「初めまして、ヤマト、さん」
「あ、初めまして。よろしくお願いします、えっと、ユウリさん」
「なんだか緊張しますね」
「えっ、ええ、そうですね」
本当に、会えた。
『たいへんお待たせいたしました。あなたの、「運命の人」をご紹介します』
なんて、大仰にシステムから紹介された相手が、この目の前ではにかんでいるユウリさんだ。
登録してしばらくは、何の音沙汰もない日々が続いた。
いささか拍子抜けしたが、何でも「確実にぴったりな相手を厳選するため、ピックアップしてくれる件数はむしろ少ない」のだそうだ。
データをとるためだと、毎日いくつかシステムから質問が飛んでくるのに回答するだけ。
そんな繰り返しに少々嫌気がさし、登録したことを少々後悔し始めた頃、ついに通知のメールがやってきたのだ。
そこからは、驚くほど速かった。恐る恐るコンタクトをとってみたら、トントン拍子で話がまとまり、マッチングからたったの一週間で、直接会ってみましょうということになったのだ。
マッチングアプリ「キラキラ」の大きな特徴のひとつが、『アプリ上では相手の顔は出さない』ということだ。
プロフィール画像などは簡単に「盛れて」しまう今の時代、先入観にとらわれず、まずはメッセージのやり取りから始めて、「いいな」と思ったところで会ってみる。ちゃんと段階を踏んで関係を築いていこう、というつくりになっている。これが、海千山千の他アプリと大きく一線を画す思い切った点だ。絶対に効率は悪いはずだが、相性のいい同士だけをくっつけようとする本気度が高いことはよく感じられる。
小柄で、肩までの豊かな黒髪に包まれた顔は、大人しそうな印象を受ける。
でも瞳はくりっと丸く、少し遠慮がちに、でもまっすぐに、こちらを見上げてくる。
どこか小動物っぽさを感じる、かわいらしい人だった。
胸がどくんと高鳴る。
こんな人とは、今までの人生でほとんど接点がなかった。
出会えて嬉しいと同時に、不安と緊張の度合いもぐんぐん上がってくる。
こんな華奢そうな女の子が、自分の『運命の相手』だなんて、本当だろうか?
にわかには信じられない。
そもそも、この目の前の相手が本物である、という確証だってないのだから。
「どうしました?」
「あっ、いや……その、人違いじゃないですよね」
「ええ、間違いないですよ。目印にって決めた、黄色いポーチだって、ほら」
「あ、その……えっと、まさか、こんなにかわいらしい方だとは、思ってなくて」
慌てて返した言葉は、本音がダダ漏れだった。
「え、えっと、その」
「ふふっ、褒めていただき、光栄です」
ユウリさんは微笑んで、それからこう言った。
「私は、ヤマトさんだって、すぐにわかりましたよ。ああ、この人が『キラキラ』が選んでくれた『運命の人』に違いない、って」
「えっ……」
そんなふうに思ってくれていたのか。
「あ、ありがとうございます。光栄です」
「ふふっ、じゃあ、行きましょうか」
素敵な人だな。
そして、所見の印象よりも、グイグイくるタイプみたいだ。
こういう経験が初めてだという以上に自分が小心者なせいもあるのだろうけど、そういうところを気にしないで振舞ってくれるほうが、自分にとってはありがたい。
確かに、相性がいいのかもしれない。少し、そう思えるようになってきた。
でも、何しろ、何の保証もない初対面の相手だ。
いくらアプリが優秀だと評判でも、本当に人間どうしのことを百パーセント分析できているはずもない。
状況も状況だし、人一倍疑り深い性格の僕は、どうしてもあれこれと想像を巡らせてしまう。
たとえば、ユウリさんはずいぶんゆったりとした服装をしていて、似合ってはいるけど、少々今の時期には厚着気味に見える。
たとえば、何か隠したいから、そういう恰好を選んでいるのかもしれない。
たとえば、長袖の下、手首に傷があったりとか――
そういえばさっきの会話で。
(ええ、間違いないですよ。目印にって決めた、黄色いポーチだって、ほら)
ユーリさんが、待ち合わせの目印にした黄色いポーチを突き出して見せたとき。
少しだけ開いたその中に、キラッと光るものがあった。
一瞬だったから見間違いかもしれないが、あれは、あの光り方は、
……刃物だったんじゃ?
「……ヤマトさん、道はこちらで合ってますか?」
「あ、ええ、大丈夫です。それで、次の信号を右ですね」
「ふふっ、どんなお店なのかな。今日、とっても楽しみにしてきたんですよ」
いやいや。
少々、想像が過ぎる。
気を付けようという心構えは持っておいたほうがいい。
でも、確かめられないことをあれこれ考えても、仕方ない。
予断は目を曇らせる。
この後は人目のあるところで食事をするのだし、まずはちゃんと、自分自身で相手を確認していくことだ。
会話をしていれば、きっと、どういう人かわかってくるはずだ。
僕は、あれこれと考えたがる思考をいったんリセットして、予約していたレストランへの道案内に集中した。
今日のエスコートプランも、『キラキラ』のAIガイドがいくつか示してくれたものだ。
こういう流れに慣れていない人間にはとてもありがたい。
このイタリアンの店も勧められたレストランのひとつで、堅苦しすぎず、かといって砕けすぎもせず、ちょうどいい雰囲気だ。適度に賑やかで、誰もこちらを気にしないし、一対一を意識しすぎて緊張が張り詰めることもない。
「こう見えて私、仕事大好き人間なんですよ」
「そうなんですね」
「だいたい月に一度イベントがあって、それに向けて何をどう準備しようとか考えるのが好きなんです」
「なるほど。その気持ちはわかりますが、僕はどうしても仕事と聞くと気が重いですね」
「ふふっ、普通はそうですよね。私の場合は、メイクやファッションも仕事のうちなので、そういう点も大きいかも」
「それはあるかもですね。自分もやっぱりプロとして、体調管理はしっかりしようとは心がけてます」
ユウリさんはなかなかお喋りで、表情もコロコロ変わるし、一緒にいて飽きない。すっかり主導権を握られている感じではあるが、こちらが話すときは自然に聞いてくれるし、少なくとも自分にとってはストレスがない。これはなかなか珍しいことだ。それだけ、ユウリさんのコミュ力が高いということなのだろうけれど。
やっぱり世の中は広い。こんな人もいるんだな。
「あの……変なこと聞いてもいいですか?」
ひとしきり会話が盛り上がった後、少し違ったトーンで、ユウリさんが切り出してきた。
「ヤマトさんは、『キラキラ』は初めてだって言ってましたよね」
「ええ」
「その前に、『これは運命の人だ』って思う経験は、ありましたか?」
なかなか核心を突く質問が飛んできた。
ユウリさんに乗せられて、ずいぶんすらすらと話せていたが、ぐっと言葉に詰まる。
「あ、言いたくないのであれば、無理には」
「いえ……」
はぐらかすこともできなくはない。でも、ここは正直に、真実を言ったほうがいいだろう。
「あることはあります。でも……叶いませんでした」
「……そう、なんですね」
過去に好きになった人がいないわけではない。
勇気を出して、思いを伝えたことだってある。
でも、自分の難儀な性分のせいもあって、いつもダメにしてしまってきた。
そのたびに、もう自分には色恋沙汰は向いていないと思い込もうとしてきた。
でも、やっぱり、諦めきれない。
この世のどこかには、自分を受け止めてくれる人がいるのかもしれない。
だからこのアプリにすがって、相性の人が見つかればと思ったんだ。
それでも、やっぱり、不安になる。なってしまう。
「……私は、何度か『キラキラ』でマッチングして」
ユウリさんが呟くように口を開いた。
「でも、こんなに相性が良さそうと思えたのは、ヤマトさんが初めてだったんです」
「え?」
「プロフィールを確認させてもらって、少しメッセージを交換して。それだけでもう、理想の相手なんだなって思えてきて」
そんなふうに思ってくれていたのか。
「だから、どうしても逢いたいって、早々と都合をつけてもらって……あの、ご迷惑じゃなかったですか?」
「いえ、そんなことないです。こちらこそ、そう言ってもらえると嬉しいです」
嘘偽りのない本音だ。
「あの、私、もうお気づきかもしれませんが、……少々、重い女で……今まで、何度かそれで敬遠されちゃったりして……今日だって、グイグイ行きすぎですよね。その……引きませんでした?」
「あ、それははい、全然……むしろ、自分なんかにはありがたくて」
「本当ですか?」
ユウリさんは、少し強張っていた表情を、ぱあっと輝かせた。
「じゃあ……私たち、やっぱり、本当に『運命の人』なんですね!」
心からの言葉だった。少なくとも、そう見えた。
確かに重い、グイグイ来すぎだと感じる人もいるのだろう、とは思う。でも、自分にとっては全く負担じゃない。
これが、相性というものなのか?
やはり僕とユウリさんは、『運命の人』と言っていいんじゃないか?
だけど。
――こんなにうまくいくものなのか?
『キラキラ』の力は、それほどまでに凄いのか?
何か、見落としていることはないか?
この期に及んでも、どうしても僕は、マイナスの要因を考えてしまう。
「あの……」
ユウリさんは、ごくりと唾を飲み込んでから、切り出してきた。
「二人きりになれる場所に……行きませんか?」
あれこれ考えて立ち止まってばかりの僕の疑心暗鬼を吹き飛ばす一撃だった。
そういう意味で、やっぱり、相性はぴったりだと言えるのかもしれない。
……もしかしたら、正常な判断ができなくなっているのかもしれない。
でも、それでも、いい。
今夜このチャンスを、逃したくない。
初回エスコートプランには(当然ながら)示されていなかったが、『キラキラ』は即座に素敵なホテルの一室を提供してくれた。間違いなく有能なアプリだ。
部屋に足を踏み入れた瞬間から、僕の緊張は最高潮に高まっていた。
二人きり、個室、同意の上。
もう、いつ、ことが起きてもおかしくない。
いや、起きるじゃなく、起こすものなのか?
だめだ、混乱してしまう。とにかく、いったん、落ち着かないと。
……落ち着くって、どうすればいいんだっけ?
「ふふっ、いざってなると、緊張……しちゃいますね」
笑っているだけ僕よりも余裕がありそうなユウリさんは、僕が部屋のドアを閉めているうちに、先にベッドにポーチを置いてから、一枚、上着を脱ぐ。
あ。
手首に、傷。
いや、今さらだ、そんなことは――
「こっちに、……来ないんですか?」
ベッドの上から、ユーリさんが声をかける。
そう、入り口に立っていても仕方がない、それは頭ではわかっている。
「ふふっ、来ないのでしたら」
どこかさっきまでとは違う妖艶さのある笑みで、ユウリさんが話す。
「……こちらから、行っちゃいますよ?」
ポーチに手が滑り込む。
引き出されたのは、キラリと鋭く光る、ナイフ。
ではなくて。
黒光りする、鉄の塊――
銃口が。
まっすぐ、こちらに。
「あ――」
やっぱり。
ずっと、どこかで疑ってはいたけれど。
確かに、あなたは、僕の『運命の人』だった。
「……気付いていたの?」
ベッドに横たわったユウリさんが、呟く。
「僕は、疑り深いんです」
その横、ユウリさんに背を向けて腰かけた僕は、答える。
「あなたがポーチの中身をちらっとでも見せたのは、なんでだろうって、ずっと考えていました。わざわざ凶器がここにあると示したのかもしれない、それはどうしてだろうって。でも、あると見せておいたナイフの下に拳銃を隠しているとは、取り出されるまで、気が付きませんでした」
「……じゃあ、仕込みは成功してたってことね。誤算は、あなたの、身体能力」
「いやあ、ギリギリでしたよ。さすがに、銃弾を百パーセント狙って避けられはしませんから」
素晴らしいマッチングだった。
確かに、これ以上ない相手だった。
殺し屋向けマッチングアプリ『Killer Killer』の評価は、正しかった。
こんな素敵な相手と巡り合わせてくれ、殺し合わせてくれるなんて。
対等の相手でないと、愛せない。
命のやり取りをし合える人でないと、気持ちが燃え上がらない。
そんな僕にとって、そしておそらく同類であろうユウリさんにとって。
『Killer Killer』はまさに、救いの手のような存在だ。
「わざわざ服を脱いで見せたのも、巧妙でしたね。上着の下にも武器が隠してあると、当然思い込んでいたので」
「そう……あえて隠し武器はないと示して、ポーチから取り出す、それはナイフ、と……誤認を集中させるようにってね」
「事前準備が楽しいってお話どおりだなって。……でも、念入りすぎて、おかしいな、誘導されているかもしれないなって、頭の片隅に残っていたんです。本当に、それだけの差でした」
「そう……嬉しいな。やっぱり、あなたは私の『運命の人』だった……」
ユウリさんの言葉は、そこで途絶えた。
キラキラと輝くような、素晴らしい出逢いだった。
初対面どうし、引き合わされて話をして、それでこんなに素敵な、紙一重の殺し合いのひとときを持てるなんて。
幸せな時間が一日だけで終わってしまったのが、とても悲しい。でも、自分の性癖ゆえのことだから、仕方ない。
それに、きっとまた『Killer Killer』が、素晴らしい『運命の人』を見繕ってくれるに違いない。
また、マッチングの時を待とう。
「好みのタイプ:自分を殺してくれる人」が現れる、その日まで。
『……というわけで、勝者は「ヤマト」。期待の大型ルーキーの誕生です!』
『Killer Killer』は、殺し屋専門のマッチングアプリ。
そしてその実態は、生ぬるい刺激では飽きてしまった裏社会に燦然と現れた、『本気の殺し合い』を楽しめるショービジネスだ。
殺し屋や殺人鬼を、強さのランクや相性を分析したうえでマッチングさせ、対戦カードを組む。
銃撃戦が得意なもの、近接戦闘が得意なもの、だまし討ちが得意なもの、そして「何でもあり」――
闘いまでにそれぞれ対戦者の意向に沿ってコミュニケーションをとらせ、モチベーションが高まったところで勝負開始。邪魔な横やりの入らない「試合会場」まで提供するシステムになっている。
もちろん、勝ち負けには莫大な金が賭けられる。
人間の命が儚くキラキラときらめく一瞬の交錯する場。
『Killer Killer』は今日も会員数を伸ばし続けている。
(完)