「美優さん、貴女のことが好きです。僕と付き合ってください」

 放課後、学校の体育館裏に呼び出されて行ってみると、一人の男の子が待っていた。挨拶をしようとすると開口一番、こう言ってきた。状況が分からない。

「えっと、、貴方は?」

「僕は藤圭斗です。学年は同じです」

「圭斗くんね。覚えた。話戻って、いいよ。君と付き合う」

「本当ですか⁈ありがとうございます!よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね。でも、1つだけいいかな」

「はい。どうしたんですか?」

「私、君と同じだけの愛を返せる自信、ないよ。それでもいいかな」

「はい。むしろ、僕からグイグイいくことがあったらすみません」

「君がいいなら全然いいよ。愛されて悪い気しないしね」

「ありがとうございます。あの、、連絡先交換してもいいですか」

「いいよ」

 そういうと私たちは連絡先を交換した。お互いに感謝を告げ、その日は解散した。


 (人生初の彼氏か。うまくやっていけますように。両親と同じ道を歩みませんように)


 こんなことを考えながら私は家に帰った。
 付き合うことになった翌日。朝から連絡があった。

『おはようございます。一緒に学校行ってもいいですか』

 驚いたけど、嬉しかった。今まで、一緒に学校に行くような人はいなかった。友達は一人で、同じ高校にいない。しかも、結構遠い高校に通っているので、電話ぐらいでしか話せない。最近はその電話さえも少なくなってきている。

 とりあえず、メールに『いいよ』と返信し、私は少し髪型を可愛くして家を出た。恋する乙女か。

 驚いたことに家が近かったので、近所の公園で待ち合わせし、学校に向かう。登校中、お互いの話題が尽きることはなかった。

 好きなことや好きな食べ物、誕生日などの自己紹介をしていたら、普段は長く感じる学校までの道のりが、短く感じた。

 学校について、圭斗君は私の教室までついてきてくれた。男の人はこんなにも優しいのか。否、圭斗君が優しいだけだ。それは私が一番知ってる。このままだったらいいな。

 こんなことを考え、彼と別れて教室に入る。すると、周りの女子たちが騒ぎ出した。

「え?なんで吉田さん(美優の苗字)が圭斗様と一緒にいるわけ?!」
「知らないよ。でも、不釣り合いぃ〜笑」
「それなぁ、うちらの圭斗様が汚れるわ」

 はぁ、初めてクラスの人と話すのがこんなに妬み・僻みのことなんてあるのか。頭が回らない。どうしよう。てか、そもそも圭斗様ってなんだ。

「はいはい、そこまで。俺の彼女に不釣り合いとか言わないでくださぁい。なんなら俺の方が惚れてるんで、ね?」

 頭が回らない私の頭上に降ってきた声。振り返ってみると、教室に行ったはずの彼、圭斗君が後ろにいた。しかも、バックハグされている。

 状況がわからない。なんでいるの。なんで私に抱きついているの。なんでだ。疑問が多すぎて頭から煙出そう。とにかく助かった。

「うん。私の彼氏でして。不釣り合いでごめんなさい」

 すると、クラスの人たちの態度は一変。

「全然不釣り合いなんかじゃないよ!めっちゃお似合い!」
「きっかけとか教えてよ!」
「え〜!どこが好きなの?!」

 こんなことを言いながら騒いでいる。でも、私はそれが嫌だった。とってもむかついた。なんか言ってやりたい。気づいた時にはもう遅い。私は、言っていた。

「圭斗君との繋がりが欲しいからってそーゆーの言わないでいただけるとありがたいです。あと、話したことないような方に話そうとする気はありません」

 しーん。教室の空気が変わる。やってしまった。絶対やらかした。明日から席が無くなったり、靴がとられたりするやつ(要するにいじめ)だ。そんな私が作った気まずい雰囲気を破ったのは圭斗君の笑い声だった。
「あっはははは!最高。俺の彼女、かっこいいでしょ?あと、俺も嫌だな。自分の彼女が君らの損得で態度を変えられるの。ふっつーに気持ち悪い。ってことで、もうやめてね?」

 圭斗君がそういうと、だれも口を開けなかった。それが気に食わなかったのか彼は、もう一回言った。

「ね?」

 圧がすごい。それのおかげか、みんな頷いていた。それを見て満足そうな彼は、身を翻して自分の教室に戻って行った。

 それを見届けていた私は、あることに気が付く。お礼を言っていない。どうしよう。こういうのは文面で言っていいのだろうか。やっぱり直接、顔を合わせて言った方がいいのだろうか。

 そんなことを考えていると、始業のチャイムが鳴った。あぁ、言えなかった。でも、そのチャイムで決心できた。お礼は直接、顔を見て伝えようと。そう思って受ける一時間の授業は、とても長く、忌々しかった。

 やっと授業が終わって、休み時間になった。すぐに圭斗君の教室へ向かう。他クラスの雰囲気は慣れなくて不安だった。

「すみま、せん。藤さん、い、ます、か?」

 詰まりながらドア付近にいた圭斗君のクラスメイトに声をかける。

「あーいないよ。それよりさ、君何組?かわいいね。今日の放課後俺と飯でも行かない?」

 は?無理。でも、初めての人で、圭斗君のクラスメイトの人だ。朝みたいには言えない。どうしよう。そもそも、怖くて声が出ない。誰か、助けて。私は怖くて震えた。目もつぶった。誰か来てほしい願いながら。そんな私を見て知らない人は、

「怖がってるの?可愛い。本気で惚れたわ(笑)好きです。付き合ってください」

 とか。永遠に繰り返している。本当にやめてほしい。そもそも、私には彼氏いるんで。無理なんですけど。気持ち悪い。話しかけんな。

 心の中で思うのは、簡単。でも、言葉に表せられない。こんな葛藤が続いてどれくらいたったのか。私には何十分にも感じたが、もしかしたら1分ぐらいのことかもしれない。聞きなれた声が降ってきた。

「おい、渡辺。俺の彼女怖がってんじゃん。わかんない?」

 彼の声には、怒気が含まれていた。

「は?お前本気か?こんなやつが彼女って」

 渡辺とかいう人、私に惚れたとか言ってたじゃん。意味不明。男って恐ろしい。でも、私、気遣わずに怒鳴ってよかったんじゃね?だって、なんかあんまり仲良くなさそうだし。

 こんなことを考えている間も二人の会話は続いていた。

「本気だけどなんか悪い?」

「悪いとはおもってねえ。でも、もっとスペック高い女子がお前の周りうろついてんじゃん」

「俺が惚れたのはこの人だから放っておいてくれないかな」

「いやだね。俺、お前のこと嫌いだから」

 うん、頭にきた。女子をなめすぎている。ここで黙っているのは性に合わない。一発入れたい。

 そう思ってからの私は、だれにも止められない。「あの、少しいいですか?」

 二人が不思議な顔をしてこちらを見る。それを私は肯定と受け取り、言葉を発した。

「さっきから黙って聞いてたら、ひどい言い草ですね。『お前のこと嫌いだから』女子のレベルをあなたが決めるんですか。女子のレベルをお前ごときが決めるな。いってること分かります?っていうか、さっき圭斗君が来るまで私に惚れたとか言ってましたよね?その言葉は嘘だったのですね。別に悲しくはありませんが、正直『は?』とは思いますよね。だって、自分の都合で態度を変えられるわけですから。それを嬉しいと思ってくれる女の子はまあ、滅多にいないと思いますよ。あと、圭斗君のことを悪く言うのはやめてください」

「ごめんなさい」

 渡辺さん、否、渡辺は謝罪の言葉を発した。しかし、この謝罪が誰に向けられたものかはわからなくて、問い詰めようとしたが、圭斗君に止められた。

「もういいよ。美優さん自身と俺のために言ってくれてありがとう」

「え?なんで私が私自身のために言ったことに圭斗君がお礼を言うの?」

「だって、俺ら付き合ってるじゃん。付き合ってるってことは、お互いがお互いのものでもあるんだよ」

「ありがとう」

 私がそういうと、圭斗君は屈託のない笑顔を私に向けた。

 その日の下校時、圭斗君に一緒に帰ろうと誘われたが、委員会があったので先に帰ってもらった。

 その帰り道、私は考えてしまった。

(私は圭斗君が思ってくれているようなことを思いつかなかった。それでもいいのかな。こういう温度差が価値観の違いで分かれたりするんじゃないかな。お互いがお互いのものだったら、それをどうやって分け合うのかな)

 世間でネガティブと言われるような思考回路で考え事をしているうちに家についた。

 同居人と適当に会話をしつつ寝る準備を整え、布団に入る。

 珍しく夢を見た。懐かしい声だ。誰の声だっただろうか。声の主が分からないまま夢を見る。

『美優、いい?もし、だれかと付き合うことになったら、価値観があっているかの確認はしておきなさいね。できていないと、、、』

 最後の方は聞き取れなかった。でも、今の私に必要なことな気がして、私を不安にさせてその夢は終わっていった。
 翌日。よく眠れずに朝が来てしまい、学校に行く準備をした。朝ごはんと食べているとき、携帯が鳴った。確認すると圭斗君からだった。

『今日も一緒に登校していいですか!?』

 朝から元気だなとか思いつつ『いいよ。待ち合わせは前回と同じで』と返して、慌てて準備することにした。

 無事に合流し、学校に向かう。話が尽きないから楽しかった。でも、彼の話に私が相槌をする確率の方が高い。私が楽しくても彼が楽しいか不安になった。でも、別れ際に

「楽しかった~。またね」

と言っていた。これが嘘でも本当でも私はこれを本当だと信じたかった。

 圭斗君は休み時間のたびに私の教室に来てくれた。でも、私からどうしても彼の教室に行くことはできないだろうなと思った。そんなこんなで昼休みになり私は決めた。圭斗君と話そう。

 そう思って私は教室をすごい勢いで出ていった。 教室を勢いよく出たものの、嫌なことが一瞬頭をよぎり、立ち止まる。

(この間のようないざこざになったらどうしよう、、)

 一回気になってしまえば、ずっと気になる。いってもいいのか、行かない方がいいのか。でも、圭斗くんと話したい気持ちは強くある。それなのに、たった小さな一つの過去のせいで足が止まってしまう。

 あぁ、こんな弱っちい自分、本当にいやだな。彼みたいにもっとまっすぐになれたら、どんなに気が楽だろうか。もちろん、まっすぐな人特有の何かがなるのだとは思うが、そんなのなってみないと分からないのだから、夢を抱いたっていいと思う。否、思いたい。

 少し弱気な自分に押しつぶされたが、何とか自分を取り戻して圭斗君のクラスに向かうことにした。だって、まっすぐな人になりたいなら、少しでも真似してみたら近づけると思ったんだもん。

 誰に対してかわからない言い訳をしつつ足を動かしていると、あっという間に目的地前についた。

 人からは分からないような小さな小さな深呼吸をする。そして、

「すみません。圭斗君いますか」

 前回よりスムーズに言えたことに小さな喜びを感じていると、犬が飼い主を見つけた時のようなテンションで圭斗君がこちらへやってきた。

「美優さん!どうしたの?」
「圭斗君に話したいことがあって」
「ちょっと待ってて、次の時間の準備だけ先に持ってくる」
「はーい」

 そういって少し窓の景色を見て待つと息を切らした彼がやってきた。

「なんかすごい疲れてるけど、この短時間で何が起きたの」
「筆箱が行方不明になって教室中走り回ってた」
「ふふふ、そんな焦らないでゆっくり探さないと見落とすよ」
「はい、その通りで自分の手に持ってました」
「、、、そっか」

 そんな会話をしながら私たちは空き部屋に向かった。