異世界エイナール・ストーリー

「さて、リヴェル。」

突然呼ばれ、リヴェルは昔通り返事をする。

「はい」

「いやそこは『ああ』だ」

「え?」

リヴェルにはよくわからない。

「話し方も変えないとすぐわかる。君はこれから孤高の剣士リヴェルだいいね?」

「は……」

マスターの眼鏡が光る。

「ああ。マスターさん」

「さんはいらない」

「ああ、マスター」

うんとマスターは頷いた。

「まだぎこちないが、そのうち慣れるだろう」

どうだろうかと思うが、自分が会ったリヴェルも慣れていたので、いつかは慣れるのだろうと思うことにした。

「さて次は強さだね」

マスターは構えを取る。

「テストだ。かかってきなさい」

リヴェルは剣を抜く。宝玉から入手した魔力もあり、リヴェルの動きは速かった。だがマスターもそれを全て避ける。

「うん、合格かな」

リヴェルは疑問に思っていたことを聞いた。

「マスターは何故そんなに強い?」

「……」

マスターは遠い空を見上げた。

「遠い昔、いや未来かな? きみと同じように過去に飛ばされた若者がいた。それだけさ」

「……!」

リヴェルは答えに納得はしてないが確証を得た。

なるほど、未来人ならある程度予想や、予知が出来るのかもしれない。

「他に聞きたいことは?」

マスターがわざわざふってくれたので、リヴェルはもうひとつ聞く。

「その左手は」

マスターの左腕には常に包帯が巻かれている。

「これかい? やけど……と言っても信じてはくれないんだろう?」

「ああ、信じない」

「うん。構わないさ。そのうち知ることになるだろうからね」

リヴェルは最後の質問をした。

「その腰に掛けてるのは銃?」

マスターはあっさり頷いた。

「この世界にも銃があるのか」

「レア物には違いないがね」

質問を終えると二人は動き出す。

「どこに?」

「君の拠点をあげようと思ってね」

大陸を越え着いたのは森。

「この森は……!」

「知っているようだね」

コウル時代に初めてリヴェルと会った場所。迷いの森。

だが、今、この森はただの森に見える。

「この森は特別な森でね」

マスターに続き森を進むリヴェル。そして、そこにはいつか見た小屋。

「ここは私が使っていた場所だが、君に譲ろう」

「いいのか?」

「ああ、構わない」

こうしてリヴェルは森の小屋を入手する。

「さて、後は……」

マスターが魔力を集中する。すると森に霧が発生し辺りを包んだ。

「これで迷いの森の完成だ。迂闊に人は来れない」

そのままマスターは去ろうとする。

「待って……いや、待て」

リヴェルはそれを呼び止めた。

「しばらくはあなたに付いていきたい」

「ほう……?」

「まだ僕……いや俺はこの世界に詳しくはない。あなたに付いていけば、いろいろなものが体験できる気がするんだ」

「いいのか?」

マスターは問う。

「私に付いてくれば、君の言う平穏な余生は過ごせないかもしれないぞ?」

「だがエイナール様は言った。この過去で、俺やエイリーンを導けと。のこのこと余生を過ごすわけにはいかない理由ができた」

「そうか……」

マスターが頷き、リヴェルも頷いた。

「では行こうか」

二人は歩きだす。



それからのマスターとの旅は、リヴェルにとって想像以上であった。

毎日がモンスターとの戦い。ただ広い世界を回るだけではない。

その地の秩序を脅かすものの討伐。町の様子を見守る。

出会うたび、冷静に話しているマスターの大変さをリヴェルは知った。

「マスター、あなたはいつもこんなことを?」

「女神が関われない些事を、少しづつ解決してるだけさ」

その些事で毎日飛び回っていると思うと、頭が上がらなかった。

とある日、マスターがリヴェルを呼んだ。

「今日は依頼が多くてね。リヴェル、君にひとつ仕事を頼もうと思う」

「俺に?」

「ああ。なに、とあるモンスター群の討伐だ。君ならこなせるさ」

そう言うとマスターはさんは先に出ていってしまう。

「モンスターの討伐……ね」

だが、この時のリヴェルは想像していなかった。

その依頼がとてつもなく大変なものであるということを。



剣同士のぶつかり合いが響く。

「チッ……」

リヴェルの周りは多数のモンスターに包まれていた。

「グホホ。我輩らのアジトに単身、乗り込んで来るとは、愚かの極み」

モンスターのリーダーが笑う。つられて周りのモンスターも笑いだす。

リヴェルは最初、多数のモンスターも、一体ずつ撃破していけばいいと思っていた。

だが甘かった。その一匹一匹が、リヴェルに劣らない強さだった。

リヴェルは敵に次第に囲まれるように、リーダーの前まで追い込まれていたのだ。

「……」

「グホホ。自分の愚かさに声もでないか?」

「いや……チャンスは活かすものだ!」

リヴェルは一気に踏み込み、リーダーに迫る。

そして剣を叩きつける。

「な……!?」

「グホホ。残念だったなあ」

リーダーモンスターの腕が、リヴェルの剣を掴んでいた。

リヴェルはそのまま投げ捨てられる。

「ぐっ……!」

「そう簡単にいくと思ったか?」

リヴェルは起き上がる。そして咄嗟に呼ぼうとしていた。

「エイリーン……!」

だが、なにも起きない。起きるわけがない。

(そうか……エイリーンが死んでしまったから、契約も聖剣も……。いや、過去だからか)

リヴェルは、その場に座り込んだ。

「諦めたか?」

「……かもな」

リヴェルは既に諦めの中にいた。自分はエイリーンを守れなかった。いくら力を得てもそれは変わらない。

そしてその力もこんなところで終わろうとしている。

(いや、まだ終わらない)

リヴェルの脳内にマスターの声が響く。

(マスター? だが俺はもう……)

(君は生まれ変わったリヴェルだ。コウルではない。君は君はみたいな者を生まないために、生き、そして導かなければならない)

(導く……)

(そうだ。コウルとエイリーンを導き、自身のような悲劇を失くす。それが君の使命。君の存在だ。違うか!)

マスターの叱責にリヴェルは立ち上がった。

(そうだ……。俺はリヴェル。孤高の最強剣士、リヴェルだ!)

「グホホ? 諦めたのではなかったのか?」

「理由がある……。こんなところで死んでられん理由がな」

リヴェルは闇の宝珠を強く握った。

(宝玉よ……。俺はコウルを捨てる。もっと力を貸せ!)

闇の宝珠が輝きを放つ。

リヴェルの身体を闇の輝きが包んでいく。

「グホ!? なんだこれは!?」

リーダーは驚く。

リヴェルは息を吐いた。

「ふぅ……目覚めた気分だ」

リーダーはリヴェルの様子を見て叫んだ。

「グホ! お前たち、やってしまえ!」

モンスターの群れがリヴェルに迫る。

だがもうリヴェルに迷いはない。モンスターの攻撃を回避しては斬る。

「な、なんだ!? さっきと勢いが違う!」

モンスターたちは驚愕するが、そんな暇はない。次々と撃破され、残るはリーダー一体となった。

「グホ……、な、何者だ貴様」

「剣士リヴェル。貴様らを裁くもの」

先程と違う、リヴェルの速度。それが一瞬でリーダーモンスターを切り裂いた。



とある町の宿で、リヴェルとマスターは合流した。

「お疲れ様」

リヴェルはマスターを睨む。

「なにが『君ならこなせるさ』だ。死にかけたぞ」

「だが。こうして君はここにいる」

マスターは眼鏡をあげ直すと言った。

「君の真の覚醒を促したかった。この世界で、自分を導くなんてことをやるには、強さが、何者にも負けない意思が必要だからね」

「で、俺はあなたの試練に受かったのか?」

マスターは頷いた。

「もちろんだ。改めてよろしく頼むよ。剣士リヴェル」

マスターが手を出す。リヴェルはそれを握り返す。

ここにリヴェルは完全に誕生したのだ。
エイリーンがコウルと出会う前。エルドリーンから冷静で完璧な女神と思われていた頃。

某所。とある魔物の秘密基地の洞窟。

洞窟の中は大勢の魔物が倒れ伏していた。

「バ、バカな……。オレが入念に準備した計画が……!?」

奥では一匹の大型魔物が驚愕の表情で目の前の少女を見ている。

「こんな小娘一人に……?」

その少女。エイリーンは静かに魔物に剣を向ける。

「あなた方はこの地方に害をもたらし過ぎました。女神の名のもとに征伐させていただきます」

「ま――」

言葉を呟く間もなく、剣は魔物を貫いていた。



「相変わらずの早さね。もっと地上でゆっくりしてくればいいのに。お姉さま?」

神の塔の入り口で、エルドリーンは嫌味を言いつつも出迎える。

「あなたはいいのですか? こちら側にいて。今はあちら側にいる時間では」

表情を変えず返すエイリーンを、エルドリーンは睨みつける。

「姉に会いにいくくらい構わないんじゃないかしら、お姉さま」

「……そうですね。それくらいはエイナール様も許すでしょう」

それだけ言うとエイリーンは塔の奥に向かって歩いていく。

エルドリーンは睨みつつも、立ち尽くすことしかできなかった。



「よく戻りましたね。エイリーン」

「はい」

エイナールの微笑みに、エイリーンは変わらず無表情で返事をする。

「エルドリーンも言っていたようですが、地上をもう少し回ってきてもよいのですよ?」

「いえ、これが私の任務ですから」

エイリーンは頭を下げるとすぐにエイナールのもとを離れていく。

それを見ながらエイナールは少し悲しげな表情を浮かべた。

「仕事熱心なのはいいですが、あれでは契約者はいつ見つかるでしょうね……」

さすがの女神エイナールもそこまでは予見できなかった。



女神は普段、塔の上から地上を見守っている。

もちろんそれだけではない。地上にて異変が発生した場合はそれに対処している。

女神見習いのエイリーンはその一角をこなしていた。

「今は……特に異常はありませんね」

塔から地上を見下ろすエイリーン。その姿表情からは何も読み取ることはできない。

「そんなに仕事が欲しいの、お姉さま?」

「……エルドリーン。今日はよく会いますね」

エイリーンは地上を見下ろすのをやめるとエルドリーンに向き直る。

「あら、興味があるの?」

「姉として、あなたの話を聞くだけです」

「あ、そう」

淡々と返事をしたエルドリーンだったが、その内心喜んでいた。

自身の計画に姉が釣れたことに。

「それで、あなたから話しかけてきたということは、こちらの世界で私の気づいていない異変が?」

「ええ、まあね」

エルドリーンは一枚の似顔絵を取り出す。

「名前はカーズ。あなたの世界と繋がっているあちらの世界の出身ね」

エイリーンは似顔絵を受け取ると、何かを計るように集中する。

「なるほど……。危険度急上昇。対処は早いほうがいいかもしれませんね」

そう言ってエイリーンはさっと行動に入る。

「まったくせっかちね。お姉さまは」

エルドリーンは邪悪な笑みで呟いた。



雷雨の中、ふたつの影が対峙する。ひとつはエイリーン。そして……。

「あなたがカーズですか」

「なんだ貴様は」

ぶっきらぼうに返しながらもカーズは驚いていた。目の前の少女の魔力に。

「私はエイリーン。女神見習いの名のもと、あなたを征伐します」

「女神……見習い……? そうか……」

カーズの中である線がつながった。自分に力を授けた女が言っていた。自分を止めに来るものが現れると。

「あの女の思惑に乗るのは気に入らないが――」

カーズが剣を抜く。

「――女神見習い。お前も計画の一部となれ!」

剣と剣がぶつかり合う。その音は響く雷雨にかき消される。

幾度かのぶつかり合いで勝負がつかないと察したエイリーンは、すぐさま距離を置き魔力弾を放つ。

「っ……! こいつ」

瞬時の切り替えにカーズは反応が遅れる。

それを逃さずエイリーンは魔力弾で追撃を入れ追い詰める。

「これで!」

怯んだカーズに、エイリーンはとどめの剣を掲げ突撃する。

カーズもここまでかと諦めかけた時だった。

雷光が落ちる。その稲妻はエイリーンを直撃した。

「「なっ……」」

カーズの驚きとエイリーンの驚きが同時に発せられる。

だが、エイリーンは雷のダメージで墜落する。

「そ、そん……な……」

何が起きたかわからない。いやわかりたくないエイリーン。

その眼前にカーズが降り立つ。

「クク……フハハ! 女神さまが神に見放されたか?」

「……っ」

返す言葉がなかった。あの状況から雷ひとつで形成逆転されているのだから。

だがエイリーンはあきらめない。女神見習いとしての使命が彼女を立ち上がらせる。

「よく立ち上がれる。だが、そこまで満身創痍ならもう剣を交える必要はないな」

カーズはエイリーンに向け手を突き出すと、何かを詠唱し始めた。

「っ!? これは――」

「さすが女神見習い様。知っているようだな。これは魔力を奪う秘術。

基本、この世界では魔力は人それぞれのもの。奪うことはできない。だがこの秘術は別だ」

「く……あああっ」

エイリーンから少しずつ魔力が抜け、カーズの突き出した手に向かっていく。

「この術の欠点は相手が万全だと簡単に無効にされてしまうことだが、今の貴様なら十分通じる」

「ううっ……」

使命で立ち上がったエイリーンも、魔力を吸われ再び崩れ落ちる。

「すごい、すごいぞ。この魔力量! 女神見習いは伊達ではないらしい!」

興奮しながら魔力の吸収を続けるカーズ。

エイリーンはその隙に自身もある術を発動させていた。

(私の意識が落ちる前にせめて――)

吸収されるエイリーンの魔力の一部が、光玉となって消えるのをカーズは見逃していた。

この見逃しが彼の敗北になるとは、この時は誰にもわからなかった。

(――これできっと、この男への抑止力が……)

エイリーンの意識が落ちる。

この光が後に、コウルをこの世界へ誘う希望となっていくのであった。
これはまだ、ジンとカーズがまた現実世界にいた頃からの話……。

某高校、体育、剣道の時間。

「いくぞ、和(かず)」

「来いよ、仁(じん)」

二人の竹刀が素早く動く。

面、胴、小手、互いに攻めては防ぎ防いでは攻める。

「あいつらすげえよな……」

「ああ……いつも勝負つかねえしな」

周りの生徒も二人の試合を、じっくりと眺めている。

「そ、そこまで!」

このままでは勝負がつかないと感じた教師が止めに入る。

二人はすぐに静止すると、距離を取り礼をする。そして面を取る。

「さすがだな、和」

「お前もな、仁」

二人は近づきなおし握手をする。

それを見て拍手が起こる。が、一部の生徒はつまらなそうに眺めていた。



授業。

「では、仁。この問題を答えなさい」

「はい」

仁は黒板の前に立つと、ささっと問題を解く。

「うん。さすがだ」

先生は笑顔で返す。が――。

「では次の問題は……和」

和は無言で立ち上がると、同じく問題を解く。

「うむ……正解だ」

仁の時とは違い、あからさまに残念そうな表情をする教師。

「ちっ……」

それに気づきこちらもあからさまに舌打ちをする和。

仁はそれを悲しそうに見ていた。



とある日の昼休み。

仁と和は屋上で話し合っていた。

「和……。お前なあ。もう少し態度をどうにかしたほうがいいぞ」

「仁。その話はするなとこの前言ったぞ」

「だが――」

言う前に、和が仁の胸倉をつかむ。

「俺が全て悪いのか? あからさまに態度を変える教師。他のクズ生徒。奴らは悪くないと?」

「そうは言っていない!」

仁が和を引きはがす。その衝撃で和は金網にぶつかった。

「あ、悪い……」

「ふん……」

和は気にせずにその場を去っていく。

仁はただそれを見ていることしかできなかった。



その日の放課後。

「和?」

昼のことを改めて謝ろうとした仁だったが、既に席に和の姿はない。

(もう帰ったのか?)

仕方なく自分も帰ろうとした時だった。

「仁、和なら昼にお前がいないときに絡まれてたぜ。今頃、体育館裏にでもいるんじゃないか?」

「っ!? 何故止めない!」

「いや、だって――」

聞く前に仁は走り出していた。



体育館裏にたどり着くとそこは大変な状況だった。

倒れ伏す不良たち。その中央で今まさに、和が不良のリーダーに拳を叩きいれた。

「がはっ……」

倒れ崩れる不良リーダー。

和は傷だらけながらも、そこに立つ。

「和!」

仁は慌てて駆け寄ろうとする。だがそれを和の睨みが止めた。

「なあ、仁。今回も俺が悪いと言うつもりか?」

「っ……」

「ああ。俺も悪いだろうさ。だがどうすればいい、俺は! こいつらにただやられろと言うのか!?」

和が仁の胸倉を掴み上げる。

「俺はやられて終わるつもりはない……。たとえ俺が悪いと言われようともな!」

和は仁を壁に押しのけるとそのまま去っていく。

「和……」

昼休みと同じく、仁はその背を見送ることしかできなかった。



―病院―

とある病室のドアを開け、和は入っていく。

そのドアの音に反応して、少女がベッドから起き上がった。

「お兄様!」

少女は微かにせき込みながら、兄である和を呼ぶ。

「ああ。雫、無理はするな」

和は学校では見せない笑顔で妹『雫(しずく)』に声を掛ける。

「だって、久しぶりですもの。お兄様に会うのは。ただ……」

雫は顔を曇らせる。

「お兄様。ケンカはダメですよ?」

「っ……。ああ」

妹に注意されるとさすがに和も言い返せない。

「わかってる。次から気を付ける」

そう言った和を雫は心配そうに見つめる。

だが兄が言う以上、それ以上は言うのをやめた。

二人はそれから他愛のない話を続ける。喧嘩で荒んだ和の心もその時だけは落ち着きを取り戻していた。



それから数日、一時の平穏が訪れた。

先生による咎めはあったものの、和、不良たちともにその時はそれで済んでいた。

(これで収まってくれれば……)

仁は様子を見ながらそう思った。

だが事件は数日後に起こった――。



「お兄様とこうして外に出るのは久しぶりです」

「ああ、そうだな」

その日、和は雫の車いすを押しながら散歩に出ていた。

雫の体調が良かったこと、気候もよく、雫自身が外に出たがったためだ。

だがその途中だった。

「……ん、電話か。雫、ちょっと待っててくれ」

「わかりましたわ」

車いすにブレーキを掛けると、和は少し離れ通話を始める。

その時だった。

「きゃっ!?」

何者かが車いすを勝手に押し進み始める。

何者かは近くの公園に入る。そこには……。

「ほ~う。こんな可愛い子があの和の妹とはねえ」

「あ、あなたたちは……?」

そこにいたのは和にやられた不良たち。

「あんたには悪いが、和の野郎をぶちのめすため。おとなしくしててもらうぜ」

「あなたたち……。お兄様とケンカした人たちね?」

兄が好きな故か、それとも性格か。雫は不良たちを必死に睨みつけた。

「お兄様になんの恨みがあってケンカしているのかは知りませんが、わたしを人質に取るつもりですか。恥を知りなさい!」

雫の発言に不良の数人が怒り始める。

不良リーダーはそれを制止しようとして――。

「嬢ちゃん。俺らを前にそこまで言う度胸は褒めてやる。だがな……」

不良リーダーは制止をやめた。

制止をやめた不良たちが雫に近づき始める。

「や、やめなさい。近づかないで――」


きゃああっ!


「雫!?」

電話がちょうど終わった和のもとに聞こえる妹の悲鳴。

和はすぐに聞こえた方向へ走り出す。

(あの電話……)

和の電話の相手は、いかにも変えた声で『妹に聞かれたくないこと』により和を釣っていた。

(まさか……)

考え終わるより前に和は公園につく。そこには倒れ伏す妹、雫。

「よう、和。遅かったな」

「貴様ら……」

和は雫を抱えると、すぐに電話を取る。

「……仁か? 悪いが病院の先生を連れて〇×公園に来てくれ」

『なに? おい。どうし――』

和は電話を切り、雫を公園の隅に座りかけさせた。

「お前ら……。雫に手出して、生きて帰れると思うなよ」



わずか数分後だった。仁と病院の先生が現れたのは。

だがそこは既に、たくさんの不良が山を築き上げていた。

そこには疲れか、相打ちか、和も倒れていた。



「……っ。ここは」

「和、目が覚めたか」

病室に和は寝かされていた。

「お前、やられたのかやり過ぎたのか知らないが、おまえ自身がボロボロだったんだぞ」

「……」

和はそっぽを向くが、すぐに向き直り訊いた。

「俺はどれぐらい寝てた?」

「丸一日だ」

「そうか」

和は仁から顔を背ける。しばらく沈黙が訪れた。

「……和。大事なことを聞いて――」

「……雫はどうした」

仁が話すのを遮り和が訊いた。

「……っ」

仁が話すのを躊躇う。

「……どうしたか聞いている」

「雫ちゃんの状態のことは……」

和はただ頷いた。

「奴らのせいで雫ちゃんは……。そしてそれを苦しんで昨晩……」

「そうか……」

和はあまりにも落ち着いている。

「怒らないのか?」

「お前に怒ってどうなる」

和の様子に、仁は逆に不安になった。

嵐の前の静けさ、着火直前の爆弾。そのような状態ではないかと。

しかしその心配をよそに何もない時が進んだ。そんな時それは突然訪れた。

「なんだここは……」

「まるでフィクションの異世界のようだね……」

仁と和はある日、異世界エイナールへと飛ばされていた。


飛ばされて数日。二人はただ異世界を生きるために必死だった。元の世界のことを考える余裕はないほどに。

ある程度慣れたころには、二人は今いる世界について調べ始める。元の世界と何かつながりがないかを。

そして気づけば数年――。

「和」

「『ジン』、忘れたのか。この世界では俺は『カーズ』だ」

「そうだったな」

「いい加減慣れろ」

二人は旅をしながら変わらず世界を調べていた。

「今日の食事当番は私だったね。買出しに行くがリクエストは?」

「好きにしろ」

友のいつもと変わらない返事に、苦笑いしながらジンは部屋を出ていく。

カーズは一人残された部屋で本を読みはじめた……が。

「ふ~ん、なかなかの憎しみね」

「っ!? 誰だ、女!」

部屋にはいつの間にか一人の少女が立っていた。

「私? 名乗るほどの者じゃありません」

「……」

カーズは少女を睨みつける。

「恐い顔。だけどその憎しみを向けたい相手が他にいるんじゃないかしら?」

「……女。何を知っている?」

「知りはしないわ。ただその憎しみに用があるってところかしら?」

そう言うと、少女は一冊の本をカーズに差し出した。

「あなたはその本に書いてあることを実行すればいいわ」

カーズはその本をパラパラとめくる。軽くめくっただけだが彼は自分が欲しかった情報に驚いた。

「どう?」

「俺にこれをさせて貴様になんの得がある?」

なにか裏があるのかとカーズは考える。

「それをやるのには得はないわ。ただ――」

少女は一拍間を置いた。

「――将来、それを止めに来る者が現れるわ。貴方はそれを倒してくれればいい」

「……」

二人が沈黙する。だがカーズが先に口を開いた。

「いいだろう。見知らぬ奴の思惑に乗るのは気に入らんがな」

「そう。よかった。じゃあね」

少女は消えていく。それとほぼ同時だった。ジンが帰ってきたのは。

「何か話し声がした気が……」

「空耳だ」

カーズは既に少女から受け取った本をしまっていた。


次の日のことだった。

「ジン。しばらく別行動をしないか」

「急だな?」

「野郎二人きりに飽きただけだ」

「おいおい」

しかし、なんだかんだ話した結果、一時的に別れようという結果になった。

「じゃあな、カズ気をつけろよ」

「カーズだ」

二人はそれぞれの道へ歩き出した。これが決定的な亀裂になるとジンは知らずに。

ジンがカーズの計画を知ったのはそれからしばらく後のことであった……。
神の塔を出たコウルとエイリーン。

「さて、これからどうしようか?」

「そのことなんですけど――」

エイリーンはコウルの目をまっすぐ見つめる。

「――コウルは元の世界に未練はありませんか?」

「え……?」

コウルには質問の意図が分からない。

「それは、全く未練がないかといったら噓になるけど……。でもそれを承知で、あの時こっちに残ることを選んだつもりだよ」

「ええ。それはわかっています。けれど……」

エイリーンは一冊の本を取り出した。

「これは塔にあったものですけど、これによるとこちらの世界とあちらの世界を行き来できる方法があるみたいです」

「えっ」

「もちろん簡単ではないみたいですけど、どうします?」

コウルは頷こうとして少し考える。

(なんかここであっさり頷くのもあの時の決断が無意味っぽくて困るな……)

「どうしました?」

「い、いや何でもないよ。せっかくエイリーンが見つけてきてくれたし、それを調べようか」

「はい!」

二人は歩き出す。一方、塔では……。

「二人は行きましたか」

「ええ。そして世界の飛び方を調べるようです」

エイナールにワルキューレが報告を挙げていた。

「あちらの世界との繋がりですか。となると行き先は遺跡の塔……」

エイナールが空を見つめる。

「さっそくあの二人に壁が立ちふさがりますね……」



エイナールの予想通り、二人はかつてのカーズとの決戦地である遺跡の塔へ来ていた。

「ここでどうするの?」

「はい。ここは以前カーズが開けて、私たちが閉じた空間の歪みがありましたね」

「うん。それを開くの?」

「それでうまくいけばあっさり終わるんですけどね」

「やってみよう」

二人は以前空間の歪みがあった場所に手をかざし集中する。

しばらくかざしてみるが何も起きない。

「何も起きないね……」

「そうですね。……っ、コウル危ない!」

エイリーンがコウルに飛びつき、二人で倒れる。

そこを魔力弾が通過していった。

「魔力弾!?」

「この魔力の反応は!?」

二人の前に男が現れる。その男は――。

「「カーズ!?」」

「久しぶりだな」

まぎれもなく二人が倒した男、カーズであった。

「あの時、確かに消えたはずじゃあ……」

「そうだ。確かに俺は一度消えた。今ここにいる俺はゾンビに近い」

自虐気味に笑うカーズ。だがその後ろからさらに別の声が響く。

「せっかく復活できたのにそんな言い方はいけませんわ、お兄様」

そこに現れたのは少女。コウルやエイリーンより一回り小さい。

「『お兄様』?」

「じゃああの子が、ジンさんが言っていたカーズの妹?」

その質問に答えるように少女『シズク』は前に出ると礼をする。

「初めまして。和……いえカーズ兄様の妹『シズク』です」

礼儀正しい振る舞いに戸惑うコウルとエイリーン。だが――。

「お兄様が大変お世話になったそうで」

シズクの冷たい目が二人を射抜く。二人は背筋が震えるのを感じた。

(こ、この威圧感――!)

(コウル……。彼女が……怖いです)

二人の様子を見て、シズクはまたニコッと笑った。

「怖がらせてしまいましたね。でも貴方たちがいけません。お兄様に酷いことをするから」

「酷いこと……」

コウルはシズクへの恐怖を抑え向き直る。

「確かに僕らは君のお兄さんを倒した。けど君のお兄さんは――」

「あちらの世界を滅ぼそうとしたのでしょう?」

「っ!?」

何の感情もない一言に二人は絶句する。

「私はあの時のことについて何も思うところはありませんが、お兄様が私を思ってやってくれたことを止める権利は誰にもありません」

シズクの言葉には何一つ迷いがない。ただ兄を思っているだけであった。

「君の言うことは分かった。その前にひとつ聞きたい。君もカーズと同じ……ゾンビなのか?」

「そう見えます?」

シズクはくるりと回り、自分を見せる。

「ゾンビには見えない……。けど君自身が言った『あの時』。君はジンさんの話では死んだと……」

「死んでいなかったのです。私はお兄様たちより先にこの世界にいたのですわ」

シズクは語る。死のうとしたらいつの間にかこの世界にいたこと。

病気のせいで動けなかったところをとある老婆に助けられたこと。

その老婆は今は亡くなったが、その老婆の研究のおかげで今は元気に動けることを。

「そして……これがお婆さまのもう一つの研究。死者の復活ですわ」

「死者の――」

「――復活!?」

シズクがカーズを指す。

「お兄様が亡くなったと知ったのはついこの前……。この術の研究成果を確かめるために魔力を集めていた時でした。

その中の魔力にお兄様を感じたのです。それを辿り研究成果を使ったらお兄様が復活なさいました」

シズクの話に、コウルはエイリーンに問う。

(死者の復活ってそんなに簡単に?)

(い、いえ。そんな簡単に……)

二人の様子に気づきカーズが口を挟む。

「さっきも言ったが復活といってもゾンビに近い。深く考えても無駄だ。それに――」

カーズが剣を抜き迫る。

「お前たちにはここで死んでもらうからな!」

「っ!」

コウルも剣を抜き攻撃を防ぐ。

「エイリーン!」

「わかっています!」

エイリーンがコウルを援護するように、カーズに向けて魔力弾を放つ。しかし――。

「させません」

シズクも魔力弾を放ち、エイリーンの魔力弾を相殺する。

(この威力……。あのシズクという少女も並みの魔力ではない!)

エイリーンの驚きなど関係なく戦闘は続く。コウルは次第にカーズに押され始める。

「どうした! 女の援護がなければこの程度か!」

「くっ……なら!」

コウルは後ろに飛ぶとエイリーンと息を合わす。

「女神聖剣!」

聖剣の魔力がシズクの魔力弾を打ち消す。

それと同時にコウルは一気にカーズに接近する。

「これは……あの時の剣か! 忌々しい!」

カーズが剣を振るうが、聖剣を装備したコウルはそれを回避し逆に剣を振るう。

シズクがそれを止めようと魔力弾を放つが、今度は逆にエイリーンがそれを止める。

「ちいっ!」

「お兄様!」

「これで! 今度も!」

コウルの一撃はもう止まらない。再びカーズは沈む。そう思われた。

「ぐっ!?」

突然の一撃。コウルは吹っ飛ぶ。

「な、なにが……」

立ち上がろうとするコウルだが何に攻撃されたかわからない。

「あ、ああ……」

エイリーンが驚きの表情で指さす。

「え……な、何故……」

コウルも驚き固まる。

カーズの横に立ち、コウルに一撃を入れた者。それはジンだった。
カーズの横に立ち、コウルに一撃を入れた者。それはジン。

「ジン……さん?」

「この魔力は……間違いなくジン様本人です。なぜ……」

ジンは何も答えない。そこにシズクが答える。

「ジンもお兄様と同じです。魔力を感知し、私が術で復活させました。ただ――」

シズクの言葉にカーズが続けた。

「ジンは相変わらず俺を止めようとした。俺や、自分を復活させたシズクの言うことも聞かずにな」

「――なので、ジンには悪いと思いましたが私の意思に従う人形になってもらいました」

そこはシズクも悪く感じているのか顔を伏せる。

「気にするなシズク。どうせジンはもう俺たちの知っている奴ではない」

「お兄様が仰るならば」

シズクが顔を上げる。それとともにカーズは剣を構えた。横にいるジンも同じく。

「はあっ!」

カーズとジンが突撃する。

「くっ!」

コウルも女神聖剣を構えなおすが――。

「ふっ!」

「……」

カーズ、そして人形であるはずのジンは素晴らしいコンビネーションを発揮する。

「う、うわっ!?」

「コウル!」

翻弄されるコウル。すぐにエイリーンが援護しようとするが――。

「させません」

シズクが妨害する。状況はまたコウルたちに不利になっていく。

(カーズとジンさんのここまですごいコンビネーション。並みの友達でここまではできない!)

(素晴らしい親友、だったということですね……)

コウルとエイリーンは、親友だったのに決別したジンとカーズを悲しむ。

だが、戦闘はそんなことを考えていられる状況ではない。

「なら――!」

コウルは後ろに大きく下がると魔力を高め、高速で移動する。

「む――!」

女神聖剣の力を使い高速で移動するコウルに、さすがのカーズも追うのに苦労する。

そこをコウルは横から一気に接近し――。

「うおおおっ!」

剣を振り下ろそうとして――振り切れなかった。

まるでコウルの行動を読んだかのように、ジンが間に立ちふさがったからだ。

人形と化しているとはいえ、コウルは恩のあるジンに剣を振り下ろせない。

「フ、そうだったなジン。お前はこういうことによく気が付く奴だった!」

ジンの陰からカーズが剣を突き出す。コウルはとっさにそれを防ぐが、弾き飛ばされた。

「コウル、大丈夫ですか!?」

「う、うん。だけどまいったな。ジンさんに完全に動きを読まれた」

エイリーンがコウルを支え立つ。だが状況は変わらない。不利なままである。

「コウル……だったな」

突然、カーズがコウルに語り掛けた。

「な、何ですか。急に」

「今更だが聞こう。俺と来る気はないか?」

「え……?」

今までの戦いから一転。急な問いにコウルは戸惑う。

「よく観察するジンを見習い、俺も貴様を見て感じた。貴様は俺側の人間だと」

「な、なにを見てそんな――」

「貴様は元の世界で馴染めていなかった。違うか?」

「!!」

コウルは図星だ。確かにコウルは現実世界での学校生活に馴染めず悩んでいた。

「俺なら、貴様を正しく使ってやれる。来い。俺の元に」

「っ……」

コウルがふらつく。図星を疲れたことにショックを受けている。

「コウル!」

「!」

横にいるエイリーンがコウルの手を握る。コウルはそれでハッとした。

「カーズ。貴方の元には行きません」

「ほう?」

カーズはあまり驚かない。エイリーンがコウルに呼びかけた時点で予測できたことだと。

「確かに僕は、元の世界で馴染めていなかったし悩んでた。けれど貴方みたいに世界を滅ぼしたいほどじゃない! それに……」

コウルがエイリーンの方を見る。

「今の僕には、エイリーンがいる。僕が好きな女性が。その彼女が貴方を止めると言っている。だから僕はそれを助ける!」

コウルの力強い言葉。その言葉にエイリーンは喜び、カーズは『フン』とせせら笑う。そんな中一人シズクは――。

「恥ずかしくないのですか?」

と呟いた。

その呟きに、コウルとエイリーンは真っ赤になった。

「ふん、まあいい。来る気がないなら貴様らはここで死んでもらうだけだ!」

カーズはそう言うと、シズクから魔力を受け取り詠唱を始める。

「させ――」

「遅いっ!」

赤くなっていたコウルは反応が遅れ、カーズが術を放つ。

「うわあっ!?」

「きゃあっ!」

二人はカーズが放った闇の鎖に縛られてしまった。

「こ、こんなの……!」

二人は魔力を込め鎖を外そうとするが、全く外れる気配はない。

「無駄だ。貴様らの魔力がいくら強かろうが、これを外すのは至難の業。そして――」

カーズが剣を振り上げ、コウルたちに近づく。

「さすがの貴様らも、動きが封じられていてはどうすることもできまい!」

カーズの剣が振り下ろされる。その直前だった。コウルの懐で何かが光った。

「なにっ!?」

光に反応しカーズの剣が止まる。そこに光はさらに強く輝いた。

「驚いた。渡してこんなに早く使われるなんて思っていなかったわ」

光が収まりそこに立っていた者。それはエルドリーンだった。
コウル達とカーズの間に、エルドリーンが立つ。

「エルドリーンさん!?」

「貴様……」

コウル達は驚きを、カーズは不機嫌な表情を見せる。

「それっ」

エルドリーンが剣を向けると、コウル達を縛っていた鎖が消える。

「あ、ありがとう」

「助かりました。エルドリーン」

二人は立ち上がるとエルドリーンに礼を言い、三人はカーズに向き直る。

「貴様、いつかは世話になったな」

「ああ、そうね。互いにね」

エルドリーンとカーズが互いに見合う。

「女……。あの時はそっちの女を消そうとしてたんじゃないのか?」

「消そうとしてた、とは物騒ね。倒してくれればそれでよかったのよ」

「「……?」」

エルドリーンとカーズの会話は、コウル達にはわからない。

「まあいい。貴様もそちらに付くなら、一緒に消えてもらうだけだ!」

カーズが改めて剣を構えた。ジンも同じように剣を構える。

「エイリーンお姉さま? そろそろ昔に戻ってもいいんじゃないかしら?」

「え、ですが……」

エルドリーンが苦笑しながらコウルを指す。

「そんなに愛しの人の前で素を出したくないの?」

「……いえ。こんな状況です。わかりました」

エイリーンはコウルの方を向くと。真剣な表情になった。

「コウル、いつもの剣を貸してください」

「え……。いや、わかったよ」

エイリーンの表情に、コウルは素直に剣を渡す。

「いきますよ、エルドリーン。そして……ジン様を頼みます、コウル」

エイリーンとエルドリーン。姉妹が飛翔する。コウルもそれに合わせ剣を構えなおした。。

「む――!」

姉妹の剣による攻撃がカーズを怯ませる。

「コンビネーションで俺たちに挑む気か――!」

ならばとカーズはジンと並ぼうとする。だがそこをコウルが割って入りジンを押さえる。

「……!」

ジンは人形ながら驚いたような動きを見せる。

「っ! 貴様っ!」

カーズがコウルを攻撃しようとするが、そこに姉妹の鋭い一撃が飛んでくる。

「ちいっ!」

「お兄様!」

シズクが兄を救おうと、エイリーン達に魔力弾を放つ。

だがその魔力弾は、高速で飛び回る姉妹を捉えることはできない。

ただ速いだけでなく、エイリーンとエルドリーンの動きは、予測のしにくい息と軌道をしていた。

「こんな…ことが……!」

カーズの体勢が徐々に崩れだす。

コウルはジンと対峙しつつも姉妹の圧倒に驚いていた。

そしてついに――。

「これで」

「終わりよ!」

勢いを増した姉妹の剣。それがカーズに突き刺さった――。

「かはっ……」

カーズは咳き込み、魔力を吐き出す。これで勝負は完全に決まっていた。

「あ……あ……」

シズクはその兄の様子を見ていることしかできない。

コウルはジンの動きも止まっていることを見ると、シズクの方へ向き直った。

「シズクさん、僕たちはあなたに恨みはありません。ここでやめてくれませんか」

だがそう言った瞬間、コウルに悪寒が走った。

「まるでもうわたくしに手がないような言い草ですわね……?」

シズクがそう言うとともに膨大な魔力が放たれる。

「……っ!?」

「これは!?」

コウル、エイリーン、エルドリーン。三人とも考えは違うがシズクから感じるのは闇の魔力だと感じ取った。

「あの闇の魔力……。エルドリーン、これは――」

「そうね。私のとは魔力が違う。でもこれは――」

話をする二人を妨害するかのように、シズクから三人に闇の魔力弾が発射された。

三人はそれぞれ回避しようとするが――。

「くっ……――!?」

コウルが飛びよけようとするのを、ジンが掴む。

「なっ、ジンさん!?」

ジンの動きが完全に止まっていたからこそ、コウルはシズクの方を向いていた。

だがジンの目は闇に染まりコウルを押さえ離さない。

「わたくしがジンの制御を手放すとお思いでしたか? あれは貴方をこちらへ向かせる芝居」

「ぐっ……」

シズクの闇の魔力に比例するように、ジンの力は強くコウルを離さない。

「お兄様の策でした。もし自分がやられるようなことがあればと。本当に使うことになるとは思いませんでしたが。

そして……貴方は道連れです。この魔力を使った以上、わたくしも無事ではすみませんので――」

言う通り。シズクは闇の魔力弾を飛ばし会話を終えると崩れ落ちた。

だがコウルは魔力弾を回避する手段がない。その時だった――。

「コウルー!!」

エイリーンがコウルの前に立ち魔力の壁を広げる。

「エイリーン!?」

「コウルは……私が……守ります!」

必死の様子でエイリーンは闇の魔力弾を防いでいる。

コウルは驚いていた。エイリーンの女神見習いとしての魔力でも抑えるのに苦労していることに。

「無茶を――しない!」

エルドリーンも割って入り魔力の壁を展開する。それでようやく数秒後、闇の魔力弾は消え去った。

「はあ……はあ……」

「お姉さま……無茶しすぎ……」

姉妹が息を切らしているのに、コウルは本当に止まったジンをどかしながら近づいた。

「ごめん二人とも」

「いえ。コウルを守れて……よかったです……」

エイリーンは汗をかきながらも笑顔で返す。

「それよりエルドリーン」

エイリーンはエルドリーンの方を向く。エルドリーンは分かったように頷くと。

「あの闇の魔力については、私が調べておくわ」

そう言って一人、先に飛び帰った。

それを見るとエイリーンは倒れそうになる。それをコウルが受け止めた。

「エイリーン!? ……って熱がある!?」

「はあ……はあ……」

コウルはエイリーンを壁に寄りかからせる。

「く、薬……。熱さましとか持ってないし――」

「コ、コウル、大丈夫です。少し寝たら回復しますから……」

そう言ってすぐエイリーンは眠りに落ちる。

コウルはそれをただ見ることしかできなかった。
その日、コウルはいつものように眠りに落ちていた。
そして、いつものように――

「孝瑠ー、朝よー。起きなさいー!」

「はーい……。……って!?」

コウルは跳ねるように飛び起きる。

そこは異世界エイナールではなく、現実世界のコウルの家。そして今の声はコウルの母の声だった。

(え、な、なんで……)

コウルは状況がつかめず慌てるが、落ち着き直すとまず思い出し始めた。

(エイリーンの熱が下がって……心配だったけど旅に戻って……それから何日か経って、野宿をして……)

そしてコウルは気づいた。

(野宿の後の記憶がない――)

つまり野宿の時に何かあった。そうに違いないとコウルは感じる。

(そういえば、エイリーンの様子がおかしかった……)

コウルは野宿の時のエイリーン思い出す。

熱は下がっていたはずだが、エイリーンは明らかになにか苦しそうにしていたことを。

「孝瑠ー! 学校、遅刻するわよー!」

「う、うん。今行く!」

状況がわからないながらも、現実世界にいるコウルは学校に行くしかない。

カバンを取りコウルは準備をするしかなかった。



「……」

その日、コウルは学校で考え事しかしていなかった。

授業であてられても上の空で、怒られても気にしていなかった。

学校が終わると、コウルはすぐに帰路にある公園に向かう。

コウルが異世界エイナールへと飛ぶきっかけの光が落ちてきた公園。

ここならば何かあるのではとコウルは考えた。しかし――。

「何も……ない」

周りにいる人たちの視線を無視し、片っ端から公園を回ったコウルだったが、結局何も手がかりはなかった。




「……」

その後の数時間、コウルはあてもなくブランコに乗っていた。

「エイリーン……」

コウルの呟きが、誰もいなくなった公園に消える。

そのままブランコでゆっくり揺れているコウルに一つの影が近づいた。

「孝瑠くん……?」

「え……?」

コウルが顔を上げるとそこには一人の少女が立っていた。

その制服はコウルと同じ学校の女生徒の服であり、コウルはその少女に見覚えがあった。

「鈴花……さん?」

「はい」

少女、鈴花(リンカ)はコウルの目線に合わせると頷いた。

「どうしてこんな時間に?」

「部活の帰りです。孝瑠くんはこんな時間にブランコで何を?」

「えっと――」

コウルは何て言うかを考える。

異世界に行って? 旅をして? 気づいたら元の世界に戻って?

(ダメだ。とても信じてもらえうわけない。夢とバカにされるだけだ……)

考え込むコウル。それをじっと見つめる鈴花。

その純粋に自分を心配してくれていると思う目に、コウルは口を開いていた。

「実は――」

コウルは語り始める。異世界エイナールのこと。旅のこと。そしてエイリーンのこと。 

それを鈴花は何も言わずじっと聞いている。

「――という訳なんだけど」

「……」

無言の鈴花にコウルは今更恥ずかしくなる。

(やっぱり信じてもらえないよね……)

しかし――。

「大変でしたね。孝瑠くん」

鈴花は、ブランコに座っているコウルをそっと撫でる。

彼女はバカにせず、ただ慈愛の目を持ってコウルに接した。

「信じて……くれるの?」

「ええ。嘘を言ってないのはわかります。……それとも嘘なんですか?」

「そ、そんなわけないよ!」

コウル慌てて手を振る。その様子に鈴花は笑った。

その笑顔を見てコウルは思う。

(鈴花さんって髪の色も声質も全然違うけど、なんかエイリーンっぽいな……)

そう考えてから慌てて首を振った

(ってなに考えてるんだ。エイリーンがいるっていうのに僕は!)

考えを変えようとコウルは強引に話を戻そうとする。

「で、えっとどうやったら――」

「どうやったら、その異世界エイナールに戻れるか……ですね?」

そう、1日中コウルが考えていたこと。そしてどうにもなっていないこと。

「孝瑠くんの中で、何でもいいので他に手がかりや、思い出せることはないんですか?」

そう言われてコウルは再度思考を巡らせる。

「そういえば……」

ひとつだけコウルは気が付いた。

「カーズの塔で見た歪み。どこかで見た気がする」

「それは……?」

コウルは記憶を辿っていく。

わりと近く。コウルの知っている場所。鳥居が思い出される。

「そうだ、以前行った隣町の神社!」

コウルは立ち上がると早速駆け出した。

「私も行きます」

「え、でも……」

「ここまで聞いて今更関わらせたくないは無しです」

そう言うとコウルを抜いて先に進みだした。

「ま、待って――」

コウルはその彼女、鈴花を慌てて追いかける。



時間を気にせず、コウル達は夜の闇の中を隣町に進む。

そして隣町の神社までやってきた。

二人は神社内をゆっくり探しながら進んでいく。

「何もないですね……」

「いや待って。何か聞こえる」

コウルは神社の境内の裏に走る。鈴花もそれを追って走る。

「――」

「ここだ」

そこには、コウルが異世界エイナールに飛んだ時と似た光があった。

コウルはそれにそっと触れる。

「やっと……繋がったわね。聞こえる、コウル」

「その声は……エルドリーンさん?」

コウルはすぐにエイリーンの声が聞けなかったことに少し落胆しつつも、異世界エイナールに繋がったことに安堵する。

「そう。まったく、気づくのが遅すぎるわ」

「ご、ごめんなさい。えっと、何があったんですか?」

「ええ。よく聞きなさい」

エルドリーンは語り始める。

「あの時、シズクって子が放った闇の魔力。あれがちょっと厄介なものでね。

エイリーンお姉さまはあなたを守った時にダメージを受けてしまった。それで闇の魔力に浸食されはじめてるの。

そしてヤバくなったから、あなたを仕方なくそちらに逃がしたわけ」

「そ、そんな! なんで元のこっちの世界に!?」

「あなたはエイリーンと女神の契約を結んでいる。そのまま一緒にいたらお姉さまの浸食があなたにも影響を与えていた。

だから影響がないようそっちの世界に送った。……たぶんそんなとこでしょうね」

エルドリーンは淡々と告げる。

最後にコウルは一番大事なことを聞いた。

「それで今エイリーンは……!?」

「……なんとか浸食に耐えているようだけどそろそろ限界かしらね」

「っ……!」

コウルはそれを聞くと叫んだ。

「エルドリーンさん、そっちに戻る方法は!?」

「来る気? 聞いてなかったの、今こっちに来たらあなたにも影響が出るわよ」

「それでも!」

そうそれでも、コウルにはエイリーンを見捨てることなどできなかった。

「はあ、わかったわ。戻る方法、簡単よ。私がこっちから魔力で歪みを作るからそこに飛び込んで」

「うん!」

その声に合わせて、光が広がり、異世界エイナールへつながる歪みが広がる。

コウルはそれを確認すると飛び込む前に――。

「鈴花さん、ここまでありがとう。僕、行くね」

そう言って飛び込もうとした時だった。コウルの腕が掴まれる。

「鈴花……さん……?」

「私も……一緒に行っていいですか」

鈴花のその一言にコウルは驚いた。

「でも、そのめったなことがない限り、こっちには戻れないよ?」

「構いません」

鈴花の目は真面目にコウルを見つめる。それを見てコウルも覚悟を決めた。

「行くよ。しっかり捕まって!」

コウルはそう言って鈴花の手を掴むと、開いている歪みに飛び込んだ。
コウルと鈴花、いや『リンカ』は、異世界エイナールの平原に降り立つ。

降り立ったその時だった。

「ぐっ!?」

コウルに何とも言えない苦しみが走る。油断してると意識がなくなりそうな苦しみが。

「だから言ったでしょう。あなたにも影響が出るって」

エルドリーンが呆れながら現れる。

コウルは苦笑いを浮かべながらも、立て直すと聞いた。

「エイリーンは?」

エルドリーンは近くの森を指した。ついでのようにコウルに剣を投げる。

「ありがとう」

礼を言うとコウルはふらつきながら、森へ向かう。

それをリンカは横から支え一緒に歩く。

「なんか増えてるし……」

エルドリーンはリンカを見つつ、結局二人についていく。

森は深い闇に覆われていた。

森が元からこうなのか、エイリーンに浸食している闇の魔力の影響なのかはわからない。

そんな闇の森をコウルは迷わず進んでいく。

「道はあっているのですか?」

リンカの言葉に頷きながら、コウルは歩を急がせる。

そして――。

「はあ……はあ……」

その先の一角に、一人苦しそうに闇を押さえるエイリーンの姿があった。

「エイリーン」

コウルは自身もふら付きながらエイリーンに近づく。

「コウル……どうして……戻ってきたんですか」

エイリーンが苦しそうに呟く。

「向こうの世界にいてくれれば……あなたは平気だったのに」

「馬鹿なことを言わないで、エイリーン」

ゆっくり近づきながらコウルは言葉を続ける。

「そんなことしてもダメだ。僕にはエイリーンが必要だ」

エイリーンが首を横に振る。

「ダメなんですコウル。今のわたしは闇の魔力に侵されている。暴走してしまうんです」

「それがどうしたの」

コウルはさらに語る。

「それを抑えるのにも協力する。僕たちはそれくらい乗り越えられる」

「でも……もう……!」

エイリーンが闇に包まれながら剣を抜く。

「抑え……られない!」

エイリーンが突撃してくる。

コウルは剣を抜きそれを防ぐ。そして――

「エイリーン!」

コウルは剣を弾くとエイリーンを抱き寄せた。

「そんなことしたら!」

エルドリーンが叫ぶ。

エイリーンを抱き寄せたコウルに、エイリーンが抑えていた闇の魔力が流れていく。

「ぐうぅ……」

「いけない。コウル、離れて――」

「離れない!」

コウルは顔をエイリーンに向ける。その顔は闇の魔力を受けながらも、綺麗な微笑みだった。

「大丈夫。僕は大丈夫だから。そして、こんなになるまで気が付かなくてごめん」

それを聞くとエイリーンは涙を浮かべた。

「いいんです、コウル。黙っていたのは私ですから。でもこのままだとこの魔力が……」

「聞いて。エイリーン。確かにこの闇の魔力は強大だ。最初は苦しかった。

でも思ったんだ。闇は誰だって持ってるものだって。

カーズみたいなのは極端だけど、僕にだって元の世界での嫌なこととかを考えると暗いことを考えることがある。

闇は絶対悪じゃないんだ。この魔力もなんとか受け入れればいいんだよ」

「受け……入れる……?」

それはエイリーンにはない考えだった。

女邪神のエルドリーンと違い、エイリーンは純粋な正の女神。

光と闇は決して交わらないと思っていたから。

「それだよ」

エイリーンの思いを読みコウルは答える。

「光のエイリーンかもしれないけど、エルドリーンさんという闇とも姉妹だ。

エイリーンがこの闇の魔力を受け入れても問題ないと思うよ」

その答えにエイリーンはエルドリーンを見る。

「そうよ。私という存在と姉妹なのにお姉さまは何を今更闇の魔力の扱いに苦労してるの。

さっさと何とかして元のお姉さまに戻りなさい、まったく」

「エルドリーン……」

呆れて顔を振るエルドリーン。それを見るとエイリーンも思いを決めた。

「わかりました。コウル、力を貸してください」

「うん」

コウルとエイリーンが集中すると、膨大な闇の魔力が二人の中に入っていく。

「う、言っておいてなんだけど、やっぱり結構キツイね……」

「それだけの量ですから……」

苦しむ二人に近づくエルドリーン、ではなく。

「わたしも、協力させてください」

「リンカさん!?」

「あなたは? ……いえ、後にしましょう。協力してくださるなら、コウルと私に手を触れてください」

言われた通りリンカは二人に手を触れる。二人への闇の魔力が三人に分割される。

「そして。お姉さまはまず私に言えばいいのよ」

さらにエルドリーンが加わり四分割された闇の魔力は、ゆっくりと次第に落ち着き、四人の中に入っていった。

「ふう……。終わった、かな?」

「はい。ありがとうございます。コウル、エルドリーン。そしてそちらの……」

「リンカです。よろしくお願いします」

「こちらこそ。リンカさん」

二人は互いに礼をする。

(やっぱり、なんか似てるなあ)

こっそりコウルはそう思った。

「でも、もうほんとにこんなことはなしだよ。エイリーン」

「はい、わかっています、コウル」

これで一件落着……。

「ところでコウル。あのリンカさんという方とはどういう関係ですか?」

エイリーンが突然聞いた。

「え? 元の世界のクラスメートだけど」

それを聞くとエイリーンはほっとした。

「私はコウル君のこと、気になってますよ」

「「「えっ」」」

リンカの発言に、コウル、エイリーン、そしてエルドリーンも驚きの声が出る。

「そ、それはどういう意味ですか!?」

エイリーンが慌てて問う。

「フフ、そういう意味です」

リンカは意味深な笑みを浮かべると、コウルを見る。

「え、えっと」

コウルも嬉しいやらよくわからない。

「おほん!」

エルドリーンが大きく咳ばらいをする。

「とにかく一件落着ね。お姉さま、この魔力については引き続き調査しておくわ」

「お願いします。エルドリーン」

エルドリーンは頷くと、飛び立っていく。

「じゃあ僕たちも旅に戻ろうか」

「はい」

「よろしくお願いします」

エイリーンがリンカを見る。

「ついてくるんですか?」

「ほかにどこに行くんです? 私ここ初めてなのに、一人置いていくんですか」

「ま、まあまあ、いいじゃないエイリーン。ね?」

エイリーンは渋々頷く。

こうして三人になって旅は続いていくことになる。

しばらくの間のことである。
神の塔の一室。

そこでエルドリーンは映像を見ていた。

「私や姉さまが見落としていたなんてね……」

そこに映るひとつの村。そこに立つ、膨大な闇の魔力を持つ男。

「この闇の魔力、間違いなくあれと同じ。そしてこれは……」

エルドリーンは手に持つ絵を見つめる。

「これはまた大事を見落としていたわね……。お姉さまたちに報告しておきましょう」

エルドリーンは神の塔を飛び立ち、コウル達の元へ向かう。


これがコウル達の次の物語へと繋がる――。