「テオ……」
肩で何度か息をついてから、アルテミシアは潤んだ瞳でテオを見上げました。
「会いたかったのよ。住んでいる家だってとっくに知ってたわ。でもあなた……」
「おれとおまえはもう関係ないだろう。父が失脚した時点で婚約なんか反故になってる。わかっているだろう?」
「わかってるわ。でも、わたくし……」
「嫁入り前の娘が外を出歩くんじゃない。おまえともあろう者が……」
「好きなのよっ!」
それまでの威厳をかなぐり捨てて、癇癪を起すようにアルテミシアは叫びます。
「わかってるわよ! 他所の娘たちと同じように、わたくしもそういうふうに躾けられたのですもの。父に言いなりの娘になるように。でも好きなのよ、テオ! 許嫁があなたで良かったと何度も何度も女神さまに感謝したわ。あなたに嫁ぐ日を夢見ていたのよ。なのにどうしてなの? どうして今更ほかの男の妻にならなきゃいけないの? テオ、わたくしは……」
「おまえらしくないぞ、アルテミシア」
うつむいたままのテオの表情はわかりません。ですが、ぞっとするような声でした。のどをひきつらせるようにしてアルテミシアは黙ります。
「神殿に戻るんだな?」
「ええ……」
「急ごう。姿がないことがわかれば騒ぎになるだろうに。馬鹿だな」
「……ええ。そうね……」
力なく同意してアルテミシアは頭からかぶった布で表情を隠します。テオもうなだれたまま、広場への道を先に立って歩きだしたのでした。
「ほう、存外純情なのだなあ、あの娘」
皆が寝静まった後、星々の冠が明るい中庭で女神さまは声をひそめておっしゃいました。
「しかしまあ、テオの不甲斐ないこと。ほんにしようのないやつじゃ」
つぶやきつつ女神さまは微笑まれます。
「見ず知らずの奴隷を救いはしても、自分に縋ってきた女は受け止められないわけか」
「……女神さま、夜気は冷えます。お体に触りますよ。明日も農園に行かれるのならお早くお休みくださいませ」
報告を終えたわたしは、心配でせっつきます。
「ティアは心配性じゃなあ」
女神さまが両の手を広げてくださったので、わたしはそうっとその上に降りました。
「女神さま」
「なんじゃ?」
「テオが気になりますか?」
「そうじゃのう……」
「弟君はテオを半神の方々みたいだっておっしゃっていました」
「ほう?」
女神さまはくちびるの両端を吊り上げて笑われました。
肩で何度か息をついてから、アルテミシアは潤んだ瞳でテオを見上げました。
「会いたかったのよ。住んでいる家だってとっくに知ってたわ。でもあなた……」
「おれとおまえはもう関係ないだろう。父が失脚した時点で婚約なんか反故になってる。わかっているだろう?」
「わかってるわ。でも、わたくし……」
「嫁入り前の娘が外を出歩くんじゃない。おまえともあろう者が……」
「好きなのよっ!」
それまでの威厳をかなぐり捨てて、癇癪を起すようにアルテミシアは叫びます。
「わかってるわよ! 他所の娘たちと同じように、わたくしもそういうふうに躾けられたのですもの。父に言いなりの娘になるように。でも好きなのよ、テオ! 許嫁があなたで良かったと何度も何度も女神さまに感謝したわ。あなたに嫁ぐ日を夢見ていたのよ。なのにどうしてなの? どうして今更ほかの男の妻にならなきゃいけないの? テオ、わたくしは……」
「おまえらしくないぞ、アルテミシア」
うつむいたままのテオの表情はわかりません。ですが、ぞっとするような声でした。のどをひきつらせるようにしてアルテミシアは黙ります。
「神殿に戻るんだな?」
「ええ……」
「急ごう。姿がないことがわかれば騒ぎになるだろうに。馬鹿だな」
「……ええ。そうね……」
力なく同意してアルテミシアは頭からかぶった布で表情を隠します。テオもうなだれたまま、広場への道を先に立って歩きだしたのでした。
「ほう、存外純情なのだなあ、あの娘」
皆が寝静まった後、星々の冠が明るい中庭で女神さまは声をひそめておっしゃいました。
「しかしまあ、テオの不甲斐ないこと。ほんにしようのないやつじゃ」
つぶやきつつ女神さまは微笑まれます。
「見ず知らずの奴隷を救いはしても、自分に縋ってきた女は受け止められないわけか」
「……女神さま、夜気は冷えます。お体に触りますよ。明日も農園に行かれるのならお早くお休みくださいませ」
報告を終えたわたしは、心配でせっつきます。
「ティアは心配性じゃなあ」
女神さまが両の手を広げてくださったので、わたしはそうっとその上に降りました。
「女神さま」
「なんじゃ?」
「テオが気になりますか?」
「そうじゃのう……」
「弟君はテオを半神の方々みたいだっておっしゃっていました」
「ほう?」
女神さまはくちびるの両端を吊り上げて笑われました。