そして起きた大きな戦では、神々も敵味方に別れそれぞれの陣営に手を貸したがゆえに闘いは長引き、死者が増え、冥界は大混乱に陥ったと聞いております。

 その反省を踏まえ、神々の長である大神――うるわしの女神さまの父神さま――は神さま方にお触れを出されたのです。曰く、今後は守護する以外に人の世のことには手を出さないこと。

 こうして半神の英雄たちもいなくなってしまった今、鉄の時代。神々と人とをつなぐ縁(よすが)は、人々の信じる力だけなのです。時にはミハイルのように未だ妖精や神々の姿が見える者も現れるようではありますが。

「見えないことをいいことに都合よく利用されるだけなのも、腹立つよね」
「…………」
 そして、純真に素朴に、その存在を信じている者の方こそが騙されているともいえるのが今の状況だと、弟君はそう考えていらっしゃるようでした。
「それなのじゃがのう。神託とやらはただの神官どものはかりごとなのだろうか」
 ようよう口にされた女神さまのお考えに、弟君もわたしも首を傾げました。

「その、岩の割れ目から出る煙とやら」
 すうっと瞳を細めて女神さまはおっしゃいます。
「霧の息とは違うのか?」
 それは神々の御業のひとつ。ひとたび霧の息を吹きかければ、人間だろうと獣だろうと自在に操れるものです。

 驚いた表情の弟君に女神さまはさらにお尋ねになります。
「地下から霧の息を出して託宣の巫女を操っているのではないか?」
 誰が……とは弟君は問われません。地下からというならそれは、かつて天上の神々と戦って敗北し、地下に追いやられた方々をおいて他にはいないからです。




 硬質な星々の光が降り注ぐ深夜、女神さまは神殿の最奥部を忍び足で進まれていました。草木や虫も寝静まり、警護の者以外は神官の姿も見えません。

 岩肌がむき出しの地下への階段を下ると、取ってつけたような木の扉がありました。女神さまが押してみると軋んだ音を立てて少しだけ隙間が開き、そこから白い煙が漂ってきました。

「……っ」
 とてつもない不快感にわたしはたじろいでしまいます。
『ぼくは一緒には行けないよ。悪いけど』
 弟君が同行してくださらなかった理由がわかりました。神さまではないわたしでさえ、これほど影響を受けるのです。

「ティア、おまえもダメか」
 女神さまは少し驚いたようすで目を見開かれます。
「女神さまはお辛くないのですか?」
「それほどは……。今のわらわはあくまで人の身というわけか」
 自嘲気味につぶやかれて女神さまは扉に手をかけました。
「おまえはここにいろ」