この世界で真の仲間と出会えたからハッピーエンドを目指します!

 旅芸人一座はラッカルと言うそうだ。

 コンミンド伯爵領にも何度も来て、バイバナル商会主催のお祭りに参加したこともあるそうよ。
 
 お祭りは各商会が受け持ち、去年はお嬢様のおじいちゃんが死んだことでやらなかったみたい。

 今回、たまたま寄ったラッカル一座が挨拶しに行ったら壊れた楽器の話が出て、わたしのところにやって来たそうだ。

「歌って、どんな歌を歌うんです?」

「陽気なものがほとんどだな」

 団長さんも昔は楽器を鳴らしていた人で、今も楽士が足りないときは参加しているそうだ。

 どんなもんかと聴かせてもらうと、確かに陽気な音楽だった。ただ、曲は単調だ。強弱はあるけど深みはない。そんな感じだ。音楽家ではなく芸の一つ、ってことなんでしょうね。

「歌姫的な感じの人はいないんですか?」

「昔はいたんだが、村の男と結ばれて今はいないな」

「新しい人を加入させたりしないので?」

「歌を歌うのが好きってヤツはなかなかいないものさ」

 そうなんだ。気軽に歌うってことが出来ない時代なんだね。よく畑で歌う歌があるって聞くけど、この時代ではないし。

「歌うことが出来る人は欲しいですね。興行的には儲けられると思うので」

「儲けられるのか?」

「やり方次第じゃないですか? 人を魅了出来る歌なら人を集められますからね」

 歌の文化は低いみたいだけど、商売敵は少ない状態なら盛り上げられると思うな。

「キャロルさんならどんなことをしますか?」

 横で団長さんとの話を聞いていたルーグさんが入ってきた。

「そうですね。わたしならまず娯楽宿屋で芸を見せますかね。歌を聴かせたりお芝居を見せたりしますね。人気が出たら大きな町に芝居小屋を造って芸を披露する。認知されたらさらに大きな町に。そうやっ王都に大きな劇場を造る。人を集められる歌姫が生まれたら貴族もきっとやって来るでしょうよ」

 まあ、前世の記憶からだからどこまで受け入れられるかはわかんないけど。

「そうしたら芸人一座も旅をすることもなくなり、町で暮らせると思いますよ。まあ、人気が出たら我が町に来てくれとかになっちゃうかもですけど」

「……それが出来たらどんなにいいか。旅芸人なんて身分が低いからな……」

「低いなら高めてやればいいだけですよ。芸は根付きやすいんですからね」

「……な、なんか、お嬢ちゃんは凄いな……」

「そうですか? 別に凄いことは言ってないですよ」

 やるかやらないかの問題だけ。特段、凄いことなんて何一つ言ってないわ。

「キャロルさんは、自分の何が凄いかをわかってないのが問題です」

 問題だと言われても何が問題なのかさっぱりだわ。本当に凄いことなんて何一つ言ってないんだからさ。

「楽器、マルビールは好きにしていいですよ。試しに作ったものですからね」

 今出来る最高のギターは出来た(マリカルのものになっちゃってるけど)のであとのはいらないわ。

「そうだ。今日の夜にでもラッカル一座の芸を見せてくださいよ。民宿のお客さんも呼んで夕食観覧芸をやりましょう。わたしも歌うんで」

 知っている歌はそんなにないけど、二、三曲ならそれっぽく歌える。マリカルにも歌ってみせたから曲は大丈夫でしょうよ。

「夕食観覧芸、ですか?」

「まあ、夕食を食べながら芸を観覧する、ってことですよ。そこで受け入れられるなら民宿の出し物の一つとしたらいいかもですね」

 さすがにわたしが毎回やることは出来ないから歌姫を探さなくちゃならないけどね。

「レンラさんと相談しますね」

 民宿に行って夕食観覧芸のことを説明し、どうするかを語った。

「わかりました。お客様にお知らせしましょう」

「外の用意はわたしたちがやりますね。卓と椅子は出しててください」

 民宿のお客さんは今も来ており、四組ほど宿泊している。

 宿泊費とか聞いてないけど、お金持ちを呼んでいるから儲けは出ているっぽいわ。

「マリカル。手伝って」

 占い師業、どうした? ってくらいギターに夢中なマリカルさん。本当に転職しそうな勢いよね。

「何するの?」

 レンラさんに説明したことをマリカルにも説明した。

「人前で引くの!?」

「ちょっとした余興よ。別に失敗しても構わないわ」

 レンラさんにはちょっとした試みがあるから協力して欲しいと説明してもらうようにした。失敗込みの夕食観覧芸よ。

「キャロルって、ほんと度胸あるわよね」

「別に度胸なんていらないでしょう。失敗しても構わないものなんだからさ」

「そ、そうだけど、そう思えないのが普通なんだからね」

 そんなものなの? わたしにはよくわからないわ。

 職人さんたちにも手伝ってもらい、夕方までには席が用意できた。

「なかなかいい出来ですね」

「本当はもっと凝りたいんですけどね。今日はこのくらいにしておきます」

 さすがに舞台は無理でも幕を張りたかったわ。ちょっと華やかさに欠けるわ。

「キャロルさんが凝るととんでもないものになるのでこれで充分ですよ」

 まあ、確かに納得できるまでやったらいつになるかわかったもんじゃないわね。

「お客さんはどうです? 承諾してくれました?」

「はい。快く承諾してくれましたよ。初の試みに参加出来て光栄だそうです」

 やはりお金持ちは品がいいわよね。

「じゃあ、ちょっと予行練習しますね。何か気になることがあったら言ってください」

「はい。わかりました」

 ラッカル一座の人も集めて予行練習を開始した。
 あれ? わたし、作詞の才能あったりする?

 なんて勘違いしてしまいそうになるくらい替え歌(?)にして歌っていた。

 さすがに元の世界の歌をそのまま歌うわけにはいかない。単語を変えたりリズムを変えたりしないと聴いている人たちに受け入れられないからね。

 一曲終わると、お客さんたちが拍手してくれた。

「ありがとうございます。次は春の歌です」

 この世界、桜はないので春に咲く野花の名前に替えて歌った。

 わたしの歌にマリカルが合わせてくれ、ちょっとつたないながらもなんとか歌いきった。

 次はラッカル一座の楽士と演奏する。ちなみにわたしは木琴担当。ギターは作れたけど、引けるようにはなれなかったわ。人間って不思議なものよね。

 夕食観覧芸《ディナーショー》は三十分くらいで終了。レパートリーが少ないので三十分が限界なんです。

 まあ、ここの人たちは食事に長時間かけることはないし、夕食観覧芸《ディナーショー》って文化もない。まだ確立もされてないのだから三十分くらいがちょうどいいでしょうよ。

 お客さんたちが下がり、わたしたちも席で夕食兼反省会とする。

「素晴らしいものですた」

 レンラさんは絶賛だ。そうか?

「まだまだですね。子供のお遊戯みたいなものですよ」

 まあ、まだ十一歳のわたしがやるならお遊戯だけどさ。

「いえ、あんな催しをするなんて想像もできませんでした。お客様方も楽しんでいました」

「そうですね。キャロルさんの歌声もよかったです。あんな歌い方があるものなのですね」

 ルーグさんも絶賛な感じだ。

「歌だけではあのくらいが限界ですね。歌と歌の間におしゃべりを挟むといいかもしれませんね」

 Vチューバーの動画はあんまり視なかったけど、歌枠でトークが挟んであった。あれは歌だけでは間がもたなかったりダレないようにやっているものだったのね。

 ディナーショーがどんなものかわからないけど、歌ばかり歌ってはいないでしょう。トークも挟んでお客さんを楽しませているんだわ。

「娯楽宿屋ではお芝居を主にしたほうがいいかもしれませんね。お芝居をみせる一座ってどのくらいいるものなんです?」

 お芝居はあると言ってたけど、どのくらいの認知度なのかしら?

「そう多くはないな。芝居は場所や道具が必要だからな。酔狂な貴族の支援がなければやっていけんよ」

 パトロンってヤツか。そういう文化は辛うじてあるみたいね。

「バイバナル商会で支援って出来ます?」

「断言は出来ませんが、どうするか話していただけますか?」

「うーん。これは思い付きなんで、わたしの戯れ言として聞いてくださいね」

 やるやらないはバイバナル商会が決めること。わたしは思い付いたことを語るまで。強制はしないわ。

「まず、バイバナル商会に娯楽部門を作って、娯楽宿屋と民宿で芸を披露する。今ではどちらもそれなりの人たちには知られるようになりました。そこに娯楽を足すだけです。認知度が上がれば娯楽部門は離して王都に集約。貴族を招いて芸を披露する。文化として確立していく、って感じですね」

 まだこの時代にエンターテイメント業は確立されていない。なら、先駆者として名を残すとしましょう。バイバナル商会が、だけど。

「……儲かるのですか……?」

「娯楽宿屋や民宿が儲けているのなら儲けられると思いますよ。誰もやってない商売なんですからね」

 わたしは、娯楽宿屋や民宿がどれだけの売上を出しているかは知らない。けど、こうして続けているってことは採算が取れると踏んでやっているんでしょうよ。

「……話し合ってみます……」

「それがいいと思います。所詮、子供の戯れ言。どうするかは商売の玄人が判断すればいいと思います。やるんなら協力させていただきます」

 バイバナル商会が大きくなるんならわたしたちの後ろ盾としての力も増す。ハラハラドキドキな冒険はしたいけど、胃がキューとなる危険は冒したくない。波乱万丈はゴメンだわ。

「そのときはお願いします」

 今日はそれで解散とし、片付けは任せて家に戻った。

「キャロルって歌が上手だったのね」

「そう? 歌なんて好きに歌えばいいだけよ」

 別に歌手を目指しているわけじゃない。思うがままに気持ちよく歌えばいいのよ。聴かせるためではなく自分の心を出しているだけなんだからね。

「わたしよりティナのほうが上手そうだけどね」

「ボク?」

「うん。綺麗な声だし、肺活量も凄そうだしね」

 たまに鼻歌を歌っているから歌が嫌いってわけじゃなさそうだわ。

「人前で歌うなんてやだよ」

「別に人前で歌うことなんてないわよ。一人で歌えばいいのよ」

 わたしたちはそれを聴くだけ。

「わたしも歌いたくなっちゃったな」

 本当に占い師からミュージシャンにジョブチェンジしそうな勢いね。

「キャロル。また新しい歌を作ってよ」

「別にマリカルが作ってもいいのよ。空が青いとか風が気持ちいいとか、感じたことを詞にして音に合わせたらいいんだからね」

 娯楽が少ない時代。楽しみは自分で作り出さないとね。

「自分でか~」

「まあ、わたしも作るから自分でもやっみなよ。芸は身を助けるよ」

 何かそんな言葉があったはず。よくわかんないけど。
 また冬がやってきた。

 時が過ぎるのは早いものよね。

 今年は雪が少ないので、ただただ寒いだけ。お風呂に入るのも大変だわ。

「室内に作るんだたわ」

 お風呂は外だから服を脱ぐのも辛い。スウェーデントーチをいくつか置いて入らないと心臓麻痺を起こしそうよ。

「それなのに民宿は大繁盛よね」
 
 この寒い中、馬車に揺られてやって来る。なんか、お金持ちの間では結構有名になっているみたいよ。

「お嬢ちゃん、早いな」

 職人さんたちのところにパンを届けに行くと、職人さんたちが食堂に集まっていた。

「皆さんこそどうしたんです? こんなに早く?」

 今はまだ六時前くらい。職人さんたちも朝は早いけど、朝食は七時くらいからだ。まだそれぞれの部屋にいる頃だ。

「今度、お貴族様が来るそうでな、その準備をしなくちゃならんのだよ」

「貴族が? 庶民向けのところに?」

 お金持ちが来るようなところとして造ったけど、貴族を受け入れるようには造ってない。よく許したわね? いや、貴族から言われて断れないでしょうが、その貴族もよく来ようと思ったこと。

「何でもコンミンド伯爵様の紹介らしい」

 伯爵様の? 

「じゃあ、同じ伯爵様なんですか?」

 身分社会で紹介するくらいなんだから同等かそれ以上の人ってことだ。

「爵位は息子に譲ったお方らしいな。隠居したから旅がしたいんじゃないか? 貴族は隠居すると暇になるって聞いたことがあるからな」

 まあ、隠居ってことは引退したんでしょうから仕事はなくなるもの。元気なら暇で仕方がないでしょうよ。

「ってことは、貸し切りになっちゃうのかな?」

 まさか他のお客さんと一緒に、ってことはできないでしょうよ。

「そうだな。ご高齢な方でもあるから防寒対策を今からやっておくのさ」

 ほーん。確かにご高齢な方ならこの寒さはキツいわね。

「散歩道も作ってはどうです? 暖かい日には外に出るかもしれませんしね」

 寒い日は続いているけど、たまに暖かい日もあるものだ。そのときには外に出るんじゃないかしら? ずっと室内にいるのもキツいものでしょうからね。

「そうか。レンラさんに話しておくよ」

「はい。では」

 食堂を出て家に戻り、職人さんに聞いたことを皆に話した。

「ここも発展したものだ」

 ここに住んでいたティナからしたら感慨深いものがあるでしょうよ。

「キャロル。今日、山を下りて冒険者ギルドに行ってくるね。また探し物依頼を受けてくるよ」

 自分の食い扶持は自分で稼いでくると、たまに山を下りて探し物依頼を受けているのだ。

 占い師じゃなく探し屋と認識されているのがおもしろいわよね。

「ボクも行く。肉がいっぱいだし」

 今年の秋は鹿がたくさん出て、村にも被害が出るほどだったみたい。今年はゴブリンやら鹿やら散々な年みたいだわ。

 鹿肉で作ったソーセージや塩漬け肉が結構あるのよね。さすがに毎日は飽きたわ。たまには魚が食べたいわ~。

「魚がいる川ってないものかしらね?」

 いるのはいるんだけど、泥臭い魚ばかり。清流とかある山に行かないとダメなのかしらね?

 朝食を終えたらティナとマリカルは家を出て、わたしは山の中に作った訓練場で木刀を振った。

 ただ振るだけの訓練でも体力は付く、と思ってやっているけど、二十分もしたら飽きてくるもの。最後はいつも松ぼっくりを打って遊んでいるわ。ナイスショット!

「わたし、ゴルフの才能あったりして?」

 木刀の先で松ぼっくりを当てられるんだから凄いことじゃない? これを活かしたら武器って作れないかしら?

 何てこと考えながらゴルフクラブを作っていると、食堂のおばちゃんがやって来た。

「ここにいたかい。レンラさんが捜してたよ」

「レンラさんが? 何かあったのかしら?」

 用があれば昼か夜にでも声をかけてきていた。誰かを使って捜すなんて珍しいことだ。

 とりあえず家に戻ると、ルーグさんも一緒にいた。

「どうしました?」

「ちょっと見てもらいものがありまして」

 ルーグさんが抱えていた箱を近くの作業台に置き、中から二つ折りにされた板を出した。

 ……え? チェス……?

 チェスはやったことはないけど、盤はアニメで観たことはある。将棋ではないことくらいわかる知識はあります。
 
「これは?」

 チェスでない可能性もあるので顔には出さず尋ねた。

「ジェドという遊戯盤です。この駒を使います」

 うん。これ、チェスだわ。この世界ではジェドって呼ばれてんの?

「こういうのがあるんですね。お城では見ませんでした」

 この作りからして職人が丹精籠めて作ったものだ。かなりの値段になるでしょう。なら、庶民にはなかなか買えるものじゃない。貴族の遊戯でしょうよ。

「海の向こうの国から流れて来たものです。貴族の間でも流行ってきたそうです」

 バッテリーを作った人ではない? この世界、結構転生者がいたりする?

「で、なぜわたしに?」

「ジェドの遊び方を覚えて欲しいのです」

 ルールが書かれた紙を渡された。結構細かいのね。

「わたしも説明を読んでみたのですが、何となくしか理解できませんでした」

 頭のいいルーグさんが理解出来ないとは。チェスってそんなに難しいものだっけ?

 まあ、プロがいたくらいだから奥が深いんでしょうけど、動かし方くらいわかるものじゃないの?

「今度泊まりになるお方が好きだそうで、対戦出来る者を用意する必要があるんですよ」

「わたしにやれと?」

「いえ、遊び方を覚えて教えてくれれば助かります」

 まあ、それならいっか。どんなものか興味あるしね。

「わかりました。覚えてみます」

 さっそく説明書を読み始めた。
 うん。ルーグさんが理解出来ないのも頷ける。

 概念と言うか、馴染みのない人には理解できないところもあるわな。

 駒の配置や動かし方は、まあ、わかるでしょう。特殊ルールを説明されるとちんぷんかんぷんになる。キャスリングとかわかり難いわよ。何でそうなるんだって話よね。

「チェックとチェックメイトってそういう意味だったのね」

 漫画にはよく出て来てたけど、意味まで知らなかったわ。ほーん。

「よく出来たゲームよね」

 考えた人凄いよ。確かに全世界で流行るわけだ。納得の完成度だわ。

 大体の動かし方、ルールは理解したので駒を動かしてみた。

 ふんふん。なるほどなるほど。確かに奥が深いわ、このゲーム。

「キャロルさん。わかりましたか?」

 四日ほど経った頃、レンラさんがやって来た。

「まあ、大体は。貴族の方がおもしろいと思うのもわかります」

 暮らしに余裕がある貴族でないと普及はしないでしょうけどね。てか、これを広めた人、何でトランプを先に広めなかったのかしら? そっちのほうが需要があると思うんだけどな~?

「レンラさんも覚えてみますか? ルーグさんが理解出来なかったのは説明書を書いた人があまりわかってなかったからでしょう」

 まずは盤の向き、駒の説明、配置を教えたらレンラさんはすぐに覚えた。

 特殊ルールの説明はとりあえず省き、駒の動かし方を一つ一つ教えていった。

 やはり頭のいい人は理解力も高い。そして、頭脳戦にのめり込みやすい。真剣になりすぎて動きがわかりやすくなっているわ。

「この遊戯は頭脳戦であり心理戦でもありますね。レンラさんが考えていることが筒抜けです」

「……わたし、わかりやすかったですか……?」

「いえ、悪いと言っているわけじゃないですよ。遊びとやっているなら喜怒哀楽は必要だと思いますから」

「……どういうことでしょうか……?」

「レンラさんは賭けをしたことがありますか?」

「ピンコロなら」

 ピンコロ? そんなものがあるんだ。言葉からしてサイコロかな?

「今は遊戯として楽しんでますが、いずれこのジェドも賭けの対象になるでしょうね」

 アニメでそんなシーンがあった。この世界でも必ず賭け事となるでしょうよ。

「それは、まあ、仕方がないことでしょうね」

「そうですね。お金が動くことですから」

 止めろと言ったところで止めたりはしないでしょう。自然の流れは止められないわ。

「だから先に制していたほうがいいですよ。決まりを作り、場所を作り、流れを作る。今ならバイバナル商会が牛耳られますよ。幸い、場所は確保されてましからね」

 貴族が来るような場所がある。次に流れを作ればルールも決められるわ。今度来る人は地位の高い人なんだからね。

「……恐ろしい子です……」

 何かそんなセリフを言った漫画があったような? 何だったかしら?

「紳士クラブ」

「はい?」

「ジェドを愛する方々の集まりを称したものです。話が進んだら名称が必要でしょう? そのときに提案してみるといいですよ」

 この時代はまだ男性優位の社会だしね。紳士と名称したほうがいいでしょうよ。女性は女性で婦人会とかあるんだからね。

「……紳士クラブですか……」

「先を制するってそういうことだと思いますよ」

「…………」

 レンラさんが黙っちゃった。どうしました?

「まあ、やるやらないはバイバナル商会が決めたらいいと思いますよ。わたしではどうにも出来ませんからね」

 女で子供のわたしには紳士クラブをどうにか出来るわけでもない。男の人が決めて男の人が築いていかなくちゃならないからね。

「……話し合ってみるとしましょう……」

 そう言って帰って行ってしまった。がんばってください。

 わたしもジェドに飽きたので訓練場に向かってクラブを作り、打ちっぱなしで体をほぐした。

 冬が本格的になった頃、例の貴族が馬車を列ねてやって来た。

 馬車を見ただけで上位貴族ってのがわかる。伯爵以上って何だっけ? 公爵? 侯爵? まさか王族ってことはないわよね。いや、さすがにないか。それなら護衛の兵士とかもっと来そうだしね。

 民宿の正面はわたしたちの家の向こう側なので、どんな人が来たかはわからない。まあ、わたしたちが関わることもなし。いつものように過ごす……ことは出来ませんでした。

「こちらは護衛騎士隊のロックダル様です」

 なぜか偉い人を紹介されてしまった。

「キャロルと申します」

「ティナと申します」

「マ、マリカルです」

 わたしとティナはお城で教わった上位者の挨拶をする。連れて来るなら先に言って欲しかったわ。

「なるほど。サーシャ嬢のお友達係をやっていたことはありますね」

「ありがとうございます」

 何しに来たか教えてもらいたいのですけど。

「ロックダル様に周辺を案内してください。これから民宿はロックダル様の下に入りますので」

 なるほど。そういうことか。

「わかりました。ロックダル様。ご案内させていただきます。マリカルは家をお願い」

 教育を受けてないマリカルには酷でしょうからね。わたしとティナでやるとしましょうか。
 ロックダル様の話からやって来たお貴族様は、上位伯爵様らしく、大臣まで登り詰めた人のようだ。

 やっと子供にその地位を譲れたとかで、長年の疲れを癒しに夫婦揃ってやって来たそうだ。

 ……コンミンド伯爵様ってかなり強い伝手を持ってそうだ……。

「君は、かなり賢そうだね。度胸もある」

「そうですか? 無知なだけですよ」

「本当に無知な者は自分を無知など言ったりはしない」

 なるほど。言われてみれば確かにそうね。こりゃ一本取られたわ。

「キャロ」

 後ろにいたティナがわたしの前に出た。どうしたの?

「森に隠れているのはロックダル様の配下ですか?」

 相変わらず気配を感じるのが凄いわよね。何でわかるのかしら? 何か不思議感覚でも搭載されてんのかしらね?

「ハァー。こんな少女に見抜かれるとは困ったものだ」

「ティナは特別だから気にしないでください」

 固有魔法とは違う超感覚? 生まれ持った才能と張り合うなんて無駄だと思うわ。ティナはその感覚を愚直に鍛えているからね。勝てる人はそうはいないでしょうよ。

「森に潜むなら注意してくださいね。いろいろ罠を仕掛けてますから」

 安心して夜を過ごせるように家の周りには罠を仕掛けた。ルルの結界もあるから無用に近付くと危険である。

「正面から入って来るのなら問題ありません。他の方にもお伝えください」

「罠を解くことは可能か?」

「五日もあれば。解きますか?」

「いや、そのままで構わない。わたしたちは敷地内に集中するとしよう」

「わかりました。森に入るときは声をかけてください。わたしかティナが案内しますので」

 森に入る理由が何なのかは知らないけど、わたしかティナがいるなら問題はないわ。

「何と言うか、用意周到だな」

「子供が山で暮らすんです。用意周到にしなければ安心して暮らせませんよ」

「君らはなぜここに住んでいるのだ?」

「将来、冒険者になるための修行のためです。と言っても周りからは冒険者らしい修行をしているようには見えてないようですけどね」

 わたしも冒険者になる修行してんの? って思うときはあるけどさ。

「そうか。小さい頃から将来を見据えるのは大切なことだが、無理するなよ。バイバナル商会は君を大切にしているようだからな」

「はい。ご忠告ありがとうございます」

 バイバナル商会との繋がりもありそうだし、印象をよくしておかないとね。

 ロックダル様とは家の前で別れた。

「ふー。貴族を迎えるって大変ね」

 護衛騎士の人であれなら民宿はどうなっているのかしらね? レンラさんやマーシャさんは大変そうよね。お貴族様、それも上位伯爵様だった人を世話しなくちゃならないんだから。

「まあ、わたしたちはいつものとおりに過ごしますか」

 何てことが出来るわけもなく、マーシャさんから応援をお願いされてしまった。

「マレイスカ様が民宿の周りを見たいそうなので案内して欲しいの」

「わたしが、ですか?」

 ロックダル様には周辺の見取り図を渡してあるし、そう広い敷地でもない。案内なんていらないでしょう。

「ええ。お貴族様の相手を経験しているのはキャロルさんとティナさんしかいませんからね」

 何か他の理由もありそうな感じはするけど、嫌だとは断れないのだから引き受けるしかない。

「わかりました。服はどうしますか?」

「そのままで構わないわ。マレイスカ様も堅苦しいことを嫌う方のようだから」

 大臣まで登り詰めた人が堅苦しいことを嫌うものなんだ。破天荒な人なんだろうか?

「わたし一人ですか?」

「そうね。まずはキャロルさんでお願いします」

 まあ、案内に二人もいらないか。どうせ護衛騎士も付くでしょうからね。

 明日の朝、散歩をしたいと言うので、敷地内の掃除でもしておきましょうか。

 歩く場所の枝を切ったり石を退けておいたりと、やれることはやっておき、朝を迎えた。

 まだ陽が上がらないうちに起き出し、朝食の用意をしたら民宿に向かった。

 民宿も民宿で朝が早い。料理人は五時くらいから動き出している。

「おはようございます。何か手伝いますか?」

「こっちは大丈夫だよ。マーシャさんのほうを頼む」

 民宿は二十四時間体制なので、マーシャさんは朝を受け持っており、食堂で朝食の用意をしていた。

「おはようございます。側仕えの人はまだ起きてこないんですか?」

 レンラさんの話では四人連れて来ているそうだ。

「ご夫婦が起きるちょっと前に起きるわ。民宿のことはわたしたちでやるからね」

 確かにそうね。起きても仕事はないか。

 食堂は夫婦しか使わないので手伝いすることもなし。掃除は朝食が終わってからなので、時間まで休憩室で待ち、ロックダル様が入って来た。

「おはようございます。何か飲みますか?」

「ああ、紅茶を頼む」

 休憩室にはお茶の道具が揃っているので紅茶を淹れてあげた。

「ロックダル様も朝が早いのですね」

「いや、これでもゆっくり起きたほうだ。旅の間は朝も昼も関係なかったからな。少し気が抜けて困っているところだ」

 まあ、護衛しなくちゃならないしね。気を抜くことは出来なかったでしょうよ。

「護衛も大変なんですね」

「なに、役得なときもある。今回は特にな。食事も美味く、風呂にも入れる。護衛を引き受けてよかったよ」

 まだ一日も過ぎてないのに表情が柔らかくなっている。確かに気が抜けてるっぽいわ。
 マレイスカ様は六十過ぎの白髪のおじいちゃんだった。

 第一印象は柔和なおじいちゃん。けど、目が鋭さが一瞬で印象を変えさせた。この人、バケモノだ……。

「この子がウワサの神童か」

 神童? わたしが? なんじゃそりゃ?

「はい。本人は至って普通の子供だと思っておりますが」

 とはレンラさん。レンラさんもわたしのこと神童とか思ってたの!?

「なるほど。そのようだな」

 どうやら顔に出たようだ。マレイスカ様が可笑しそうに表情を緩めていた。

 身分の高い人がいるので反論はせず、やり取りはすべてレンラさんに任せている。

「サーシャ嬢の異才はこの子が原因か」

「正しくは、キャロルさんに感化された、でしょう。キャロルさんは、人と考えることが一段、いえ、二段くらい違っておりますから」

 レンラさん、貴族と話すの慣れてない? 昔、貴族でも相手してたのかしら? マレイスカ様も自然に相手してるし。

「それにしては場を弁えておるな」

「見極めているのです。キャロルさんは、観察眼もありますから」

 ヤダ。わたしのこと理解しすぎです。

「ふふ。それは下手なことを言えんな」

「キャロルさんは、それも考慮しております。しゃべらないことが雄弁に語っていると言われたことがありますから」

 え? わたし、そんなこと言ったっけ? まったく記憶にないんですけど。

「ほー。それは恐ろしいな」

「はい。キャロルさんにはウソはつけません」

 別に必要ならウソをついてもいいとわたしは思いますよ。正直がいいってこともないんだしさ。

「今さらだが、わたしはマレイスカ・ルズ・ロクラックだ。隠居した身だ。そう畏まらなくともよいぞ」

 漫画で読んだ。無礼講と言いつつ無礼にしたら怒られるヤツだ。

「キャロルと申します。よろしくお願い致します」

 上位に対する礼を忘れず名を告げた。

「では、案内を頼む」

 どうすんじゃ、これ? とは思ったけど、とりあえず外に出ることにした。

「マレイスカ様は、日頃から歩いておりますか?」

「いや、内務が多かったので碌に運動はしておらんよ」

 痩せてはいるけど、そこまで病的な細さではない。でも、何か姿勢が悪いな。

「少し失礼します」

 地面に足で一本線を五メートルくらい描いた。

「マレイスカ様。この線を目を閉じて歩いてもらえますか?」

「これは?」

「体幹を見るものです」

「たいかん?」

「年齢による衰えや姿勢が悪かったりすると、体の感覚や筋肉が劣るんです」

 カカシ立ちしてみせた。

「マレイスカ様、これで立っていられますか?」

「ど、どうだろうな?」

 そう言ってやってみると、二秒も姿勢を保っていられなかった。

「やっぱり体幹が弱っていますね。悪くなると体の臓器も衰えてくるので無理しない程度に体を動かすのがよろしいかと」

 一本線を目を閉じて歩いてみたけど、やはり一メートルとしてまっすぐ歩けなかった。

「……これほどだとは……」

「これから運動をすれば問題ないかと思います」

 この時代で五十歳を越えるのは大変だけど、貴族ならいいものを食べ、医療も受けられるはず。あとは運動すれば長生きは出来るでしょうよ。

「そ、そうか。これから運動するとしよう」

「では、歩きながら敷地内を案内します」

 ロックダル様を案内した道順でマレイスカ様を案内して行った。

「山の中もいいものだな」

「王都に緑はないのですか?」

 まったく相手しないのも失礼なので軽い質問をしてみた。

「多少はあるが、これぼと緑の臭いが充満するところは初めてだ」

 都会暮らしだったのか。それでいきなり田舎に来るってのも極端よね。何かあったのかしら?

「ここは?」

「わたしの訓練場です。わたし、体も小さく体力もないのでここで鍛えているんです」

 作業場ではないのであしからず。

「ん? これは?」

 道具を入れていた作り掛けのゴルフクラブを発見したマレイスカ様が不思議そうに手に取った。

「玉飛ばしの道具です」

 松ぼっくりを置いて、ゴルフクラブで打ってみせた。

「おー」

 ナイスショットにマレイスカ様が感嘆の声を上げた。

「おもしろそうだな。やらせてくれ」

 やっぱり男の人にはおもしろいものに見えるんだ。世のおじさんがゴルフに夢中になるのもこんな理由からなんだろうか?

 松ぼっくりを置き、もう一度手本を見せた。

「うーん。上手く飛ばんな」

「マレイスカ様の利き手はどちらですか?」

「左だ」

 だからか。わたしは右手だから左手の人が使ったら上手くもいかないか。握り方も違ってくるよ。

 急いで左手用のを削り、握り方を変えさせた──ら、上手く飛んでくれた。

「おもしろい!」

 ただ、松ぼっくりを打って飛ばしているだけなんだけどね。

「もうお仕舞いか?」

 さすがに何十個も集めてないのであっと言う間になくなってしまった。

「申し訳ありません。明日までに松ぼっくりを集めておきます」

「そうか。これ、借りてよいか? 朝食後に練習したい」

「はい。もっとよいものも用意しておきます」

 急造のゴルフクラブだしね。もうちょっとマシなものを作るとしましょう。

「これに名前はあるのか?」

「特にありません。よろしかったらマレイスカ様が名付けてください」

 ゴルフと言っても意味は? とか問われても答えられないしね。名付けてもらったほうが他から文句も言われないでしょう。

「わたしが名付けるのか。よし。マラッカと名付けよう。マレイスカは空と言う意味がある。ライカの実を合わせてマラッカだ」

 あ、この松ぼっくり、ライカっていうんだ。知らんかったわ。
 マレイスカ様、すっかりマラッカ(ゴルフ)に夢中だ。朝食を食べたらまたマラッカに誘われてしまった。

「ライカの実に代わるものはないのか?」

「んー。ちょっと待ってくださいね」

 木片を削り、糸を巻いて糊で固めて乾燥させる。

 それ一個では意味がないので穴を掘ってそこに入れてもらうことにした。これ、何て言ったっけ? パ、パン? バター? あ、パターだ。

「飛ばした玉を穴に入れてみてください。遠くに飛ばした玉を穴に入れる遊戯なんておもしろいかな~って」

「おー。それはよいな」

 玉を取ると、地面に置いてクラブで打った。

「くっ。外した!」

 子供のように悔しがるマレイスカ様。どうします? とロックダル様を見た。

 そう言われても……って顔を返された。そりゃそうだ。

 付き合わされるほうの身にもなって欲しいけど、文句も言えない立場としては黙って従うしかない。

「ロックダル様。お茶を持って来ますので場を離れますね」

 そんな! とか気配で感じたけど、スルーして民宿に戻った。

「キャロル。ただいま~」

 山を下りていたマリカルが帰って来た。

「お帰り~。お客さん来てるから会ったら挨拶してね。偉い人だから」

「わたしはパス。家を出ないようにするよ。偉い人に何か言われたら嫌だし」

 そそくさと家に逃げてしまった。

 偉い人に無理矢理国を出されたトラウマなんでしょう。大変だこと。

 民宿に入ると、側仕えの方がいたのでマイレスカ様にお茶を出すようお願いした。

「旦那様は、何をしているのです?」

「広場で運動しています。お茶の他に軽く食べるものを付けるとよろしいかと思いますよ」

「旦那様が運動だなんて珍しいこともあること」

 側仕えの方もかなり年配の方で、言葉から長く仕えていることがわかった。

「道がよくないので荷物はわたしが運びますね」

 台車で行くには厳しいのでバスケットに入れて訓練場に向かった。

 マレイスカ様はまだパターに夢中で、冬だと言うのに汗をかいていた。どんだけ集中してんだか。

「マレイスカ様。一度休憩してください。喉も渇いたでしょう」

 丸太に厚めの革を敷いて竈に薪を入れて火を付けた。汗が引いたら寒くなるからね。

「これで汗を拭いてください」

 バイバナル商会で売り出したタオルをマレイスカ様に渡した。

「うむ。このタオルは本当によいな」

「もう王都まで広まっているんですか。バイバナル商会はそこまで流通させる力があったんですね」

 今年のことよ? 生産から流通までしっかりとしたものを持っているんだ。

「賢いとは聞いていたが、ここまで賢いとはな」

「わたしは普通だと思いますよ」

 たぶん、わたしは話し相手として付かされているんでしょう。ただのイエスマンとして相手するのではなく、ほどよく相手することを求められている。否定することは否定しておきましょう。

「ふふ。場を読んで気負うこともしないか。きっとサーシャ嬢としてはおもしろかっただろうな」

 そうだろうか? お茶の席では笑顔を見せていたけどさ。

「わたしは世間知らずなのでおもしろい話はしてなかったと思います」

「ふふ。キャロルの話はおもしろいぞ。見た目からは想像できないくらい思考が速くて成熟しておる。世に天才はおるのだな」

「十で神童、十五で天才。二十歳過ぎればタダの人。きっとそうなりますよ」

「アハハ! なかなかおもしろいことを言う。至言だ」

 この世界にはなかった言葉みたい。しくじったかな?

「マレイスカ様。お茶を飲んだら一度民宿に戻りましょうか。汗を流しましましょう」

「む? そうだな。さすがに夢中になりすぎた。だが、午後からまたやりたいな」

「畏まりました。それまで職人に玉を作らせますね。あと、地面も少し均しておきますね。石が多いのでなかなか入らないですからね」

 まさかこれほど嵌まるとは思わなかった。午後まで最低限の整備はしておきましょう。

 側仕えの方に視線を飛ばした。

「そうか。では頼むとしよう」

 お茶を飲んだら立ち上がり、あとは側仕えの方とロックダル様に任せた。

「ルル。いる?」

「いるわよ」

 わたしの護衛をしてくれているルルを呼んだらすぐに現れた。

「火を見てて。職人さんたちを呼んでくるから」

 職人さんたちには申し訳ないけど、お貴族様の望みが優先される。文句はあるでしょうが、断ることはできない。説明したら仕事を中断して訓練場に集まってくれた。

「玉を作る人とここを均す人、あと、ここに休憩小屋を作る人に分かれましょう。昼食後まで完成させます」

 集まった職人さんたちは一流揃い。三時間もあれば完成させられるでしょうよ。

「終わったら美味しいものを差し入れしますね」

「それは張り切らんといかんな」

「任せておけ」

 頼もしい職人さんでよかった。てか、職人さんがいてくれて本当によかった。何が幸いとなるかわからないわね。

 職人さんたちががんばってくれたお陰で昼前には完了。せっかくなのでソーセージパーティーをすることにした。

 串にソーセージを刺して火で炙る。八人もいるので結構な量を消費しちゃったけど、喜んでもらえたので問題なしだ。

「これ、美味いな」

「猪肉と鹿肉を混ぜたものです。今度、燻製にしたものを食堂に持って行きますね」

 この冬は燻製作りに挑戦しようとしてたのよね。

 ソーセージパーティーが終われば片付け。そして解散。わたしは焚き火でお湯を沸かしてお茶を飲みながらマレイスカ様が来るのを待った。
 マレイスカ様はすっかりマラッカに魅了されてしまった。

「うーん。一人でやるのもつまらんな」

 もうその言葉が出てしまったか。まさかその日に出るとは思わなかったわ。

「では、競いますか?」

 ロックダル様にやれと言っても無理だろうし、マラッカをやれるのはわたしだけ。自然とわたしにお鉢が回ってくることが目に見えてたわ。

「ほう。競いか。どうするのだ?」

「ロックダル様に玉を適当に置いてもらい、先に入れたほうが勝ちです」

「なるほど。それはよいな」

「市井の者ならお金を賭けるのでしょうが、さすがにそれも出来ないので純粋に──」

「賭けか。それはおもしろいな。わたしはやったことないが、一度やってみたかったなだ」

 あ、いや、やらなければそれにこしたことはないのでは……。

「ロックダル。金は持っているか?」

「え、あ、はい。少額ではありますが」

「よし。お前はどちらに勝つか賭けろ。勝ったほうに賭け金が渡る。それでよいだろう」

 それだとロックダル様が損するだけでは?

「わかりました。それでは、キャロル嬢の腕を見せてもらいましょう。でないと賭けれませんからね」

 あれ? もしかして賭け事が好きな方でした? 

「わかりました。玉を適当な場所に置いてください」

 パターはやったことないけど、まあ、そう難しくないでしょう。あれ? 意外と難しいわね。一発で入ると思ったのに。

 それでも二回で入れられた。ふー。

「なかなか上手いではないか」

「一回で入れるつもりだったんですけどね。見誤りました」

「ふふ。難しいだろう」

 何でドヤるんだ? あなたも今日始めたばかりなのに。

「キャロル嬢の腕もなかなかですな。これは、玉の置いた場所で勝負が決まりますな」

「それならこの箒で地面を変換させてください。少しの凹凸で軌道はズレますからね」

「なるほど。それは勝負に変化を与えられるな。マレイスカ様、よろしいでしょうか?」

「構わんぞ」

 マレイスカ様もノリノリだわ。

「キャロル。手加減は無用だぞ」

「畏まりました。本気で挑ませてもらいます」

 本気だからこそおもしろいと感じる人なんでしょう。てか、パターで本気出せとかどうすりゃいいのよ?

 まあ、やるからには真面目に勝つようにやるとしましょうか。

「まずは玉をここに置きます。次は先攻後攻を決めましょうか」

 どうやらこの世界にもコイントスがあるようだ。

「キャロル嬢から決めてくだい」

「裏でお願いします」

 コインを投げて表が出た。ってことで先攻はマレイスカ様か。

「一回目はマレイスカ様に賭けさせてもらいます。では、勝負開始」

 マレイスカ様は本気のようで玉筋? 道筋? を読んで玉を打った。

 残念ながら穴をカスってしまい入ることはなかった。

「クッ。外れたか」

 悔しがっていても二回で穴に入れた。

「次はキャロル嬢だ」

 玉を違う場所に置いてわたしも道筋(こっちにします)を読んだ。

 歩いたことにより小さな凹凸が生まれているけど、強く打てば問題はない。ほらよっと。

「よし」

 一発ホールイン。あ、ホールインって言うんだったわ。案外、覚えているものね。

「キャロル嬢の勝利。賭け金はドロック」

 ドロック? 引き分けとかドローって意味か? それとも流れたって意味か? 

「ドロックってどういう意味ですか?」

「勝負無効って意味だ。この場合は、キャロル嬢には入らないが、胴元に取られることになる。まあ、今回は次に足すようにしよう」

 本当に賭け事が好きなようだ。でも、ロックダル様には何の得にもならないのでは?

「ロックダルは無類の賭け好きでな。これがなければ騎士として出世したんだがな」

「借金で身を滅ぼしてないのが自慢です」

 何だろう。この人、絶対結婚してないわ。

「それでは平等ではないのでわたしも銅貨を出します。ロックダル様も参加してください。護衛はティナにやらせますので」

 これではわたしが得でしかない。勝負と言うならわたしもリスクを負わないと。

「マレイスカ様やロックダル様には少額で申し訳ありませんが、大金を賭けるほどでもありません。大金を賭けるときは大金を持っている方々とやってください」

「そうだな。勝負ではあるが、お遊びだ。少額で構わんだろう」

「わたしも構いません。賭けは儲けるより勝負を楽しむものですから」

 借金しないのはそんな考えがあるからみたいね。

「では、ティナを呼んで参ります。ロックダル様、練習しててください」

「子供でも容赦はせんぞ」

「それが勝負です」

 にっこり笑って答える。勝負は本気でやるのが楽しいってわかるからね。

 ティナを呼びに行き、マリカルにレンラさんを呼んで来るようにお願いする。レンラさんにも見せておきたいからね。あ、あと、側仕えの方も。

 ティナを連れて戻ったら勝負開始。それぞれが相手の玉を地面に置き、勝負毎に地面を箒で履いた。

 しばらくしてレンラさんや側仕えの方がやって来て、ティナから説明を聞いていた。

 勝負は夕方まで続き、わたしが六回。マレイスカ様は四回。ロックダル様は八回勝利した。

「うむ。楽しかった。次は勝つぞ」

 一番勝てなかったマレイスカ様だけど、一番楽しんでいたのはマレイスカ様だった。

「マレイスカ様。汗を。すぐに風呂を用意します」

「頼む。喉も乾いた。冷えた麦酒を用意してくれ。では、また明日だ」

 ふー。また明日もやるのか。心の中でため息をつきながらマレイスカ様を見送った。
 これまで運動してこなかったから、次の日、マレイスカ様が筋肉痛に襲われた。

「まさかこの歳で筋肉痛を経験するとはな」

 この世界に湿布がないので側仕えの方に脚を揉んでもらっていた。

「お風呂で温まるといいですよ」

 貴族だからって毎日お風呂に入る人はいないようで、マレイスカ様も体を拭いただけでお風呂に入らなかったそうだ。

「そうか。なら、入るとするか」

 なぜかわたしが呼ばれたけど、お風呂に入るのは側仕えの方がやってくれるので、家に戻ろうとしたら奥様に声を掛けられてしまった。

 奥様はミリヤナ様と言い、穏やかな感じの人で、いい感じに歳を取った人でもあった。

「少しお話しましょうか」

 否とも言えるわけもないので、民宿のサロンに移り、わたしが淹れたお茶を飲みながら話をすることにした。

「ごめんなさいね。主人に言われて来たものの時間をどう使っていいかわからなくて」

 言われてみれば確かに、って感じよね。こんな知り合いもいない山奥に連れて来られても何するんだって話だ。

「お気になさらず。ここは日頃の疲れを癒す場所。のんびりするところですからね。満足した日々を送っている方には暇な場所でしょうから」

「いい場所なのはわかるんだけど、何をしていいかわからないのよね」

「奥様、趣味はおありですか?」

 コンミンド伯爵夫人は……趣味らしい趣味をやっているところは見なかったわね。わたしたちはお嬢様のお友達で、ご夫妻を見るなんて一日一回あるかないかだったしね。

「趣味、ね~。これと言ってないわね。強いて言うなら読書かしらね?」

 貴族の女性って暇を持て余しているのね。ボケるの早いんじゃない?

「読書ですか。それはいいですね。お嬢様のお友達として本を読ませてもらいましたが、なかなか難しくて苦労しました。奥様はどんな本を読むのですか?」

「恋愛小説をよく読んでいたわ。王都は本屋がたくさんあるから毎日読めたわ」

 この時代で恋愛小説とかあるんだ。しかも本屋がたくさんあるとか印刷技術があるってこと? いや、転生者がいるっぽいし、印刷技術が発展してても不思議じゃないか。

 奥様は、読書が好きなみたいだけど、しゃべるのも好きなようで止まることがない。まるでこれまでのうっぷんを晴らすかのようだった。

 いろいろしゃべると奥様がどんな人か、貴族の暮らしがどんなものかわかってきた。

 奥様には女二人、男一人のお子様がいて、長女と長男は結婚しており、次女は騎士をしているそうだ。

 女騎士か。ファンタジーな世界なだけに女性でも騎士になれるんだね。どんなか見てみたいものだわ。

 長男はマレイスカ様の後を継いで政務大臣としてお城で働いていて、長女は公爵家に嫁いだそうだ。

 その話を聞くだけでマレイスカ様がどれだけ偉い人かわかるものだ。けど、そんな偉い人でも老後はやることがないってのも悲しいものね。無駄にお金があるとやりたいことも見つからないとか、何が幸せかわからなくなるわね……。

 お昼までおしゃべりは続き、なぜかお昼も一緒に食べることに。なんだか奥様に気に入られてしまったようだわ。

「マレイスカ様。筋肉痛はどうですか?」

「ああ。少しは楽になったよ」

「それは何よりです。今日は無理しないでくださいね。無理しても体に悪いですから」

「それは残念だ。今日は玉を飛ばしたかったんだがな」

「それなら部屋で出来るものを用意しますか?」

 職人さんなら三十分もしないで作ってくれるでしょうよ。

「そんなことが出来るのか?」

「はい。昼食が終われば用意しますね」

 まだ食べている最中なので終わったら職人さんたちのところに向かった。

 絨毯を細く切り、坂を作って穴を開ける。ハイ、完成っと。

 職人さんに設置してもらってマレイスカ様に試してもらう。

「うん。いいではないか」

「変化が欲しいときは絨毯の下に紙を入れるとよろしいかと」

 聞いちゃいないようなので側仕えの方に言っておく。

「キャロルは本当に賢いのね」

「畏れ入ります」

 貴族相手には「畏れ入ります」が一番。下手に謙虚になるのも失礼になるときがあるからね。

「そうだ。わたしにジェドを教えてくれないかしら? 女性でも始める方が多くてどうしようかと思っていたの」

 一大ブームが来ているのかしら? 貴族、やることないの?

「はい。わかりました」

 マーシャさんに用意してもらい、駒の並べ方から教えた。

 元々頭のいい人で、頭を使うのが得意なんでしょう。

「奥様は、文化系のことに才能があるみたいですね」

「文化系?」

「読書だったり遊戯だったりです。これなら絵や文章をやってもいいかもしれませんね。物語を書いて本にするのもいい余暇を過ごせると思います」

「……物語を書く……」

「はい。奥様は知識も多く、造詣も深い。物語もたくさん読んでいるみたいですし、書いてみてもおもしろいと思いますよ」

 ついでに読み終わった本を貸していただけたら幸いです。

「……そう、ね。ちょっと書いてみようかしら……」

「書いたら読ませてください。奥様がどんなものを書くか興味があります」

 気持ちがそちらに傾いているようなのでもう一押ししておく。何だかこのままだとご夫妻がいる間、ずっと相手しなくちゃならない感じだからね。