それで女神さまは気づかれたようです。あのリンゴを買ったお金は、パンや豆や大麦や、もっと他の食料を買うためのお金だったのでしょう。
「わらわのせいか?」
「気にしなくていいんだよ」
 エレナが優しく笑います。
「テオはいつもそうだから」
 子どもたちもうんうんと頷いています。
「おまえたちもわらわのようにこの家に来たのか?」
 再びこくこく頷く子どもたち。

 なるほど。テオは想像通りの親切者なようです。それにしてもたいしたものです。
 あの年頃の少年は普通、働かずに父親について政治や商業や軍事に関することを学ぶものです。それか戦に備えて体を鍛錬するか。市民にとって重要なのは戦に出ることなのですから。
 ですがテオは違います。

「テオは頭が良いから銀山でも人を使ってるんだよ」
 エレナが自慢げに話していました。だからこうして身寄りのない子どもたちの面倒を見ることができるのでしょうが、テオ自身はどういう出自の者なのか気になるところであります。
 わたしがテオのことであれこれ頭を使っている一方で、女神さまはひたすらパンのことを気にしていたのでした。

「ちょっと出てくる」
 夕食の後、路地に駆けだした女神さまをわたしは慌てて追いかけます。
「どうなされたのですか?」
「パンじゃ、パンを手に入れる」
「ええ? そんな、あの子たちは女神さまのせいだなんて思ってませんよ。本当に良い子たちです」
「だからこそパンを手に入れる」
「ええー、どうしちゃったんですか」
 女神さまが誰かのために動くだなんて、どうかしちゃったとしか思えません。
「うるさい。わらわがそうしたいのじゃ」

「はいはい。でもですね、どうするんですか? お金なんか持ってないですよね?」
「金などなくても手に入る」
 女神さまは可愛らしいくちびるを吊り上げてにたりと微笑まれます。
 こうして地に足をつけて暮らすのは初めてだし、平民の貧しい生活に驚かれた女神さまではありましたが、当然ご存知なこともたくさんあるのです。
 それを実践されるため、女神さまは夕闇が濃くなる裏路地を広場に向かったのでございます。




 小さなおからだには手に余るだろう篭いっぱいに女神さまがパンを持って戻ってきたのを見て、エレナは目を丸くしました。
「どうしたの? これ?」
「体で贖った」
 女神さまのお言葉にエレナは凍りつきます。