その光景を見たゲスダーは、崩れる体をなんとか維持しつつも、まだ神気取りで叫ぶ。
「ヴァアカメ! げふぉッ、まだ神兵は健在なヴぉふッ!!」
「なんだよ、まだ生きていたのか? アリシアを抜いたのに、よく保っていられる」
「神! そうヴぁ! かみ゛のち゛か゛ら゛だッ!!」
実に鬱陶しい。
だから「そうかい、ならコイツと仲良く神様ゴッコでもしてろよ」と言いつつ、海底に潜むヘドロみたいな魚を釣り上げる。
それを見たアリシアは真っ青に顔をそめて叫ぶ。
「ヤ、ヤマトさんそれは危険な魔物です! ヘドロイヤーと言って、強い幻覚作用と猛毒をもつ魔魚ですよ!?」
「へぇ……ならコイツと遊ぶんだな。そらよ」
うじゅうじゅと蠢くヘドロイヤーを、ゲスダーへ向けて放つ。
やつも真っ青になりながら「やめッ! やめ!? やめてえええええええ!!」と、神様モードはどこへやら?
情けなく叫ぶ自称神の口の中へと、ヘドロイヤーを強制的にほうり込んでさしあげた。
すると聞くに堪えない叫び声を三十四回上げた後、逆さの顔からおぞましい体液を巻き散らし、完全に正気を失い権天使だったモノがウゾウゾと崩壊。
だがまだ生きているようで、見境なく堕天使まで喰い始めた。
「うぉ!? なんだアイツ……」
「ヘドロイヤーの毒にやられると、〝欲〟に取り憑かれた後に、苦しみ抜いて死にます……」
「よく知っているなアリシア」
「ええ、この国で一番危険な海の魔物とされていますし、もし見つけたら死にものぐるいで逃げないと、追って来てああなりますので……」
よく分からない肉片になり、それでも他者を喰らおうと触手を伸ばす物体。
自称神の姿はそこにはなく、もはや醜悪な生物となっていた。
アリシアを連れてそこから離れ、マストの上からゲスダーだったものを見る。
「ゲスダー……馬鹿な事をしなければ、こんな事にならなかったのに……」
『あれは食欲といったところですかな』
「だろうな。さて、あとは天にいる堕天使どもだが……」
皇魚の背中から無数の水の刃が飛び出し、堕天使の群れを襲う。
まるで潜水艦がミサイルを放っているように見え、その戦闘力の凄まじさに驚く、が。
「うぉッ!? あぶねぇ!!」
『まぁヤツからしたら主も立派な敵ですからね』
頼もしくすら感じていたが、同時に俺へ向けても水の刃を飛ばす。
皇魚の中身が中身だけに、それも当然なのだろう。
「ったく、なんて躾の悪い魚だ」
『飼い主に似たのですよ』
「失礼な。なら……誰が飼い主かをその身に刻んでやるよ」
魔釣力を思い切り込めた相棒から伝わる黄金のルアー。
そいつを躾のなっていない白銀鱗のクジラへと投げつける。
ヤツの口に入った瞬間、「コイツでどうだあああ!!」と強制的に動きを制御。
「わ、すごい! あんなに大きなクジラさんが止まった!?」
同時に攻撃も止まり、一気に堕天使が皇魚へと襲いかかる。
「いい感じにまとまってくれたじゃねぇか……今日も晴天、異世界晴れってやつには、泳がせ釣りもいいものだ。なぁそう思うだろ皇魚も?」
『ま、まさか主よ! それは流石に無謀ですぞ!?』
「無謀かどうかは俺が決める! だから――――朝焼けの空を喰らい尽くせ! 白銀帝!! オラアアアアアぶッ飛べええええええ!!」
皇魚あらため、白銀帝と名付けた大クジラ。
俺の全ての力を使い海中から引きずりだした巨体は、この船団まるごと飲み込むほどの大きさ。
それが冗談みたく放物線を描き、堕天使群へと大口を開き襲いかかる。
いくら天使の動きが早いとは言え、こっちも思い切り飛ばしたスピードと、白銀帝の空気を恐ろしいほどに吸い込む力。
それらが一体となり、次々と堕天使を呑み込み駆逐する。
ヤツの体の中が、天使が消滅した時に光る粒子で青く光り、巨大なクジラのバルーンのようだ。
そのまま失速し、海中へと落ちたと同時に、23式星座のリールを思い切り巻き取りながら、相棒を背後へと引き上げる。
「食べ残しは失礼だろ?」
『ええ、実に上品ですよ主』
「ふぇぇえぇ……凄すぎて何が何だか……」
アリシアが驚くのも無理もない。
また空へ向けて巨大なクジラが飛翔し、残りの堕天使を喰い付くしたのだから。
◇◇◇
◇
――ゲスダーが最悪の海の魔物と融合し、数分後の旗艦の一室にヴァルマークは居た。
彼の足元には多数の死体が転がっており、その中には船長の姿も見える。
そして最後に残った、震える女性士官へ向き直ると、剣を向けて話す――。
「ひっぃ、殿下……どうか……お許しを」
「今から十分前の事だ。キサマはどこにおった? なぁ答えてはくれぬか?」
「そ、それは……」
「んん。聞こえないのか? ならその耳は要らぬな」
言いワケがましいクズが。まずは剣を一振りし、女性士官の右耳を落とす。
「ぎゃあああああ!? お、お許しを!!」
「今からニ十分前の事だ。キサマは何をしておった?」
「ヴァ、ヴァルマーク様を案じておりました! ですから聖女が逃げ出さないように、私はあの娘の足に魔法を放って転ばせたのです!!」
「ほぉ……我が妹の足にか。ならキサマもその足を捧げてみよ!」
骨を断ち切る鈍く硬い音がひびき、女性士官は口から泡を吹き倒れる。
「そもそもオレを見捨てた事で死罪確定だ、タワケめが!!」
「や、やめ、やめてくだギャアアアア!!」
ヤメルわけがなかろうが馬鹿め。
両目を剣で突かれた気分はどうだ? いや、まだ甘いな。さらにそれを押し込みコロス。
みっともなく暴れおって下民が。
「フン、逆賊めが。どいつもコイツも役に立たない。ここからどう脱出する? クソ、なぜこうなった!? 俺は皇帝ぞ? アスガルド帝国の皇帝ぞ!? それがなぜこんな目に! それもこれもアリシアのヤツが、こんな島を見つけたから……ん?」
剣を転がる死体へ何度も突き刺して苛つきを抑えていた時、背後の扉がきしみながら開く。
そこを見ると、ゾンビに似た肉の塊が、這いずりながら部屋へと入ってきたのが見える。
「なッ!? なんだキサマは!! ひッひぃぃぃ」
その肉塊は両手を死体へと伸ばし、それを口に似たナニカで喰らいつく。
恐ろしい肉をすする音と、咀嚼音にゾっとして尻もちを付き後ずさる。
その音に気がついたのか、ゆっくりと手らしきモノをオレへと向けて来る。気色が悪すぎるぞ!?
奥の部屋へと扉を開き、急いで鍵を締めてやり過ごす。
「な、なんなのだあの化け物は……だ、だれぞある!? オレを守れ! オレを守り、帝城へもどる事が出来たあかつきには、好きな褒美をくれてやるぞ! 誰ぞ名乗り出ぬか!!」
返事を待つ事数十秒。
威勢のよい部下の返事は聞こえず、それに苛立ち周囲を見渡すが、違和感を感じる。
ここは先程まで下級兵がおり、その中から船長などを連れ出したのだ。
ならば複数人がいていいはずだが、誰もオレの命に反応をしない。
苛つきながら部屋のすみをよく見れば、兵士が集まっていた。そう……死体となって。
「あひゃああああ!? な、なぜ死んでいるのだッ?! 先程まで普通にしていたではないか!!」
その一部がモゾリと動き、頭らしきものがムクリとオレを見る。
「ぬ?! 生きていたのなら返事をせぬか!! まぁよい、今すぐ脱出をするぞ! 付いて参れ!! だが向こうはダメだ、右の通路から脱出せよ!」
そういいながら足を動かそうとするが、左足を誰かに掴まれて倒れてしまう。
「何や……ひぁあああああ?! き、キサマは船長?! なぜ生きてお……る?」
よく見れば船長の胴体が長い。
その先にあるのは、壁を壊してきた先程の白い肉片みたいなナニカだ。
それに寄生されたのか、船長は虚ろな瞳でオレへと話す。
「でんが……一人で……逃げ……る……なんて……ゆるさ……ない」
「は、離さぬか馬鹿者がッ!!」
クソ、化け物! 汚い手を離すのだ! なぜ皇帝の俺がこんな目に。
何とか逃げ切り、次の部屋の扉へと手をかけた瞬間、先程の生き残りが覆いかぶさってきた。
「殿がぁぁ……ハラが減りました……」
「馬鹿者! 今はそれどころじゃ――ヒアアアアアアアア?!」
左耳をそいつに噛みちぎられ、熱くぬるい感覚で痛み認識したときには、もう遅い。
「オ、オレの左耳がああああああ?! くそぉどけえええ!!」
強引に押しのけ、なんとか廊下まで逃げる。
「ハァハァハァ……救命艇の場所までいけば……」
途中であちこちから湧いてくる白い肉片に、左ふくろはぎを噛みちぎられ、さらに角を曲がった所で右小指を噛み砕かれ、ほうほうの体で目的地である、救命艇の格納庫へと到着した。
「ぐぅぅ……痛い。痛すぎる……皇帝に即位したら、禁軍を引き連れてこの恨み必ずはらしてやるッ」
絶対にあの島は消し去ってやる。あのクソ生意気なガキも全部だ。
だがまずはこの痛みを何とかしたい。クソクソクソオオオオオオ!!
「絶対に……絶対に許さん……ハァハァ……ん? あれは……アリシア!! この兄を救いに来たのか?!」
救命艇の上にうずくまる、見慣れた聖女の証たる〝セイント・ローブの頭巾〟を被った娘がいた。
そうだ。あれは紛れもないオレの最愛の妹、アリシア!!
これで助かる! ヤツの戦闘力もさることながら、回復魔法は絶大だからな!!
「ハッハッハ! よく兄の窮地に駆けつけた!! まずはオレの傷を癒す栄誉をやろう…………どうした、なぜ黙っておる?」
なんだ? むくれておるのか? ふん、生意気な。
「何をしておる、早くせぬか!!」
「…………」
「チッ、なればオレがそこまで行ってやるからありがたく思え!!」
そう言いながらアリシアの元へと向かい、ヤツの眼の前にきた時にアリシアが静かに話す。
『今から十分前の事だ。キサマはどこにおった? なぁ答えてはくれぬか?』
なんだ……どこかで聞いたことのあるセリフ……?
「キサマ! 兄にむかってなんと言う口を利く!! 兄上様と呼ばぬか!! それより早く直せ!! 痛くてかなわんのだ!!」
『今からニ十分前の事だ。キサマは何をしておった?』
また何を言い出す? ん……まて、まてよ。これは俺が先程言った事か?
「いい加減にせぬかアリシア! なぜ俺が先程言った事を真似する?! 早く回復しろ!」
『……んん。聞こえないのか? ならその耳は要らぬな』
フザケタ事を言うアリシアに、怒りのまま拳を叩き込む寸前、右耳に〝ざりっ〟とした音と共に、またもや暖かくぬめりとした感覚で気がつく。
そして、そっと右耳をさわると、そこには歯型があり耳が無くなっていた。
「ぎゃああああああ?! あ、アリシアなにをッ――――ひぃあああああああ?! なんだキサマはあああ?!」
そこに居たのはアリシアだった。
が、髪は血管でできており、目は漆黒にくぼみ、衣服は無いが、セイントローブだけはかぶっていた。
あの被り物に騙された?!
そう思ったときには既に遅く、アリシアの化け物は俺の体に喰らいつく。
「やめ゛え゛え゛! 痛た゛い゛痛た゛い゛痛た゛い゛痛た゛い゛痛た゛い゛!!」
『兄上様兄上様兄上様兄上様兄上様兄上様兄上様兄上様……』
「おねが……ギャアアアア?! 腕をちぎるなああああああ!! ごふぉ……ノ……ド……が……」
い、息が出来ぬ?!
この仕打ちは何だ?! こんな化け物にオレは喰われるのか?!
いやだ、いやだ、死にたくな――――――。
船倉にひびく生々しい咀嚼音で、俺は喰われている事に恐怖しか感じれない。
一秒が一年に感じるほどに長く辛い苦しい時間。
それをどうする事も出来ず、オレは次第に痛みに耐えきれなくなり気が狂う事しか出来なかった。
◇◇◇
◇
――同時刻。旗艦から脱出したヤマトたちは、まだかろうじて船の役割を果たす一隻に飛び移っていた。
冗談みたいに白銀帝に飲み込まれた堕天使群はすでになく、アリシアがゲスダーと離れ神の力が消失した事で、ヘヴンズ・ゲートも消え去った。
消えた堕天使と門があった場所を、呆然と見上げる帝国兵たち。
それにアリシアは大声で呼びかける。
「みなさん聞いてください! 兄はここにいる青髪の彼――神釣島の主に敗北しました!」
その宣言で、海上をただよう兵士達は自然と口からおとぎ話を語る。
「や……やっぱりおとぎ話は本当だったんだ……」
「あぁ。俺らはなんてものに手を出そうとしていたんだ……」
アリシアは少し間を開けて、演説を再開する。
「そうです! この島は私達がおいそれと、手を出してよい場所ではありません! だからこそ、皇帝と自称する兄は敗れ去ったのです!!」
どよめきが一斉に広がり、その中でまた続ける。
「もう一度言います! 悪逆な兄は敗れ去った。だからもうこの戦は無意味です! この事実を今すぐ帝都へ持ち帰り、ニ度とこの島へ侵攻する事は許しません!! この大聖女・アリシア・フォン・アスガルドの名の下に、神釣島は慈愛の女神の休息場へと認定します!!」
その瞬間だった。
天高く鐘の音がひびきき渡り、無数の色とりどりの花びらが降り注ぐ。
さらに優しい虹色の雨がふりそそぎ、負傷兵たちを癒やす。
その奇跡に兵士たちは湧き上がり、これまでの事を思い出す。
「傷が治った?! こ、これもアリシア様のお力……俺たちはなんて事を……」
「あぁ。それに今生きていられるのも、あのガキ。いや、奇跡の島の主が俺らを守ってくれたからだ」
兵士たちは口々にそう言うと、ふよふよと飛ぶヒヨコと、その上に乗っている子狐を見上げる。
なぜか得意げに、ふんぞり返る子狐は「われを崇めるんだわん!」と言っているようだ。
それに湧き上がる子狐崇拝者と、ヒヨコ崇拝者。
さらにこの奇跡をまのあたりにした事で、アリシアへ泣き詫びる者が多数現れ、アリシアコールが起こる。
色々とスゴイ光景に、さすがの俺もびびりアリシアと話す。
「すげぇ……なんだよこれ? 傷が治る雨とか、やっぱり女神様てやつかアリシア?」
「はい。私も驚きましたが、慈愛の女神様が本当に神釣島を聖域に認定されたようです……自分でお願いしておきながら、信じられないです……」
それに相棒が苦々しく話す。
『何が聖域ですか。ここはもとより主の島。それをしゃしゃり出て生意気な』
「あぅ!? そ、そのごめんなさいロッドマンさん」
『あぁ、ゾンビ娘を責めているわけじゃないですよ。ねぇ主?』
「そうだぞアリシア。勝手に俺の島にツバつけた女神が悪い」
そう言っていると、空からわん太郎たちが降りてきて、何やら焦っている。なんだ?
「大和ぉ! 大変だわん、ゲス天使が居た船が向かってくるんだワン!!」
「あん? うわぁ……キモすぎるだろあれ」
見れば触手になった色々なモノを振り回しながら、こっちへと向かって来ていた。
どうやら向こうので喰い付くし、今度はこっちへ目をつけたらしい。
『やれやれ。あれで神とは恐れ入りますな』
「ちがいない。さてと……サクっと片付けて帰ろうぜ?」
全員がうなずくのを確認し、腹いっぱいになったのか洋上にぷかりと浮かぶ白銀のクジラへと命ずる。
「おい白銀帝! デザートは好きか? あぁ返事はいい。ほら、珍味クラスのデザートを食わせてやるから――――行ってこおおおおおおおい!!」
大きい丸い瞳をさらに大きくして驚く白銀帝。
抗議するように「ブモオオオオ!?」と叫びながら、釣り竿・星座のリール・黄金のルアーのゴッズ・三兄弟で強化された俺にぶん投げられる。
恨みがましい声とは裏腹に、でかい口を開き巨大戦艦を一口で呑み込み、そのままゴクリと消化する。
あまりの豪快さに兵士たちを始め、やった俺ですら驚くが、白銀帝はなんの事もないように一つゲフリと息を吐き、静かに着水した。どうなってんだ色々と?
「なにはともあれヨシ! あとは……っと」
ゴッド・ルアーを手元へと戻し、建築用の虎色のルアーへと変える。
それを勢いよく海面へと投げ込み、周囲に浮く木材を集めて、ボロボロの船を補修。
ついでに色々としばり、簡単なイカダも作りこの船へと縛り付けた。
「これでコイツらも国へ帰れるだろう。オイ! おまえら!! 今回は助けてやるけど、二度目はないからな? 分かったらもう来るんじゃないぞ!?」
見たことがない魔法に、驚き、畏怖し、すべての兵士達が高速で頷く。
その様子を見て、アリシアがこちらへと向くと、深々と頭をさげて「私ばかりか皆さんを助けてくれて、本当にありがとう」という。
「あぁ~なんだ。おまえを助けるついでだよ。それに子供が悲しむ顔は見たくないからな」
そういいながらどうにも照れくさい。
だから背中を向けて海の向こうを見ていると、「私がお姉さんなんですからね?」とアリシアは嬉しそうに話すのだった。
◇◇◇
◇
――あれから数日が過ぎ、私は初めて誰の目も気にせずにお日様の元を歩いている。
さくさくりと砂浜をあるき、振り向けば私の足跡だけが海岸沿いに続いている。
そう、ここはヤマトさんの島で、伝説と歌われた神釣島。
冗談みたいな話だけれど、そんな場所に今、私はいた。
どこまでも広がる、オーシャンブルーの海から吹き込む 心地よい潮風が頬をなでたことで、思わず立ち止まる。
いつもだったら強風でも気にしない髪の毛も、聖女として着用を義務付けられていた、頭を覆うセイント・ウィンプルが覆っていた事で守ってくれていた。
同時に鬱陶しいそれから解放されたのだと、風になびく髪の感触で私は本当に自由なんだなということが、しみじみと実感できた。
そして重々しく苦痛を与え続けられた、困った同居人のいない爽快感。
これが本当にありがたかった。
「本当に私の体から呪いが消え去ったなんて、いまだに信じられない……」
あれから数日経つというのに、未だにそれが信じられなくて左の頬をよくさすってしまう。
とても魚鱗があったとは信じられないくらいに、すべすべとした肌になっていたことに驚く。
そしてなんと言っても嬉しかったのは、体を蝕む魔女の呪いを見た人々に恐れられる事が無くなったということ。
みんなが呪われた私をみて恐れる顔は、肌の見た目より一番しんどかった。
太陽を背に砂浜へと腰を下ろし、静かに波が足元をなでる音を聞きながら本心がこぼれ落ちる。
「もうみんなから、汚れた聖女って言われることはないんだよね……」
そう独り言をつぶやいてみるけれれど、だれも居ない事に気が付き恥ずかしくなる。
「言ったヤツらは俺が釣り上げてやるさ」
ふと、後ろから声が聞こえ思わず振り返る。
それは太陽を背負い、光に照らされて碧い髪がとても美しい年下の男の子――。
「――ヤマトさん!? もぅ、いつからいたんですか?」
「今だよ。アリシアがあまりに遅いから、何かあったのかと思って迎えにきたのさ」
『そうですよ。それに今日も、主役のゾンビ娘がいないと始められませんからね』
「ロッドマンさん……」
ヤマトさんは座る私へと左手を差し出すと、「さ、行こうぜ? みんな待ってる」と話す。
それに「はい!」と応え、彼の手を取った瞬間、体が浮遊する感覚で驚く。
「きゃあああああ!? ふ、普通に帰りましょうよぉぉぉ」
「いやぁ、年のせいか最近歩くのが面倒でさぁ」
「私より若いくせにぃぃぃ!?」
突如空中へ持ち上げられ、そのまま木々の間を高速で飛び回る。
そんな芸当が出来るのも、ヤマトさんが持つゴッズアイテムと呼ばれる神の釣具のおかげらしい。
それに彼自身も、あの堕天使との戦いで力を増し、デミゴッドという亜神になったと言うから、もうびっくりすぎるよね。
そんな風に思いながら、ヤマトさんにしっかりと抱かれいる今がとても恥ずかしい。
よく分からないけど、ここ数日ヤマトさんが近くにくるだけで顔が赤くなる。
そんな私を見てロッドマンさんや、わん太郎ちゃんは「『ほほぅ』」とニヤけているのはなぜ?
私がひとり困っているからヤマトさんもそうだと思ったけれど、全然照れもしないのが少し悔しい。うそです。むぅ、すっごく悔しい。
それに彼はなぜか私を子供扱いして、大人ぶっているのも悔しいのです。むぅ!
「むぅむぅむぅ」
「お、新種のカエルか?」
『むぅむぅカエルと言う種がこの島にいますが、それのモノマネでは?』
「それか! 芸達者になったアリシア。俺は感動したぞ!?」
「ち~が~い~ま~すぅ~!! もぅ、私を子供扱いして」
「まぁ子供だしな。っと、見えてきたぞ」
森を抜けた先、眼下に広がるのは光り輝く純白のビーチ。
そこへ崖の上から一気に落下しながら、絶叫してヤマトさんへと強く抱きつく。
「く、くるしいから少し離せって! っと、いたいた。おいエマージェ受け止めてくれ!!」
十五メートル下に、わん太郎ちゃんを頭に乗せたエマちゃんが「ぽみょぽみょ!?」いいながら焦っている。
そこへ勢いよく、お腹のハートマークへと突っ込むと、〝もっふわ~〟とした幸福に包まれて、恐ろしい空中移動もやっと終わった……けれど、もふもふお腹にもっと埋もれていたい。
「ふぇぇ~エマちゃん気持ちがいいですぅ」
「ぽみょ~♪」
エマちゃんと私だけの世界……ふふ。なんて贅沢な時間なんだろう。
「おいおい、おまえら早くしろよ。もうみんな腹をすかせて待ってるんだからな?」
「んぁ~そうだワンよぅ。ワレはお腹が減ったからして、ゾンビ娘に苦言を投げつけてやるんだワン。駄娘!!」
「駄メーズに新しい仲間か! よかったなアリシア?」
「よくないですぅ! もぅ……」
エマちゃんから抜け出て、あらためて周囲を見渡す。
あれからみんなで砂浜に色々と作り、今や立派なリゾートを楽しめる、この世の楽園と言えるほどに贅沢な場所となった。
その中でも、ヤシの木と葉っぱで作った屋根の下、ヤマトさんが考案したバーベキューコンロという物があり、そこでお肉やお魚を焼いて食べるという場所が最高♪
焼台をグルリと囲み、総勢十人は座れる場所にした。
そこへ座るみんなから、一斉に声がかかる。
「「「おかえりなさいアリシア様!!」」」
「はい。お待たせしてすみません、ただいま戻りました」
男女合わせて八名からの挨拶。それは私が監禁されていた時、命をかけて助けてくれた兵士のみんなだった。
彼らがなぜここにいるのかと言うと、全てが終わった後に私をしたい、この島へと移住をしたいと熱烈にお願いされたからなんだよね。
そんな彼らにヤマトさんは、ジロリと睨むと「俺を裏切るのはいい。だが、アリシアを泣かせる事があれば、おまえらを釣り上げ三枚にオロス。その覚悟があるヤツだけ来い」と言った。
ヤマトさんの力を目の当たりにした彼らだ。その返事は高速で頭を振るい、ちょっと可愛そうだったかな。
「よし! これで準備は整った。じゃあ……始めるぞ、アリシアとお前らの第五回歓迎会を!!」
「あはは……かんぱーい」
そう申し訳なさげに宴会の始まりを私が言うと、全員元気よくそれにこたえてくれる。
それというのも、この歓迎会は連続で行われていて、その主役は私らしい。
一回だけでいいと言ったんだけど、ヤマトさんが「不自由な時間を過ごしたんだろう? ならここから楽しもうぜ?」と思いついたのが――。
「――第五回! アリシア祭りはっじまるぞ~!!」
そういうと全員が木製のカップをかかげる。
中身はこの島名産の、濃厚ヤシの実ジュース。
これを、わん太郎ちゃんが冷やしてくれるから、本当においしいんだよね。でも……。
「あはは……もう少し名前変えたほうが……」
『まったくですね。主はネーミングセンスが皆無ですから』
「うっさいわ。いいじゃん、アリシア祭りで。よし、なら今日から毎日アリシア祭りな!」
「や、やめてくださいよぅ。本当に恥ずかしいから、今日が最後にしてくださいね?」
「前向きに努力し、その要望に応えられるように全力で挑む所存です」
「あの、それって……やる気がないという事では?」
「そーともゆ~。っと、ほら。さっそく料理が来たぞ。今日は海牛の丸焼だから、シンプルに調味料をぶっかけて食べようぜ?」
最近沖合で見つかった、泳ぐ牛みたいなお魚。
それをヤマトさんが釣った時は結構みんなドン引きだったけれど、ロッドマンさんが『これは食用として最上級の肉の一つですよ』と教えてくれた事で、勇気を出して食べてみた。
そうしたら驚きの美味しさで、今は毎回食卓にあがるほどの人気ぶりなんだよね。
そんな海牛が豪快にバーベキュー台から切り落とされ、こんがりと香ばしい香りと共にやってきた。
「今日は俺の自信作だ。七色の調味料と、足元の海水から作った最高級の天然塩のコラボは、夢の味だと自負しとくぜ?」
「大和ぉ。足元の海水はまずそうなんだワン」
「ぽぽぴゅ~」
『まったく主ときたら……』
「ふふ。じゃあ、いただきいます」
ヤマトさんの言い方にみんなが呆れているけど、私にとってはそれもまた嬉しい。
アツアツで肉厚な肉片からこぼれ落ちる、極上の透明で油がのった肉汁。
それをおもむろに一口。
じっくりと旨味が口の中いっぱいに広がり、ぷつりと噛んだ瞬間、ふわりと繊維がほぐれ、その間からまた肉汁があふれてきた。
あまりの美味しさに震えながら食べたけれど、それが面白かったのか、ヤマトさんが「よし、今日もうまくいったな!」と喜ぶ。
それを見たみんなも早速かぶりつき、私と同じ様になった。ね? 絶対そうなるんだから。
「どうだ、美味いかよ……って、また泣くほど美味いのか?」
ヤマトさんの言葉に「え?」と驚く。
自分でも知らないうちに、また涙があふれちゃったみたい。
こんな何でも無い食事の光景。
みんなで笑い、冗談を言いながら、あたたかい同じ食事を楽しむ。
たったこれだけの事が、少し前の私にはおとぎ話の世界だった。
それが今は手の届く場所どころか、そこに自分もいて、みんなと笑いあい、幸せな時間を過ごす。
自分でも気が付かないまま、感謝の気持ちが涙になって流れ落ちた事に、今日もまた「はい……今が人生で最高に幸せな食事です」という。
「そっか……その幸せな食事がこれからもずっと続くから、好きなだけ泣けばいいさ」
ヤマトさんは、みんなの楽しそうな顔を見ながらそう言う。
それに泣き顔だけれど、目一杯の笑顔で「うんッ!!」と頷き、この光景を死ぬまで忘れないと心に誓った。
◇◇◇
◇
――大和とアリシアが五度目の歓迎会を開いている頃、とある泉のほとりに佇む一軒の屋敷へと、黒猫が走り寄る。
全て石でできたその屋敷は、古いが一目で高貴な人物が住んでいるのだろうと思える庭と、警備の兵士に囲まれていた。
が、どうにも兵士の様子が普通とは違う。
そんな兵士の隣を、漆黒の猫が通り過ぎざまに「魂の定着があまいニャ」とつぶやく。
どうやらこの猫、普通の黒猫じゃないらしく、足早に窓から侵入し、この屋敷の主を探す。
途中メイドに出会うが、そのメイドも少しおかしい。
なぜなら全て人形だったのだから……。
「泉の魔女様はどこにいるのかニャ?」
「ハイ。主様は書斎にいらっしゃるかと」
「ありがとニャ~」
メイドに挨拶をしつつ、黒猫は足早に進む。
ほどなくして、真っ赤な扉の前にくると、彼専用の小さな出入り口から中へと入る。
「泉の魔女様もどったニャ~」
そう声をかけるが、泉の魔女と呼ばれる三十路ほどの美しい女は独り言に夢中だ。
「おかしい……どう考えてもおかしいわよ。どうしてあの子の反応が曖昧なのかしら? んんん?」
「魔女さまぁ~おーい、泉の魔女様ぁ聞こえてますかニャー?」
まったく黒猫の事など眼中になく、分厚い本を開き、傍らに大きな水晶を覗きながらまた独り言を続ける。
「もぅしかたないニャァ~。泉の魔女さまぁ~えいッ!!」
黒猫はジャンプすると、魔女の頭へと飛び乗る。
それに驚き「み゛ぁ゛!?」と変な声をあげ、泉の魔女はひっくり返ってしまう。
「あいたた……もぅ、なんて事をするのよ黒曜!」
「何度も呼んだけれど、返事しない魔女様が悪いんだニャ。それで何か分かったかニャ?」
「ええ当然! なにも分からないわッ!!」
コテリとコケる黒曜。だがいつもの事だと思い直し、自分の知っている内容を話す。
「ハァ~仕方のない魔女様だニャ~。こっちは情報を掴んだのニャ。ちょっとアスガルドの帝都まで行って来たんだけどニャ――」
黒曜はこれまであった事を詳細に話す。
強欲な皇太子と皇女に施した呪いが解呪され、しかもそれを解呪した聖女へとそれが移った事を。
「え? って、待ってよ黒曜。あれは二人に分散させたから何とか平気だったけれど、人一人が背負うには重すぎる呪よ? 本当なら既に死んでいるはず……あ、もしかして死んじゃったから呪鱗の呪いが消えたのかしら?」
「違うのニャ。実は――」
黒曜はさらに驚きの話をする。
なんと聖女が行方不明になり、その結果、伝説の島――神釣島が現れたという。
さらにそこへ強欲な皇太子が乗り込み、島と聖女を手に入れるのだと言うことだった。
「まさかそんな事が……でもなぜ呪鱗が消えたのかしらね? んんん……考えていても仕方がないかな。って事でその島へ行ってみよ~!」
「工エエェェェェエエ工!? またそんな思いつきで行くのかニャ?」
「そりゃそうよ。自分の目で確かめないとね? さ、そうと決まれば早速いくわよ! おいで黒曜」
黒曜は「しかたないニャ……」と呆れながら、泉の魔女の肩へと飛び乗る。
「何が待っているのかしらねぇ。楽しみになってきたな♪」
そう言いながら、長い廊下を早足で歩く。
まだ見ぬ伝説とまで呼ばれている、神釣島をめざして。
◇◇◇
◇
――次の日の朝の神釣島。
コテージのバルコニーでぼんやりする。
視線の先にはビーチで遊ぶアリシアと、もふもふコンビが水遊びをしていた。
『……ずいぶんと明るくなりましたな』
「あぁ……本当にな」
俺が作った水着を着込み、エマージェを海面へ浮かせて、その上で水遊びをしているようだ。
その様子を見て、アリシアを慕ってきた仲間もそれに手をふる。
「あいつらの家も作ってやろうか」
『それがいいでしょうなぁ。ん……? 主よ! なにやら感じませんか!?』
突如相棒が緊迫した様子になり、何かを感じ取ったようだ。
が、当然俺もそれを感じており、ヤシの実ジュースを一口飲みながら呆れて話す。
「まぁ~た身の程知らずが来たのか」
『らしいですな。どういたしますか?』
残ったヤシの実ジュースを一気に飲み干し、殻を空中へと放り投げ相棒を一振り。
「どうもこうもねぇさ。俺の家に手を出す馬鹿には――」
――空中でヤシの実が真っ二つになり落ちる。
「世界が別々の光景になるようにしてやるまでさ」
『はっはっは。それでこそ我が主です』
「って事で行くか。お客様をおもてなしになッ!!」
そう言いながら、俺は相棒片手に大きくジャンプし、飛び降りながら空中を飛ぶ。
「魅せてやろうじゃねぇか。神釣島の主の実力ってやつをな!!」
口角を上げながら、次のヤシの木へとルアーを飛ばすのだった。
◇◇◇◇
あとがき
◇◇◇◇
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
全てを釣りで解決するお話、いかがでしたでしょうか?
気に入っていただけたのなら幸いです。
ここでお話は一旦終了となりますが、大幅に改稿してまた近いうちに出す予定です。
その時またお付き合いいただけたら、とても嬉しく思います。
貴重なお時間、本作をお楽しみいただきまして本当に大感謝です!!