東の大陸に飛び立った二人。
その飛行道中は何事もなく、無事についた。
「西の寒い砂漠、北の氷の大地ときたから、この大陸は暖かく感じるね」
「はい」
二人の前には数多の山。
「山が多いね」
「今回はこの山の中に神具があるはずです」
二人はまず、山登りの準備をするため、ちょうど麓にあった町に寄る。
「少年少女。何しに山登りに行くんだ?」
店で山登り準備をしていると、店員が聞いてくる。
「神具を探しに」
「神具? ああ、あれかあ」
「知ってるんですか?」
「この町では割りと有名だよ。『神具を求める者は神山を訪れよ』ってね。ただ……」
「ただ?」
店員が声を潜めて言う。
「神具を探しに行って戻ってきた者はいないんだ」
二人は緊張した。
「で、でもエイリーンいるから大丈夫だよね?」
「も、もちろんです。女神見習いの力を見せます」
二人はまず宿に泊まる。そして朝一で山登りに向かった。
二人は山を越え、神山を目指す。
だが山ひとつ越えるのも当然キツい。二人は休憩を取りながら少しづつ山を越えていく。
「神山、まだ先?」
「まだまだ先ですね……」
いくら準備していても、キツいものはキツい。
二人は神山につく前に、山中で一泊する。
そして次の日。
「霧が酷いね……」
「道はわかりますが、気をつけていきましょう」
二人は霧に注意しながら、ゆっくり進む。
そしてついに神山へついた。
「ここが神山……」
神山と言うだけあって、そこは神々しい雰囲気が漂う。
二人は神山の霧の中を進む。
「おかしいですね……。この山に入ってから方向感覚がつかめません」
「えっ」
エイリーンの感覚を頼りにしていたコウルは驚く。
女神見習いのエイリーンの感覚を狂わせるとは、さすが神山と言ったところか。
「大丈夫です。たぶんこっちです」
エイリーンに合わせコウルはついていく。
「あっ」
エイリーンが突然つまずく。
「大丈夫、エイリーン?」
「は、はい……。きゃっ!」
つまずいた足元を見て、エイリーンは驚いた。人が倒れている。
「だ、大丈夫ですか?」
コウルは倒れている人に声をかける。
「う、ううっ……」
息はある。だが話せるほどではないようだ。
「エイリーン治療を」
「任せてください。ですが……」
エイリーンが指差す。よく見ると死屍累々のごとく、人が倒れている。
「これは一体……」
コウルが周りを見渡した時だった。
「誰だっ!」
コウルは一つの影に反応する。
「グゴゴ……。我の気配に気づいたか」
「モンスター!」
コウルは剣を抜いて聞いた。
「この人たちはお前の仕業なのか?」
モンスターは笑いながら言う。
「グゴゴ。ここには、神具があると聞いた人間どもがくるからな。我の食事にはもってこいの場所だ」
「何だって……!」
コウルは剣を構える。
「許さない。お前はここで倒す!」
コウルの一撃。それをモンスターはかわすと、霧に混じるように消えていく。
「待てっ!」
コウルはモンスターを追おうとするが、エイリーンが制止する。
「ダメです、コウル! 迂闊に追ったら霧で迷ってしまいます!」
「あ、ああ。そうだね。ありがーー」
いつの間にか、エイリーンの後ろにモンスターの影が。
「エイリーン、伏せてっ!」
コウルは魔力弾を飛ばす。だがモンスターは再び霧に紛れて消える。
「なるほど。この霧に紛れて、今までの人たちを襲っていたのか」
確信する。しかしコウルも、モンスターの気配を追えない。
「くっ……」
「こうなったらわたしが……!」
エイリーンが治療をやめ立ち上がり、魔力を集中する。
「やっ!」
魔力の波動が周りに衝撃を与える。
「グゴッ!?」
モンスターが怯み姿を現す。
「今だっ!」
コウルは出現したモンスターに剣の一撃を叩き込んだ。
「グガアアアッ!」
モンスターが倒れる。
「ふう……」
コウルが剣を下ろした時だった。
「コウル、後ろです!」
「えっーーぐっ!」
モンスターの一撃をコウルは喰らう。
「なっ……今、倒したはずなのに?」
「グゴゴ。我の弟を倒すとは予想外だったぞ」
「弟!?」
そして思い返す。確かに、モンスターが消えてから反対側に回るにしては、やけに早かった。
「そうか……。最初から二体で襲っていたのか」
「でもそれなら、先ほどの魔力の波動を受けているはずですが」
「グゴゴ。ちょうど貴様らの言う神具の洞窟が近くにあるのよ。我はそこに隠れていたのよ」
二人が反応する。
「グゴゴ、だが貴様らは神具にたどり着けん。我がここで……うん?」
「神具があるなら……」
「はい。ここで止まるわけにはいきません」
二人の息が合う。コウルは一瞬で女神聖剣を呼び寄せていた。
「はっ!」
聖剣を構えた神速の一撃。モンスターはいつの間にか斬られていた。
「バ、バカな……」
モンスターが倒れる。周りは今度こそ何もいない。
「じゃあ、治療を続けますね」
「うん」
エイリーンが皆を治療し終わる頃には辺りが暗くなっていた。
「あんたら、助かったよ。ありがとう」
回復した人たちはお礼を言いながら去っていく。
「神具を見にきたんじゃないのかな?」
「モンスターに襲われて懲りたのでは?」
二人は辺りを探る。するとモンスターの言ったとおり、すぐに神具は見つかった。
「これが……」
「はい。神具の盾です」
二人はおそるおそる手に取る。特に罠などは作動しない。声もしない。
「特に試練とかはないね?」
「この山自体が試練のようなものだったのかもしれません」
二人はほっとして、神具の盾をしまう。
「ここから帰るのが大変だね……」
「飛んでいきますか?」
エイリーンが翼を展開する。
「いやいや、いつもエイリーンに頼って飛んでたらいけないよ。ただでさえ、大陸を渡るときは頼ってるのに」
「そうですか?」
翼をしまうと、二人はゆっくりと山を越え、降りていく。
麓の村に戻ると店員が呼んでくる
「少年少女、お疲れさん。他の奴らを助けたそうじゃないか」
「ええ、まあ」
コウルはうなずくと、店員は近づき小声で聞いた。
「……で、神具はあったのかい?」
二人はわかりやすく笑うと。
「秘密です」
と言って、村を去るのだった。
二人は山の麓の村を去ると、早速、最後の神具を求めて、南の大陸に向かい飛翔する。
「南の大陸って、僕たちが最初に降り立った場所?」
「はい。もし最初から神具を集めないといけないと知っていたらよかったのですが」
「それは仕方ないよ」
今は南の大陸に向かうしかない。二人は最初の地に帰っていく。
「戻ってきました」
ちょうど、中央大陸に渡るときに訪れた町に戻った二人。
そこを町人たちが迎える。
「英雄少年少女じゃないか。また会えるとは。どうしたんだい。海を渡ったんじゃ?」
「訳あって一度舞い戻りました」
「実は神具を探してまして」
「神具?」
町人たちは神具と聞くが、知らないようであった。
「ま、神具が何かはわからないが、ここで休んでいってくれよ」
「それはもちろん」
「よろしくお願いします」
エイリーンの飛行の疲れを癒すため、二人は宿をとる。
「もう、腐ポムの臭いはしませんね」
「う……。エイリーン、思い出させないでよ。忘れてたんだから」
コウルは苦笑いしながらも、ゆっくり背を伸ばす。
二人はその日、ゆっくり休んだ。
そして次の日、早速神具を求め動き出す。
「今度の洞窟はどこにあるかわかる?」
「もちろんです」
エイリーンの案内で、最後の神具に向け歩き出す。
今までと違い、その道中は楽だった。すぐに洞窟が見つかる。
「今回は早く洞窟が見つかったね」
「でも、洞窟が楽とは限りません。気をつけていきましょう」
二人が洞窟に入ろうとした時だった。忘れかけていた異臭が二人の鼻を襲う。
「こ、この臭いは……」
我慢して洞窟に入る。そこには腐ポムが数匹いた。
「出ていけー!」
コウルは殺さないように、魔力弾を放つ。腐ポムは蜘蛛の子散らすように逃げていく。
「まさか、神具の試練ってこれ?」
「それは……どうでしょう」
エイリーンは鼻を押さえながら呟く。
その後も、腐ポムを追い払ったり、モンスターと戦いながら進む二人。
そして早くも台座を見つけた。
「あれは神具の台座!」
「これで目的達成ですね」
しかし。
「あれ、何もない」
「そんな、ここには神具の鎧が置いているはずですが……」
「腐ポムとかモンスターが持っていったとかはないの?」
「一応、封印されているのです。モンスターには触れません」
二人は辺りを探ってみる。どこにもそれらしい物は落ちてもいない。
「面倒だけど、この洞窟の端から端まで回る?」
「そうですね」
二人は神具の鎧を求め、洞窟内の有りとあらゆる所を探す。
「隠し扉とかないよね?」
「そういう洞窟ではなさそうですが……」
時にはいろいろ試すが一向に見当たらない。そして。
「入り口に戻っちゃったよ……」
二人は途方にくれた。仕方なく一旦、町に戻る。
「おう、少年少女。神具とやらは見つかったのかい?」
「見つかったように見えます?」
「おう、そりゃすまん」
二人は歩きながら宿に向かおうとする。
「にしても、神具はどこに……」
「誰かが持っていった可能性もありますが、この町の人は知らないみたいですし……」
そう話していた時だった。
「そういや、数日前、いつかの商人が何かレア物を手に入れたとか言ってたぜ」
「え、それは鎧ですか?」
「いや、何かまでは知らないけどよ。レア物って言うんだから、あんたらの言う神具?とやらに関係してるかと思ってな」
「ありがとうございます!」
二人は礼を言うと、すぐさま走り出す。
「この光景、前も見たなあ」
男はひとり、そう思うのだった。
二人はいつか、商人アキナインがいた山を登っていた。行き先を聞いていなかったので、とりあえず向かうことにしたのだ。
「あれ、確かこの辺じゃなかったっけ?」
コウルは山道に洞窟がないか調べる。
「そうですね。この辺りで間違いないはずですが……」
エイリーンも周りを調べるが、洞窟らしき場所はどこにもない。
「まるで夢でも見てたみたいに何もない……」
二人がどうしようかと考えていたとき……。
「おや、いつぞやのお客様じゃないですか」
アキナインが山上から降りてくる。
「ア、アキナインさん。よかった、探してたんです」
「おやおや、お店にご用ですかね。少々お待ちください」
アキナインが杖を取り出し振ると、二人の横の岩場が一瞬で変化した。
「「えっ!?」」
二人は驚く。が、アキナインは気にせずに洞窟の奥に入ると、すぐに商品を広げた。
「さて、何が欲しいんです? 薬? 武器?」
「えっと、アキナインさん。神具の鎧を持っていませんか?」
単刀直入にコウルは聞いた。アキナインは驚いた表情で何故か回る。
「おやおや何故それを。つい数日前に手に入れたばかりの品ですのに」
「や、やっぱり、神具の鎧を持ってるんですね!」
二人で近づく。アキナインは二人を制止すると、奧の袋から鎧を取り出した。
「お探しのもの。神具の鎧です」
「こ、これ譲ってくれませんか」
しかしアキナインは首を横に振る。
「私は商人でして、欲しければ買っていただかないと……」
二人は嫌な予感がしながらも値段を聞いた。
「1000000GTPです」
「ひゃくまんー!?」
コウルは飛び上がった。
1000000など払えるわけがない。前回の風避けのマント50000も買えなかったのに。
「前みたいに、何かと交換というのは……?」
「1000000もするものなんてある?」
二人はとりあえず荷物を出してみる。
武器、食料、地図、そして……。
「あっ、これ……」
それは西の大陸、遺跡洞窟で手に入れた黄金の宝珠。
「そ、それは……!」
「え?」
「砂漠でしか手に入らない、砂漠の黄金珠じゃないですかー!?」
アキナインは飛び付くとすぐに宝珠を見定める。
「し、しかもこの大きさ。最高級ものですぞ……」
「あ、あの、アキナインさん?」
アキナインはハッとした。
「こ、この宝珠となら、神具の鎧と交換できますよ、いかがです?」
「え、もちろん。そちらがいいなら、こちらは大歓迎ですけど……」
「交渉成立ですねー!」
アキナインは素早く神具の鎧を綺麗な袋に包むと、コウルたちにそれを渡す。そして、また素早く宝珠をしまった。
「まいどー!」
二人を見送りながら、アキナインは大きく手を振る。宝珠が手に入り、すごく嬉しそうであった。
「これで神具が揃いましたね」
「これで……神の塔へ入れる?」
「おそらくは」
二人はいよいよ、最終決戦の地。神の塔へ向かうのだった。
神具を揃えた二人は、さっそく中央大陸、神の塔へ向けて再出発する。
その道中、コウルは聞いた。
「いきなりなんだけど。エルドリーンさんはなんであんなことをしたのかな?」
「と、いいますと?」
「カーズの目的、僕の世界を滅ぼすこと。それはまあよくはないけど理由はわかる。でもエルドリーンさんがカーズに闇の宝玉を渡す理由はなくない?」
「それはわたしも思っていました」
話しながら、エイリーンは飛行する。
「それも含めて聞かなければなりませんね。今回のこと」
「うん」
そして二人は中央大陸に戻ってきた。
「神の塔……戻ってきました」
二人は竜巻が覆う塔の前に来る。
「どうやって竜巻が収まるのでしょうか?」
「心当たりがあるよ。ちょっと向こう向いてて」
コウルはエイリーンの後ろで、神具の武具に着替える。
「いいよ。どう?」
「まあ! コウル、似合ってますよ」
二人がイチャイチャし始めた時だった。神具が突然輝きだす。その輝きに呼応するかのように、塔を覆っていた竜巻が消え去った。
「これは……」
「こういう場合、着てみるのが道を開くお約束かなと思ったんだ。当たりだったね」
二人は塔を登り始める。
塔の内部構造自体は、女神世界と変わらないのか、迷うことはない。
「お待ちしておりました。エイリーン様。コウル様」
広間に黒いワルキューレが待ち構えていた。
「あなたは……エルドリーンの使いですか」
「はい。エルドリーン様に、貴方たちを案内するようにと」
黒いワルキューレは二人を導くように、闇の階段を作り出す。
「こちらへ」
ワルキューレの後を追い、二人は階段を上っていく。
「よく来たわね。姉妹エイリーン」
「エルドリーン……」
女神世界の神の塔では見なかった大広間。エルドリーンはその奥に座っていた。
「エルドリーン。あなたに聞きたいことがあります。何故こんなことを」
「あら、それを聞きたい? なら――」
エルドリーンは剣を抜いた。
「――戦いながら、教えてあげる!」
向かってくるエルドリーンに、コウルはエイリーンを守るように立つ。
「女神の契約者……あなたもここで斬ってあげる!」
剣同士がぶつかり合う。一手、二手と斬り合いが続く。
「やるわね! でもこれならどうかしら?」
エルドリーンはエイリーンのように翼を展開すると、上空を高速で飛び斬り回る。
「くっ……!」
「コウル、こちらも!」
「えっ!?」
エイリーンはコウルを抱えて飛び立つ。
だが、ひとりで飛び回るエルドリーンと、二人分の重さのエイリーンでは速度に差が出るのは当然。
「あはは、情けないわね!」
「エイリーン、無茶は駄目だよ!」
「大丈夫です!」
エイリーンが速度を上げる。コウルは無茶をさせたくないながらも、そのままエルドリーンと斬り合う。
「エルドリーンさん! 僕からも聞く。何故こんなことを!」
斬り合いながらもコウルは問う。
「そんなに聞きたいの。ならいいわ。聞かせてあげる!」
剣がぶつかり距離が離れる。
「元は、エイリーンあなたが邪魔だったからよ。常に私の上を行く、冷静で孤高なあなたが!」
「冷静……孤高……?」
「……」
コウルは今のエイリーンと比べる。可愛いが、冷静さも孤高さもあるとは思えない。
「ああ、そうか。コウルは知らないわね! 元々のエイリーンの性格を! 彼女は元々冷静沈着、孤高の完璧すぎる女神見習いだったのよ。あの男に負けて一度記憶を失ってから今の性格になったみたいだけど!」
「カーズのことか……!」
「そう、カーズ! あの男の計画に協力して、エイリーンに落ちてもらう! その計画だった!」
「なら、計画は成功じゃないか」
「そうね計画は成功よ! だけど……」
そこでエルドリーンはいったん口を止める。その様子は何故だか恥ずかしくて言いにくそうにも見えた。
「私は、私の姉エイリーン。完璧すぎるままのあなたで落ちてほしかった! 今みたいな性格ではなく!」
「「えっ」」
二人は動きを止める。
「それが今回の……理由?」
「ええ、そうよ! 私は自分の計画であなたを落とそうとしたのに、落とした後の結果に悩まされる愚かな妹よ!」
二人は唖然とした後笑い始めた。
「可笑しいでしょう? 存分に笑えばいいわ!」
しかし、エイリーンは横に首を振った。
「違うんですエルドリーン。嬉しいんです」
「嬉しい?」
「ええ、だって、それだけあなたが私を気にしていたということでしょう?」
「! ……ち、違うわ!」
「違わないです! それが今のあなたの本音なのでしょう!」
「ち、違う……違う!」
エルドリーンは急加速し、二人を叩き斬ろうと迫る。
コウルはそれを防ぐが、その勢いは凄まじく、二人とも大きく吹き飛ばされる。
「私は……あなたを気にしてなんか……気にして……」
「もうやめるんだ、エルドリーンさん」
コウルも止めようと声をかける。だがエルドリーンは鋭く睨み付けた。
「あなたが……あなたがいけないのよ。あなたの存在がエイリーンを変えてしまった!」
「えっ」
こちらに矛先が向くとは思ってなかったコウル。
「違います! コウルは関係ありません! あの時のわたしも、今のわたしも、同じわたしです!」
「いいえ、違うわ。少なくともあの時のあなたは……そう、恋に落ちてはいなかった!」
「!」
エイリーンの顔が赤くなる。
「恋に落ちたことは間違いなく変わった証拠。契約者を作ったのも間違いなく変わった証拠よ!」
エルドリーンの攻撃が激しくなる。
「くっ……!」
「エルドリーン、聞いてください!」
「何を!」
エイリーンは一度地上に降りると、エルドリーンと向かい合う。
「確かに、わたしは変わったかもしれません。ですがそれは成長です! 今が新しいわたしなんです」
「そんなことは聞きたくない!」
「いいえ、聞いてもらいます! エルドリーン、あなたもその思いを認めるんです。そうしたらあなたも成長するはずです! あなたが認めたわたしに近づけるんです!」
「わ、わたしは……わたしは……」
「エルドリーン!」
「くっ……ああああっ」
エルドリーンはその場に崩れ落ちた。
それを見た、コウルとエイリーンは近づく。
「帰りましょう。エルドリーン。女神界へ」
エルドリーンがエイリーンを見る。
「私を……許すというの?」
「女神見習いの名の元に、わたしが許します。妹エルドリーン」
エイリーンが手を差し出す。エルドリーンはその手を受け、立ち上がった。
「いいのかしら」
「いいのですよ」
「そうじゃないわ……」
エルドリーンはいきなりコウルに近づいた。
「私はあなたの言う、憧れのあなたになるために契約者を取っちゃうかもしれないわよ?」
「「な」」
コウルとエイリーンはそれぞれ別の意味で驚く。
「ダ、ダメです! コウルは渡しません!」
「フフ……冗談よ。でも、コウル?」
「は、はい!」
コウルは何故か、背を正す。
「エイリーンに飽きたらいつでも私の所にきていいわよ?」
「え、えー?」
コウルは恥ずかしくて慌て、エイリーンはコウルを取られまいと慌てる。
「もう! 女神界に帰りますよ!」
「はいはい、行きますお姉さま」
「待ってよ、エイリーン」
三人は神の塔の転移装置から女神界に帰るのだった。
「エルドリーンめ。我に挨拶もせず帰りおって。」
神の塔の奧で邪神エンデナールが呟く。
「まあ、今回はおおめにみてやろう」
エンデナールはニヤリと笑うのだった。
邪神界エンデナールから戻った三人。
それをエイナールが出迎える。
「おかえりなさい。コウル、エイリーン。そして……」
居心地悪そうにしているエルドリーンの方を向く。
「おかえりなさい。エルドリーン」
「フン……」
エイリーンはエルドリーンの手を掴む。
「さあ、今日は一段落解決したのですから、宴会です!」
「宴会!?」
エルドリーンが嫌そうにする。
「宴会。たまにはいいですね」
エイナールも乗り気だ。
「ちょっとあんた。なにか言ってやりなさいよ!」
エルドリーンが、コウルに矛を向ける。
「僕はいいと思うよ。宴会」
エルドリーンは諦めた。
「エイリーン様。既に鍋の用意は出来ています」
「さすがです、ワルキューレ」
神の塔による豪華な宴会が始まろうとしていた。
神の塔の宴会は少人数かと思いきや、多数のワルキューレや他の世界の神様も来る大所帯となっていた。
ワイワイガヤガヤと、皆が騒ぎ立てる。
「コウル様も一杯いかがですか?」
多数のワルキューレに囲まれ、コウルは酒を勧められていた。
「いや、僕、まだ酒飲める歳じゃないし……」
コウルは言ったがしかし。
「あら、コウル様。こちらの世界では15から酒を飲んでもいいんですよ?」
「えっ。じゃあ……一杯だけ」
コウルは杯をクイッと飲み干す。そしてむせた。
「ゲホッゲホッ。まずい……」
「コウル様にはまだ早すぎましたかね?」
「ならこっちの酒はどう?」
ワルキューレが別の酒を持ってくる。
(エイリーン助けてー!)
コウルは心で叫ぶが、その頃エイリーンもまた、他の神やワルキューレの相手をしているのだった。
数時間後……。
「うう……酷い目に遭った」
結局あの後。コウルはワルキューレに勧められるがまま酒を飲んでいた。
「気持ち悪い……」
すると向こうからエイリーンも向かってくる。
「コウル。大丈夫ですか?」
「あまり、大丈夫じゃない……」
二人で揃って、休憩する。
「コウル、水です」
「あ、ありがとう。エイリーンも疲れただろうに、ごめんね」
「いえ、わたしはそこまで飲んでいないので」
「そう?」
コウルはエイリーンを見る。確かに自分よりは元気そうだとコウルは感じた。
「あら、お二人さん。こんなところに」
エルドリーンも現れる。
「あなたたちが宴会って言い出したんだから。責任持ってちゃんと飲みなさい」
エルドリーンは酒の瓶を持っている。
「エルドリーン……酔ってます?」
「はあ、誰がよ。これは適当にあったのを持ってきただけよ」
エルドリーンはふたを開け、一気に口にいれる。そして吹き出した。
「何よこれ不味いわね! エイナール様やワルキューレはこんなもの飲んでるの!?」
コウルとエイリーンは笑った。
エルドリーンが睨む。
「あんたたちもこれ飲みなさい!」
二人にコップと酒を押し付けると。エルドリーンは去っていく。
「どうするこれ?」
「一杯くらい飲んでみますか?」
その後の結果は聞くまでもなかった。
神の塔。ベランダ。
そこにはいつの間にかマスターとリヴェルがいた。
「君は酒は飲まないのかい?」
マスターが聞く。リヴェルは首を振った。
「飲めなくはないが……やはり好かんものは好かん」
そういってリヴェルはコーヒーを飲む。
「そういうマスターこそ。さっきから紅茶しか飲んでないじゃないか」
マスターは香りを楽しむと紅茶を少しづつ飲んでいる。
「私は嫌いだから飲まないわけではないよ。今日はいい茶葉が手に入っただけさ」
「どうだか……」
マスターはニヤリと笑った
「あの少年がどおしてこう口が悪くなったかな」
「過去の事は今は関係ない」
「すまない、冗談だよ冗談」
マスターは真面目な顔になる。
「だが、いつか、君のことを彼らに話さなければいけない時が来る。その時は……」
「ああ、それくらいは受け入れるさ」
二人の間に沈黙が流れるのだった。
翌日。
「ううっ。頭がいたい。これは飲みすぎだよね……」
「最後のあの酒が強烈でしたからね……」
二人は二日酔いだった。
「昨日は申し訳ありませんでした」
ワルキューレたちも謝ってくる。
「いや、いいよ。それよりエイナール様は?」
「エイナール様ならいつもの場所に……」
それを聞き二人はエイナールの元へ向かう。
「よく来ましたね。コウル、エイリーン」
二人は驚く。エイナールはすごく飲んでいたはずだった。なのに今は全然いつもの状態である。
「どうかしましたか?」
「いえっ、なんでもありません!」
コウルはさすがに聞くのはやめた。
「さて、コウル、エイリーン。ここに来たと云うことは次の目的を探してですね?」
「「はい」」
二人で同時に返事をする。
「いいですか。二人とも。しばらくはこの世界を旅し力をつけなさい。その道中、自ずと道が見えるはずです」
「旅を……」
「はい。そして後に真の目的が出来るでしょう」
「わかりました。ありがとうございます」
二人はエイナールの元をあとにする。
「ふーん。もう行くわけ?」
下でエルドリーンが待っていた。
「待っていたわけじゃないわ。ちょうど今来たところよ。で、行くの?」
「うん」
「はい」
「わかったわ」
エルドリーンが二人に近づく。
「これ、持っていきなさい」
それはいつかカーズが持っていた闇の宝珠によく似ている。
「似ているけど別物よ。闇の質がちがうでしょう?」
エルドリーンがそう言うので、二人はよく見つめる。
確かに以前の暗い闇とは違う、純粋な明るい闇であった。
「お守り……なんて言いたくないけど、ま、そういうことにしておくわ。感謝しなさい」
「うん。ありがとう」
「大切にしますね。エルドリーン。わたしの妹」
「フン……」
そして二人は旅立つ
新たな地、新たな目的を求めて。
「僕は……」
コウルは考える。確かにエイリーンと別れたくない。しかしもとの世界の家族も気になる。
「……元の世界に帰ります」
「コウル……」
「そうか」
エイリーンは少し悲しみ、リヴェルは淡々と呟き歩き出す。
「来い。歪みを閉じるぞ」
「は、はい!」
「ま、待て」
倒れていたカーズが呼ぶ。
「な、なんだ」
「警戒するな。これを持っていけ」
カーズは闇の宝玉をコウルに押し付けると倒れた。
「気にするな、いくぞ。時間がない」
リヴェルが急かすので宝玉をしまう。
リヴェルに続き、機械を上るコウルとエイリーン。
高い機械を上り終えるころには、機械の時間は2分を切っていた。
「コウル、あの歪みに向け飛べ」
「え?」
コウルは驚く。機械の上に登ったとはいえ、歪みまではかなりの高さがある。
「魔力を足に集中させれば行けるだろう」
「あ、そうですね」
コウルは魔力を足に集中する。飛ぶ前にエイリーンを見た。
「じゃあね……エイリーン」
「コウル……。いいえ、わたしが必ず会いに行きます!」
エイリーンが宣言する。コウルはそれを聞いて頷いた。
「こういうの逆な気がするけど……待ってる」
「はい」
コウルはジャンプする。少し飛距離が足りない気がしたが、空間の歪みは吸い込むようにコウルを中に送り込んだ。
「いてっ」
コウルが落下する。そこはーー。
「ここは確か、学校近くの神社……」
コウルは確かに現実世界に帰ってきていた。
(コウル、まだ聞こえるな?)
「リヴェルさん?」
コウルの脳内にリヴェルの声が響く。
(まだ歪みは閉じていない。魔力を集中して歪みにかざすんだ!)
確かにコウルの上にはまだ異世界エイナールが、エイリーンとリヴェルの姿が見えていた。
「やってみます」
コウルは手を掲げる。
現実世界に戻って、魔力の感覚が少しわからない。
だが確かに、魔力は歪みに向け発射された。歪みが消え、ただの空に戻る。
「終わったんですよね……。リヴェルさん」
だがもうリヴェルの声は聞こえなかった。
コウルが異世界エイナールに行っていた時間はまるでなかったかのように、現実世界では時が過ぎていなかった。
(あれは夢だったのかなあ……)
コウルが元の世界に戻ったとき、服も制服に戻っていた。
何も変わらない日常。それはまるで夢そのものだった。
だが3日後。
「突然だが本日、転校生を紹介する」
(こんな時期に転校生?)
先生に連れられ、少女が入ってくる。その姿はーー。
「エ、エイリーン!?」
教室中の注目がコウルに集まる。
コウルは顔を隠すように下を向こうとするが、少女は、コウルの方を向いて言った。
「はい……コウル!」
エイリーンはコウルに飛びつく。
教室中に騒ぎが広がる。
「あー、おほん。二人は知り合いかね? 関係は知らんがそういうのは余所でやりなさい」
先生に注意され二人は顔が真っ赤になる。
こうして朝の一騒動が終わった。
昼休み。エイリーンの周りは大所帯だった。
「ねえ。エイリーンちゃんはどこ出身?」
「エイリーンちゃん、その銀髪素敵です」
「コウルくんとはどういう関係?」
質問責めにされるエイリーン。一方コウルも……。
「おい、コウル。エイリーンちゃんとどういう関係だ」
「あんな可愛い子が知り合いにいるなんて聞いてないぞ」
柄の悪そうな連中に絡まれていた。
以前のコウルだったら、そこから逃げ出せずにいただろうが、今のコウルは違う。
連中を無視するとコウルは逃げるように図書室へ向かう。
「あ、コウル」
コウルを追うように、エイリーンも人の輪を抜ける。
図書室の隅でコウルとエイリーンは話していた。
「必ず会いにくるって言ってたけど、こんなに早く来るなんて思わなかったよ」
「実はわたしも、こんなに早く行けるとは思っていませんでした。あの後、エイナール様にこちらの世界に行く許可をもらいに行ったのですが、すぐに許可が出て」
「へえ……」
「ところで、エイリーン。どこに住んでるの?」
「あなたの隣の家ですよ」
「えっ」
コウルは思い出す。
昨日、いきなり隣に引っ越しの車が来たことを。
「あれ、エイリーンだったのか……」
その後、二人はこれからのことを話し合った。
帰るときも、二人は多数に囲まれて、慌てて抜け出す。
「こ、こちらの世界も大変ですね」
「エイリーンはこっちでは珍しい髪の色だからね。それに、か、可愛いし」
二人は赤くなる。そのまま立ち止まっていると、また生徒が追ってくる。
「おっとまずい。逃げよう」
「はい」
二人は慌てて帰るのだった。
それから数ヶ月、いろいろありながらも二人は平穏を過ごしていた。
だがその裏である組織による計画が進んでいることには、二人は気づくよしもなかった。
それからさらに数日が過ぎたある日だった。
休みの日、コウルとエイリーンは一緒にいた。
「もう、エイリーンが来てから半年くらい経つんだね」
「はい」
「あっちにいた頃は、一緒にこっちでこんなに平和に暮らせるとは思っていなかったよ」
「ふふっ、そうですね」
だが、そんな平和は一瞬で破られることとなる。
次の日のニュースだった。
『臨時ニュースです。突如、手から謎の光を放つ集団が現れ、○○町に多大な被害が……』
「これって……!」
コウルは慌てて隣のエイリーンの家に向かう。
ちょうどエイリーンも家から出てくるところだった。
「ニュース見た!?」
「はい、手から光を放つ集団。あの光は魔力弾でした」
「あっちから、こっちに人がいっぱい来ることなんてあるの?」
「普通はないはずです」
二人は考える。その時だった。
「コ、コウル。空に――!」
エイリーンが指した空。そこには以前見たことがある歪みがあった。いや歪みはもっと大きいものだった。
「歪み……? そんな!?」
その歪みからは次々と人が降りてくる。
「これは一大事です。わたしはエイナール様に事態を報告しに行きます」
エイリーンが走り出す。
「待って! 僕も行くよ!」
二人は一緒に走り出した時だった。
「待て」
突然、二人の行方を集団が遮る。
「な、なんですか、貴方たち!?」
「移動者コウル、そして女神見習いエイリーンだな」
二人は驚く。
「な、何故それを……?」
「知る必要はない。捕らえろ」
集団が二人に迫る。
「くっ……!」
コウルは集団に対抗し殴りかかる。
しかしこちらの世界で魔力が使えないコウルに勝ち目はない。多勢に無勢、すぐに殴られる。
「ぐっ……!」
「コウル!」
二人は捕らえられ、どこかへと連れていかれるのだった。
「っ……いてて」
「大丈夫ですか、コウル?」
「エイリーン……ここは? ……っ!」
二人は実験台のようなものに繋がれていた。
「目が覚めたか」
扉から怪しい仮面の男が入ってくる。
「あなたは誰だ」
「こちらの世界、そして我らの世界の革命者とでも言っておこう」
「革命者……?」
だが、男はコウルを無視すると、逆にこちらに聞いてきた。
「貴様たち二人は、エイナールとこちらの世界を行き来した者。……間違いないな?」
「「……」」
二人は無言を貫く。
すると男は機械のレバーを引いた
「っ! ぐあああっ!?」
「きゃあああっ!?」
二人に突然電撃が走る。
「黙ってもいいことはないぞ。電撃を自ら食らいたいなら別だがね」
「っ……」
「もう一度聞こう。エイナールとこちらの世界を行き来した者。間違いないな?」
二人はうなだれるように頷いた。
「うむ。正直でよろしい。さて……」
男は二人を見ると、機械を動かし始める。
「いてっ」
「きゃっ」
二人を大きな注射のような物が刺す。
「ふふ。これが移動者と、女神の血か。これがあればわが計画はさらに進む!」
男は笑うと。外に出ていくのだった。
「……しびれたあ。好き勝手言って出ていったなあ」
「あの人の目的は一体何なのでしょうね」
二人にはわからない。
だがその頃、外は大変なことになっているとは二人は知る由もなかった。
数日間、二人は繋がれたまま、男に聞かれることを聞かれては寝るを繰り返していた。
そんなある日のことだった。
爆発音がコウルのいた部屋に響く。そして軍隊のような人たちがなだれ込んできた。
「ここです」
「うむ」
二人の前に偉い将と思われる人物がやってくる。
「コウルくん、それにエイリーンさん……だね」
「あ、あなたは?」
「私はゴウト・ミナミ大佐だ」
「大佐……?」
「詳しい話は後でしよう。君たち、早く彼らを解放したまえ」
軍人が、二人を捕らえている枷を外す。
二人は彼らについていく。
そこからの話は大きかった。
歪みを通ってきた集団。通称『異世界軍』とこちらの世界の軍は戦争になっていた。
戦車などの現代機械で対抗する軍に対し、『異世界軍』は魔力を用いた用兵で巧みに仕掛けてくるとのことだった。
「でも、あなたたちはどうして異世界のことを?」
「最初は我々も信じていなかった。だが敵の存在、そして政府の秘密局『異世界局』の存在が我々をこの危機から救った」
「異世界局……」
政治にはそこまで興味がなかったコウルだが、そんなものがあるとは普通思わない。
「それで僕たちは何を?」
「うむ、異世界に行ったことがあるコウルくん、そして異世界人のエイリーンさん。きみたちの協力で奴らを撃退したいのだよ」
二人を乗せた車はそのまま、とある施設に着く。
「ここが異世界局の一拠点だ。入ってくれ」
二人は怪しげな建物に入る。
「よく来たね。コウルくん、エイリーンさん」
そこには白髭の老人が座っていた。
「あなたは?」
「ワシは異世界研究者。『ドクターE』と呼んでくれたまえ」
「ドクターE……」
エイリーンは聞く。
「あなたは何者なんですか?」
「ふむ。まあ簡単に言うと、ワシも異世界に飛んだことがある男というわけじゃよ」
「「えっ!?」」
二人は驚く。
「何を驚くことがある。異世界に飛ぶのが自分ひとりと思っとるわけでもあるまいに」
コウルは思い出す。確かにジンもカーズも、異世界に飛んだ者たちだ。
「そこで異世界について研究して早十数年。今回の事件をきっかけにワシの存在が大きくなったわけじゃよ」
「今回の事件は一体……?」
「うむ。とある異世界の組織でワシのように異世界の研究をしていたものの仕業のようじゃ。奴らはの、コウルくん。君が帰って来た時の歪みと、エイリーンさんが来た移動方を研究し、こちらの世界に侵略してきたようじゃ」
「あの歪みと――」
「わたしの移動方が――」
ドクターEは頷く。
「コウルくんが戻ってきて歪みを閉じたとき、かすかに、ほんのかすかにじゃが隙間があったのじゃ。奴らはこれを利用し、この世界とエイリーンさんの世界に目を付けた」
「な――」
それはつまり自分に責任があるのではと、コウルは感じる。
「そしてエイリーンさんが理由があったとはいえこちらの世界に飛んできたことで、この世界とエイリーンさんの世界、そして奴らの世界に明確な繋ぎを与えてしまった。
「!」
エイリーンも自分に責任があったことに驚く。
「そしてワシじゃ。わしは不覚にも奴らの世界を研究しておった。それが第三の繋ぎ、ワシの責任じゃ」
ドクターEは立ち上がる。
「ワシら三人のせいでこの世界は危機に陥っておる。今こそ責任を取り、奴らを撃退するのが我々の使命じゃ」
「「……はい!」」
二人は頷く。
「でもどうするんですか? 僕はこの世界じゃ向こうのような力は出せませんよ?」
「そこでワシの出番じゃ」
ドクターEは宝石の付いた剣と服をコウルに渡す。その服はコウルがエイナールで着ていた服によく似ていた。
「ワシが開発した宝玉付の服じゃ。その服があれば、お主は異世界と同じように戦えるはずじゃ」
コウルは試しにその服を着てみる。
「お、おおっ!?」
全身に魔力がみなぎるのがわかる。
「エイリーンさんの分は用意できんかった。すまんのう」
「いえ、わたしはエイナール様に会って、この世界でも魔力を使う許可をもらえば!」
「なるほど」
ドクターEは座りなおした。
「すまん。責任を取ると言ってもワシは戦えん。後はきみたち次第じゃ」
「いえ、この服だけで十分です。ありがとうございます!」
コウルとエイリーンは外に出る。
外にはミナミ大佐たちが待っていた。
「終わったかね?」
「はい、あとはエイリーンの力を使う許可だけです」
「それはどこに?」
「コウルたちの学校の近くの神社。あそこに移動場所があります」
「え、あそこに?」
コウルは自分が帰ってきた神社を思い出した。まさかあそこから行けるとは。
「うむ。では乗っていきたまえ。最大速度で送ろう」
大佐は二人を乗せると、すぐさま神社に向かう。
その道中だった。
「排除せよ…排除せよ……」
「むう、こんな所にも来たか!」
「これが……!」
異世界軍の兵士は車に向かって魔力弾を放つ。
「降ろしてください。僕が迎え撃ちます!」
「コウル!」
コウルは車から飛び降り言った。
「エイリーンは今のうちにエイナール様の所へ!」
「わ、わかりました!」
「武運を祈る!」
車はそのまま移動する。
コウルは異世界軍の前に立ちふさがった。
「よくも僕たちの平和を……。許さないぞお前たち!」
コウルは剣を抜き異世界軍に斬りかかっていくのだった。
エイリーンを乗せた車はその後は問題なく、神社にたどり着いた。
「行ってきます」
エイリーンはすぐに車から出ると、神社の前で紋章を描く。
すると光が展開し、一瞬でエイリーンの姿が消えた。
「これが異世界人か……」
ミナミ大佐は怖い表情でその様子を見ていた。
「エイナール様!」
すぐにエイリーンはエイナールの所へ向かう。
「事情は分かっています。貴女に魔力使用の許可を与えましょう」
エイナールが光を放ち、エイリーンの封印が解ける。
「ありがとうございます。行ってきます」
「気を付けるのですよ……」
エイナールが悲しげな眼で見ていることにエイリーンは気づかなかった。
「戻りました!」
「早かったな。乗れ」
エイリーンは首を横に振ると、翼を広げ飛び立つ。
「なんと……!」
ミナミ大佐は驚く。
「はあっ!」
コウルは多数の異世界軍を相手に奮闘していた。だが数の多さに次第に疲れが蓄積していく。
その時だった。
「コウルー!」
エイリーンが飛んでくる。すぐに魔力を集中すると、魔力弾を一斉に放った。
異世界軍がまとめて吹き飛ぶ。
「お待たせしました」
「いや、わりと早かったよ!」
二人はハイタッチすると、すぐさま残りの異世界軍を追い払いにかかる。
「早く退け、死にたいのか!」
「もう帰ってください。それがあなたたちのためです!」
二人は必死に呼び掛けるが異世界軍は気にもとめない。
「援護しにきたぞ!」
こちらの軍の戦車が救援にくる。こうなるともう一方的だった。
コウルたちの攻撃と戦車の攻撃。同時には耐えられない。
異世界軍は壊滅し、その場は死屍累々と化した。
「二人のお陰であの地域に出没した異世界軍を殲滅できた。感謝する」
「いえ……」
二人は先ほどの状況を思い出す。
異世界エイナールではなかった、血と死体の山。それが二人の気分を悪くする。
「この調子で頼むよ。ハッハッハッ」
ミナミ大佐は笑った。
そして次の日から、コウルたちの異世界軍討伐仕事が始まった。
来る日も来る日も異世界軍との戦い。二人は日に日に疲弊していった。
「大丈夫ですか、コウル……」
「うん……。エイリーンは?」
「わたしは……少し疲れてますが大丈夫です」
その時だった。
「コウルくん、エイリーンさん大変だ」
二人は飛び起きる。
「××地区に大量の異世界軍が集結している。君たちも手を貸してくれたまえ」
二人は車に乗ると、異世界軍との戦闘に向かう。
××地区。そこは広く非常にたくさんの、異世界軍がいた。
だがそれだけではない。異世界軍は強いと言っても、こちらの戦車で充分対応できる。
「それを苦戦させてるのが、あそこだ」
ミナミ大佐は一角を指差す。
鎧に覆われた二人組が暴れまわり、次々と戦車を破壊していた。
「あれは僕たちが止めます。皆さんは他を!」
コウルとエイリーンは鎧の二人組に近づく。鎧の片方は聞いたことのある声をだした。
「移動人コウルと女神見習いエイリーンではないか」
「この声……?」
「私だよ」
鉄仮面が外れる。その下はまたも仮面。
「僕たちを捕らえた奴らのリーダー!」
「フフ……久しぶりだね。この世界の軍に利用されているとはね」
「利用?」
「違うかね? 我々と戦うためだけに使われて。利用ではいと?」
「違う、これはこの世界にお前たちを引き寄せるきっかけを作った、僕たちの責任を取っているだけだ!」
「ふん、うまいこと言いくるめられて……」
「わたしたちを捕らえて利用しようとしたあなたたちに言われたくはありません!」
「ふん。そうか、ならここで、死んでもらう!」
鉄仮面を被り直し、コウルとエイリーン、鎧の男二人の二体二の戦いが始まる。
コウルと片方の仮面の剣がぶつかり合う。その後ろからエイリーンともう片方の仮面が援護する。
「この剣の動き……。あの魔力弾の撃ち方はまさか!?」
「そう、きみたちの戦いかたさ。あの時血を取っただろう? その時のデータからすぐにこの鎧が完成した。きみたちのデータが入った最強の鎧だ!」
コウルとエイリーンの二人は、自身と同じ動きをする鎧に翻弄される。
「だけど、本物は偽物には勝つ!」
「それはどうかなあ」
鎧の剣が違う動きをし、コウルを斬りつける。咄嗟のことにコウルは回避しきれない。
「これはーー!?」
「ただのコピーではない。コピーに我々の持つ他の強力な戦闘データを組み込んであるのだ」
二人は、だんだんと押され始める。しかし余裕は崩さなかった。
「何故そんなに余裕そうなのかな? それとも苦し紛れの笑いかな?」
「データは取ったと言ったね……。じゃあ、これはどうかな?」
コウルは手をかざし聖剣を呼んだ。手に聖剣が、現れる。
「な、なんだそれは……データにはなかったぞ!?」
「女神聖剣。僕とエイリーンの絆の力!」
コウルは聖剣を構え踏み出した。
鎧はすぐに防御姿勢を取る。
「遅い!」
コウルはすぐさま斬る向きを替え、防御を切り崩す。
「がっ……馬鹿な!?」
目の前の鎧を切り落とすと、次は後ろの鎧目掛け跳躍する。
データにない動きに、後ろの鎧はあっさりと斬られた。
こうして、鎧に崩された戦線は立て直され、××地区に集結していた異世界軍は殲滅。異世界軍との、戦いは終わりに近づいていた。だが……。
「こちらミナミ大佐だ。ドクターEにもう用はない始末しろ」
そしてーー。
「はあはあ、これで、今回の戦いも終わり?」
「そうですね。あと少しで、また平和にーー」
パァン!
銃声が響いた。
コウルは後ろを振り向くと、エイリーンが倒れてくる。
「エイ……リーン?」
抱き止めたエイリーンは動かない。
コウルはそっとエイリーンを見た。血がついている。いや、血が流れている。
「エイリーン!? エイリーン!」
コウルが呼び掛けるが返事はない。
「無駄だ。娘は死んだ」
エイリーンの向こうにはミナミ大佐が立っていた。
「ミナミ大佐……? これはどういうことです!」
「見ての通りだよ。エイリーンくんには死んでもらった。ドクターEにもな」
「何故!?」
「きみたちの圧倒的力だよ。今回は味方となったが、また味方とは限らない。次に敵になっているかもしれないだろう?」
ミナミ大佐はコウルに銃を向けた。
「だから今のうちに死んでもらおうというわけだ」
「っ……! うおおっ!」
コウルは剣を挙げ大佐に斬りかかる。その剣は裏切られたことへの怒りか、エイリーンを失った悲しみか。
「無駄だよ」
ミナミ大佐がスイッチを押す。突然、コウルから力が抜けていく。
「な、なにを、……した?」
「ドクターEはいいものを残してくれた。もしもの時のための服の効果をなくす装置。これできみはただの一学生にすぎない」
「くそっ……くそおっ!」
改めて大佐はコウルに銃を向けた。
「さよならだ……コウルくん」
引き金に指がかけられた。
(ここまでなのか……僕は……。エイリーンの仇も撃てないまま僕は……!)
(力が欲しいか)
突如、コウルの脳内に声が響く。
(この声は……)
(力が欲しいか)
コウルの脳内にひとつの宝玉が浮かび上がる。
(あれは、カーズがくれた闇の宝玉!?)
(力が欲しいか)
宝玉は常にそれだけを聞いてくる。
(闇の……魔力……)
コウルは目の前の宝玉に手をかざす。
(ああ、いいよ。力をくれ。エイリーンを殺したやつを殺す力を!)
コウルの腕に闇の宝珠が収まった。
パァン!
銃声が響く。だが、コウルはその弾をギリギリで受け止めた。
「な……!?」
ミナミ大佐は驚愕の表情を浮かべる。
「服の力は無力化したはず、銃弾を受け止めるなどできるはずがない!」
コウルは無言で近づく。
「く、来るな!」
大佐は連続で銃を撃つ。だがコウルはそれを全て受け止める。
「あ、ああ……」
弾が切れ大佐はすぐに弾を入れ換えようとする。だがもう遅かった。
「終わりだ」
コウルは剣を振り下ろした。
ミナミ大佐は血を流し倒れる。
「くくく……ハッハッハッ!」
コウルは笑う。それがなんの笑いなのか、もはや自分でもわからない。
「た、大佐がやられたぞ! う、撃てー!」
兵たちが一斉にコウルに向け発砲する。
だが無駄だった。コウルは全て避けると、次々と兵士を切り裂いていく。
それから数分後、そこは地獄と化していた。
敵も味方もない血だらけのエリア。そこに独りコウルは立つ。
エイリーンの亡骸を抱えながら。
エイリーンの亡骸を抱えたコウルは神社に向かう。
エイリーンのことをエイナールに報告しなければならない。その一心で。
神社に着くが、よく考えたらコウルはそこからの異世界の行き方を知らなかった。
「……」
コウルはただ無言で立ち尽くす。
するとその時だった。光が広がり、コウルの目の前にエイナールが現れる。
「エイナール……様」
「コウル……」
「う、うわあああっ!」
コウルは泣いた。エイナールの前で。泣き続けた。涙が枯れるまで。
「……すみません。みっともないところを」
「いえ……いいのですよ」
コウルはエイナールに、そっとエイリーンの亡骸を渡した。
「ああ、エイリーン……」
「本当にすみませんでした!」
コウルは謝る。それになんの意味がなくとも。
「いいのですよ。コウル。これも運命のひとつですから」
エイナールも涙を流しながら言った。
「運命……なんて……!」
「人の死は運命です。ただ今回がエイリーンの運命だったのです」
コウルは怒りたかった。運命の一言で片付けて欲しくないと。
だが守れなかったのは自分。そう考えると何も言えなかった。
「エイリーンはどうなるのです?」
「人間と同じです。魂となり輪廻の輪をくぐりまた生まれ変わる。それだけです」
「そうですか……」
エイナールはコウルにとてつもないことを聞いた。
「コウル、あなたは死にたいですか」
「!」
「エイリーンの後を追いたいのですか」
コウルはハハッと笑った。
「そうですね、死にたいですよ。死ねるなら。でも……」
コウルはどこからか闇の宝玉を取り出した。
「こいつの問いに答え、力を求めてしまったんです。あの場で大佐に殺されることもできたのに。そして無駄な惨殺もしてしまった。こんな僕にエイリーンを追う資格はありません」
「そうですか……。ではこれからどうするのです?」
「良ければエイナールでゆっくりしたいと思います。許されますか?」
「ええ、あなたが望むなら……」
エイナールは手をかざした。コウルを光が包む。
「これは……」
「コウル……実はエイナールが終わりに近いのです」
「な!?」
「そのためにあなたにお願いがあります。過去へ行きエイリーンとあなた自身を導いて欲しいのです」
「それは一体……」
「いずれわかります。それまでどうか生き続けてください。わかりましたね?」
「エイナール様っ!」
そう言うときにはもうコウルは消えていた。
残されたエイナールも消えていく。
「頼みましたよ。コウル……」
「う、うん? ここは一体……」
「目が覚めたようだね」
そこにいたのは長身、眼鏡をかけた男。
「マスターさん!」
「おや、私のことを知っている? 会ったことがあるかな?」
「え、だってマスターさんは、僕たちに助言をくれて……」
そのときコウルは思い出した。エイナールが言っていたことを。
『過去へ行き導いて欲しい』
(ここは……過去?)
「どうした? 大丈夫かな?」
「は、はい。」
コウルはマスターに事情を説明する。
「なるほど。そんなことが……」
「信じてくれるんですか?」
「もちろんだ。そういうのが私の分野だからね」
「はあ……」
コウルにはよくわからない。
「さて、じゃあ君の名を決めないとね」
「え、名前はコウルですけど」
マスターは首を横に振った。
「別名だよ。過去にきたということは、後々、本人と出会うことになる。その時の名だ」
「名前……」
そして一人の人物を思い浮かべた。
「リヴェナール……」
「ほう?」
「リヴェナール……リヴェルでどうです?」
「いい名前だと思うよ。リヴェル」
こうして過去に来たコウルは、リヴェナール……リヴェルとして新たな生を歩むのだった。
「さて、リヴェル。」
突然呼ばれ、リヴェルは昔通り返事をする。
「はい」
「いやそこは『ああ』だ」
「え?」
リヴェルにはよくわからない。
「話し方も変えないとすぐわかる。君はこれから孤高の剣士リヴェルだいいね?」
「は……」
マスターの眼鏡が光る。
「ああ。マスターさん」
「さんはいらない」
「ああ、マスター」
うんとマスターは頷いた。
「まだぎこちないが、そのうち慣れるだろう」
どうだろうかと思うが、自分が会ったリヴェルも慣れていたので、いつかは慣れるのだろうと思うことにした。
「さて次は強さだね」
マスターは構えを取る。
「テストだ。かかってきなさい」
リヴェルは剣を抜く。宝玉から入手した魔力もあり、リヴェルの動きは速かった。だがマスターもそれを全て避ける。
「うん、合格かな」
リヴェルは疑問に思っていたことを聞いた。
「マスターは何故そんなに強い?」
「……」
マスターは遠い空を見上げた。
「遠い昔、いや未来かな? きみと同じように過去に飛ばされた若者がいた。それだけさ」
「……!」
リヴェルは答えに納得はしてないが確証を得た。
なるほど、未来人ならある程度予想や、予知が出来るのかもしれない。
「他に聞きたいことは?」
マスターがわざわざふってくれたので、リヴェルはもうひとつ聞く。
「その左手は」
マスターの左腕には常に包帯が巻かれている。
「これかい? やけど……と言っても信じてはくれないんだろう?」
「ああ、信じない」
「うん。構わないさ。そのうち知ることになるだろうからね」
リヴェルは最後の質問をした。
「その腰に掛けてるのは銃?」
マスターはあっさり頷いた。
「この世界にも銃があるのか」
「レア物には違いないがね」
質問を終えると二人は動き出す。
「どこに?」
「君の拠点をあげようと思ってね」
大陸を越え着いたのは森。
「この森は……!」
「知っているようだね」
コウル時代に初めてリヴェルと会った場所。迷いの森。
だが、今、この森はただの森に見える。
「この森は特別な森でね」
マスターに続き森を進むリヴェル。そして、そこにはいつか見た小屋。
「ここは私が使っていた場所だが、君に譲ろう」
「いいのか?」
「ああ、構わない」
こうしてリヴェルは森の小屋を入手する。
「さて、後は……」
マスターが魔力を集中する。すると森に霧が発生し辺りを包んだ。
「これで迷いの森の完成だ。迂闊に人は来れない」
そのままマスターは去ろうとする。
「待って……いや、待て」
リヴェルはそれを呼び止めた。
「しばらくはあなたに付いていきたい」
「ほう……?」
「まだ僕……いや俺はこの世界に詳しくはない。あなたに付いていけば、いろいろなものが体験できる気がするんだ」
「いいのか?」
マスターは問う。
「私に付いてくれば、君の言う平穏な余生は過ごせないかもしれないぞ?」
「だがエイナール様は言った。この過去で、俺やエイリーンを導けと。のこのこと余生を過ごすわけにはいかない理由ができた」
「そうか……」
マスターが頷き、リヴェルも頷いた。
「では行こうか」
二人は歩きだす。
それからのマスターとの旅は、リヴェルにとって想像以上であった。
毎日がモンスターとの戦い。ただ広い世界を回るだけではない。
その地の秩序を脅かすものの討伐。町の様子を見守る。
出会うたび、冷静に話しているマスターの大変さをリヴェルは知った。
「マスター、あなたはいつもこんなことを?」
「女神が関われない些事を、少しづつ解決してるだけさ」
その些事で毎日飛び回っていると思うと、頭が上がらなかった。
とある日、マスターがリヴェルを呼んだ。
「今日は依頼が多くてね。リヴェル、君にひとつ仕事を頼もうと思う」
「俺に?」
「ああ。なに、とあるモンスター群の討伐だ。君ならこなせるさ」
そう言うとマスターはさんは先に出ていってしまう。
「モンスターの討伐……ね」
だが、この時のリヴェルは想像していなかった。
その依頼がとてつもなく大変なものであるということを。
剣同士のぶつかり合いが響く。
「チッ……」
リヴェルの周りは多数のモンスターに包まれていた。
「グホホ。我輩らのアジトに単身、乗り込んで来るとは、愚かの極み」
モンスターのリーダーが笑う。つられて周りのモンスターも笑いだす。
リヴェルは最初、多数のモンスターも、一体ずつ撃破していけばいいと思っていた。
だが甘かった。その一匹一匹が、リヴェルに劣らない強さだった。
リヴェルは敵に次第に囲まれるように、リーダーの前まで追い込まれていたのだ。
「……」
「グホホ。自分の愚かさに声もでないか?」
「いや……チャンスは活かすものだ!」
リヴェルは一気に踏み込み、リーダーに迫る。
そして剣を叩きつける。
「な……!?」
「グホホ。残念だったなあ」
リーダーモンスターの腕が、リヴェルの剣を掴んでいた。
リヴェルはそのまま投げ捨てられる。
「ぐっ……!」
「そう簡単にいくと思ったか?」
リヴェルは起き上がる。そして咄嗟に呼ぼうとしていた。
「エイリーン……!」
だが、なにも起きない。起きるわけがない。
(そうか……エイリーンが死んでしまったから、契約も聖剣も……。いや、過去だからか)
リヴェルは、その場に座り込んだ。
「諦めたか?」
「……かもな」
リヴェルは既に諦めの中にいた。自分はエイリーンを守れなかった。いくら力を得てもそれは変わらない。
そしてその力もこんなところで終わろうとしている。
(いや、まだ終わらない)
リヴェルの脳内にマスターの声が響く。
(マスター? だが俺はもう……)
(君は生まれ変わったリヴェルだ。コウルではない。君は君はみたいな者を生まないために、生き、そして導かなければならない)
(導く……)
(そうだ。コウルとエイリーンを導き、自身のような悲劇を失くす。それが君の使命。君の存在だ。違うか!)
マスターの叱責にリヴェルは立ち上がった。
(そうだ……。俺はリヴェル。孤高の最強剣士、リヴェルだ!)
「グホホ? 諦めたのではなかったのか?」
「理由がある……。こんなところで死んでられん理由がな」
リヴェルは闇の宝珠を強く握った。
(宝玉よ……。俺はコウルを捨てる。もっと力を貸せ!)
闇の宝珠が輝きを放つ。
リヴェルの身体を闇の輝きが包んでいく。
「グホ!? なんだこれは!?」
リーダーは驚く。
リヴェルは息を吐いた。
「ふぅ……目覚めた気分だ」
リーダーはリヴェルの様子を見て叫んだ。
「グホ! お前たち、やってしまえ!」
モンスターの群れがリヴェルに迫る。
だがもうリヴェルに迷いはない。モンスターの攻撃を回避しては斬る。
「な、なんだ!? さっきと勢いが違う!」
モンスターたちは驚愕するが、そんな暇はない。次々と撃破され、残るはリーダー一体となった。
「グホ……、な、何者だ貴様」
「剣士リヴェル。貴様らを裁くもの」
先程と違う、リヴェルの速度。それが一瞬でリーダーモンスターを切り裂いた。
とある町の宿で、リヴェルとマスターは合流した。
「お疲れ様」
リヴェルはマスターを睨む。
「なにが『君ならこなせるさ』だ。死にかけたぞ」
「だが。こうして君はここにいる」
マスターは眼鏡をあげ直すと言った。
「君の真の覚醒を促したかった。この世界で、自分を導くなんてことをやるには、強さが、何者にも負けない意思が必要だからね」
「で、俺はあなたの試練に受かったのか?」
マスターは頷いた。
「もちろんだ。改めてよろしく頼むよ。剣士リヴェル」
マスターが手を出す。リヴェルはそれを握り返す。
ここにリヴェルは完全に誕生したのだ。