておくとよい」
わたしが転写系じゃないって見抜いている? いや、追及してこないのなら流しておくべきだ。せっかく忠告してくれたんだからね。
「ありがとうございます」
「ふふ。なに、サナリクスのアルセクスはわしの弟子で、この仕事を紹介してもらった。その恩を返しているだけさ」
ってことはわたしが付与魔法であることを知っているわけか。
「アルセクスさんのお師匠様がよろしいんですか? 氷を作る仕事ですよ?」
「この歳になると仕事を探すのも大変だ。寝床をもらえて朝昼晩と食えるななら喜んで氷を作らせてもらうよ」
年金とかない時代だし、最後まで働かないといけないんだ。まさか異世界でも金貨二千枚問題に直面するとは思わなかったわ。
「堅実な生活が一番ですね」
「そうだな。それが一番だ」
まあ、わたしは危険な生活を送ろうとしているけどね。
マグリックさんの魔法に感動してしまった。
これまで魔法は見てはいたけど、ゲームのような魔法はこれが初めて。この世界の魔法、わたしが考えるより凄いのかもしれないわ。
「今の、何回できますか?」
「んー。数えたことはないが、十回以上は出来ると思うぞ」
三十畳くらいの倉庫が一瞬にして氷の世界になってしまった。
マグリックさんの表情からそう魔力を使った様子はない。少し歩いたていどのものでしかないみたいだ。
「お城の魔法使いになれたのでは?」
もしかして貴族の出ではないかしら? マグリックさんって。
「実力だけではなれんよ」
「人間関係ですか?」
「ふふ。人の世は強さだけではやっていけんってことだ」
「難しいんですね」
わたしはまだ人間社会に立って二年も過ぎてない。
「まあ、出世するだけが成功ではないさ。こうして人の繋がりでいい仕事にありつけた。城で頭を下げているより何倍もいい」
人の幸せは千差万別。マグリックさんが満足しているならわたしがどうこう言うつもりはないわ。わたしとしても氷を出せる系の魔法使いは欲しかったからね。
「しかし、冬に氷室を作って意味あるのか?」
「温度が一定じゃないと生物は長期保存出来ません。それを知るためにもまずは氷が凍る温度と凍らない温度で保存を調べるんです」
この時代に気温の数値は存在せず概念すらない。ただ氷室はあるようで、何でもかんでも冷やせばいいものじゃないってことは知られているそうよ。
「マグリックさんって、ゆっくり氷を作ることは出来ますか? 氷の中に空気を入れないように」
「変な注文だな?」
「そのほうが溶け難いんです。強いお酒なんかに入れると、普通に凍らせるより長く持つんです。実験しました」
「強い酒? 蒸留酒か?」
「はい。去年に仕込んだので伯爵様とマレイスカ様に飲んでもらおうと思いまして」
「蒸留酒は秘中の秘だぞ?」
「基礎は知られていて、蒸留酒という答えがあります。その間を探して行けは答えに辿り着くことは可能です。まあ、手間隙は掛かりましたけどね」
「それがわからんから世に蒸留酒は広まってないんだがな」
「まあ、蒸留するだけで一苦労ですからね。それをさらに飲めるようにするのは難しかったです。世に広めようとしたら莫大な資金が必要となるでしょうよ」
個人で作るとなると樽一つが精々じゃないかな? 元となるワインが三から四倍は必要だったからね。
「お嬢ちゃんは発明家にでもなる気か?」
「わたしは冒険者になるのが夢です。今はその資金稼ぎとコネ作りですね」
あっちにフラフラ、こっちにフラフラしているように見えているかもしれないけど、これでも考えて行動はしてますから。これも計画の一部なんです。
「冒険者なんぞ過酷なだけだぞ」
「そうならないための準備ですよ。わたし、危険なことがしたいわけじゃないですから」
世界を見て回るには冒険者になるのが一番なだけで、過酷な日々を送りたいわけじゃない。楽出来るところは楽をし、快適な旅が出来るように考えているんだから。
「マグリックさんの魔法を転写出来るようになれば暑い日でも涼しく過ごせますし、飲み水を集めることも可能です。そう言えば、火とか出せないんですか?」
「火は苦手だな。わしは、氷に長けていたからこれを極めてきたんだよ」
「……熱を操るってことですか?」
「熱?」
「はい。魔力で周囲の温度を下げて魔法を発動しているんですよね?」
「あ、いや、イリジクツだな」
「イリジクツ?」
「頭の中で現象を思い浮かべることだな。これがはっきりと思い浮かべられると発動効果が大きくなるんだよ」
イメージか。確かに呪文とか魔法陣とか見たことはないな。お嬢様に魔法を教えていた先生も魔法適正により教え方も違うとか言ってたっけ。
「ちょっと試してもらっていいですか?」
「何をするんだ?」
「ちょっと待ってててください」
その場から離れ、バケツに水を入れて戻ってきた。
「この水を強く振動させるイリジクツをしてください。水の粒を擦るように強く速く振動させるように」
「うむ。やってみよう」
バケツの水に手を向け、瞼を閉じて集中した。どうなる?
長年イリジクツをしてきただけあるのか、水から湯気が出てきてグツグツ煮えてきた。やはり魔法でも物理法則は起こせるんだ。
「どういうことだ? こんなことが出来るなんて……」
「上手く説明出来ませんが、手を擦ると温かくなりますよね。あれって擦れて熱が発生しているってことです。なら、その摩擦を止めて行けば冷たくなるんじゃないかって考えていたんです。やはり、マグリックさんは熱を操れる魔法使いなんだと思います。ただ、止めるほうに才能が片寄っていたんじゃないですかね?」
「……熱を操る……」
そんなこと考えたこともなかったって驚きね。
「イリジクツも良し悪しですね」
と言うか、この世界の人、感覚に頼りすぎじゃない。考えるな、感じろってか?
「これでお湯を沸かす魔法が手に入れられました」
付与魔法で熱を発生させるってことだ。マッチではなく熱を発する棒とかあってもいいわね。ヒートスティックとかいいわね。
「……酒に氷を入れて飲むのか……」
「暖かい部屋で冷たいものを飲む。贅沢ですよね」
まだ病院に入る前、炬燵に入って食べたアイス、美味しかった記憶があるわ。おとうさんもキンキンに冷えたビールは美味しいって言ってたわ。
「うむ。悪くはないな」
「そうですな。まあ、蒸留酒そのものが貴重すぎて飲めるだけで贅沢だ」
二人の口には合ったようで、飲む手が止まらなかった。アルコール度数高いんだから飲みすぎないでくださいね。
「もっと熟成させたらもっと美味しくなると思います。臭いでの判断でしかないですが」
アルコールの臭いがなくなればもっと美味しくなるんじゃないかな? 想像でしかないけどさ。
「確かにそうかもしれんな。まだ若いような気がする。木の渋みも感じる」
伯爵様のほうが味覚がいいのか、木の渋みまでわかるんだ。
「お酒作りは難しいですね。飲めたらもっと改良が出来ると思うのですが……」
「子供にはキツすぎるな」
「そうだな。わたしでもキツい。よほどの酒好きでなければこの酒精には耐えられんだろう」
「わたしではこれが限界なのであとは興味がある人にお任せします」
「バイバナル商会に任せるのか?」
「伯爵様が領地産業としてやるのもよろしいかと思います。やるとなれば資金と人材、場所が必要となりますから。ただ、個人で飲む分なら厨房で作らせたらよいと思います」
「……お前は、何を考えておる……?」
「わたしはしがない農家の娘です。後ろ盾もありません。自分のやりたいことを貫くには守ってくださる方を味方に付け、わたしが利益を生むと思わせなくてはなりません。でも、だからと言って囲われたくはありません。わたしは冒険者になりたいのですから」
怪しまれている状況では素直に話すしかないし、たぶん、ここが話すべきタイミングだと思う。
「利益を与える存在になる。しかし、バイバナル商会としても利益を得る器は決まっています。あれもこれもと手を出すことは出来ません。必ず取捨選択をするか、わたしを大人しくさせるしかありません」
出しすぎたらわたしを黙らせるほうに動くわ。捨てることも出来ないんですからね。
「蒸留酒を伯爵様に出したのも同じです。蒸留酒事業に手を出すならかなりの準備金が掛かります。それだけで他には手が出せないでしょう。お嬢様のこともありますから」
「なんだろうな。娘を前にしているかのようだ」
「お嬢様から知識を授かりました」
あの方は正真正銘の天才だと思う。前世の知識があるわたしとは完全に別次元の人だわ。
あれこれ勉強があったけど、お嬢様とのおしゃべりは凄く勉強になった。わたしの足りないものを得たって感じだったものよ。
「やはりか。サーシャがあるときから一変したと思ったが、お前が原因か。混ぜてはダメなもの同士が混ざってしまった感じだな……」
「お嬢様と出会えたのはわたしにとって僥倖。返し切れない恩をお嬢様か受けました」
だからお嬢様には幸せになってもらいたいのよ。
「話を戻します。一つの事業を成し遂げるには何年か必要とします。マラッカや民宿、娯楽宿屋と、バイバナル商会は全力で取り込むでしょう。そこにまた新たな事業をわたしが口にしたら、バイバナル商会は決断しなくてはなりません。わたしをどう扱うかを」
「捨てるに捨てられんなら黙らせるしかないな」
やはり伯爵様はそういう答えになるか。お嬢様の言ったとおりだわ。
「なので、事が静まるまでプランガル王国に旅に出ようかと思います。聖女の問題も知っておきたいので。その許可をいただけたら幸いです」
本当は王都に行ってお嬢様と会いたいところだけど、それぞれの事業が落ち着くまで二年くらいコンミンドを離れたほうがいいと思う。伯爵様の許可が選られたら大義名分も得られるしね。
「……そこまで計算ずくか……」
「そうならなかった場合も考えておるのか?」
「バイバナル商会や伯爵様のお仕事が急激に増えるでしょう」
わたしなど構っていられないほどにね……。
「……恐ろしい娘だ……」
「お嬢様の提案です」
「…………」
残りの蒸留酒を一気に飲み干してしまった。
「そこにわたしも入っておるのか?」
「急遽、入れさせていただきました」
マレイスカ様が来たことは偶然だけど、わたしが冒険者として旅立てるよう利用させていただきました。
「思い返せば確かに不自然なことや都合のよいことがあったな」
「気に入らないのでしたらお断りいただいて構いません」
「いや、気に入っておるよ。歴史に名を残すと言われて心躍らぬ貴族はおらん。よくもまあ、あの短時間で用意したものだと思うよ」
「バイバナル商会にがんばっていただきました」
「ふふ。お前の後ろ盾になるのも大変だ」
「それだけの利は与えてきました」
わたしの取り分は一割もない。生活費も自分たちで稼いだものでやっていた。残りはすべて旅に出るときのために貯めているわ。
「ハァー。わたしの許可で構わんのか? プランガル王国としたら他国の一伯爵にしかすぎんぞ」
「マリカルには手紙を送らせております。他国の中枢と関わりあるとなれば無下には出来ないでしょう。国を上げての大捜索。伯爵級との繋がりがある証拠があればあちらも信じてくれるでしょうし、無下にも出来ないはずです」
星詠みと呼ばれる固有魔法を持つ者がいる。真偽くらい見抜くことくらい出来るでしょうよ。
「……マレイスカ様。よろしいでしょうか? わたしとしては許可を出したいと思うのですが」
熟考した伯爵様がやっと口を開いた。
「王国の一大事に関わることなら反対は出来ん。まずはコンミンド伯爵の名で調べてくれ。こちらも根回しはしておこう」
「ありがとうございます」
伯爵様がこちらを見て手を振った。席を外せとね。
「失礼します」
一礼して部屋を退出した。
ほぼ許可が出たようなものなので、バイバナル商会が集まる部屋に向かった。
部屋にはマルケルさんや商会でも上の人が集まっていた。
「マルケルさん。ローダルさんって呼べますか?」
「ローダルを、ですか?」
「はい。ちょっと相談したいことがあるもので。春までに会いたいです」
わたしの言葉から不穏なことを感じ取ったのでしょう。表情が固くなった。
「まだ詳しいことは言えませんが、わたしたちはプランガル王国に旅立つかもしれません。その相談をローダルさんとしたいんです」
「……キャロルさんのことだから断れない状況になっているんでしょうね……」
「やるやらないはバイバナル商会が決めて構いませんよ。わたし、強制するの嫌いですから」
わたしは自由に生きたいと思っている。だから他者の自由も大切にしたい。断られたら諦めるわ。
「それがもう強制みたいなものなんですよ。ちゃんとバイバナル商会の利益も考えていますよね?」
「プランガル王国との交易権、とかですかね?」
伯爵様とマレイスカ様の後ろ盾があり、プランガル王国と繋がるマリカルがいる。これほどカードが揃っていて勝負を放棄する商人がいるなら見てみたいものだわ。
「……いつから考えいたんですか……?」
「旅に出ることがわたしの夢なんです。旅に出たいと思ったときから手札を集め始めました。今回、手札が揃ったから出したまでです」
王都に行けるカードが揃えられなかったからプランガル王国に行けるカードを切ったまでよ。
「その計画は決まったわけではないのですね?」
「計画の形が見えてきたのでマルケルさんに声を掛けました」
ちゃんと準備期間を与えないとわたしたちの関係が悪くなるからね。充分な準備期間を与えなくちゃ申し訳ないってものでしょう。
「ハァー。わかりました。こいらも話を進めておきましょう。その前にマレイスカ様のことを進めましょう」
「はい。わかりました」
夜もふけてきたのでバイバナル商会の方々には解散してもらい、また明日来てもらうことに。ルクゼック商会の方々はお城に泊まってもらう。わたしたちもお嬢様係として与えられていた部屋で休んだわ。
朝になり、奥様の服を作るのに付き合い、マレイスカ様や伯爵様の相手はティナやマルケルさんに任せた。
「とてもいい服ね」
奥様には散歩用の服を用意した。創作活動には外を歩くのも大事と聞いたことがあるからね、奥様の年齢に適した散歩服を作ったのよ?
「ありがとうございます。次はお抱えの針師に作らせてください。寸法は側仕えの方に渡しておきますので」
「本当にいいの? 他の針師に作らせたりして……」
「構いません。針師の方にこちらの腕を示すためのものですから」
特許とかない世界。いいものはすぐに真似される。だけど、称号《ロゴ》だけは付けないようにお願いしている。侯爵夫人の針師が称号《ロゴ》まで真似たら奥様の名を汚すことになる。
そういう法がないからこそ信頼は大事なのだそうだ。任される針師も奥様を敵にしてまで真似はしないでしょうよ。
それに、地方の針師が作った服を真似た服を作ったなど公言出来ないでしょう。よほどの恥知らずでもなければね。
「あなたの考えがまったくわからないわ」
「口で説明するのは難しいので、どうなるか見ていてください」
わたしも計算づくで動いているわけじゃない。ルクゼック商会の名が広まればそれでよし。その他は副産物でしかないわ。失敗しても構わないのよ。
「失礼します。キャロル。マレイスカ様の試しが終わりました。こちらをお願いします」
お嬢様係モードになったティナがやって来た。
「わかりました。ロコルさん。お願いします」
この場は側仕えの方々に任せてマレイスカ様のところに向かった。
「お待たせしました。服は具合は如何でしたでしょうか?」
「悪くない。やはり普段で着ていたいものだな」
相当気に入ったようね。
「それはなによりです。バイバナル商会を通じてお届けさせていただきます」
「それはありがたい。もうこの服がないと落ち着かんよ」
「キャロル。わたしにも作ってくれるか?」
伯爵様も気になるようでマラッカウェアを求めてきた。
「はい。大まかには作ってありますのですぐに採寸を致します。夜には完成させられると思います」
求められることは予想していたからね。パーツは作っておいたわ。
「……お前は、本当に用意周到だな……」
「お嬢様に教えていただきました」
「娘に? あいつも何か用意しているのか?」
「お嬢様ですからきっと何かを用意しながら日々を過ごしているのかと思います」
わたしたちにしゃべることはなかったけど、お嬢様なら何かを考えて行動しているでしょうね。
「……一度、娘と面会しなくてはならんな……」
会えるものなんだ。
「お嬢様と面会出来るのでしたら差し入れを用意しなくてはなりませんね」
「あまり変なものは送るなよ。変なものは弾かれるからな」
その情報に無言で頭を下げた。きっとあまり教えちゃいけないことだと思うからね。