出発の朝、いつも出入りしている農園に近い城門ではなく正門――港へと続く立派な城門――から外へ出た女神さまは、緑色の瞳が零れ落ちんばかりに目を見開かれました。
 わたしも気持ちは同じです。いつの間にやらそこに、平らで広い道ができていたのです。よく均(なら)されていて、これなら馬車でも快適に進めそうです。

「荷馬車を呼んだのはこういうわけか」
 かたわらの馬の鼻を撫でてやりながら女神さまは呆然とつぶやかれます。これまでは隆起が続く丘を越えて港まで行かなければならなかったから、荷物を運ぶのは背に袋をくくりつけられたロバの役目でした。それが今はこんな立派な道ができたのです。

「行くぞ」
 御者台からテオが冷たく声を投げます。女神さまの同行について、昨夜さんざんやり合った後だから機嫌が悪そうです。女神さまは特に気にされるふうもなく荷台の上によじ登りました。弓を抱えて荷物の脇に控えたミマスが唇を曲げます。

 テオが声をかけると、御者は馬を進めました。荷馬車は歩く速度よりはるかに早く進み始めます。荷台の上で目線が上がったのがおもしろいのか、女神さまはきょろきょろ左右を見渡します。

「道を作るのに地面を上げたのか。両側の石はなんじゃ?」
「外壁を築くんだ。城壁をつなげて港まで伸ばす」
「はあ?」
 女神さまは眉をひそめました。
「そんな大仰(おおぎょう)な。何故そんなことをするのじゃ」
「これから必要になるからに決まってるだろう」
 テオは少しだけ荷台の方を見返り、疲れたように言いました。女神さまはまだ当惑した表情です。聞いているのかいないのか、ミマスは無言のままです。

 やがて道はどんどん下り坂になっていきます。丘が途切れて、港が見下ろせるようになります。見慣れているはずの港の光景にも、女神さまは驚いて目を瞠られました。港のようすも、様変わりしてしまっていたからです。
 荷揚げ倉庫こそ春に訪れたときと変わってはいませんでしたが、その前方に面した波止場には、異様なものが並んでいました。

「なんじゃ、あれは!?」
「クレーンだ」
 その名前には聞き覚えがありました。
 ――クレーンといったか? 重い荷物を持ち上げられるとかいう。
 春にここで会ったリュキーノスがそう言っていました。あれが荷物を持ち上げる装置ということでしょうか。