右手で文字通り白銀色に輝く、刺し身をつかみ、それを勢いよく口の中へ放り込む。

「な、んだ……これは?!」

 口に入れた瞬間、複雑な旨味が三つ口の中へと広がる。
 まずは驚くことに奥歯が、熟成四日目の白身魚の旨味を感じるという、意味のわからない感覚で驚く。
 さらに旨味は広がり、舌の上で白身から溶け出たタンパクな油の旨味を感じ、のどの奥へ行く頃には強烈だが、自然に生成されたアミノ酸の塊ともいうべき衝撃が食道を通過し、胃の中まで落ちるのを感じるほどに旨い。旨すぎる。極上だ!

「最高すぎる!! 塩もくれ!!」
「ほれぇ~ちょっとだけ付けて食べるんだワンよ?」

 ちょっぴり藻塩を付ける。一瞬白身が輝きがまし、さらに白身自体からなんとも言えない香が立ち上る。
 そう、これはあの川魚。俺の中では最高の四万十川で釣った(あゆ)と同等……いや、そんな表現すらおいつかないほどに、澄んだ夏の川の香りが体中にしみ見込んだ瞬間それはおこる。

「ぐゥッ?! か、体が溶け――」

 そう感じたと同時に、体が〝どしゃり〟と色々な水分とともに落ちた。
 それが何かが分からなかったが、小狐と棒っきれが「「ぎゃあああ?!」」と言っていたので、多分そういう事なのだろう。
 
 ふしぎと体に痛みは無く、ただ眠く感じるけど体が無い。そんな不思議な感覚と共に意識を手放す……。


 ◇◇◇


 正直驚いた。主の力が未熟ゆえに、天空の破片(ゴッド・ロッド)たる私を使いこなせいのは当然。
 それをあのような方法。しかもスキル・人釣一体を使いこなし、ルアーで蒼白銀の魚の闘争本能を刺激して、縄張り争いの結果釣り上げた。
 そもそもあの魚がそういう習性があると、一発で見破るアングラーとしての特異な資質……おそるべし。

 しかしそんな逸材だというのに、まさかこんな事になるとは……。

『主……ここまでになったらもう……』

 見るも無惨な主の体。それを空中に浮きながら見ていると、忌々しい〝(ことわり)〟が早速動き出す。

『対象:島野大和。ノ。死亡ヲ確認。ト。同時ニ。残リ時間内。ニ。クエスト達成ヲ確認。人体ヲ再構成。文殊システム。ニ。サポートを依頼』
『〝文殊Ⅰ:了〟 〝文殊Ⅱ:了〟 〝文殊Ⅲ:了〟 コレヨリ〝(ことわり)〟ノ支援ヘ移行。聖生術。第七・第十・第十三術式展開』

 〝(ことわり)〟の一部たる文殊システムが、光の柱と共に天使の姿をして顕現(けんげん)
 その無駄に凝った中身のない演出にイラつきながらも、主の肉体に変化が在るのかを観察する。
 どうやらうまくいったようで、三重の魔法結界の中に封じられた主は、空中へと浮き上がる。

『ソノママ。時間凍結。此レヨリ対象:島野大和。ノ。肉体ヲ完全改造。後。〝神釣り島〟ノ。正当所有者トシテ。〝(ことわり)〟ニ。記載。デハ。作業。開始』

 さらに天から緑と金色のオーロラが主を包み込み、そのまま内部は見えなくなってしまう。

『歯がゆいが見ているしか無いようですね』
「んぁ? ならおまえも食べるぅ?」
『いりませんよ。それより貴方はなんです? 子犬? いや子狐? まぁいいです、今はそれよりも……』

 私となぞの生物は主の帰還を待つ。
 しかしそれは、先程まで見て話して触れ合った人物と、二度と会えないという事でもあった。




 ◇◇◇




「なんだ……妙に体が楽になった……」

 薄っすらとまぶたを開く。すると頭上から見えるたのは、木陰からこぼれる明かりであり、それが木漏れ日と理解するまで数十秒かかった。

「悪い夢でも見ていたのか俺は……?」

 妙に体が楽だ。またそんなふうに思いながら上半身を起こす。
 すると目の前にあったのは、瑠璃色の池であり、それが全てを思い起こさせた。

「現実……だったのか」

 何とも言えない感覚と、奇妙な喪失感。それが何か分からずに周囲を見渡す。

「誰もいないのか? 棒っ切れも、〝(ことわり)〟ってのも居ないし、あの変な生き物もいないのか?」

 そう不思議に思っていると、もっとおかしなことに気がつく。
 上半身をおこしているから景色が低いのは当然だけど、何かが違う。

「あれ? なんか低いぞ?」

 なんとも言えない不思議な感覚。それに疑問を持ちながら、四つん這いになりながら目の前の池を覗き込む。
 するとそこに――知らないヤツがいた。