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 ――あれから数日が過ぎ、私は初めて誰の目も気にせずにお日様の元を歩いている。
 
 さくさくりと砂浜をあるき、振り向けば私の足跡だけが海岸沿いに続いている。
 そう、ここはヤマトさんの島で、伝説と歌われた神釣島。

 冗談みたいな話だけれど、そんな場所に今、私はいた。

 どこまでも広がる、オーシャンブルーの海から吹き込む 心地よい潮風が頬をなでたことで、思わず立ち止まる。

 いつもだったら強風でも気にしない髪の毛も、聖女として着用を義務付けられていた、頭を覆うセイント・ウィンプルが覆っていた事で守ってくれていた。
 
 同時に鬱陶(うっとう)しいそれから解放されたのだと、風になびく髪の感触で私は本当に自由なんだなということが、しみじみと実感できた。

 そして重々しく苦痛を与え続けられた、困った同居人のいない爽快感。
 これが本当にありがたかった。

「本当に私の体から呪いが消え去ったなんて、いまだに信じられない……」

 あれから数日経つというのに、未だにそれが信じられなくて左の頬をよくさすってしまう。
 とても魚鱗があったとは信じられないくらいに、すべすべとした肌になっていたことに驚く。

 そしてなんと言っても嬉しかったのは、体を蝕む魔女の呪いを見た人々に恐れられる事が無くなったということ。
 みんなが呪われた私をみて恐れる顔は、肌の見た目より一番しんどかった。

 太陽を背に砂浜へと腰を下ろし、静かに波が足元をなでる音を聞きながら本心がこぼれ落ちる。
 
「もうみんなから、汚れた聖女って言われることはないんだよね……」

 そう独り言をつぶやいてみるけれれど、だれも居ない事に気が付き恥ずかしくなる。

「言ったヤツらは俺が釣り上げてやるさ」

 ふと、後ろから声が聞こえ思わず振り返る。
 それは太陽を背負い、光に照らされて碧い髪がとても美しい年下の男の子――。

「――ヤマトさん!? もぅ、いつからいたんですか?」
「今だよ。アリシアがあまりに遅いから、何かあったのかと思って迎えにきたのさ」
『そうですよ。それに今日も(・・・)、主役のゾンビ娘がいないと始められませんからね』
「ロッドマンさん……」

 ヤマトさんは座る私へと左手を差し出すと、「さ、行こうぜ? みんな待ってる」と話す。
 それに「はい!」と応え、彼の手を取った瞬間、体が浮遊する感覚で驚く。

「きゃあああああ!? ふ、普通に帰りましょうよぉぉぉ」
「いやぁ、年のせいか最近歩くのが面倒でさぁ」
「私より若いくせにぃぃぃ!?」

 突如空中へ持ち上げられ、そのまま木々の間を高速で飛び回る。
 そんな芸当が出来るのも、ヤマトさんが持つゴッズアイテムと呼ばれる神の釣具のおかげらしい。

 それに彼自身も、あの堕天使との戦いで力を増し、デミゴッドという亜神になったと言うから、もうびっくりすぎるよね。

 そんな風に思いながら、ヤマトさんにしっかりと抱かれいる今がとても恥ずかしい。
 よく分からないけど、ここ数日ヤマトさんが近くにくるだけで顔が赤くなる。

 そんな私を見てロッドマンさんや、わん太郎ちゃんは「『ほほぅ』」とニヤけているのはなぜ?

 私がひとり困っているからヤマトさんもそうだと思ったけれど、全然照れもしないのが少し悔しい。うそです。むぅ、すっごく悔しい。
 
 それに彼はなぜか私を子供扱いして、大人ぶっているのも悔しいのです。むぅ!

「むぅむぅむぅ」
「お、新種のカエルか?」
『むぅむぅカエルと言う種がこの島にいますが、それのモノマネでは?』
「それか! 芸達者になったアリシア。俺は感動したぞ!?」
「ち~が~い~ま~すぅ~!! もぅ、私を子供扱いして」
「まぁ子供だしな。っと、見えてきたぞ」

 森を抜けた先、眼下(・・)に広がるのは光り輝く純白のビーチ。
 そこへ崖の上から一気に落下しながら、絶叫してヤマトさんへと強く抱きつく。

「く、くるしいから少し離せって! っと、いたいた。おいエマージェ受け止めてくれ!!」

 十五メートル下に、わん太郎ちゃんを頭に乗せたエマちゃんが「ぽみょぽみょ!?」いいながら焦っている。

 そこへ勢いよく、お腹のハートマークへと突っ込むと、〝もっふわ~〟とした幸福に包まれて、恐ろしい空中移動もやっと終わった……けれど、もふもふお腹にもっと埋もれていたい。

「ふぇぇ~エマちゃん気持ちがいいですぅ」
「ぽみょ~♪」

 エマちゃんと私だけの世界……ふふ。なんて贅沢な時間なんだろう。

「おいおい、おまえら早くしろよ。もうみんな腹をすかせて待ってるんだからな?」
「んぁ~そうだワンよぅ。ワレはお腹が減ったからして、ゾンビ娘に苦言を投げつけてやるんだワン。駄娘!!」
「駄メーズに新しい仲間か! よかったなアリシア?」
「よくないですぅ! もぅ……」

 エマちゃんから抜け出て、あらためて周囲を見渡す。
 あれからみんなで砂浜に色々と作り、今や立派なリゾートを楽しめる、この世の楽園と言えるほどに贅沢な場所となった。

 その中でも、ヤシの木と葉っぱで作った屋根の下、ヤマトさんが考案したバーベキューコンロという物があり、そこでお肉やお魚を焼いて食べるという場所が最高♪

 焼台をグルリと囲み、総勢十人は座れる場所にした。
 そこへ座るみんなから、一斉に声がかかる。

「「「おかえりなさいアリシア様!!」」」
「はい。お待たせしてすみません、ただいま戻りました」

 男女合わせて八名からの挨拶。それは私が監禁されていた時、命をかけて助けてくれた兵士のみんなだった。

 彼らがなぜここにいるのかと言うと、全てが終わった後に私をしたい、この島へと移住をしたいと熱烈にお願いされたからなんだよね。

 そんな彼らにヤマトさんは、ジロリと睨むと「俺を裏切るのはいい。だが、アリシアを泣かせる事があれば、おまえらを釣り上げ三枚にオロス。その覚悟があるヤツだけ来い」と言った。

 ヤマトさんの力を目の当たりにした彼らだ。その返事は高速で頭を振るい、ちょっと可愛そうだったかな。

「よし! これで準備は整った。じゃあ……始めるぞ、アリシアとお前らの第五回歓迎会を!!」
「あはは……かんぱーい」

 そう申し訳なさげに宴会の始まりを私が言うと、全員元気よくそれにこたえてくれる。
 それというのも、この歓迎会は連続で行われていて、その主役は私らしい。

 一回だけでいいと言ったんだけど、ヤマトさんが「不自由な時間を過ごしたんだろう? ならここから楽しもうぜ?」と思いついたのが――。

「――第五回! アリシア祭りはっじまるぞ~!!」

 そういうと全員が木製のカップをかかげる。
 中身はこの島名産の、濃厚ヤシの実ジュース。
 
 これを、わん太郎ちゃんが冷やしてくれるから、本当においしいんだよね。でも……。

「あはは……もう少し名前変えたほうが……」
『まったくですね。主はネーミングセンスが皆無ですから』
「うっさいわ。いいじゃん、アリシア祭りで。よし、なら今日から毎日アリシア祭りな!」

「や、やめてくださいよぅ。本当に恥ずかしいから、今日が最後にしてくださいね?」
「前向きに努力し、その要望に応えられるように全力で挑む所存です」
「あの、それって……やる気がないという事では?」
「そーともゆ~。っと、ほら。さっそく料理が来たぞ。今日は海牛の丸焼だから、シンプルに調味料をぶっかけて食べようぜ?」

 最近沖合で見つかった、泳ぐ牛みたいなお魚。
 それをヤマトさんが釣った時は結構みんなドン引きだったけれど、ロッドマンさんが『これは食用として最上級の肉の一つですよ』と教えてくれた事で、勇気を出して食べてみた。

 そうしたら驚きの美味しさで、今は毎回食卓にあがるほどの人気ぶりなんだよね。

 そんな海牛が豪快にバーベキュー台から切り落とされ、こんがりと香ばしい香りと共にやってきた。

「今日は俺の自信作だ。七色の調味料と、足元の海水から作った最高級の天然塩のコラボは、夢の味だと自負しとくぜ?」
「大和ぉ。足元の海水はまずそうなんだワン」
「ぽぽぴゅ~」
『まったく主ときたら……』
「ふふ。じゃあ、いただきいます」

 ヤマトさんの言い方にみんなが呆れているけど、私にとってはそれもまた嬉しい。
 アツアツで肉厚な肉片からこぼれ落ちる、極上の透明で油がのった肉汁。

 それをおもむろに一口。
 じっくりと旨味が口の中いっぱいに広がり、ぷつりと噛んだ瞬間、ふわりと繊維がほぐれ、その間からまた肉汁があふれてきた。

 あまりの美味しさに震えながら食べたけれど、それが面白かったのか、ヤマトさんが「よし、今日もうまくいったな!」と喜ぶ。

 それを見たみんなも早速かぶりつき、私と同じ様になった。ね? 絶対そうなるんだから。

「どうだ、美味いかよ……って、また泣くほど美味いのか?」 

 ヤマトさんの言葉に「え?」と驚く。
 自分でも知らないうちに、また涙があふれちゃったみたい。

 こんな何でも無い食事の光景。

 みんなで笑い、冗談を言いながら、あたたかい同じ食事を楽しむ。
 たったこれだけの事が、少し前の私にはおとぎ話の世界だった。

 それが今は手の届く場所どころか、そこに自分もいて、みんなと笑いあい、幸せな時間を過ごす。
 
 自分でも気が付かないまま、感謝の気持ちが涙になって流れ落ちた事に、今日もまた「はい……今が人生で最高に幸せな食事です」という。

「そっか……その幸せな食事がこれからもずっと続くから、好きなだけ泣けばいいさ」

 ヤマトさんは、みんなの楽しそうな顔を見ながらそう言う。
 それに泣き顔だけれど、目一杯の笑顔で「うんッ!!」と頷き、この光景を死ぬまで忘れないと心に誓った。