パーティ追放が進化の条件?! チートジョブ『道化師』からの成り上がり。

「はい、この部屋をお願いします。部屋は一つで、ベッドはーー」

「二部屋分お願いします」

「アイクさん。私は助手ですよ? 部屋を分ける意味ありますか?」

「いや、あるだろ。十分すぎるくらいあるわ」

 俺たちはイーナと別れて本日泊る宿を見つけることにした。

 とりあえず、イーナの拠点としている店から遠くなくて、近くに飯屋がある宿に泊まることにした。

宿屋に入るなり、リリは『宿を取るくらい、任せてください!』と言ってカウンターに一人で向かって行った。

なんだか嫌な予感がしたのでリリの後ろをついてきておいてのだが、どうやら正解だったらしい。

 リリは突然後ろから横やりを入れられて、不満そうに眉を下げていた。

「……なるほど、了解しました。それでは部屋をお取りしておきますね。部屋のお掃除をしておくので、また時間が経ったら鍵を取りに来てください」

 若い女性の店員に空いている部屋の確保をお願いして、俺たちは宿屋を後にした。

 危うく、同じ部屋に泊まることになるところだった。危なかったぜ。

「アイクさんは助手のことを何だと思ってるんですか?」

「その言葉、そのままリリに返すよ」

 納得していなさそうな顔でこちらを見てくるリリをそのままに、俺たちはイーナが拠点としている店まで足を運んだ。

 とりあえず、宿の場所だけを知らせて、それから魔物を狩りに行くのがいいだろう。

 しかし、その店に行くとイーナが不在らしかったので、店員に宿の場所を言伝で知らせておいた。

「それじゃあ、このまま魔物を狩りに行くか。三日間の滞在費分は働かないとな」

「そうですね。でも、イーナさんが魔物肉の解体をお願いしていいのは二体だけって言ってませんでした?」

「ああ。なんかそっちの方が希少価値があるからとか言ってたな」

 ここで調子を乗って、バングにいつもお願いをしている量の解体を依頼してしまうと、俺たちの魔物肉の希少性が薄れてしまうらしい。

 希少価値のあるものとして噂を流した方が都合が良いらしく、今の段階では数がたくさんあることを見せてはならないとのこと。

 どうやら、本格的にブランド化させるみたいだ。

「まぁ、余った肉はまたバングの方で解体してもらおう。数で勝負できないなら、質で勝負しないとだしな」

 おそらく、珍しい魔物二体だと今後流通をするうえで現実味がないと言われてしまう。だから、一体は一般的な魔物。そして、もう一体は何か変わり種とかだと面白いかもしれない。

「それに、リリの武器の素材も集めないとな」

「覚えていてくれたんですね! あ、でも、私はもう少しアイクさんの短剣を堪能したいという気持ちもあるんですけど」

「安心しろ。どうせ、何本も失敗するんだから、完成品ができるのはしばらく先だ」

 本来、リリはガルドから短剣を貰うはずったのに、それを俺に使ってくれと言ってくれた。

 それなら、やっぱりリリにも俺の短剣と同じくらい良い物を身に着けて欲しい。

 そんなことを思って、貰った短剣を【鑑定】してみたのだが、その短剣の武器ランクはSSだった。

 いや、普通に引いたわ。ガルドさん、どんだけ良い短剣を俺たちに持たせてんだよ。

 良い屋敷と高価な短剣を持たせておいて、これで終わりなんてことあるのだろうか? なんとなくだけど、これからも何かを頼まれていく気がしてしまう。

 そして、多分これだけ色々良い物を持たされたら、断りづらいんだろうなと思ったりもしてしまう。

 俺がこの短剣と同じ武器ランクの物を作るのは無理だろう。それでも、せめてあのミノラルの武器屋で売っていたくらいの短剣は作ってやりたい。

 そのための素材集めをこの機会にできるなら、一石二鳥だろう。

 俺はそんなことを考えて、魔物のいる森へと向かう馬車を求めて馬車乗り場に歩き出した。


「……馬車でも片道二時間か」

「歩いて向かってたら、半日終わりそうでしたね」

 俺たちはブルクで馬車を捕まえて、近くの森まで来ていた。

 馬車で片道二時間ということは、歩いたらその時間の倍では済まなかっただろう。ブルクの近くには魔物が発生するような森は近くにはなく、俺たちは少し離れた所まで足を運んでいた。

まぁ、商業を発展させる街を作るなら魔物が出ない所の方が安全ではあるか。

 ただそれは、魔物を倒した後にその魔物を街まで運搬するまでの時間も多くかかるということだ。

 つまり、それだけ新鮮な魔物肉の価値が高くなるということになる。

「とりあえず、無難な魔物肉を狩るか。珍しい魔物には会えるかどうかも分からないからな」

「分かりました」

 三日後に向けた魔物肉の採取。それと、追加で出来たらリリの武器素材の収集。

 一体はブルクでも一般的な食材であるファングあたりにしよう。そして、もう一体の変わり種は捜索しながらって感じだな。

 そんなことを考えながら、俺たちは森の中に足を進めていった。

【気配感知】のスキルを使用しながら足を進めていくと、すぐに小さな気配を感知することができた。

 赤色に燃える小さな炎のような気配が三つ。それらの気配に【鑑定】のスキルを使ってみると、さっそくお目当ての魔物であることが分かった。

「リリ、近くにファングが三体いる。俺が一体仕留めるから、リリは二体を頼む。ファング相手にその短剣が馴染むか確かめておいてくれ」

「分かりました。しっかり確かめてきます」

 リリは俺の使っていた短剣を優しく撫でると、小さな笑みを浮かべていた。

 剣っていうのは、少し物が変わるだけでも違和感があったりする。重さや切れ味や長さ。それらが少し違うだけで手元が変わってくるものだ。

 当然、それは俺にも言えることだったりする。

 ガルドからもらった短剣は以前使っていた物と比べて、少し重量感がある。この短剣に慣れるためにも、多くの魔物を倒して短剣を手に馴染ませるか。

 とりあえず、目の前のファングからだな。

 俺は【気配感知】のスキルを使用しながら、そのファングの気配がする方に進んでいった。

 森の中を少し進むと、【気配感知】に反応していたファングを見つけることができた。二体はすぐ隣同士にいるのに対して、一体だけ少し離れたところにいる。

 随分とリラックスしているようだし、こちらには気づいていないみたいだ。

「あれだな。俺が少し離れている方をやるから、リリは残りを頼むぞ」

「任されました」

俺たちは【潜伏】のスキルを使ってファングに近づいていった。当然、俺たちとファングではステータスに大きな差上がるため、すぐ隣まで近づいても俺たちの存在には気づいていないようだった。

 俺はゆっくりと短剣を鞘から引き抜いて、【剣技】のスキルを使用して短剣をファングの首元めがけて振り下ろした。

「え?」

 ファングの首元に当たった短剣の刃はそのまま抵抗を一切感じず、首を切り裂いて頭と体を切り離した。

ただ振り下ろしたくらいの動きだったのに、ファングの頭があった場所には綺麗な断面図が見えていた。

 そんな光景を前に、俺は思わず間が抜けたような声を漏らしていた。

 レベルが上がったとか、ステータスが上がったからではない。

「……これが、三本の指に入る鍛冶師の短剣か」

 正直、今まで武器に対してそこまで興味はなかった。安物でも磨けばある程度は切れるようになるし、それで十分だと思っていた。

 だが、ガルドの作った短剣を使用してその価値観が誤っていたことに気づいた。

 武器ランクがSSの剣って、ここまで違うのか。

 武器ランクの違いというのを体験して、武器に対する考え方が大きく変わった気がした。

 もしも、これに近いものを投げナイフでも作れたら。

 そう思うと、一刻も早く屋敷に帰って鍛冶場に立ちたいという気持ちが高まるのだった。

「アイクさん、こっちも終わりました」

「お、おう。お疲れ様」

 無事にファングの二体を倒したリリが【潜伏】のスキルを解除して、俺の方に近づいてきた。

 そして、リリはちらりと俺の倒したファングの方を見て驚いたような声を漏らしていた。

「うわっ、すごいですね。動く魔物相手に、こんなに綺麗に首を落すなんて」

「いや、俺って言うかこの短剣が凄いんだけどな」

 ガルドの依頼で魔物をたくさん倒してきたから、その時にレベルもステータスも上がっている。だが、それだけではこんな綺麗な断面を残すのは無理だろう。

 武器ランクというそこまで重要にしてこなかった存在。それの重要性に気づくことができた戦闘だったと思う。

「リリの方はどうだ? あんまり切れ味良くないだろ?」

「いえいえ、そんなことないです。何より助手感があっていいです」

 リリは俺の短剣を気に入ったのか、優しく短剣の鞘を撫でて口元を緩めていた。

 切れ味も重要だが、本人がその武器を使って気持ちが乗ることも重要な要因なのかもしれない。

 リリの満足げな表情を見るとそんな気がした。

 それでも、やっぱりリリにも良い武器を持って欲しいという気持ちがある。この短剣も元々はリリが持つはずだった奴だしな。

「帰ったら、本格的に鍛冶場に籠るかな。……とりあえず、次の魔物を倒しに行くか」

 この短剣の切れ味をもっと試してみたいという衝動に駆られるように、俺は次の魔物を探すために【気配感知】を使用して魔物の気配を追った。

 すると、すぐ近くに小さな赤い炎が複数個と、もう少し離れた所に少し大きな炎があった。

 【鑑定】でその気配を確認してみると、それらの気配が何であるのかすぐに分かった。

「近くにいるのはワイドディアの群れで、もう片方はクイーンディア。……なるほど、キングディアを少し小さくしたような魔物か」

「別れますか?」

「そうだな。リリはワイドディアの群れの方を頼む。あとでリリの方に向かうから、戦闘が終わったら【潜伏】を解いて待っていてくれ」

「分かりました」

 俺はワイドディアの群れの居場所をリリに教えてから、リリとは反対の方向に走り出した。

 以前は、キングディアを相手に苦戦はしなかったが、一撃という訳にはいかなかった。確か、不意を狙わないで正面から切りかかったんだったよな。

 色々とスキルを試したくて、あえて【潜伏】のスキルを使わなかった気がする。

 それなら、今度はあえて【潜伏】のスキルを使ってバレずに倒せるかを試してみるか。

 俺はクイーンディアとの距離が近づいてきたのが分かったので、【潜伏】のスキルを使って自身の気配を消した。

 そのまま近づいていき、俺は足音を立てずに木陰に身を潜めた。

「……あれか」

 大きな角にワイドディアの二倍以上大きな体。ちょうどキングディアを一回り小さくしたような鹿型の魔物がいた。

 森の中で一匹で佇んでいる姿は中々絵になっている。

【鑑定結果】
【種族 クイーンディア】
【レベル 34】
【ステータス 体力 2400 魔力 2700 攻撃力 2900 防御力 1900 素早さ 2700器用さ 1600 魅力 2200】
【スキル:硬化D 突進E】

「レベルとステータスは前のキングディアよりも上か」

 どうやら、種族としては前のキングディアの方が上みたいだが、強さで言えば目の前にいるクイーンディアの方が上みたいだ。

「さて、どうするか」

 ただ正面から突っ込むのも芸がないよな。

 そう思った俺は、ふとここが森の中であるということ思い出した。

森の中なので俺たちは木々に囲まれていた。もちろん、クイーンディアの近くにも木が立っている。

「……」

 このまま木の上から攻撃とかできるじゃないか?

 俺はその考えに従うように【道化師】のスキルを使って、近くにあった木に跳び乗った。体は羽のように軽く、簡単に木に上ることができた。

 確かに、この動きは少しだけ道化師みたいかもしれない。

俺はそのままバランスを崩さないようにしがら木々を跳んで移動して、すぐにクイーンディアの頭上まで移動した。

 そして、俺はそのままゆっくりと短剣を引き抜いて、木の上から飛び降りた。

 落下していく中で【剣技】のスキルを使って、落下の速度を力に変えるようにしながら、クイーンディアの首めがけて短剣を振り下ろした。

「ギアァァ……」

 一瞬、クイーンディアの声が漏れたあと、クイーンディアの首から先がぼとりと地面に落ちた。

 俺が地面に足をつけてもクイーンディアの体は切られたことが分かっていないのか、それからしばらくそのまま立っていた。

 しかし、やがてその体もバランスを崩したようにその場に倒れ込んでしまった。

 地面に倒れた衝撃を少し伝えたきり、クイーンディアの体は動かなくなった。

「……本当にすごいのは切れ味だけか?」

 そんな倒れたクイーンディアの姿を見て、俺は新しい短剣の切れ味と共に自分の高くなったステータスに少し困惑していた。
「あ、アイクさん! こっちです」

「お疲れ様、リリ。おっ、すごいな」

 クイーンディアをアイテムボックスにしまってリリの方に向かうと、そこには七体のワイドディアが倒れていた。

 刀傷や火傷を負っていることから、短剣と魔法で仕留めたのだろう。これだけの量を逃がさないで倒せるのは純粋にすごいと思う。

 日々リリも成長しているのだなと感心する。

「前はワイドディアの角を売っちゃったからな。これだけあれば、しばらくは武器を作る上では問題なさそうだ」

 ワイドディアとクイーンディアの角。武器を作るうえでは魔物の素材が必要になる。これだけあれば、試し打ちには十分だろう。

「短剣は馴染んできたか?」

「はい。もうばっちりです! アイクさんは新しい短剣慣れました?」

「こっちもばっちり……と言いたいところだけど、正直切れすぎてまだ慣れてないかもしれないな」

「そんなに切れるんですね」

「クイーンディアの首が一撃で落ちた。正直、もっと強い魔物を相手にしたいけどな」

 クイーンディアが一撃ということは、キングディアもそこまで変わらないだろう。

 もっと切りごたえのあるような魔物を相手にしてみたいな。

 そんなことを考えて森を散策して魔物を討伐したが、その後も強い魔物に遭遇することはなく、日が傾いていった。


「これ、川だよな」

「凄い大きな川ですね」

 俺たちはどんどんと森の奥まで進んでいってしまい、気がつくと森の奥にある大きな川まで来ていた。

 こんな奥の方に川があったとは。

 魔物というのは生き物だから水分を求めて川に来る。だから、俺みたいに【気配感知】のスキルがなくて、川で張っていれば魔物と遭遇することができる。

 まぁ、どんな魔物が来るのか分からないから結構危険だけどな。

 ここでしばらく張ってもいいけど、帰りの場所の時間を考えると今日はここまでだろうな。

 そう思った時に、川辺で水浴びをしていたブラックポークが川からひょっこりと出てきた。

 俺たちにも気づいていないのか、ブラックポークは呑気に体を震わせて体についている水を落してゆったりとしていた。

「あれだけ狩ったら帰るか」

 俺はリリをその場に残して、【潜伏】のスキルを使ってブラックポークに近づいていった。

 ブラックポークは売らないでリリに料理をしてもらうか。脂が甘くておいしいんだよな。

 そんなことを考えて短剣を鞘から引き抜いて【剣技】のスキルを使った瞬間だった。

「アイクさん! 後ろ!!」

「え?」

 突然叫ぶようなリリの声。その声に反応して後ろを向いた瞬間だった。

 目の前に俺を丸呑みしようとしている大きな口が迫ってきていた。

 顎が外れるくらいに大きく開かれた口。

 俺は咄嗟に【道化師】と【肉体強化】のスキルを使用して、前方に思いっきり跳んだ。

 そして、その口はそのままブラックポークを丸呑みにして、鋭すぎる牙で咀嚼していた。

 俺は体勢を立て直して短剣をその魔物の方に向けて、向かい合った。

 四足歩行のワニ型の魔物。俺を一飲みにしようとするほどの大きな口に、強靭な顎。鋭い爪は川辺の石を削り、硬そうで荒々しい肌をしている。

 全体的な大きさはクリスタルダイナソーと同じくらいだろう。それでも、さっきの素早さはなんだ?

【鑑定】のスキルを使用すると、すぐにその情報が俺の頭に流れ込んできた。

【鑑定結果】
【種族 ハイヒッポアリゲーター】
【レベル 41】
【ステータス 体力 7200 魔力 5570 攻撃力 10560 防御力 9220 素早さ 12100 器用さ 4200  魅力 4800】
【スキル:硬化B 突進C 噛砕A 爪抉B】

「……マジかこいつ」

 全体的なステータスが高すぎる。帰ろうってタイミングでこんな奴に出会うか、普通。

 俺が短剣を構えて先手を取ろうかと考えていると、ハイヒッポアリゲーターは俺のことなど眼中にないのかそのまま川に戻っていった。

 いや、【潜伏】のスキルが効いてたから気づかなかったのか。

 そのことに気づいた時には、すでにハイヒッポアリゲーターは俺たちの前から姿を消していた。

 深さの分からない川の中。さすがに深追いをするのは危険すぎる。

「アイクさん、大丈夫でしたか!」

「あ、ああ。大丈夫だ」

 もう帰るだろうからと【気配感知】のスキルを使用しなかったのがマズかった。リリが叫んでなければ、そのまま死んでいたかもしれない。

 まさか、川辺にあんな凶暴な魔物がいるとは思わなかった。さっきの魔物は初めて見たな。

 ん? 初めて?

「……リリ、あいつにしよう」

 冒険者をしている俺が初めて見るくらいだし、きっと商人の人たちも見たことがないだろう。

 それなら、あいつ以外に適任な魔物はいない。

変わり種の魔物肉。それが今決定したのだった。

「イーナ、いるか?」

「あら、アイクくん。おはよう」

 ハイヒッポアリゲーターとの遭遇から一晩経って、俺たちはイーナの店にやってきていた。

 イーナは丁度これから店を出ようとしていたようだったので、ちょうど良いタイミングだったかもしれない。

「この街に釣竿売ってるところある?」

「釣竿? なに、今日は二人で釣りでもするの?」

「まぁ、そんなところだな。俺の身長の四倍くらいある獲物を釣りたいんだけど、良い釣具屋あったりしないか?」

「……ないわよ、そんなバケモノを釣るための専門店なんて」

 一体何をしようとしているのかと問われたので、俺は二日後に向けて魔物を釣ろうとしていることを説明した。

 俺がその魔物を釣り上げようとしていることを告げると、イーナは顔をしかめた後に太い縄などの道具が売っている店を紹介してくれた。

「アイクくんとリリちゃん、そんなに危ないことはしないでよ? もう二日後なんだから、そんな特別な魔物じゃなくてもいいんだからね」

「一体はもうファングにしたんだけど、もう一体は変わり種があった方がいと思ってさ。 多分、結構パンチあるぞ」

「それは、新鮮な川にいるような魔物なんて食べる機会あんまりないし、パンチはあると思うけど……まぁ、任せるわ。ただ無理はしないでね」

 イーナも俺の意見には賛成なのだろう。俺の意見に強くは否定をしなかった。

 要するに死なないで帰ってくればいいということだろう。

「大丈夫だと思う。問題ないって」

「……本当に分かってる?」

 そんな俺の考えていることを否定するような目で見られたが、大きく外れてはいないはずだ。

 俺たちはそのままイーナと分れると、道具を揃えてから馬車に乗って昨日向かった森へと向かったのだった。


「よっし、これで釣り上げられるな」

「……いけますかね?」

 俺たちは道中で見つけたブラックポークを数匹討伐した後、昨日ハイヒッポアリゲーターがいた川辺に来ていた。

 太いロープでブラックポークを縛り付け、遠くから【肉体強化】をしてその川にブラックポークをぶん投げた。

 どぼんという水音がして、ブラックポークは川の流れのように従うようにゆっくりと流れていった。

「大丈夫だ。【気配感知】のスキルを使ってるし、タイミングは任せてくれ」

 多分、リリが心配しているのはこのロープのどこにも針がついていないからだろう。ただブラックポークの体をロープで縛り上げただけ。

 つまり、ただハイヒッポアリゲーターに餌をあげているようなものだ。

「……きたぞ」

 【気配感知】に反応している遠くから現れた大きな赤い炎。丁度位置的にも俺たちに向かってきている。

 きっと血の匂いがして寄ってきたのだろう。

「リリ、少しずつ引いていくぞ。それと、【潜伏】を忘れるなよ」

「はい、わかりました」

 俺たちは【肉体強化】をした状態でゆっくりとロープを引っ張っていった。徐々に川から岸にブラックポークを引いていくと、ハイヒッポアリゲーターの気配が少し早くなった。

 その気配が俺たちのすぐ前まで来て、一瞬川の中に黒い影が見えた。

「今だ! 全力で引くぞ!」

 俺の掛け声に合わせて、俺たちは全力でそのロープを引っ張った。

 高いステータスを持つ二人が【肉体強化】をした状態でロープを引っ張ったのだ。その先にブラックポークがついていようと関係ない。

 ブラックポークは強い力に引っ張られて、川から宙に浮いた。

 そして、その瞬間にハイヒッポアリゲーターが川から姿を現した。そのまま宙にいるブラックポークにジャンプをして食いつくと、強すぎる顎の力でロープを簡単に引きちぎった。

 ハイヒッポアリゲーターはそのまま地面に落ちたが、そんなのは気にしない素振りでそのまま川に戻ろうとした。

「リリ!」

「はい、【結界魔法】!」

 すぐに獲物を持ち帰ろうとしたハイヒッポアリゲーターは、勢いよく川に帰ろうとした。しかし、振り向いてすぐに見えない何かにぶち当たって体を跳ね返されていた。

 リリの【結界魔法】で作った壁がハイヒッポアリゲーターと川の間に作られて、川に戻ろうとするハイヒッポアリゲーターの動きを封じたのだ。

「昨日ぶりだな」

 そんな再会の挨拶を程々に、俺たちの戦いは幕を開けたのだった。

 俺たちは昨日遭遇したハイヒッポアリゲーターに会うため、昨日と同じ森の川辺に来ていた。

 そして、縄で縛った魔物を川に投げてそれを餌にしてハイヒッポアリゲーターを陸におびき寄せることに成功した。

 すぐにリリが【結界魔法】を使ってくれたので、ハイヒッポアリゲーターは川に引き返すことができず、その見えない壁に激突していた。

 このチャンスを逃すわけにいかない。

 俺はこちらに背を向けているハイヒッポアリゲーターに手のひらを向けた。

「『フレイムボム』!」

 俺は以前にクリスタルダイナソーを丸焼きにした中級魔法を唱えた。

その魔法を唱えると俺の半身ほどの大きさの炎が手のひらに形成された。形成したそれをハイヒッポアリゲーターに投げつけると、着弾し瞬間に全身を業火で包みながら爆発した。

「ギィヤァァ!!」

 その爆発した衝撃と煙が横に逃げて、河原の小石などを吹き飛ばした。こちらにも飛んできた衝撃を受けて、俺は目を細めながらハイヒッポアリゲーターから視線を逸らさずにいた。

「ギィィィ……ギャヤァァ!!」

 突然の爆発を食らって驚いているようだったが、一撃で倒れることはないようだった。怒り狂ったように鼻息を荒くさせながら、ハイヒッポアリゲーターは攻撃をしてきた俺たちを探しているようだった。

 俺は焦げ臭いような香りをかぎながら、ゆっくりと短剣を鞘から引き抜いた。

 前の短剣ではクリスタルダイナソーに傷をつけることさえも苦戦した。それが、今ならどうなのか。

 魔物は違うけれども、同じく硬化のスキルを持っているのならばそれを試したい。

 そう思った俺は【潜伏】のスキルを解除して、ハイヒッポアリゲーターに姿を見せた。

「あ、アイクさん?!」

「リリは引き続き援護を頼むぞ」

 突然姿を現した俺にハイヒッポアリゲーターは驚いているようだったが、それと同時に怒りをぶつられる相手を見つけられたことが嬉しいのだろう。

 俺と目が合って数秒もしないうちに、ハイヒッポアリゲーターは俺に向かって突っ込んできた。

 その速さを見るに、【突進】のスキルを使っているのだろう。一気に俺との距離を詰めると、そのまま大きな口を開いて俺の体をかみ砕こうと鋭い牙を見せてきた。

 こんなの脳筋みたいな突進を受け止める必要はないだろう。

俺は【道化師】のスキルを使用することで、身を軽くさせてその攻撃をひらりとかわした。

ただ闇雲に突っ込んでくる魔物の攻撃を嘲笑うように、軽いステップで攻撃をかわすと、ハイヒッポアリゲーターはそのまま近くにあった木に衝突した。

そのままその木をへし折るようにしてかみ砕き、俺を仕留められなかったことに気づいたのか横眼で俺を睨んでいた。

木を簡単にへし折ったのが、【噛砕】というスキルだろう。あれをまともに食らったら、体をえぐり取られる気がする。

それでも、食らわなければ意味はない。

「【サンダーボルト】!」

「ギャァァ!」

 どこからか電撃が走ってきて、ハイヒッポアリゲーターの体に着弾した。出所が分からない魔法による援護。

 その存在すら知らないハイヒッポアリゲーターは何が起きたのか分からない様子だった。そして、体を痺れさせて少し動きが鈍くなったのが分かった。

この隙を見逃すわけにはいかない。

俺は【剣技】のスキルだけを使用して、ハイヒッポアリゲーターの横腹に向かって地面を強く蹴った。

当然、ハイヒッポアリゲーターは俺の姿は見えているので、【硬化】のスキルは使うだろう。

むしろ、使ってもらわなくては困る。

 以前は簡単に弾かれてしまった短剣。それがガルドの作った武器ランクSの短剣ではどうなるのか。それを確かめたかった。

 俺は数歩で距離を詰めると、そのまま短剣を構えた。ハイヒッポアリゲーターは【硬化】のスキルで俺の短剣を弾くつもりらしい。

 応戦するのではなく、攻撃をあえて受けようとしている。どうやら、【硬化】のスキルに自信があるらしい。

 俺は少しの不安を抱えながら、ハイヒッポアリゲーターの横腹に向かって短剣を振り下ろした。短剣が触れると、そのまま強い抵抗を感じることなく短剣は振り下ろされた。

 一太刀の傷跡は深い所まで残ったようで、短剣の先から根元まで赤い液体が付着していた。

「ギャァァ!!」

 傷をつけられる想定をしていなかったのか、ハイヒッポアリゲーターは驚きと切られた痛みを混ぜたような声を漏らしていた。

 痛がることで見せた少しの隙。それを見逃すわけに吐かなかったので、俺は【肉体強化】のスキルを使って、そのまま短剣の先をハイヒッポアリゲーターの体に突き刺した。

 根元までしっかりと入った状態で、俺は短剣をハイヒッポアリゲーターの体に深く差したまま尾っぽの方にその短剣を移動させていった。

 大きくなっていく刀傷は俺が地面を強く蹴れば蹴るほど広がっていき、生きた状態で解体されているようだった。

 そのままわき腹から尾っぽの方まで短剣で切り裂いていき、最後に尾っぽの先から短剣を引き抜くと、ハイヒッポアリゲーターは悲鳴のような声を漏らして動かなくなった。

 そのハイヒッポアリゲーターの様子を見ながら、俺は短剣についた赤い液体を払って、短剣を鞘に収めた。

「……いや、切れすぎじゃないか?」

 硬化を無効化するような短剣の切れ味を前に、俺は鞘に収めた短剣を眺めながらそんなことを呟くのだった。

「……なんだこの、新鮮過ぎる魔物肉は」

 俺たちは昨日のリベンジを無事に果たしてブルクに引き返していた。

魔物がいる森からブルクまでは近くないので、目的を果たし次第すぐに街に戻ることにした。

あまり森に潜り過ぎて、約束の日までに解体が間に合わなくなっては元も子もない。

 そう思った俺たちは、ハイヒッポアリゲーターを倒した後にアイテムボックスに収納して、急いでブルクに帰還することにした。

 そして、イーナの店でイーナの帰りを待ってから冒険者ギルド裏にある倉庫に向かって、討伐した魔物の解体を依頼しているところだった。

「これ、どうやって手に入れたんだ? 馬車でも片道二時間はかかる所に生息する魔物だろ? なんでこんな状態で運ぶことができたんだ? 一体どうやってーー」

「はいっ、そこまで! これ以上は企業秘密なので言えませんっ!」

 そして、解体をしてくれる職員は、新鮮な魔物肉を見て驚いているようだった。入手方法を知ろうと食いついてきたが、イーナが俺達の前に入ってその男をいなしていた。

「そりゃないぜ、イーナ。こんな肉が手に入るなら、それで一発商売ができるじゃないかよ」

「それを今やろうとしてるの。ていうか、あと数日で商売として確立できるんだから、邪魔されたら困るの」

 どうやら、イーナの言ったとおりになったようだ。新鮮な魔物肉の価値は高い。それも、その価値がまだ定まっていないほど。

 それをすぐに商売と結びつけるのだから、さすがブルクの街だなと感心してしまう。

 まさか、ただ魔物肉を解体してもらうだけで、こんなにグイグイと来られるとは思わなかったな。

 イーナがいなかったらもっと面倒なことになっていたのだろうなと思う。それに、こんな肉を大量に持ってこないでよかったなと心から思った。

「……分かったよ。それなら手を出さないって。兄ちゃん、解体するのはこのファング一体だけでいいのか?」

「あ、もう一体大きめの奴がいるんですけど、ここに出していいですかね」

「おう、どこでもいいぞ」

 俺は確認を取ってから、アイテムボックスから倒したばかりのハイヒッポアリゲーターを取り出した。

 当然、倉庫に敷いてあるシートの上には乗りきらず、結構はみ出る形になってしまう。

尾っぽの部分を持ってアイテムボックスの外に出して、その部分をリリに引っ張ってもらいながら全身を取り出して倉庫の床に置いた。

 俺の身長の四倍ほどある魔物。それも、川にいた魔物だからあまり見たことがないのかもしれない。

 イーナと職員は驚きのあまりしばく声を失っていた。

「こ、これは、兄ちゃんが狩ったのか?」

「俺達がって感じですかね」

 俺がちらりと隣にいたリリに視線を向けると、リリは少しだけ嬉しそうに口元を緩めた。

俺だけだったら、あのままハイヒッポアリゲーターを川に逃がしてしまったかもしれない。

 リリの結界と援護の魔法があったからだろう。
 そう思うと、やはりリリのサポートあっての結果だと思う。

「……本当にでかいわね」

 アイテムボックスから出されたハイヒッポアリゲーターを見て、イーナも驚きの声を漏らしていた。

「……なぁ、兄ちゃん。俺と組まないか? 買い取り価格はイーナの所の1.5倍は出すからーー」

「アイクくんは私の所の専属だから! この街で専属に唾をかけたらどうなるか、分かってるでしょ?」

「わ、分かったよ。冗談だから許してくれ! 少しでいいから、この肉を食べてみたいと思っただけなんだって!」

「なに、食べたいの?」

 イーナはその言葉を聞いて、職員にバレないくらいに微かに口元を緩めた。

 イーナは魚が針に食いつくのを待つように、その言葉を言わせるように誘導していた。まさかとは思うが、本当にこんな展開になるとは思わなかった。

「どうする、アイクくん?」

 イーナは俺に分かりきっている言葉を投げてきた。少し演技がかっている声の気もするが、そこは気にしない素振りをすることにしよう。

「簡易的なコンロとかを貸してもらえるのなら、少しなら分けるのはいいけど。リリ、料理は任せてもいい?」

「任せてください、私助手ですから」

 いつものように胸を張ってそんなことを言うリリは、とても自然な表情をしていた。多分、演技とかではなくて俺の助手であることを本気で誇っているのだろう。

 こうして俺たちは大根芝居をうって、解体してくれたファングの肉のうち数百グラムを焼いてその職員と、その同僚に振舞った。

 そして、その日の夕方には幻の魔物肉があるという噂が、ブルクの街に一気に広がったのだった。
「まさか、あんなに上手くいくとは思わなかったな」

「ほら、だから言ったでしょ? 噂は作れるのよ」

 俺たちは宿屋にて、今後の方針について話し合っていた。

 やはり、その中で触れなく得てはならないのは今日のイーナのファインプレイについてだった。

 冒険者ギルド裏の倉庫に行く前に、イーナからこんなことを言われていたのだ。


「倉庫で解体の依頼してもらうときに職員さんが食べてみたいって言うから、そしたら数百グラムだけ分けてあげてもいいって言ってね」

 イーナは当たり前のことを言うかのようにそんなことを言っていた。来る質問の内容を前もって知っているような言葉遣いに、俺は首を傾げてしまっていた。

「別にそのくらいなら良いけど、なんでそんな質問が来るって分かるんだ?」

「ううん。分かるんじゃないの。そう言わせるの」

「言わせる?」

 余計に訳が分からない。そんな俺の考えていることが表情に出ているのか、イーナは俺の顔を見て小さく笑みを浮かべていた。

「うん。私が誘導するから安心して。あっ、こっちから提案したりはしないでね。相手が言わなそうでも、言ったりしたらダメ」

「え? な、なんで?」

 もしも職員が言ってこなかったら、こっちから言えばいいかと安直に考えていたのだが、その考えはあっさりと否定されてしまった。

「自発的に動いてもらうことが重要なの。自分で選んでその経験をしたっていう体験をしてもらえれば、まるで自分の手柄みたいに自慢するものなのよ、人間って」

 リリはそんなことを言いながら不敵な笑みを浮かべていた。

 何か人間の芯の部分を知っているような言葉と、妙に説得力のある口調に俺は微かにたじろんでしまった。

 普通に同い年くらいの女の子が口にする言葉ではない気がする。

「……イーナって、実は俺と一回りくらい違ったりする?」

「ちょっ、どういう意味?!」

 だから、何か誤解を与えるような結果になったのも仕方がないことだと思う。

 人の発言を誘導するなんてことができるのだろうか。そんな半信半疑で俺は冒険者ギルドの倉庫に向かった。

 その結果、本当にイーナの言ったとおりになり、すぐにその噂は広まったらしい。

 夕食を食べているときも周りの席から幻の肉の話が上がっていたようだった。

 『とあるルートでしか手に入らない幻の肉がある』そんな噂がすぐに広がった

 もう一日もすれば、街中で知らないものはいないくらいに広まることだろう。

 さすが、商業の街ブルク。金の匂いがする話題についての情報の広まり方が早い。

 イーナ曰く、伝達速度が速いということは、次に新しい別の噂が立った時は俺達の肉の噂はかき消されるらしい。

 だから、噂が広まり始めた序盤にそれがデマでないことを証明する必要があるらしく、二日後にリリが料理を振るまう日を持ってきたとか。

 どこまで考えているんだろうな、本当に。

「あとは解体が明日の夕方には終わるみたいだから、アイクくん達で料理で使う物を買っておいてくれると助かるかな。残った時間はゆっくりしてもらっていいわよ」

「了解。それじゃあ、リリ。明日は市場の方に行ってみるか」

「はいっ、分かりました」

 イーナも方も最終調整をするようで、俺達も最後の準備に取り掛かる必要があるみたいだった。

 ファングとハイヒッポアリゲーターの魔物肉をリリがどう料理するのか。そして、それがどんな結果をもたらすのか。

 これから俺にできることはかなり少ないだろう。今回は俺がリリを支えることになりそうだな。

 俺たちはそれからもうしばらく打ち合わせをして、その日は解散をすることになった。



 そして、食材を買い込んだ翌日。ついに、魔物肉の品評会が行われることになった。

 広場のような場所を貸切って行われる品評会。即席に作ったステージにしては凝っており、多くの人を集めている。

『噂の幻の肉 入手しました!』そんなのぼりを立てていれば、この街の住人はどんな予定があっても足を止める。

 そうイーナが断言していただけあって、広場には食べられる確証があるわけでもないのに、多くの人が集まっていた。おそらく、100人は余裕で超えているだろう。

 そして、そのギャラリーの一番前の方には簡易的な椅子とテーブルが並べられており、身なりのしっかりとしたゲストが腰を掛けていた。

 年配の人の割合が多いということは、それだけ重役クラスを集めたということなのだろう。

 そんな人たちが広場でやるような品評会に来てくれるということは、それだけ期待値が高まっているということだろう。

 変にハードルが高くなっていないといいけど。

「き、緊張しますね」

「まぁ、これだけ人が集まればリリでも緊張するか」

リリの横顔を眺めると、普段のリリからは想像できないくらいに顔が強張っているのが分かった。

リリにとって、こんな多くの人前に立つのは初めての経験になる。忘れそうになるが、リリは肉体を手に入れたのが最近なのだ。

 当然、こんな多くの人から注目をされることに不安を抱かないわけがない。

 今日俺ができることは何もない。料理のできない俺ができることと言えば、ただリリを応援することしかできない。

それなら、せめて応援くらいはしてあげたい。そう思っているのだが、これから大舞台に立とうとしている人になんて声をかけたらいいのか分からなかった。

 だから、俺はただ思ったことだけを言うことにした。

「リリの料理が美味いのは俺が知ってる。数日食べただけで胃袋掴まれた俺が言うんだ。間違いない」

「……え?」

 リリは隣に立つ俺にきょとんとした顔を向けてきた。思いがけない言葉を言われて、言葉を呑み込めていないような反応。

 何か悪いことでも言ったのだろうか? そんなことを思って自分の発言を考え直してみて、すぐに気がついた。

「ん? ……あっ」

 胃袋を掴まれたかと問われて、今まで誤魔化していたつもりだった。ずっと掴まれ続けていたのに、言葉を濁して。

「掴まれてたんですね、胃袋」

「……掴まれるだろ。あんな美味い物食べ続けたら」

 ポロっと出てしまった本音は一つ出たら止まることがなくなっていた。言った後に、体の奥の方が熱くなったような気がして、俺はリリから視線を逸らしてしまった。

「勇気、頂きました」

 リリの口調に硬さが取れたような気がして、俺はちらりとリリの方に視線を向けた。

 リリは張り切ったように両手の拳を胸の前で握って、何かを決心したような表情をしていた。先程までの硬さも取れていて、その顔つきはいつも俺の隣にいるリリだった。

 俺の視線を感じ取ってこちらに視線を向けたリリと目が合って、リリは頬を朱色に染めながら柔和な笑みを浮かべていた。

「いってきます」

「おう、気をつけてな」

 簡易的なキッチンスペースに向かうリリにそんな言葉をかけて、俺は鼓動を落ち着かせるために深呼吸をすることにした。

 どうやら、体の奥の方にある熱は、しばらく冷めることはなさそうだった。

「それでは、『幻の肉』の品評会を行います!」

 そんなイーナのアナウンスを始まりの言葉として、品評会がスタートした。