「これから……どうします?」
ジン亡き後、宿の親切もあり、泊まることにした二人。
しかし、この世界に来て日が浅いコウルと、記憶喪失のエイリーン。
カーズを追う。目標は明確だが、まずどうすればいいかわからない。
「そうだ……。ジンさんの荷物」
部屋に運んでもらったジンの荷物。大きめの革袋。コウルはそれを開け、中身を確認する。
食料、地図。コウルは初めて見るこの世界のお金。そして――。
「うん?」
「なにかありましたか?」
コウルは袋の奥から手紙のような物を取り出す。
それには『コウルくん。エイリーンちゃんへ』と書いてあった。
「ジンさんいつの間に手紙なんか……」
「そういえばこの前の夜、何か書いているのを見ました。これだったのかもしれません」
コウルは封を開け、手紙を読む。
『コウルくん。エイリーンちゃん。この手紙を読んでいるということは、私に何かあったのだろう。
志半ばで倒れるわけにはいかないと思ってはいるが、この手紙を残しておくよ。
まず、何をすればいいかわからない時は、どの町でもいい。酒場に行き『マスター』に会いたいと頼むんだ。
ああ、酒場のマスターのことではないよ。『マスター』という名前だ。その人ならきみたちがどうすればいいか導いてくれるはずだ。
すまないね、私はきみたちに目的を押し付けているだろう。でもこれからはきみたちの旅だ。
きみたちの生き方をして構わない。健闘を祈っているよ。ジンより』
「ジンさん……」
コウルは手紙をそっと閉じ、再び袋にしまう。
「マスター様という方にお会いすればいいみたいですね」
「うん」
二人は宿の主人に酒場の場所を聞くと、さっそく向かうことにした。
夕方の酒場には、人が集いワイワイと酒を飲んでいる。町人から冒険者らしき人まで様々だ。
そんな中に若干場違いなコウルとエイリーン。
二人は緊張しながら、酒場のカウンターに向かいマスターの前に座る。
「ご注文は?」
「あ、えっとミルク?」
周りからかすかに笑いが聞こえて、コウルは恥ずかしくなったが、
酒場のマスターは気にせずコウルとエイリーンの前にミルクを差し出した。
二人はそれをゆっくり飲むと、話を切り出す。
「ええと……マスター。『マスター』さんをお願いしたいんですが……」
それを聞いても酒場のマスターは表情ひとつ変えず小声で「明日の朝また来なさい」と言った。
二人はそれを聞くと、手間取りながらミルクの代金を払い、酒場を後にする。
「明日会える……のでしょうか?」
「すぐに来れるとは思えないけど……」
宿に戻りながら二人は考える。いきなり頼んですぐに次の日の朝に会えるのだろうかと。
しかし明日来るように言われた以上、コウルたちはそうするしかない。
「すー……すー……」
「……」
エイリーンの穏やかな寝息が聞こえる中、コウルは眠れずにいた。
最初、ジンのことを考えていたのもあるが――。
(よく考えたら、ジンさんがいなくなって、エイリーンさんと二人きりなんだよな……)
コウルの中で途端に恥ずかしさが湧いてくる。女の子と二人きりそして――。
(可愛い……)
コウルは改めてエイリーンを眺める。
流れるような銀の髪。美しい白い肌。輝く瞳。その全てがコウルを眠れなくする。
(うん? ……瞳?)
コウルは気づく。エイリーンが寝てるのに何故瞳が見えているのか。
「コウル様?」
「!?!?」
エイリーンが目を覚ましコウルの方を見ている。コウルは驚いてべッドから転がり落ちた。
「だ、大丈夫ですか!?」
エイリーンがコウルに駆け寄る。コウルが起き上がると、エイリーンと目が合った。
「目が覚めたら、コウル様がこちらを見ていらしたので、何かあったかと思いまして……。驚かせてしまったのなら申し訳ありません」
コウルは逆に見られていたことが恥ずかしくなり顔を真っ赤にする。
「な、何でもないよ! おやすみ!」
それを隠すようにコウルはベッドに飛び込むと布団をかぶった。
「コウル様……?」
その様子をエイリーンは不思議そうに見る。
しかしコウル、そしてエイリーン自身も気づいていなかった。彼女も顔が赤くなっていたことに。
翌日、二人は朝早く酒場の前に立つ。
(……わりと普通に寝れてしまった)
あの後、コウルは布団の中ですぐに眠りに落ちていた。
アンデッドたちとの戦いの疲れもあったが、コウルはもともとよく寝れる体質であった。
「では、入りましょう?」
「うん」
ノックをすると「どうぞ」と声がする。しかし昨日の酒場のマスターの声ではない。
そっと扉を開け、店内に入ると、酒場のマスターがいるべき場所に別の男が立っていた。
長身ですらっとした見た目。サングラスに近い眼鏡。左手はケガをしているのか包帯で包まれている。
「はじめまして。コウル、エイリーン」
入り口で様子を伺う二人に、男は声をかける。
「あなたが、マスターさん?」
「マスターで構わない」
二人に向かってほほ笑むその表情に、怪しいところはないと感じ近づく。
「ジンのことは残念だった」
「えっ」
ジンが亡くなったのは昨日。そのことを既に知っていることにコウルは驚いた。
「人の死は、魔力の大きな流れになる。それを知ればわかることさ」
「はあ……」
魔力は人が誰しも持つ。それはジンから聞いていた。
しかし、魔力の大きな流れはコウルにはわからない。
「えっと、僕たちはこれからどうすればいいのでしょうか?」
コウルは単刀直入に聞く。
するとマスターは、いきなり眼鏡を外すと二人をじっと見分し始めた。
「あの……?」
コウルとエイリーンは戸惑う。
だが気にせずにマスターは見定め続けると、数分し、ようやく眼鏡をかけなおした。
「すまなかったね」
「い、いえ」
数分も眺められて少し驚いてはいたが、二人はジンが紹介したこの人の言葉に従うと決めていた。
「さて、コウル。エイリーン。ジンの志を継ぎ、カーズを止めるならば、君たちの大きな目標は二つ。
一つ、コウル、君は東に向かい、迷いの森に行きなさい。ある男が君に力を授けてくれる。
二つ、エイリーン、君は世界の中心、神の塔へ向かいなさい。君の記憶を取り戻す術がある」
「迷いの森……」
「神の……塔」
二人はそれぞれに言われた場所を呟く。それぞれの目標地を。
「では、健闘を祈る」
「えっ」
するとマスターは一瞬でその姿を消した。
すると店の奥から「終わりましたか」と声がし、酒場のマスターが出てきた。
「マスターさんは?」
「もう行かれました。あの方も忙しい身。これ以上はご容赦を」
そう言われては、二人は何も言い返せない。仕方なく宿に戻ることにした。
「さて……」
そう言ったコウルと、横にいたエイリーンが振り向き同時に聞いた。
「エイリーンさんの場所から行く?」
「コウル様の場所から行きます?」
視線が交わる。二人は照れつつ視線を逸らす。
「先にそっちに」
「いえコウル様の方に」
二人は言い合うが互いに譲らない。
「じゃあ、くじで!」
最初はじゃんけんにしようと言ったコウルだったが、エイリーンがじゃんけんを知らなかったのでくじにすることに。
紐の片方を赤く塗り、適当に混ぜ引く。赤を引いた方が決定する。
「あっ」
エイリーンが赤を引く。コウルは俯き「そういえばくじ運なかった」とつぶやいた。
「では――」
「わかったよ。じゃあ、いざ迷いの森へ!」
コウルとエイリーンは手を上げ宣言するのだった。
いざ迷いの森に向かうと決めたコウルとエイリーンであったが、その道のりは相当なものであると知ることとなる。
まず二人はジンが残してくれた地図を確認する。
「えっと、今いる町は……」
「ここではないでしょうか?」
エイリーンが地図の一点を指さす。
そこは、最初にコウルがエイリーンを助けた荒野からそう離れておらず、今の町に違いなかった。
「で、迷いの森は……。そもそも迷いの森なんて載ってるのかな?」
「あ、ここに書いてありますよ」
地図の東の一点。
そこには通常の地図の字とは違う、ジンが書いたらしき別の字で『迷いの森』と書かれていた。
しかしそこは――。
「遠いね……」
マスターは東の森と言ったが、東も東、海を越えた別の大陸にその森はあった。
「一応、神の塔も確認しない?」
コウルは地図の中心を見る。そこにはやはりジンの字で『神の塔』と書いてあった。
「こちらもとても遠いですね」
「世界の中心ってマスターさん言ってたしね」
二人は相応の道のりを覚悟し準備を始める。
幸いなことにジンはかなりのお金を残しており、二人はそれで町に買い出しに出た。
「食料はこれくらいでいいかな?」
食料を買い込み、袋に入れる。ジンの形見の革袋は大きく、数日は持つだろう。
「コウル様だけに持たせるわけには……!」
エイリーンの強い願いにコウルはしぶしぶ折れ、エイリーン用に少し小さい革袋を買い、そちらにも食料を分け入れる。
その他、薬や予備の寝具、旅人向けのマントを買った二人。
「じゃあ、いざ出発!」
町を後に、まずは北東の港町に向かうのであった。
町を出て数日のこと。
「ポ……ム……」
小さな音が、コウルたちの歩いていた道をすり抜ける。
「コウル様、今何か聞こえませんでしたか?」
「うん、何か鳴き声のような……」
二人が辺りを見回すと、エイリーンが岩陰に何かを発見した。
それは、小さいピンク色の丸い物体。いや生き物だった。
手には翼とも手ともいえるものが生えている。足はない。
「ちょっと待って」
コウルは袋から一冊の本を取り出す。
それはジンが残していた手記。彼がこの世界での情報を記したものだった。
それをパラパラとめくり、とあるページで止める。
「あった。この生き物は『ポム』だ」
「だいぶ弱っているみたいです」
エイリーンは手をかざしポムの傷を回復させる。
少しするとポムは目を覚まし二人を見た。
「ポ……ポム?」
見知らぬ、しかも人間だからだろうか。ポムは戸惑っている様子で後ずさる。
「大丈夫ですよ。こちらへ来てくださいな」
エイリーンが優しく呼びかけると、ポムは少しずつだが寄ってきた。
「ポムポム!」
「よしよし」
エイリーンに抱かれポムはなでられる。
「そのポムは子供みたいだね」
「そうですね」
「ポムー」
ポムはエイリーンから降りると、二人を見つめる。
「……懐かれてしまったみたいだけど」
「連れていきません?」
「え」
エイリーンとポムに見つめられ、コウルは仕方なく首を縦に振った。
「いいよ。連れていっても」
「ありがとうございます、コウル様!
「ポムー!」
二人がコウルに抱き着く。
コウルは顔を真っ赤にしながら、エイリーンとポムをどけた。
「じゃ、じゃあ、いくよ!」
赤面を隠すようにコウルは先に歩き出す。
その後ろをエイリーンとポムが追いかけるのだった。
港町についた一行。
さっそく船に乗るために港へ向かったが……。
「船が出ていない?」
定期船が出ておらず、コウルたちはさっそく足止めを喰らう。
「はい。それが、定期船の船長が昨夜から行方不明でして……」
それを聞いたエイリーンは「探しましょう」と一言。コウルも早く進むために船長を探すことにした。
二人で町の人たちに話を聞き、情報を集める。
そして二人が集めた情報で、近隣の海賊が怪しいと突き止めた。
「海賊か……」
海賊と聞いてコウルは悩む。
交戦になるかもしれない。その時自分は、人を斬れるだろうかと。
二人は海賊のアジトへ向かう。入り口には見張りらしき男が一人。
「どうします?」
「一人なら、気をひければ気絶させれるかも……そうだ」
コウルはポムを静かに呼ぶと、ポムを見張りの前に送り出す。
「うん? なんだこの生き物は」
見張りがポムに近づく。コウルはその隙に背後に回り込み、剣の鞘で強く殴った。
「がっ……」
見張りが気絶する。コウルはその場で謝ると、アジトに侵入した。
「コウル様、あそこです」
エイリーンが指さす方向には海賊らしき集団と、その奥に捕らわれている船長が見える。
「どうします?」
「……エイリーンさんはここで待ってて」
コウルはその場で立ち上がり堂々と、海賊たちに近づいた。
「あん? なんだてめえ」
海賊の親分らしき男がコウルを睨む。
コウルは一瞬、怯みそうになったが睨み返しながら言う。
「船長を解放してください」
海賊たちは笑う。少年一人が何を言っているのかと。
コウルはその笑いを無視し、剣を抜き海賊たちへ向ける。
「解放してくれないと、あなたたちを斬ることになります」
この発言はコウルの覚悟のなさがでていた。
諦めてくれればよし。ダメでもそれは自分の責任ではないと。
だが海賊は笑いながら、武器を取り出した。
「小僧、なめるなよ。てめえが剣を構えたところで怖くもなんともねえ!」
海賊たちが突撃してくる。
コウルは仕方ないと感じながら、全身に魔力を巡らせた。
(あの時の感覚を……!)
アンデッドではない。相手は人間。だけどやることは同じ。斬るのみ。
コウルは海賊の攻撃をかわすと、すれ違いざまに斬る。
血は出ない。出るのは魔力の光のみ。それがコウルに少しだけ安堵感を与える。
「てめえっ!」
海賊たちは武器を振り続けるが、コウルはそれをかわし斬ることを繰り返す。
そしてついに、海賊は親分を残すのみとなる。
「て、てめえ。何者だ」
「通りすがりの旅の者」
コウルが親分の武器を弾き飛ばしとどめをさす。その時だった――。
「きゃああっ!」
「!?」
コウルが振り向くと、エイリーンが海賊の一人に捕まっている。
その海賊は入り口で気絶させた見張りだった。
「エイリーンさん!」
「おっと、隙ありだぜ!」
親分が拳を振るう。コウルは避け切れずまともにくらう。
「っ!」
気絶しそうになるのをなんとか踏みとどまる。
しかし、エイリーンが捕まってる以上、手出しができない。
「おらおらどうした! さっきまでの勢いは!」
親分はコウルを殴り続ける。そしてついにコウルは倒れた。
とどめといわんばかりに親分は近くにあったオノを振り上げた。
「コ、コウル様ー!」
その時だった。エイリーンの身体が魔力の光に包まれる。光は海賊を吹き飛ばし、さらに親分に向け光が放たれた。
「な、なにーっ!?」
海賊の親分は光に飲まれる。その光の勢いは親分を吹き飛ばし壁に叩きつけた。
「コウル様っ!」
エイリーンはすぐさまコウルに近づき回復の腕をかざす。
「っ……」
コウルは目を覚ますと首を回してから言った。
「かっこ悪いところを見せちゃったね……」
「そんなことはありません! わたしが捕まってしまったせいでコウル様が……」
エイリーンは涙を浮かべながらコウルに抱き着いた。
コウルは照れつつもエイリーンの背中をなでた。
「……ポム」
「……いいかね?」
二人に近づいてきた、ポムと捕まっていた船長。
「うわあっ!?」
「きゃあっ!?」
二人はさっと離れる。お互いに顔が真っ赤だ。
「おほん。きみたちのおかげで助かった。礼を言う、ありがとう」
「あ、いえ」
船長がおじぎをする。
それを受け止めると、コウルたちは船長を連れ町に帰るのだった。
コウルたちはようやく船に乗ることができた。
さらに船長が助けてくれたお礼として、最高級の部屋に案内された。
「うわー! フカフカだ!」
コウルは高級ベッドの触り心地を確かめる。
ポムはベッドの上を飛び跳ねていた。
「すごいですね。一番いい部屋を、無料でわたしたちに貸してくれて」
「人助けは大事だね」
二人はベッドを堪能しながら、船長を思い浮かべた。
しばらくのんびり部屋で過ごす二人とポム。
エイリーンはベッドから降りると、コウルに声をかける。
「コウル様。外を歩きませんか?」
「え、うん。いいよ」
コウルは起き上がると、エイリーンと一緒に外に出る。ポムは気持ちよく寝ていたので布団をかけておいた。
二人で甲板に出て、船の進む海を眺める。
「風が気持ちいいですね」
「うん」
コウルはエイリーンを見る。
風になびく銀の髪。綺麗なエイリーンの横顔。
見ているとまた顔が赤くなりそうなので、再び海の方に向きなおした。
「船旅は快適かね?」
二人の後ろから声がして振り向くと、船長がこちらに来ていた。
「ええ、気持ちいいです。ここも、あの部屋も」
「ありがとうございます」
二人が礼をすると、船長は軽く笑いながら言う。
「いやいや、助けられたのは私だ。礼などせんでいいよ」
「それはそれ、これはこれです」
「そうかね?」
二人と船長はしばらくの間談笑する。その最後にコウルは聞いた。
「どのくらいの日数で着きますかね?」
「何事もなければ二日後には着くよ」
二日。それを聞いて、コウルは思う。
まずは力を得る。それが第一。だが、カーズは一体あとどのくらいの時間大丈夫なのか。
のんびりしているつもりはないが、コウルは時間が気がかりだった。
とある大陸。とある遺跡のような場所。
「魔力砲。完成まであと少しか」
遺跡の中心にそびえ立つ塔の中にカーズはいた。
その前には、遺跡の外観に合わない巨大な機械が存在している。
「魔力もだいぶ集まった。あとはそうだな……」
カーズの脳裏に二人の影が浮かぶ
「コウルとエイリーンだったか。あの二人の魔力をこれに捧げよう」
カーズの高笑いが遺跡に響くのであった。
順調な船旅かと思われたコウルたち。しかし――。
「……すごい雨ですね」
「外の風も強いね。嵐かな」
船が波で揺れる。船は嵐の中にいた。
ポムは怯えて、布団の中で震えている。
「天気ばかりはどうしようもないね」
「船は大丈夫でしょうか?」
「この船は大きくて頑丈そうだから大丈夫と思う……よ?」
頼りなくコウルは言う。
しかしコウルから見て、この船は元の世界の船と比べても十分立派な船だった。
沈んだりはしない。コウルはそう思っていた。
だが――。
「うわわ!?」
「きゃあっ!?」
船が揺れ大きく傾き、コウルとエイリーンは部屋の隅に滑る。
「やばそう……」
コウルが呟いたちょうどその時。
大きく風が吹く。船が揺れ傾き――。
「うわあっ!?」
部屋の扉が開いてしまい、水が押し寄せる。
コウルたちはその水に飲まれ流されてしまった。
「う、うーん……」
コウルが目を覚ます。
「ここは……? そうだ、エイリーンさん! ポム!」
周りを見渡す。
幸いなことにエイリーンは近くに倒れており、ポムは風船のように浜近くに浮かんでいた。
コウルはポムを拾うように持つと、エイリーンに近づく。
「エイリーンさん!」
コウルが呼びかけると、エイリーンはゆっくりと目を開けた。
「コウル……様?」
「大丈夫? 痛いところはない?」
エイリーンはゆっくり立ち上がる。表情が少し虚ろげだ。
「わたし……少しだけ思い出しました」
「え?」
「記憶……全てではないですが……」
「本当!?」
うなづくと、エイリーンはゆっくり語りだす。
「わたしは、以前はもっと力がありました。何故かまでは思い出せていませんが……。
そして、ちょうど先ほどの嵐のような時に、あの人、カーズと戦い敗れました」
コウルは以前、エイリーンがカーズを見たときに怯えたのを思い出す。
「どうしてカーズと?」
「わかりません。ただ、止めようとしていたのは間違いありません。
そして、その時に記憶を失い、コウル様たちに助けられたのだと思います」
コウルはそれを驚きの表情で聞いていた。
「エイリーンさん、きみは一体……」
だがそれは、今の二人にはわかることではなかった……。
「さてと、ここはどこだろう」
「あまり目的地から離れていなければいいんですが……」
コウルたちは荷物を抱え動き出す。
幸いなことに荷物は全部、コウルたちの近くに流れ着いていた。
「近くに人気はないね」
「ポム」
「ポム」
「ポムさん? どうしたのですか、二回も鳴いて」
コウルとエイリーンがポムを見る。そこにはポムが二匹いた。
「え?」
「ポムさんが……二匹?」
コウルたちが連れていたポムより明らかに大きいが、それは間違いなくポムだった。
「ポムポム」
「ポムポム」
二匹は会話するように鳴きあう。
しばらくするとポムたちが動き出す。コウルたちのポムが「ついてきて」と言うように鳴いた。
コウルたちは道もわからないのでそれについて行く。
しばらく歩いていると――。
「ポム」
「ポムー」
「ポム!」
「うわあ」
そこは、辺り一面の草原にポム、ポム、ポム。たくさんのポムの群れがいる。
「ポムさんの村……でしょうか?」
「そうみたいだね」
そう言っていると、コウルたちのポムと二匹の大きいポムがやってくる。
「ポムポムポム!」
「え?」
大ポムたちは何かお礼を言っているようだがコウルにはわからない。
しかしエイリーンは「まあ、そうだったんですね」と笑顔で答えた。
「わかるの?」
「はい。なんとなくですけど」
エイリーンの翻訳で、コウルたちが助けたポムは大ポム二匹の子供だとわかった。
ポム族はたまに長距離飛行をするが、そのときにはぐれてしまったとのことだった。
お礼に、その日はポムたちがもてなしてくれることになった。
「偶然流れ着いた先が、ポムの故郷だったなんてすごい偶然だね」
「そうですね」
ポムたちが祭りのように騒いでる中、コウルとエイリーンは笑い合う。
そんな中、数匹のポムがが食べ物を運んできた。木の実やら草やらを。
「……これ、僕たちが食べても大丈夫かなあ?」
ためらうコウルをよそにエイリーンは一口木の実をかじる。
「少し固いですがおいしいですよ、コウル様」
「そ、そう」
コウルも適当な木の実をかじってみる。それはたしかに甘くておいしかった。
二人はたくさんの食事をし、その日はポムたちと寝ることとなった。
「ポムたちが知っているかわからないけど、明日は道を探して出発しないとね」
「はい」
そう言って二人はゆっくり、数匹のポムたちに囲まれてだが、眠りに落ちた。
「ポムー!」
「! なになに!?」
急にポムたちが騒ぎ出す。何が起こったのかと二人は村の中心に出る。
そこには男たちが、ポムを捕らえ連れて行こうとしていた。
「お前たち、何をしているんだ!」
「あーん? なんだ、ポムの巣に人間のガキ?」
何故、自分たちのほかに人間がいるのか怪訝そうな目でコウルとエイリーンを見る。
「なんでガキがいるか知らねえが、邪魔すんじゃねえよ」
「ポムさんたちを捕まえてどうする気ですか?」
エイリーンが聞く。男たちは鼻で笑いながら言った。
「知らねえのかよ。ポム族の身体はいろいろ売れるんだぜ? 皮やら肉やらなあ」
「皮……? 肉……?」
二人は驚く。このピンクの可愛い生き物の皮や肉を売るという発言に。
「コウル様」
「うん」
コウルは剣を抜いた。
「お前たち。今すぐポムたちを解放して帰るんだ」
海賊の時と同じ。まずは無血での解放を問う。だが結果はわかりきっていた。
「ガキが。なめるなよ?」
男が一人。武器を構える。コウルはハッとした。
男一人、リーダー格の男が武器を構えただけで、他の男たちはポムを連れて行こうとしている。
「させないっ!」
コウルは剣を振り上げ連れて行こうとしている男たちに向かおうとする。
だが、リーダーらしき男が道を遮る。
「どいてっ!」
コウルが剣を振るう。しかしその一撃はあっさり受け流された。
「っ!?」
コウルはバランスを崩しかけるが、すぐに持ち直し再び剣を振った。
しかし男はそれをあっさりとかわす。
「やはりガキだな。攻撃が単調だ」
コウルは挑発に乗るように剣での攻撃を続ける。当たらない。
前の海賊は倒せたという自負がコウルを焦らせる。
「おらっ!」
「ぐっ――!」
男はコウルの隙を付き蹴りを入れる。攻撃を外し隙だらけだった腹に直撃する。
「自信があったようだが、俺はただの賊じゃあないぜ? 元はそこそこ名のある傭兵よ」
驚くコウルに、男は「今度はこっちがいくぜ」と剣を振るう。
自称元傭兵は伊達じゃない。コウルは防戦一方になってしまう。
「コウル様!」
戦う力がないエイリーンは見ることしかできない。
そのエイリーンの横に一匹のポムがやってきた。そのポムは他のポムとは違い、髭のような物が生えている。
「ポムポムポム」
「え、ですがわたしは……」
「ポムポム」
「わかりました。やってみます!」
コウルはとうとう剣が弾かれる。そして男の剣が振り上げられた時だった。
男に向かい光の弾が放たれる。男はそれを紙一重で避ける。
「エイリーンさん!?」
「コウル様は傷つけさせない!」
エイリーンが光の弾を大量に放つ。その光の弾は――。
「これは……魔力弾?」
以前、ジンが教えてくれた、魔力の弾による攻撃。それをエイリーンが撃っている。しかも連続で大量に。
どこにそんな魔力があるかはわからないが、コウルは剣を拾いなおすと男に向き直り――。
「今だ!」
男がエイリーンの魔力弾を避けたところを斬りつけた。
「がっ……てめえ」
「卑怯でいいよ」
「いや……あの女一体」
男は倒れる。こうなると残りは烏合の衆だった。
リーダーがやられるとは思っていなかったのか、ポムを離すと逃げ帰っていく。
「ふう……」
「コウル様。大丈夫ですか?」
ポムを皆助け、休憩しているところにエイリーンがやってくる。
「うん。大丈夫だよ。今日はエイリーンに助けられたね」
「あれは……あのポムさんが教えてくださったから」
「あのポム?」
「お髭のポムさんです」
村を見回す。髭のポムはどこにも見当たらない。
「ポムポム? ポム!?」
一匹のポムに聞いてみると、それはめったに姿を見せない長老ポムではないかとのことだった。
「長老ポム……。エイリーンさんの力になるために現れてくれたのかな?」
「そうかも……しれません」
(コウル様を助けたいと強く願ったから……)
エイリーンはそう思った。
翌日。
ポムたちに道を聞いてみると。
「ポムポム!」
「いいんですか?」
なんと親ポムが目的の大陸まで送ってくれるという。
その好意に甘え、二人はそれぞれポムに乗った。
「うわー!」
「わあ!」
二人を乗せたポムは飛び立つ。
新たな地。東の大陸に向けて――。
コウルとエイリーンを乗せたポムたちは、なかなかの速度で海の上を飛行していた。
「船とはまた違う景色ですね」
「うん。あと、ポムってこんなに速く飛べるんだ」
「ポムー!」
得意げに鳴くポムたち。二人はそれぞれ、乗るポムをなでる。
そのお礼のようにポムたちはさらに速度を上げ進む。
そしてあっという間に、東の大陸に到着した。
他の人間に見つかるとマズイと思い、港から少し離れた浜辺に降り立つ。
「ありがとうございます、ポムさん」
礼を聞くと、ポムたちは飛び帰っていく。
「またいつか、会いに行きたいですね」
「そうだね。カーズを止めて、それからまた行こう。ポムたちの島に」
ポムたちに手を振りながら、コウルたちは誓うのだった。
そこからコウルたちは、地図を頼りにさらに東へと向かう。
数日。数十日。町々を通り、そして、迷いの森に一番近い村にたどり着いた。
「ここで買い出しと情報収集をしよう」
「はい」
食料を補充し、村の人たちに話を聞く。
「迷いの森? ああ、あの森な。迷いの森っていうか……追い出されるんだよなあ」
「追い出される?」
「そう。森に入ってどっちに進んでも、追い出されるようにこっちに戻ってきちまう。
森で迷うどころか、気づいたら森の入り口だ。行くっていうなら止めないが……無駄骨だと思うぜ?」
村人たちは皆、だいたい同じことを言う。
しかしコウルたちは行くしかない。マスターの言葉を信じて。
村から一番近い森の入り口に、二人は立つ。
そこはたしかに、深く霧で奥が見えない迷いそうな森であった。
「じゃあ、いくよ」
森の中へいざ一歩。
霧で前が見えづらく、木々が多くてまっすぐ歩いているかもわからない。
コウルとエイリーンははぐれないように手をつなぎ、ゆっくりと進むが……。
「あれ……?」
「あ……」
村人の言う通り、二人は森の入り口に出ていた。視線の先にはその村の影が見える。
二人はもう一度入りなおしてみるが結果は同じ。また入り口に戻される。
「どうしましょう?」
「そうだ、目印をつけてみよう」
再度森に入る二人。
今度は入ってすぐに、コウルが近くの木に剣で傷をつける。その後も、少し進むたびに木に傷をつけていく。
そして――。
「……ダメでしたね」
「いや、次が本番だ」
入り口に戻っても、今度は木の傷という目印がある。
先ほどとは違う行き方をすればいい。コウルはそう思っていた。しかし……。
「あれ?」
コウルはさっそく戸惑う。入ってすぐの木につけたはずの傷が見当たらない。
「この木……だったよね?」
「そのはずですが……」
周りの木をいくつか見る。木に傷はひとつも見当たらない。
仕方なく先へ進んでみるが、ひとつも木に傷は見当たらず、また入り口へ戻される。
二人は一度村に戻ることにした。
「お、旅人さん。おかえり」
「どうも……」
村人はわかりきっていたといわんばかりの様子で、二人を出迎える。
コウルは疲れた表情で返事をし、宿屋に向かう。
宿の一室で、コウルは布団に寝ころびながら「どうしよ……」と呟くしかない。
「ジン様が何か残していませんか?」
地図には迷いの森としか書いていないが、他に何かあるかもしれない。
コウルは起き上がると、ジンの手記を取り出しページをめくる。
「えっと……これだ」
『迷いの森で彼に会うのならば、森に入り魔力を高めること』
「魔力を高める……?」
森の前で戦闘態勢に入れということだろうかと、コウルは思う。
だが、書いてある以上、これを試すしかない。
翌日、二人は森の中に入ると、最初の木の前で魔力を集中し始めた。
「はああ……!」
「……」
コウルは気合を入れるように、エイリーンは精神を集中するように、魔力を集中する。
すると――。
「あ……!」
二人の魔力に反応するかのように木々がざわめきだすと、道を作るように木が左右に動いた。
できた道を二人は奥に進む。
しばらく歩くと目の前に家のような物が見える。
「ここが……」
小さな家。周りは木々が退き、広場のようになっている。
二人が着いたのを確認したかのように、道を作る木々はまた元の位置に戻っていく。
その様子を見ていると、家の扉が開いた。
「……来たか」
出てきたのは、マスターに負けず劣らずの長身の男。
黒の長髪、鋭い眼、激戦を繰り広げてきたかのような身体の傷。
その威圧感にコウルは少したじろぐ。だが、エイリーンは別のことを考えていた。
(この感じ……?)
男は二人を見る。一瞬その鋭い瞳が優しくなったが、二人は気づかなかった。
「は、初めまして。コウルといいます」
「エイリーンです」
「俺は……『リヴェナール』。『リヴェル』でいい」
男、リヴェルは『入れ』と家に招く。
「さて、コウル。マスターになんと言われて来た」
「ここにくれば力が手に入ると……」
「ふぅ……。そんな簡単なわけがないだろう」
「えっ!?」
せっかく長旅で来たのに、力が手に入るわけではない。コウルは落ち込む。
「勘違いするな。簡単にはと言っただけだ。力は手に入る」
そう言ってリヴェルは壁に向かって魔法陣のようなものを描く。
すると壁に突然、光の扉が現れた。
「コウル、お前に課す修行だ。この扉をくぐり、またここに戻ってこい」
コウルは扉を見ながら「修行かあ」とため息をついた。
「そんな簡単に力が手に入るわけがないだろう。最初から最強。最初から万能。そんなものは神だけだ」
「あなたやマスターさんも?」
「無論だ」
それを聞いてコウルは覚悟を決め、扉に手をかける。
後ろからエイリーンがついて行こうとするが――。
「ダメだ。ここはコウル一人で行ってもらう」
「えっ、そんな……!」
一緒に行く気でいたエイリーンは驚く。
「これは、コウルを鍛える場所だ。きみは『神の塔』まで待つんだな」
「……わかりました」
「じゃあ、行ってくる」
コウルが入っていくと、扉が光を放ちながら閉じていった。
「……」
「……」
エイリーンとリヴェルが二人きりになり、沈黙が訪れる。そんな中エイリーンはそっと口を開いた。
「リヴェル様。あなたは何者なのですか」
扉を抜けたコウルの目の前は、まるで別の場所だった。
「どこ、ここ」
コウルは周りを見回す。島のようだがどこかはわからない。入ってきた扉は消えていた。
とりあえず進んだコウルの前に、看板が立っていた。
「右でいいんだよね?」
看板に従い進むコウル。その前方には――そびえ立つ崖。看板には『上』と書いてある。
「これを登れと?」
崖登りなどしたことがあるわけがないコウル。しかし登るしか道はない。
魔力を集中し身体に巡らせ、登り始める。しかし少し登ったところでコウルは一度降りる。
「握力が足りない……」
握力が続かず長い崖を登り切れない。コウルは少し登っては降りるを繰り返す。
数時間は昇り降りを繰り返しただろうか。コウルはだんだんコツを掴めてきた。
「手のひらの方に魔力を多めに集中すれば……!」
コウルは以前ジンが言っていたことを思い出した。
『魔力を自由に体に巡らせて、腕を強めにしたり、足を強めにしたりできる』
コウルは再度、崖を登り始める。腕、そして手のひらに魔力を回していることで、力の感覚が変わっているのがわかる。
はや、数時間。コウルはなんとか崖を登り切った。しかし――。
「まだ、最初かあ」
そう、崖は最初に過ぎなかった。まだまだ道のりは長い。
「リヴェル様。あなたは何者なのですか」
「何者……とは」
エイリーンはリヴェルに会った時からある感覚があった。
「何となくですが、今の私には人の魔力の感じがわかります。
何故、コウル様の魔力と貴方の魔力の感じは全く同じなのですか?」
「……」
リヴェルは黙ったまま空を見上げる。
「教えて……くれませんか?」
エイリーンの輝く瞳がリヴェルを見つめる。
その瞳にリヴェルは息を吐き呟いた。
「その瞳には弱いんだよなあ」
その声は今までと違い少年のような声だった。
コウルは崖を越え、様々な試練を越え修行の終盤に来ていた。
そこは広い試合場のようだった。
「これで……最後?」
試練を越えたコウルは傷だらけで疲労困憊。
この試練を突破するのもギリギリになりそうであった。
すると、コウルの目の前に魔力が集まっていく。
「これは――!」
出現したのはコウルの影。最後の試練は自分との戦いだった。
影が剣を振りかざしコウルに迫る。コウルも剣を抜き、その攻撃を受け止める。
力は互角。だが影と違い、コウルは疲労で少しづつ押され始める。
「っ!」
だがコウルはあきらめない。乗り越えてきた試練。その全てを思い出す。
(魔力を足に大きく集中……!)
影が再び剣を振るう。
しかし、コウルは既にそこにはいない。
「こっちだ!」
一瞬で影の背後に回り込んでいたコウル。足に魔力を集中したことでコウルの速度はいつも以上に速くなっていた。
影が攻撃を防ごうと剣を出すする。だがそれも意味はなかった。
(両腕に魔力を集中!)
いつもより腕に魔力を集中させた一撃。
その威力は影の剣を折り、そのまま影を切り裂いた。
「はあ……はあ……。これで終わりかな?」
影が消える。すると試合場の先に光が放たれ、入ってきた時と同じ扉が出現する。
コウルはその扉を開けて帰っていった。
「――という訳だ」
その頃、エイリーンはリヴェルの話をずっと聞いていた。
リヴェルの過去。リヴェルの存在そのものを。それを聞いたエイリーンは驚きの表情であった。
「この話はコウルには秘密だ。いいな?」
「……はい」
ちょうどその時だった。
扉が出現し、コウルが戻ってきたのは。
「ただいま」
コウルがエイリーンに声をかける。
エイリーンはなんともいえない表情でそれを出迎えた。
「どうしたの?」
「い、いえ。なんでもないです!」
エイリーンの慌て方に疑問を浮かべるが、とにかく修行の報告をすることにする。
「戻りました。リヴェルさん」
「ああ」
リヴェルはコウルを見定める。
「魔力の巡らせ方を覚えてこれたようだな」
「はい」
「よし、最後の試練だ」
「えっ」
コウルは驚く。あの修行以外にまだ試練があることに。
家の外に出るとリヴェルは木刀をコウルに差し出す。
「最後の試練は、俺から一本取ることだ」
リヴェルが木刀を構える。コウルも木刀を構えた。
「いきます……」
コウルが跳躍する。影との戦いで見せた、足に魔力を込めた高速移動。
リヴェルの後ろを取ると木刀を振り下ろす。
だがリヴェルは読んでいたかのように振り向くと、コウルを弾き飛ばした。
「ぐっ……」
「いい速さになった。だがまだまだだ」
リヴェルは突き付ける。まだ上があることを。
コウルは考える。そしてもう一度、踏み込んだ。
数分間打ち合うが、コウルの攻撃はかすりもしない。
「お前はまだ正道にこだわりすぎている。もっと卑怯になれ!」
リヴェルはコウルの攻撃をかわしながらも適度にアドバイスを送っていた。
コウルはそれに従い、少しずつだが確実に攻撃を近づけていた。
そして――。
コウルは再び跳躍し回り込む。
「その手は最初に無駄だと――!」
だがコウルは真後ろにいない。少し離れた位置にいる。手には木刀がない。
するとリヴェルの頭を木刀がかすめる。コウルは木刀を投げたのだ。
「これでも……いいですよね?」
「ああ、そうだな」
ここにコウルは最終試練を突破した。
「ありがとうございました」
試練を突破し力を得たコウル。次はエイリーンのため神の塔へ向かう。
コウルはリヴェルに礼を言うと森の外へ向かう。
エイリーンもリヴェルを見ると礼をし、コウルを追った。
「……コウル。エイリーンをきちんと守れよ。俺のようにはなるな」
残ったリヴェルの声は風の音とともに消えていくのだった。
迷いの森、リヴェルの元を出発し、次はエイリーンのため神の塔に向かうコウルたち。
まずは中央大陸に向かうべく、港町の方へ戻り始めた。
道中、何回かモンスターに遭遇するも、リヴェルの元で鍛えたコウルの敵ではない。
行きよりもはるかに早い時間で港町に帰ってくる。
早速、中央大陸に向かう船を探すがーー。
「中央大陸に行く船はない?」
港の人々にそう言われる。
中央大陸は中央大陸と呼ばれてはいるが、
その実、人はほとんど住んでないといわれ、そんなところに船を出す人はいないとのことだ。
「……どうする?」
「ポムさんたちはもういませんし……」
二人が途方に暮れている様子を見て、一人の町人がからかうように言った。
「小舟でいいならやるぜ?」
だが、コウルたちはそれを聞くとーー。
「それでいいです!」
すぐさま返事をした。
「いざ、中央大陸へ!」
二人を乗せた小舟。コウルはそれをせっせと漕ぎ始める。
それを見る町人たち。
「冗談のつもりだったんだが……」
「あれで中央大陸になんて無茶だよねえ」
コウルたちには当然聞こえてはいない。
二人は果たして中央大陸に辿り着けるのか。
数時間後、舟は海上にゆっくり漂っていた。
コウルが漕ぎ疲れてしまったからだ。
「わたしが漕ぎましょうか?」
エイリーンが言うが、コウルは首を横に振る。
「エイリーンさんにさせるわけには……」
ならと、エイリーンはコウルの漕ぎ棒をひとつ取り「一緒に漕ぎましょう」と言う。
エイリーンの輝く瞳に見つめられ、コウルは苦笑いしと了承する。
二人はゆっくりと中央大陸に向かっていく。
しかし、数日後……。
「着きませんね……」
「そうだね」
二人は休憩して、舟は風の流れのままに漂う。
何故小舟で行けるのかなどと思ったのか、コウルは自分の浅はかさを恨んだ。
だが、エイリーンはというと。
「コウル様との舟の上の生活は楽しいです」
その言葉にコウルは真っ赤になる。
ただでさえ、狭い舟の上で二人きりだというのに、エイリーンはなんとも思わないのかなあ、とコウルは思う。
だがエイリーンも、今のは勇気を出した一言だと、コウルは気づいていなかった。
さらに数日、そろそろ食料が少なくなってきた頃、ついに中央大陸が見えてきた。
「つ、ついた……」
小舟を岸に近づける。そこから見えるのはひとつの線。
「もしかして、あれが……」
陸に上がり改めて線を見る。それは天をも貫く長大な塔。
間違いなくあれが『神の塔』だとコウルは感じた。
神の塔へ向けて二人はひたすら歩く。
道なき道を真っ直ぐ真っ直ぐ、コウルとエイリーンが初めて出会った荒野よりも、何もない野を。
食料がなくなりそうな頃、ついに二人は塔にたどり着いた。
「はあ、ついたあ」
入り口で息を吐くと、コウルは塔の扉を開ける。
中は綺麗な装飾がしてあり、その中央には螺旋階段。
「まさかこれを上るの?」
外から見た塔は天を貫いている。螺旋階段も上の終わりが見えない。
「でも、行くしかありません」
エイリーンが先に階段を上り始める。コウルは慌てて後を追った。
しばらく上ると、広い一角に着く。中央には台座のような物がある。
「これは……」
エイリーンが台座に触れる。
エイリーン、そして台座からまばゆい光が放たれ、外から見ると塔全体が光の柱に包まれた。
「これはーーエイリーンさん!?」
エイリーンが光に包まれている。コウルは近づこうとするが光は収まった。
「大丈夫? エイリーンさん」
「……全て思い出せました」
「え?」
その時だった。
エイリーンの背後に二つの影が降り立つ。
「おかえりなさいませ。エイリーン様」
「ありがとう。ワルキューレたち」
二つの影、ワルキューレに声をかけると、エイリーンはコウルに向き直る。
「コウル様、来てください。招待します」
「招待? どこに?」
塔の螺旋階段とは別に光の階段が出現する。
「神界へ」
エイリーンとワルキューレに連れられ、光の階段を上るコウル。
しばらくすると、コウルの視界が光に遮られ、気がつくと、神殿のような場所にいた。
「ここが、神界?」
「はい」
ワルキューレが答える。だがすぐに、神殿の奥に進み出す。
コウルはついていくしかない。
そして神殿の最奧。
コウルたちの前にいるのは女性。偉い立場なのか、座る椅子は高い。
「エイリーン、戻りました」
エイリーンが目の前にいる女性にひざまずく。二人のワルキューレも。
コウルも空気を読んで、その場にひざまずいた。
「よく戻りました。エイリーン。私は心配していましたよ」
「申し訳ありません」
「責めているのではありません。本心ですよ」
「あ、ありがとうございます。『エイナール』様」
(エイナール?)
それはたしかエイリーンの名字。それを名前に持つ彼女は一体何者なのか。
「そして、コウル」
「は、はい!」
急に自分に話が振られ、コウルは驚く。
「よくエイリーンをここまで連れてきてくれました」
「い、いえ」
慈愛に満ちているが、その雰囲気は逆らえない圧をコウルは感じる。
「質問してもよろしいでしょうか?」
コウルが立ち上がって問う。
「貴女は何者なんですか」
「そうですね。貴方はまだ知りませんでしたね。エイリーン、教えてあげなさい」
「はい」
エイリーンも立ち上がり、コウルの方を向くと宣告した。
「このお方は、この世界を司る神属の一人。女神エイナール様です」
「女神……?」
「そしてわたしはその下に仕える、女神見習いエイリーン・エイナールです」
「そしてわたしはその下に仕える、女神見習いエイリーン・エイナールです」
「女神見習い……? エイリーンさんが?」
女神エイナールと女神見習いエイリーン。
とてつもない真実にコウルは驚愕する。
「驚くのも無理はありません。女神などと言われても信じられないでしょう」
エイナールは優しく言う。
だが、コウルには思う節がいくつかあった。
自分を助けた回復の光。ジンさん曰く、自分以上の凄まじい魔力。
それはエイリーンが女神見習いという証明ではないのかと。
「女神だということは信じます。じゃあ、何故、エイリーンさんはあの荒野で倒れることになったのですか?」
エイナールに問う。それにもエイリーンが口を開く。
「わたしは女神見習いとして、この世界の危機になりえるもの、カーズを倒そうとしたのです。結果は以前話したとおりですが……」
女神見習いとして。それがエイリーンと出会うきっかけ。コウルはそれを心に留める。
「じゃあ、最後に。ここに来れたので、エイリーンにも力が授かるのですか」
コウルがリヴェルの所で修行したように、エイリーンも修行し力をつける。そうなるのだろうかと。
「それはもちろんです。ただしコウル。それには貴方の協力も不可欠です」
「僕の……?」
「ええ、ただまずはエイリーン。貴女から」
「はい。コウル様は少しお待ちください」
エイリーンはエイナールに案内され、何処かへと向かう。
「貴方はお部屋にご案内します」
ワルキューレに連れられ、コウルは神殿の客室に案内される。
「客室を使うのは久しぶりのことです」
ワルキューレは無表情のまま言う。
その道の途中である。
「あら、あなたがエイリーンが連れてきた人ね?」
突如、コウルに話しかけてきた少女。その姿はーー。
「エイリーン?」
その少女はエイリーンにそっくりだった。エイリーンよりも少し目が鋭く、話し方はやや強い口調だったが、雰囲気が似ているとコウルは感じた。
「私は『エルドリーン』。縁があったらまた会いましょう」
エルドリーンはそう言うと去っていく。
「彼女は?」
コウルはワルキューレに聞いてみた。
「エルドリーン様。エイリーン様と同じく女神見習いです。……女邪神見習いですが」
「えっ」
最後に小さく呟かれた『女邪神』という言葉に、コウルは驚く。
邪神見習い。そんな見習いがいて大丈夫なのだろうかと。
「邪神様も神様です。問題はありません。おそらく」
「おそらく!?」
無表情なワルキューレの頼りない返事に、コウルは不安を隠せない。
そんなコウルに、ワルキューレはさらに驚くことを言った。
「大丈夫です。エルドリーン様とエイリーン様は姉妹ですから」
「え……ええっ!?」
(姉妹? いや姉妹なのはいい。姉妹で女神見習いと邪神見習い?)
コウルの頭が混乱する。そしてなんとなく聞いた。
「ちなみにどっちが姉?」
ワルキューレは無表情のまま「そこまでは……」と言った。
「エイリーン。覚悟はできていますね?」
バルコニーのような場所でエイナールとエイリーンは話していた。
「はい。ですがコウル様は……」
「コウルを巻き込みたくないのですか? しかし今の貴女一人ではカーズには勝てません」
「それはわかっています。ただ……」
顔を赤くするエイリーンに、エイナールはフフッと笑った。
「大丈夫。彼も同じ気持ちですよ。きっと」
そう言うとエイナールは歩き出す。その後をエイリーンはついていくのだった。
コウルは部屋で本を読んでいた。
客室には退屈させないためか、本が大量に置いてある。
コウルは『神の系譜』という本をパラッとめくる。
「『女神。神属第三位に位置する神の一角。主に一世界を見守り、世界の危機に動く』か」
改めてエイリーンのすごさを感じ、コウルは寂しさを感じた。
ここまで来るのに早数ヶ月。コウルはエイリーンと絆を深めてきたと思っている。
だが、見習いとはいえ女神。そんなすごい人と自分が一緒にいていいのかと悩む。
悩みながらも、コウルは久しぶりのベッドの感覚に、眠りに落ちていくのだった。
「……さ」
「う……ん」
「……様」
「あと……5分」
「わかりました」
ーー5分後。
「コウル様」
「……うん。……!?」
コウルが声に導かれ起き上がると……。
「ええええ、エイリーンさん!?」
コウルの前にエイリーンがいる。……ものすごい透けてる服で。
「え、あ、え? どうしたのエイリーンさん?」
下着が見え、コウルの視線は右往左往する。
エイリーンも顔が赤いのが、この時はコウルもわかった。
「コウル様は……」
エイリーンの言葉がそこで詰まる。何か言おうとしているが、恥ずかしくて言えない。それがコウルにもわかる。
その時、コウルは恥ずかしさなく、ただそうしてあげたいと思い、エイリーンを抱きしめた。
「コ、コウル様!?」
エイリーンが慌てふためく。
だがコウルは抱きしめたまま、小さく言った。
「好きです。エイリーンさん」
「!」
慌てふためき動いていたエイリーンが、驚きで止まる。そしてエイリーンもーー。
「わたしもです。コウル様」
エイリーンがコウルを抱きしめ返す。
しばらくの間、沈黙が二人を包んだ。
「と、ところで、なんでそんな格好でここに?」
冷静になって恥ずかしくなり、二人は背中合わせに座る。
エイリーンは言った。
「エイナール様が言っていたコウル様の協力……です」
「え?」
「わたしが力を得る方法。エイナール様の修行もありますが、もうひとつあるんです。それが『女神の契約』」
「女神の……契約?」
エイリーンが頷く。
「二人の……その、愛し合う男と女神が抱きしめ合うことでできる契約です。魔力がつながり二人はより強力な力を行使できるようになるのです」
「へえ。二人の……愛し合う人が抱きしめ合うことで……って。抱きしめ合う? つまり?」
「はい。契約は完了してしまいました」
エイリーンは恥ずかしそうに呟いた。
コウルも先ほどの自分を思いだし、また赤くなる。
「あはは……でも、よかった。エイリーンさんが、同じ気持ちで。」
「はい」
「それに……女神の契約って抱きしめ合うだけでよかったよ」
「それは……?」
「いや、契約っていうからもっとあんなことやこんなことをするのかと……」
そう言って二人はまた顔を赤くした。
「ごめん……」
「い、いえ……」
それから色々、二人で他愛のない話をし、いつしか二人は一緒に眠りに落ちた。
「おはよう、エイリーンさん」
「おはようございます、コウル様」
二人は一緒に起きる。恥ずかしさはあるが、これが契約であり恋人なのだろうと、二人は納得する。
「ところで、その、契約したんだし、様付けはやめない?」
コウルがそう言うと、エイリーンも。
「コウル様も、さんをやめませんか?」
と対抗する。
二人とも少し考え、お互いに向き直し。
「エイリーン」
「コウル」
二人で呼び合った。そして二人で笑い合う。
「改めてよろしくエイリーン」
「こちらこそ、コウル」
二人はじっと見つめ合う。が、それを、遮るように少しイラついた声が割り込む。
「お二人さん。そろそろいいかしらー?」
「うわあっ!?」
「きゃあっ!? エ、エルドリーン。驚かさないでください」
「いつまでも二人の空間にいるからよ」
エルドリーンは呆れたように言う。
「エイナール様がお呼びよ。早く行ってきたら?」
それを聞いて二人は大広間に向かう。残されたエルドリーンは小さく呟いた。
「エイリーン、そして……コウル」
「契約は無事済んだようですね」
女神エイナールは見透したように言う。二人はまた照れ合う。
「これで、貴方たちは十分な力を得ました。よって女神エイナールの許に命じます。カーズを倒す、または止めなさい」
「「はい」」
二人は同時に返事をする。
「場所は南の大陸。遺跡の塔」
「遺跡の……塔」
「南の大陸って……」
「はい、わたしたちが出会った、最初の大陸です」
それを聞き、目標を聞いていざ出発と思ったところに。
「コウル、エイリーン、これを」
エイナールがワルキューレに持ってこさせたのは服。コウルとエイリーンのため、エイナールが用意した物だった。
二人は早速、着替える。
「お似合いです、コウル」
「エイリーンも」
ただ、二人の服は余りにも薄着にコウルは思う。
「この服はエイナール様とわたしが女神の力を込めて作ったものです。見た目と違い防御力抜群、耐熱、耐寒、様々な攻撃、呪い等にも強い、万能の服ですよ」
「へえー」
さすがと、コウルは感心した。
「ありがとうございます!」
今度こそ出発。と思いきや。
「エイリーン、聖剣の説明はしましたか」
「あ、いえ。まだです」
エイリーンはコウルを向く。
「コウル、わたしに手をかざしてください」
コウルは言われたまま、エイリーンに手を向ける。するとーー。
「うわっ!」
コウルの手に剣が出現する。宝玉等がついた輝く大きめの剣。
「これが、契約者の力『女神聖剣』です」
「女神……聖剣」
「コウルがわたしに手をかざせば、その剣はいつでも現れますし、いつでもしまえます。あなたの思うタイミングで使ってください」
そう言うと女神聖剣は消えた。
「以上です。今度こそ、いいですよ」
「うん、じゃあ、打倒カーズに向け出発!」
コウルの声が神殿に響きわたった。
神の塔を出た二人は、ワルキューレに見送られ南の大陸に向かう。
「あ、そっか。当然、帰りも舟かあ」
ここに来るまでの道のりを思いだし、コウルは気が重い。
「大丈夫です。コウル」
「え?」
エイリーンは魔力を集中する。するとーー。
「わあ!」
コウルが驚きと喜びの声をあげる。
エイリーンの背中から、輝く光の翼が生えたのである。
「これも、女神の力?」
「はい」
エイリーンは嬉しそうに返事をする。そしてコウルはの後ろに立つ。
「失礼します」
エイリーンはコウルの背中から抱きつくように手を回す。
コウルは急に抱きつかれ赤くなるが、その瞬間、エイリーンは飛翔した。
「うわわわ!?」
急に飛び立たれ驚くコウル。
エイリーンは軽く謝ると、南の大陸へ向け羽ばたく。
捕まれたまま、コウルはひとつ思うことがあった。
「エイリーン、手はキツくないの?」
「……言わないでください、キツいです!」
飛んでるからか、珍しく大声で返事をするエイリーン。
二人はそのまま無言で飛んでいく。
そして数時間、二人は南の大陸についた。
「エイリーン、ごめんね。お疲れ様」
「いえ。大丈夫です。なんとか……」
コウルはエイリーンの手を撫でる。
よく考えると、エイリーンの手が限界だったら、コウルは海にまっ逆さまであった。
二人はまず近くの町に寄り、休息と情報収集をするつもりであった。
だがーー。
「モンスター!?」
町人がモンスターに襲われている。
コウルは剣を抜き、モンスターに斬りかかった。
女神の力を思い出したエイリーンも、魔力でモンスターを撃破する。
「何で町にモンスターが?」
「モンスターが町を襲うことはあります。ですがこれは……」
多すぎるとエイリーンは感じた。これはまるで誰かが意図的にやっているような。
そう思い、ひとつ思い出す。以前、カーズがアンデッドを呼び出していたことに。
「これもカーズが……?」
モンスターは最初、町人を攻撃していたが、だんだんとコウルたちを狙い始める。
修行した二人の敵ではないが、数の多さに全滅させるのには時間がかかった。
「時間稼ぎでしょうか?」
「わからない……」
コウルたちはそのまま宿を取ると、町で情報を集める。
「遺跡の塔ねえ。知らないなあ」
「遺跡の塔? さあねえ」
町人は皆、遺跡の塔を知らない。
仕方なく二人は一度宿に戻る。するとそこにはーー。
「やあ」
「え、マスターさん?」
二人の部屋に、マスターが壁際に立っていた。
「無事に修行が済んだようで何よりだ」
「マスターさんは何故ここに?」
「遺跡の塔に向かうのだろう」
マスターの眼鏡が光る。コウルたちはうなづいた。
「きみたちが最初に会った荒野へ行くんだ。そこに行けばわかる」
そう言うと、マスターは一瞬で姿を消した。
「あの人、一体何者なんだろう。エイリーン知ってる?」
「いえ……。エイナール様は知っているかもしれせんが」
二人はマスターの正体を気にしながらも、その日は休むのであった。
翌日、二人は荒野に立っていた。しかし荒野はとても広い。
だが、塔など見当たらない。
「塔なんて見当たらないね……」
「大丈夫です」
エイリーンは荒野に向けて魔力を集中すると、光が広がり始める。
すると見えなかった場所に、遺跡、そして塔が出現する。
「これは……」
「魔力による幻影が張られていたんですね」
二人は遺跡に入る。その遺跡の中央には、塔が立っている。
「ついに……きたね」
「はい」
塔に入る。
塔の内部は広いが何もない。
「上に行けないね……」
「これは魔力による幻影ではありませんね」
二人はそれぞれ別れて、壁を調べてみる。
その時だった。
「「え!?」」
二人を遮るように壁が降ってくる。
「エイリーン!」
「コウル!」
閉じる前にと走るが、無情にも壁は降り閉まる。
コウルは壁を叩く。開く気配はない。
その時、コウルはハッとして、咄嗟に横に飛んだ。
コウルがいた場所に矢が刺さる。
「誰だ!」
コウルが振り返る。そこにいるのはモンスター。
上半身人型、下半身は馬のモンスター。
「ケンタウロス……?」
「そうだ。半人前だがな」
「エイリーンは」
「向こう側にいる。無事とは限らないがな」
その一言に、コウルのスイッチが入る
「なら、あなたを倒し、エイリーンの所へ行かせてもらう」
コウルは剣を抜いた。
「コウル……」
エイリーンは壁を調べている。しかし壁は開く気配はない。
「いいのかい? そんなに男に気を取られて」
「え? きゃあっ!」
エイリーンを巨大な蔦が弾き飛ばす。
エイリーンがふらつきながら立ち上がると、そこには蔦に身体が覆われた女性だった。
「あなたは?」
「私は植物使いザ・ローズ。カーズ様に仕える者さ」
「コウルは?」
「向こうさ。もう死んでるかもね」
「コウルは死にません!」
「はん、じゃああんたが先に死ぬのさ!」
ローズが蔦を振るう。エイリーンはそれを魔力の壁で受け止める。
コウルと、エイリーン。それぞれが敵との戦いを始めるのだった。
分断されたコウルとエイリーン。
それぞれの前に現れたのは、カーズの刺客なのだろうか。
だが、そんなことは二人には関係ない。お互いを助けたい思い。それだけで二人の戦う理由には十分だった。
コウルが剣を構える。ケンタウロスは弓を構え矢を放つ。
矢をかわしたコウルは、足に魔力を込め、一気に接近しようとする。
(弓矢なら、近接戦に持ち込めばーー!?)
コウルの予想より遥かに早く、矢の二発目が飛んでくる。
コウルはそれをギリギリでかわした。
「たいていの者は私相手に、接近戦を挑もうとする。だが無駄だよ、キミは近づけない」
ケンタウロスは素早く第三、第四と矢を放つ。
コウルはそれをかわすのに精一杯で、近づく余裕がない。
「ーーなら!」
コウルは右手に魔力を込めた。
魔力弾。コウルの唯一の遠距離攻撃。だが、それは軽々と避けられる。
そしてそのわずかな隙だった。
「っ!?」
コウルの足を矢がかすめ、その場に倒れこんだ。
「いてて……」
コウルがなんとか立ち上がると、ケンタウロスは言った。
「その足でまだ接近戦に持ち込む気か。それとも当たらない弾を投げるか。諦めるんだな」
「諦める?」
その言葉を聞き、コウルは笑った。
「何がおかしい?」
「ジンさんと約束した。カーズを止めるって。そして、向こうにはエイリーンがいる。僕の好きな人が。ならーー」
剣を構え直し、立ち直る。
「ーーこんな所で諦めるわけない!」
コウルの一喝が響いた。
エイリーンも苦戦を強いられていた。
ザ・ローズの蔦攻撃は激しく、エイリーンは魔力の壁で受け止めるしかない。
たまに魔力弾で反撃しても、それはまた蔦で弾かれる。
「……っ」
「ほらほら、その程度かい!」
蔦が迫る。エイリーンは右からきた蔦を魔力で防ぐが、すぐさま左からきた蔦に弾き飛ばされた。
「きゃあっ!」
それを見つつ、ザ・ローズは見下しながら言った。
「こんな小娘と、あっちの坊やがカーズ様を止めるねえ。この程度かい」
攻撃が止まったのをみて、エイリーンは立ち上がる。
「ジン様との約束。女神見習いとしての使命。そしてコウルのために、カーズを止めなくてはならないんです!」
「はん! なら少しはあたしに傷を負わせてみるんだね!」
再び蔦が宙を舞い、エイリーンに迫る。
エイリーンは慌てず、魔力を集中すると、全方位に魔力の壁を貼った。
「なにっ!?」
魔力の壁に阻まれ、蔦は全て弾かれる。
すぐさまエイリーンは魔力弾を連射した。
「!」
蔦での防御が追いつかず、魔力弾をくらうザ・ローズ。
「はあ……はあ……。やりました?」
魔力弾の衝撃で発生した砂煙が晴れる。
ザ・ローズはまだ生きている。そして……キレていた。
「小娘……。よくもやってくれたねえ!」
蔦が再びエイリーンに迫る。だがエイリーンも魔力の壁を全方位に貼り、蔦は全て弾かれた。
「無駄です」
「それはどうかねえ!」
壁で弾かれた蔦。そしてザ・ローズからさらに蔦が飛んでくる。その蔦は魔力の壁ごとエイリーンを覆い始めた。
「これは……!?」
「あんたはもう逃げられない」
魔力の壁ごと蔦に覆われ、エイリーンは出ることができない。
「ですが、このままではあなたも何もできません」
「そうかねえ!」
ザ・ローズが蔦を操る。蔦は魔力の壁ごと、エイリーンを持ち上げ始めた。
「そ、そんな……!」
「ほら!」
ザ・ローズが蔦を振り回す。エイリーンは魔力の壁で覆われているが、その魔力壁ごと、蔦はエイリーンを叩きつける。
「っ……!」
「いつまで持つかねえ!」
二度、三度、蔦を壁に叩きつける。
そして、ついにエイリーンの魔力壁が崩れた。
「ああっ!」
エイリーンは蔦に締め付けられる。
「終わりだね。小娘。そのまま絞め殺してやるよ」
(す、すみません。コウル……)
エイリーンの悲鳴が響きわたった。
「エイリーン?」
悲鳴はコウル側にも届いていた。
「どうやら娘も終わりが近いようだな」
「エイリーンは!」
「私と同じく、カーズ様の部下、ザ・ローズが相手をしている。今のところ悲鳴でわかっただろう。娘も終わりだ」
その言葉にコウルがキレた。
魔力を集中し走り出す。
「無駄なことを!」
ケンタウロスはすぐさま矢を放つ。コウルはまた避けるしかない。
(早く……エイリーンを)
キレているが、コウルの頭は冷静だった。
今すぐ、可能な限り早く敵を倒し、エイリーンのもとへ向かう。
そのために頭をフル回転させる。
(多少痛いかもしれないけど……!)
コウルは再び走る。ケンタウロスが矢を放つ。
コウルはそれを避けない。いや、ギリギリでかわす。
矢の雨が何本もコウルをかすめる。可能な限りギリギリで、多少の傷を我慢しコウルは突っ込む。
「うおおお!」
そして、コウルは剣を投げた。ケンタウロスの目前に剣が迫る。
だがケンタウロスはそれをあっさり避けた。
「投げるのは悪くないが、真正面からでは……!?」
「エイリーン!」
剣を投げた手に、再び剣が現れる。
女神聖剣。エイリーンと分断されているため、呼べるかは若干不安があったが、コウルの手には聖剣が出現していた。
「これで!」
持っていた剣を投げたと思い、油断したケンタウロスに、聖剣を掲げたコウルが迫る。
そして、その一撃は、ケンタウロスを切り裂いた。
「はあ……はあ……。終わりだね」
「ああ、見事だ」
ケンタウロスはその一言で倒れる。
だが、コウルはそれを見ている余裕はない。
エイリーンを助けるため、分断された壁に向かうと、聖剣を振った。
もう少しでエイリーンの意識がなくなる。ザ・ローズが笑っていた時だった。
壁が切り裂かれる。ザ・ローズは驚いた。
「まさかケンタウロスが敗れたのかい!?」
「エイリーンを返してもらう」
コウルは状況を見るや、すぐに蔦を切り裂く。
すぐさまコウルはエイリーンを受け止めた。
「大丈夫?」
「す、すみません……。コウル」
「ううん。遅くなってごめんね。」
二人を見て、ザ・ローズは怒る。
「イチャイチャしてんじゃないよ!」
蔦が迫る。コウルは落ち着いて聖剣を振った。
聖剣から放たれる衝撃が蔦を弾く。
「ここにいて」
コウルはエイリーンを下がらせると、一気にザ・ローズに接近する。
「速い!?」
ザ・ローズはケンタウロスほど早くなかった。コウルは聖剣を振り上げる。
「させないわ!」
ザ・ローズは最期の抵抗に全ての蔦を前面に集め防御する。
だが、聖剣の前では無意味。コウルの一撃は、蔦ごと、ザ・ローズを切り裂いた。
「ふん。さすがはカーズ様を止めようと言うだけはあるわね」
死に際にザ・ローズが呟く。
「でもね……あんたも終わりさ!」
ザ・ローズは悪あがきのごとく、コウルに蔦を巻き付ける。
コウルはすぐさまそれを斬るが、その一瞬だった。
「え……?」
「コ、コウル!」
コウルの背中に矢が刺さる。
切り裂かれた壁の向こうからケンタウロスが矢を放っていた。まだ生きていたのだ。
「……っ」
コウルが倒れる。それを見るとケンタウロスとザ・ローズは満足したかのように、先に魔力の光となって消えた。
「コ、コウル! コウルー!!」
エイリーンの悲痛な叫びが、塔の中にこだました。
ケンタウロスの矢に倒れたコウル。
塔にエイリーンの叫びが響きわたる。
エイリーンはすぐさま、矢を抜き回復の手を掲げた。
「コウル! コウル!」
ジンの時のように、魔力がすぐさま霧散するわけではないが、コウルの傷はなかなか塞がらない。
「こんな所で死んではダメです、コウル!」
エイリーンは手をかざしながら、必死にコウルに呼び掛け続けた。
「う……ん……」
コウルの意識は闇の中にあった。
「ここは……?」
闇の中をコウルはさまよう。
すると一筋の光が照らし、コウルはそこに向かう。
「これは、川……?」
その時、コウルは思い出した。
自分がケンタウロスの矢を受けたことを。
「じゃあ、これは三途の川……なのかな?」
川を眺める。コウルの足は無意識に川に進みだしている。
「僕、死んだのか……」
「いや、きみはまだ死んではいない」
その声にコウルは驚く。コウルの視線の先にはーー。
「ジン……さん?」
カーズに斬られ、死んだはずのジンがそこにはいた。
「ジンさんがいるってことは、やっぱり僕は死んでるんじゃ……」
「いや、まだ生きている」
川にいるジンは、自分を指差すと言った。
「ここを越えなければ、まだ生きれる可能性はある。気持ちを強く持つんだ!」
その言葉に、コウルは思い出す。
そうだ、ジンさんと約束した。カーズを止めると。
そして何より、今の自分にはエイリーンがいる。こんな所で死ぬわけにはいかない。
無意識に進んでいた足が止まる。
「ありがとうございます、ジンさん」
ジンに礼を言い、コウルは振り向く。
川を逆走し、元の場所へ走る。
それを見届けると、ジンは消えていった。
「っ……」
「コウル!」
コウルが目を覚ます。エイリーンは喜びで抱きついた。
「よかった。コウル……」
「エ、エイリーン、痛いよ……」
コウルは苦笑いしながら答える。
背中の傷はまだ完全に塞がっていない。
「す、すみません」
エイリーンはすぐさま、傷の治療に戻る。
「せっかく貰った服、早速穴開けちゃったね」
「これくらいならすぐ直せます」
エイリーンは傷の治療を終えると、そのまま服にも手をかざす。魔力の光に包まれると、服の穴は塞がっていた。
「べ、便利だね」
「この服だからですよ」
女神の力で編まれた服。コウルは服を改めて見る。
矢は刺さったものの、自分が助かったのはこの服のおかげかもしれないと。
「ありがとう。……って、エイリーンもボロボロじゃないか」
コウルは、エイリーン自身にも回復するように言う。しかしエイリーンは首を横に振った。
「この力は自身には使えないんです」
「え、そうなの?」
ゲームにある回復魔法とは違う。コウルは改めて思った。
「ここで、休憩していこうか」
「え、ですが」
ここまで来て、後はおそらく、カーズを止めるのみ。
休憩している余裕があるのだろうかとエイリーンは思ったが。
「エイリーンにも万全でいてほしいんだ。何があるかわからないから」
「そうですね。わかりました」
まだ、なにがあるかわからない。
二人は今のうちに休憩することにする。
「ぬ、塗るよ?」
「は、はい」
エイリーンの回復の力のおかけで、使うことのなかった薬。それを今、使っていた。
コウルは恥ずかしそうに、エイリーンの身体に薬を塗る。女性の身体にこうやって触れるのは、コウルは初めてであった。
恥ずかしさを誤魔化すためか、エイリーンが話しかける。
「コウル。あなたは元の世界に帰りたいですか?」
「え?」
何故今そんなことをとコウルは思う。
「どうなのです、コウル」
「それは……」
コウルは考える。自分は元の世界ではあまりいい思い出がない。しかし家族はいるし、少しは恋しい思いもあった。
「でも、今は、エイリーンと過ごしたいな」
少し照れつつ、コウルは言った。
エイリーンも照れるかと思いきや、真面目な顔のままだ。
「考えておいてほしいのです、コウル。もしも、元の世界に戻るか、この世界に残るかを決めるときが来たときのために」
「う、うん」
コウルは頷く。いや、頷かないといけない雰囲気があった。
それを見ると、エイリーンは普段の笑顔を見せる。
二人はそのままつかの間の急速を取るのだった。
「では、行きましょうか」
「うん」
二人は立ち上がると、再び壁を調べ始める。
今度は分断されないように二人一緒に。そしてーー。
「あ、この壁が怪しい」
壁の一ブロックを押す。すると天井から階段が降りてきた。
「詳しいですね」
「まあ、元の世界でゲームそこそこやってたから」
「げえむ?」
「元の世界にある遊具だよ」
そう言って、コウルは階段を上る。
塔の上は迷路のようになっていた。二人は塔の中をさまよい続ける。
そして怪しい道を見つけた。
「ここかな。行ってみよう」
コウルは道を進み、そして……落ちる。
「え、うわわっ!?」
「コウル!」
エイリーンが飛び込み、光の翼を出し、コウルの手をとる。
「ありがとう、エイリーン」
「いえ、でもここは……?」
二人は部屋の中央をみる。そこには、塔の雰囲気とは違う巨大な機械。
「これは……?」
「魔力砲だ」
機械の後ろからカーズが現れる。
「カーズ……」
「よく来たな」
カーズは不敵に笑う。
「なるほど。未熟なガキと、記憶喪失女が、ずいぶん成長したようだ」
「カーズ、あなたは何をする気だ」
「聞きたいか?」
そう言いつつ、カーズは機械を触る。
「こいつは魔力砲。魔力を貯めた砲台だ。これをーー」
カーズが天を指す。
塔のてっぺん。そこは空間が歪んでいる。そしてそこにはーー。
「あれは……地球!?」
元の世界。その星、地球が映っている。
「そう、これをここから撃ち込む」
「な!?」
コウルは驚愕する。ジンが言っていた、元の世界を滅ぼす手段。まさか、こんな方法だとは。
「だけど、こんな砲台で滅ぼせるわけが……」
「並みの魔力では、町一つ滅ぼすのが限度だろう。だがーー」
カーズはエイリーンを指差した。
「そこの女の膨大な魔力。それを手に入れたことで、この砲台は完璧になった!」
エイリーンは思い出す。女神見習いとしてカーズに敗れた時のことを。
「あの時……」
「そう。貴様の魔力は奪い尽くした。驚いたよ。その貴様がまだ生きていて、まだ、魔力を持っていたことに。だが、よかった」
カーズが剣を構える。
「また貴様の魔力を奪うことができるのだから!」
カーズは機械の横から跳躍すると二人に斬りかかる。
二人は飛んだままそれを避ける。カーズは落ちるかと思われた。
「貴様ら二人の魔力を最期に、魔力砲を発射する!」
カーズは壁にしがみつくと、そのまま壁を蹴り再び剣を振るう。
二人はかわしながら下に降りる。カーズは凄まじい身体能力で壁を降りながら斬りかかる。
そしてそのまま、機械の下まで降りてくる。
そしてコウルも剣を抜いた。
「あなたを止めます。カーズ」
「やれるものなら!」
二人の剣がぶつかり合う。
元の世界の命運をかけた一戦が始まった。