没落しかけた伯爵令嬢として育った私、リオニー・フォン・ヴァイグブルグは、魔法学校に男装して通うという、一風変わった人生を歩んでいる。
 というのも、理由があった。
 我が家は賭博で莫大な借金を作った祖父のせいで、困窮した暮らしをしていた。
 その生活を変えたのは、弟リオルが作った独自魔法の特許である。彼は借金をたった一ヶ月で返済してくれたのだ。
 リオルは天才魔法使いだったわけである。
 そんな彼にも、魔法学校の入学案内が届く。魔法学校は男子校で、生まれてすぐに申し込むようになっているようだ。十五年の時を経て、入学が許可されたわけである。
 しかしながら、リオルは魔法学校なんて子ども騙しだから行きたくないと言ってのけた。
 それに頭を抱えたのは父である。
 なんでも、魔法学校は父親が魔法学校の卒業生でないと入学が許可されない。
 つまり、リオルが卒業していなければ、子ども世代は魔法学校へ通えなくなってしまうのだ。
 魔法学校に行きたくないなんて、贅沢な話である。私は頼み込んででも行きたいくらいなのに。
 誰にも話したことはないのだが、私は魔法を使う叔母に憧れていた。
 彼女が考えた世界一美しい〝輝跡の魔法〟を、一度でいいから使ってみたいと思っていたのだ。
 リオルが行きたくないのならば、私が行きたい――なんて言葉に、父は驚愕していた。
 一方で、リオルは「行けばいいじゃん」なんて返す。
 幸い、私は婚約者はおらず、都合は悪くない。
 魔法学校へ通ったという実績が欲しい父は、しぶしぶと認めたのだった。
 首席で入学し、順風満帆な日々を送るものだと思っていた私に、最大の障害が立ちはだかる。
 それは、公爵家の嫡男、アドルフ・フォン・ロンリンギアの存在であった。
 彼は次席で入学したことを恨みに思ったのか、私に突っかかってくる、なんともいけ好かない男だった。
 二年もの間、私達は抜きつ抜かれつの成績で、嫌でも意識してしまうライバル関係であった。 
 この男さえいなければ……という思いは、アドルフも抱いていたに違いない。
 あと一年我慢したら、彼に関わることなどないだろう。
 なんて言い聞かせていたのだが、とんでもない知らせが届く。
 それは、ロンリンギア公爵家からの、アドルフと結婚してほしいという打診であった。
 一介の貴族令嬢に、結婚の決定権なんて与えられていない。父は私の意思なんて確認せずに結婚の申し出を受けたようだ。
 そんなわけで、私のもとには「アドルフ・フォン・ロンリンギアとの婚約が決まった。結婚は卒業後だ」という父からの一方的な通達があるばかりだったのだ。
 アドルフとの結婚なんてありえない。リオルが気に食わないから、嫌がらせで思いついたのではないか? などと思ってしまったくらいである。
 そもそも、ロンリンギア公爵家とヴァイグブルグ伯爵家では、家格が違い過ぎる。
 貴賤(きせん)結婚と言われても、反論なんてできないだろう。それくらい、アドルフと我がヴァイグブルグ伯爵家の家柄には隔たりがあった。
 魔法学校でしているように、私をネチネチと攻撃し、恥を掻かせるに違いない。
 なんて考えていたのに、面会の場にやってきたアドルフは、魔法学校では一度も見せなかった紳士然とした様子でやってくる。
 手にはフリージアの花束を持っており、私へ贈ってきたのだ。
 その後も、丁重な態度を崩さない。想定外の展開に、私は彼に「なぜ、わたくしを婚約者に選んだのでしょうか?」という質問を投げかける。
 すると、アドルフは顔を逸らし、みるみるうちに頬を赤らめるではないか。
 その瞬間、私はハッと思い出す。友人であるランハートより、アドルフに関する噂話を聞いていたのだ。
 なんでも彼は、グリンゼル地方に向けて薔薇の花束と恋文を贈っているのだという。つまり、想いを寄せる相手がすでにいるのだ。
 私との結婚は偽装的なもので、本命との愛を貫くためのものだったのだろう。
 腑に落ちたが、納得できない。ライバルである彼に利用されるというのも癪だった。
 絶対に婚約破棄に導いてやる――!
 なんて意志を固めていたのだが、事態は思うように転がらない。
 嫌がらせで派手な格好をしてみたり、ガラス玉をアドルフの瞳に似ていると言ったり、下町を連れ回したりしても、彼はいっこうに愛想を尽かさない。
 それどころか、優しく接してくれる。
 彼を知れば知るほど、胸がぎゅっと苦しくなる。
 それが恋だと気付いた瞬間、逃げ出してしまいそうになった。
 私は、アドルフに恋し、愛しつつある。
 ならば、彼の愛する存在を黙認し、お飾りの妻として徹するべきではないのか。
 それが、正しい貴族令嬢としての姿だ。
 これまで内心反発していた、アドルフとの結婚を初めて受け入れる。
 自分の幸せと相手の幸せが一致するなんて、奇跡のようなものなのだろう。
 私はこれまで十分、思うがままに、充実した学校生活を送ってきた。だから、その恩恵を結婚という形で返すべきなのだろう。
 魔法学校での日々も残り数ヶ月だ。後悔のないように頑張りたい。

 ◇◇◇

 魔法学校の学期は〝ターム〟と呼ばれており、一年は三つのタームに別れている。
 学期始めは秋、学期終わりは年末で、降誕祭学期(ノエル・ターム)と呼ばれている。
 降誕祭学期が終わると、二週間の休暇期間(ホリデー・ターム)に突入する。
 二学期目は残りの冬から春にかけて、四旬節学期(レント・ターム)と呼ばれている。
 それが終わると一週間の休暇期間を挟んで、春から夏にかけて夏学期(エテ・ターム)を過ごす。
 一週間の休暇期間を経て、再び新たな降誕祭学期を迎えるという仕組みだ。
 三学年目の降誕祭学期は瞬く間に過ぎていき、残り一ヶ月となる。
 このシーズンになると、生徒達は皆、ソワソワし始めるのだ。
 その理由は、降誕祭があるからだろう。
 神の生誕を祝し、家族でごちそうと贈り物を囲んで楽しむ、という催しであった。
 貧乏だった我が家は、まともに降誕祭をしていた記憶がない。父が毎年、国王陛下の警備の仕事を入れていたため、不在だったというのもある。弟リオルはそういう催しに興味がなかったし、幼少期の私も別になかったらなかったでいい、と考えていたのだろう。
 そのため、わくわくしながら実家に帰る同級生達を理解できずにいた。
 談話室にはアドヴェントカレンダーと呼ばれる、立体的な暦が用意されていた。中にお菓子が入っていて、一日ごとに開けていき、降誕祭までの日々を数えるのだ。
 寮では何個かアドヴェントカレンダーが置かれ、当番制で開封するようにしていた。
 一学年のとき、うっかり忘れていたら、皆から非難ごうごうだったのを覚えている。降誕祭のお祝いは特にしないから忘れていたのだと言い訳をすると「それはおかしい!」と一斉に責められてしまったのだ。
 そのとき、珍しくアドルフが「自分の楽しみが他人の楽しみだと押しつけるな」と注意したのを思い出す。彼が唯一、私を庇った瞬間だったのかもしれない。
 そのあと、「降誕祭の楽しみを知らない、哀れな男なのだ」と言ったので、台無しになっていたのだが。
 今年は忘れないように、アドヴェントカレンダーのお菓子を取りに行かなければ、と心に誓ったのだった。

 各家庭で楽しむ降誕祭以外にも、学校の行事である〝降誕祭正餐(ノエル・サパー)〟も開催される。
 燕尾服をまとって礼拝堂で聖歌隊(クワイアー)の歌を聴き、各寮で前菜(スターター)、主食(メインディッシュ)、|食後の甘味(デザート)をいただくというもの。
 最後に贈り物として祝福の蝋燭とシュトレンと呼ばれるケーキを貰えるのだ。
 食事はいつもより豪華で、シュトレンは校外でも噂になるほどおいしい。そのため、毎年楽しみにしている生徒は多いようだ。
 私はこの二年間、実家からリオルの燕尾服を送ってもらうよう侍女に頼まなければならないな、と思う催しであった。
 リオルの燕尾服は毎年作っているようだが、引きこもりなので一度も袖を通していない。それなのに、父はリオルを社交場に連れ出すための口実として、毎年仕立てるように命じるようだ。まったくのお金の無駄遣いである。おそらくだが、リオルが稼いだもので買っているのだろう。たぶん。
 今年になって、リオルは背がぐんぐん伸びている。きっとそれを送ってもらっても、寸法違いが生じるだろう。侍女には去年仕立てた燕尾服を送ってもらうよう、頼んでおいた。

 一週間後、侍女が送った燕尾服と共にアドルフからの手紙が届いた。当然、リオル宛てでなく、リオニー宛てである。
 今の時季は学期末試験がある上に、アドルフは降誕祭正餐の実行委員長の仕事もあるため、多忙を極めていた。しばらく音信不通になると思っていたので、驚いてしまう。
 いったいなんの用事なのか。なんて思いつつ、ペーパーナイフを探していたが、どこにも見当たらない。
 肩に乗っていた使い魔のチキンが机に下り立ち、提案してくれる。

『チキンが切ってあげまちゅり!』
「ありがとう。中に入っている手紙は切らないでね」
『任せるちゅり!』

 チキンは器用に、封筒だけを嘴(くちばし)で切っていく。見事、封を切ってくれた。

「チキン、上手。ありがとう」
『朝飯前ちゅり!』

 指先でチキンの嘴の下を掻きつつ、取り出した便箋を広げた。
 手紙には驚くべきことが書かれてある。なんと、ロンリンギア公爵家の降誕祭のパーティーに来ないか、というものだった。
 なんでも毎年、ロンリンギア公爵家では盛大なパーティーが開催されているらしい。それは一般客は招待されず、地方から親戚一同が集まるホームパーティーのようだ。
 それに、私も参加しろと?
 さらに、リオルもどうか、と書かれてあった。
 引きこもりで協調性がない弟に、魔法学校に通うリオル役なんて頼めるわけがない。
 リオルの姿で参加するほうが楽だが、弟がいるのに、婚約者である私がいないのは大問題だろう。

 そもそもなぜ、ホームパーティーに招待してくれたのか。まったく理解できない。

 リオルとリオニー、どちらも不参加、という手もあるが――。
 頭を抱えるのと同時に、扉が叩かれる。跳び上がるほど驚いてしまった。

「だ、誰?」
「俺だ」

 その声は、アドルフであった。いったい何用なのか。
 彼が部屋を訪問してくるのは、久しぶりである。ドキドキしながら、扉を開いた。