「棕(そう)将軍のお嬢様方ですね」
「……」
 芝嫣(しえん)姉さまは膝を抱えて丸くなったまま、無言で男を見上げている。それならばと、私が立ち上がって男と対峙した。

「そういうあなたは? そちらから名乗るのが礼儀ではなくて?」
「これは失礼しました。わたくしは坩何(かんか)と申します」
「どちらの国のかた?」
「壅(よう)から参りました」
「嘘ね」
 ぴしゃりと断定すると、男は片方の眉をぴくりとあげた。
「なぜそのようにおっしゃるのか」
「今朝、国境を越えたのが煌(こう)軍だからですわ」

 それだけ言えば十分と私はじっと男を睨み上げた。煌と壅は共同作戦ができるほど仲が良くない。父上と私たち姉妹を引き離すためとしか思えない陽動は、煌の隠密作戦の一部に他ならない。国内の勢力が煌軍の偉い人の協力を取り付けた可能性も捨てきれないけど、確率は低い。ならばハッタリをきかせるだけのことだ。全部お見通しだと。

「偽名もやめてくださる? 我が父上との交渉材料にしたくて私たちをさらったのなら、私たちに不快な思いをさせるべきではないし、私たちは子どもなのでもって回った言い方は通じません。でもウソは見抜けます。ですから率直に話してくださらないと」

 男は顎を引いて俯くようにしながら黙っている。今日最後の残照が一筋の光を投げかけて消えると、男の顔からは得体の知れない陰影が消えていた。
「俺は赬耿(ていこう)。ご推察の通り煌の廷臣だ」
 雰囲気も口調もがらりと変えて、男は胸の前で両手を組んで礼をした。薄暮のせいで細部は見えないけれど、髭はないしとても若いようだ。

「棕(そう)子豫(しよ)です。こっちは姉の棕芝嫣。上の姉の淑華(しゅくか)は無事に逃げてくれたようですね」
「ええ。なんとも迅速な行動で」
「私たちは辺境暮らしでしたから荒事には慣れています。それで、私たちの誰に御用があったのです? それとも交渉相手はあくまで父ですか? それなら、きっとそろそろ私たちを救いに駆けつけてくるはずですわ」

 赬耿はまたじっと私を見つめてから、ふっと口元を緩めた。
「そのつもりだったが、なんなら今、話してしまった方が手っ取り早い気がしてきた。お聞かせ願えるだろうか?」
「何をでしょうか?」
「棕家の姉妹にまつわる予言について」