わたしはテオから離れて女神さまのおそばへ戻るべく羽を動かし飛び上がりました。

 女神さま、弟君は無様とおっしゃいましたが。わたしはだからこそ、この者たちを愛おしく感じてしまいます。小さな者たちがアリのように連なり命を守り合い、身を寄せ合って震えながら戦いに向かう。これが人間なのでしょうか。だから人間なのでしょうか。

 肩の上に舞い戻ったわたしに、女神さまは頬を寄せてくださいました。
「わらわも同じ気持ちじゃよ、ティア」
 伏せた瞼のまつ毛の隙間から、緑の瞳が揺らいで見えます。
「だからといって手出しはできぬ」

「父上がうるさいからね。先の大戦では父上がいちばんエキサイトしてたくせに」
「雷霆(らいてい)振り回してどっかんどっかんでヒャッハーじゃったくせにのう」
「おまえたち、それは言ったらいけないよ」
 お三方は遠い目をなさいます。

 眼下では両陣営ともに号令がかかり、前列の兵士たちから順に肩の上に構えた槍の先を前方へと倒し始めました。じわじわと互いの距離が縮まっていきます。

 そのときです。上空から全体を見下ろしているわたしたちの視界にはそれが入りました。隊列の脇について馬を進めていたリュキーノスが、傍らのミマスに向かって小さく手で合図しました。
 するとミマスは長弓に素早く矢をつがえ、放ちました。矢はあやまたず敵軍で采配を振るっていた将校の兜と胸当ての間を射抜きました。矢の射程外だと無防備だったのでしょう。

「やるね」
 頬を歪めて弟君が称賛します。絶命して落馬した将校を残し馬が反対方向に走り去ります。馬の惑乱ぶりに合わせるように、将を失った兵たちも混乱し戦闘を放棄して逃げ出すはずでした。本来なら。

 それなのに。隣国の兵たちは落ち着いた足取りで前進を続けています。これには煌めく瞳の御方も柳眉をひそめます。
「どういうことだ!?」

 いつの間にか、隣国の隊列を包むように平地にもやが湧き出ていました。わたしたちも気づかぬうちに地表の数か所から煙が立ち上っていたのです。蒼穹の日差しの間に透かし見える不気味な揺らぎ。神託の神殿の地下で目にした煙と同じです。

「あれが霧の息だというのか!?」
 お耳に入ってはいたのでしょう。叔母君は鋭く弟君に詰め寄ります。
「ここに出てくるなんて」
 苦々しく弟君はうめきます。
「ふざけるな。開戦の託宣を告げたのはおぬしだろうが。この場所を指定したのもおぬしだろう!?」
「知らないよ。ラリッてるおばさんの戯言なんて!」
「おぬしのお膝元だろうが!」
「そんなこと言ったら叔母上の国はいつの間にか穴だらけじゃないか。どうなってるんだよ!」