「子豫(しよ)。ねえ起きて、子豫ったら」
耳元でしきりに呼びかけられ、私はそっと目を開けた。光がまぶしい。屋外なことはわかるけど、ここはどこ。そして猛烈に首から両肩にかけてが痛い。
「子豫? 起きたの?」
「姉さま、ここはどこ?」
「山脈のふもとのどこかってことしかわからないわよ」
芝嫣(しえん)姉さまが囁きながらもぞもぞと身動きするのが直に伝わってきて、今の自分の体勢を把握した。地面に座った姉さまのからだに凭れて眠っていたのだ。
「動ける?」
「大丈夫です」
上半身を起こしてみれば、太陽は既に傾いていて、黄色い斜陽を平原に投げかけていた。岩山の陰になった場所は薄暗く、そこに焚き火を囲む五つの人影があった。
「自分たちばかり温まって」
「私たち、縛られてもいないのですね」
「逃げても叫んでも無駄だって思われてるのでしょう」
「それで芝嫣姉さまはおとなしくしてたの?」
「暴れなければ何もしないって言うのですもの」
けろっと姉さまは肩にかけた外套の端をかき合わせた。この合理的な計算高さと順応力、さすが芝嫣姉さまだ。
「寒いわ、上着を剥かれてしまったから」
「根に持たないでください」
私はごそごそと自分の上着を脱いで姉さまに差し出した。何枚も衣類を重ねているから上着くらいなくても私は平気だ。
この世界の衣装はとにかく重ね着する。腹かけとズボン型の肌着の上に、裾がかかとまである長い衣を着て、その上に上衣と巻きスカートを着用する。人によって更にその上に袖と裾が長いゆったりした上着を羽織る。
アイテムひとつひとつは着るのが簡単なものばかりだが、枚数が多くて面倒だ。あ、次の派遣先は薄着文化の世界がいいってルカにリクエストしようかしら。
なんてたわいないことを考えていたせいで芝嫣姉さまの台詞を聞き流しそうになってしまった。
「べつに。あんたがいるからおとなしく座ってたわけじゃないんだからね。くっついてるのが暖かったからだし。わたし一人で逃げられるなら、そうしてたし」
「ええ、そうですよね」
「だから、助けに来てくれたのはちょっと、嬉しかった。ありがと」
でたー。ツンデレ姉さまキター。私が芝嫣姉さまの好感度を上げてもしょうもないのだけど。ていうか、私は私の好奇心で後を追ってきただけなのだけど。
と本音を口にするわけにもいかないから適当に相槌をうって、私は焚き火を囲む男たちを観察した。
独特な柄の上衣にズボン型の下衣、皮の長靴。仕立てていない毛皮を肩や腰にかけ、伸ばしっぱなしのやはり独特な縮れ毛に木のビーズをいくつも通している。山脈の向こうの草原に住む遊牧民族の衣装だ。
それから芝嫣姉さまの腕に残ったままの玉(ぎょく)の腕輪を確認する。略奪が彼らの目的ではなく、旅の行列を襲った隊とは別行動というふうに思われる。
そんな遊牧民の男たちの中に、私たちと同じ身なりの人物がひとり交っていた。その男が焚き火から離れてこちらにやってくる。纏っているのが光沢のある布地であることが西日の反射でわかる。
「お目覚めでしたか」
低音の穏やかな声音。だが表情は、面に差す陰影のせいか得体が知れなかった。