――わらわを好きか?
 下界に落とされた当時、さんざんな目にあってようやく女神さまが悟られたことがそれでした。
「またまたー。こんな棒っきれに恋する男がいるとでも?」
「だろう? まったく父さまも人が悪い……って、誰が棒っきれじゃ!?」

「そりゃあ、姉上の本来の姿なら男を魅了するなんて朝飯前だけど」
 女神さまのつっこみはきれいに流し、弟君は「なるほど」とあごに手を当てました。
「外見では気を引けないから、その分中身を磨けよって課題なんじゃないのかな、これは」
 ああ、言われてしまいましたか。御自分で気がつかなければ意味はないと、わたしがせっかく黙っていたというのに。

「あっはっは。馬鹿を申すでないわ」
 女神さまはそれを豪快に笑い飛ばされました。
「わらわは中身も完璧じゃ! つまりは、ありのままのわらわを愛する男を見つければ良いということじゃろう? 簡単簡単」
「ううん。そうかな。それは違うと思うんだけど」
「愚弟よ、黙っておれ。姉はほどなくまことの愛を得て天上に戻るがゆえ」
 はあ、そうですよね。やはり御自分で気づかなければわからないのです。
「簡単って言うけど。それができないからいつまでもぐだぐだしてるのでしょう?」
「なにおうっ」

 おふたかたの変わらぬやりとりに、わたしはやれやれと息をつきます。それで遅れてしまったのです。こちらをじっと見つめている小さな影に感づくのが。
「女神さま。あちらに」
「……ミハイル?」
 女神さまが呼びかけます。ですがミハイルは女神さまの頭越し、人間には見えないはずの弟君の姿にじっと見入っていたのです。

 実は、思い当たることはそれまでにもありました。
 見咎める者などいないからと安心し、わたしが気ままに飛び回っていると、視線を感じることがありました。見えているのではないか? そう感じさせる視線。それはいつもミハイルのものでした。

 茶色とも琥珀色とも映える静かな目がわたしを見ている。そう感じてからは、なるたけ死角でおとなしくしているようにはしていました。ミハイルは口に出しては何も言わなかったから、見えているわけではないのだと女神さまのお耳にも入れずにいたのですが。

「その人だあれ?」
 普段から口数が少ないせいでしょう。たまに発するミハイルの声は小さくかすれています。