「泰孝、ちゃんと生きてた?」
黒い半そでシャツにジーンズ姿の少女は、ノックもなく部屋に入ってくると旧知の仲のように声をかけてきた。ショートカットの前髪をピンでとめておでこを出した顔には、息ができなくなるくらいに吸い込まれそうな黒い大きな瞳があった。
――この子の瞳、どこかで見たような気がする
一瞬、胸の奥にある影と重なった少女が、記憶の底を激しく刺激してくる。まるで、遠い昔に遊んだ幼なじみのような懐かしさに似た感情がわきあがってきたけど、それがなにかわからないまま記憶はかすんで消えていった。
「ていうか、相変わらずボーってしてるよね。ま、とりあえず座って座って」
「いや、もう座ってるんだけど」
軽いノリで勝手にくつろぎだす少女に、とりあえずツッコミを入れてみる。少女は「そっかそっか」と繰り返しながら、黒いバックからペットボトルのお茶を取り出してドンと机に置いた。
「それより、君は誰? もしかして君が牧山すみれ?」
懐かしい感じはするものの、たとえ少女が昨日会った牧山すみれだったとしても、今の僕には初対面という認識しかない。そのため、少女に誰かと尋ねたところで少女は派手に肩を落とした。
「あのね、会って秒で人を傷つけるのはやめてくれる? もうちょっと気づかいがあってもいいんだけど」
「じゃあ、君は牧山すみれだったよね? とか?」
「うんうん、て、なんかそれもムカつくんだけど。ま、仕方ないか。泰孝の言うとおり、私は牧山すみれ。今度忘れたらぶっとばすからね」
「だったら、ヘッドギアつけておこうかな。忘れることには自信があるからね」
「なにそれ。やっぱ今ぶっとばす!」
目をつり上げて右拳を上げたすみれが、きつく僕を睨んできた。会って間もないのに、この忙しさにはもう笑うしかなかった。
「それより、カンテラ祭のこと考えてみた?」
「カンテラ祭?」
「まさか、忘れてないよね?」
ようやく怒りが収まったのもつかの間、再びすみれが目力をあふれさせて睨んでくる。さり気なく笑ってごまかしながら手帳を開くと、確かにカンテラ祭というワードがあった。
「会いたい人に会える?」
カンテラ祭に紐づいた情報はそれだけだった。ただ、そのワードから昨夜なにかを調べていたような記憶がうっすらと浮かびあがり、やがて、僕の悩みを解決する手段としてすみれが持ち込んできたのが、このカンテラ祭ということを思い出した。
「そういうこと。わたしも調べてみたんだけど、ただの都市伝説というにはやっぱりもったいないんだよね」
こめかみに人さし指をあてながら、すみれが机に置いたスマホの画面を向けてきた。
「色んな人が興味ある内容投稿しているし、インフルエンサーの中にもガチで体験したっていう人もいるし、これって試す価値があると思うよ」
器用にスマホを操作しながら、すみれが画面に映る画像や動画を紹介していく。僕は使った記憶はないけど、ネットの世界には画像やショート動画を世界で共有するアプリがあるらしい。
「すごい洞窟だね」
カンテラ祭に参加した人が投稿した画像の大半が、洞窟と思われるものばかりだ。それもそのはず、祭と言われているけど、実際カンテラ祭は一般的な祭のイメージとはかけ離れている。カンテラ祭は、その名の通りカンテラを手に洞窟を探検するのがメインの内容になっていた。
「やば、これってめっちゃ雰囲気あるよ」
文字を書くように画面をスワイプさせていたすみれが、一気に声を弾ませながら画面を向けてきた。そこには淡い光の粒が被写体の周りを漂い、ただの薄暗い洞窟を幻想的な世界に変えていた。
「で、これがインフルエンサーのやつね」
僕が吟味するのを待たずに、すみれは次から次へと画像を見せてくる。その度に「やば」とか「キモ」とか声を上げるから、僕にとっては画像を見るよりすみれを見ていたほうが楽しかった。
「なに?」
僕の視線に気づいたのか、すみれがじろりと横目を向けてくる。その仕草がかわいくて、つい「かわいいなって思っただけ」と呟くと、瞬間的に顔を赤くしたすみれが固まってスマホを落とした。
「な、なに、急に」
「いや、別に意味はないんだ。ただ、そう思ったから口にしただけ」
急にぎこちなく前髪をいじりだしたすみれがおかしくて、だめ押しをしてやる。すみれは、「からかうな!」と声をはりあげながらも、どこか嬉しそうにしているようにも見えた。
「ていうか、大切な人に会いたいんでしょ? こんなことしてる場合じゃないんだから」
さらにいじりたくなる僕を牽制するように、すみれが話題をむりやり戻していく。大切な人という言葉に我に返った僕は、名残り惜しさを追いやって気持ちを切り替えた。
「でも、本当に会えるのかな?」
気を取り直し、昨夜スマホでアクセスしていたカンテラ祭のホームページに再度アクセスしてみる。カンテラ祭の目玉は、会いたい人に会えるというもので、しかもその対象が亡くなった人に限定されていた。
「会えるんじゃないの? だって、会えたって言ってる人もたくさんいるし」
「でも、それってネットの情報だよね?」
「そうだけど、でも、こうしてたくさんの人が画像や動画をあげてるんだから、情報商材のcmより信用あるでしょ?」
すみれが力説しながら、インフルエンサーとやらの画像を向けてくる。たとえはともかくとして、確かにいくつもの神秘的な画像を見ると不思議なことが起きそうな期待感は否定できなかった。
「会いたいんでしょ?」
「そうだね。でも、なぜ僕の中には二人いるのかわからないから、ちょっと怖い気もする」
「どうして?」
「だって、もし僕に大切な人がいて、にもかかわらず他にもいるとしたら、僕はその人を裏切っていたことになるよね。サイトで炎上したぐらいだから、僕のやっていたことも、これからやろうとしていることも、やっぱり間違いかもって気がしてね」
「そんなの気にすることないよ。泰孝の中に大切な人が二人いたとしても、それは泰孝にとって大事なことだから他人のコメントなんて気にするだけムダだよ。それに、事故で記憶を失っても心に残っているぐらいだから、どっちが事故で亡くなった人だとしても、泰孝にとっては大切な人には変わりないと思うけど」
つい弱気になった僕に、すみれは力強く説教してきた。その目は本気で僕を想っているように見え、なんだかくすぐったい感じがしながらもどこか落ち着く感じがした。
「カンテラ祭で会えるのは亡くなった人だけだから、泰孝が会えるのは事故で亡くなった人だけだと思う。だから、泰孝にとって本当に大切な人だったのかどうかは、その時にはっきりするんじゃないの?」
「そうだね、そうすることにするよ。バカげた話なのに心配してくれてありがとう」
すみれの説教が妙に心に染みて、僕は素直にすみれの言うことを受け入れることにした。すみれはというと、僕の礼に再び顔をうっすらと赤くして前髪をぎこちなくいじるだけだった。
黒い半そでシャツにジーンズ姿の少女は、ノックもなく部屋に入ってくると旧知の仲のように声をかけてきた。ショートカットの前髪をピンでとめておでこを出した顔には、息ができなくなるくらいに吸い込まれそうな黒い大きな瞳があった。
――この子の瞳、どこかで見たような気がする
一瞬、胸の奥にある影と重なった少女が、記憶の底を激しく刺激してくる。まるで、遠い昔に遊んだ幼なじみのような懐かしさに似た感情がわきあがってきたけど、それがなにかわからないまま記憶はかすんで消えていった。
「ていうか、相変わらずボーってしてるよね。ま、とりあえず座って座って」
「いや、もう座ってるんだけど」
軽いノリで勝手にくつろぎだす少女に、とりあえずツッコミを入れてみる。少女は「そっかそっか」と繰り返しながら、黒いバックからペットボトルのお茶を取り出してドンと机に置いた。
「それより、君は誰? もしかして君が牧山すみれ?」
懐かしい感じはするものの、たとえ少女が昨日会った牧山すみれだったとしても、今の僕には初対面という認識しかない。そのため、少女に誰かと尋ねたところで少女は派手に肩を落とした。
「あのね、会って秒で人を傷つけるのはやめてくれる? もうちょっと気づかいがあってもいいんだけど」
「じゃあ、君は牧山すみれだったよね? とか?」
「うんうん、て、なんかそれもムカつくんだけど。ま、仕方ないか。泰孝の言うとおり、私は牧山すみれ。今度忘れたらぶっとばすからね」
「だったら、ヘッドギアつけておこうかな。忘れることには自信があるからね」
「なにそれ。やっぱ今ぶっとばす!」
目をつり上げて右拳を上げたすみれが、きつく僕を睨んできた。会って間もないのに、この忙しさにはもう笑うしかなかった。
「それより、カンテラ祭のこと考えてみた?」
「カンテラ祭?」
「まさか、忘れてないよね?」
ようやく怒りが収まったのもつかの間、再びすみれが目力をあふれさせて睨んでくる。さり気なく笑ってごまかしながら手帳を開くと、確かにカンテラ祭というワードがあった。
「会いたい人に会える?」
カンテラ祭に紐づいた情報はそれだけだった。ただ、そのワードから昨夜なにかを調べていたような記憶がうっすらと浮かびあがり、やがて、僕の悩みを解決する手段としてすみれが持ち込んできたのが、このカンテラ祭ということを思い出した。
「そういうこと。わたしも調べてみたんだけど、ただの都市伝説というにはやっぱりもったいないんだよね」
こめかみに人さし指をあてながら、すみれが机に置いたスマホの画面を向けてきた。
「色んな人が興味ある内容投稿しているし、インフルエンサーの中にもガチで体験したっていう人もいるし、これって試す価値があると思うよ」
器用にスマホを操作しながら、すみれが画面に映る画像や動画を紹介していく。僕は使った記憶はないけど、ネットの世界には画像やショート動画を世界で共有するアプリがあるらしい。
「すごい洞窟だね」
カンテラ祭に参加した人が投稿した画像の大半が、洞窟と思われるものばかりだ。それもそのはず、祭と言われているけど、実際カンテラ祭は一般的な祭のイメージとはかけ離れている。カンテラ祭は、その名の通りカンテラを手に洞窟を探検するのがメインの内容になっていた。
「やば、これってめっちゃ雰囲気あるよ」
文字を書くように画面をスワイプさせていたすみれが、一気に声を弾ませながら画面を向けてきた。そこには淡い光の粒が被写体の周りを漂い、ただの薄暗い洞窟を幻想的な世界に変えていた。
「で、これがインフルエンサーのやつね」
僕が吟味するのを待たずに、すみれは次から次へと画像を見せてくる。その度に「やば」とか「キモ」とか声を上げるから、僕にとっては画像を見るよりすみれを見ていたほうが楽しかった。
「なに?」
僕の視線に気づいたのか、すみれがじろりと横目を向けてくる。その仕草がかわいくて、つい「かわいいなって思っただけ」と呟くと、瞬間的に顔を赤くしたすみれが固まってスマホを落とした。
「な、なに、急に」
「いや、別に意味はないんだ。ただ、そう思ったから口にしただけ」
急にぎこちなく前髪をいじりだしたすみれがおかしくて、だめ押しをしてやる。すみれは、「からかうな!」と声をはりあげながらも、どこか嬉しそうにしているようにも見えた。
「ていうか、大切な人に会いたいんでしょ? こんなことしてる場合じゃないんだから」
さらにいじりたくなる僕を牽制するように、すみれが話題をむりやり戻していく。大切な人という言葉に我に返った僕は、名残り惜しさを追いやって気持ちを切り替えた。
「でも、本当に会えるのかな?」
気を取り直し、昨夜スマホでアクセスしていたカンテラ祭のホームページに再度アクセスしてみる。カンテラ祭の目玉は、会いたい人に会えるというもので、しかもその対象が亡くなった人に限定されていた。
「会えるんじゃないの? だって、会えたって言ってる人もたくさんいるし」
「でも、それってネットの情報だよね?」
「そうだけど、でも、こうしてたくさんの人が画像や動画をあげてるんだから、情報商材のcmより信用あるでしょ?」
すみれが力説しながら、インフルエンサーとやらの画像を向けてくる。たとえはともかくとして、確かにいくつもの神秘的な画像を見ると不思議なことが起きそうな期待感は否定できなかった。
「会いたいんでしょ?」
「そうだね。でも、なぜ僕の中には二人いるのかわからないから、ちょっと怖い気もする」
「どうして?」
「だって、もし僕に大切な人がいて、にもかかわらず他にもいるとしたら、僕はその人を裏切っていたことになるよね。サイトで炎上したぐらいだから、僕のやっていたことも、これからやろうとしていることも、やっぱり間違いかもって気がしてね」
「そんなの気にすることないよ。泰孝の中に大切な人が二人いたとしても、それは泰孝にとって大事なことだから他人のコメントなんて気にするだけムダだよ。それに、事故で記憶を失っても心に残っているぐらいだから、どっちが事故で亡くなった人だとしても、泰孝にとっては大切な人には変わりないと思うけど」
つい弱気になった僕に、すみれは力強く説教してきた。その目は本気で僕を想っているように見え、なんだかくすぐったい感じがしながらもどこか落ち着く感じがした。
「カンテラ祭で会えるのは亡くなった人だけだから、泰孝が会えるのは事故で亡くなった人だけだと思う。だから、泰孝にとって本当に大切な人だったのかどうかは、その時にはっきりするんじゃないの?」
「そうだね、そうすることにするよ。バカげた話なのに心配してくれてありがとう」
すみれの説教が妙に心に染みて、僕は素直にすみれの言うことを受け入れることにした。すみれはというと、僕の礼に再び顔をうっすらと赤くして前髪をぎこちなくいじるだけだった。