「…………はぁ。あのさ? 頭を上げてくれねーか?」
俺の周りに爺さん達が集まり、全員がいきなり頭を下げた。
何だってんだ?
「では私どもの事を許していただけると?」
「許すも何も……爺さん達のことを、何とも思ってねーし」
俺はため息を吐きながら髪をかき上げると、その手をヒラヒラと爺さん達に向けてふった。
「じゃあな? 俺はこの後冒険者ギルドに行って身分証の発行をしてもらうからさ」
「ちょっと待ってください! この国の宮廷魔法師になって下さい。あなた程の魔法を使える者はこの国にいません。優遇しますので是非」
その場を去ろうとしたら、俺のことをクソカスに言っていた白髭の爺さんが、とんでもないことを言い出した。
あれほど俺の事を魔力なしって言ってたくせに。
「…………それは俺の実力を認めたってことか?」
「はい! もちろんです。乱道様の素晴らしい魔力を、私どもの魔道具では測りきれなかったと言うのが、重々に分かりましたし」
「そっか。なら良いよ」
「では!? 宮廷魔法師に……「ならねーよ。それはごめんだな」
爺さんの話を、途中で遮って断ってやった。
まさか断られるとは思ってなかったんだろう。
爺さんは鳩が豆鉄砲くらったような顔で固まっている。
「そそっそんな。魔法師達の憧れの職業なんですよ? 宮廷魔法師は! それを断るなんて……」
「俺はそんなもんに憧れてねーから。じゃな?」
「ちょっと待って下さい。断ると言うなら、この国で身分証を作れないようにしますぞ?」
「は? 何だよ脅してるのか?」
「他国で作ろうにも、下民の紋があるのでこの国から出る事はできませんしね?」
爺さんは少しだけ口角を上げ、ものすげえ嫌な顔で笑う。
それで俺が言うことを聞くとでも思ったんだろう。
「あのさ? 下民の紋てどこにあるんだ?」
「はっ? どこってこの前……え?」
俺の首を見て目を丸くする爺さん。
だって俺の首にはもう、下民の紋なんてねーからな。
「ななっない!? どうしてだ!? あの紋は入れた魔法士でないと解除出来ないのに!」
「本当ですじゃ! 紋が消えるなんて!?」
「そんなことが有り得るのか!?」
爺さん達はオロオロと慌て出した。
下民の紋で俺を縛ろうとしていたなんて、ひでえ事ばっか考える爺さんだ。
てかよく考えたら、身分証は他国で作って貰えば良いんだよな。
作って貰えるかは分かんねーけど。
この国よりはマシだろ。
『乱道様を侮辱するとは許すまじですね』
我路は横で大人しく話を聞いていたんだが、我慢の限界が来たようだ。
いつの間にやら刀を抜刀し、いつでも爺さん達を殺れるように構えている。
「我路。俺は怒ってないし、気にしてないから大丈夫だ」
『ですが……』
そう言うも我路は納得がいかないのか、刀を鞘に収めようとしない。
「こんな奴らに、お前の力を使う価値もねーから! なっ? もう行こうぜ」
俺は我路の肩をポンと叩くと、城下町に背を向けて歩き出した。
少し納得はいってない感じだが、俺の意見を優先してくれたのか、後をついて来た。
『乱道様、街で買い物はしないのですか?』
我路は城下町とは真逆の方向に歩き出した俺を、不思議そうに見る。
「ああ。今城下町に行くと、騒がれそうだしな? もうどうせならこのまま隣国に行こうかなっと思ってな」
『なるほど。それは良い考えですね。こんなゴミ王国からはさっさと離れた方が良いですね』
我路は綺麗な所作で刀を納刀しながら、ほほ笑んだ。
「じゃあ走っていくか!」
『お供します』
俺は足に力を込めて地面を蹴り上げ走り出した。
そのすぐ後ろを、涼しい顔でついて来る我路。
『あっ待つでちよー!』
「うゆっ!」
『キャンキャン』
その後を琥珀達がじゃれ合いながらついて来ている。
爺さん達が後ろで何やら必死に叫んでいたようだけど、遠くて何言ってんだか聞こえなかった。
どうせ俺の悪口だろうけど。
じゃあな? エセ王国。
乱道達が去った後。
紋が消えたルミエールを連れ、魔法士長達は王城に戻ってきた。
回復はしたものの、未だ体調がすぐれないルミエールを部屋まで送っていくと、何処かの一室に集合する。
「クソッ! 何じゃと言うのだワシを馬鹿にしおって!」
乱道のことを一番馬鹿にしていた白髭の老人が、ガァンっと大きな音を立て目の前にあった椅子を蹴る。
その姿を周りに立っている男達は、ただ黙って見ている。
この白髭の老人が、魔法士長の中で一番偉いのだろう。
このような不作法なことをしても誰も咎めない。
「ワシの誘いを断るなんて! 有りえない」
「確かにそうですね。ピクルス様」
この中にいる男達の中ではまだ一番若い男が相槌を打つ。
白髭の老人はピクルスという名前のようだ。
「あの男……乱道はどうやって下民紋を解呪したんじゃろう」
ピクルスは納得がいかないのだろう。眉を顰めてギリっと歯軋りを噛む。
「紋は入れた者しか解呪できないのに! あの男には未知なる力があるのかも……」
「その未知なる力でルミエール様の紋を消したんじゃ……?」
「あの魔力量も恐ろしかった。我らはもの凄い間違いを犯してしまったのでは……」
「あの力を我がエスメラルダ帝国のために使ってくれたら……」
男達が口々に乱道を逃した事を悔しがり、あーすれば良かった。こーすれば良かった。などと今更言ってもどうしようもない事を言い出す始末。
そんな姿を見て、逃したサカナの大きさに、苛立ちを隠せないピクルス。
「あーもうっ! お前ら五月蝿い! 仕方ないじゃろう! まさか魔力測定器で測れんような、化け物並みの魔力量だと誰が思うんじゃ!」
ピクルスは、机にあったグラスを掴んで投げた。
「ひっ!」
それが一人の男に当たりそうになるも、ピクルスは気にもせず、次の言葉を続ける。
「魔道士達に、魔力測定器の機能の向上を研究させろ! 寝るまも惜しむな!」
「「はっ!」」
男二人が走って部屋を出て行った。魔道士達の所へと行ったのだろう。
「……はぁ」
ピクルスはため息を吐きながら、大きなソファに座り込む。
(それにしても……まさか偽物があれ程の力を持っていたなんて。それに側にいた謎の男はいつ仲間になったんだ? コチラの世界に呼び寄せてから、そんな時間あったか? あの獣人かよく分からん生物も……あれはなんだ?…………まさかあれが召喚獣? イヤそんな馬鹿な事があるか。話す召喚獣やまして人型など聞いた事がない)
一人考え込むピクルスに、一人の部下が話しかける。
「ピクルス様……大丈夫でしょうか?」
部下の男をチラリと見ると……
「……人型の召喚獣がいると思うか?」っと、ピクルスは少し自信なく質問した。
「人型? それはあり得ないかと。召喚獣は人語ですら話せませんのに。過去の文献全てを読みましたが、そのような事は記述されていませんでしたね」
「そうか……だよな」
(どうやって知り合ったかは分からんが、普通の人か……。謎の生命体もきっと獣人なのだろう。後は消えた紋……部下達が言っていたように大召喚士ルミエール様の紋は乱道が消したんじゃ……あの謎の魔道具に秘密があるんでは!?……う~ん。どれだけ考えても分からん! だがあの男が欲しい!)
ピクルスがうんうんと頭を抱えていた時
「たたたっ大変です!」
一人の男がノックもせず、息を切らせ部屋に入って来た。
「ノックもせんとどうしたと言うんじゃ!?」
ピクルスが少し煩わしそうに返事を返す。
「そそっそれが! ルミエール様に新たな聖印が浮かび上がって来たのです」
入って来た男はルミエールを看病していた者だった。
「何じゃと!? 聖印が現れた!?」
(何という事じゃ! 神はまだ味方してくれておる! もしレベルの高い召喚獣なら、あの乱道を連れ戻せる)
「よし! 今すぐ大召喚士様の所に向かうぞ」
ピクルスは高笑いをし部屋を後にした。
さてと……ここまで遠くに来たらもう大丈夫か?
俺は走って来た背後を振り返る。
「うん。後をついて来てる奴らもいねーな」
『そうでちね。ワレのサーチで確認しても大丈夫でち』
琥珀が光らせなくても良いのに、眼をピッカーと光らせサーチ魔法で確認してくれた。
「そうか。ありがとうな琥珀」
『ふふふ。まぁワレからしたら余裕でちがね?』
背中をこれでもかと思いっきり逸らし、琥珀が少しドヤる。
……まぁいつものことだが。
「うゆ!」
『キャンキャ!』
『わっちょっ!』
稲荷と銀狼が琥珀に飛びつく。
『こんな時は逃げるでち!』
それを琥珀が交わし逃げると、三匹の追いかけっこが始まった。
「わりぇ! まちぇ!ちぇ!」
『キャッフ』
『ふふふっ。ワレに追いつくことは不可能でち!』
……楽しそうで何より。
とりあえず、ここで一旦休憩するか。
次の行き先も決めないとだし。ええと、こんな時は地図の出番だな。
地図をピラリと広げると、我路が横から覗き込んで来た。
『次の目的地ですか?』
「そうなんだ。闇雲に歩いても意味ないからな。地図を拝借してて良かったぜ」
『で? 乱道様は何処の国へ行こうとお考えで?』
どこの国か……そうなんだよな。少し悩む所だ。
地図を見る限りではエスメラルダ帝国から近い国は二つ。
獣人支配している国【ヴィルヘルミナ帝国】それともう一つは【魔導国家エヴィル】距離的には……どっちもそんな変わらないか。
う~む……ちょっと迷うぞ。
ヴィルヘルミナ帝国は獣人が王様ってくらいだから、色んな種族の獣人がいるんだろうな。魔導国家ってのも気になるし……困った。
『何を悩まれているのですか?』
「ん~? ヴィルヘルミナ帝国と魔導国家エヴィルのどっちに行こうか決めかねててさ?」
『なるほど……ふむ』
我路は顎に手を当てて、少しの間考え込んでいる。
何か俺に提案してくれようと悩んでいるのか?
『ええと私が思うに、ヴィルヘルミナ帝国に行けば稲荷様の種族である【幻獣族】について何か分かるかも知れないと思いまして。獣人が支配している国ですので、人族の国にはない文献などもあるかも知れないかなと』
「稲荷の……?」
……なるほどな、我路の言っている事も一理あるな。人族にはない文献がありそうだよな。
魔導国家も気になるが、稲荷の謎の方がもっと知りたい。
それにだ。どうやったら九尾の狐になるのかも、未だ分かんねーし。
今の所は幼子のままだが……急にあの姿に変化されても困る。
「よし! 我路の言うようにヴィルヘルミナ帝国に行くか!」
『ふふふ。賛同頂き至福の極みでございます』
我路は胸に手を当て軽く会釈した。
「おっおう」
……って事で、ヴィルヘルミナ帝国に行くには……っと。
大きな森を二つ抜けて、かなり遠回りになるが街道もちゃんとあるみたいだな。
その後、山越えしたら……国境の街リモットに到着と。そこを抜けたらヴィルヘルミナ帝国か。
って事は、国境の街を通らないと、ヴィルヘルミナ帝国に行けないって事だよな?
……これって大丈夫か? 無事に国境の街を通過出来るんだろうか。
……なんか不安になってきた。
色々と先の事を考えると少し不安になるのだが、まぁ考えても仕方ない。
今は前に向かって進むのみ。
俺は地図を片手にヴィルヘルミナ帝国に向かって歩き出した。
『はははっ! この琥珀様を捕まえる事は誰もできないでちー!」
「わりぇ! わりぇ!」
『キャウ! キャウ!』
琥珀がマントを首に巻き、稲荷達から逃げ回っている。
怪盗琥珀ごっこと言う遊びらしい。
何だその遊びは。
俺が琥珀達を横目に歩いていると。
『……乱道様。この先で悲鳴が聞こえます』
「なっ? 本当か我路!」
『間違い無いですね。この街道を北西の方角に、五キロ程進んだ辺りでしょうか?』
我路が北西に向かって真っ直ぐ指をさす。
『どうしますか? このまま進むと出くわす事になりますが。森に入り回避しますか? それとも助けに行きますか?』
我路が、無視するか助けるかどうする? と聞いてきた。
俺は別にお人好しでも何でもねーが……流石に聞いちまうと、無視するのは夢見が悪りい。
「……助けるよ!」
『了解です。では急ぎましょう』
我路が先導してくれる後を、俺はついて行く。
「らんちゃ!」
それにいち早く気付いた稲荷が、俺の背中に飛び乗ってきた。すばしっこい狐だ。
『む? らんどーちゃま!? 急にどうしたでち?』
『キャウウン』
その後をわちゃわちゃと戯れながら、琥珀と銀狼が付いてくる。
危機感の無い奴らだぜ……全く。
現場に到着すると……その惨状の酷さに息を呑む。
「……これは、酷いな」
我路の言っていた通り、五キロ走った先で馬車が横転しその馬車を守るように人と魔物が争っている。
…………馬車の中に人が倒れている? それを守っているのか?
中にいるのは……女か? 獣人の?
そんな中、最後まで戦っていた人が倒れた。もうマトモに立っている人は居ない。
みな虫の息だ。
魔物たちが馬車へと近付いていく。
『さぁ乱道様。私を使う練習ですよ?』
我路が日本刀の姿に変身した。
この力……加減を間違えると、後でとんでもない事になるからな。
前みたいに倒れないようにしないと。
「行くぞ!」
俺は我路を握りしめ、馬車に向かって走っていく。
近付くと魔物の姿形が良く見えてきた。
あれは緑色の魔物……確かオークと言ったか? それが五……六匹。
それに大きなツノの生えた魔物が一匹か。あいつがボスっぽいな。
「……よしっ」
俺は我路を抜刀した。
たちまち反り返った細身の刀身が冷たく光り、獲物を捕らえて離さない。
いつでも狩れると輝きを増していく。
前は我路に振り回されているだけだったが、今回は自分で動いてみる。
それが分かっているのか、我路も前回の時のように勝手に動いてはくれない。
剣先をオークに向けると、瞬時に懐に入り込み腹を一太刀で掻き切った。
「なっ……だんだこの感触は。空気を斬ったみたいだ!」
思わず声を出し驚いていると。
『ふふっ何を今更? 私の力をみくびって貰っては困りますね』
我路がさっさと片付けろとでも言ってるかの様に、剣先から闘気が溢れ出る。
この前の時のように、闘気を纏い刀身が何倍もの長さへと変化する。
「……力が」
我路の力が体中を巡っているのがわかる。
指先から掌に力を集中させ、俺は右脚に力を入れ強く踏み込んだ。
次の瞬間。
長くなった刀身を、横から真一文字に薙ぎ払った。
「へっ!?」
カチリっと音を立て、我路の刀身が鞘に戻ると同時に。
全ての魔物の体が真っ二つに綺麗に切られ、上半身がズズズっと地面へと崩れ落ちた。
あれ? ボスっぽい奴も一緒に倒しちまったのか?
『ふふ見事な刀捌きでしたよ?』
人型に戻った我路が誉めてくれるが、これは後の反動がやばい様な気がする。
「…………あのぅ」
馬車に隠れて見ていた獣人が、恐る恐る近づいてきた。
「あなた方が私達を……!?」
大きな長い耳が二つ……コイツはウサギ獣人か?
「……私はキャロと言います。助けて頂き有難う御座います」
キャロが大きな耳を揺らせながら、頭を深々と下げる。
「ああ……気にするな。俺は乱道だぁ!?」
握手しようと手を伸ばしたまま、俺は膝から崩れ落ちた。
これは……またか。
やっぱりな……力を使い過ぎたと思ったんだよな。
———などと考えながら俺は意識を手放した。
頭の上で人の話声が聞こえる。
俺はいつの間にか眠っていたのか?
ちょうど良い弾力の枕が心地いいな。
こんな枕持ってたか?
ボーッとしながら、ふと枕に触れると……ん?
この感触は知っているぞ?
感触をもう少し確かめようと枕を手の平で掴む。
「ひゃうっ!?」
「!?」
急に上から声が聞こえ目を開くと………え?
二つの大きな山の間から、ウサギ獣人が真っ赤な顔して俺を見ていた。
『乱道様? 許可もなく、いきなり女性の体に触れるのは頂けませんよ?』
「…………女性?」
我路の声も聞こえ、慌てて飛び起ききると。
どうやら俺は、ウサギ獣人にひざ枕して貰っていたらしい。
「ボッ……ボクは乱道様になら、もっと触っていただいても大丈夫です」
そう言って桃色に染まった頬を手で隠し、指の隅間から恥ずかしそうに俺を見てくる。
ええと……これはどう反応したら良いんだ?
「うぉ!?」
急にガタンッと大きな音と一緒に、座っていた場所が激しく揺れる。
どうやら馬車に乗っているみたいだ。
……てかいつ馬車に乗ったんだ?
とりあえず、我路から詳しく状況説明を聞いてみた方が早いな。
『乱道様が倒れた後、寝かせる場所として馬車を、そこに居るキャロ様が提供してくださりました』
我路がそう言ってキャロを見る。
「えへへ」
キャロは少し照れくさそうに鼻の頭をぽりぽりとかく。
『そしてキャロ様とお話ししていたら、行き先が私達と同じヴィルヘルミナ帝国だと分かると、こうして馬車に相乗りさせて下さいました』
どうやら俺は三時間も気絶していたらしい。その間に、キャロの護衛の人や仲間たちの手当てなどを終わらせ、ヴィルヘルミナ帝国に向けて出発したんだとか。
……良かった。倒れていた人達も無事だったんだな。我路から死者は出なかったと聞いてホッとした。他の人たちは後ろと前を走る馬車に乗っているみたいだ。
この馬車にはキャロと俺たち以外は乗っていない。二十人は余裕で乗れそうな豪華な馬車を、俺たちで独占させて貰って少し申し訳ないがほんと有難い。
「キャロ、ありがとうな」
俺がそうお礼を言うと、キャロは頭を横にふり。
「お礼を言うのはボクの方です。乱道様が助けてくれなかったら、みんな今頃魔物の餌となっていたでしょう。本当にありがとうございます。今はこんな事くらいしかお礼できませんが、帝国に帰った時には改めてお礼させてくださいね」
そう言ってキャロは深々と頭を下げた。
「お礼は馬車に乗せてくれた事でチャラだ。もういいよ」
「そうはいきません! 絶対にさせてくださいね」
もう良いと言ったが、キャロは少し納得していないようだ。
……てかなんで俺はキャロにひざ枕されていたんだ?
ちらっとキャロの方を見ると、少し照れくさそうに俺に向かってへにゃりと笑う。
……うーむ。聞きずらい。今更むし返して聞くのもな。
ふと前を見ると。
我路の横で琥珀達三匹が重なるように丸まって寝ていた。
ったく。気持ちよさそうに寝てるな。
このまま馬車で国境の街リモットへ行けるようになったのはラッキーだな。
キャロの話だと、休憩を入れながら馬車で走り続け、三日後に到着予定との事。
山越に時間がかかるみたいだな。
道にも迷わないし、ほんと有難い。
今日は後少し走ったところで野営するらしい。
急に旅の仲間が増えたが、これもまた一興だな。
「あ゛あ゛~ぎもぢ悪りぃ~」
『乱道様大丈夫ですか?』
俺は右手を軽く上げ、そっとしてくれと合図を送る。
我路は小さく頭を上下揺らすと、俺のそばを離れていった。
平坦な道は大丈夫だったのだが、山越えがヤバかった。
馬車に乗り慣れていない俺にはマジで地獄。
ガタガタ揺れるわ、くねくねと道が曲がっているわで……馬車酔いしてしまった。
山を越えた所で、馬車から降ろしてもらい……少しの間休憩させて貰うことにした。
俺のせいで予定時間を遅らせて申し訳ない。
はぁ~……まさか異世界に来て馬車酔いするとはな。
ゴロンと寝そべり呼吸を整えていると。
「乱道様……これを飲むと気分が優れるかと」
「キャロ?」
どうやら薬草茶を煎じ、持って来てくれたようだ。
「ありがとな」
俺はそれを一気に飲み干した。
ハーブのようなさっぱりとした飲み口で、気持ち悪さが軽減していくのが分かる。
「あのう……出発を一時間後にしましたので、それまで寝ときますか?」
「そうか? 助かるよ」
「あっあのう……ボクが膝っ……あっ?」
「キャロ? そんな所でつっ立って何してるんだ?」
馬車まで歩いて行くと、まだキャロが動かずボーッと立っていた。
「いっいえ! なんでもないです」
★★★
『もうすぐ着くでちかねぇ?』
「あいっ!」
琥珀と稲荷が馬車の窓から顔を出し、尻尾ふりふり楽しそうに外を見ている。
「ふふふっ後30分ほどで着きますよ~」
そんな二匹にキャロが優しく微笑み教えてくれる。
キャロが煎じてくれた薬草茶が効いたのか、俺の馬車酔いは全くなくなった。
今後の為に、薬草茶の作り方をキャロから聞いとこう。
「あっ! あれです! あの大きな石造りの門が入り口です」
キャロが教えてくれ、窓から見るとレンガ調の大きなアーチ型の門が見えてきた。
その奥には、カラフルな屋根の街並みがわずかだが見える。
あれが国境の街リモットか……。
「ええと乱道様、受付をして来ますので身分証を少しの間お借りしてもよろしいですか?」
街並みを見ていたら、キャロが耳をぴょこぴょこと揺らせ話しかけてきた。
キャロがまとめて受付をすませてくれるとの事……困ったぞ。
俺は身分証がない男。
キャロにどう説明する? 「異世界召喚されました」なんて言ったら話が長くなるし……。
あっそれにだ! 琥珀や我路に至っては召喚獣だしな。さらにややこしいぞ。
俺が俯きどう説明したら良いのか困っていると……。
「もしかして乱道様! 身分証をなくされました?」
とキャロが聞いてきた。
ナイス誤解!
これはもちろんその提案に乗っかるしか無いだろう。
俺はそうだと無言で頭を上下に振る。
「なんだ……そんな事気にしてたんですね。ボクに任せてください」
キャロはドンっと胸を叩くと、受付に向かって走っていった。
……大丈夫なのか?
キャロを馬車で待っていると、数分もすると両手で大きなマルを作りながら走ってきた。
この反応は大丈夫だったみたいだな?
「お待たせしました。大丈夫でしたよー!」
「そうか! ありがとうな。俺たちの入場料金はいくらだ?」
「それは必要ありません」
「そんな訳にはいかないだろう?」
「ジャジャ~ン! これを見て下さい!」
キャロは金色のカードを俺に見せてくれた。
「これはヴィルヘルミナの王族の証なんです」
「へっ? お……王族?」
今王族って言ったか?
俺はなんとも間抜けな顔で、質問しているのが自分でも分かる。
「はい……黙っていてすみません。ボクはヴィルヘルミナ帝国の第八皇女なんです」
「お前っ! いやっキャロさんは……王女?」
「キャロさんなんて、キャロでいいです。皇女と言っても第八皇女ですからね。いつもは王族って事は隠してるんですが、今回は権力を使わせていただきました」
キャロはそう言うと満面の笑みを浮かべた。
王族って……マジかよ。
「今日はもう夕方なので、この後リモットを観光なり自由時間にしますね。泊まるところはボクが用意しますので安心して下さい」
キャロがリモットの中央に作られた広場で、俺たちを降ろしてくれた。
「では乱道様、二時間後にこの場所に集合という事でお願いします。ボクは街道の途中に現れた魔物の事を、ギルドに報告してきます」
キャロはウサミミをぴこぴこと揺らし去っていった。
「さてと、俺も王都で買えなかった物を色々と買うとするか」
『ワレはケーキが欲しいでち! モンブランとかあれば嬉しいでちねぇ』
「わりぇー! あうっ」
ケーキの事を想像し、ウットリしている琥珀の頭を、稲荷がガジガジと食べている。
この二匹は何やってるんだか。
琥珀は日本生まれって言って良いのかわからんが、まぁ俺が日本にいる時に描いたんだ、そうとしよう。
そのせいか、俺が知っている食べ物は、全て網羅しているみたいだ。
ただ……我路みたいに多種多様ではなくて、甘味に関してだけやたらと詳しい。
『らんどーちゃま! 絶対にケーキ屋に行くでちよ?』
「わかったって。ただ必要な物を買ってからだぞ? その後な?」
『……はいでち。ワレはケーキの為なら我慢など苦じゃないでちっ』
とりあえずは生活必需品を買いに行くか。
この前みたいに、森で野宿とかもこの先あるだろうし。
そう言うのを売ってる店ってなんて言うんだろうな?
日本だと、アウトドアの店に行けば、なんでも揃ってるんだが。
この世界の店屋を良く分かってないから、キャロに聞いとけば良かった。
まぁ今更だ。とりあえずブラブラとリモットを探索するか。
どこに何があるのか分からないので、端から歩いて回る事にした。
路地裏通りかかった時。
何処からともなく怒鳴り声が聞こえてくる。
「ったくお前は何やっても使えねーなぁ? お前みたいな奴をただメシ食いっていうんだ。このノロマ!」
「ぎゃっ。……痛いよう。うう」
「ったく。泣いている暇がれば仕事しろ!」
何だ? 鈍い音の後に子供の悲鳴。殴られたのか?
「ほら! 早く集めてこい!」
「いたっ」
声と音のする方に耳を傾けると……いた! あそこだ!
どうやら店の裏で子供が、店主らしき男から折檻を受けているようだ。
「おいっ! こんな小さな子供に暴力を振るうのはダメだろ?」
俺が声をかけると、肥え太った店主らしき男がバカにしたように俺を見る。
「暴力だって? はははっ何を言ってるんだか? 私はね? ボランティアをしてるんだ。褒めてもらいたいね」
店主の男が悪びれずに毒を吐く。
「小さな子供を殴る事がボランティアとはね? このリモットって街の奴らはクズばかりが住む街なんだな」
「なっ! しっ失礼な奴だな。おいっミント、さっさと妖精の宿木の葉を集めて来い。じゃないと水はやらん」
店主はそう吐き捨てると、店の裏口から店内へと戻っていった。
水はやらんって……何を言って? さっきいた広場に大きな水飲み場があったぞ?
あのおっさんバカか?
「なぁ? ええとミントって言ったか? 水が欲しいなら広場に行こうぜ?」
俺がそういうと、ミントは頭を横に振った。
「…………僕たち下民は……広場に行けないんだ」
「へ? 何だと?」
「下民専用の水場があってね。そこの井戸が枯れてしまって……この街に住む下民は、飲み水に困ってるんだ」
「枯れたって! そんなの緊急事態だろ? 広場の水を……」
「だめなんだ。広場に近づくと下民の紋から電気が走り、気絶して近寄ることが出来ない」
また下民の紋……なんだこのクズシステム。
「お兄ちゃん心配してくれてありがとう。僕ら下民を心配してくれる人なんていないから嬉しいよ。きっとお兄ちゃんは違う国の人なんだよね。僕も下民なんてない国に行ってみたいな」
そう言って俺に手を振り、ミントが走り去ろうとする。
「ちょっと待てよミント!」
気がつくと俺はミントの手を握りしめていた。
「あの……お兄ちゃん?」
急に手を引っ張られ、ミントが戸惑っている。
「あっいや……あのさ? 俺を枯れた井戸の場所まで案内してくんねーか?」
「え? お兄ちゃんを?」
ミントが不思議そうに首を傾げる。
枯れた井戸に、何の用があるんだろうと思ってるんだろうな。
「俺がどうにかできるって訳じゃないんだが、ちょっと気になって」
「………良いけど……僕は森に行って宿木の葉を十枚は採って来ないと、明日飲む水が無いんだ。それが終わってからで良いのなら」
なんだ宿木の葉って!? 初めて聞いたが。
『乱道様、僭越ながら……宿木の葉とは、森の奥深くにしか生息していない神木で、一つの樹木に対して葉は二十枚ほどしかつけません。ちなみにその葉は、粉々に砕き水と混ぜますと、ポーションが作れます』
何だろう? と顔に出ていたのか我路が【宿木の葉】について詳しく教えてくれた。
「何だって? そんな葉があるのか?」
『はい。この世界の市場では一枚が銀貨五枚で取引されていますね』
「銀貨五枚だって!?」
『はい。日本円に換算すると約五千円ですね』
「はぁああああ? じゃあ十枚で五万円!? それを水と交換てボッタクリじゃねーか!」
『そうですね』
そんな事しなくても、どうにかならないのか?
『らんどーちゃま! 井戸水なら、ワレに良いアイデアがあるでち』
「琥珀?」
琥珀が胸をぽふんっと叩き、少しドヤ顔で俺を見てくる。
何だろう……あんまり期待できない気がするのは。
「じゃあお兄ちゃん僕は森に行ってくるね」
「おいっミント! 一人で森に行くのか?」
「大丈夫! 僕は森に行き慣れてるし……僕しか知らない宿木の木の場所があるんだ」
ミントは大丈夫だからというが、そんなの放って置けないだろ。
「待ってくれ! 俺たちも手伝うよ!」
「え? でも僕何もお返しが出来ない……」
「ガキがそんな事気にすんなって!」
俺はミントを肩に担いで森に向かって歩き出した。
「今度は右だよ」
「おうっ」
ミントが道なき道を案内してくれるんだが、俺からすると全部同じに見える。
同じような木や草が生い茂っていて。見分けろってのが無理な話。
なのにミントには、道が見えているみたいだ。
「すごいなミント……道を覚えているのか?」
「うん。何となくだけど、僕には宿木までの道が、光っているように見えるんだ」
えへへと照れくさそうにミントは言うが、それってすごい能力なんじゃ。
その力を良いようにあのおっさんに利用されているのかと思うと、むかっ腹が立つ。
「ほら! ここだよ!」
「……なっ」
開けた場所に金色に輝く葉を付けた、高さ二メートルほどの木々が何十本も密集して生い茂っていた。
「これはスゲエな……」
「ふふふ。僕だけが知っている特別な場所なんだ。この場所に連れてきたのはお兄ちゃんが初めてだよ」
ミントがへにゃりと笑う。
「そんな特別な場所に案内してくれてありがとうな」
俺は抱き上げていたミントを下に下ろし頭を撫でた。
「えへへ……ちょっと待っててね。今葉っぱを貰ってくる」
ミントは宿木のところに走っていった。
「ん?」
ミントの周りを、ブンブン飛んでいるヤツは何だ?
キラキラした粉を撒き散らしながら飛んでいる。
じーっと謎の生物を観察するように見ていたら……!?
「うおっ!?」
俺めがけて飛んできた。
『ふうん? 君は誰? ここは僕の特別な場所だよ?』
羽根の生えた手のひら程の大きさの小人が、俺を観察するようにマジマジと見てきた。
……何だコイツ!?
『コイツもしかして……ミントを利用している悪い奴じゃ? パンチをくれてやろうか? オラオラ』
謎の生命体が俺の周りをブンブンと飛びながら、文句を言っている。
全部俺に聞こえてんぞ? 何だその変なファイティングポーズは。
この羽の生えたやつ、アレに似てるんだよな。よくファンタジー映画に登場する……ええとなんてったけ? そうそう妖精。
余りにも俺の周りをブンブン飛んで鬱陶しいので、隙をついて羽根を捕まえてやった。
『えっ!? なんで!? 僕のことが見えるの?』
羽根を俺に捕まれ、身動きが取れなくなった妖精もどきは、足をバタバタさせ暴れている。
「見えてるし、声も聞こえてるぜ!」
俺は人差し指で謎の生命体の頭を軽くつついた。
『僕が見えるなんて……!? そんな人族初めてだ! さてはお前っ人族じゃないな?』
「人族だよ! ってかお前こそなんだよ」
『何って? 僕はこの森を守る精霊だよ! 森の精霊王さっ』
謎の生命体は、自分の事を精霊王などと言い出した。コイツが?
「……精霊王? お前が?」
マジか? とつい眉間に皺を寄せてしまう。
『そうだよ! 僕は本来、お前如きが話を出来る存在じゃないんだ。ありがたく思え!』
精霊王がこれでもかと踏ん反り返る。
「で……そんな凄い存在のお前は、ミントとどう言う関係なんだ? ミントの周りをウロチョロして」
『ウロチョロ!? 失礼な言い方だな! 僕はこのミントに助けられたからその恩を返したくて……』
「助けられて?」
『そうだよ』
この精霊王は宿木が本体らしく、ある日一本の宿木が枯れかけた時、ミントが必死に水やりをして、自分を助けてくれたんだとか、それ以来ミントにだけ特別に、宿木の葉がある場所に案内しているらしい。
ミントが言ってたキラキラ道が光って見えるってのは、精霊王の事だったんだ。
『僕はミントが水に困っているって知って、やっと恩返しができるからもっと助けてあげたいんだけど、ミントには僕の声も姿も分からなくて……』
なるほどな。コイツ良い奴じゃねーか。
「分かった。ミントにはお前の気持ちを、俺がちゃんと伝えてやるから!」
『ホントか!? お前良い奴だな』
精霊王が俺の周りを楽しそうにくるくると飛んでいる。
「お待たせしました。葉っぱを十枚頂いたので帰りましょう」
俺が精霊王の相手をしてる間にミントが葉っぱを摘んでやって来た。
「もう終わったのか。じゃっ帰るか」
俺は再びミントを担ぎ、精霊王に軽く手を振りその場を去っていった。
「今誰に手を振ったの?」
精霊王に手を振ったのをミントに見られていたらしく、不思議そうに質問してきた。
「へっ? ああコレはな。お前の事が大好きな森の精霊王に」
「森の精霊王!?」
「ああ。またゆっくりその話はさせてくれ」
「うん! 絶対だよ」
ミントはそう言うとお日様のような笑顔で笑った。
★★★
「……これが井戸!?」
どう見ても街の広場で見た井戸とは、雲泥の差がある。
不衛生で……この水を飲んでいたのかと思うと吐き気がする程に泥水にしか見えない。
「うん……今は水が湧き出てくれないから余計に…….酷いよね」
街外れにある場所に、ミント達下民が使う井戸かあった。
その周りには掘建小屋が、いくつも軒を連ねている。
この街の外に建てられた掘建小屋が下民が住む家らしい。
「なんだこれ……」
どう考えても、人がまともに暮らせるような状況じゃない。
なんで家が街の外なんだ。
余りにも酷い下民差別に嫌気がさす。
『らんどーちゃま、ワレに良いアイデアがあると言ったのを忘れたでちか?』
余りにも酷い状況に何も言えずに固まっていたら。
琥珀が一歩前に出てドヤり出した。
「琥珀?」
『ワレを使って奪った亀の聖印を使うんでちよ!』
「わりぇ。きゃふふ」
琥珀を使って奪ったって……アイツ……ルミ野郎から奪った聖印の亀の事か!?
それをどう使うんだ?