「ちょっとこっちに来てくれ」
 エレナがかまどの方へ戻った隙に、女神さまがリュキーノスに低く囁きます。リュキーノスはにこりと笑って先導する女神さまの後について路地に出ました。

「なんのつもりじゃ?」
 人気のない袋小路に入るなり、女神さまは腰に手をあてリュキーノスを振り返ります。
「なんのこと?」
「いいかげんにせい。おまえはリュキーノスではないだろう」
「……」
 目を細めて微笑むなり、はらりと布地が落とされるように彼の姿かたちが変わりました。山ウズラの羽の色と同じ褐色だった髪は豪華な金髪に。いかつかった肩はすんなりした細身のものに。

「やだなあ、姉上。そんなに怒らないでよ」
 蒼い瞳にはいたずらっぽい光が踊っています。輝ける頭の御方、うるわしの女神さまの弟神さまでいらっしゃいました。
「わざわざリュキーノスなんぞに化けおって、趣味が悪いぞ」
「だって、普通に来たのじゃおもしろくないじゃない」
「わらわを馬鹿にしに来たのか」
「いつまでも戻ってこないんだもの。何をしてるのかと思って」
 まさか農作業や家事をしているとは、と弟君は大仰に肩を持ち上げてみせます。
「やっぱり馬鹿にしに来たのではないかあああっ」

「ファニ?」
 女神さまの叫びにかぶせるようにエレナが角から顔を出しました。
「なんでこんなところに……。ねえ、リュキーノスさまは? 一緒にごはんを食べるか訊きたいのだけど、どこ行っちゃったのかな」
 エレナには本来のお姿の弟君のことが見えていません。
「……帰った」
「ええっ。そんないきなり……」

 納得いかなげにエレナは眉根を寄せます。そんなエレナに弟君が顔を近づけ、ふうっと霧の息を吹きかけました。とたんにエレナの表情が変わります。
「そっか。わかった」
 素直に頷いて路地を戻っていきます。それを見送り、女神さまははあっと肩を落とされました。

「おぬしもさっさと帰れ。目障りじゃ」
「ひどいなあ、姉上。せっかく応援しにきてあげたのに」
「なにおう」
「人間の男に好かれなくちゃならないのだろう? そんなの簡単だよ。その棒切れみたいな体をお好みな男のところへ行けばいいんだ。ぼくが捜してきてあげるよ」

「愚かじゃなあ、おぬしは」
 女神さまは訳知り顔でふるふると頭を振ります。
「そう事は簡単ではないのじゃ。姿かたちを見て好きだと言われてもしようがないのじゃ。わらわの身も心も好いてもらわねばならないようなのじゃ、どうやら」