「アリス知ってるのか?」
「うん。顔見知りっていうか……雑誌の撮影でたまに合うくらい?」
サラッと雑誌の撮影とか……さすがだな。俺には縁遠い世界だ。
「雑誌の撮影でねぇ……さすがアリス様で」
「あっ。なんかトゲがあるなぁ?」
アリスが小さな口をプクッと膨らませる。
「そんなつもりねえよ。凄えなって思ってるよ」
「アベル様だって痩せたら絶対モデルに向いてるよ! 背も高いし足だって長いし……かっこいいし」
「いや……痩せたって俺には無理だよ。そんな人前でポーズとか取れねえしさ」
「大丈夫だよ! 痩せたら一回一緒にお仕事しよ? お金も良いし……着た服とかも貰えるしお得なんだよ? ね?」
アリスが服の袖を引っ張り、上目使いでお願いしてくる。ぐぬぬ……可愛いじゃねーか。
「分かったから! 痩せたらな?」
「本当!? 約束だよ?」
アリスがピョンピョン飛び跳ねて喜んでるが、多分無理だと思う。痩せたからって簡単に誰でもモデルになれるんなら、みんなモデルだよ。
まぁ今はそんな事より、アイツの事が優先だ。
「とりあえずあの男の情報を、教えてくんねーか?」
「……情報って言っても。興味ないからなぁ。正直名前もうろ覚えで……えへへ」
アリスが舌をぺろっと出し微笑む。
それ絶対可愛いの分かってやってるだろ。
「ええと確か……年は同い年の十六歳で、今人気が出て来てる読者モデルって言ってたかな? 名前は尾崎 新」
「へぇ……確かに近くで見ると、クラスの奴らよりは綺麗な顔してるのかもな」
「どこが? なんか胡散臭い顔だよ。アベル様の方が何百倍もカッコイイ♡」
瞳を潤ませたアリスが俺をじっと見る、
「おっおう……それはどうも」
こんな巨漢デブがカッコイイわけねーだろ。
アリスは目が悪いのかも知れねーな。
もう少し近寄ってみるか。
俺は尾崎とやらの声が聞き取れる距離まで近付いた。
偉そうにベンチに座る尾崎の前に葛井たち三人が正座して座っている。
「あれ~? これっぽっち? 二万じゃ大して何も買えねーだろ?」
「でっでも……今用意できるのはこれくらいで……」
「ふうん? まぁいいか?」
尾崎はニヤリと意地悪く笑うと、二万と一緒に葛井の顔を殴った。
「あぐっ……!」
「この金はいらねーわ。お前の汚い汗もついちゃって触りたくねぇ」
「………ぐっ」
いつもなら殴り返しそうなもんだが、葛井は殴られても正座したままだ。
こんな男がそんなに怖いのか?
「明日の放課後までに二十万用意しとけよ? なかったらお前は終わりだ」
尾崎はそう言って、親指を下に向けて首を切る仕草をした。
「じゃあまた明日? あっ逃げようとしても無駄だぜ? 学校に迎えに行くからな」
手をヒラヒラと軽く振ると、尾崎は歩いて行った。
尾崎の気配が公園から消えた後。
俺とアリスは姿を現した。
「うおっ!?」
「急に現れっ!?」
「あわっアリスちゃんまで!?」
いきなり目の前に現れた俺とアリスに戸惑う葛井達。
さてと、奴隷紋を消してやるか。
助けてやる義理は全くないんだが。約束したしな。
「白豚っお前! どっどこにいたんだ!?」
「急に現れるから、びっくりするだろ?!」
葛井達が突然姿を現した俺とアリスを見て、目をひんむき驚いている。
流石にちょっと悪い事をしたな。
もう少し離れた場所で、気配遮断魔法を解いたら良かった。
この状況はいきなり透明人間が姿を現したみたいだ。
「お前らがあの男に夢中で気付かなかっただけだろ? ずっと近くにいたぜ? なぁアリス」
「えっ? うん。いたよー」
そう言ってアリスがニコリと愛想笑いをする。
「「「へあっ!?」」」
そうなると葛井達は、だらしない顔でアリスをポーっと見ていて、なんの言葉も頭に入ってないようで。
もう俺達が急に現れた事なんて、どっかに行ったみたいだ。
脳内お花畑の三人が俺の前にいる。
アリスの力すげえな。魅了魔法とか使ってるんじゃ……。
「あのね? 魅了魔法なんて使ってないよ? アベル様に効果があるなら使いたいんだけど」
アリスが微笑み返事を返してくれるが……コイツ俺の心を読んだのか?
「心を読んでないからね? そんなスキル持ってないし」
「えっまた!?」
やっぱり心を読めている。
「……前世の時からアベル様は、分かり易く顔に出るからね」
アリスが少し残念そうに俺を見てくる。分かり易くて悪かったな。
「ゴホン! それでだ、葛井。その奴隷紋を消してやるから服を脱げ。
「へっなっおまっ!? 奴隷紋って何だよ!?」
「その腹に入ってる模様のことだよ。それを入れられると、奴隷のように言う事を聞かないといけないから、奴隷紋って言うんだよ。イヤだからって自由に死ぬことさえできない」
その説明を聞いた、葛井達の顔が歪む。
「消して貰えなかったら……一生奴隷」
「ゴクッ」
「……死ぬよりキツい」
葛井が慌てて上着を脱ぐと、俺に縋り付いてきた。
「ははっ早く! こんな物騒な模様消してくれ! 頼む!」
「分かったから! ちょっと落ち着けって! 少し俺から離れて立ってくれ」
上半身裸の男に抱きつかれて喜ぶ趣味はない。
「消すぞ」
俺は葛井の腹の模様に向けて魔力を放った。
奴隷紋は魔力に反応し光り、ジジジッっと小さな音をたて消失した。
「…………きっ消えた! 模様が消えたぁぁぁぁぁ!」
「すげえ……」
「本当に消した……」
歓喜の声をあげて喜ぶ葛井を、呆然と見ていた佐田と右崎。
急にハッとしたのか、二人一緒に裸になると俺に抱きつかんばかりに消してくれと縋って来た。
「頼むから! そんな近くに来なくても、大丈夫だ! 俺から離れろ」
「本当だよ! 裸でアベル様にくっつかないで」
さらには、アリスまでが後ろから抱き付いてきた。
前から裸の男達、後ろから美少女。前門の虎後門の狼てきな。
何だこのカオスな状況は、とりあえずみんな離れてくれー!
「ありがとう……ううっ。お前のこといっぱい虐めて悪かった」
「ほんどに……すまねぇ」
「良い奴だな……うう」
上半人裸の男達が、男泣きしながら頭を下げてきた。
まぁ少しでも反省したんならヨシとするか。
「今日のことは絶対に誰にも言うなよ?」
「ももっもちろんだ!」
葛井が頭を大きく上下さえる。
「もし言ったら……俺が奴隷紋を入れるからな?」
「「「ヒィッ!」」」
葛井達は上半身裸のまま何度も俺に礼を言って帰っていった。
服早く着ねーと、変質者に間違えられても知らねーぞ。
「んん…………」
眩しいな……朝か。
……って事はまた、身体強化を解いた後。気絶したまま寝ちゃったんだな。
はぁ。情けない。もっと体力つけないとだな。
ん……? あれ?
俺いつカーテン開けた……っけ?
この右肩に感じる重みは…………まさか!?
首筋にふわりと触れる柔らかい髪の毛、スヤスヤと気持ち良さそうに寝息を立てる、小さな唇。
横で気持ちよさそうに寝ている奴は……。
「アアアッアリス! おっおまっ……また勝手に入ってきて!」
俺は慌ててベッドから飛びりた。
「……んん~? ふぁ……朝から何騒いでぇ?」
まだ眠そうなアリスが、背伸びをしながら目を擦っている。
もう11月だというのに、Tシャツに短パン姿という無防備な姿で。
目のやり場に困るから、もう少し服を着てくれ。
ってかベットに忍び込まないでくれ!
「はぁ……昨日言っただろ? 勝手にベッドに入るなって」
「……ええ? だって起こしに来たら……アベル様が気持ちよさそうに寝てるから。えへへ」
アリスが悪びれる事なくペロッと舌を出す。
「じゃあ制服に着替えてくるねー♪」
窓を開けパタパタっと自分の部屋に帰って行った。
……はぁ。ったく。毎回とかやめてくれよ。
★★★
「あっ! アリスおっはよ♪」
「おはようございます」
「おはよーアリス」
「おはよん」
恒例行事の如く、すれ違いざまにみんなアリスに挨拶して行く。
横にいる俺の存在は幽霊の如く見えないようで。
こんなに大きくアピールしてるんだけど。
「ねえアベル様、校門の所に立ってるのって葛井くん達じゃ?」
「ん……本当だ」
いつも遅刻してくんのに、こんな早い時間から居るとか珍しいな。
「誰かを待ってるのかな? キョロキョロ探してるね」
「……だな」
何だろう嫌な予感がするのは。
気のせいだと思いたい。
「あっ! 如月~!」
「待ってたんだよ~」
「おはよう」
葛井達三人が俺を見るなり黄色い声を出し、一目散に走ってきた。
初めての朝の挨拶がイカツイ男達……はぁ。
アリスと大違いだな。
「おはよう……なんだよ朝っぱらから」
俺が鬱陶しそうに葛井たちを見ると。
「俺たちの仲じゃないか! そんな顔して見るなよ」
右崎が俺の背中をバンバンと叩き、訳のわからん事を言い出す。
お前達とそんな仲になった覚えはない。
「アリスちゃん。ちょっと如月借りて良い? 大事な話があって」
佐田が気安く俺を貸してとアリスに言うが、人を借り物競走のアイテムのように言うな。
「えっ? なんで貸さないといけないの? アベル様は物じゃないしっだめだよ!」
アリスが俺の腕にしがみつき「行こうアベル様」っと言って引っ張っていく。
「あっちょ!? ちょっと待って!」
「なに?」
葛井が俺たちを必死に引き止めるが、アリスが口を尖らせ睨む。
「いやっ……アリスちゃん。あのっそんな顔で睨まないで」
「俺たち相談があって……」
「本当にどうしたら良いのか悩んでて……」
葛井達が言いたいことは何となくだが想像はつく。
昨日の男が今日の放課後、学校まで来ると言っていたからな。
どうせのその相談だろう。
そこまで助けてやる義理はないんだが。
「葛井くんは昨日の男から助けて貰いたいだけでしょ?」
黙っているとアリスが先に俺の言いたい事を言ってくれた。
その通りだ。
「そっそれは……」
「「……」」
アリスにズバリ言い当てられ、黙りこむ三人。
「さっ行こうアベル様」
「……おっおう」
アリスが俺を引っ張り連れて行こうとすると。
「調子が良いことは分かってる! 俺たちは如月に対して酷いイジメをしてたのに……」
「えっ? イジメ? 葛井くん達はアベル様を虐めていたの!?」
アリスが大きな目をさらに大きく見開き、驚いている。
……そうだ、アリスはアヴェルがイジメられていた事、知らないんだった。
学校の奴らはみんな、アリスがいない時しかアヴェルを虐めなかったから。
その事をアヴェルは言わなかったし。まぁ男のちっぽけなプライドだよな。だけどそれで自殺したら何してるんだって感じだが。
「えっ! あっやっ!?」
葛井達も自分達の失言に戸惑う。
「ヘェ~……アベル様を? 虐めて?」
アリスが氷のように冷え切った目で、葛井達を睨む。
「すすっすまねえ!」
「すみません!」
「もうしません!」
アリスに嫌われたくない葛井達が、一斉に土下座する。
おいおい……何やってんだ。ここは校門だぞ? みんなの注目が半端ない。
なんだなんだ? と人が立ち止まり集まりだした。
「おいっ葛井わかったから! 土下座をやめろ! 目立ってしょうがない」
「えっじゃあ助けて……」
「それはまた後で要相談だ。じゃあな!」
こんな注目される場所にずっといられるか!
俺は猛ダッシュでその場を走り去った。
「あっ! アベル様!? ちょっと待って!?」
「如月! 頼んだからな?」
この後。もちろん俺は巻き込まれる訳で……
葛井の騒動の後教室に入ると、クラスメイト達がテンプレの如く、俺の机に花瓶を置きいたずらしていた。
……ったくよく飽きないな。他にする事あると思うぜ?
「お前らっ! 何やってんだよ!」
「本当だぜ!」
「しょうもない事すんなよな!」
俺の後からドカドカと教室に入ってきた葛井達が、机に置かれた花瓶を見て声を荒げる。
その姿にクラスメイト達は、何が起こったのか理解出来ずに固まった。
そりゃそうだろう。率先して虐めていた奴らが、急に何を言い出したんだって状況だ。
「さっ。これで大丈夫だ。如月座ってくれ」
葛井が俺の肩に手を置き、椅子に座らせる。
机の上のあった花瓶に死ねの落書き、さらに椅子には画鋲。それら全てを葛井達が撤去し、誉めてくれと言わんばかりに俺を見る。
お前ら……必死だな。
「いいかお前ら! 今度如月にこんな事したら、俺らが黙っちゃいねーからな!」
「本当だぜ!」
「分かったな?」
葛井達三人がクラスメイト達を睨む。
だが状況が理解出来ないクラスメメイト達は、まだ固まったままだ。
「おい! 返事は?」
葛井が机をダンっと叩き威嚇すると
「「「「「ははっはい!」」」」」
俺を馬鹿にし嘲笑っていたクラスメイト達は、一斉に自分の席に戻って行った。
「これでもうこのクラスで如月をいじめる奴はいないから! まだいたら俺らが締めるんで安心してくれ!」
「ソレハドウモ……」
いやいやお前らが率先して虐めていたんだろうが。と言ってやりたい。
さらに葛井達は俺の席の周りに陣取り、勝手に席替えをしやがった。
お前ら……やりたい放題だな。
放課後まで俺を見張るつもりだな。
はぁ。こうなって来ると逃げる方が面倒だな。
分かったよ。付き合ってやるよ。
ただ相手のレベルが高いと……レベル1の俺には太刀打ち出来ねーんだが。
あの奴隷紋は、前世の世界と遜色違わないから、入れた奴は俺と同じ転生者で間違いない。
尾崎って前世でどんな奴だったんだろうな。
★★★
「如月、じゃ一緒に行こうぜ」
「頼んだぞ?」
「尾崎の奴……本当に学校に迎えに来てるのか?」
放課後になると、葛井達の様子がソワソワと落ち着きが無くなってきた。
例の男が怖いんだろう。
教室から出て行こうとすると、廊下でアリスが待っていた。
「アベル様。帰ろ♪」
俺の横に並んでいる葛井達を邪魔者のように睨むと、間に割って入り腕を組んできた。
「アリス!? ちょっ?」
「どうかした? アベル様」
アリスがひょこっと顔を出し、あざとく微笑む。
いや……そのう……胸が当たってるんだが。
何だろう……それを指摘すると負けな気がするのは。
「結局、葛井くん達に付き合うことになったんだね。面倒な事になりそうなら、すぐに帰ろうね」
アリスが、葛井達なんかほっとこうね~っと言ったのを聞いた葛井達は、半泣きで俺の腕に縋って来た。
葛井よ。俺の腕にしがみ付くな。
「アリスちゃん! それはないよ~っ」
「はぁ? 何が? 当然だと思うけど?」
アリスが俺の右腕に抱きついたまま葛井を睨む。
「ええ~っ冷たいこと言わないでくれよ」
左腕側には葛井達が、ピッタリとしがみ付いている。
またこのパターンか……美少女と男のサンドイッチ。
側から見たら奇妙なんだろう。すれ違う生徒がみんな振り返って見ている。
アリスの存在でただでさえ目立つって言うのに、ほんと勘弁してくれ。
校門が近づくと、葛井達が俺の後ろに隠れた。
おいっお前の相手だろ?
校門を出てすぐの場所に、賢そうな青藍高校の制服を着た男達が、五人立っていた。
なんだ尾崎一人じゃねーのか。
その姿を見た葛井の脚がピタリと止まった。
尾崎達も葛井に気付いたんだろう。ニヤニヤしながらこちらに向かって歩いて来た。
「葛井~? お前何デブ連れて来てんだよ? クククっすっげえデブ」
尾崎が俺を見て、馬鹿にしたように笑いながら指を刺す。
「なっ!? アベル様の事、馬鹿にしないで!」
俺の事を馬鹿にされたと思ったのか、怒ったアリスがひょこっと背後から顔を出す。
俺の存在感が凄すぎて、華奢なアリスが目に入ってなかったのか、突然姿を表したアリスを見て、尾崎達が動揺している。
「東雲アリスじゃん!」
「うわっ! めっちゃ可愛い」
「顔ちっちゃ!」
「…………尊い」
もうアリスに釘付けで、葛井達の事なんか目に入ってない。
アリスは他校でも有名なんだな。
モデルもしてるし……そりゃそうか。
なんて一人で納得していたら、尾崎がこっちに向かって歩いてきた。
「あのさ? アリスちゃんは何でこんなデブと一緒にいるの?」
尾崎の奴が馴れ馴れしくアリスに話しかけてきた。
俺の事を、おもしろい生物でも見てるかのように、ジロジロと見ながら。
そういや同じモデルの仕事をしてて、コイツと知り合いとか言ってたな。
「なんでって? アベル様と一緒に居たいからに決まってるじゃん!」
アリスはニコッと笑うと、再び俺の腕にギュッとしがみ付く。
だから……胸を押し付けてくるな。どう反応して良いのか困る。
「へ? アリスちゃん? そのキモいデブから離れなよ? なんか脅されてるの?」
尾崎達はアリスが余りにも俺にくっ付くので、脅されていると思ったようだ。
失礼な奴らだな。
でもまぁ確かに、美少女と巨豚……どう見ても不釣り合いすぎる。
「変なこと言うね? 脅されてないし、私が一緒に居たくて側にいるの。ねっアベル様」
アリスが俺を見て頬を染める。
それを見た尾崎達は固まり……少しすると困惑した表情へと変わる。
「アリスちゃんって……デブ専なのか?」
「可愛いのに趣味が悪いとか……」
「豚専って残念すぎるだろ」
おいお前らよ? 全部聞こえてるぞ?
それは心の中にしまっとけ。
「んん。話が逸れるところだった。葛井? 例のもんは用意できた?」
いち早く冷静になった尾崎が、葛井の前に立ち手を前にだした。
「え……それはまだ……」
「ふうん? 昨日約束したよね? 一回痛い目見とく?」
尾崎が葛井に向かって手をかざす。
それを見た葛井は思わず、条件反射の如く頭を抱えて座り込むが
「え? 何も起きない? なんで反応しないんだ?」
何も起こらないので尾崎がキョトンと自分の掌を見つめる。
「あ……? そうだった! 奴隷紋消して貰ったんだった」
葛井のその言葉に、尾崎の眉がピクリと動く。
「…………は? 葛井~今なんて言った? 奴隷紋を消しただと?」
尾崎が座り込む葛井の服を無理矢理捲り上げ、腹を確認する。
「…………ない。嘘だろ。なんで消えてんだよ!? おいっ葛井どうやって奴隷紋を消したんだ!」
動揺した尾崎は、葛井の胸ぐらを掴み無理矢理立たせると、首をキツく絞める。
「あぐ…….っ」
「どうやって消したのか早く言え! このまま締め落とされたいか?」
「ぞれはっそっ……ぞいつがっ……」
葛井が震えながら俺を指差した。
「………え? この豚?」
「ゲホッ!ゲホッ」
尾崎が手を緩め、俺を見てくる。助かった葛井は一目散に俺の後ろに隠れた。
おい……葛井。雑魚キャラ感が半端ないんだが。
「……おい豚。お前が本当に消したのか?」
ジロリと尾崎が俺を睨む。
「そうだよ! コイツだよ!」
「コイツは強えーんだ」
「そうだそうだ!」
俺の後ろに隠れた葛井達が代わりに返事をしてくれる。
お前らプライドってもんはねーのかよ?
「へぇ……それは詳しく教えてもらわないと」
さっきまで、家畜でも見るように俺の事を見ていた尾崎の目が、豹変した。
まるで新しい獲物を見付けた猫のように、鋭く光る。
「白豚君~? どうやって消したのか、教えてくれない?」
尾崎が俺を見て笑う。
正確には口角だけ上がり、目はギラついてて全く笑ってないが。
「どうって? 良く分からないけど消せたんだ」
コイツらにどこまで説明したらいのか、見極めないとだな。
なんなら尾崎が、俺と同じ世界の転生者なのかも。
「そんな簡単に消せる紋じゃないんだよ! あれはな? 入れた者しか消す事が出来ない筈なんだが?」
……契約者しか消せない?
そんな決まりあったか?
前世でも、無理矢理奴隷にされた奴等を助けた時……確か何人もの紋を消してやったぞ?
コイツは何を言ってるんだ? 転生者だが……俺とは違う異世界なのか?
「おい? 黙ってないで答えろよ?」
「……そんなこと言われても、俺には分からない」
「へぇ? じゃあ無理矢理言わせてやろうか? 消せたのがマグレなら次は消せないだろ?」
尾崎が俺に手を翳すと、奴隷紋が空中に浮かび上がる。それを俺に向かって飛ばして来たのだが、パリンと消滅した。
「へ? なんで?」
尾崎がアングリと口を開け、間抜けな顔で俺を見る。
「ブッ……」
笑っちゃいけないんだが……
「まぁいい。もう一度……」
再び尾崎の手の周りに奴隷紋が描かれる。だがすぐにバリンっと再び消滅した。
「ぷぷぷっ……」
俺の背後でアリスが、指をチョチョイと動かせ笑っている。
アリスの奴め、神聖魔法をまたこっそり使ったな。
「なっ!? どうなってるんだ!? くそっ……意味が分からない。なんで奴隷紋が消えるんだ? まさか……おい豚! お前が消しているのか?」
尾崎の顔色がみるみる青褪めていく。
そして得体の知れない何かを見ているように俺を見る。
まぁ気持ち悪いよな。奴隷紋が消えて無くなったんだから。
「俺にそんな事出来る訳ねーだろ?」
「…………そっそれもそうだよな。そんなバカな話」
出来ないと言われ安心したのか。そう信じたいのか。
尾崎は一人ブツブツ言いながら納得している。
ここで一つカマをかけてみるか。
「なぁ? ところでお前はさ? グロッサム王国って知ってるか?」
「…………え? なんだと? グロッサム王国だと」
俺が前世の世界で暮らしていた王国の名前を出すと、明らかに尾崎の顔が動揺している。
この反応はグロッサム王国を知っているな。
……やはり同じ世界の転生者か。
「なっなんでお前がその国の名を知っているんだ? この世界にそんな国名はないだろう?」
「何って……今俺がハマっているゲームの世界だよ。お前もそのゲームしてるのか?」
「あっ……!? ゲームの世界? そうか……ボソッ同じ転生者な訳ねーか。思わずそうかと勘違いしそうになったが」
今。同じ転生者な訳ねーかって言ったな。
呟いたつもりだろうが、身体強化中の俺には聞こえちゃうんだな。
耳も強化されてっからな。
「……はぁ。ヤル気なくしたわ。今日はもう良い。葛井? また後で連絡するからな!」
尾崎はそう言うと踵を翻し、スタスタと足速に反対方法へと歩いて行った。
「あっ!? ちょっと待って!」
「置いて行くなよ?!」
一緒にいた仲間が慌てて尾崎の後を追う。
「助かったのか?」
「良かったぁ~!」
「ハァ~っ」
葛井達が安堵の声を漏らし、その場にへたり込んだ。
安心しているが、一時凌ぎにしか過ぎない。
尾崎の事……もう少し調べる必要がありそうだな。
「なぁ如月。あの尾崎がやってたのってさ? なんかの呪いとか呪術なのか?」
葛井は奴隷紋というものが、何なのかが分からない。
得体の知れない奴隷紋に気持ち悪さがあるんだろう。
俺にその謎をどうにか教えて貰いたいようだ。
その気持ちは分かるので、教えてやりたいんだが。
この世界に魔法なんてのはない。
分かり易い呪術にしとくのが得策か。
「まぁ……そんなところだろうな」
「やっぱり! 漫画とかでも良くあるもんな。謎の本に呪文が書いてあって……呪いが発動するとか……」
「……どうだろうな」
「ってことはだ! 如月。お前は陰陽師とか……呪い師なのか? そんなのを祓ったり出来る奴か?」
おいおい。何でそこで俺が陰陽師になるんだよ。
それは違うぞと良いたいが、まあ陰陽師だと実在するしな。
あった事ないけど。
魔法なんて言うよりは、リアリティがあるかもだな。
そこは合わせておくか。
「まぁそんな感じだ」
「スッゲェー! リアル陰陽師とか初めてあったぜ! お前そんな凄えのに、何で俺なんかに虐められて、全く仕返さなかったんだ? 尾崎みたいに呪術を使って、どうにかできそうじゃん」
「本当そうだよな。如月が良い奴で良かった。もし陰陽師の力を使われていたら……終わってたな俺ら」
「「「それな!」」」
葛井達が子供みたいにはしゃぐ。
てかお前らが率先して、俺をいじめてたんだろうが。
今の俺は、勇者アベルの記憶の方が鮮明なので、性格はもう前の白豚アヴェルではない。
以前の俺なら絶対にこの状況はあり得ないだろう。
自殺するまで追い込んだ奴を助け、しかも一緒に話てるんだからな。
「そうだ葛井。俺の写真は全て消去しておけよ?」
「それは如月に携帯壊されたから……残ってねーよ。クラウド保存もしてねーし」
「お前らじゃなくてあの時いた奴ら全てだ。さらにネットに晒した画像も削除だ。ちゃんとしねーんならもう……どうなるのか分かるよな?」
俺はわざと葛井の顔面に手をかざす。
「ひっ! わわっ分かったよ! よしっ今から連絡するぞ」
「じゃあな。如月」
「またな」
慌ただしく葛井達が去っていった。
「ねぇ? アベル様。ネットの画像ってなに?」
俺たちの会話を聞いていたアリスが、俺の顔を覗き込んで来た。
恥ずかしい裸の写真を、ネットに掲載されました。
———なんて言えるか。
「なんでもねーよ。大した事ねーから」
「…………ふうん?」
アリスはその後、何も聞いてこなかった。
もっとツッコまれると思ったんだが。
何かを真剣に考えていたのか、黙ったまま家路まで帰りついた。
「じゃあ。アベル様また明日」
「おう。またな」
アリスに別れを告げた後、俺は動きやすい服装に着替え、再び外に出た。
さてと、この後トレーンングとマラソンするか!
痩せて体力と筋肉をつけないと。
レベル上げもしたいし。
この世界でどうやったら、レベルが上がるのかもまだ分からないからな。
色々試したい。
俺が必死に運動している中。
ネット上には、葛井達の加工された恥ずかしい画像が拡散され、炎上していた。
恥ずかしい画像をネット上に載せられたのは皆、俺の全裸の写真をネットに載せた奴らだった。
その事を俺は、次の日の朝。知る事になるのだが。
…………犯人はどう考えても。あいつだよな?
…………三日で五キロ減か。
俺は風呂から出ると、体重計に乗って数値を確認する。
元が太いだけに、痩せるのが早いな。
まぁ、何回も気絶する程に、身体強化を使ったからってのもあるかもだが。
普通ならあり得ない速度で痩せている。
今日は初めて三キロ走ってみたが、思っていたよりも走れたのが意外だな。
こんなにもブクブクと肥え太ってるんだ、一キロも走れないと思っていたから。
重たい体重を支えているだけあって、足の筋肉はしっかりしているのかも。
この調子で毎日走り、少しづつ距離をのばし、いずれは朝晩十五キロずつ、計三十キロを毎日走れる様になれるのを目標にしたい所。
「はぁ~すっきりしたな」
パンツ一枚履いただけの姿で部屋に入ると、まるで自分の部屋かのように寛いでいるアリスがいた。
「おっかえり~♪」
「はうわっ! おおおっお帰りじゃねーだろ! 男の一人暮らしの部屋に、こんな時間にそんな格好で忍び込んでっ……なっなんかあったらどうすんだよ!」
「ええ~? 何かあるの?」
アリスはそう言って悪戯に笑う。クッソ完全に俺で遊んでやがる。
「何もねーよっ」
俺はそう言って、アリスが座っているソファーの反対側にあるベッドに、ドカッと座った。
———これが間違いだった。
もこもこ素材の大きめパーカーに、履いてないようにしか見えない丈のショートパンツ姿のアリスが、横に座ってきた。パンイチ姿のデブの横に。
「何もしないって言いながらぁ? 私を誘ってるの? アベル様になら覚悟はできてるよ?」
アリスがそっと俺の太ももに手を置き、上目遣いで見つめてくる。
いや……可愛すぎ。
「ねぇ……アベル様」
どう対応して良いのか全く分からず固まっていると、さらにアリスが近寄ってくる。
だから近いって!
「ん?」
アリスが首をコテンって傾げて俺を見る。
「ええと……そのっ。俺! そうっ! もう一回走ってくるわ! お前も自分の部屋に帰れよ?」
俺は慌てて部屋を飛び出した。
「もう! アベル様のい………」
アリスが何やら叫んでいたが、動揺した俺の耳には何も入ってこなかった。
★★★
「んん~! もう朝か」
流石に昨日は走りすぎた。
身体中が痛くて痛くて……急に運動するもんじゃねーな。
「いてて……」
寝返りを打つのさえ痛い……。
身体が重くて、金縛りにあったのかと思うほどに全く動かない。
これはまたアリスが忍び込んで、勝手に俺を枕にしてるからか? と思ってしまうが……ふふふ。
今朝は流石にアリスも忍び込めないはず。
なんせ部屋に結界を張って寝たからな。
などど考え、痛む身体をゆっくりと横に向けると………!?
「ああああああああああっ!? アリス? 何でっ」
「うみゅ……うるさっ……」
アリスが目を擦りながら眠そうに口を開く。
「おまっ!? 部屋に結界が張ってあっただろ? 何で入って来れるんだよ?」
「……ううっ……声が大きい」
アリスはまだ眠そうにしながら、指をパチンっと鳴らした。
すると神聖な結界が、この家全体を包んで行くのが分かる。
「それをこうやってぇ……」
アリスが再び指を鳴らすと、神聖な結界が消滅した。
「マジか……」
俺渾身の結界よりも凄い結界を、最も簡単に消滅させやがった。
解せぬ。
もっとレベル上げしないとダメだな。
前世の時なら、俺の結界の方がレベルが上だったってのに。
この世界じゃどうやら、アリスの方が格段に上みたいだ。
「とりあえずだアリス? 頼むから俺の部屋に勝手に入ってくるな、びっくりして毎回心臓に悪い」
「ええ。どうして? アベル様は私が嫌いなの?」
アリスが何で? っと首を傾げる。
「……そう言うんじゃなくってだな? 好きとか嫌いとかの問題じゃないんだよ。付き合ってもいない年頃の男女が、こんな事しないだろ?」
「ムゥ……やっとアベル様と再会できたから……嬉しくて。この世界で何年も覚醒するのを待ってたんだよ?」
「ぐぅっ」
アリスが瞳を潤ませ言ってくる。
そんな顔されたら、何も言えなくなる。
「まぁとにかくだ。自重してくれ」
「あっちょ!?」
俺はそう言ってアリスを部屋から出した。
★★★
「アベル様用意出来た~? 学校いくよー」
「へーいっ」
いつものようにアリスが迎えに来て、一緒に登校していると。
突然目の前に、時空の歪みが現れた。
それは空気を切り裂いたように切れ目が入り、切れ目の中からは全く違う景色が見える。
「え? 何だあれは?」
「あれってもしかしてだけど【時空門】?」
「…………みたいだな」
【時空門】とは、前の世界では偶に現れる天然の転移門みたいなもんで、アレに触れるとワケの分からない所に転移してしまう。
何でそんな門がこっちの世界に?
「アリス!あれに近づくと訳の分からねー所に飛ばされてしまう! 走って逃げるぞ」
「うん! 分かった」
二人で反対側に走り去ろうとした瞬間。
時空門の前に、小さな子供が走って行く姿が目の端を過ぎる。
「危ない!」
俺は思わず子供の前に滑り込んだ。
時空門は俺をパクッと飲み込むと、そのまま消えた。
「アベル様ぁぁぁぁぁぁっ」
遠くでアリスの必死に叫ぶ声を聞きながら。
俺は何処かに飛ばされてしまった。
「いてて……」
転移した瞬間。
俺は、ボールのように勢いよく転がると、大きな木にぶつかりやっと止まった。
はぁ~っビックリした。
どこに転移したんだ?
辺りを見回すと、鬱蒼とした木々が何処までも広がっている。
南国って感じの派手な葉っぱも生えているし……見た事もない植物ばっかりだ。
それにもう直ぐ十二月ってのにクソ暑いんだが。
頭から滝のように汗が流れてくる。
……おいおいまさか南国……外国に転移したんじゃ?!
どうやって帰るんだよ!
パスポートも持ってねえし……
不法入国者とかで捕まったり……!?
やべえやべえやべえ!
とりあえず冷静になれ、俺。
こんな時は慌てちゃダメだ。
落ち着け落ち着け。
大きく息を吸ってぇ深呼吸。
「…………ふぅ」
ってか地球にも時空門があるなんて……前の世界じゃ当たり前だったけど。
あれかな? 神隠しで急に人が消えるって迷信あるが、時空扉で何処かに転移させられてたのかもな。
とりあえずこの森だかジャングルだか分かんねーが、人がいる所に行きてえな。
『…………ベル様!』
んん? 今アリスの声が聞こえたような?
そんな訳ねーよなぁっあ!?
「うわっぷ!?」
顔に大きな虫が張り付いてきた!
必死に虫を退けようとしたら『ちょっ! 痛いようっ』っと聞き慣れた可愛い声が聞こえて来る。
虫だと思ったのは、アリスだった。
手のひらサイズの大きさになって、フワフワと浮かんでいる。
これは神聖魔法の分身じゃねーか。
アリスが使うアバターは、同じ大きさの自分をもう一人作り出せるほどにレベルが高かった。
『急だったからね。急いで魔力をアベル様に飛ばしてついて来たの。これだと半日で消えちゃうと思う』
俺の手のひらの上でアリスがちょこんと体育座りをし、ため息を吐いた。
ちゃんとアバターを作れなかったから悔しいんだろう。
前世と同じ魔法を使いこなせているだけで、俺からしたら凄えんだがな。
『でもね? こんな姿でもついて来れて良かった。その間に私が協力出来ることは、何でもするからね』
小さなアリスが両手でガッツポーズをして、必死に俺を安心させようとしているのが分かる。
そんなに顔にでてたのか。
情けない、これじゃ前世勇者って言えないな。
「ありがとなアリス。お前のおかげで冷静になれた」
俺は人差し指でチョンっとアリスの頭を撫でた。
『ふふ。なら良かった』
「ところで……アリスはここが何処だか分かるか?」
『それがね? アベル様追跡システムだと……位置情報が富士の樹海なんだよね』
———何だその怖そうなストーカーシステムは。
深く聞くのが怖いので、今は触れないでおこう。
「富士の樹海って事は日本なのか!?」
『うん。山梨県の青木ヶ原樹海、別名【富士の樹海】だね』
「だとしたら! こんな南国に生えているような植物が鬱蒼と生い茂ってるのは、おかしくねえか?」
『そうなんだよね……それにサーチ魔法を使うと、微妙に磁場がおかしい場所があって』
「磁場がおかしい?」
『うん。その場所に行ってみる?』
「そうだな」
どう考えても原因はそこにあるだろ?
何となくだが、アリスが案内する場所に近付くにつれ妙な感じがする……何だろう? 知ってるような感覚? そんな訳ないんだが。
十分ほど道なき道を突き進んでいくとソレはあった。
前世で何回も見慣れた建造物……。
『アベル様これって…… 』
「ああ……ダンジョンだな」