朝海はとりあえず『ほ』の椅子を隠した。この第4ターンも座れる椅子がない。また椅子を探さなければならない。
 こんな行き当たりばったりでは1人で勝ち切るのは無理だろう。賞金を独り占めすることはできなくなるが、それでもいい。さっきは湖口琵道に騙されたが、やはり仲間が必要だ。
 椅子を探しつつ、人を見つけたら声をかけることにした。SNS上から誰かに連絡することは可能だが名前が登録されているだけで、誰が誰かはまったくわからない。ランダムに名前を選び通話で説得するよりも面と向かって説得したほうがいいような気がした。
 なので、出会った人を説得しようと思った。しかし、歩けど歩けど、椅子も人も見つからない。それでも探し続けるしかない。
 そうこうしていると、椅子を探しているであろう1人の男性を見つけた。朝海はさっそく、その男性に声をかけた。
「あのー」
「誰?」
「朝海大晴っていうんだけど、あなたは?」
猪俣史郎(いのまたしろう)だけど……。なに?」
「このターン、座る椅子ないの?」朝海は聞いた。
「お前に関係ないだろ」
「協力し合わない?」
「どういうこと?」
「協力し合って椅子を持ち寄らないかってこと」
「はぁ」あまり理解していないようだった。
「つまり、チームを組んで互いの椅子を使い回すってこと。そうすれば、このターン、猪俣君は3ターン目に俺が座ってた椅子に座れるだろ」
「おお、それいいじゃん。実は俺、2ターン目に座った椅子をここら辺に隠してたんだけど、誰かに持って行かれたみたいでなかったんだよね。マジで助かるわ」
「じゃあ、チーム組んでくれる?」
「おお、いいぜ」
「ちなみにさっきのターンに座ってた椅子って何?」
「確か『ち』だったな」
 よかった。いろは唄の順だと次は『に』だ。『に』の椅子には座れない。
「1ターン目に座ってた椅子は?」
「1ターン目も『ち』だけど」
 なるほど。2つの椅子を使いまわしていたけど、その1つがなくなったってわけか。
「じゃあ、その椅子の場所を教えてくれるかな」
「それはいいんだけど、朝海は?2脚は確保してるんだよな」
「ああ……。それなんだけど、ちょっと事情があって3ターン目に座ってた椅子しか確保できてないんだよね」
「なんだよそれ。こんな提案してきたくせに、案外とろいやつだな」
「ハハ」朝海は笑って誤魔化した。
「まぁいいや。その椅子の場所を教えろよ」
 湖口にはここで素直に教えてしまったばっかりに騙されることになってしまった。椅子を奪われる可能性をなくしつつ、椅子の場所を教えるいい方法がないものか。朝海は考えた。
「どうしたんだよ。早く教えろよ。そっちから言ってきたんだろ」猪俣が急かしてきた。
 一緒に行動するのはどうだろう。別々に行動するから裏をかかれることになる。一緒に椅子を見に行けば裏をかくこともできない。
「じゃあ、一緒に行こっか」そう言って、朝海は猪俣を連れて『ほ』の椅子を隠していた場所へと向かった。
「ここに隠してるから」朝海は言った。
「ああ」
「それじゃあ、猪俣君が隠している椅子の場所も教えてくれる?」
「わ、わかった」
 猪俣史郎に連れられて朝海は『ち』の椅子の隠し場所を確認した。
「このターン、俺は『ち』の椅子に座るから猪俣君は『ほ』の椅子に座ってくれ」
「ああ、わかった」
 しばらくすると音楽が鳴り止んだ。朝海大晴は『ち』の椅子に座った。
《第4ターン終了です。今回、椅子に座れなかった人はいてませんでした。……それでは、消える椅子を発表します》
 どうせ『に』なんだろ。もうわかってるんだよ。
《消える椅子は……『に』です》
 やっぱりな。ということは、いろは唄の順番だというのは間違いないことだろう。
《今回、『に』に座っていた星崎さんは失格となります》
 『に』に座っていた人がいてるのか!当然、こういうこともある。法則をまだ発見できてない人も多いだろう。それに、法則を理解していても持ち椅子がそれしかなければどうすることもできない。
《それでは、第5ターンを開始します。第5ターンスタート》
 オクラホマミキサーが鳴り、7人8脚で第5ターンが始まった。
 『ち』の椅子を隠し、SNSで連絡を取り猪俣と合流した。
「このターンはどうするんだ」猪俣が聞いてきた。
「そのことなんだけど……。重大な問題がある」
「問題?問題ないだろ。このターンも椅子を交換して互いに座れるだろ」
「そうはならないんだ」
「どういうこと?」
「消される椅子になっていく法則に気づいてる?」
「いや、全然」
「このターン、消されるのは『ほ』の椅子なんだ」
「わかるのか?」
「実はいろは唄の順番に消されていってるんだよ。……最初が『い』で次が『ろ』。その次が『は』で、さっきが『に』。そして、次は『ほ』が消される」
「おお、すごい!なるほど。よくわかったな」
「まぁ、色々あってな。だから、このターンで俺らの椅子が1脚なくなることになる」
「確かにそれはまずいな。せっかくチームを組んだのに、いきなり朝海が失格することになるじゃないか」猪俣は言った。
「ああ」
「……なら、どうする?」
「もう1人、仲間を増やす」
「えー、仲間を?」猪俣は少し嫌そうに言った。
 できれば、仲間は極力増やしたくはない。それは朝海も同じだ。仲間をもう1人増やすということは勝ったときの賞金が3等分になるということだ。朝海には借金が4千万ある。1億円を3等分すれば借金を完済することはできない。しかし、勝つためには仕方がない。今は仲間が必要だ。
 朝海と猪俣は仲間を探しに行くと、オロオロしている女性を発見した。すると、その女性から話しかけてきた。
「2人は協力し合ってるんですか?」
「あ、ああ。まぁ」朝海は言った。
「私も仲間にしてもらえませんか?」
 こちらも仲間を探しているんだ。願ったり叶ったりだ。
 朝海と猪俣は目で会話した。そして、この申し入れに同意することにした。
「わかった。仲間になろう」
「ありがとうございます」
「じゃあ、この3人で共闘するということで」朝海は言った。
「ああ」猪俣は言った。
 新しく仲間になった鵜飼陽菜(うかいひな)は『を』の椅子しか確保していなかった。これで現状、朝海たちは『ほ』と『ち』と『を』の椅子を保有していることになる。それじゃあ、意味がない。どのみち1人は失格してしまう。なぜ、5ターン目まで生き延びてて1脚しか椅子を保持してないんだ。こんなことなら仲間にするんじゃなかった。かといってこれ以上、仲間を増やすことはできない。賞金の取り分が減る一方だ。
「まだ、時間があるから3人で新しい椅子を探しに行こう」朝海は言った。
「そうね。椅子を探すのもチームのほうが有利だものね」鵜飼陽菜は言った。
「よし、わかった。探しに行こう」猪俣は言った。
 3人は椅子を探しに行った。そして、時間一杯使って、朝海が『り』の椅子を。猪俣が『と』の椅子を見つけた。3人で5脚保有していることになった。
「ギリギリでなんとかなったな」朝海はそう言った。
「本当に椅子が見つかってよかった」猪俣は言った。
「じゃあ、俺は『り』の椅子に座るから猪俣君は『ち』の椅子に座ってくれ。鵜飼さんは『と』の椅子に座って」朝海は言った。
「わかった」猪俣と鵜飼は言った。
 そして、朝海は『り』の椅子に向かい、猪俣は『ち』の椅子に向かい、鵜飼は『と』の椅子に向かった。
 『り』の椅子の傍らで音楽が鳴り止むのを待っていると、朝海のケータイが鳴り、湖口琵道から連絡がきた。
「何か用か?」朝海はぶっきらぼうにこたえた。
「朝海もまだ生き残ってるんだな」
「おかげ様でな」
「チームでも組んだのか?」
「なんでわかったんだ!」
「ハハハ。1人ではこのゲームは難しいだろ」
「……」
「実は俺もチームを組んでてな。これからはチーム戦だな」
「勝つのは俺たちだけどな」朝海は言った。
「威勢はいいようだけど、それは無理だ。なぜなら、俺のチームが勝つからな」
「いいや、勝つのは俺たちだ!」そう言って朝海は通話を切った。
 するとまもなくして音楽が止まった。
 朝海は『り』の椅子に座った。
《第5ターン終了です》
 第5ターンが終わった。
《今回、椅子に座れなかったのは2人です》
 そうなることは必至だ。さっきまで座る椅子がなくてひやひやしていたのが嘘のように朝海たちは椅子を占有していた。
《それでは、消える椅子を発表します。消える椅子は……『ほ』です。『ほ』の椅子に座っていた人はいてませんでした》
 当然だ。『ほ』の椅子を所持しているのは俺たちだ。俺たちは誰も『ほ』の椅子に座っていない。
《それでは、第6ターンを始めます。第6ターンスタート》
 オクラホマミキサーが鳴り、5人7脚で第6ターンが始まった。

 第6ターンが始まると2人に湖口琵道から宣戦布告されたことを伝えた。
「今、残ってるのは5人だから湖口のチームが残りの2人で確定。……どちらにしろ、俺たちのほうが圧倒的に有利だ。保持している椅子の数も多い。有利な立場にあるといえる」朝海は言った。
「そうだな。もう勝ったようなもんだな」猪俣は言った。
「油断は禁物よ」鵜飼は言った。
「そうだな。湖口のチームは『ぬ』の椅子と『る』の椅子は確実に所持している。最後まで生き残ってくるだろう」朝海は言った。
「なんで、そんなことわかるんだよ」猪俣は言った。
「まぁ、色々あってな」
「でも、大丈夫よね。結局、最後に残る椅子は『を』なんだから、その椅子を持っている私たちが勝つのよね」
「確かにそうだ!」
「だから、油断はするなよ」朝海はたしなめた。
 そして、このターンは朝海が『と』、猪俣が『を』、鵜飼が『り』の椅子に座って、第6ターンが終わった。消える椅子には『へ』が宣言され失格者は出なかった。
 第7ターンは朝海が『ち』、猪俣が『り』、鵜飼が『を』の椅子に座った。第7ターンが終了すると消える椅子には『と』が宣言され、朝海たちの所持していた椅子が消されることになった。
 そして、5人5脚で第8ターンが始まった。
 第8ターンが始まると、話し合いが始まった。このターン、『ち』の椅子が消される以上、ついにチームから失格者を出さなければならない。しかし、朝海は誰がなってもいいと思っていた。どうせ、誰が勝っても賞金は3等分。あまり誰が勝つかは問題ではない。
「じゃんけんで椅子に座らない人を決めようか」朝海は言った。
「それがいいかもな」猪俣は言った。
「ええ、わかったわ」
 じゃんけんをした結果、猪俣が椅子に座らないことになった。
 そして、朝海は『を』の椅子を隠している場所へ、鵜飼は『り』の椅子の元へ行った。
 朝海が『を』の椅子を確認して、次からのターンのことを考えていると鵜飼から通話がかかってきた。
「どうした?」朝海は通話に出た。
「椅子が盗まれた!」
「どういうことだ?」
「湖口のチームに『り』の椅子を盗まれたの!」
 湖口のチームに盗まれただと!こちらの椅子が1脚減って向こうの椅子が1脚増えることになる。
 もう終盤戦に突入している。ここでの椅子の増減は痛い。いくら『を』の椅子を保持しているからといって無視することはできない。いや、もはや『を』の椅子を保持しているとかは関係ない。
 どうするべきか考えた。SNSでルールを確認しながら、しばらく考えていると、ある作戦が思いついた。
 朝海はその作戦を伝えるために、すぐに猪俣に連絡を取った。
「どうした?」猪俣が出た。
「今すぐ『ち』の椅子のところに行け!」
「『ち』の椅子に?座っても失格になるだけだろ」
「違う!座るんじゃない。壊すんだよ!」
「壊す?そんなことしてどうなるんだ」
「ルール説明のときに言ってただろ。1度、座れなくなった椅子は宣言されることはないって……」
「それは1度消された椅子が、もう一度宣言されることはないってことだろ!」
「そういうことじゃない!」
「じゃあ、どういうことだよ?」
「物理的に座れなくしても、その椅子が宣言されることはないんだ!」
「そんなことが可能なのか?」
「できる!どんな形であれって言ってただろ!」
「しかし、そんなことしてどうなるんだ?」
「湖口たちに『り』の椅子を盗まれたんだ。このままでは湖口のチームは『り』の椅子に座り生き残る。俺たちのチームは俺が『を』の椅子に座って次のターンで終わりだ。でも、『ち』の椅子を壊して座れなくすれば、このターン消される椅子に『ち』は宣言されなくなり、次の『り』になる。そしたら、湖口が間抜けに『り』の椅子に座ったなら、そのまま殺すことができる。もし湖口ではなく、もう1人の仲間でもいい。確実に向こうに攻撃できる」
「なるほどな」
「だが、そうはならないだろう。湖口たちは『ぬ』の椅子と『る』の椅子を確保してるからな。『り』の椅子に座るとはかぎらない。でも、『ち』の椅子を壊して『り』の椅子が消されることになれば、次のターンは椅子が3脚になりセントラルゾーンでの戦いになる。そうしたら、『ぬ』の椅子にも『る』の椅子にも座るチャンスはいくらでもできる。狭いエリアに限定されれば2脚を抱え込むのは難しくなる。自分が座れない椅子に手をかけてることは禁止行為になるからな」
「わかった。今すぐ『ち』の椅子を壊しに行く」
「頼む。俺は鵜飼さんにも説明しとくから」
 通話を切ると、すぐに鵜飼にSNSで連絡した。そして、このターンで行う作戦について説明した。
 通話を切ると、すぐに別の通話がかかってきた。猪俣からだったので、すぐに出た。
「どうだった?壊せたか?」
「ああ、ちゃんと壊した」
「よし。じゃあ、あとは音楽が鳴り止むのを待とう。このターンで、もう俺しか生き残れないけど、必ず勝つからな」
「ああ、頼むぞ」
 通話を切ると音楽が鳴り止むのを待っていた。そして、音楽が鳴りやんだ。
《第8ターン終了です》
 8ターン目が終わった。
《このターン、3人が椅子に座れませんでした》
 3人座れなかった?ということは、湖口のチームも1人失格になったということか!なぜだ!?向こうのチームには『り』の椅子と『ぬ』の椅子と『る』の椅子があるはずなのに……。
《それでは、消える椅子を発表します》
 今回、『ち』の椅子ではなく『り』の椅子が消されることになる。
《消える椅子は……『ぬ』です》
 ハァ!『ぬ』だと!?どういうことだ!『ち』の椅子を壊したから『ち』の椅子はすでに座れなくなっている。ということは『り』の椅子が消される椅子に宣言されるべきじゃないのか!なのになぜ『り』の椅子も飛ばして『ぬ』なんだ!『り』の椅子も壊したっていうのか!
《『ぬ』の椅子に座っている人はいてませんでした》
 すると、湖口から通話がかかってきた。
「はい」朝海は無愛想に出た。
「『ち』の椅子を壊して座れなくするとは中々、策士だったな」
「なぜ、『ち』の椅子を壊したことを知ってるんだ!」
「お前の作戦なんて筒抜けなんだよ」
「どういうことだよ!」
「もしかしてお前、俺が2人でチームを組んでると思っているだろ」
「違うのかよ」
「全然違う。俺のチームは2人じゃないんだ」
「2人じゃない!?何言ってるんだよ!俺のチームが3人なんだから2人以外にありえないだろ!」
「それが間違ってるんだよ。もっとよく考えろよ」
「意味がわかんねぇよ。じゃあ、お前は1人で戦ってたっていうのかよ」
「そうじゃない。俺にも仲間はいる」
「だから2人チームだろ!」
「ハハハ。だから……鵜飼陽菜も俺の仲間なんだよ」
「鵜飼さん?」
「そう。鵜飼陽菜は俺が送り込んだスパイだ。『り』の椅子を盗んできてくれたのも鵜飼陽菜だ」
「鵜飼さんがスパイ?」
「そうだ。俺のチームは最初から3人だったんだ。だからお前のチームの作戦も筒抜けだったんだよ」
「……」
 あまりのことに朝海は言葉を失っていた。
「どうした?ショックのあまり、言葉が出てこないか?」
「あ……いや……。じゃあ、鵜飼さんに聞いて『ち』の椅子を壊すことも知っていたっていうのか?」
「そうだ。お前の作戦は筒抜けだったんだよ」
 クソー!!たった3人の中にスパイが紛れていたとは!そう言われれば仲間になるときに鵜飼陽菜のほうから声をかけてきた。
「でも、なぜそれで『り』の椅子を壊したんだ?」
「それは、このターン、朝海が『を』の椅子に座ると知ったからな。最後はお前と一騎打ちをしたいと思ったんだよ。しかし、この一騎打ち。お前に勝目はないけどな。ハハハハハ」湖口は高笑いをしながら言った。
 しまった!そういうことか!
 残っている椅子はあと2脚。『る』の椅子と『を』の椅子だ。最後は『を』の椅子に座らないと勝つことはできない。しかし、この第8ターンで朝海は『を』の椅子に座っている。ということは次の最終ターンでは『を』の椅子には座れない。これではどうしたって勝つことはできない。
「ウウォーー!!」朝海は叫んだ。
 このままでは負けてしまう。何か策を考えなければ……。
「ハハハ。それでは一騎打ちを楽しみにしてるよ」
 通話は切られた。
 2人2脚となり最終ターンが始まろうとしていた。
《それでは、椅子が3脚以下となりましたので、セントラルゾーンでの決戦となります。このターン『る』の椅子と『を』の椅子に座ったプレイヤーはその椅子をもってセントラルゾーンへとお集まりください。集まり次第、最終ターンを始めさせていただきます》
 朝海は色々考えながらセントラルゾーンへと歩いた。狭いエリアで樹々が茂ったセントラルゾーンの中へ入ると、すでに湖口がいた。
 2人は対峙した。
《それではこれより、最終ターンを始めたいと思います》
 オクラホマミキサーが鳴り、ついに最終ターンが始まった。
「朝海、ほら」そう言って湖口は朝海に『る』の椅子を渡してきた。「お前はこの椅子にしか座れないだろ」
「……」朝海はうつむいたまま黙っていた。
 そして、湖口は『を』の椅子を渡せと言わんばかりに手を差し出してきた。
「座れない椅子にいつまでも手をかけてるなよ。禁止行為だぞ!」そう言って湖口は朝海から半ば強引に『を』の椅子を奪った。
「ハハハ。もう勝負は見えたな」そう言って湖口は歩いて向こうのほうに行った。エリアが限定されてるので近くにいるのは間違いないが、意外にも樹々が邪魔で湖口の姿は見えなくなった。
 朝海は用を足すわけでもなくトイレに行き、また『る』の椅子の元へと戻ってきた。そして、音楽が鳴り止むのをひたすら待った。音楽が鳴り止むと朝海は、この椅子にしか座れないので座った。
《最終ターン終了です》
 ついに全てが終わった。
《それでは最終ターンに消える椅子を発表したいと思います》
 朝海は湖口にSNSで通話をかけた。
「今更なんだ?この敗者が!」湖口がこたえた。
「フフフ。ハハハ。湖口、勝ったつもりか」
「どう考えても俺の勝ちだろ!負け惜しみか?」
「そう思うなら、このまま一緒に結果を聞こうじゃないか」朝海は強気に言った。
「ああ。お前の吠え面が見れないのが残念だ」
《消える椅子は……『を』です》
「ほら見ろ!俺の勝ちだー!!……えっ、『を』!?」湖口は動揺しているようだ。
「湖口、お前の負けだ!お前は死んだんだ!」
「何をした、朝海!……あっ、わかったぞ!お前、『る』の椅子を壊したな!共倒れを狙っただろ!」
「そんなことはしてない」
「嘘つけ!それ以外、考えられないだろ!」
「結果が全てを物語っている。結果を聞けばわかることだ」
「……」
 2人は黙って結果を聞くことにした。
《『を』の椅子に座っていた湖口さんは失格となります。よって、椅子取りゲーム、勝者は朝海大晴さんです》
「なぜだー!!共倒れを狙う以外に俺の勝利を阻止する方法なんてないだろ!」
「それがあるんだよ、湖口」
「どんな方法があるっていうんだよ!」
「まず、このゲームのルール説明を受けたときに『文字が雨で落ちる恐れがある』って言ってたのは覚えているか?」
「ああ、確か言ってたな。一時中断されるって」
「ということはだ。椅子の背中に書かれている文字って水性ペンで書かれてると思わないか?」
「そうかもしれないけど、雨でも降らないかぎり、そんなこと関係ないだろ!」
「いや、雨が降らなくても水があれば、この文字は消せるってことだ。だから、俺はトイレに行って水をペットボトルに汲んできたんだ。ペットボトルはそこら辺に落ちていたからな」
「それでお前は『る』の文字を消したっていうのか!『る』の椅子がなくなって『を』の椅子が消されることになったと……」
「ただ、消しただけじゃない。このゲームのルールはいろは唄の順で椅子が消されていくってことだろ。『いろはにほへとちりぬるを』の順番に12脚が消されていくってな」
「そうだ。だから、最後に『を』の椅子に座ってた俺が勝つはずだったんだ!」
「園内に入るときにペンをもらって名前を書かされただろ」
「ああ」
「そのペンを使って消した『る』の上に『わ』って書いたんだよ」
「どういう意味だ?」
「いろは唄は『を』で終わりではないだろ。あくまで今回のゲームが12脚だったから『を』まで振り分けられてただけだ。いろは唄には続きがあって『わかよたれそ……』と続きがあり47文字あるのはわかるよな」
「ああ……」
 湖口も理解してきたようだ。なぜ自分が負けたのかを……。
「『る』を消して『わ』に書き換えた。『を』と『わ』の椅子があれば『を』の椅子が消される。よって『わ』の椅子に座った俺の勝ちだ!」
「ウワァァァー!!クソー!!」ケータイ越しではなく湖口が叫んでいる声が響いてきた。
《それでは、勝利を収めました朝海大晴さんに賞金1億円を進呈いたします》
 そうだ。1億円だ。しかも、鵜飼陽菜に賞金を分ける必要もない。あいつはスパイだったんだ。裏切ってたんだ。ということは取り分は5千万になる。これで借金が完済できる!これで、自殺を考える日々ともおさらばだ!
 朝海は貰った1億円を猪俣史郎と半分ずつにして、会場をあとにした。そして、そのお金で借金を返し、これからは真面目に生きていくことを決意した。

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