石田奈美はさらに、容赦なくオレの机の上を覗き込んでくる。
「え? 辞書? 今日一限目から、小テストとかあったっけ?」
オレは調べていた項目を気取られないように、慌てて辞書を閉じた。
「いや、ないと思うけど……」
「……にしても、ふーん? 相葉くんが遅刻してこないなんて、今日槍でも降るんじゃない?」
……っく!
石田はそうイヤミったらしく言いながら、自分の席に軽快に座った。
「で。なに真剣に調べてたの?」
「別になんも、調べてないって……」
こういうときの石田は本当にしつこい。というか、いつだってしつこいが。
「【恋】……特定の誰かに特別の愛情をいだき、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい……」
「え⁉︎」
「今、その項目、見てたでしょ⁉︎ え? なに? 本当に好きな子、出来たの⁉︎」
「⁉︎」
怖っ! っていうか、あの一瞬で見られてた! なんて観察眼だコイツ! 加えて瞬時に、あの文面を記憶する能力、おまえエスパーか、なにかか!
女子のこの「恋愛」に関するセンサーというのは、本当にすごい。マジ感心させられる。
思春期男子が五十二秒に一度、エロいことを考えていると論じた、動画を観たことがあるが、女子にとってのソレは、まさに「恋愛」のことなのだろうと思った。
「いや、そんなんじゃ……」
「てか、『恋』を辞書で調べるって、小学生か!」
ガハハと石田は笑い出した。クソ……バカにしやがって!
「じゃあ、お前は明確に『恋』がなんなのか、分かってるのかよ?」
ん? と石田は驚いたように、オレを見て目をパチクリさせた。
「そりゃ、分かるでしょ?」
「具体的に、どういったことで?」
「ビビッと来るでしょう? ああ、もうこの人のことが好きって! 分かるでしょ?」
――まったく分からん!
「石田って、好きなやついるの?」
「え……?」
その質問で、オレたちの間に微妙な空気が流れた。
ヤバイ……聞いちゃいけなかったか? てか、女子に対して気軽にこんな質問、しちゃダメだった気がする。
「……え? あんたもしかして、私のこと好きなんじゃないでしょうね? 悪いけど、全然タイプじゃないし、私好きな人いるし!」
石田が心底嫌そうに真顔で答えて来た。マジ自意識過剰だな! と思ったけど、女子相手にこんな質問をしたオレが悪かった。本当、こういうところがダメなんだな、オレって……。
「違うから、安心してくれ……で、なんでその人のことが好きだって分かるわけ?」
「なんか、そうあっさり否定されると、面白くないわ」
どっちだよ! 本当、女って生き物は!
「だから、さっきも言った通り、ビビッて来るのよ! いつの間にか、目で追ってて、目が合ったらドキッとするし、少しでも近づけることがあったら、それだけで嬉しいし……」
「……」
それなら分かる気がする。
石田のフワッとした説明は、正直辞書の堅苦しい説明より、オレの心に刺さった。
オレも、街で見かけたスタイルのいい美人とたまたま目が合ったとき、ドキッとするし、可愛い店員さんに声を掛けられた日は、すごく気分が良いけど……
でも、なんか違うんだよな……
同じなようで、なにかが違う。
その境界線が、オレにはどうしても分からないのだ。
「そういえば話全然違うけど、あんたって渡辺さんと仲良いの?」
オレはその質問に体の芯から、凍りつく思いだった。
なんで今、このタイミングで渡辺の名前が?
勝手に心臓が早鐘を打つ。呼吸が上手く出来ない。
こいつ――オレの心が読めるのか?
オレは恐る恐る石田の顔を見た。なにも悪びれることなく、素の表情でキョトンとオレの顔を伺っている。
な……なにか、言葉を返さなければ……変に思われる。
オレはなんとか、次の言葉を振り絞った。
「……いや、別に。仲良くなんか、ないけど。なんで、そんなこと聞くんだよ?」
「この前の体育の授業のときに、ちょうど渡辺さんと同じチームになって。あんたの話になってさ……」
「へ、へえ。……多分、オレあいつの委員会の仕事、罰当番として手伝ってたから、それでだろ?」
「確かに、そんなこと言ってたかも」
「……」
「……」
オレと石田の間に、再び変な空気が流れた。
しばらくのあと、石田はニヤッと口角を上げた。
「フーン」
「……な、なんだよ!」
「なるほど。そーゆーことか。へー?」
「なに、一人で納得してるんだよ!」
「にしても、ちょっと意外」
「意外って、なにが!」
石田は前に向き直り、横目でニタニタとオレを見て来た。
「あんた、顔真っ赤だよ」
「⁉︎」
石田にそう指摘されて、首元まで熱くなっていることに気が付いた。
違うのに……そんなんじゃないのに!
「それが、恋だよ」
石田は得意げに言い放った。
つづく
「え? 辞書? 今日一限目から、小テストとかあったっけ?」
オレは調べていた項目を気取られないように、慌てて辞書を閉じた。
「いや、ないと思うけど……」
「……にしても、ふーん? 相葉くんが遅刻してこないなんて、今日槍でも降るんじゃない?」
……っく!
石田はそうイヤミったらしく言いながら、自分の席に軽快に座った。
「で。なに真剣に調べてたの?」
「別になんも、調べてないって……」
こういうときの石田は本当にしつこい。というか、いつだってしつこいが。
「【恋】……特定の誰かに特別の愛情をいだき、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい……」
「え⁉︎」
「今、その項目、見てたでしょ⁉︎ え? なに? 本当に好きな子、出来たの⁉︎」
「⁉︎」
怖っ! っていうか、あの一瞬で見られてた! なんて観察眼だコイツ! 加えて瞬時に、あの文面を記憶する能力、おまえエスパーか、なにかか!
女子のこの「恋愛」に関するセンサーというのは、本当にすごい。マジ感心させられる。
思春期男子が五十二秒に一度、エロいことを考えていると論じた、動画を観たことがあるが、女子にとってのソレは、まさに「恋愛」のことなのだろうと思った。
「いや、そんなんじゃ……」
「てか、『恋』を辞書で調べるって、小学生か!」
ガハハと石田は笑い出した。クソ……バカにしやがって!
「じゃあ、お前は明確に『恋』がなんなのか、分かってるのかよ?」
ん? と石田は驚いたように、オレを見て目をパチクリさせた。
「そりゃ、分かるでしょ?」
「具体的に、どういったことで?」
「ビビッと来るでしょう? ああ、もうこの人のことが好きって! 分かるでしょ?」
――まったく分からん!
「石田って、好きなやついるの?」
「え……?」
その質問で、オレたちの間に微妙な空気が流れた。
ヤバイ……聞いちゃいけなかったか? てか、女子に対して気軽にこんな質問、しちゃダメだった気がする。
「……え? あんたもしかして、私のこと好きなんじゃないでしょうね? 悪いけど、全然タイプじゃないし、私好きな人いるし!」
石田が心底嫌そうに真顔で答えて来た。マジ自意識過剰だな! と思ったけど、女子相手にこんな質問をしたオレが悪かった。本当、こういうところがダメなんだな、オレって……。
「違うから、安心してくれ……で、なんでその人のことが好きだって分かるわけ?」
「なんか、そうあっさり否定されると、面白くないわ」
どっちだよ! 本当、女って生き物は!
「だから、さっきも言った通り、ビビッて来るのよ! いつの間にか、目で追ってて、目が合ったらドキッとするし、少しでも近づけることがあったら、それだけで嬉しいし……」
「……」
それなら分かる気がする。
石田のフワッとした説明は、正直辞書の堅苦しい説明より、オレの心に刺さった。
オレも、街で見かけたスタイルのいい美人とたまたま目が合ったとき、ドキッとするし、可愛い店員さんに声を掛けられた日は、すごく気分が良いけど……
でも、なんか違うんだよな……
同じなようで、なにかが違う。
その境界線が、オレにはどうしても分からないのだ。
「そういえば話全然違うけど、あんたって渡辺さんと仲良いの?」
オレはその質問に体の芯から、凍りつく思いだった。
なんで今、このタイミングで渡辺の名前が?
勝手に心臓が早鐘を打つ。呼吸が上手く出来ない。
こいつ――オレの心が読めるのか?
オレは恐る恐る石田の顔を見た。なにも悪びれることなく、素の表情でキョトンとオレの顔を伺っている。
な……なにか、言葉を返さなければ……変に思われる。
オレはなんとか、次の言葉を振り絞った。
「……いや、別に。仲良くなんか、ないけど。なんで、そんなこと聞くんだよ?」
「この前の体育の授業のときに、ちょうど渡辺さんと同じチームになって。あんたの話になってさ……」
「へ、へえ。……多分、オレあいつの委員会の仕事、罰当番として手伝ってたから、それでだろ?」
「確かに、そんなこと言ってたかも」
「……」
「……」
オレと石田の間に、再び変な空気が流れた。
しばらくのあと、石田はニヤッと口角を上げた。
「フーン」
「……な、なんだよ!」
「なるほど。そーゆーことか。へー?」
「なに、一人で納得してるんだよ!」
「にしても、ちょっと意外」
「意外って、なにが!」
石田は前に向き直り、横目でニタニタとオレを見て来た。
「あんた、顔真っ赤だよ」
「⁉︎」
石田にそう指摘されて、首元まで熱くなっていることに気が付いた。
違うのに……そんなんじゃないのに!
「それが、恋だよ」
石田は得意げに言い放った。
つづく