この時代なら、俺たちが生きているせいで死んでいく命は無い。俺達は何も罪悪感を感じることなく穏やかに暮らせる。
「ねえ暮人」
「うん?」
「この時代に来たのは誰の仕業だろうね?」
真姫は街を離れたひとけの無い通りのベンチに座って、そう俺に問いかけた。
「さあね? 現代を生きるのに限界を感じていた俺かも知れないし、同じように思った真姫かも知れないし、それか俺達を憐れに思った星の使徒の仕業かも知れない。結局答えは分からず仕舞いだろうな」
俺はそう答えた。そう答えるしかなかった。真姫だって分かっていたはずだ。この問いかけに答えなんて無いということを。
「休憩もそこそこにして、そろそろ行かないか? 俺達だけで暮らしていくんだ。せっかくだから良い場所を探さないと」
「うん、そうしよう!」
真姫は元気にベンチから立ち上がる。
俺と真姫は一つだけ、暮らす場所の条件を決めていた。なんてことはない。青空が見える場所で穏やかに暮らそうと決めていた。今空を見上げれば、爆発によって発生した塵が太陽光を遮ってしまっている。
普通の小競り合いで起きるようなものではない。この地域でも戦争の影響が強いのは明らかだ。だから俺達はこの場を離れる。人から離れれば罪悪感を憶えなくて済む。しかし上を見上げれば、空をこんなにしてしまった原因が自分たちにあると思うとやりきれない。だから俺達は青空を目指すのだ。
「おや君達……見慣れない格好だな。どこのシェルターの者だ?」
俺達がベンチを出発してから二、三時間程歩き続けた時、もうすぐ雑木林にぶつかるといったところで、自転車に乗った軍服を着た男に声をかけられた。
ぱっと見五十代ぐらいだろうか? 顔に刻まれた皺がそれ以上の年齢に感じさせるが、声の感じや仕草からしてそのあたりだろう。
「いえ、俺達は……」
なんとか言い繕うつもりだったが、上手くいかない。
何処に行く気だ? とか聞いてくれれば適当に答えるつもりだったのに、いきなり所属しているシェルターを聞かれるとか無理すぎる。
「なんだ? 忘れちまったのか? まあ仕方ないか。この長い長い戦争で、頭がおかしくなった奴も多くいるからな。ちょっと待ってろ。日が沈んだ頃になら俺も任務が終わる。そうしたら一緒に探してやるから」
軍服を着た面倒見の良さそうなおっさんは、そう言い残して、俺達がやって来た方角へ向かって行った。
「今のうちに行きましょう?」
俺は真姫の提案に乗り、雑木林の中に入っていく。
それにしてもまだ人がいるんだな……正直驚いた。確かに遠くでキノコ雲が発生していたのだから、人がいるのは当たり前なのだが、なんというか自転車に乗った人間を見ると少しホッとした。
あのおっさんの言い方だと、一般人はシェルターの中で生活しているようだが、ここまで歩いてきてそれっぽい建物を見ていないということは、おそらく地下に造られているのだろう。
「それにしても泥が凄いのね」
真姫は足元に注意を払う。
泥や自転車や木を見て、少し心が軽くなっている自分に気がつく。少し精神的に参っているのかも知れない。
だけど俺は一人じゃない。俺には真姫がいる。突然未来に飛ばされて、それがほとんど崩壊した世界で、普通なら恐怖と不安で押しつぶされてしまいそうなのに、俺はどこかワクワクしている。
それは真姫という絶対的なパートナーが一緒だからだろう。彼女の存在が、俺を俺として成立させてくれているのだ。
「そろそろ日が落ちるな」
俺は空を見上げる。
「そうね……でもまだ星空は見えないね」
真姫は残念そうに呟く。
そして雑木林を抜けた先、道が二つに分かれていた。分かれ道の中央に古い標識があり、そこにはそれぞれの道の行き先が書かれている。
向かって右側には岬町と書いてあった。
岬町……俺と真姫が育った街。俺と真姫が出会って、様々な人達を失った街。そして以前に星の使徒が、未来の崩壊した世界の代表として、俺達を揺さぶるために見せた街。
今、あの街はどうなっているのだろう? 人はいるのだろうか? それともあの星の使徒が未来の岬町と言って見せたように、人っ子一人いないゴーストタウンになってしまっているのか。
「真姫……」
「行ってみようよ」
「え!?」
「行ってみよう? 私達には見る権利もあれば、見る義務だってあるよ」
真姫は力強く俺の背中を押す。迷っていた俺の背中を押す。俺の体を右の道へと歩ませる。ほらね、やっぱり彼女には敵わない。真姫は強いのだ。
俺と真姫は日が沈んだ暗闇の中、お互いの手を繋ぎながら未来の岬町に向って歩き続ける。崩壊したこの世界に街灯なんてものはなく、外を出歩く人間もいない。今俺達を照らすのは、自然の光。月明りや星の光、蛍の光。
「光が届いてる?」
「本当だ!」
俺の呟きに真姫が反応する。
気づけば空を覆う塵は霧散し、月明かりが届いていた。
どうやら岬町周辺は塵が無いらしい。岬町の周辺がたまたま塵が舞っていないのか、それともさっきまで俺達がいた場所が、珍しく塵に見舞われていたのかは分からない。分からないけれど、とにかく俺達の求める空がここにはあった。
「良かったな!」
「うん!」
俺と真姫は久しぶりに見た空に心をときめかせながら、岬町を目指した。
「ねえ暮人」
「うん?」
「この時代に来たのは誰の仕業だろうね?」
真姫は街を離れたひとけの無い通りのベンチに座って、そう俺に問いかけた。
「さあね? 現代を生きるのに限界を感じていた俺かも知れないし、同じように思った真姫かも知れないし、それか俺達を憐れに思った星の使徒の仕業かも知れない。結局答えは分からず仕舞いだろうな」
俺はそう答えた。そう答えるしかなかった。真姫だって分かっていたはずだ。この問いかけに答えなんて無いということを。
「休憩もそこそこにして、そろそろ行かないか? 俺達だけで暮らしていくんだ。せっかくだから良い場所を探さないと」
「うん、そうしよう!」
真姫は元気にベンチから立ち上がる。
俺と真姫は一つだけ、暮らす場所の条件を決めていた。なんてことはない。青空が見える場所で穏やかに暮らそうと決めていた。今空を見上げれば、爆発によって発生した塵が太陽光を遮ってしまっている。
普通の小競り合いで起きるようなものではない。この地域でも戦争の影響が強いのは明らかだ。だから俺達はこの場を離れる。人から離れれば罪悪感を憶えなくて済む。しかし上を見上げれば、空をこんなにしてしまった原因が自分たちにあると思うとやりきれない。だから俺達は青空を目指すのだ。
「おや君達……見慣れない格好だな。どこのシェルターの者だ?」
俺達がベンチを出発してから二、三時間程歩き続けた時、もうすぐ雑木林にぶつかるといったところで、自転車に乗った軍服を着た男に声をかけられた。
ぱっと見五十代ぐらいだろうか? 顔に刻まれた皺がそれ以上の年齢に感じさせるが、声の感じや仕草からしてそのあたりだろう。
「いえ、俺達は……」
なんとか言い繕うつもりだったが、上手くいかない。
何処に行く気だ? とか聞いてくれれば適当に答えるつもりだったのに、いきなり所属しているシェルターを聞かれるとか無理すぎる。
「なんだ? 忘れちまったのか? まあ仕方ないか。この長い長い戦争で、頭がおかしくなった奴も多くいるからな。ちょっと待ってろ。日が沈んだ頃になら俺も任務が終わる。そうしたら一緒に探してやるから」
軍服を着た面倒見の良さそうなおっさんは、そう言い残して、俺達がやって来た方角へ向かって行った。
「今のうちに行きましょう?」
俺は真姫の提案に乗り、雑木林の中に入っていく。
それにしてもまだ人がいるんだな……正直驚いた。確かに遠くでキノコ雲が発生していたのだから、人がいるのは当たり前なのだが、なんというか自転車に乗った人間を見ると少しホッとした。
あのおっさんの言い方だと、一般人はシェルターの中で生活しているようだが、ここまで歩いてきてそれっぽい建物を見ていないということは、おそらく地下に造られているのだろう。
「それにしても泥が凄いのね」
真姫は足元に注意を払う。
泥や自転車や木を見て、少し心が軽くなっている自分に気がつく。少し精神的に参っているのかも知れない。
だけど俺は一人じゃない。俺には真姫がいる。突然未来に飛ばされて、それがほとんど崩壊した世界で、普通なら恐怖と不安で押しつぶされてしまいそうなのに、俺はどこかワクワクしている。
それは真姫という絶対的なパートナーが一緒だからだろう。彼女の存在が、俺を俺として成立させてくれているのだ。
「そろそろ日が落ちるな」
俺は空を見上げる。
「そうね……でもまだ星空は見えないね」
真姫は残念そうに呟く。
そして雑木林を抜けた先、道が二つに分かれていた。分かれ道の中央に古い標識があり、そこにはそれぞれの道の行き先が書かれている。
向かって右側には岬町と書いてあった。
岬町……俺と真姫が育った街。俺と真姫が出会って、様々な人達を失った街。そして以前に星の使徒が、未来の崩壊した世界の代表として、俺達を揺さぶるために見せた街。
今、あの街はどうなっているのだろう? 人はいるのだろうか? それともあの星の使徒が未来の岬町と言って見せたように、人っ子一人いないゴーストタウンになってしまっているのか。
「真姫……」
「行ってみようよ」
「え!?」
「行ってみよう? 私達には見る権利もあれば、見る義務だってあるよ」
真姫は力強く俺の背中を押す。迷っていた俺の背中を押す。俺の体を右の道へと歩ませる。ほらね、やっぱり彼女には敵わない。真姫は強いのだ。
俺と真姫は日が沈んだ暗闇の中、お互いの手を繋ぎながら未来の岬町に向って歩き続ける。崩壊したこの世界に街灯なんてものはなく、外を出歩く人間もいない。今俺達を照らすのは、自然の光。月明りや星の光、蛍の光。
「光が届いてる?」
「本当だ!」
俺の呟きに真姫が反応する。
気づけば空を覆う塵は霧散し、月明かりが届いていた。
どうやら岬町周辺は塵が無いらしい。岬町の周辺がたまたま塵が舞っていないのか、それともさっきまで俺達がいた場所が、珍しく塵に見舞われていたのかは分からない。分からないけれど、とにかく俺達の求める空がここにはあった。
「良かったな!」
「うん!」
俺と真姫は久しぶりに見た空に心をときめかせながら、岬町を目指した。