「ミコは、お母さんじゃなかった……」
時間差で襲ってくるのは今までしていた盛大な勘違いのツケ。申し訳なさとか、恥ずかしさとか、欲しくない感情がごちゃ混ぜになって押し寄せてくる。
本当に勘違いをしていただけなのだろうか。
でも、でもさ。それなら、どうしてお母さんとのやりとりに既読が付いたの?
「そんな顔するんだったらさ、ちゃんと会って確かめてきなよ」
「え?」
「伊智、あんた泣きそうになってんじゃん」
「うう、でも、どうやって」
「そんなの調べたら良いじゃん。ねえ!須藤!ちょっと来て!」
「ちょ、ちょっと!」
ケイは私からスマホを取り上げると、須藤くんのもとへと走っていった。
「この景色って、どこで撮れるか知らない?」
須藤君は突然迫ってくるケイに対してあからさまに警戒した素振りを見せていたけれど、ケイがスマホの画面を見せると、興味深そうに凝視して考え込んだ。
「荒牧海岸、だと思う。2つ隣の県にある、日本でも有数の断崖絶壁で自殺の名所。まさかだと思うけど、自殺した人のアカウントでも見てるの?」
「そんな悪趣味なことするか。そこに伊智の母ちゃんがいるかもしれないんだ」
「ちょ、ちょっと、ケイ……!ややこしくなるから、その言い方はしないで」
慌てたせいで、須藤君の机の脚を思い切り蹴ってしまった。
「ごめんね、須藤君。それにしても、須藤くんは荒牧海岸に詳しいんだね」
「一応写真部だし、近辺の撮影スポットくらい把握している。荒牧海岸は有名な場所だよ。自殺の名所としてだけど」
物騒な言葉を聞いて背中に悪寒が走ったのは、その可能性を完全に否定できなかったからだ。
「荒牧海岸には、どうやって行くの?」
「途中までJRで行けるけど、そこから私鉄に乗り換える必要がある。ただ、1時間に1本あるかどうかの超ローカル線だから、計算して向かわないと、なかなか辿り付けないよ」
「……大丈夫かな」
自転車通学の私にとって電車移動自体は大冒険だ。ローカル線ってテレビでしか見たことがないし。
確か、ホームには改札すらなくて、車内で買わないといけないんだっけ。もう乗り方すらわからないんですけど。
「よし、決まり。須藤、明日伊智を荒牧海岸まで連れてったげて」
「どうして僕が」
「明日は祝日なんだし、須藤、あんた暇でしょ」
「ひ、陽木さんと二人で行くってこと?」
須藤君は狼狽えるように言った。そんなにあたふたしなくても。
「さてはあんた」
「べ、別に。自分達で行けば良いじゃないか」
「私はそんな遠いところ無理。どのみち明日は昼からバイトがあるし。ほら、写真部の活動の一環だと思って行って来なよ。それとも何?私の大事な友達に1人で行けって言うの?」
「それは……」
耐性が付いていない須藤君はケイの勢いに圧倒されてしまったみたいで、萎れるように机の木目に視線を落とした。須藤君、ほんとごめん。
「えっと、私一人で行けるから、大丈夫」
「行ってどうするの?」
「近くにミコがいるかもしれないの」
「鈴木さんって、体調不良で学校を休んでいるんじゃないの?」
私は再びスマホの画面を須藤君に見せた。
「さっき見せた写真、ミコが投稿したものなんだ。私、訳があって直接ミコに会って話したいの」