外から聞こえる騒がしい音につられ目を覚ます。
目の前には桃色のカーテンに囲われた白い天井。周囲に漂う薬のような独特の匂い。
それだけでまだ働いていない頭でもここがどこか理解することができた。
上半身を起こし、乱れた制服を簡単に整えていると誰かにゆっくりとカーテンを開かれた。
「あら、起きてたのね。それとも起こしちゃった?」
白衣を着た保健室の佐藤先生が眉を下げ、申し訳なさそうな顔で私を見る。
「いえ、今起きました。外から音が聞こえて」
「それなら良かったわ。さっき昼休みになったから生徒が教室から出てきたのよ」
先生はそう言いながら保健室にある窓に目を向ける。先生の視線を追うように私も校庭を見た。
暑い中、声を出してサッカーをする人がいれば、ベンチに座って笑い合いながらお弁当を食べてる人もいる。
「……楽しそう」
なんとなく放った言葉。
だけどハッと我に返るったとき、自分が口走った言葉につい口元を抑えてしまう。
ゆっくりと隣に視線を移す。その先では先生が哀れむような顔でこっちを見ていた。
それが嫌で目を逸らし、唇を強く噛む。
向けられた眼差しには哀れみだけじゃなくて、佐藤先生なりの優しさも含まれていると何となくわかってはいる。
でも優しくされればされるほど、自分が惨めに感じる。その優しさが辛くなる。
「天宮さん? 大丈夫?」
顔を覗き込んでくる先生に私の表情を悟られないよう無理やり笑顔をつくる。
「大丈夫です。ほんとに全然……」
それでも心配そうに見つめてくる先生。
何か別の話題をと思い、頭を必死に動かす。
「あの……私、保健室に来たときのこと思い出せなくて……」
不自然な話題変更だと思われたかもれない。
けれど、先生は少し考える素振りを見せてから話し始めてくれた。
「……泣きながらここに駆け込んで来たのよ。それでそのまま眠ちゃったの。すごく取り乱していたから覚えていなくても無理ないわ」
目元を触ると確かにそこは濡れていた。
「そう……だったんですか。すみません、迷惑かけて」
経緯を伝えられ、クラスメイトが私に向けるあの視線が脳裏を横切る。
異物を見るときのような冷たい視線を。
直接的に何かをされたわけじゃない。
ただ私に決して近づかず、関わることはしない。それなのにいつも様子を伺うようにこっちをチラチラと見てくる。
その視線のなかに入りたくなくて、教室の端で縮こまる毎日。
思い出すだけで身体が震え、心臓が痛くなる。それを紛らわせるようにギュッと胸元の服を掴み、深く深呼吸する。
何度か繰り返して少し落ち着いてきたころ、佐藤先生が何かを思い出したようにあっと声をあげた。
「そういえば担任の三宅先生から伝言を預かったの。起きたら職員室まで来てって。話があるみたい」
「わかりました。今から行ってきます」
腰掛けていたベッドから降り、廊下へと繋がっているドアに足を進める。
ドアに手をかけ外に出ようとしたとき、先生に呼び止められた。
「天宮さん、またいつでも来てね」
「……はい。ありがとうございます」
その温かい言葉にどう向き合えばいいのかわからず、そのまま保健室を後にした。
北校舎にあった保健室とは真反対の南校舎にある職員室。
人目を気にして遠い道を来たからかここへ着くまで時間がかかってしまった。
お昼休みの今、職員室前の廊下には太陽の光が痛いほど降り注いでいた。
汗が頬をつたり、ジリジリと肌がやけるような感覚がずっと続いている。まるで灼熱地獄だ。
少しでも早くこの暑さから逃れようと急いで職員室の扉をノックする。
「失礼します……」
普段から大きい声を滅多に出さない私の喉からは自分でも驚くほど小さく、か細い声が捻り出された。
そんな声が騒がしい職員室に響くはずもなく、先生は言わずもがな誰一人として私の存在に気づいていない。
正直、職員室を尋ねるのは嫌いだった。
大人同士が会話している最中に割って入るのも、大きな声を出して目的の先生を探し出すのも私にとってはハードルが高いことだ。
それでも呼び出されてしまったものは仕方ないと無理やり気持ちを切り替える。
「え、と……三宅先生いますか?」
さっきよりも大きな声で担任を探す。
これで気づいてくれなかったらもう諦めよう。そう思っていた矢先、職員室の奥の方から聞き覚えのある声が聞こえた。
「お、天宮来たか。暑いだろ? 入ってくれ」
言われた通り足を一歩踏み入れると冷たい空気が優しく私を包み込む。その心地よさと安堵から息をふう、と吐き出した。
「こっちだ」
先生が手を挙げ、こっちに来いと合図を送っている。忙しそうに職員室内を動き回る人にぶつからないよう気をつけながらそこに向かった。
三宅先生のデスクの上には先程まで作業してたであろう難しそうな資料がいくつも置かれている。
今すぐやらなくてはならない物もあるはずなのに、体を回転させ私と目が合うように向き合ってくれた。
「体の調子はどうだ?」
「今は安定してます」
先生は私と話すとき、決まって一番最初に体調のことを聞いてくる。
別にそれが嫌なわけじゃない。だけど、やっぱりこれは私が生きていくなかで切り離すことが出来ない問題なんだと痛感してしまう。
「そうか。それは良かった」
ほっとしたような顔をしたかと思うと次の瞬間には顔を強ばらせた。
「クラスのやつらのことなんだが俺からもしっかり注意しておく。天宮が安心して学校に来れるようこれからサポートしていくつもりだ」
先生の言う安心して学校に来られるというのは、きっとクラスのみんなと一緒のラインに立つことなんだろう。
だけど、私は最初からそのラインに立つ資格を持っていない。
「……先生は、私がみんなと仲良く笑いあってる姿を想像出来ますか? 少なくとも……私自身はできないです」
スカートを力いっぱい握りしめる。
「それは心臓移植のせいか?」
先生の言葉にこくりと頷く。
私は小さな頃から心臓が弱く、四年前に心臓移植を受けた。
だから私の体には今、顔も知らない赤の他人の臓器が入っている。
それを気味悪がってか中学でも高校でも友達と呼べる人は一人もできていない。
「そうか……」
どんな言葉をかければいいのかわからない。先生はそんな様子で俯きながら言葉を放った。
気まづい沈黙が流れる。何とか空気を変えないと。
そう思い口を開ける。それと同時に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「とりあえず今日はもう帰るか? 一応荷物は持ってきたし、教室には戻りたくないだろ?」
「……はい。ありがとうございます」
用意された鞄を受け取り、今から授業をしに行くらしい三宅先生と職員室を出る。
「じゃあ気をつけて帰れよ」
私に背を向け、教室へ向かおうとする後ろ姿を追いかける。
私のバタバタとうるさい足音に気づいたのかゆっくりと足を止め、振り向いた先生に頭を深く下げた。
「学校で起きたこと親には言わないでください。心配かけたくないんです。お願いします」
これはきっと教師としての義務を放棄しろと言っているのと同じだ。
それでも、親にだけは知られたくなかった。
目の下に隈のできた両親の姿が目に浮かぶ。
もうこれ以上、重荷にはなりたくない。
「わかった……今はまだ言わないでおく」
頭上から降ってきた優しい言葉。
"今は"ということはいつかは知られてしまうのかもしれない。だけど、たとえそうだとしても、私はこの言葉に縋らずにはいられなかった。
「ありがとうございます」
*
一軒家とアパートが多く、人気の少ない帰り道をとぼとぼと歩く。
夏の色をまとった日差しに当てられ、じわりと汗ばんだ背中が気持ち悪い。
自分の影に視線を落とし、学校での出来事を思い出す。
クラスメイトの視線に耐えられず泣き出して、先生二人に迷惑をかけた。
挙句の果てに担任に無理を言う始末。
自分の言動一つ一つを後悔する。
空を見上げると広がっていたのは憎いくらい澄んだ青色。
雲の間からチラつく太陽の光が眩しくて目を細める。
私は今まで何人の人に迷惑をかけただろう。これから何人の人に迷惑をかけるんだろう。
わかりもしないことをずっと考える。
頭が痛い。もう何も考えてたくない。
そんな想いに抗うように全速力で家への道を駆けた。
家に着いたころには息は乱れ、心臓もバクバクと鼓動を速めていた。
お医者さんにあれほど走らないように言われていたのを今になって思い出した。
胸が圧迫されているみたいに苦しくて、家の前の階段に腰を下ろす。
そよ風が額についた汗を撫でるように吹き、前髪がふわふわと揺られる。
少し落ち着いてきたところで、鞄の中から家の鍵を取り出した。
走りながら家を見たときは明かりが一つとして点いていなかった。
今日もきっと家には誰もいないだろうな。
そんなことを思いながら玄関を開ける。
「ただいま」
案の定、返事はない。
リビングに行き、電気をつける。
テーブルの上には晩ご飯代といつもの二つ折りされた置き手紙があった。
その手紙だけを手に取り、二階にある自分の部屋に駆け込んだ。
バタンっと扉を閉め、息をつく。
部屋の中を見渡すと本や服があちこちに散乱している。
もう何日も掃除をしてないんだから当たり前だ。
足場を探しながら机の上に鞄を投げ捨て、制服のままベッドの上で横になる。
手紙を開け、さっと目を通す。
『今日は家に帰れるかわかりません。
晩ご飯は何か買って食べて。ごめんね。
母より』
今日もまた同じ内容。
手紙を閉じて、床にポイッと放り投げる。
私の両親が家に帰ってくることは滅多にない。あったとしてもそれは夜中で顔を合わす機会はほとんどない。
それもこれも全て私が受けた心臓移植のせいだった。
手術にはもちろん多額の治療費がいる。
そんなものを平凡な一家が持ち合わせているわけもなく、両親は無理な借金を背負うことになった。
四年経った今でもまだ借金は残っているらしい。
お母さんとお父さんはあと少しで返せると言うけれど、きっとまだ半分も返せていない。
中学生のときはクラスに馴染めず、死にたいとずっと願っていた。
高校生になった今でも教室で孤立した自分を客観視したとき、死を願ってしまう。
だけど、その度に瞼の裏に出てくる働く両親の姿。
この心臓があるから死にたいと願うのに、この心臓があるから生きないといけない。
私はずっと矛盾を抱えてながら過ごしている。
カーテンが風に吹かれひらめく。
もし、もしも運命を決めてくれる誰かが現れたら私はきっと……
「――え、」
次の瞬間、開けっ放しにしていた窓から突風が部屋に吹き込んできた。
体が飛ばされないよう必死にベッドを掴む。
薄目で窓の近くを見る。そこには人を連想させる黒い何かがいた。
風が止み、恐る恐る目を開けると目の前にはフードを被った知らない人。
その人は私の方へ一歩近づくと耳を疑うようなことを言った。
「――初めまして。俺は死神。お前の命を貰いに来た」
死神と名乗った少年は、急すぎる展開についていけなくなった私を上から見下ろしている。
空いた口が塞がらないとはまさにこのこと。
家の窓から風と共に姿を現した死神と名乗る一人の少年。ましてやここは二階だ。普通の人にそんな芸当が出来るとはとてもじゃないが思えない。
「おい、聞いてんのか?」
返事をしない私に不満があるのか彼はまた一歩私に近づいた。
「しに……がみさん?」
「まあな」
「……私の……命を貰いに?」
情報が完結しないあまりに同じことを何度も聞き返してしまう。
「そう言っただろ?」
死神さんは呆れたようにため息をつき、私と目線を合わせるためか床に膝をついた。
けれど、彼は深くフード被っていて目がよく見えない。
「一週間後、お前の命を貰う。その代わり毎日一つどんな願いでも叶えてやろう」
まるで童話の中で描かれるような胡散臭いセリフを恥ずかしげもなく吐いた。
私の前にいるのは本物の死神なんだろうか。
「で、他に質問は?」
私の気持ちも知らず、彼は淡々と話を進めていく。
頭をフル回転させ、今一番知りたいことを簡潔に纏めあげる。
「どうして私なの? 私が選ばれた理由は何?」
きっと何か大きな理由があるんだと思った。
多くの人が住まうこの地球で私が選ばれた理由が何か。
だけど、死神さんの口から出た言葉は予想していたものとは全く違っていた。
「それが運命だからだ」
なんて都合のいい言葉だと他の人が聞いたら思うかもしれない。
けれど、私はその一言だけで全てを受け入れることができた。口角が弧を描くように自然と上がっていく。
「そっか……よろしくね、死神さん」
そうやって彼に手を差し伸べる。
相も変わらず死神さんの表情は見えない。
「……ああ、よろしくな」
少しの間の後、彼はゆっくりと私の手を握り返してくれた。
これが私と死神さんの短くて不思議な七日間の始まりだった。
次の日の朝、私が気持ちよく寝ていると髪を撫であげるようなふわりとした風が部屋の中に入ってきた。
それに続くように聞き覚えのある声が私の耳を刺激する。
「天宮依織。起きろ」
重い瞼を押しのけて目を開く。
寝起きで視界がぼやけて見える。
けれど、全身が黒いマントで覆われたその人は紛れもなく死神さんだった。
ベッドからもぞもぞと這い出し、死神さんと向き合う形でその場に座る。
「眠そうだな」
「眠いよ。まだ七時前だからね」
明日から一週間、毎日来るとは聞いていた。
けれど、まさかこんなにも朝早く来るとは思ってもいなかった。
頭がまだ全然働いていない。
「それで一日目の願い事は決まったか?」
「それはまだ……」
昨日、願い事を考えておくようにと言われてはいた。
だけど、考えれば考えるほど自分の願いが何なのかわからなくなっていく。
そんな私の気持ちを見通したように死神さんは口を開いた。
「なんでもいい。お前が願うならなんだって叶えてやる」
「なんでも?」
「……まあ、大体のことはな」
その返答に思わず笑ってしまう。
さっきまで自信満々だったのに、少し聞き返しただけで保険をかけるなんて。
「なに笑ってんだよ」
口ではそう言ってるけれど、心做しかフードの下で笑っている気がする。
しばらくの間、笑っていると死神さんがじっとこっちを見ていることに気がついた。
「どうしたの?」
「……別に」
ふいっと顔を明後日の方向に向ける。
その行動に疑問を抱いくも、死神さんが話を逸らすように元に戻してしまった。
「なあ、願い事。決まらねえなら俺がどんなこと出来るか見せてやろうか?」
「いいの?」
「難しいことは無理だけどな」
死神さんは散らかった部屋の真ん中に立ち、そこからぐるっと辺りを見渡した。
「この部屋汚ねえし、ちょうどいいだろ?」
汚ないという言葉がグサッと心に刺さる。
自分で自覚はしていても、他の誰かに言われると傷ついてしまうものだ。
「……ここで何するの?」
「何ってそりゃ綺麗にするんだよ。吹っ飛ばされないように気をつけろ」
死神さんはおどけたようにそう言うと、指をパチンと鳴らした。
その刹那、部屋の中で渦を描くように風が吹き荒れる。
少しでも気を抜けば外に投げ出されてしまいそうだ。
こんな強風で本当に部屋は片ずくのか不安になってきたとき、ピタリと風が止んだ。
「痛っ……」
体が床に叩きつけられ、全身に激痛が走る。
けれど、そんな痛みは次の瞬間には消えていた。
「どうだ? 綺麗になったろ?」
「すごい……」
散らかっていた本も服も、今は見違えるほど綺麗に片付けられていた。
死神さんに視線を移す。
疑っていたわけじゃない。
昨日だって彼は二階の窓から部屋に入り込んで来たんだ。
だけど、どこか夢だったんじゃないかと思っていた自分がいる。
「死神さんは、本当に死神なんだね」
「まだ信じてなかったのか?」
「そういうわけじゃないよ。今はもう信じてるし」
机に置かれている時計をチラッと見ると、短い針が八時を刺していた。
壁に吊るされた制服が目に留まる。
いつもなら学校に行くために重い体を引きずりながらそれに着替え、家を出ている時間だ。
けれど、今日はとても体が軽い。
「ねえ、死神さん。私、願い事決めたよ」
私がそう言うと死神さんは、首を傾げて先の言葉を促した。
「私、今日は学校休むことにする。だから、どこか遠い誰もいない場所に連れて行って」
「その願い、叶えよう」
死神さんは私に手を差し伸べた。その上にゆっくりと自分の手を重ねる。
「目瞑って」
言われた通りにすると、体が優しい風に巻きついたような不思議な感覚に襲われる。
「もういいぞ」
ゆっくりと目を開ける。
そこに広がっていたのは朝日に照らされキラキラと輝く青い海だった。
「ここなら誰もいない。落ち着くだろ?」
周りを見ても確かに人気はなく、ただ穏やかな波の音が辺りを包んでいるだけ。
その音をただ静かに耳で感じ取る。
それだけで心が洗われて、安らぎを与えられた気分になる。
「……とっても落ち着く。ここはどこなの?」
死神さんは人差し指を口元に当て、悪戯が成功した子供のような口調で「それは内緒だ」と口角を緩ませた。
「死神さんのいじわる」
私もそれにつられて、ほとんど無意識にくすりと笑いながら死神さんを揶揄うような言葉を吐いていた。
「誰がいじわるだ。連れてきてやったのにな」
「感謝してるよ。ありがとう」
私が間髪入れずに答えると、死神さんは顔を逸らし、海を眺めた。
それが照れ隠しだということは私でもわかる。
「別に……それが仕事だし」
まだ会ってたった二日。
だけど、死神さんといると素の自分が出せるような気がした。
「せっかく海に来たんだから遊ばねえか?」
海を指さし、私に問いかける死神さんの黒いマントが潮風に吹かれ、揺れ動いている。
「遊びたい」
「よし! じゃあ、行くぞ」
私に背を向け歩きだす彼に置いていかれないように隣を歩く。
波打ち際まで行くと死神さんはその場にしゃがみこんだ。
私がいる位置からじゃ何をしているか見えなくて、横に並び手元を覗き込む。
「冷たいっ」
すると突然、私の顔に向かって水が飛んできた。
水を拭き取って、目を開こうとしてもまた何度も何度もかけられる。
「気持ちいいだろ?」
当の本人は手をひらひらと振りながら満足気に声を弾ませ笑っていた。
文句の一つくらい言ってやろう。
そう思っていたのに、楽しそうな姿を見ているとそんな気も失せてくる。
冷たい海水が私の足を静かに呑み込む。
今まで熱を帯びた砂浜の上に立っていたからか、それがとても気持ちいい。
「うん、すっごくね」
海水を蹴るように足を上げると、水飛沫が光を反射しながら海に戻っていく。
ずっとここにいたい。帰りたくない。
そんな叶わない想いを何度も心の中で繰り返す。
チラッと横を見ると、死神さんが海を眺めていた。
目元はフードで隠れていてどんな顔をしているのかはよくわからない。
どれだけ見つめても気づかない死神さんに水をかける。
「冷てっ! 何すんだよ」
してやったりと笑いかける。
「さっきの仕返し!」
こんなに大きな声が自然と出たのはいつぶりだろう。
すると死神さんはびちょ濡れのまま、うんともすんとも言わなくなってしまった。
さすがにやり過ぎてしまったと慌てて謝る。
「ごめんなさい。やり過ぎた……」
「いや、違う……なんか良いなと思って。楽しいな、こういうの」
優しい声色でそういう死神さんを前に今度は私が固まってしまう。
だって私といて楽しいなんて言う人、今まで一人もいなかった。
だから、こういうときどんな反応をしたらわからない。
「……あー、悪い。こんなこと急に言われても気持ち悪いよな」
死神さんはバツが悪そうに頭を掻きながらそう言った。その言葉でハッと我に返る。
違う、違うでしょ。そうじゃない。
言い訳ばかりが頭を巡るのは、素直になるのが怖いから。
でもそれは、死神さんがかけてくれた言葉と向き合わない理由にはならない。
私もちゃんと言葉にしなきゃ。
「死神さん! 私もとっても楽しい。友達が出来たらこんな感じなのかなって。ちょっと思えたから」
久しぶりに心の内をさらけ出して、自分が感じていることを誰かに伝えられた。
それだけで雲一つない快晴のように、私の心も晴れ渡っていく。
「だよな」
潮風が吹き、暖かな太陽が私たちを見守っている。それがあまりにも眩しくて手を掲げ、太陽を隠す。
「なあ、ちょっと散歩してから帰らないか? お前に見せたいものがあるんだ」
死神さんはそう言いながら木々の間に古民家がぽつぽつと建てられている人気の少ない田舎道を指さした。
服は濡れてしまっているから本当は今すぐ帰って着替えた方がいいんだろう。だけど、私は好奇心に抗えず二つ返事で頷いた。
「行きたい」
すると、死神さんはクルリと海に背を向けて歩き出した。私も置いていかれないようにその後を追う。
砂浜を出る前に足の裏に着いた砂を簡単に払い、アスファルトに片足を着いた。けれど、真夏の太陽に照らされたそれは私が思っていた何倍も熱くて、つい後退りしてしまう。
「そういえば、お前の靴持ってくんの忘れたな」
そういう死神さんの足元を見ると、しっかりと靴を履いていた。思い返して見ると、部屋の中でも死神さんは靴を履いていたような気がする。
私は裸足だったから、きっとその状態のまま来てしまったんだろう。
「仕方ないな。アスファルトは熱すぎるからこっち通るぞ」
彼はそう言いながらアスファルト横に生い茂っている草花に視線を移した。私もそれにつられて横を向く。
確かにここならあまり熱くはなさそうだ。そう思って一歩踏み出す。足の裏に草が擦れてなんだか少し擽ったい。
「行けるか?」
「うん、平気」
「そうか」
死神さんは私の隣に並ぶと、歩き始めた。その足取りは心做しかゆっくりとしていた。正直、私としてはありがたい。さっきまで海ではしゃいでいたせいで体力はほぼゼロ。
死神さんがいつものスピードで歩いていたら、私はきっとついていけなかっただろうから。
斜め上にある死神さんの顔をチラッと見る。もしかして、これは彼なりの優しさなんだろうか。
「どうした?」
そんなことを考えていると私の視線に気づいた死神さんが少し首を傾げた。
まさか反応されるとは思っていなくて声が裏返る。
「え、いや。なんでもない」
「ならいいけど」
そう返事だけすると、彼はまた前に向き直った。会話がないせいか蝉の鳴き声がとても大きく聞こえる。だけど、居心地は悪くなかった。むしろ安心するくらいだ。
何分か進んだところで死神さんが急に立ち止まり、進行方向と思わしき坂と私を交互に見る。
「こっから坂だけど大丈夫か? 無理そうならおぶるけど」
目の前にはかなり急な坂がある。今からこれを登ると考えると気が遠くなってしまう。
けれど、少し挑戦したいと思ってる自分がいることも事実だった。
「大丈夫。私、頑張ってみたいの」
「気分……とか悪くなったらすぐ言えよ」
そっぽ向きながら言いにくそうに話す死神さん。その姿に疑問を抱きつつも素直に善意を受け取る。
「わかった。そうさせてもらうね」
死神さんは「ああ」と言うと、さっきよりも更にスピードを落として歩き出した。その些細な気遣いに思わず頬が緩む。
その背中を追って一歩一歩、着実に足を前に進めた。ところどころに大きな石が転がっていて気を抜くと転んでしまいそうだ。
汗が頬を伝って地面に落ちる。長い髪が顔にまとわりついて気持ち悪い。もう喉もカラカラだ。歩けば歩くほど暑い日差しとこの坂が私の体力を奪っていく。
こんなことなら普段から少しでも体を動かしておけばよかったな、なんて今さら考えてもどうしようもないことばかり頭に浮かぶ。
だんだんと息が荒くなる。足が思うように動かなくて、ついに立ち止まってしまった。膝に手を置いて呼吸を整えようと息を吸うたび、喉が焼けるような痛みに襲われる。
すると、突然視界の隅に黒い何かが映った。顔をあげると、そこには私に背を向け、しゃがんでいる死神さんの姿があった。
「もう限界だろ? 乗れよ」
死神さんだって疲れてるはずなのに、なんでそこまで私に優しくしてくれるんだろう。
疲れで考えがまとまらず、何の返答も出来ないでいると、彼は私を促すように一瞬こっちを向いた。
死神さんの言う通り、私の体力はもう限界を超えている。これ以上わがままを言って歩き出したところで、数分後にはまた同じやり取りがされるはずだ。
それならば、と死神さんの元へ重たい足を動かす。
「お言葉に甘えて……」
彼の首に手を回し、体重を預ける。重くて申し訳ないななんて思っていると、急に視線が高くなった。死神さんが立ち上がったんだ。
「しっかり捕まってろよ」
「うん」
首に回していた手の力を強め、落とされないようにしがみつく。こんなにもくっついているのに、死神さんからは体温を感じない。
それは彼がこの世の者でないことを改めて私に突きつけてくる。少しの愚痴も吐かず、黙々と足を前に進める死神さんにふと疑問に思ったことを訊いてみた。
「今はあの不思議な力を使わないんだね」
彼の力を持ってすれば私を坂の上まで運ぶことなんて造作もないはずなのに。
「……おぶられるのは嫌か?」
少しの間のあと、死神さんから返ってきたのは答えになっていないそんな言葉だった。まるで自分がしたいからしてるんだ、とでも言いたげなその口調に口元が綻ぶ。
「ううん、そんなことないよ。ありがとう」
自分でもなぜかわからない。でも彼が私のことを考えてくれたことが無性に嬉しかった。
死神さんは「そっか」と独り言のように呟くと、それ以上口を開けようとはしなかった。しばらくの間、大人しく彼の背で揺られていると急な眠気が私を襲った。彼が私の分まで頑張ってくれているのにこのまま眠るわけにはいかない。
そんな私の思いとは裏腹に襲ってくる睡魔はどんどん強くなっていく。
それに逆らうように死神さんの肩に顔を埋め、彼の真っ黒なマントを握り締める力を強める。それでも眠気が収まる気配はない。
とうとう耐えきれなくなり、私は意識を手放した。
「――い、おい。そろそろ起きろ」
死神さんの呼び声にハッと目を覚ます。
「ごめん、寝ちゃってたみたい……」
「だいぶ疲れてたみたいだからな」
疲れていたとはいえ、あまりにもあっさりと寝てしまった自分が情けない。辺りを見渡しても眠る前と何も景色は変わっていないように感じる。
坂の左右に木がぽつぽつと不規則に生えているだけだ。
「私どれくらい寝てた?」
「さぁな……十五分くらいじゃないか?」
「そっか。ねえ、私もう体力回復したし自分で歩けるよ」
そう言うと、死神さんは私を優しく地面に下ろしてくれた。前を向くとまだ少し続きそうな坂が嫌でも視界に入る。
気合いを入れ直すためにも、普段は顔を隠せるよう下ろしている髪をひとつに結んだ。
「多分あと五分くらいで着く。頑張れよ」
死神さんは私にそれだけ伝えると、先に歩き出した。私もその後に続く。
彼が言っていた通り、五分間歩き続けていると途端に坂の終わりが見えてきた。死神さんはそこで足を止め、後ろを歩いている私を待つように振り返った。
私も懸命に足を動かし坂を登りきる。するとそこには、どこまでも広がる水平線があった。一羽の鷹が私の遥か上を掠める。空を翔るその姿は自由を体現しているようで、一瞬で目を奪われた。太陽の光が反射して輝く海も、雲ひとつない空も鷹を優しく見守っている。
「気に入ったか?」
死神さんの言葉に首が取れそうになるほど大きく頷く。生ぬるい夏の風が、額の汗を撫でる。
「私ずっとこうしていたいな。どこにも行かずに、ずっと海を眺めていたい」
「好きなだけいればいいさ」
私のわがままだらけな独り言に、死神さんは寄り添うように言葉を放った。ただただ穏やかな時が静かに流れていく。
私は死ぬ運命にある。それはずっと望んでいたことで、変わることはない。
それなのに今、私は時が進むことを拒んでいる。そんな自分勝手な考えに自嘲を漏らした。
*
日が暮れ、家に帰ってからは急いでシャワー室に駆け込んで冷えた体を温めた。
ぽかぽかになったところで、自分の部屋に戻りベッドの上にうつ伏せに倒れこむ。
そのまま寝ようとしても窓が気になってどうしても眠れない。
『また明日来る』
死神さんは私を家まで連れ帰ったあと、そう言い残して姿を消した。だから、今日はもう入ってくるはずがない。それなのにどこか期待してる自分がいる。
「明日の願い事はどうしようかな」
ごろんと仰向け状態に体の向きを変えながら、独り言を呟く。
すると突然、机の上に置いていたスマホが鳴り出した。
最初は無視しておこうと思ったが、あまりにもなり続けるものだから仕方なく体を起こす。
「お母さん……」
それは普段、電話をかけてこないお母さんからのものだった。
切れてしまわないうちに応答ボタンを押す。
「もしもし……」
「もしもし、依織? 今日学校に来てないって先生から連絡があったんだけど……」
喉の奥からヒュっと声が漏れる。
確かに今日は連絡もせず学校を休んだ。
だけど、まさか親に連絡がいくなんて予想もしていなかった。
「先生がね、何かあったんじゃないかって心配して下さって……もしかして体調悪いの?」
これはどう答えるのが正解なんだろう。今までずる休みなんて一回もしたことがなかった私にはその正解がわからない。
もし体調が悪いと言えば、お母さんはきっと心臓移植関連だと心配して飛んで帰ってきてくれる。
そんな迷惑は絶対にかけられない。かと言って、それ以外の言い訳が見当たらない。
「依織……?」
心配そうに私の名前を呼ぶお母さんの声を聞くと、心臓がギュッと痛くなる。
「あ、うん……大丈夫。ちょっとしんどかっただけだから。もう全然平気」
頭をフル回転させても、こんな返し方しか思いつかない自分が嫌になる。
「ほんとに? 病院は行かなくていいの?」
「大丈夫だよ。仕事頑張ってね」
それだけ言って電話をプツリと切り、息を吐く。
電話の内容からして先生はきっと昨日の出来事をお母さんに話していない。
そのことにとてつもない安心感を覚えて、脱力してしまった。
「学校行かなきゃ……」
明日も学校に行かなかったら、今度は家に先生が訪ねてくる可能性もないとは言えない。
机の横にかけていたスクールバッグに手を伸ばし、授業に必要なものを中に入れていく。
けれど、その作業中に学校で一人ずっと席に座ってる自分が脳裏に浮かんだ。
誰とも話すことなく、ただ人形のようにその場にいるだけの自分が。
「やっぱり行きたくないな……」
準備をしていた手が自然と止まり、天井を仰ぐ。
一度口にしたら取り消すことは出来なくて、ただ行きたくないという想いが心を埋めつくした。
「今日はもう寝よう。明日のことはまた明日考えればいい」
そう自分に言い聞かせ、部屋の電気を消してからベッドの中に潜り込む。
だけど、なかなか眠りにつくことができない。
このまま瞳を閉じて、次開けたときにはきっと朝になってしまっているはずだ。
そしたらまた地獄のような一日が始まる。
そう思うと怖かった。
クラスメイトからの冷たい視線を浴びるくらいなら、この夜にずっと閉じ込めてほしいと、そう願うほどに。
「朝なんて来なければいいのに……」
届くことのないその声は静寂に呑まれ、消えてしまった。
結局あれから寝つくことが出来なかった私の目元には隈が出来てしまっていた。
机の上をチラッと見ると、準備途中のまま放置していた教科書が目に入る。
ため息を吐き出しながら机に向かい、スクールバックの中にそれを乱雑に詰めいれる。
壁に吊るされた制服に手を伸ばし、腕を通す。たった一日着なかっただけなのに、体に押し寄せる息苦しさのようなものがとても久しぶりに思えた。
窓を閉めて学校に行こうとしたとき、昨日と同じようにふわっとした風が部屋に流れ込んできた。
それだけで姿を見ずとも彼が来たことがわかる。
「おはよう、死神さん」
「おはよう……今日は学校行くんだな」
死神さんは私の制服姿とスクールバッグを交互に見てからそう言った。
「うん、昨日学校休んだら先生から連絡入ったみたいで……」
「そうか」
昨日の楽しかった時間とは違う、重苦しい時間が流れる。
「……願い事を聞きに来たの? それなら帰ってきたから考えるから。じゃあね」
その空気に耐えられず、話を早々と切り上げる。
私は昨日まで死神さんとどう向き合っていたんだろう。
「あ、おい!」
死神さんの制止の声を振り切って、階段を降り、家を飛び出した。
あのままあそこに留まっていたくなかった。死神さんに私が心の内に隠しているもの全部を見透かされているような気がして落ち着かなかったから。
空からは相変わらず真夏の日差しが降りかかっている。
その炎天下の中を進み続ける。
だんだんと同じ高校に登校している生徒の姿が増えてきた。
――大丈夫、大丈夫。
そう自分に暗示をかけ、震える足で校門をくぐり抜ける。
もう既に靴箱には何人もの生徒がいて、出来る限り目立たないようにと髪で顔を隠すように俯いた。
靴を履き替え、足早に靴箱近くの階段を上がる。
三階に上がってからゆっくりと自分の教室へ足を進めた。
周りの人達の話し声が全て雑音に聞こえる。まるで知らない世界に一人、取り残されたような。そんな恐ろしい感覚が私を襲った。
足を止め、右側を見る。
目の前には『一年B組』と書かれた教室。
その中からは騒がしい笑い声が聞こえて来る。
ドアを開けようと手をかけては離す。それを何度も繰り返した。
胸に手を当て、大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
それから意を決してドアを開けた。
みんなが一斉に私の方を見る。さっきまであんなに騒がしかったのに、今はそれを感じさせないほど静まり返っていた。
息が詰まる。足が竦んでしょうがない。お願いだからそんな目で私を見ないで。
鞄をギュッと掴んで下へと目を逸らす。
やっぱり私には無理だ。
踵を返そうと後退りしたとき、誰かにぶつかってよろけてしまった。
「え、あ……すみません」
脇を通り抜けようと横にずれると、頭上から聞き覚えのある声が降ってきた。
「天宮、今日は来れたんだな。良かった」
「三宅先生……」
なんてタイミングが悪いんだろう。先生に見つかったんだ。
もう帰るという選択肢を選ぶことは出来ない。
「……おはようございます」
先生に表情を悟られないように俯きがちに挨拶して教室に足を踏み入れる。
自分の席へと一直線に進んで、そこに座ろうとしたときクラスメイトの一人に声をかけられた。
「あの……天宮さん。昨日席替えして天宮さんの席はあそこに決まったの」
それだけ言うと、そそくさと友達の元へ帰って行った。
きっと私が座ろうとしていた席はあの子のものになったんだろう。だから私に話しかけた。迷惑だから。理由はたったそれだけ。
その証拠にあの子の瞳は私を映してはいなかった。
いつものこと。だけど、それがどうしようもなく辛い。
早く席に着こうと教えられた窓際の一番端の席に向かう。
普通はみんな先生にあまり見られない端の席に座りたがるはずなのに、今回は休んでいた私にこの席が与えられた。
そのわけがなんとなくわかる気がする。
邪魔だからあっちに行け。
直接誰かに言われたわけじゃない。だけど、きっとこの席にはそういう意味合いがあるんだと思った。
ふう、と一つ息をつき席に座ると同時にチャイムが学校に鳴り響いた。
「よーし、授業を始めるぞ」
三宅先生の一言で今まで話していた人達もぞろぞろと自分の席に戻っていく。
私も教科書とノートを開け、授業に集中しようと気持ちを入れ替える。
授業中は班ワークや、ペアワークをしない限り唯一学校内で心落ち着ける時間だった。
みんな真っ直ぐに前だけ見て、勉強のことだけしか考えていないから。
それから一から四時間目まで同じように授業を受け、間休憩もトイレにこもりなんとかやり過ごした。
そして迎えた昼休み。チャイムと同時に教室から逃げるように出た私は、人気の少ない体育館裏に来ていた。
私はこの時間が一番嫌いだ。
長い長い時間を一人で耐えなければいけない。
周りに人がいないことを確認して、その場に座り込む。
それからポケットの中に忍ばせておいた免疫抑制薬を一気に流し込んだ。この薬はあと五年か十年か十五年。私の心臓の寿命が尽きるまで一生飲み続けれなくてはならないものだ。
まだ手術を受けて間もない中学生のとき、一度だけ教室でこれを飲んだことがある。そのときのクラスメイトの顔が今でも忘れられない。
またそんなことが起こるかもしれないと考えただけで震えが止まらなくなる。
嫌な思考を遮断するように顔を膝にうずくめた。
もちろん冷房なんてものはなくて、暑さが全身を包み込む。次の授業が始まるまで四十分。
どうにかここで時間を潰そうと思ったとき、女子生徒の話し声が聞こえてきた。
「そういえばさ、天宮さん今日は来たね」
自分の名前が出て、心臓がドクッと波打つ。暑さのせいじゃない、変な汗が背中に滲む。
「悪く言うつもりはないけどさ……正直迷惑だよね。同じクラスってだけで私たちまで変な目で見られるだもん」
私が知らないところで、私のせいで迷惑している人がいる。
その事実は一人で孤独に耐えることより、私を重く苦しめた。
もし私が原因でみんなも周りから冷たい視線を向けられているとしたら、そしたら私はもう被害者面なんて出来ない。
涙が、嗚咽が溢れないように必死に唇を噛む。
気がつけば休み時間終了まで十分を切っていた。
どんな顔で教室に戻ればいい?
どんな気持ちででクラスメイトからの視線を受け止めればいい?
次々と疑問が湧いて思考がばらける。
それは次第にある一つの気持ちに吸収されていった。
――戻りたくない。今すぐここから立ち去りたい。
重い腰をあげ、裏門へ足を進める。そこから出たらきっとばれない。
私が逃げ出せば先生に心配されるかもしれない。また電話がかかってきて親に迷惑をかけるかもしれない。
だけど、今はそんな後のことを考える余裕はなかった。
学校の敷地内を出てから、宛もなく歩き出す。
家の鍵はポケットに入っている。帰ろうと思えば帰ることも出来た。
けれど、どうしてもそうしようと思えないのは学校を飛び出した罪悪からかもしれない。
しばらく歩いていると、川のせせらぎが聞こえてきた。
その音に誘われるように歩いていると川で遊んでいる子供や、話を弾ませているお年寄りが目に入った。
河川敷に腰を下ろし、その様子をボーッと眺める。
私はいったい何なんだろう。生きていても死んでも私という存在が誰かに迷惑をかける。
じゃあ私の生まれた意味ってなに?
答えの出ない自問自答を繰り返していると、私のところにピンポイントで影が落ちた。
不思議に思って上を向くと、死神さんが私の顔を覗き込んでいた。
「死神さん……なんでここにいるの?」
「それはこっちのセリフだ」
死神さんはそう言うと私の隣に座った。
「学校はどうしたんだよ」
「……別に。死神さんには関係ないよ」
私の態度が気に食わなかったのか、彼は不満そうに口を開けた。
「あっそ。聞いてやろうと思ったのにな」
それがまた私の心を掻き乱す。
「そんなのお願いしてない」
もう自分で自分をコントロール出来るほどの余裕が今の私にはなかった。
「話を聞いてやる? ふざけないでよ。死神さんにわかるの? 周りの人に迷惑をかけ続ける私の気持ちが」
これは完全に死神さんへの八つ当たりだとわかってる。
それでも言葉が流れ出て止まらない。
「全部、自分の心臓のせいだって言いたいのか?」
反射的に顔を上げる。死神さんは私を見たまま微動だにしない。
「なんで……知ってるの?」
死神さんに私のことを話した覚えは少しもない。それなのにどうして……
「俺は死神だ。自分の担当する人のことくらい調べてる」
「それはどこまで……」
開いた口が塞がらない。
「情報でいうならお前の過去のことは全部。黙っててわるかった」
それなら確かに海で私の体調に気をつかってくれたことも腑に落ちる。
申し訳なさそうに俯く死神さんを前に、どうしようもない悲しみが込み上げてきた。彼も結局、私に同情して優しくしてくれていただけなんだ。
「……そうだよ。全部全部この心臓のせいだ」
胸に手をおき、心臓が痛くなるほど強く掴む。
「これがあるから親や先生、クラスメイト。その全員に迷惑をかける。死にたいと思っても私が死んだら、借金をしてまで手術を受けさせてくれた親の優しさを踏みにじることになる。だから、だから……」
息がどんどん上がっていく。死神さんはそんな私の様子をただ隣で静かに見ているだけだった。
「死神さんが私の死は運命だって言ってくれて嬉しいかったの。もう悩まなくていいんだって。運命なら仕方ないって自分を納得させることができるって思ってた」
死神さんが私の過去を全部知っているなら隠す必要なんてない。
誰かに聞いてほしかった。誰かに共感してほしかった。今まで頑張ったねと言ってほしかった。
それだけなのに、死神さんの口から出た言葉はとても冷たいものだった。
「なんだよそれ……お前は結局、自分が死にたくない理由を親に押し付けてるだけだろ。俺が聞いてやるって言ったのはそんな偽りだらけの言葉じゃない。お前の本音だ」
風が私たちの間を切り裂くように通る。
そのとき初めて見えた死神さんの琥珀色の瞳が私を掴んで離さない。
「言えよ。本当のこと全部」
彼が何を言っているのかわからない。あれが私の本音じゃないなら、どれが本音だというんだ。
心の中がぐちゃぐちゃになって、これ以上私の心に踏み込んでほしく無くて拒絶した。
「あれが私の本音だよ! もういいでしょ。お願いだからどっか行って……」
死神さんは驚いたように目を開けてから、ゆっくりと立ち上がる。
「……それがお前の願いなら、俺はそれに従う。じゃあな」
そう言うと彼は瞬きする間にどこかへ消えていった。
感情に身を任せ放ってしまった言葉に一人、頭を抱える。
そんな私とは裏腹に河川敷付近では穏やかな風景が流れていた。その雰囲気に呑まれるように上半身を倒し、空を見上げる。
真上の目を惹かれるほど晴れ渡っている空は、西からやってくる雨雲に今にも覆われそうになっていた。
「もうすぐ雨が降るのかな」
空に向かって手を伸ばしたとき、鼻先にポツンと雫が降ってきた。周りにいる人達も気づいたのか雨が本格的に降り始める前に近くにある橋の下に向かっている。
雨は次第に激しさを増し、私が腰を上げ橋の下へと辿り着く前に制服が濡れてしまった。
もういっそのことこの雨が今日起きた出来事の記憶を全部、頭の中から洗い流してはくれないだろうか。
そんな馬鹿で甘い考えが浮かぶ。
今更、橋の下に行ったって何も変わらない。そう思って、またどこへ向かうでもなく歩き始める。
今は雨のせいか、どこへ行ってもシンと静まり返っていた。
ぶらぶらと辺りを彷徨っていると、見覚えのある懐かしい公園に辿り着いた。他にあてもなくて、三角屋根の下に設置されたベンチに腰掛ける。
地面に叩きつけられる幾多もの雫が草木と交じり合い、その柔らかな匂いは私の鼻を擽った。
目を閉じると、まだ四歳くらいのときの自分がお母さんと辺りを駆け回って遊ぶ姿が脳裏を横切る。
そのときはまだ、未来の私がこんなダメな人間になるとは考えもしなかった。
夏とはいえ濡れた服のまま外を出歩くのはさすがに寒く、鳥肌がたった腕を少しでも温かくなるよう擦った。
しばらくの間、そうしていると学校帰りを連想させる小学校低学年ほどの男の子が、傘を振り回しながら目の前を通ろうとしていた。
「もうそんな無時間か」
ここにいたら学校から帰ってる途中のクラスメイトに会ってしまうかもしれない。だから、もっと人目のつかない場所に移動しようと思ったとき、さっきの男の子が足を滑らせ転んでしまった。
「あ、大丈夫……?」
そばに駆け寄って、転んだ状態からピクリとも動かない男の子に声をかける。もしかしたら泣いているかもしれない。
そう思うと、どうしたらいいのかわからず私がオドオドとしてしまう。
けれど、それは杞憂だととすぐにわかった。
「うん、大丈夫だよ! 僕強いから。でもありがとう、お姉ちゃん!」
その男の子はむくりと起き上がると泥だらけの顔で笑いながらお礼を言った。
「でも服が……その格好で帰ったらお母さん困っちゃわない?」
服は一面に泥がべっとりとこびりついている。きっとこれは洗っても落ちないだろう。
「困っちゃうかもだけど、お母さん優しいから大丈夫!」
全く答えになっていないのに、お母さんのことを誇らしげに話す姿を見て少し羨ましいと思った。私にはきっと出来ないことだから。
「そっか、じゃあね。気をつけて帰るんだよ」
今度こそこの場から立ち去ろうと男の子に手を振って歩き出そうとしたとき、後ろから服を引っ張られた。
何事かと思い、振り返る。今は一時的にかもしれないが雨が弱まってきている。この子だって私と同じくらい雨に打たれて、そのうえ泥だらけなんだ。弱まってる今のうちに帰った方がいいのに。
「どうしたの?」
「お姉ちゃん。僕のお家来ない? 風邪引いちゃうよ」
突然の誘いにどう返したらいいのかわからず、困ってしまう。
「えっと、私は……」
視線を泳がせてから口を開こうとしたら、その男の子が心配そうに私の顔を下からじっと見つめていたことに気がついた。
心臓となんの関係もない純粋な眼差しを向けられたのは久しぶりで、遠慮の言葉が口から出る前に別の言葉が零れ落ちた。
「じゃあ、お邪魔してもいいかな?」
*
それから二人で公園を出て、男の子に手を引かれるまま道を右へ行ったり左へ行ったりを繰り返している。
「ねえ、名前はなんて言うの?」
家にお邪魔するんだから名前くらい知っていた方がいい気がしてぐんぐんと前に進んでいく後ろ姿に問う。
その子は顔だけを振り向かせると、とびきりの笑顔で名前を教えてくれた。
「優希だよ! お姉ちゃんは?」
「私は天宮依織。優希くんの家はどこらへんにあるの?」
さっきから結構歩いているはずなのに目的地へ着く気配がない。家がそんなにも遠くにあるんだろうか。
そんなことを考えていると、優希くんは急に歩く足を止めた。
「着いたよ! ここが僕の家!」
そう言って手を離し、目の前の一軒家を指さした。当たり前なのかもしれないけど、その家にはしっかりと明かりが灯っている。
優希くんは自分の背丈より少し高い場所に設置されたインターホンを背伸びしながら押した。
すると家の中から慌ただしいドタドタとした音と共に大学生くらいのお姉さんらしき人が玄関の扉を勢いよく開けた。
「優希! 遅かったね……ってなんでそんな泥まみれなの!? あと、こちらの方は……」
そのお姉さんは泥塗れの優希くんとずぶ濡れの私を交互に見る。その姿はとても困惑しているようだった。
「公園で転けちゃったんだ。そしたらこのお姉ちゃんが助けてくれたの」
「そうだったんだ。すみません、ありがとうございます」
頭を下げられ、今度はこっちが困惑してしまう。
「いえ! 私はそんな大したことはしてなくて……」
これは本当のことだ。優希くんは私がいなくてもきっと一人で立ち上がり家に帰っていただろう。だから私が頭を下げられるのは筋違いなんだ。
私とお姉さんがお互いに頭を下げ合っていると、優希くんはつまらなそうに唇を尖らせ私たちの手を握った。
「早く家に入ろうよ。お母ちゃんも中にいるんでしょ?」
「あっ、そうだよね。お母さんももちろん中にいるよ」
お姉さんはそう言いながら優しく優希くんの背中を押すと、次は私の方を見ながら口を開けた。
「あなたも入って」
「え、いや私は……」
「いいから早く! 風邪引く前に、ね?」
遠慮して帰ろうとするも、手首を掴まれ半ば強引に家の中に放り込まれてしまった。
「お母ちゃん! ただいまー!」
優希くんが大きな声をだしながら、奥にいるであろうお母さんの元へ走っていこうとする。けれど、お姉ちゃんによって行く手を阻まれていた。
「ちょっと優希! 泥だらけのままリビングに行こうとしない。お風呂沸いてるから入ってきて」
「はあい」
渋々といった感じで優希くんはそのまま私を置いてお風呂へ向かって行った。
「えっと、それで……」
お姉さんは私の方をじっと見て視線を泳がせる。それが何を意味しているのかはすぐにわかった。
「あの、天宮依織です」
「依織ちゃんね。私は明日菜。依織ちゃんもお風呂入る? 結構濡れてるみたいだし」
明日菜さんは頭から足まで、全身に目をやった。確かに濡れてはいるが、さすがにそこまでしてもらうのは申し訳ないと思い、必死に体の前で手を振った。
「全然大丈夫です! 私もう帰りますし……」
「それはだめ。お風呂には入らなくていいから、せめて服は着替えよ。私の古着あげるからさ。ここでちょっと待っててくれる?」
そう言うと、私が返事をする前に玄関近くにあった階段を駆け上がっていった。私は必然的に一人、玄関に取り残されることになる。
周りに置かれているものを濡らさないように細心の注意を払いながら明日菜さんが戻ってくるのを待っていた。
すると、どこからか姿を現した三毛猫がゴロゴロと喉を鳴らしながら私の足に擦り寄ってくる。
「茶々が知らない人に甘えるなんて滅多にないのよ。あなたはきっと優しいのね」
突然話しかけられて、思わず体が硬直してしまう。足元にいる猫からバッと前に視線を移す。
そこにはお腹が大きく膨らんでいる女性がたっていた。きっと優希くんと明日菜さんのお母さんだ。妊婦さんだったなんて……
「あっ、ごめんなさいね。急に話しかけて」
その人は眉を下げ、少し困ったような笑顔を浮かべながらそう言った。
「いえ、全然……」
「奥の部屋で話を聞いてたの。優希を助けてくれてありがとう。私は今、見ての通り子供を身ごもっていて学校のお迎えに行けないから心配だったのよ」
お腹を優しく撫でながらも、その目は確かに優希くんのことを案じているようだ。
ああ、この人は正真正銘の母親だ。心から子供のことを大切にしている。誰に聞いたってこの人は立派な母親だと答えるだろう。
「優希くんのこととても大切に思ってるんですね」
優希くんだってお母さんからの愛情をしっかりと受け止めている。だけど私は違う。その愛情に触れるのが少し怖い。
「……ねえ、依織ちゃん。何か悩んでることがあるなら聞くわよ」
私が驚いたように口をぽかんと開けていると、優希くんのお母さんは眉を下げ、優しく笑った。
「だってさっきからずっと思い詰めたような顔してるんだもの。やっぱり大人として、ほっておけないでしょ?」
「あの……その……」
重い口を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返し、やっと鉛のような言葉が出た。
優希くんのお母さんは首を傾げ、私の次の言葉を待ってくれている。
本当の母親に聞くことが出来なくても、この人になら聞くことが出来るかもしれないと、そう思った。
「もし、もしも……自分の子供が病気にかかって……そのせいで借金ができたら。自分の人生が狂わされたら……どう思いますか?」
どこに視線を向けたらいいのかわからず、床を見る。
恐る恐る優希くんのお母さんの方を向くと、口をぽかんと開けて私のことを見つめていた。
変なことを聞いてしまったんだ。そういう反応をされてもおかしくない。
「やっぱり忘れてください。本当に大したことないことなんで……」
笑みを浮かべ、そう開き直る。けれど、優希くんのお母さんは「うーん」と少し考える素振りを見せてから、優しく温かい眼差しを私に移した。
「そうねえ……私は嬉しいと思うかな」
「……え?」
予想の斜め上の言葉に目を見開く。
「だって、自分の人生をかけて子供を助けることが出来るのよ? これ以上に喜ばしいことってある?」
嘘偽りない澄みきった声に胸が打たれ、視界がぼやける。私のその様子を見て、優希のお母さんは慌てながら言い足した。
「病気になってくれて嬉しいとか、そんなことを言ってるわけじゃないの。そうじゃなくてね……」
わかってるという意味を込めて、コクコクと頷く。嗚咽が漏れ出さないように必死に口を抑えながら、地面に座り込んだ。
背中をゆっくりと落ち着かせるように撫でてくれる。
「大丈夫よ。大丈夫」
もう涙を我慢することなんてできなくて、久しぶりに人前で声を出して泣いた。
もし私の両親も優希くんのお母さんと同じ考えで、毎日毎日夜遅くまで働いていたなら。
そう思うと涙がどうしても止まらなかった。
私の大きな泣き声が聞こえたのか、明日菜さんが足音を立てながら階段を駆け下りてくる。
「え、お母さん。何してるの!? 泣かせたの!?」
ものすごい剣幕で自分の母親に迫る明日菜さん。私はその誤解を解くために勢いよく立ち上がった。
二人とも動きを止め、じっとこっちを見ている。
「違うんです! ただ自分が情けなくて、でも嬉しくて……泣いてるだけなんです」
上手く言葉にすることは出来ない。それでも今、私が何を感じて何を思ったのか伝えなければならない。
「それならいいんだけど……うちのお母さんに泣かされたならいつでも言ってね。私がちゃんと怒るから」
明日菜さんは腕を捲って、拳を天井に突き上げる。優希くんのお母さんはそんな明日菜さんの姿を見て「ふふ」っと笑った。
「しないわよ、そんなこと。ね? 依織ちゃん」
「はい、もちろん」
私もそれにつられて口角が自然と上がる。そんな私を前に明日菜さんが何かを思い出したように、私に近寄ってきた。
「はい、これ。私の古着だけど、濡れた制服よりかは着心地いいと思うよ」
「ありがとうございます」
素直にその服を受け取り、案内された部屋で服を着替えた。古着とはいえ、私が持っているものよりセンスが良いそれに、着せられてる感がすごいなと苦笑いが零れる。
服と一緒に渡されたビニール袋の中に制服を入れ、また玄関へと戻った。
そこにはお風呂から上がった優希くんもあって、今いる家族総出で私のことを見送ってくれた。
「依織お姉ちゃん! また来てね! 今度は僕の宝物見せてあげるから」
「優希もこう言ってることだし、ぜひ来てね。待ってるわ」
「また私の古着あげるからねえ」
その声に押されるように玄関のドアを開ける。いつの間にか雨は止んでいて、満点の青空が外に広がっていた。
それはまるで私の心に呼応するかのように。
何歩か踏み出し後ろを振り返ると、まだ三人とも手を振ってくれている。そこに向かって深く頭を下げ、また足を進めた。
家に帰っている途中に死神さんに言われた言葉を思い出す。
『お前は結局、自分が死にたくない理由を親に押し付けてるだけだろ』
本当は彼の放った言葉の意味を初めから理解してた。だけど、気づかないふりをした。
生きたい理由を探すよりも死ねない理由を自分に言い聞かせている方が楽だったから。
ずっと周りから哀れみの目を、異物を見るような目を向けられいた私は、生きたい理由を探して自分が傷つくのが怖かったから。
だから、親を悪役にまでして私は自分を正当化してきた。
でも優希くんのお母さんのあの言葉を聞いた今なら、その行為がどれほど愚かなことだったのかがわかる。
今更、死神さんに私の本音を全部聞いてほしいなんて虫が良すぎる話かもしれない。
そうだとしても謝ることくらいはしたかった。もう後悔しないためにも。
早足で家への道を進み、玄関の鍵を開け、自分の部屋に足を踏み入れる。
異様なまでに片付いている静かな私の部屋。もちろんそこに死神さんの姿はない。わかっていたはずなのに、そのことにショックを受けている自分がいた。
胸辺りの服をギュッと掴み、大きな深呼吸をひとつしてから窓を開け、ベッドに腰掛ける。
「死神さん。話を聞いてほしいの」
やはり返事はない。たとえ独り言になってしまったとしても、話すことをここで辞めるわけにはいかなかった。
「親に迷惑をかけないように、なんて言いながら私はずっと自分のことしか考えていなかった」
包み隠さず全てを吐き出していく。
「だから死神さんに図星を突かれて、すごく動揺したの。私が隠してた真っ黒な部分を全部見透かされているような気がして……怖かった……八つ当たりなんてして、ほんとうにごめんなさい」
声が震えて止まらない。自分の想いを言葉に乗せる。たったそれだけのことなのにとてつもない勇気が私には必要だった。
「……一週間後、死神さんに命を取られるそのときまで。私は、私の心のままに生きたい。それが今の本音。嘘なんかじゃないよ」
生まれて初めて言葉にした私の気持ちに、もう嘘をつくことなんてことしたくなかった。
私の想いを語り終わった瞬間にあの優しい風が部屋に流れ込んできた。目の前にはさっきまでいなかった死神さんの姿がある。
彼は「はあ」とひとつため息をつき、誰に言うまでもなく一人呟いた。
「そうきたか……まあ、一歩前進ってとこだな」
困ったように口角を上げて彼は笑った。夜の町を輝かせる月明かりに照らされ、その姿がはっきりと見える。
つい数分前まで、もし死神さんが姿を表さなくても……なんて腹を括っていたのに、彼が会いに来てくれて心底ほっとしている自分がいた。
「言っとくけどな、俺は同情なんかでお前に優しくしてたわけじゃないぞ」
おどけたように言う死神さんにコクコクと頷く。
「うん。わかってる。わかってるよ」
安心から涙が自然と頬をつたる。
服の袖で涙を拭い、目元に力を入れて死神さんを見上げた。
「今日の願い事、訂正してもいい?」
「……一日に複数の願い事を聞くことはできない。これは死神界のルールだ」
腕を組み、少し間を空けてから彼はそう答えた。
「そっ……か。それなら仕方ないよね」
思ってもない願いを感情に任せて放ってしまった過去の行いを後悔する。一度口にしたことは取り消せないんだ。わかっていたはずなのに改めてそのことを痛感してしまう。
「――それがお前の独り言なら俺には関係ないけどな」
死神さんの小さな声が耳に入ってくる。彼の方を見ると当の本人はそっぽ向いて知らん顔をしていた。
その不器用な優しさがどうしようもないほど私の心を揺さぶる。
ギュッと胸元の服を掴み、力いっぱい声を出した。
「私は残された数日間で、人生をやり直したい! 生きててよかったと思えるようなものにしたいの!」
家に私の声が響き渡る。これはけじめだった。ずっと下を向いて生きてきた私にとって大きな一歩。死神さんはそんな私の決意を後押しするかのように頭の上にそっと手を置いてくれた。
昨日の決意を胸に私は今、死神さんと机を挟んで向かいながら話し合いを開いていた。
学校が始まるまで残り約四十分。家から学校に行くのにかかる時間が三十分と考えると、十分後には家を出ないといけない。
「で、お前はどうしたいんだよ」
「それは……」
「学校に行きたいのか? 行きたくないのか? それを言ってくれねえとこっちは何も出来ないぞ」
そう、私は今選択を迫られていた。昨日のこともあって正直、学校には行きたくない。だけど、あれだけ宣言しておいて嫌なことから逃げるのは違う気がする。部屋にある時計の秒針が私を急かすように音を立てる。
「もし、一人で行くのが嫌なら俺も一緒に行ってやる。お前がそれを望めばな」
死神さんは優しい声色でそう言った。確かに彼が隣にいてくれたら孤独は感じずに済むかもしれない。
「ついてきてほしい。お願い、死神さん」
「よし、じゃあ行くか」
私がお願いすると死神さんは立ち上がり、私に向けて手を伸ばした。その手をそっと掴む。
すると体がぐいっと引っ張られ、下の階へと続く階段に連れていかれた。死神さんはそのまま階段を駆けていく。
もちろん手を掴まれている私も道ずれになるわけで、転げ落ちそうになってしまう。
「え、死神さん! ちょっと待って!」
死神さんは私の言葉に聞く耳を持たない。
なんとか無事に下の階に辿り着いて胸を撫で下ろしていると、死神さんが肩で笑っているのが横目に見えた。
「そんなに笑わないでよ」
「悪い悪い」
謝りながらも未だに口元を抑え笑っている死神さんをじと目で見つめる。
「……悪かったって」
やっと私の気持ちが伝わったのか彼はフードの上からわしゃわしゃと頭を掻きながら、明後日の方向へと顔を向けていた。
そんなどこにでもいる普通の男の子のような姿を見ていると自然と笑みが零れた。
「死神さん、行こう。学校に遅れちゃう。今日は絶対に一日学校で過ごすって決めたんだから」
彼の横を通り過ぎ玄関のドアに手をかけようとしたそのとき、外側から鍵が開けられた。
勢いよく開いたドアの向こう側に立っていたのは、ボサボサの髪に加えスーツが着崩れている私のお母さんだった。
「依織!!」
私の姿を瞳に捉えると鞄をその場に落とし、勢いよく抱きついてきた。あまりにも急な展開に体が硬直してしまう。
「昨日の夜に先生から依織が学校から飛び出したって連絡がきて一晩中気が気でなかったんだから。終電を逃して帰ることも出来なかったし……」
一気に捲し立てて話すお母さんの圧にどうしていいのかわからず、怖気付いてしまう。
「お、お母さん。落ち着いて」
すると、今度は私の肩を痛いくらい強く掴んで激しく揺さぶってきた。
「落ち着けるもんですか! 自分の娘が危ない目にあってるかもしれないのに! お父さんも凄く心配してたのよ!」
お母さんの真剣な眼差しが私を掴んで、目を逸らすことを許してくれない。死神さんはそんな私たちの状況を静かに見守っているだけだった。
「もう……心配かけないで。お願いだから」
お母さんの懇願するような、そんな震えた声を初めて聞いた。昨日泣いたばかりだというのに、自然と涙が輪郭をなぞった。
私は腕をお母さんの背中に回し、力いっぱい抱き締め返した。
「ごめんなさい! もう、もう絶対あんなことしないから。約束する」
お母さんは私が考えてた以上に、私を大切にしてくれていた。その抱擁感から心が満たされていくのを感じた。
「本当に依織は、昔から変わらずお転婆娘なんだから」
そう言いながらポケットに潜ませていたらしいハンカチで涙をごしごしと拭ってくれる。その目元は柔らかに細められていた。
少しの間、お母さんと笑いあっていると後ろから視線を感じた。ふと時計を見ると学校が始まるまで残り三十分を切っていた。
「あ、お母さん。私もう行かなきゃ」
「行くって学校に?」
その問いかけに首を縦に振る。お母さんは眉をひそめ、心配そうに顔を覗いてきた。
「依織。無理してまで行かなくてもいいのよ」
「大丈夫だよ。私は一人だけどもう一人じゃないから」
死神さんのことを横目で見る。お母さんの反応を見る限り、きっと彼は私以外の人には見えないんだろう。
だけど私の目に映るなら、それは彼がここにいる証だから。
お母さんは一瞬不思議そうな顔をするも、すぐに笑みを浮かべた。
「そっか。それならきっと大丈夫ね」
そう言うと私を立ち上がらせて、玄関の前まで見送ってくれた。私がドアを開けて外に出ると、死神さんも後に着いてくる。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけて」
お母さんに手を振り返して、学校へ続く道を歩く。
いつもは重い足取りが今日はなんだか軽い。この調子で歩いていけばなんとか朝のホームルームに間に合いそうだ。
「よかったな。ちゃんと話せて」
私より少し前を歩く死神さんが私の方に軽く顔を向ける。
「うん、ありがとう。死神さん」
「今回は俺何もしてないけど?」
彼はそう言うけれど、もし死神さんに会ってなかったら、きっと私は今でも自分の死を願っていたはずだから。親とあんなふうに話すことなんて考えられなかったと思う。
「死神さんのおかげだよ」
だから私は彼に笑ってそう伝えた。死神さんは「なら、いいけど」と言ってまた前に向き直ってしまった。だけど、私が話しかけたら素直に答えてくれる。
それが嬉しくて話題を振りながら他愛のない話をしていると、いつの間にか学校前に来ていた。
「やっと着いたか。それにしても暑いな」
そう言う死神さんの方を向くと、手で風を起こすようにパタパタとフードの中を仰いでいた。
「死神さんも暑さとか感じるんだ」
「当たり前だろ。お前は俺をなんだと思ってんだよ」
彼は呆れたように息をつく。
思い返してみると河川敷でのあの一回を除いて、死神さんのフード下を私は見たことがない。そのときだってたまたま風が吹いてほんの一瞬見えただけだった。
『だったらその暑そうなマントを脱げばいいのに』
その言葉が喉を通りかけたとき、私は口を噤んみ、それを飲み込んだ。
顔を見せないのも黒いマントを脱ごうとしないのも、もしかしたら死神界のルールでそう決まっているからなのかもしれない。
だったら私がとやかく言う権利なんてどこにもないから。
「私の教室三階にあるの。冷房効いてて涼しいと思うよ」
雑念を振り払うように早足で廊下を歩き、階段を上った。だけど、教室に近づくにくれてどうしても体が鉛のように重くなり、動きが鈍くなってしまう。
心臓がバクバクと鼓動を早める。お母さんには大丈夫だと言ったけれど、やっぱりいざ教室を目の前にすると緊張してしまうものだ。
隣に立っている死神さんに一瞬視線を移し、教室のドアを開けた。一斉にこっちに向く視線。それに足がすくそうになったとき、死神さんが私の背中を優しく押した。
「安心しろ。俺はここにいる」
その言葉を聞いた瞬間に、肩の力が抜けていくのを感じた。まだ怖いけれど、一人で耐えていたときよりも心が幾分か軽い。
教室に足を踏み入れ、椅子を引いて座る。前来たときは何も持たずに途中で学校を抜け出してしまったから、スクールバッグは机の横にかかったままだ。
その中から一時間目の授業に必要なものを出していく。その間、死神さんは窓枠にもたれかかってグラウンドを見ていた。
何かあるのかと思って、私も死神さんの視線の先を追う。でもそこに人は疎か、ボールの一つすら転がっていなかった。それなのにも関わらず、彼はずっとグラウンドを見つめている。
「どうかしたか?」
私の視線に気づいた死神さんがこっちを向く。
「なんでもない」
控えめに首を横に振り、そう答えると彼は私から視線を外し、すぐにさっきと同じ体勢に戻った。その姿はまるで何かを目に焼き付けているような、そんな感じがした。
それからすぐにチャイムが鳴って、担任である三宅先生が教室に入ってきた。先生は私の存在を確かめると安心したように少し目元を緩め、連絡事項を伝えていく。
その話を右耳から左耳へと聞き流していると、いつの間にかホームルームは終わっていて、一時間目の担当教師が三宅先生と入れ替わろうとしていた。
委員長の号令を合図に授業がスタートする。何回か授業を休んでいてついていけるか不安だったが、意外にも内容は理解出来た。
死神さんはすることがなくて暇なのか通路をぐるぐると周回している。たまに誰かのノートを覗き込んだり、机の上に座ったりして時間を潰していた。
そんなこんなで午前中の授業が終わり、今はお昼休み。家を出る前に用意していたおにぎりを片手に、私は学校を歩き回っていた。
「なあ、さっきからこれは何してんだ?」
そんな私の行動に痺れを切らしたのか、死神さんがとうとう口を開いた。その質問に私は目を泳がせながら答えることしか出来ない。
「何って……ご飯食べれる場所を探してるの」
「教室で食べればいいだろ?」
「そんなことできるわけないでしょ」
死神さんのその言葉に強く言い返してしまう。教室で食べられるなら私だってそうしてる。だけど、それが出来ないのはまだ周りの視線が怖いから。
「じゃあ保健室とかはどうだ?」
「保健室か……」
提案されたその場所は、正直私にとって心地がいい場所だとは言えなかった。先生が私に向ける視線が嫌だったから。けれど、今の私ならそれに含まれる優しさに向き合うことができる気がする。
「そうだね。そうするよ」
彼の提案にのり、保健室へ足を進める。すると死神さんも満足気に私の後ろをついてきた。
――保健室前についてから早数分。私はドアノブに手を伸ばしては引っ込め、延ばしては引っ込めを繰り返していた。
「入んねえの?」
「入るよ。でもまだ心の準備が……」
死神さんは私の心の内の不安を見透かしたように、「はあ」と息をつくと私の代わりにドアを開けた。
「堂々としてろよ。そしたら誰もお前を哀れむことなんてできない」
死神さんの言葉に勇気づけられ、一歩保健室の中に足を踏み入れた。すると何やら机の上で作業していた佐藤先生が私に気づき、優しい声色で話しかけてくれた。
「天宮さん。今日はどうしたの?」
「あの、お昼ご飯をここで食べたくて」
私がそう言うと、先生は「ここで食べて」と近くの椅子を指さした。言われた通りの場所に座り、きょろきょろと部屋を見渡す。見慣れたはずの光景と独特な薬の匂いが今日はやけに新鮮に思える。
「数日ぶりね。最近調子はどうなの?」
私の意識が完全に外側に向いていたとき、佐藤先生はお決まりのセリフで私に話しかけてきた。今までなら返事に困っていたその質問に、今は素直に答えることができる。
「調子はとてもいいです。それに最近は毎日が楽しいし」
物珍しそうに保健室内を物色している死神さんを横目に眺める。当の本人は私の視線などには全く気づいていない。
「たんだか少し変わったわね。前のあなたは自分を卑下していたように感じたの。自分は他人とは違う。他人のようにはなれないって」
佐藤先生は机の上で手を組みながら、伏し目がちにそう言った。確かにこれは先生の言う通りだ。今過去を振り返ってみても思い当たる節がいくつもある。前の私はただの悲劇のヒロインぶった子供だった。
些細なことで傷ついて泣いて、本気で自分は孤独なんだと思い込んでいた。高く厚い壁を築き、外の世界を見ようとしなかったのは自分自身なのに。
「私を見つけてくれた人がいるんです」
死神さんはそんな私を壁の中から強引に連れ出してくれた。私の恩人だ。
佐藤先生はゆっくりと私に視線を移したあと、心底ほっとしたように目尻を下げた。
「それは先生には出来なかったことね。あなたがいい人に出会えて本当によかった」
その表情があまりにも優しくて、心が温まっていくように感じた。
「ずっと私のこと心配してくれてありがとうございます」
今の自分にできる満面の笑みで「もう大丈夫です」と言うと、先生も微笑み返してくれた。
「さあさあ、昼休み終わる前にぱぱっとご飯食べちゃいなさいね」
「はい!」
その会話を合図におにぎりを一口かじった。いつもと何ら変わらないおにぎりのはずなのに、今日はなぜかとても美味しく感じた。
昼休みが終わり、今は五時間目の授業の真っ最中だ。国語科の先生の板書をノートに書き写していく。
死神さんのことは昼休みが終わってから一度も見ていない。私をおいて一体どこへ行ったんだろう、なんて彼女じみたことを考えてしまっている自分を鼻で笑った。
窓から入ってきたそよ風が私の頬を撫でる。それが死神さんが現れるときに吹く優しい風にあまりにも似ていたから、私はほとんど無意識のうちに外へと目をやった。
グラウンドの真ん中では死神さんがサッカーゴールに視線を向けながら、ぽつんと立ち竦んでいた。
「サッカーが好きなのかな」
思わず零してしまった独り言に慌てて口を抑え、周りを見渡す。みんな授業に集中していて、私の独り言を聞いている人はいないようだった。そのことにほっと胸を撫で下ろす。
もう一度グラウンドに視線を向けると、そこに死神さんの姿はなくて、彼が持っていたのであろうサッカーボールだけが寂しそうに転がっていた。
「死神さん、死神さん」
誰にも聞こえないような小さな声で何度か彼を呼ぶと、私の周りにあの優しい風が吹いた。
「どうかしたか?」
後ろからもう聞き慣れた彼の声が私の耳をくすぐる。そのことにどうしようもないほどの安心感を覚えた。
「あー、えっと……ただなんとなく呼びたくなったの」
「なんだそれ。まあ、別にいいけどな」
本当はあのとき見た死神さんの背中があまりにも小さくて、私を置いて消えてしまいそうだったから。だから不安になって彼を呼んだ。だけど、そんなことを面と向かって言えるほど私はまだ変われていなかったみたいだ。
その後の授業で死神さんが私から離れることは一度もなかった。まるで授業参観のように、彼はずっと教室の後ろから私を見守ってくれた。
なんとか六時間目の授業も乗り切って教科書を片付けていると、三宅先生に放課後残るようにと声をかけられてしまった。みんなが軽い挨拶を交わしながら帰っていく。
「天宮。こっちに座ってくれ」
クラスメイト全員の姿が見えなくなってから、先生と私は向かい合う形でそれぞれ椅子に腰かけた。どこを見たらいいかわからず視線を下にしたとき、視界の端で三宅先生が頭を下げているのが見えた。
「昨日のことなんだが、あれは完全に俺の配慮が足りなかった。すまない」
急に謝罪を始めた先生を私は唖然と眺めることしかできない。まさか謝られるなんて予想もしていなかった。だって昨日のことは全部、自分の弱さが招いた結果だから。
「私、先生のせいだなんて少しも思ってないです。だから謝らないでください」
跳ねるように顔を上げた先生の目をまっすぐ見る。先生は一瞬、目を見開いたあと脱力するかのように「ふう」と息を吐いた。
「強いな。天宮は」
「強くなろうとしてる最中です。少しでも早く強くなろうと」
今の私は強くなんてない。まだまだ弱い赤子同然だ。だから早く、少しでも早く強くならなきゃいけない。そんな私の気持ちを汲み取ってか、三宅先生は小さく首を横に振った。
「そう思えてる時点で、天宮は強いと思うぞ。それにまだまだ先は長いんだからな。今、無理して背伸びする必要はないんじゃないかと、俺は思う」
「子供なんだからもっと甘えていい」と言われて、曖昧に頷くことしかできなかった。だって私の命はもうあと五日で終わってしまうから。
机の下で指をおりながら数える。あと五日。その数字が心にチクリと刺さり、鈍い痛みとなって広がった。
話がひと通り終わったあと、先生は職員室へと帰っていった。
「俺たちも帰ろうぜ」
死神さんは私の隣へ来ると、そう言って先に歩きだした。そのあとを追うように廊下に出ると、昼間より幾分か冷えた空気が私を包み込んだ。
ふと窓から外を見ると、夕暮れときの薄暗い宙に三日月が佇んでいた。それに気を取られ、足が止まっていると前から彼の視線を感じた。
「早く来いよ」
遠いそこ声に少しでも近づけるように足を進め、帰路に立った。