【釣り無双】異世界最強の島を釣り上げると、もふもふ+虐げられた聖女=SSSランクまでHITした結果が激ヤバだった件

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 激しい衝撃が私の左ほほに張り付く。
 その衝撃で壁に激突したと同時に、背中と左ほほが強烈に痛みを感じて呼吸がとまる。

「オラッ! 元・聖女様(・・・・・)、大人しく船室にはいってろ! 二度と身投げなんてするんじゃねえぞ! クソカスがッ!!」
「もういいだろ。こんな呪われた娘でも、まだ使い道はあるらしいからな。逃げようとしても無駄だぞ、また落ちても上から見ているからな?」

 人相が怖い兄上の部下はそう言うと、苦しむ私をもう一度けりあげてから去る。
 苦しくて涙がこぼれ落ちたけど、もっと涙があふれ出たのは別の理由がある。

 そう、あの蒼髪の少年と別れた事による悲しみで、また涙が心から湧き落ちた。

「ごめんなさい……私が来たばかりにヤマトさんに迷惑をかけちゃって」

 彼に黙って島を離れてしまった事に罪悪感をいだきつつ、これでよかったんだと自分に言い聞かせる。
 
 兄と妹が、私を殺そうとしているのは分かるし、それが聖女の力を奪うためだと言うのも分かる。
 それはいいの。だってどこにいようが、私の居場所は胸の中にある聖石(・・)が彼らにおしえるのだから……。

 でも本心にはうそをつけない。
 悲しくてかなしくて、また涙がほほを伝いおちて思わず下を向く。

 島へ漂着(ひょうちゃく)してから短い思い出だったけれど、太陽よりも輝いていた毎日を思い出すと胸がしめつけられる。

 ヤマトさんに初めて釣りを教えてもらって釣り上げた、すっごく大きなお魚に初めて心がおどったっけ。
 生きたお魚にはびっくりしたけど、なんとか頑張ってお手伝いしたのも楽しかったな。不器用って笑われたけど。

 それを焼いてたべて本当に感動した。
 だってはじめての温かい食事を食べたんだもの、しかたないよ。

 でもそんな私が涙をながして感動してたのに、ヤマトさんは私を見て笑ったっけ……。

 色々な物を作り、失敗し、それでもめげずに頑張ってつくった島の思い出。
 子狐ちゃんとピヨちゃんの、もふもふコンビも最高に可愛かったし、ちょっと毒舌な執事さんも優しかったっけ。

 見たこともない美しい自然と、貴重な植物や資源。
 それがあの神釣島にはある。

 それを知った兄は、大軍を送り込んできた。

「私の命ならいざしらず、邪な考えであの島を手に入れ破壊しようだなんて、絶対にゆるせない」

 そう思うと痛みは吹き飛び、もう一度大魔法を行使しようと準備に入る。
 それはまだ島からそうは離れていない今がラストチャンス。

 聖女の力をフルバーストさせて、元々封印されていたあの島全体を、強力な結界で再封印してしまう。それしかない。
 だからこそ水の女神の力を借りるため、海へもう一度飛び込もうと船室の小さな窓へと向かう。

「あの島と、ヤマトさんだけは守ってみせる。この命と引き換えにしても必ず」

 そう強く決心し、窓のふちへ手をかけた瞬間だった。
 黄金色に輝く、生きているとしか思えない小魚の形をした疑似餌(ルアー)が窓から飛び込んできて、窓のふちへとフックが引っかかる。

『よぅ、ひさしぶりだな。数時間ぶりか?』

 ルアーから声がし、思わず「ヤマトさんなの?!」と叫んでから口を両手でおおう。

『ったく、黙って出ていくとかアイツらが悲しむぞ?』

 その声の後ろから、色々な声が聞こえてくる。どうやら怒っているみたい。
 おもわず「ご、ごめんなさい。でも来ちゃダメ! 今から島を――」と言うと、言葉を被せてヤマトさんが話す。

『デモもヘチマもねぇよ。もうすぐソコまで来ているからな』

 その言葉に「え!?」と言いながら、窓のそとへ首を出す。
 するとふよふよと黄色い何かが飛んできており、それを見つけた甲板員(かんぱんいん)が騒ぎ始めた。

『待ってろ、今すぐたすけてやる!!』

 そう言うと黄金のルアーは凄い速さで巻き戻り、ヤマトさんの元へと向かっていく。


 ◇◇◇


 戻ってきたルアーを回収し、遠くにいる船をにらみながら相棒と話す。

「ったく、寝起きの運動は苦手だってのに」
『よくいいますよ。釣りの時は朝だろうが夜だろうが、お元気だというのに』

 苦笑いしながら「ちがいないね」と言いながら、握りしめた竿に思い切り力をコメながら話す。

「さっさと終わらせて飯にしようぜ? もうハラヘリの民が暴れ出す寸前だわ」
『ですね。ではさっさと釣り上げて(・・・・・)終わらせましょうか』

 その言葉に「ああ」とうなずきながら、まさか自分が蒼髪の少年の姿に改変され、しかも釣り竿一本で軍艦に挑むことになるだなんて思いもしなかった。

 そう、あの瀬戸内の海で真っ赤な怪魚を釣るまでは……。

 ――軍艦と遭遇する数十日前に時は戻り、日本の瀬戸内の海。
 そこに元の俺が無邪気に釣りを楽しんでいた――


 ◇◇◇


「みぃ~てみなよ、お前さんはコイツに負けたんだ。わかるか?」

 そう言いながら俺が掲げたのは、虹色に光る釣り竿(WSL)と、23式電子制御でモンスター仕様の糸巻き機械(ベイトリール)
 太陽光にギラつく虹色の輝きは、どこかの王族のお墨付きがあると言われるほどの一品だ。
 しかもリールはベイトタイプなのに、とにかく、ハデに、疑似餌(ルアー)がぶっ飛ぶ!!
 そう、こいつはモンスターと二つ名があるほどの、やばいリールだ。

釣り竿(ロッド)は完璧だが、リールは色が気に食わないのよ。分かるだろ? 下品なくらいビカビカの鏡面仕上げが、このリールには相応しい。だがどうだ、WSLに乗せると妙な色気すらある。天空の破片に相応しい漆黒の輝きだ」

 磯の上で恍惚とした桜色を浮かべ、頬まで染まって足元に転がって(・・・・・・・)いる真鯛(・・・・)にアツク語る。そう、激アツにだ。
 だって当然だろ? 毎日カップラと半額の惣菜で食いつなぎ、ストックしておいた冬のボーナスで購入した、総額十九万円ほどの装備(タックル)だぜ? そりゃアツク語ろうってものだ。
 だからタックルを高らかと掲げ、もう一度同じことを繰り返す――が。

「おい……お~い。島野(しまの)大和(やまと)、聞いちょるか? おめぇさんが釣った真鯛(まだい)が干物になっとるぞい?」
「……あ゛!? 刺し身でいただこうと思ったのに、どうしてこんな酷いことになってんだオイ!!」

 見れば今釣ったばかり(・・・・・・・)の八十センチオーバーの大物が、なぜか表面が干からびて酷いことになっていた。

「くッ゛やっぱりここは怪奇現象多発地帯なのか? 以前も同じことがあった……」

 ゾクリと背中に悪寒がはしり周囲を青い顔で見回すが、いま来た馴染みの爺さんが呆れた声で話す。

「ハァ~、大和。おめぇさんも四十過ぎた油の乗ったいい男なんだから、そろそろ落ちつけぇ」
「なんだよ、失礼だなぁ山爺は。落ち着いてるってよ」
「落ち着いてるやつが、時間も忘れて足元に転がせて干物にするかねぇ。さっきお前さんがその干物(・・・・)を釣り上げたのは三時間前だぞ?」
「……マジ?」
「あぁ本当じゃよ。さっき車で走ってるとき、崖の上から大和が釣り上げたのが見えたのがそんくらいじゃったわ」

 そっとスマホの画面を見ると、なぜか九時近かった。

「マジカヨ……海は魔物と言うけどさ、本当だったんだな」
「魔物はお前の頭の中に住んどるんじゃよ。バカなこと言ってねぇで、さっさと干物連れて帰ぇれ」

 解せん。俺は少しアツク語っていただけだと言うのに。一体何があったのか……。
 そうまぶたを閉じながら考えていると、山爺が竿を出しながら思い出したとばかりに話す。

「魔物といやよ、聞いたかあの噂?」
「ん、何のことよ」
「なんだ知らねぇのか。弁天島あんだろ? そこに馬鹿でけぇ真っ赤な魚がいるらしくてな、そいつが釣り人のタックル(いのち)を飲み込んじまうんだと」
「はぁ? なんだよそれ。魚が竿とリール(タックル)持っていくってのか?」
「んだ、持ってくらしい。エサに食いついた瞬間、思いっきり竿ごと海中へ引きずり込むんだと」

 引き込む? 魚が? いや、実際そういう事故はあるか。
 ブレーキ(ドラグ)を固くして竿を置いておくと、釣り糸がリールから出ずに引っ張られて、海へ引きずり込まれる事があるからな。

「まぁたまにあるからなぁ。不幸な事故だったな」
「勘違いしてるようじゃが違うぞ? 置き竿をしていたわけじゃなく、手に持っている状態から引っこ抜かれたんだ」
「ま、マジかよ山爺!? それって大物すぎるだろ!」

 思わず震えた。そんなバケモノみたいなのが近くにいる。
 それだけで釣り人(アングラー)としては最高にして最大の獲物だからだ。
 だけどそんな俺のたぎる心へと、山爺は真冬の海水をぶちまける。

「大和おめぇ行く気だろう? やめとけやめとけ。万が一その虹色の釣り竿と、黒光りのリールもってかれたらどうすんだ」

 その言葉に「うッ……それは」と言葉につまる。
 山爺は困った顔をして、「やっぱなぁ」としたり顔のあと、真剣に口を開く。

「ええか大和。わしの感じゃが、あれは海神様じゃよ。チラリとお姿を見たが――」

 山爺は冗談みたいな話を続ける。
 どうやら今回みたいな事は昔からあるらしく、海が大荒れになる前兆らしい。
 しかも必ず誰かが行方不明似なるらしく、その行方不明なるのが釣り好きなヤツだという。

「――つまり俺みたいなヤツだって?」
「そうじゃ。しかも並大抵(なみたいてい)の好きってだけじゃ、そうはならん。おまえさんくらいに、釣りに人生突っ込んでるバカじゃねぇとな」
「失礼だな! と、言えねぇのが悔しいんですがね」

 そう。俺は自他ともに認める、釣りが三度のメシより好きな男だ。
 おかげで誰よりも釣りがうまく、誰よりも魚を愛している。

 俺より釣りが上手いのは釣り王族のあの人だけで、魚の知識で負けるのはフィッシュ君さんだけだ。
 そんな自分の腕前と知識にうっとりとしつつ、左側の口角が少しあがる。

「……おめぇ、わかってねぇな? ええか大和。おめぇならどっかでこの噂を聞くじゃろ。すると必ず釣りに行く」
「そりゃぁそんなヤバイのがいたら、釣り上げるのがアングラーの義務っても――」

 そうおどけて言うと、山爺は言葉をかぶせてさらに真剣に話す。

「――じゃから教えた。ええか大和、アレには関わってはならん。海神様の(にえ)になりたくねぇなら、次の嵐が過ぎるまで弁天島には近寄るな……ええな!?」

 裂帛(れっぱく)気迫(きはく)。恐ろしいまでの高まった気迫で念を押され、思わず「あ、あぁ分かったよ」と二度うなずく。

「ならええわ。おめぇみたいな気持ちのいい男を、海で亡くすのはおしいでの」
「いや……なんか心配かけて悪かったな。じゃあまた明日な、山爺長生きしろよ」
「まだまだ長生きするわい! ほれ、それ以上干物になるまえに帰れ」
「わかったよ、じゃあな」

 そう言いながら車へと向かう。
 なんとなくロッドを立てると、リールの光沢のある表面が背後を映す。
 そこには山爺が心配そうに見つめている姿があり、小さく「また明日来いよ」と聞こえた。

 地磯を登り、背後を見るとまだ山爺はこっちを見ている。
 だから手を大きく振りつつ、「すまねぇ」と小さくつぶやく。
 そう……これだけ心配してもらったにも関わらず、俺の行動はすでに決まっていた。

「たく、ほんと俺の釣り好きは死んでも治らねぇのかもな」

 呆れながらつぶやきつつ、車へと乗り込みドアを閉める。
 
「さ、行くか。その魔物って奴に会いにな!!」


 ◇◇◇


 遠ざかる黒い車を見送りながら、わしは確信していた。
 あの崖の上からわしを見た顔は、弁天島へ行くのだと。だからそれが最後の別れを告げたように見えた。

「ばかもんが……遅かれ早かれ、こうなるとは思っちょったが」

 ため息一つ、既にいなくなった馬鹿者の影を追う。
 そして大和のライフジャケットの背中のファスナーへ、先程しのばせたモノを思い出す。

「アレが役に立てばええが……」

 そう言いながら、いつまでも、いつまでも、すでに去った大和を見送った。


 ◇◇◇


「やって来ました弁天島!! 待っていろよ赤い魔物ちゃん。今すぐ釣り上げて魚拓にしてやるからな♪」

 駐車場から海岸へ行き、目指すは真っ赤な橋のある弁天島。
 生臭い潮風がいつもよりキツく感じたが、そのまま進むと確かに妙な気配がした。

 橋の上から海面をのぞく。すると――。

「――いた。マジかよ、あれはメーターを余裕で超えているぞ」

 ゴクリとのどを鳴らし、握っていた釣り竿(WSL)のグリップに力が入る。


「た、たまらねぇ。背びれだけであのサイズだ。本体はきっと……」

 ライフジャケットに入れてある、ペットボトルのお茶を軽く一口。
 のどを通り過ぎる冷たい感覚が、ゾクリと心臓をふるわす。
 これが武者震い? なんて思いながら、息を吸うように手は高強度の仕掛けを作り出す。
 
 超大物用にセッティングしなおした針と糸。それの先に特大の疑似餌(ルアー)をつけてかまえる。
 WSL(ロッド)がルアーの重みでずしりとするが、それが最高にアツイ。
 そして思い切り振り抜き、「行ってこおおおおい!!」と言いながら、電子制御の糸巻き機械(リール)音の心地よさに酔いしれ、虹色が弧を描きながらルアーを飛ばす。

 赤い魔物の十メートル向こうへ、激しい音とともに着水したルアー。
 それに気がついたのか、逃げもせずそこへ突っ込む赤い影。

「きた……来た来たキタア! そのまま食ってくれッ!!」

 水面を泳ぐルアーへ赤い影が近寄った瞬間、水面が爆発したと思える水しぶきがおこる。

「フィィィィッシュッ!! うぉッ!? マジかよ! ルアーを全部飲み込んだ!!」
 
 全長三十センチ、百六十八グラムでジョイント式の冗談みたいな大きいルアーが一瞬で食われ、一気に糸が引き出されないように自動でブレーキ(ドラグ)がかかる。
 巻取力が強くウインチ式のベイトリールで、ドラグ力が六キロのこのリールだがまったく歯が立たない。

 釣り竿(WSL)も驚くほどに弧を描き、釣り糸(ライン)をリールへ導く、丸いドーナツ状のガイドが悲鳴を上げ、上から四つ目と五つ目が吹き飛ぶ。
 ありえない、こんな場所のガイドが吹き飛ぶとか聞いたこと無いぞ!?

「ぐぅぅッ!? な、なんだこの引きはああああ!! このままならロッドが折れるッ!」

 ますますリールから強くラインを引き出し、ドラグも効かずに恐ろしい速さで糸が引き出される。
 大物用に太い糸を巻いたせいで、糸巻き部分(スプール)にある糸の量はもうすでに限界だ。
 
「ぐぞぅ……ごのままなら……」

 息も絶え絶えになりながら、額から汗が目にしたたり落ちて目が痛い。
 が、頭は異常にクールであり、だからこそわかる。
 このままなら、竿と糸巻き機械(タックル)が赤い怪物に奪われ、海の藻屑となるだろう。

 
 しかもこの力だ。無理やり押し止めれば、体ごと海の中へ引きずり込まれてしまうし、ラインを切ろうとカッターを出そうと片手になった瞬間、同じ事になるだろう。
 だから思う。あきらめてタックルを投げ捨てるか――。

「――なんてアホなことは思わん! ぜってぇ~ぶっこ抜いてやるぜえええ!!」

 その思いが力となり、右手は糸を巻き取り始める。
 ずるずると海中より赤い魚影が浮き上がり、海面まであと二メートル。
 ブルリと赤い巨体がふるえ……のこり一メートル。
 分厚いクチビルが浮かび上がり……海面より八十センチ……え!?

「は……ぇ……?」

 それしか言葉がでない。なぜなら海面より真っ赤なサカナ? の顔が浮き上がり「みぃつけたぁ」と言ったのだから。

「な、なんだお前は!?」
「ふ~ん。今度のボーイはいいじゃなぁ~い。さ、行くわよ」
「行くってどこにだよ!! って、ちょ……まあああああああ?!」

 ヤツが思い切りたくましい手(・・・・・・)釣り糸(ライン)を引くと、残りのラインが一気に放出してしまう。
 空になったリールを見てゾっとした。このままなら確実に奴に引き込まれると。
 捨ててやる。タックル一式全部を海へ投げ捨ててやる。
 
 そう思ったが、驚くことに走馬灯を見た。フィッシングショーで国王が高らかと掲げ持った、釣り竿(WSL)と星座の名を持つ電子制御の糸巻き機械(リール)
 それを手に入れるまでの懐かしい日々が、脳内でフラッシュバックして幸せな時を思いだす――。

「――あぁ、思い出した。もぅカップラと十九時の惣菜争奪戦はこりごりだ……って、ボヴォヴォヴォ?!」

 悲しき(楽しい)思い出の涙が頬をつたい、手放すタイミングを失う。
 その瞬間を狙ったように、真っ赤な怪魚は海中へと潜り込む。
 思い切り海水を飲み込み、必死に息を止めてもがくが、あの怪魚がいない。

(どこだ?! いったいあのバケモノはどこ――)
「ここよボーイ? むちゅ♪」

 振り向いた瞬間、怪魚の分厚いクチビルに頭を優しく包まれる。
 驚きと悲しみと恐怖で、一気に酸素を吐き出してしまい視界パニックになりながら思う。
 あぁ、山爺の言うことを聞いておけばよかった、と。

 妙に生暖かいヤツの口の中で、徐々に酸欠になっていき、意識が消失するのがわかる。

(あぁ……もぅだ……め……だ……もっと魚……釣りたかっ……た……)

 それが最後の記憶だと気がつく暇もないまま、意識は完全に消え失せた。




 ◇◇◇◇◇




「ん…………げっふぉ! ヴぁはっ!!」

 急激に肺が苦しくなった事で目を覚ます。
 激しく咳き込むと大量の水が口より吐き出され、白い砂浜に小さな水たまりを作る。
 人ってこんなに水を飲めるのかと、妙な感覚をおぼえつつ、なんとか息をととのえる。

「ハァハァ、ぶはぁぁぁあ!! し、死ぬかと思った……って、ここはドコだ?」

 落ち着き周囲を確認すると、まるで南国に来たのかと思うほどに気温が高く、さらに景色がソレだった。

 純白の砂浜が広がり、ヤシに似た大きな木が海岸沿いに生え、雲ひとつ無い突き抜けるスカイブルーが広がっている。
 絵に書いたような南国の島。だが一点おかしな部分があるとすれば、遠くになにか蜃気楼みたいなものが見えることか。

「冗談だろ? まさか沖縄まで流されたとか言うんじゃねぇよな?」

 砂浜にどさりと倒れ込み、青空を眺め見る。
 あまりの現実感のなさで体の感覚が麻痺をしていたのか、体をおおう暑苦しさに気がつく。
 その原因を手で触ると、それはライフジャケットだと気が付き上半身を起こす。

「暑っつ。あぁ、コイツを着ているせいか」

 ドクロ柄がポイントの、朝と夕まずめ時に似合う真っ赤なライフジャケット。
 それを無造作にぬぎすて、やっと体が重さと暑さから開放された事で気がつく。
 今ある装備が全てなのだと……が。

「って、待て。マテマテマテ、ちょ~っと待ってくれ! 無い。ないぞ? 俺のWSLと電子制御の糸巻き機械(ブラックリール)があああ!?」

 がばりと起き上がり、周囲を見渡しながら走る。全速力で探し回る。さらに海にまで潜る。勢い余って砂の中まで探る。が。

「なああい!! 俺の右腕と左腕ともいえる相棒がなあああい!!」

 あまりの現実に両膝から崩れ落ち、「馬鹿な……」と南国の風より熱い涙を落とす。
 だが人間の体は無情だ。悲しみよりも溺れたことと、全力で動いたせいでノドがひりつくほどに乾く。
 
 冷たい水を探し、周囲を見るが建物らしきものすらない。
 あるのは冗談みたいに透き通る青い海と、白い砂浜だけだ。
 ヤシに似た木には実があるが、到底あんな場所まで登って取れない。

 途方にくれて元の場所へと戻ってきたが、ライフジャケットだけでも残っていたことに感謝する。

「こいつだけでもあってよかった。ん? ぁ、お茶があった!!」

 ライフジャケットのペットボトルホルダーに入れてあった、緑茶を半分ほど一気飲みする。
 人生でこれほど美味いお茶は飲んだことがない。そんな勢いでのどへと流し込む。

「ぷっはぁ~! た、助かった。けど待て、まさかここって無人島なんじゃ……」

 ゴクリと生唾をのみこむと、現実という恐怖が襲ってくる感覚にゾっとした。
 ペットボトルの残りのお茶を確認し、元気なうちに人を探そうと決め動く。

 海岸線をぐるりと歩く。相変わらず家や電柱らしきものもなく、道路すらない。
 海上には船もなく、見たこともない大きな鳥が飛んでいるだけだ。
 と、その時遠くに人の足跡を発見。前かがみになるほどの勢いで、その足跡の元へと向かう、が。
 
「はは……マジすか。これ俺の足あとかよ」

 出発した地点に、釣り用シューズの独特な靴裏のパターンが刻まれていた。
 どうやら出発点に戻ってきたらしい。
 左手首の時計を見る。歩き始めて一時間数十分ほどで、八千歩あるいたようだ。
 どうやら一周六キロほどが、この島の全てのようだと思いまたヒザから崩れ落ちた。

「もうだめかも……って、なんだ? ライフジャケットの背中になにかあるぞ」

 肩に担いでいたライフジャケットの後ろのファスナーに、ジップロックの切れ端が見える。
 そんな物は入れた覚えがなかったが、見つけたからにはそれが何かが気になった。


「こんなの入れたかな? えっと……メモ用紙か?」

 袋を開けて中の紙を引き出す。
 ますますこんな紙を入れた覚えがないし、なにかとそれを開くと〝冗談だと思って聞いてくれ〟から始まる文面が書いてあった。

「は? なんだこれ? って、この癖字は山爺か!? どうしてこんなモノを」

 ――――大和よ。もしお前がこれを見た時、見慣れた風景ならここまで読んだら捨ててくれ。
 じゃがもし……南国にある島みたいな風景なら読んでほしい。

「た、たしかに南国にある島みたいで見たことない場所だ。つ、続きを」

 ――――ここまで読んだということは、南国の島にいると思って話す。
 今ならこの手紙が冗談だとは思わないじゃろうからな。
 
 ハッキリ言おう。わしも昔そこへ行ったことがある。
 そこに行った原因はお前と同じはずだ。わしは紫の怪魚を釣ったら引き込まれた。

 ヤツが何者で、目的がなにかも分からずに消えた。じゃから多くは知らぬが、運良く戻ることができた。だから大和、おまえに帰る方法を教える。

「ッ、マジかよ山爺! 戻れるのかここから?! どうやるんだいったい?」

 あれは水も食料もなく飢えた体でさまよい歩き、気がついたら島の中央にいた時だった。
 その中央に遺跡……いや、朽ちた社がある。そこへ行ってみるとええ。わしはそこへ行って、強く願ったのじゃ。日本へ返してくれと。

 そうしたら、いきなり視界が白くなり、もう一度見えるようになったら弁天島の社の前で気絶しとった。
 何が何だか分からなかったが、夢でない事は確かじゃ。
 わしはそれしか知らん。大和、朽ちた社へ行け。おまえが無事に戻ってこれる事を祈っとる。

「冗談……じゃなさそうだよな……」

 山爺の手紙を胸のポケットに入れ、ゆっくりと立ち上がる。
 砂浜を六キロ歩き、またお茶を軽く一口消費した。
 さらに昨日の夜から何も食わずに釣りをしていたから、腹もかなり限界だ。

 こうなれば一刻も早く、山爺の言った場所へとたどり着き、日本へ戻らなければと焦る。
 ほぼ円形だったこの島の中央なら、迷うこともないはずだ。
 
「けっこう鬱蒼(うっそう)としてるな。クマとか出ないだろうな」

 踏み心地のいい柔らかい苔を踏み、森の中へと入る。
 そこは濃厚な緑。そう緑が空気となった心地よい香りが、オッサンになった疲れた肺を癒やす。
 下草はなぜか生えておらず、コケと木々が生える不思議な森だ。
 思わず深呼吸をしつつ、周囲を注意深く確認して進む。

「……見られているな。動物か?」

 そう独り言を言うことで、なんとも言えない圧迫感をごまかし歩く。
 遠巻きに何かに見られている気配がし、枝の陰からも何かが見下ろしていた。

 高い場所にいるからよくわからないが、「鳥はいいねぇ」などと(こび)を売りつつ、〝襲わないでね〟とアピールするが、通じているとも思えない。不安だ。
 鳥葬というものがあるが、生きているうちに味わいたくはない。

 だから足早に進み森を越えていく。すると視界の先に開けた場所が見えてきた。
 その幻想的な光景に、「神域ってやつか……」と思わずつぶやく。
 この光景を見たら当然だ。紫が強めの瑠璃色(るりいろ)の池が怪しく光りを蓄積し、その中心に島がある。
 その島へと続く赤いアーチ状の太鼓橋(たいこばし)があり、その先には朽ちた社があった。

「マジであったぞ。やっぱり山爺はここに来たことがあるのか。なら――帰れるッ!!」

 力の限り激しく走る。コケに滑りながらも走る。橋の板が腐っていても走る。が、踏み抜き片足が落ちる。
 も、橋の欄干(らんかん)にしがみつき、「フンガアア」と言いながらまた走る。 

「ゼェハァ~ゼェハァ~苦しぃ。つ、ついた。これで帰れるぞ!」

 この異常な空間から戻れると思うと、どうしようもなく嬉しくなる。
 さっそく社の前に行き、二度頭を下げた後に手を合わせようと肩幅に両手を広げた時だった。

 社の中から何か光るモノの気配……いや、視線を感じ「なんだあの疑似餌(ルアー)は?」と言ってから、それがおかしな事を言った(・・・・・・・・・)と気がつく。

 ただ光っている、それが何かがわからない。が、それが明確にルアーだと確信があった。
 なぜかだなんて説明できっこない。ただソイツがルアーだと分かっているし、俺を呼んでいるのだと分かった。

 一歩。社の階段をあがる。「やめておけよ」とつぶやき、もう一段あがり「日本へ帰るんだろう?」と、また一段のぼる。
 だが体は動くのをやめず、社の木製の引き戸を両手で持ち「引き返すなら今しかない」と言いつつ、思いっきり左右に開く。

 思いの外スムーズに〝スパーン!〟と開いた、格子状の引き戸の奥にソレはあった。
 黄金色に輝き不思議な青い霧をはなつ、ミノーと呼ばれる小魚を真似たルアーが。
 それがガラスよりも透明度が高く、ダイヤをブリリアントカットしたより、なお美しい台座の上に浮く。

 震える右手を伸ばし「だめだ」と言いながら右足を進め、「分かっているはずだ」と自分の釣りへの執着をさとり、「やめてくれよ」と口では拒否するが、黄金のルアーの前に立つ。

「なんて美しいルアーだ……まさに神がかっている……」

 そう言いながら無意識に両手を伸ばした瞬間、気がつけば黄金に輝くルアーを鷲掴(わしづか)みにして持っており、次に刺す痛みが右手に走る。

 思わず「痛ッ、何だ?」と右手を見れば、ルアーに付いている透きとおった釣り針(フック)が指にささっており、その痛みだと気がつく。

「クッ、やっちまったか。けどスゴイなこれ……透明な針とか見たことが無い。っと、感動している暇はない、刺さったまま放置すると取れなくなる。覚悟を決めてやる、か」

 釣り針が刺さったまま放置すると、指の肉が収縮し取りにくくなる。
 だから迷いなくライジャケのポケットからアイテムを出す。
 まずは釣り糸を三十センチほどにカットし、針にくぐらせて針のカーブ部分に引っかける。
 
 針の根元を軽く押さえ、それを思い切り、躊躇(ちゅうちょ)なく糸を引き抜く。
 これをストリング・ヤンク・テクニックと言うが、自分の腕に釣り針を刺して解説してくれている動画を見たが、あれは凄かった。

「せ~の……セイッ! あ痛たぁ!」

 何度やってもやっぱり痛い。でも躊躇しゆっくり抜くより、遥かに痛くないのがこの方法だ。
 とはいえ抜けた事に安心し、ふと力を抜いた瞬間に傷口から血が一滴、空中を舞う。
 それが不自然なカーブを描き、持っていたルアーの口へと付着すると、それが飲み込まれた。

「は? え、ちょっとまて。いま俺の血がルアーに――ッ!? なんだ!!」

 瞬間、黄金に輝くルアーがさらに光りだし、黄金色だった瞳が真紅に染まる。
 それが上下左右に動き出すと、最後に俺の目をジッと見つめ固定された。
 
 さらに異変はそれだけじゃ終わらない。
 社の中。それも俺を中心に四方から硬質なモノが割れた音がし、四つの朱色の鳥居が出現。
 混乱しながら周囲を見ると、鳥居の奥より無機質な声が響く。


 空間がバグったとしか思えないノイズ音が数秒聞こえ、その直後に始まる。

御目出度(おめでと)御座(ござ)イマス。【告】 対象者:島野(しまの)大和(やまと)。ガ。神釣島(かみつりじま)ノ封印ヲ。解除。シマシタ。完全封印解除。マデ。アト。三百七十秒』

 四方から聞こえる魂まで削られそうな恐怖と共に、この謎の現象に疑問を抱くより早く、「何なんだお前達は!?」と叫ぶ。
 が、俺をまったく無視したまま、無機質な声は機械的にカウントダウンを進める。

『三百秒――【警告】 対象:島野大和ノ肉体。ガ。完全封印解除。マデ。保ツ事ガ出来。マセン』
「オイ! おまえら話を聞けよ! 一体何を言ってい――ッ?! ぐぅぅぅ体が痛てえええ!!」
『【告】 指ノ。傷ヨリ侵入シタ。神釣島ノ風土病。ニヨル。感染症ガ。超急速。発症中。肉体細胞ノ崩壊ヲ。確認。細胞ノ蘇生案ヲ模索中。回答マデ。アト。三・ニ・一・回答:無シ。』

 体のあちこちが文字通り、聞いたことの無い音で悲鳴をあげ、胸も苦しくなり意識が飛びかける。
 だがさらに続く悪夢は、俺を昆虫か何かが騒いでいるかの如く相手にもしない。
 
『致死率判定。ヲ。文殊(もんじゅ)システム。へト権限を移譲……文殊システム。ノ。回答:〝文殊Ⅰ:死〟 〝文殊Ⅱ:死〟 〝文殊Ⅲ:死〟 致死率が100%と確定。サラニ。打開策を模索。回答マデ。アト。三・ニ・一・回答:細胞崩壊ヲ利用シ。肉体改造ヲ。推奨』

 意味がわからない。
 ただわかるのは、体が異状に熱く、のどや関節が焼けるほどに痛い事だけ。
 だからだろうか。陸に釣り上げられた魚の気分はこんな感じなのかと思い、それを味わえた事で少し釣った魚(やつら)に親近感を感じる。

『文殊システム。ヨリ。権限ヲ再譲渡。【告】 対象:島野大和ヘ緊急クエスト。ヲ。発令。現時刻ヨリ二百一秒以内。ニ。神釣池ノ魚ヲ。捕獲。ノチ。生体器官ヘ取リ込ム事ヲ。強ク。推奨』
「ぐぅぅ……なに……を言って……いるッ!?」

 そう叫ぶのも辛い。が、次の言葉で痛みが一瞬にしてぶっ飛ぶ。

『簡潔表現。魚ヲ。釣ッテ。食エ。以上』
「乗ったあああああああああああああ!!」

 その言葉で迷わずそう叫ぶ。釣り人(アングラー)として、死ぬ寸前まで釣り続けるのはなぜか?
 当たり前だ。そこに魚がいるのだから釣って釣って釣り死ぬまで釣り(しめ)る!!
 それを聞いた無機質ヤロウは、『エ゛!?』と初めて人間味がある一言をはっするが、すぐに元に戻りまた何かを言い出す。

『対象:島野大和。ノ。クエスト受諾ヲ。確認。【警告】釣具不足ノ。為。クエスト。遂行。不可』
「おい! ここまで来てそれはねぇだろ!? 今すぐ死にそうなんだから釣らせろ! 骨から砂になってもクエストをこなしてやるよ!!」

 冗談じゃない。体が崩壊しつつあるのが分かるからこそ、痛烈に分かる。俺はもうすぐ死ぬ。だから絶対に釣ってやるッ!!

『ソノ意気ヤヨシ。神具ナンバー寿槌三十八。ノ。譲渡許可を〝(ことわり)〟へ申請……【可】 此レヨリ天空の破片(ゴッドロッド)――ヲ。島野大和。ノ。執着心ノ強イ〝WSL〟ヘ変換シ。召喚。マデ。三・ニ・一・成功。対象:島野大和ヘ強制融合』

 瞬間、脳天へと何かが強烈に刺さる感覚の後、左手に俺の半身が現れた。
 そうだ、あの虹色に輝くロッドを持った感覚と同じ、最高に幸せを感じる満たされた感覚を。
 だから目を見開きソレを見る。最高品質……いや、最特級品質のコルクを惜しげもなく使い、肌に吸い付くグリップを思わせる握り心地。

 その戻ってきた(・・・・・)感覚に魂がふるえ叫ぶ。

「魂が求めるアツイ思いに引かれて帰って来たのか!? 俺のWSL!! おれ……の……WS……え゛?」

 手に持つそれは〝ただの木の棒〟であり、それが右手に不自然なほど馴染んでいた。
 しかも先端からナイロンみたいな糸が出ており、その先が不自然に動いてる。
 まるで生き物みたいなその動きに驚くが、その暇もなく謎の声が話す。


『対象:島野大和。トノ完全融合。ヲ。確認。此レニヨリ。天空の破片(ゴッド・ロッド)人格(コア)を起動。マデ。三・ニ・一・完了。ヨウコソ。天釣ノ執事。ワーレン・シャール・ロッドマン』

 無機質な声がそう言うと、俺の右手の棒きれがかすかに動き、その後驚いたことに話し出す。

『ん……ここは……? ッ――またアナタ方ですか〝(ことわり)〟!? 毎度まいど気高い私を勝手にコアに設定してからに! しかもこんな棒っきれに封じるとは、言語道断ですよ!!』
「な、なんだぁ? 棒が話したぞ?!」
『棒って言わないでください! とはいえ、ほぉ……私を持てるほどの釣り馬鹿ですか。私はワーレン・シャール――』

 上から話す棒っきれに被せて話す。時間がないのだと。

「――ワーシャ! この際お前でいい、今すぐ釣らせろ! 人生最後の釣りが俺を呼んでいるッ!!」
『略さないでください! はぁ、またえらいド変態が今回の主ですか……よく分かりませんがいいでしょう。協力をいたしますよ』
「よっしゃ、そうこくてはな! それで〝(ことわり)〟って言うのか? どうすればいいんだ?」

 すると入口側の鳥居が消え失せ、その先に来た時に通った瑠璃色(るりいろ)の池が見える。
 
天空の破片(ゴッド・ロッド)ヘノ。入魂ガ。完了。此レニヨリ。釣具完全開放(ウェポンズフリー)ト。ナリマシタ。【告】 対象:島野大和。ノ。死亡マデ。残リ。八十秒。質問ヘノ回答:池ノ。蒼ク。プラチナ色ノ魚。釣リ。食ウ。以上』
「ちょ、ちょっと待て! いくらなんでも一分ちょいで釣って食えってのか!?」

 まずはルアーを糸に結束し、棒の質感を確かめながら釣る……。しかも魚がどこに居るかすらも分からない。
 この状況でたった八十秒だと? 冗談じゃない、冗談じゃない、が。

「だからこそ人生最後の釣りとしての条件は完璧だッ!! 行くぞ棒っきれ、俺に力を貸せ!!」
『誰が棒ですか誰が!! とはいえ、その体で走りながら仕掛けを作るとは面白い』

 無理だと分かりつつも、体が魚を求める。
 高熱と激痛で意識が飛びそうになるが、それを凌駕する釣りへの執着。
 超濃密に脳内を駆け巡るアドレナリンが痛みを吹き飛ばすが、進む度に手足が縮む感覚に襲われる。
 だからなのか、先程祭壇にあった黄金のルアーを、ナイロン糸と結束しようとするがうまくいかない。

「クッ……うまく結束出来ねぇ。普通なら走りながらでも簡単にできるのに」
『無理もないですよ。貴方死にそうじゃないですか』
「だからそうなんだよ。でもな、死んでも釣ってやるのさ」
『生粋の変態デスネ。普通なら泣き叫びそうなものですがね』

 棒きれのくせに呆れながら俺を(わら)う。
 生意気なやつだが、なぜか憎めない。そんな気がするやつだが、驚くことを言い出す。

『さて主よ。最初にして最後の奉公となりましょうか。まずはWSL(わたし)を強く握りしめ、こう願ってください――〝神魚の疑似餌(ゴッド・ルアー)よ、我に力を示せ〟――と』

 瞬間その意味がストンと頭へ落ちてくる。
 どうしたらいいのかが棒より伝わり、そしてその意味を理解してルアーへと迷いなく口を開く。

「そう真っ赤な瞳で期待するなよ。大丈夫だ……もっと、ハデに、期待以上の面白さを魅せてやる! だから神魚の疑似餌(ゴッド・ルアー)よ俺に力を示せ!!」

 硬質なルアーが、まるで生きているようにビクリと動くと、驚いたことに口が開き、ナイロンの糸を噛みしめる。
 瞬間、ルアーと棒が一体となった感覚を感じ、その後に俺の体とも繋がった感覚になった。

「うぉ!? な、なんだこの感覚は。しかも糸とルアーが融合してるぞ!」
『ふふ、そうです。これが私と主のスキル〝人釣一体(じんちょういったい)〟です。今の主ならルアーの半径十センチほどに、何があるのかが分かるはずです』

 そう言われて初めて気がつく。
 黄金のルアー周辺にある空気の密度が、右手から伝わりまるで触っているかのように感じた。

「これは凄いな。あぁ凄い……ふふ……フハハハッ、なんて最高のスキルだ! こんなルアーに目がついたようなもの、完全にチートすぎるぞ!」
『ぇ、いや。まだそこまでのモノでは無いはずですが』
「分かっていない、分かってないねぇ棒っきれ。魅せてやるよ、本当のアングラーってやつをな!!」

 そう言いながら、瑠璃色の池のほとりへとたどり着き、池の中を鋭くにらむ。
 すると複数いる魚の中に、一匹だけ妙に美しく蒼白銀色に輝く、神秘的な魚がいた。


「見つけたッ! アイツが俺の最後の獲物か!!」

 池の中を泳ぐ、全長三十センチほどの蒼白銀の魚。
 細身だが、身が引き締まり実に美味そうだと、熱で熱いのどを鳴らす。

『主よ、一つアドバイスを。ルアーをヤツの目前へ投げて(キャスト)はいけません。特にあの魚は特殊です。警戒し、二度と同じルアーを食うことはないでしょう』

 棒っきれにそう言われ、その意味を理解する。警戒心の強い魚は一度でも恐怖を感じると、ルアーはむろん、生餌すら食べない。
 特にあの獲物はそれが激しいらしく、恐怖を与えると二度と食わない。ならやる事は一つだ。

 だから「了解だ、任せとけ」といいつつ、木の棒を強く握りしめ「行ってこおおおおい!!」と黄金のルアーを放り投げる。
 ピッチングと呼ばれる手法でルアーを左手に持ち、棒っきれを下に向けて、振り払うようにルアーをキャストする。

 低弾道で伸びながら、蒼白銀の魚へ向けて飛んでいく黄金のルアー。
 やがてヤツの目前に着水(・・・・・)した事で、棒っきれが声を張り上げる。

『ッ!? な、何をしているのですか貴方は!! もう二度とあの魚は食いませんよ!!』

 そう棒っきれが叫ぶと同時に、〝(ことわり)〟が無情にカウントダウンを始める。
 どうやら残り四十秒らしいが、それだけあれば十分だ。
 さらにルアーを激しく動かし、水面を波立たせた。

「大丈夫だ問題ない」
『何を言っているのです! ヤツ意外の魚も全て散ってしまったではないですか!!』
「そう、そこが狙い目だ……いいか、棒っきれ。魚の習性を見極めろ。こんなふうに、な?」

 棒っきれを小刻みにシェイクし、蒼白銀の魚の横へと誘導させる。
 当然ヤツはそれを捕食するどころか、距離が離れてしまう。

『ほら、もう興味が無くなった! 捕食する気がないのですよ!』
「だろうな……が、コイツならどうだ?」
『何を言って――ッ、まさか!?』

 棒っきれが驚くと同時に、蒼白銀の魚がルアーへと突進してきた。
 それを棒っきれを動かして(かわ)し、さらに水深が浅い場所(シャロー)へとルアーを誘導。
 そこにある岩の裏側へとルアーを潜らせて、そのまま待機させ静かに沈ませる。

「そう、そのまさかだ……蒼白銀の魚(コイツ)は極度の臆病であると同時に、その習性は守りにある。こいつは縄張り意識がとてつもなく強い。だからその石の周辺だけ、他の魚が寄って(・・・・・・・)来なかった(・・・・・)のさ」

 ひと目見た時から分かった。あの独特な動きは、縄張り意識が強い(あゆ)にそっくりだった。
 だから俺は賭けた。ルアーを食わせるには、何投か投げなくてはいけないこともある。
 それではタイムオーバーだ。だからヤツの闘争本能に賭けた。つまりヤツの縄張りに入った魚を追い出す習性に。
 
「水圧の変化を感じる……近づいて来ている……あと一メートル……三十センチ……射程内(十センチ)……ニ、一、フィィィィッシュッ!!」

 ここから見れば岩の裏だが、棒っきれのスキル〝人釣一体(じんちょういったい)〟で水圧の変化を感じ、さらに蒼白銀の魚がルアーへとアタックした瞬間を感じ、同時に透明な針をヤツのアゴ先へと突き刺す。
 
 これまで感じたことのないルアーから伝わる振動と、蒼白銀の魚の動きが手に取るほどに分かる感覚に驚く。

「くああああッ! なんつぅ引きだよ! あの魚体でこの引きとか異状すぎるぞ!?」
『た、たしかにおかしいです。この引きはメーターオーバーの大物クラスですぞ!?』
「もう少し棒っきれ(おまえ)に粘りがあればあああッ!」

 ほぼ曲がらない棒っきれのスペック。それは仕方ない、ただの棒なのだから。
 カウントダウンも残り三十秒をきった。焦りがもれるが、棒っきれが鋭く叫ぶ。

『主よ! 今の貴方の目には棒に視えるかも知れません。が、私は貴方の半身だと言うことをお忘れなく!!』
「そうだったな。もうお前が俺の一部だと言うのは分かる」

 〝(ことわり)〟に無理やり融合させられた時から分かる。
 この棒っきれ(ロッド)は俺の相棒なのだと。だからこそ信じる、コイツがWSLであると。