「こんなの入れたかな? えっと……メモ用紙か?」

 袋を開けて中の紙を引き出す。
 ますますこんな紙を入れた覚えがないし、なにかとそれを開くと〝冗談だと思って聞いてくれ〟から始まる文面が書いてあった。

「は? なんだこれ? って、この癖字は山爺か!? どうしてこんなモノを」

 ――――大和よ。もしお前がこれを見た時、見慣れた風景ならここまで読んだら捨ててくれ。
 じゃがもし……南国にある島みたいな風景なら読んでほしい。

「た、たしかに南国にある島みたいで見たことない場所だ。つ、続きを」

 ――――ここまで読んだということは、南国の島にいると思って話す。
 今ならこの手紙が冗談だとは思わないじゃろうからな。
 
 ハッキリ言おう。わしも昔そこへ行ったことがある。
 そこに行った原因はお前と同じはずだ。わしは紫の怪魚を釣ったら引き込まれた。

 ヤツが何者で、目的がなにかも分からずに消えた。じゃから多くは知らぬが、運良く戻ることができた。だから大和、おまえに帰る方法を教える。

「ッ、マジかよ山爺! 戻れるのかここから?! どうやるんだいったい?」

 あれは水も食料もなく飢えた体でさまよい歩き、気がついたら島の中央にいた時だった。
 その中央に遺跡……いや、朽ちた社がある。そこへ行ってみるとええ。わしはそこへ行って、強く願ったのじゃ。日本へ返してくれと。

 そうしたら、いきなり視界が白くなり、もう一度見えるようになったら弁天島の社の前で気絶しとった。
 何が何だか分からなかったが、夢でない事は確かじゃ。
 わしはそれしか知らん。大和、朽ちた社へ行け。おまえが無事に戻ってこれる事を祈っとる。

「冗談……じゃなさそうだよな……」

 山爺の手紙を胸のポケットに入れ、ゆっくりと立ち上がる。
 砂浜を六キロ歩き、またお茶を軽く一口消費した。
 さらに昨日の夜から何も食わずに釣りをしていたから、腹もかなり限界だ。

 こうなれば一刻も早く、山爺の言った場所へとたどり着き、日本へ戻らなければと焦る。
 ほぼ円形だったこの島の中央なら、迷うこともないはずだ。
 
「けっこう鬱蒼(うっそう)としてるな。クマとか出ないだろうな」

 踏み心地のいい柔らかい苔を踏み、森の中へと入る。
 そこは濃厚な緑。そう緑が空気となった心地よい香りが、オッサンになった疲れた肺を癒やす。
 下草はなぜか生えておらず、コケと木々が生える不思議な森だ。
 思わず深呼吸をしつつ、周囲を注意深く確認して進む。

「……見られているな。動物か?」

 そう独り言を言うことで、なんとも言えない圧迫感をごまかし歩く。
 遠巻きに何かに見られている気配がし、枝の陰からも何かが見下ろしていた。

 高い場所にいるからよくわからないが、「鳥はいいねぇ」などと(こび)を売りつつ、〝襲わないでね〟とアピールするが、通じているとも思えない。不安だ。
 鳥葬というものがあるが、生きているうちに味わいたくはない。

 だから足早に進み森を越えていく。すると視界の先に開けた場所が見えてきた。
 その幻想的な光景に、「神域ってやつか……」と思わずつぶやく。
 この光景を見たら当然だ。紫が強めの瑠璃色(るりいろ)の池が怪しく光りを蓄積し、その中心に島がある。
 その島へと続く赤いアーチ状の太鼓橋(たいこばし)があり、その先には朽ちた社があった。

「マジであったぞ。やっぱり山爺はここに来たことがあるのか。なら――帰れるッ!!」

 力の限り激しく走る。コケに滑りながらも走る。橋の板が腐っていても走る。が、踏み抜き片足が落ちる。
 も、橋の欄干(らんかん)にしがみつき、「フンガアア」と言いながらまた走る。 

「ゼェハァ~ゼェハァ~苦しぃ。つ、ついた。これで帰れるぞ!」

 この異常な空間から戻れると思うと、どうしようもなく嬉しくなる。
 さっそく社の前に行き、二度頭を下げた後に手を合わせようと肩幅に両手を広げた時だった。

 社の中から何か光るモノの気配……いや、視線を感じ「なんだあの疑似餌(ルアー)は?」と言ってから、それがおかしな事を言った(・・・・・・・・・)と気がつく。

 ただ光っている、それが何かがわからない。が、それが明確にルアーだと確信があった。
 なぜかだなんて説明できっこない。ただソイツがルアーだと分かっているし、俺を呼んでいるのだと分かった。

 一歩。社の階段をあがる。「やめておけよ」とつぶやき、もう一段あがり「日本へ帰るんだろう?」と、また一段のぼる。
 だが体は動くのをやめず、社の木製の引き戸を両手で持ち「引き返すなら今しかない」と言いつつ、思いっきり左右に開く。

 思いの外スムーズに〝スパーン!〟と開いた、格子状の引き戸の奥にソレはあった。
 黄金色に輝き不思議な青い霧をはなつ、ミノーと呼ばれる小魚を真似たルアーが。
 それがガラスよりも透明度が高く、ダイヤをブリリアントカットしたより、なお美しい台座の上に浮く。

 震える右手を伸ばし「だめだ」と言いながら右足を進め、「分かっているはずだ」と自分の釣りへの執着をさとり、「やめてくれよ」と口では拒否するが、黄金のルアーの前に立つ。

「なんて美しいルアーだ……まさに神がかっている……」

 そう言いながら無意識に両手を伸ばした瞬間、気がつけば黄金に輝くルアーを鷲掴(わしづか)みにして持っており、次に刺す痛みが右手に走る。

 思わず「痛ッ、何だ?」と右手を見れば、ルアーに付いている透きとおった釣り針(フック)が指にささっており、その痛みだと気がつく。

「クッ、やっちまったか。けどスゴイなこれ……透明な針とか見たことが無い。っと、感動している暇はない、刺さったまま放置すると取れなくなる。覚悟を決めてやる、か」

 釣り針が刺さったまま放置すると、指の肉が収縮し取りにくくなる。
 だから迷いなくライジャケのポケットからアイテムを出す。
 まずは釣り糸を三十センチほどにカットし、針にくぐらせて針のカーブ部分に引っかける。
 
 針の根元を軽く押さえ、それを思い切り、躊躇(ちゅうちょ)なく糸を引き抜く。
 これをストリング・ヤンク・テクニックと言うが、自分の腕に釣り針を刺して解説してくれている動画を見たが、あれは凄かった。

「せ~の……セイッ! あ痛たぁ!」

 何度やってもやっぱり痛い。でも躊躇しゆっくり抜くより、遥かに痛くないのがこの方法だ。
 とはいえ抜けた事に安心し、ふと力を抜いた瞬間に傷口から血が一滴、空中を舞う。
 それが不自然なカーブを描き、持っていたルアーの口へと付着すると、それが飲み込まれた。

「は? え、ちょっとまて。いま俺の血がルアーに――ッ!? なんだ!!」

 瞬間、黄金に輝くルアーがさらに光りだし、黄金色だった瞳が真紅に染まる。
 それが上下左右に動き出すと、最後に俺の目をジッと見つめ固定された。
 
 さらに異変はそれだけじゃ終わらない。
 社の中。それも俺を中心に四方から硬質なモノが割れた音がし、四つの朱色の鳥居が出現。
 混乱しながら周囲を見ると、鳥居の奥より無機質な声が響く。