森に行く前に、小住宅の鍵が手渡される。荷物を運ぶ、動きやすい恰好に着替えるようにと指示を受けた。
木造、平屋建ての一軒家を前に、アドルフはボソリと呟く。
「これは、エルガーの小屋みたいだ」
エルガーというのは彼の使い魔であるフェンリルの名前だ。こんな立派な家を与えられているとは。
というかこれから二泊する家を、犬小屋みたいだと言わないでほしい。
「アドルフ、これは一般的な小住宅の規模だよ」
「そう、なのか。初めて知った」
お坊ちゃん育ちであるアドルフは、当然小住宅なんて知るわけもない。
私も初めてだが、知識としてそういうものがあると把握していた。
「リオル、入ってみよう」
「そうだね」
フェンリルは体が大きくて入れなかったので、バルコニーで待機だ。
鍵を開き、中へと入る。内部は二段に重なった寝台が置かれただけの、シンプルな室内だった。
「な、何もないではないか!」
「ここ、小住宅だから」
「最低限の設備はあると思っていたのだが」
「それは|貸し別荘(コテージ)だよ」
宿泊訓練はあくまでの授業の一環だ。旅行のように快適な空間で寝泊まりできるわけがないのだ。
「本当に、ここで二泊もするのか?」
「するよ」
「暖炉や風呂、洗面所もないような場所で?」
「もちろん」
お風呂は温泉施設がある。そこで、身なりを整えるのだろう。
私は実家の別荘で済ませる予定だ。
普段、私やアドルフは部屋に備え付けられているお風呂に入っている。アドルフなんかは集団で入浴するのは初めてではないのだろうか。
明らかに戸惑っている様子を見せていた。
寝台にはカーテンが付けられていて、着替えはなんとかなりそうだ。
雑魚寝の可能性も考えていたが、想像よりはいい環境なのかもしれない。
「アドルフは寝台の一段目と二段目、どちらがいい?」
「別に、どちらでもいいが」
二段目を選んだら、「馬鹿と煙は高いところが好きだよね」なんて言おうとしたのだが……。さすが、学年次席といったところか。
まあなんにせよ、二段目だったら突然アドルフが降りてきて驚く、ということもないだろう。ありがたく使わせてもらう。
「じゃあアドルフ、十分で着替えて集合でいい?」
「五分でもいい」
「じゃあ五分で」
お坊ちゃんはお着替えに時間がかかると思っていたのだが、そうではなかったようだ。心の中で謝っておく。
魔法学校の野外活動着は、普段、貴族がまとっている狩猟服に似たものである。
タイを巻いたシルクブラウスに緋色(スカーレット)のジャケットを合わせ、白いズボン、黒いブーツを履くのがお約束だ。
急いで着替え、二段重ねの寝台から降りる。私から遅れること一分後に、アドルフが出てきた。
「リオル、出発前に互いの使い魔の能力について把握しておこう」
「うん、いいよ」
まずはアドルフの使い魔、フェンリルのエルガーについて教えてくれた。
「エルガーは氷属性で、魔法がいくつか使える。牙や爪は鋭く、物理攻撃も可能だ。力持ちだから、荷物も運べる」
フェンリルはかなり有能な使い魔のようだ。
続いて、チキンについて説明する。
どこから自信が湧き出てくるのか、チキンは私の肩の上で胸を張っていた。
「この子、チキンは怖いもの知らずで、気性が荒くて、落ち着きがない。以上」
チキンは満足げな表情で、こくこくと頷いていた。
「リオル、その使い魔の能力は?」
「右ストレート?」
「鳥が物理攻撃をするのか?」
「するよ。けっこう痛い」
チキンは毎晩私の寝台に潜り込んで眠るのだが、これがまあ、寝相が悪い。
何かと戦っている夢をみていたときは、私のみぞおちにパンチしていたのだ。
一撃食らったあと、古代文字の課題で使う石版(タブレット)があったので、チキンと私の間に差し込んでいた。
一晩中パンチを受けていたら、内出血していたに違いない。
それにしても、フェンリルと比べたときのチキンの能力といったら……。正直、使い魔の能力としては下の下だ。
雨魔法が使えるランハートのカエルのほうが、能力は上だろう。
一応、チキンの名誉のため、付け加えておく。
「まあ、空が飛べるのだから、上空から偵察くらいできるかもしれないね」
「期待しておこう」
準備が整ったので、森を目指す。
小住宅街から森まで、徒歩三十分といったところらしい。
「エルガーの背中に乗ったら、三分で到着する」
一緒に乗ろう、と誘ってくれた。フェンリルは私も背中に乗せてくれるらしい。
乗馬の授業がそこまでよくなかったので、若干不安になる。
「毛の束を強く握っておけば落ちない。馬より安定しているから、安心しろ」
フェンリルは伏せの姿勢を取る。先にアドルフが跨がり、私に早く来いと手招きする。
アドルフよりも前に座るらしい。
恐る恐るといった感じで、背中に跨がった。
「わ、ふかふか!」
フェンリルの毛並みは信じがたいほどフワフワしていて、触り心地は極上だ。
毛を掴んでも痛がらないので、しっかり持っても問題ないという。
走行中、チキンを落としたら大変なので、ジャケットの胸ポケットに突っ込んでおいた。
「リオル、握ったか?」
「ああ」
アドルフがフェンリルの腹を踵で軽く叩くと、立ち上がった。
「わっ!」
目線は馬よりも高い。本当に馬より安定しているのか。
「行くぞ」
「わかった」
そう返事したのと同時に、フェンリルはバルコニーから地上へ降りるために大跳躍をしてみせた。
悲鳴はなんとか呑み込み、奥歯を噛みしめる。
「舌を噛むなよ」
その言葉が合図となり、フェンリルは走り始めた。
軽やかに駆け、景色はめくるめく変わっていく。
楽しむ余裕なんてない。振り落とされないように、しがみついておくので必死だった。
フェンリルは風のように走る。あっという間に森に到着した。
途中、生徒たち数名とすれ違った。背中に乗って移動できる使い魔はアドルフのフェンリルだけだったので、森への到着は一番乗りだったわけだ。
グリンゼルの森は全域柵に覆われていて、内部はきちんと管理されているらしい。
そのため、魔物が出現しないと言われているようだ。
「リオル、どこから行こうか?」
「獲物は持ち歩いていたら傷みそうだから、最後かな」
「そうだな」
アドルフはチェックポイントも制覇するつもりらしい。さすがに、森の中はフェンリルに乗れない。徒歩ですべて回るつもりのようだ。
きちんと方位磁針を持参し、地図を険しい表情で眺めている。
チェックポイントは全部で六カ所。
木の実エリア、キノコエリア、魚エリア、狩猟エリア、森菜(しんさい)エリアに天然水エリア。
「ここから一番近いのが、木の実エリアだな。そこから回っていくか」
「了解」
なるべく食材集めに時間をかけたくない、という方針は私とアドルフの中で固まっていた。こういうとき、他のクラスメイトだったら「気楽にやろうぜ!」とか言って、釣りを楽しんでいたに違いない。
急ぎ足で木の実エリアを目指す。すると、真っ赤な実を生らしたイチゴを発見する。
甘い匂いが辺り一面に漂っていた。
「これは――」
「ヘビドクイチゴ、食べられない」
「ああ、これがそうなのか」
毒と名が付いているものの、食べても死ぬわけではない。軽く腹を下す程度だ。
いい匂いがするので、食べてしまう人があとをたたないため、毒の名が付けられたのだという。さらに、毒ヘビが好んで食べるから、というのも由来のひとつだ。
アドルフはヘビドクイチゴというものがあるのは暗記していたものの、どれがそれに該当するかまでは知らなかったという。
「教科書ってさ、情報のみ書いてあって、参考図がないものも多いよね」
見た目の絵などがないときは、図書館に行って調べていたのだ。
「そういえばリオルの参考書には、参考図がないものの絵が差し込まれていたな。ずいぶんと上手かったが、あれは自分で書いたのか?」
「見よう見まねだよ」
「なるほどな。お前は本当に勤勉な奴だ」
「アドルフには敵わないけれどね」
奥までいくと、低い木に実ったベリーを発見した。
「あっちはグースベリー、そっちはクランベリー、あれはブラックベリーにラズベリー」
ベリーの旬は夏や秋とそれぞれ異なるものの、ここにあるものは魔法で生育管理がされているようだ。そのため、ベリーの楽園のようになっている。
食後のデザートとして食べるため、生食に向いているベリーを摘んでおく。
さらに先に進むと、教師が待ち構えていた。
「おお、お前たちが一番だ。さすが、首席と次席のコンビだな」
フェンリルのおかげで、木の実エリアの一番を取れたのである。
地図を広げると、スタンプを押してくれた。
教師はカゴを覗き込み、ヘビドクイチゴがないか確認する。
「よしよし。妙なもんは入れていないな。何がダメだったかわかったか?」
「ヘビドクイチゴ」
「そうだ」
毎年、レクリエーションをするさいに、生徒は必ずヘビドクイチゴを食べてしまうらしい。
「授業のたびに、自生している植物は専門家の確認なしに口に入れてはいけないと言っているのに、あいつらは聞く耳を持たん」
身をもって学んでもらうために、ヘビドクイチゴについては注意しないという。
そういう目論見があるので、薬を全生徒に渡していたのだな、と納得してしまった。
教師と別れ、次なる目的地を目指す。
「次はキノコエリアだ」
そこは木の実エリアとは比較にもならないくらいの、毒キノコが生えていることだろう。
「キノコも正直自信がないな。リオルはどうだ?」
「僕は選択授業で魔法キノコの学科を選んだからね」
「あれを選んだ奴っていたんだな」
「いたよ。僕ひとりだったけれど」
その知識が、今役立つとはまったく想定していなかった。
キノコエリアでは、食材の臭い消しに最適な香り茸と肉料理と相性がいいコショウ茸を入手する。それ以外にも、旬のキノコを手に入れた。
ここでも、チェックポイントで教師からスタンプをもらった。
「次! 魚エリア」
ここには、生徒が数名いた。入り口からまっすぐ進むと、比較的早くここに辿り着くのだ。
大きな池のほとりには、小屋があった。そこで釣り竿を借りられるらしい。
皆、楽しそうに釣りをしていた。
「アドルフ、どうする?」
私たちは釣りに関しては未経験である。他の生徒も、そこまで釣れているようには見えない。
食材を入手しないとスタンプが貰えない。何か仕掛けを作って帰りがけに回収しようか。なんて考えていたら、アドルフがぬかるみのほうを指差す。
「何かあるの?」
「おそらく、あるはずだ」
フェンリルはぬかるみに足を取られたら大変なので、池のほとりで待機を命じていた。
慎重な足取りで近づき、ナイフで泥を掘り起こす。
途中でカツン、と硬いものに当たる音がした。
アドルフは手袋を装着し、泥を掘り返す。
「あった!」
出てきたのは、大きな貝だった。
「それは、もしかして大黒貝?」
アドルフは深々と頷く。以前、生物図鑑で読んだ大黒貝の生息地を記憶していたらしい。泥臭いが、味はおいしいと聞いたことがある。
「これ、私の腕ではおいしく調理する自信はないんだけれど」
「安心しろ」
アドルフは魔法で水球を作りだし、そこに獲れた大黒貝を入れる。水に風魔法を加えると、くるくる回り出した。すると、瞬く間に水が真っ黒になる。
「あ、泥抜きしたんだ」
こればかりは、さすがだと思ってしまう。魔法と魔法を掛け合わせるのは、高い技術と集中力を必要とするのだ。まさかそれを、アドルフが軽々とやってのけるとは。
魚エリアでは、大黒貝をいくつか入手した。
木造、平屋建ての一軒家を前に、アドルフはボソリと呟く。
「これは、エルガーの小屋みたいだ」
エルガーというのは彼の使い魔であるフェンリルの名前だ。こんな立派な家を与えられているとは。
というかこれから二泊する家を、犬小屋みたいだと言わないでほしい。
「アドルフ、これは一般的な小住宅の規模だよ」
「そう、なのか。初めて知った」
お坊ちゃん育ちであるアドルフは、当然小住宅なんて知るわけもない。
私も初めてだが、知識としてそういうものがあると把握していた。
「リオル、入ってみよう」
「そうだね」
フェンリルは体が大きくて入れなかったので、バルコニーで待機だ。
鍵を開き、中へと入る。内部は二段に重なった寝台が置かれただけの、シンプルな室内だった。
「な、何もないではないか!」
「ここ、小住宅だから」
「最低限の設備はあると思っていたのだが」
「それは|貸し別荘(コテージ)だよ」
宿泊訓練はあくまでの授業の一環だ。旅行のように快適な空間で寝泊まりできるわけがないのだ。
「本当に、ここで二泊もするのか?」
「するよ」
「暖炉や風呂、洗面所もないような場所で?」
「もちろん」
お風呂は温泉施設がある。そこで、身なりを整えるのだろう。
私は実家の別荘で済ませる予定だ。
普段、私やアドルフは部屋に備え付けられているお風呂に入っている。アドルフなんかは集団で入浴するのは初めてではないのだろうか。
明らかに戸惑っている様子を見せていた。
寝台にはカーテンが付けられていて、着替えはなんとかなりそうだ。
雑魚寝の可能性も考えていたが、想像よりはいい環境なのかもしれない。
「アドルフは寝台の一段目と二段目、どちらがいい?」
「別に、どちらでもいいが」
二段目を選んだら、「馬鹿と煙は高いところが好きだよね」なんて言おうとしたのだが……。さすが、学年次席といったところか。
まあなんにせよ、二段目だったら突然アドルフが降りてきて驚く、ということもないだろう。ありがたく使わせてもらう。
「じゃあアドルフ、十分で着替えて集合でいい?」
「五分でもいい」
「じゃあ五分で」
お坊ちゃんはお着替えに時間がかかると思っていたのだが、そうではなかったようだ。心の中で謝っておく。
魔法学校の野外活動着は、普段、貴族がまとっている狩猟服に似たものである。
タイを巻いたシルクブラウスに緋色(スカーレット)のジャケットを合わせ、白いズボン、黒いブーツを履くのがお約束だ。
急いで着替え、二段重ねの寝台から降りる。私から遅れること一分後に、アドルフが出てきた。
「リオル、出発前に互いの使い魔の能力について把握しておこう」
「うん、いいよ」
まずはアドルフの使い魔、フェンリルのエルガーについて教えてくれた。
「エルガーは氷属性で、魔法がいくつか使える。牙や爪は鋭く、物理攻撃も可能だ。力持ちだから、荷物も運べる」
フェンリルはかなり有能な使い魔のようだ。
続いて、チキンについて説明する。
どこから自信が湧き出てくるのか、チキンは私の肩の上で胸を張っていた。
「この子、チキンは怖いもの知らずで、気性が荒くて、落ち着きがない。以上」
チキンは満足げな表情で、こくこくと頷いていた。
「リオル、その使い魔の能力は?」
「右ストレート?」
「鳥が物理攻撃をするのか?」
「するよ。けっこう痛い」
チキンは毎晩私の寝台に潜り込んで眠るのだが、これがまあ、寝相が悪い。
何かと戦っている夢をみていたときは、私のみぞおちにパンチしていたのだ。
一撃食らったあと、古代文字の課題で使う石版(タブレット)があったので、チキンと私の間に差し込んでいた。
一晩中パンチを受けていたら、内出血していたに違いない。
それにしても、フェンリルと比べたときのチキンの能力といったら……。正直、使い魔の能力としては下の下だ。
雨魔法が使えるランハートのカエルのほうが、能力は上だろう。
一応、チキンの名誉のため、付け加えておく。
「まあ、空が飛べるのだから、上空から偵察くらいできるかもしれないね」
「期待しておこう」
準備が整ったので、森を目指す。
小住宅街から森まで、徒歩三十分といったところらしい。
「エルガーの背中に乗ったら、三分で到着する」
一緒に乗ろう、と誘ってくれた。フェンリルは私も背中に乗せてくれるらしい。
乗馬の授業がそこまでよくなかったので、若干不安になる。
「毛の束を強く握っておけば落ちない。馬より安定しているから、安心しろ」
フェンリルは伏せの姿勢を取る。先にアドルフが跨がり、私に早く来いと手招きする。
アドルフよりも前に座るらしい。
恐る恐るといった感じで、背中に跨がった。
「わ、ふかふか!」
フェンリルの毛並みは信じがたいほどフワフワしていて、触り心地は極上だ。
毛を掴んでも痛がらないので、しっかり持っても問題ないという。
走行中、チキンを落としたら大変なので、ジャケットの胸ポケットに突っ込んでおいた。
「リオル、握ったか?」
「ああ」
アドルフがフェンリルの腹を踵で軽く叩くと、立ち上がった。
「わっ!」
目線は馬よりも高い。本当に馬より安定しているのか。
「行くぞ」
「わかった」
そう返事したのと同時に、フェンリルはバルコニーから地上へ降りるために大跳躍をしてみせた。
悲鳴はなんとか呑み込み、奥歯を噛みしめる。
「舌を噛むなよ」
その言葉が合図となり、フェンリルは走り始めた。
軽やかに駆け、景色はめくるめく変わっていく。
楽しむ余裕なんてない。振り落とされないように、しがみついておくので必死だった。
フェンリルは風のように走る。あっという間に森に到着した。
途中、生徒たち数名とすれ違った。背中に乗って移動できる使い魔はアドルフのフェンリルだけだったので、森への到着は一番乗りだったわけだ。
グリンゼルの森は全域柵に覆われていて、内部はきちんと管理されているらしい。
そのため、魔物が出現しないと言われているようだ。
「リオル、どこから行こうか?」
「獲物は持ち歩いていたら傷みそうだから、最後かな」
「そうだな」
アドルフはチェックポイントも制覇するつもりらしい。さすがに、森の中はフェンリルに乗れない。徒歩ですべて回るつもりのようだ。
きちんと方位磁針を持参し、地図を険しい表情で眺めている。
チェックポイントは全部で六カ所。
木の実エリア、キノコエリア、魚エリア、狩猟エリア、森菜(しんさい)エリアに天然水エリア。
「ここから一番近いのが、木の実エリアだな。そこから回っていくか」
「了解」
なるべく食材集めに時間をかけたくない、という方針は私とアドルフの中で固まっていた。こういうとき、他のクラスメイトだったら「気楽にやろうぜ!」とか言って、釣りを楽しんでいたに違いない。
急ぎ足で木の実エリアを目指す。すると、真っ赤な実を生らしたイチゴを発見する。
甘い匂いが辺り一面に漂っていた。
「これは――」
「ヘビドクイチゴ、食べられない」
「ああ、これがそうなのか」
毒と名が付いているものの、食べても死ぬわけではない。軽く腹を下す程度だ。
いい匂いがするので、食べてしまう人があとをたたないため、毒の名が付けられたのだという。さらに、毒ヘビが好んで食べるから、というのも由来のひとつだ。
アドルフはヘビドクイチゴというものがあるのは暗記していたものの、どれがそれに該当するかまでは知らなかったという。
「教科書ってさ、情報のみ書いてあって、参考図がないものも多いよね」
見た目の絵などがないときは、図書館に行って調べていたのだ。
「そういえばリオルの参考書には、参考図がないものの絵が差し込まれていたな。ずいぶんと上手かったが、あれは自分で書いたのか?」
「見よう見まねだよ」
「なるほどな。お前は本当に勤勉な奴だ」
「アドルフには敵わないけれどね」
奥までいくと、低い木に実ったベリーを発見した。
「あっちはグースベリー、そっちはクランベリー、あれはブラックベリーにラズベリー」
ベリーの旬は夏や秋とそれぞれ異なるものの、ここにあるものは魔法で生育管理がされているようだ。そのため、ベリーの楽園のようになっている。
食後のデザートとして食べるため、生食に向いているベリーを摘んでおく。
さらに先に進むと、教師が待ち構えていた。
「おお、お前たちが一番だ。さすが、首席と次席のコンビだな」
フェンリルのおかげで、木の実エリアの一番を取れたのである。
地図を広げると、スタンプを押してくれた。
教師はカゴを覗き込み、ヘビドクイチゴがないか確認する。
「よしよし。妙なもんは入れていないな。何がダメだったかわかったか?」
「ヘビドクイチゴ」
「そうだ」
毎年、レクリエーションをするさいに、生徒は必ずヘビドクイチゴを食べてしまうらしい。
「授業のたびに、自生している植物は専門家の確認なしに口に入れてはいけないと言っているのに、あいつらは聞く耳を持たん」
身をもって学んでもらうために、ヘビドクイチゴについては注意しないという。
そういう目論見があるので、薬を全生徒に渡していたのだな、と納得してしまった。
教師と別れ、次なる目的地を目指す。
「次はキノコエリアだ」
そこは木の実エリアとは比較にもならないくらいの、毒キノコが生えていることだろう。
「キノコも正直自信がないな。リオルはどうだ?」
「僕は選択授業で魔法キノコの学科を選んだからね」
「あれを選んだ奴っていたんだな」
「いたよ。僕ひとりだったけれど」
その知識が、今役立つとはまったく想定していなかった。
キノコエリアでは、食材の臭い消しに最適な香り茸と肉料理と相性がいいコショウ茸を入手する。それ以外にも、旬のキノコを手に入れた。
ここでも、チェックポイントで教師からスタンプをもらった。
「次! 魚エリア」
ここには、生徒が数名いた。入り口からまっすぐ進むと、比較的早くここに辿り着くのだ。
大きな池のほとりには、小屋があった。そこで釣り竿を借りられるらしい。
皆、楽しそうに釣りをしていた。
「アドルフ、どうする?」
私たちは釣りに関しては未経験である。他の生徒も、そこまで釣れているようには見えない。
食材を入手しないとスタンプが貰えない。何か仕掛けを作って帰りがけに回収しようか。なんて考えていたら、アドルフがぬかるみのほうを指差す。
「何かあるの?」
「おそらく、あるはずだ」
フェンリルはぬかるみに足を取られたら大変なので、池のほとりで待機を命じていた。
慎重な足取りで近づき、ナイフで泥を掘り起こす。
途中でカツン、と硬いものに当たる音がした。
アドルフは手袋を装着し、泥を掘り返す。
「あった!」
出てきたのは、大きな貝だった。
「それは、もしかして大黒貝?」
アドルフは深々と頷く。以前、生物図鑑で読んだ大黒貝の生息地を記憶していたらしい。泥臭いが、味はおいしいと聞いたことがある。
「これ、私の腕ではおいしく調理する自信はないんだけれど」
「安心しろ」
アドルフは魔法で水球を作りだし、そこに獲れた大黒貝を入れる。水に風魔法を加えると、くるくる回り出した。すると、瞬く間に水が真っ黒になる。
「あ、泥抜きしたんだ」
こればかりは、さすがだと思ってしまう。魔法と魔法を掛け合わせるのは、高い技術と集中力を必要とするのだ。まさかそれを、アドルフが軽々とやってのけるとは。
魚エリアでは、大黒貝をいくつか入手した。