無能扱いで実家から追放された俺、実は最強竜王の後継者だった。竜の王子として、あらゆる敵に無双し、便利な竜魔法で辺境の村を快適な楽園に作り変えて楽しいスローライフを送る。


「最初から馬車の中に潜んでいたんだよ」

 御者席から、御者のバーナードが笑った。

「馬車内の一部に隠れるスペースを作っておいたんだ」
「お前をこうして拘束するためにな」

 さらに二人、屈強な男が現れる。

「へっへっへ、お前を人質にして身代金をふんだくらせてもらうぜ」

 男たちが笑った。

「身代金? けど、俺は実家を追放されたんだぞ」

 言いながら、俺の声は震えていた。
 人質と言っても、殺されない保証なんてない――。

「なーに、親が簡単に子どもを斬り捨てられるわけないだろ。脅せばきっと大金を出してくれるはずだ」
「そうそう、愛する息子のためになぁ、はははははは!」

 彼らの言葉を、俺はどこか冷めた気持ちで聞いていた。

 ――本当に、そうだろうか。

 父は……あの人は、仮に俺が人質に取られたとして、容赦なく見棄てそうな気がする。

 思えば、昔からあの人が俺をまともに見てくれたことはなかった。
 息子というより『家を継ぐための道具か部品』程度の感慨しかないんじゃないか……そう感じてきた。

 はあ……悲しい。

 俺はため息をついた。
 その、瞬間――。



 ヴィィィィィィィィン。



 振動音が響く。

「なんだ? この音、どこから――」

 わけが分からない。

 ごうっ!

 そして次の瞬間、いきなり衝撃波が吹き荒れた。
 いや、少し違う。
 この衝撃波は――俺の体の中から出ている!?

「ぐあっ!?」
「ぎゃあっ!?」
「な、なんだ、これ――?」

 周囲が全部吹き飛んだ。
 男たちは地面に倒れている。
 いちおう生きているようだ。

 ……あちこちコゲてるけど。
 一体、何が起こったんだろう……?



『我が力を継ぐ者が現れたか』



 声が、響いた。

「えっ……!?」

 次の瞬間、周囲が真っ白な世界に変わる。
 そして、中心部に巨大な黒い竜が出現した。

 全長は――数百メートルはあるだろうか。
 あまりにも巨大すぎるのと、周りに比較対象となるような建造物も何もないから、正確なサイズが分かりづらいけど――。
 俺が今までに見たこともないくらい、超巨大な生物だった。

『我はグラムウィーラ。災厄と滅亡の魔竜王なり』

 黒い竜が名乗った。

「魔竜王……グラム……!」

 俺は呆然とうめいた。

 その名前は伝説に刻まれている。
 正式な名前は『災厄と滅亡の魔竜王グラムウィーラ』。

『竜の因子を持つ者よ。お前こそ、我が力を継ぐ存在なり』
「えっ? えっ?」
『我は多くの種族との間に子を為した。当然、人間との間にもな。その因子を継ぐ者が世界中に散らばっている』

 グラムが語る。

『お前もその一人。そして、我が力を継ぐだけの強い因子を発現している――』
「ええと、いきなり言われてもわけが分からないんですが……」

 俺は戸惑っていた。

 ただ、心の片隅に期待感が生まれていた。
 グラムは今、俺のことをこう言った。

『我が力を継ぐ存在』と。

 つまり魔竜王グラムウィーラの強大な力を、俺が受け継ぐということなのか?
 だとすれば――無能として追放された俺には、実は魔竜王の力が宿っているということになる。

 この世界のどんな人間も比較にならないほど、圧倒的な力が。
 無能という評価など軽々とくつがえす、無双の力が――。

『お前はすでにその片鱗を知覚しているはずだ』

 グラムが説明する。

『力を、発現しただろう?』
「力を……?」

 いや、俺にはなんの力もないんですが……。
 だからこそ実家を追放されたわけだし――。

『我が血を引く者よ……竜の王子よ……』

 グラムの声が、急に小さくなった。
 周囲の景色が薄れていく。

「えっ、ちょっと……?」

 もしかして、と焦る俺。
 わけが分からないまま、説明ターン終了!?

『その力を存分に使い、為すべきことを為せ――』

 なんだか思わせぶりなことを言いつつ、黒い竜は消えてしまう。
 えーっと……とりあえず状況を整理しよう。



・俺には魔竜王の強大な力が宿っている(推定)
・その力はすでに発現している(魔竜王・談)



「で、その力はどこにあるんだ……?」

 つぶやきかけたところで、はっと気づく。

「そうか、俺のスキルが――」

 俺のスキルに何が書かれているのかは、あいかわらず分からない。
 けれど、あれは魔竜の力を使えるっていう内容なんじゃないだろうか。
 文字が読めないのも、たとえば竜の言語だから――とか?

 もう一回、スキルの名称を見てみた。

【××××・××】

 じー。
 目を凝らして、もっと見てみる。

【××××・××】

 じー。
 もっともっと。

「……ん?」

 しつこく見続けていると、だんだんとスキルの文字が変化してきた。
 じわり、じわり、と何かの文字が浮かんでくる。

「これは――!?」



【魔竜王子・継承】



「魔竜……王子?」

 俺は魔竜王のセリフを思い出す。
 そういえば魔竜王が言っていた。



『我が血を引く者よ……竜の王子よ……』
『その力を存分に使い、為すべきことを為せ――』



「そういうことだよな……やっぱり」

 これで全部つながる。
 暴漢たちを吹っ飛ばしたのも、魔竜王から継いだ力の一端なんだろう。

「しかし、すごい威力だな……」

 これでまだ能力の一部ということなのか?

 もしスキルを完全に使いこなせたら……。
 ふと、そんな疑問が浮かび、俺は身を震わせた。
 きっと、今よりずっと強力な攻撃ができるだろう。

「具体的に、どんな力が宿っているのかが分かればいいんだけど……」



『では、竜魔法のリストを表示します』



 脳内で声が響いた。

「えっ」
『これは竜魔法用のナビゲーター音声です。「魔竜王の力」の一端として、使用者にあらかじめインストールされています』
「いんすとーる……? なんだ?」

 魔法用語だろうか。

『表示します』



 ヴンッ。



 俺の目の前に輝く文字の羅列が表示された。

『竜魔法』

 最初にそんな見出しがあり、その次にさまざまな魔法の内容や効果などが説明されている。

「うおおおおお、これは……!?」

 きっと、これらの竜魔法は『魔竜王グリム』が使えるものなんだろう。

 その数は――優に数万はありそうだ。
 ちらっと読んだだけでも、



・滅亡の竜炎:大都市を一瞬で灰にできる威力の極大火炎魔法。
・竜王級探知魔法:世界中のあらゆる場所から指定の物体・事象を探し出すことができる。
・竜牙兵創成:一騎当千のしもべ『竜牙兵』を作り出す。その力は一国の軍をはるかにしのぐ。



 その効力は、人間が扱う魔法のそれをはるかに上回っている。
 はっきり言って規格外の魔法ばかりだ。

「魔竜王の力を受け継いだ……らしい俺にも、竜魔法が使えたりするのかな?」

 ちょっと試してみるか。

 と言っても、俺は生まれてこの方、魔法なんて使ったことがない。

 いちおう使い方は習ったんだけど、せいぜい座学程度の知識だ。
 魔法を使うには、それなりの才能が必要なんだ。

 けれど、俺にはその才能がなかった。
 妹は魔法の才能に恵まれていて、小さいころからバンバン使ってたんだけどな……。

 本当、うらやましい。
 まあ、ないものねだりをしても仕方ない。

 それに今なら俺にも魔法が使えるかもしれないし。

「えっと……魔法において重要なのは、魔力を生み出すための『集中力の高さ』、心身を整えるための『正しい呼吸』、結果を鮮明に想起する『イメージの強さ』……だったよな」

 昔教わったことを復唱していく。

 ヴ……ン。

 俺の右手に輝きが宿る。

「お!?」

 力だ。

 膨大な力を感じるぞ。



 ――【滅亡の竜炎】。



 頭の中で声が響いた。

 ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ……!

「あ……あ……」

 はい。
 まあ、なんだ。

 ……前方にクレーターができました。

「なんつー威力だ……」

 俺は呆然としていた。

 一瞬にして地形を変えるほどの魔法を撃てるとは。

 しかも全然疲れていない。

 たぶん、今ので消耗した魔力はわずかなものなんだろう。
 おそるべし魔竜王の力――。

 とりあえず、俺が『魔竜王の力』を継いでいるというのは間違いなさそうだ。

「……いや、待て。これはまずくないか」

 だって俺の力の根源は『魔竜王』だぞ?
 もしかしたら、俺自身が『魔竜王の化身』みたいな扱いを受けるかもしれない。

 下手すると『世界の敵』として追われる可能性も――。

「……とりあえず、竜魔法はいったん使わないようにしよう。使いどころがあるかどうかは、また考えるとして」

 俺自身が魔竜王の化身として世界中から追われる身になるかもしれない――。

 そう考えると、前途多難な気がしてきた。

 とはいえ、竜魔法自体はすごい力だ。
 こいつを有効活用すれば、きっと俺の人生は切り開かれていく。

 閉ざされてしまったと思った俺の未来――。
 意外と明るいかもしれないな。



 と、そのときだった。

「な、何、今の――!?」

 遠くから声が聞こえた。

 誰だ……!?

 俺は目を凝らした。

 距離は数百メートル離れているだろうか。
 遠すぎて、よく見えない。
 と、

『【竜眼】を発動します』

 例によって頭の中で声が響くと、視界がすごい勢いで鮮明になり、遠くでぼんやりと見えた声の主の姿がはっきり見えた。

 一人の少女だ。
 赤い髪をポニーテールにした美少女で、俺より一つ二つ年下だろうか。
 町娘のような格好をしていて、たぶん近隣の住民だろう。

 思いっきり見られたよな、今の――。

「なんとか口留めしたいけど……」



『【滅亡の竜炎】で消し飛ばしますか? YES/NO』



 いきなり恐ろしい選択肢を提示された!?

「い、いやいやいやいや!」

 俺は慌てて叫んだ。

「消し飛ばすのは駄目だからな! だめ、ぜったい!」

 頭の中の声に言い聞かせる。

「それより彼女と話がしたいんだ。何かいい方法はないかな……」
『【竜翼】を展開します』

 例の声とともに、俺の背に翼が生えた。

 おお!?

 背中側だからよく見えないけど、どうも竜の翼が生えているらしい。
 それを羽ばたかせ、俺は彼女の元まで飛んだ。



「ひっ、そ、空を飛んできた……!?」

 彼女は腰を抜かしていた。

 俺の背中から生えていた【竜翼】は着地と同時に、自動的に消えた。
 便利だ。
 と、それはそれとして――。

「え、えっと……」

 俺は彼女を前に口ごもった。
 どう切り出せばいいだろう。

『今のは俺がやった! でも見なかったことにして!』

 なんて頼むのは露骨に怪しいよな。
 そもそも、俺が攻撃魔法でクレーターを作ってしまったところを彼女が目にしたのかどうか。

「地面が……えぐれてる……!」
「あ、えっと、地震があったみたいだよ」
「地震? そういえば一瞬地面が揺れたような……」

 彼女はポンと手を叩いた。

 まあ、俺が起こした爆発の振動なんだけどな。
 でも、この反応だと俺が攻撃魔法を使った瞬間を、彼女は見ていないようだ。

 これを俺がやった、とバレないように、なんとかごまかそう。

「ところで、あなたは誰? この辺りじゃ見かけない顔ね」

 少女の顔に警戒の色が現れた。

「ああ、俺は――」

 数百メートル背後には粉々になった馬車の車体がある。

 馬の方はすでに逃げた後だ。
 そして俺を襲った男たちは――まだコゲたまま。

 ……いちおう手当てしてやるか。
 襲ってきたのは向こうだけど、このまま放っておいて死んだりしたら寝覚めが悪い。

「旅をしているんだけど、同行者が事故で火傷しちゃって。手当をできる場所をしらないか?」
「ん? ならあたしの村が近くにあるから一緒に来て。見た目ほどひどいケガじゃなさそうね」

 と、俺の背後を見て、少女が言った。

「ありがとう。助かるよ。俺はゼルだ」

 家名は名乗らず――というか、実家を追放されたから名乗れないけど――俺は自分の名前を明かした。

「あたしはソフィア。よろしくね」

 にっこりと笑う彼女。

 さっきよりも険の取れた、可愛らしい笑顔だった。
 きっと今までは俺を他所者だと警戒していたんだろう。

「あ、その前にちょっと野暮用を済ませてくるから」
「?」

 ソフィアに断りを入れ、俺はふたたび【竜翼】で元の場所に戻った。

 コゲたままの暴漢たちを治療用の竜魔法で応急手当てしてやる。
 それから最低限の物資を残し、自力で近隣の町にたどり着けるようにしてから、また【竜翼】でソフィアの元まで戻った。

「お待たせ」
「……その翼、何? あなたって獣人か何かなの?」
「いや、これは魔法の一種さ」

 俺はそう説明した。
 うん、嘘は言ってない……かな?

「魔法……あなた、魔術師なんだ」
「駆け出しだけどね」

 うん、嘘は言ってない。
 竜魔法は習得したばかりだからな。

「へえ……」

 ソフィアが物珍しげに俺を見つめる。

 それから二人で出発した。



 ――さて、これからどうするか。

 俺は今後の方針や立ち回りについて考えを巡らせていた。
 ソフィアは俺の少し前を歩き、先導してくれている。

 まず、俺が身に着けた力――というか、スキルの真の効果。

 それが『魔竜王の力』だ。
 正確には、かつて神々に挑んだ超存在――『魔竜王』の力を継承するスキル。

 具体的には、俺はその『魔竜王の力』を丸々使うことができそうだ。

 それは主に竜魔法という、人間とは違う魔法体系になる……らしい。

 その辺りはさっき頭の中に声が響いて、逐一説明してくれた。
 どうやら俺が念じると、さっきの声が随時スキルの詳細を教えてくれるらしい。

 この声も竜魔法の一部なのか、あるいは魔竜王の残留思念みたいなものなのか……それは分からない。

 ともあれ、俺に強大な力が身についたことは事実だ。
 それも世界中のどんな英雄もぶっちぎりで超越するほどの。

 この力があれば、それこそ歴史に残るような英雄として成り上ることもできるだろう。
 あるいは栄耀栄華を築くことだってできる。

 でも……正直ピンとこないんだよな。

 俺にはそこまで大それた野望なんてない。
 ただ平穏に、幸せに暮らせていければ、それでいい。

 それが俺、ゼル・スタークの基本的な価値観であり人生観だからだ。

 平穏に、そして快適に過ごすための方針は、とりあえず二つほど。

 一つはこの力を活用して、俺自身の生活を便利にし、さらにこれからの仕事――今はまだ、どんな仕事に就くかも分からないけど――を楽に片づけられるように使いこなしていく。

 そしてもう一つは、俺が『魔竜王の力』を持っていると、誰にも知られないようにすること。

 もしバレたら、どんな面倒ごとが起こるか分からない。
 世界には――正義を為す英雄や聖女がいる。

 彼らに目を付けられ、『世界の敵』として攻撃されるような事態は避けなければならない。

 まあ、仮に俺の力のことがバレても、別に全然お咎めなしかもしれないけど……用心するに越したことはないからな。



 ――などと考えながら二十分ほど歩き、俺はソフィアの村にたどり着いた。



 村の外れにいくつも墓標があった。
 そのうちの一つの前で、ソフィアが手を合わせる。

「うちの両親。魔王軍に殺されたの」

 短く告げるソフィア。

「……そうか」

 俺は彼女に並んで墓標の前で手を合わせた。

 魔王軍。
 最近、異世界から現れたという魔物の軍団だ。

 汎国家軍である『雷神騎士団』や『聖女機関』が討伐に当たっているようだけど、戦いは一進一退だった。

 戦争状態になって、すでに十五年――。
 貴族たちの間で、強力なスキルを持つ者が重用されるようになったのも、この魔王軍の存在が大きい。

 スキルで持って魔王軍を撃退する――そんな英雄になることを王族や貴族は民衆から求められているのだ。

 実際、そうやって戦功を立て、弱小貴族から王族にまで成り上がった家もあると聞く。

「あたしはもともと違う町に暮らしてたんだけど、そこが魔王軍に襲われて……」
 と、ソフィア。

「両親を失った後、祖父母のいるこの村に来たのよ。その祖父母も三年くらい前に流行り病で亡くなったから、今はあたし一人だけど」
「そっか……」

 俺は彼女の両親や祖父母の墓の前に行き、祈りをささげた。

「ふふ、ありがと」
「えっ」
「両親も祖父母も、そうやって祈ってくれて喜んでると思う」

 ソフィアが目を細める。

「この村は大丈夫なのか?」
「こんな辺境に魔王軍が攻めてくることは、そうそうないからね」

 と、ソフィア。



 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……んっ。



「ん?」

 遠方から、いきなり雄たけびが聞こえてきた。

 怒号、咆哮、そして声にならない音圧。
 そのいずれもが、すさまじいまでの威圧感を伴い、押し寄せてくる。

 体が、自然と震える。

 これは、なんだ――?

 と、その嫌な感覚の正体は次の瞬間、判明する。

「魔王軍が来たぞぉ!」
「逃げろぉ!」

 村の人たちが口々に叫んでいた。

 おいおい……。

 さっきの俺たちの会話がフラグになったかのように……。
 村に、いきなりの魔王軍来襲!

「ソフィアは安全な場所に避難を!」

 叫びながら走りだす。

「ゼルはどうするの!?」
「俺は――」

 どくん、どくん、と心臓の鼓動が鳴っていた。

 怖い。
 不安だ。
 逃げたい。

 ネガティブな感情が次々に噴出する。
 けど、走るスピードは緩めなかった。

「魔族から、村の人たちを守る――」

 そう、今の俺ならできるかもしれない。

 いや、きっとできるはずだ。
 魔竜王の力を継いだ、俺なら。

 ばさりっ。

 背中に【竜翼】が出現した。

「そっか、空を飛んだ方が速いな」

 俺はそのまま羽ばたき、現場に向かう――。

 五分ほどの飛行で現場にたどり着いた。
【竜翼】を解除し、着地する。

「うわぁぁぁぁぁっ……!」

 村の人たちの悲鳴が響いていた。

 恐怖に顔をゆがめ、逃げ惑う人々。

 ごおおおおおおおおっ……!

 村の家々が焼かれていく。

 次々と吹き飛ばされていく。

 このままじゃ、村一つが全部焼け野原になってしまう――。

 村を襲っているのは、おおよそ三十体を超える魔族だった。

 人間型の個体が三体。
 残りの三十体近くは体長十メートル近い獣の姿をしている。
 奴らが放つ火炎や稲妻が村を焼き、人々を吹き飛ばす。

「くっ……!」

 どうする――。

 一瞬の間に、俺の思考はめまぐるしく回った。

 さっきの『魔竜王の力』を使えば、魔族たちを撃退できるかもしれない。
 いくら魔族が強いとはいえ、俺が受け継いだ力は圧倒的だ。

 なにせ『魔竜王』だからな。

 昔、神々と互角以上に渡り合ったという最強の竜。
 並の魔族なんて、きっと瞬殺だろう。

 けれど、そうすれば俺の存在は知れ渡るだろう。
 国レベルで知られた場合、俺の力が『何に由来するものなのか』がバレるかもしれない。

 ……いや、現在の魔王軍との戦闘状況だと、魔族に対抗できる力というものは貴重である。

 きっと国直属の魔法解析グループが派遣され、俺の力はバレるだろう。

 あの『魔竜王』の力を継ぐ者――。

 そう認定された場合、俺はどういう扱いを受けるのか。

 世界の敵として糾弾されるのか。
 戦時中だから、とりあえずは対魔族戦力として扱われるのか。

 後者だとしても、魔族との戦争が終わった後で、世界の敵として追われるかもしれない。

 何よりも――。

 この力を使うことに対して、嫌な予感がひっきりなしに湧き上がってくる。
『魔竜王の力』の行使とは、踏み越えてはいけないラインなんじゃないか、って。

 さっき暴漢たちに使ったケースとは違う。
 ここには大勢の目撃者がいる。

 だから――使うべきじゃない。

 力を、隠せ。

 本能のすべてが全力で警告を送ってくる。



「……何を迷ってるんだ、俺は!」



 自分に腹が立った。

 たぶん数秒だろうけど、それでも躊躇してしまった。

 他者を救える力があるなら、使う。
 その後のことは、その後考える!

 苦しんでいる人たちがいるのに……それを守るための力があるのに、躊躇するなんてどうかしていた。
 自分が恥ずかしい。

 だからこそ、そんな自分を払拭するためにも。

 そして何よりも、目の前で苦しめられている人たちを救うために。

 俺が、戦う――!

「みんな、下がっていてくれ」

 そう宣言して、俺は前に進み出た。

「えっ、ゼル……?」

 ソフィアは目を丸くした。

「ち、ちょっと、まさか戦う気!? あれ、魔族だよ」
「だろうな」
「めちゃくちゃ強そうだよ。怖いよ」
「けど、このままじゃ村が滅茶苦茶にされる」

 俺はソフィアに言った。

「とりあえず、時間稼ぎだけでもしてみる」

 ……でも、別に倒してしまっても構わないよな?

 俺は自分自身に語り掛けつつ、集中力を高めた。

 ふう、ふう、と呼吸を整える。
 脳内でイメージを固めていく。

 そう、魔法において重要な三つの要素――『集中力』『呼吸』『イメージ』だ。
 そして、最後にもっとも重要な――『魔力』。

 才能のない俺には持ち合わせていない、異能の力。

「だけど――今は違う」

 ごうっ……!

 俺の全身から黄金のオーラが立ち上った。

 分かる。
 分かるぞ。

 俺の中に宿る――魔力が。

 竜の、魔力が。

「来い――」

 俺は呼びかける。

 自らの力の、精髄を。

 その一つを。



「――【竜爪槍(ゼレイド)】」



 しゅんっ。

 前方に出現したのは長大な――五メートルほどの騎乗槍(ランス)だった。
 竜の爪を槍の形に作り替えたものだ。

「【穿て】」

 ありったけの魔力を込め、告げる。

 同時に、竜爪槍が螺旋状に回転しながら飛んでいく。



 しゅごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ……!



 魔力をまとった風圧が、三十体をまとめて貫き、その後に跡形もなく消滅させた。

 すさまじい――まさに、すさまじいの一言。

 竜爪槍が生み出す破壊空間の前には、何人たりとも原形をとどめることさえ許されない。

「魔竜王の力、か……」

 俺はゾッとしながらつぶやいた。



「ゼル、あなた、その力――」

 ソフィアが呆然とした顔で俺を見つめている。

 他の村人たちも同じだ。
 彼らの表情に浮かぶのは、畏怖。

 そして――もしかしたら、そこには『恐怖』も混じっているんだろうか?

 ごくり。

 俺は息を飲んだ。

 ……だとしても、後悔はしていない。

 だって、ソフィアやみんなを守ることができたんだから。
 ただ、いちおう口止めくらいはしておいた方がいいか――。

「すっっっっっっごーーーーーーーーーーーーーーーーい!」

 ソフィアは顔を赤くして絶叫した。

「すげぇぇぇぇぇぇっ!」
「なんだよ、今の!」
「一撃だぞ、一撃!」
「かっこいいです!」
「素敵~!」

 ソフィアたちは歓声を上げていた。

 ん、なんだ?

 魔竜王どうこうより、なんか俺……英雄扱い?

 そこは純白に彩られた壮麗な神殿だった。

 中央に巨大な祭壇を備えた広間に、十数人の女が集まっている。
 いずれも僧衣の彼女たちは『聖女』と呼ばれていた。

「禍々しい力を感知しました」

 聖女の一人が言った。
 この中でもっとも位の高い『大聖女』である。

「この力は――魔族とも違いますね。一体何者なのか……」

 つぶやきながら、眉間を寄せる。

「まさか、伝説の魔竜王……神々や魔王をも超える力を持つという、あの――いえ、まさか」
「邪悪な存在、ということでしょうか、大聖女よ」

 聖女の一人がたずねる。

「世界の敵になるということは考えられますか?」
「では殲滅指令を?」

 他の聖女たちも口々にたずねた。

「今のところは何も」

 大聖女が首を左右に振る。

「あくまでも禍々しい力を感じた、というだけのこと。その正体も、目的も、何も分かりません」
「ならば、大聖女。私を派遣してください」

 一人の聖女が進み出た。

 黒いベールに僧衣という修道女のような格好をした美しい少女である。
 長い紫色の髪と同じく紫色をした澄んだ瞳。

 名はプリム。

 この中では最年少であり、もっとも強い力を秘めていると言われる有望な聖女だった。

「私が行って調べてきます」
「『七聖女』のあなたが自ら赴くというのですか?」
「私でなければ……並の聖女では手に負えないでしょう。そんな予感がします」

 プリムが言った。

「では『雷鳴の聖女』プリム……あなたに任せましょう」
「もし邪悪なる者であれば、そのときは――」

 プリムが力を込めて言った。

「私自らの手で粛清します」
「『聖女機関』最強と謳われるあなたなら、どんな邪悪が相手でも大丈夫です。頼みますよ」

 大聖女が微笑む。

「必ずや」

 プリムは凛とした顔で告げ、神殿を後にした。

    ※

 その日の夜、村では宴が行われていた。

 魔族を撃退した祝勝会のようなものだ。

 また、被害を受けた建物が多数あり、その修繕や建て替えなどで、明日からは大忙しになる。

 その英気を養うため、という意味合いもあるようだ。

「ゼルって、すごいスキルを持ってるんだね。驚いたわ」

 ソフィアが俺の隣で微笑んだ。

「いや、まあ……」
「本当は貴族の出なんじゃない?」

 くすり、と悪戯っぽく微笑むソフィア。

「ぎくう」

 あ、しまった、バレバレのリアクションをしてしまった。

「えっ、本当に貴族の子息なの?」
「その、まあ、スタークっていう家の……」
「スタークって、スターク公爵!? 大臣とかだよね!?」
「父は軍部のお偉いさんだな」
「すごーい」
「俺は追放されたから、家督は弟が継ぐと思う。俺は……遠縁の貴族のところに厄介になる予定で――」

 俺は苦笑交じりに説明する。

「追放……?」

 キョトンとするソフィア。

「……ああ、無能スキル持ちってことで、この間追放された」
「全然無能じゃないよ!」

 さらに苦笑する俺に、ソフィアは力強く首を振った。

「っていうか、超有能じゃない。あんなこと、誰にもできないよ!」

 力説してくれる。

「ゼルはすごいよ」
「そ、そうか」
「あたしたち、みんな感謝してるよ! 立派だよ!」

 ソフィアは力を込めて言った。

 ふと見ると、他の村人たちもみんな笑顔で俺を見ている。
 感謝……か。

「そうだぞ!」
「ありがとう、ゼルさん!」
「あんたが村を救ったんだ!」
「ありがとう!」
「ありがとう!」

 次々に投げかけられる感謝の言葉に、なんだかジンとしてしまった。

 今までの人生で正面から褒められることなんて、あんまりなかったからな。
 けなされたり、失望されたりすることはあっても、褒められることはない。

 特に父は俺にそう接してきた。

 父からすれば、俺は役立たずの出来損ないだったんだろう。

 そんな父の評価を覆したくて……『優秀な息子だ』って褒められたくて、ずっとがんばってきたけれど。

 結局、最後まで俺は無能扱いされたままだった。

 父の期待に応えられないままだった。

 追放された今も、そのことがずっと俺の中にシコリとして残っている。
 だから、こうしてソフィアに褒められると、そのシコリが少し小さくなっていく気がしたのだ。

「追放された後に、自分のスキルの使い方を知ったからな。ちょうどいいタイミングだったよ」

 俺はソフィアに言った。

「ううん、スキルの強さとか、そんなことじゃない。あなたはあたしたちの村を救ってくれた。立派よ」

 ソフィアがにっこりと笑った。

「本当に――ありがとう」

 ぎゅっと俺の両手を握るソフィア。
 柔らかくて、温かい手だった。

「いや、はは……」

 俺は思いっきり照れてしまった。


 宴の後、俺はいい気分で自室に戻った。

 気持ちが高揚している。

 単に酔っているからだけじゃない。
 ソフィアの言葉が脳裏にずっと残っていた。

 褒められるのって――他人から感謝されるのって、こんなにも嬉しいんだな。

 胸の奥が温かくて、熱い――。



 ――翌日、一人の女が村にやって来た。

 黒いベールに修道服……シスターみたいな格好をした、すごい美少女だ。
 紫色の髪と瞳には、どこか神秘的な雰囲気が漂っていた。

 村の通りをまっすぐ歩きながら、彼女は盛んに周囲を見回している。
 と――彼女が俺を見て、ハッとした顔になった。

「この気配――魔力……なるほど……!」

 ……なんか俺、にらまれてるような?

 つかつかつかつかつかっ!

 足音高く、彼女が俺に向かってきた。

 ……って、足速っ!?

「初めまして『聖女機関』から参りましたプリムと申します以後お見知りおきをところであなたのお名前は?」

 一息に言いきる彼女……プリム。
 勢いもすごいな。

「俺はゼル」

 スタークという家名は言わずに、俺は名乗り返した。

「ん、今……聖女って言った……?」
「はい」

 俺のつぶやきにプリムはうなずいた。

「世間では『雷鳴の聖女』と呼ばれています」
「っ……!? それって七聖女の一人じゃないか!」

 俺は驚きの声を上げた。

『聖女』といえば、神の啓示を受けて選ばれた『神の代理人』である。
 特定の国家に所属せず、聖女全員が超国家組織である『聖女機関』に所属している。

 その権力は貴族はもちろん、王族すらしのぐ――。

 そんな聖女の頂点ともいえるのが七人の聖女。
 目の前のプリムは、その一人だという。

「ど、どうして、聖女様がこの村に……?」

 俺は思わず声を上ずらせた。

 正直、めちゃくちゃ緊張してきた。
 相手は世界的な英雄と言っていい人物だ。

「聖女様だなんて。プリムとお呼びください、ゼルさん」

 プリムが微笑んだ。

「私がここに来たのは、あなたに会うためです」
「えっ」

 戸惑う俺。

「聖女様が、俺に……ですか?」
「プリム、でよろしいですよ。敬語もいりません。同い年くらいでしょう、私たち」

 と、プリム。

「私、十七歳です」
「あ、俺も……」
「では、普通に話してくださって結構ですよ」
「なら、聖女様……じゃなかった、プリムも普通に」
「私の普通は敬語なんです。この話し方が一番楽で」

 俺の提案にプリムが微笑んだ。

 ……というわけで、俺はタメ口、プリムは敬語という流れになった。

「じゃあ、あらためて――プリム」

 聖女様を名前で呼ぶなんて緊張するな。
 とはいえ、相手の希望だ。

「この村には常駐している騎士団や魔法師団もおらず、戦闘職の人間自体がいない様子。にもかかわらず、三十体を超える魔族を撃退したと聞きました」

 プリムが俺を見つめる。

「村にいる人たちが魔族を倒した、と見るべきでしょう。ですが、一通り村を見回り、また私の力でさまざまな探知を行いましたが、そのような強力なスキルを持つ者が複数いるとは思えませんでした」

 じいいいっ。

 プリムの視線は痛いほどに、俺に突き刺さっている。

 さっき村の通りを歩きながら、周りを見回していたのは、たぶん各種の【探知】スキルを発動していたんだろう。

「あなたを除いては」

 あ、思いっきりバレてる。

「俺は、その……無能扱いされて実家を追放されたので。そんな強力なスキルは持ってないですよ」
「『聖女』の探知能力をあまり甘く見ないでください。あなたから異常なほど強大な力が伝わってきます」

 じいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ。

 うわっ、視線が痛い痛い痛い痛い。
 これは誤魔化すのは無理だな……。

 ――俺は観念して本当のことを話した。

 とはいえ、『魔竜王』についてだけは内緒にしておく。

 そこはぼかして、『俺に突然強力なスキルが目覚めて魔族を倒した。スキルが目覚めた原因はまったく不明』という感じの説明だ。

「なるほど、魔族を圧倒するスキル……ですか」

 プリムが俺を見つめる。

 さっきみたいな刺すような視線ではないが、その目は笑っていない。

 あいかわらず上品な笑顔だが、その目は笑っていなかった。
 何かを探るように、俺をジッと見つめ続けている。

 うう、どこまで見抜いているんだろう。

    ※

 街道に二つのシルエットがたたずんでいた。

 スラリとした青年と、筋骨隆々とした大男。

 いずれも人間の姿をしている。

 が、彼らが放つ威圧感は人間のそれをはるかに――圧倒的に超えていた。
 周囲一キロほどにわたって、虫も動物もいっさい近づかない。
 彼らから立ち上る瘴気が、大地を腐食していく。

「こいつは――『聖女』の力か」

 青年が瞳を開き、顔を上げた。

「聖女だと?」

 大男が顔をしかめる。

「神から力の一部を授かった忌々しい眷属か」
「しかも、竜の力を持つ者と接触しているようだ」
「聖女に、竜……か」
「とはいえ、どの程度のレベルかは分からん。俺たち先遣隊のやることは一つ」
「偵察、強襲、そして――」
「殲滅だ」

 二人はまっすぐに進んでいく。

 その先には、小さな村があった――。

    ※

 もしかして、彼女は――俺の『力』のことに気づいてるんだろうか。

 それとも、単に『対魔族戦力』の一つとして、俺の情報を得たいだけなんだろうか。

 もし前者なら……。

「? なんでしょうか?」
「あ、いや、その」
「あんまり見つめられると照れてしまいます」

 プリムは真顔だ。

「照れてるようには見えないけど……」
「照れてますよ」

 プリムはさらに真顔。

「恥ずかしいのを必死で耐えてるんです」
「えっ、そうなの」
「です」

 よく見ると、彼女の体が小さくプルプル震えていた。

 意外と可愛らしいところがあるな、この子。
 相手が聖女ということで、色んな理由で身構えてしまっていたけれど――。

 こうして接していると、俺と似た年頃の女の子なんだな、って感じる。
 思ったより話しやすそうだし、もうちょっと突っこんだ話題を出してみるか。

 俺はそう考え、身を乗り出した。

「なあ、プリム。もしも……もしもの話だけど」
「はい?」

 キョトンと首をかしげるプリム。
 俺は大きく息を吸いこみ、吐きだし、呼吸を整えてから告げた。

「俺が――たとえば伝説の『魔竜王』の化身だったらどうする?」
「魔竜……王?」
「世界を滅ぼそうとした邪悪な竜王だよな、確か」



「――殺す」



 いきなりプリムの雰囲気が変わった。

「っ!?」

 両目からハイライトが消え、茫洋とした瞳に変わる。

 ごごごごご……!

 なんか黒いオーラ出てるー!?

「今、なんて……? ねえ、あなたが『魔竜王の化身』って言った? ねえ言った?」
「い、いや、だから例えばの話で――」
「やっぱり、あなたが……!」

 えっ、『やっぱり』って?

「たとえ話だって! たとえ話!」

 俺は大慌てで言いつのる。

「たとえ……ばなし……」

 ふっとプリムの両眼に焦点が戻った。

 先ほどまでの殺気が一瞬にして消える。
 全身を押しつぶさんばかりのプレッシャーも同じように消える。

「もう、変な冗談はよしてください」

 噴き出すプリム。

 俺の方は、まだ心臓がドクンドクンと波打っていた、

「あ、あはははははははははははははははははははははははははは」
「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

 プリムはいつも通り穏やかに微笑んでいるけど、俺は内心で汗ジトだった。



 ――どんっ!



 突然、大気が揺れた。

「なんだ――?」
「これは――!」

 不審げに眉を寄せる俺と、ハッとした顔になるプリム。

「嫌な予感がします……【探知】しますね」

 と、プリム。

 目を閉じ、何事かを唱え始める。

『聖女』は神々と『交信』することで、様々な奇蹟を起こせるのだという。

 魔術師における魔法のようなものだけど、神々の力を借りているだけに、高位の聖女が操る奇蹟はその効果や威力がけた違いらしい。

 今はその力を活かした探知スキルを発動しているわけだ。

「邪悪な気配が現れました」
「えっ」

 プリムの表情は険しい。

「おそらく、これは高位の魔族。それも魔王に準ずるほどの力を持っています」
「高位魔族……」
「数は二体。名前はノークとヴァルガス。ヴァルガスは大男で第三十一回魔族フードファイト大会で優勝の実績があります。ノークは美貌の青年で、趣味はネイルと読書――」
「そんなことまで分かるの!?」

 すごいな、聖女の【探知】。

 さすがは神の奇蹟だ……。
 と、

「大変です、ゼルさん!」

 村人の一人が走ってきた。

「村のはずれに魔物が!」
「えっ……!?」
「自警団があっという間に敗走したとか……」
「――俺が行きます!」

 すぐに俺は飛び出した。

 魔竜王の力を起動。
 両脚に身体強化をかけて、一気に加速する。

「お待ちください」

 と、その俺に並走している者がいる。

 プリムだ。

「……って、足速っ!?」

 俺は思わず声を上げた。

 身体強化した今の俺の速度は、馬をもはるかに上回る。

 それに平然とついてくるとは――。

「聖女ですから。これくらいは『たしなみ』です」
「たしなみなんだ……」
「です」

 クスリと笑ってうなずくプリム。

 まあ、たぶん聖女としての能力の一つなんだろうな。

「私も一緒に行きます」
「プリム?」
「高位魔族ならば、私も聖女として戦わなければ――」
「じゃあ、共闘だな」
「です」



「この地に竜と聖女の力を感知した。よって我らが派遣されたものである!」
「竜と聖女よ、さっさと出てこい。出てこなければ――村ごと焼き払う」

 村の外れで叫んでいるのは、二人組の男だった。

 一人はスラリとした長身で、黒衣をまとった美しい青年。
 もう一人は大柄で筋骨隆々とした武人風の男だった。

「間違いなく魔族ですね」

 プリムが言った。

 さっきの彼女の探知によると、青年の方がノークで、大男はヴァルガス……だったか。

「人間みたいに見えるな」
「下位や中位の魔族は異形の者がほとんどですが、高位に関しては人間と変わらない姿を取る者もいるのです」

 と、プリム。

 詳しいな……さすが聖女だ。

「まあ、いくら人間そっくりの姿をしても、私にはお見通しですけど。聖女ですから。聖女ですから」

 すごいドヤ顔だった。

「そもそも、ここに来る前に【探知】で全部情報を得てましたからね」
「大食い大会優勝とか趣味がネイルとか、そんなことまで見抜いてたよな……」
「ふふん」

 プリムがそっくり返った。

 ……あんまりそっくり返ると後ろに転ぶぞ、プリム。

「すごいですよね、私」
「ああ、すごいぞ」
「もっと褒めてください」

「えっと、プリム有能」
「もっともっと」
「プリム最高。プリムすごい。そんでもって最高」

 あ、『最高』って二回言っちゃった。

「やった、いっぱい褒められた……!」

 プリムの顔がぱあっと輝いた。

 俺の褒め言葉って、あんまり語彙力なかったけど、喜んでくれたのなら何よりだ。

「で、どうする? 奴らの言うとおりに出て行くか?」
「いえ、どうせなら――こちらの正体を明かす前に、先手必勝で一撃叩きこんではどうでしょう?」
「不意打ちか……」

 確かに効果がありそうだ。

 けど、けっこう容赦ない手を思いつくな、プリムって。

「聖女ですから」
「えっ、そこ聖女と関係あるの?」

 むしろ悪女風だけど……。

 そう思ったけど、黙っておいた。



 俺たちは魔族に向かって進む。

 一歩ごとに緊張感が増していく。

 いくら俺に『魔竜王の力』が宿っているとはいえ、これは実戦だ。

 怖いものは怖いし、不安なものは不安だった。
 けれど、大勢の村人が襲われている以上、これを守るのは『力』を持つ者の務めだろう。

 貴族は『持つ者』として『持たざる者』に手を差し伸べる――ノブレス・オブリージュという言葉があるけど、それに似ているかもしれない。

 ……なんて考えると、俺も自分が貴族っぽいぞと思えて、なんだか誇らしくなった。

「私は最強の聖女! 必ずこの村を守ってみせます!」

 言いながら、錫杖をかかげるプリム。

 カッ!

 その先端にまばゆい光が宿った。

「分かる……凄いエネルギーが集まっているのが」
「『神の奇蹟』をこの世界に顕現する力――それを『聖力』と呼びます」

 プリムが言った。

「高位の僧侶や司祭になればなるほど、より強い奇蹟を神から授かり、より強い聖力を発揮できます。まして聖女である私ならば――」

 ごうっ……!

 彼女の全身から黄金の輝きが弾ける。

「くっ……!」

 俺が操るのは魔竜王に由来した『魔力』で、プリムが顕現させるのは『聖力』――と対極にあるんだけど、そのエネルギー量は大差ないかもしれない。

 やっぱり、プリムはすごい――。

「神よ、聖女プリムが祈りを捧げます……悪を打ち倒す奇蹟を、ここに!」

 プリムの呪言とともに、空が曇っていく。

 ぱりぱりぱり……っ。

 あちこちで雷が鳴り始める。

 天候すら操る奇蹟――。
 これがプリムの聖女としての本領か。

「【神の雷鳴】!」

 そして、彼女の力が解放された。

 プリムの二つ名は『雷鳴の聖女』だという。

 その名の通り、神の力を借りた稲妻を操ることを得意とし、その威力は小さな城くらいなら一撃で消し飛ばすほど。

 ばりばりばり……どーんっ!

 曇天から降り注いだ無数の稲妻が、二体の魔族を直撃する。

 大爆発と衝撃波で周囲が地震のように揺れた。

「や、やりましたか……?」

 爆炎の向こうを見据えるプリム。

 俺もまた、それを注視していた。

 魔族は、どうなったんだ?

 いくら高位魔族とはいえ、先ほどのすさまじい雷撃を受けて無傷とは思えない。

 たとえ生きていたとしても、かなり弱っているはず。

 そこを俺が竜魔法でトドメを――。



「ふうっ……死ぬかと思ったぜ」
「何者だ、女――」



 二体の魔族は、何事もなかったかのようにたたずんでいた。

 生き残っている……どころではない。
 ほとんどノーダメージに見える。

「そんな、効かない……!?」

 プリムは愕然とうめいた。

 俺も正直驚いていた。

 今の彼女の一撃は、すさまじいエネルギーだったはず。

 あれを食らっても無事でいられるのか。

 プリムもすごいけど、高位魔族もすごい――!

「いや、効いたぜぇ」

 言いながら、大男が腕を振りかぶる。

「この俺様がちょっぴり火傷しちまう程度にはなぁ!」

 言いながら、その手に巨大な光弾が出現した。

「礼代わりだ! 食らいな!」

 どんっ!

 光弾が放たれる。

「【雷鳴の盾】!」

 プリムが次の奇蹟を発動した。

 空から降り注いだ雷が一点に集まり、巨大な壁となって光弾を防ぐ。

 ばりばりばりっ……!

 が、雷の壁はその一撃だけでほとんど消滅してしまった。

「ふん、このヴァルゴス様の攻撃を一発防いだことは褒めてやる。だが二発目はどうかな?」

 大男の魔族――ヴァルゴスの手にふたたび光弾が生まれる。

「お前もやるか、ノーク」
「……俺はいい。なぶり殺しの趣味はない」

 青年魔族ノークは静かに首を振った。

「お前がやれ」
「了解だ。なら、俺の手で全員血みどろにしてやるぜぇ……くくく」

 どうやら大男の方が暴力的で、青年の方はクールな性格らしい。

「プリム、代わるよ。後は俺が――」
「結構です」

 プリムは意外と頑固に言い放った。

「最強聖女と呼ばれる私が、魔族二体を相手に退いたとあっては『聖女機関』の名折れです」
「けど、あいつらは強そうだぞ。命あっての物種っていうし」
「だとしても――私は聖女の力を示さねばなりません」

 プリムの意志は固い。

『頑固』なんじゃない。

 これは――『心の強さ』だ。
 俺は、そのことにようやく気付いた。

「ここで私が魔族に敗れても、『戦う意思』さえ示せば、人々の意志はくじけません。今は、世界中に魔族の危機があります。私たち聖女は、率先して『戦う意思』を示さなければならないのです。それが神の代理人としての務めです」

 プリムの言葉はよどみがない。
 それはつまり迷いがないということだった。

「私にもしものことがあれば――後のことはお任せします、ゼルさん」

 死ぬ気か――。

 俺はごくりと息を飲んだ。
 と、そのとき。



 しゅるるるるるっ……!



 青年の魔族のマントの裾から何かが延びてきた。

「黒い蛇――?」

 いや、違う。

「これは……!?」

 プリムがハッとした顔になる。

 蛇じゃない、これは――触手!?
 無数の触手はあっという間に数十本に分かれ、数百メートルも伸びていき――。

 俺やプリム、さらに遠くの方で逃げる途中の村人たちにまで追いつき、巻き付いていく。

「わわっ……」

 俺や他の村人たちは巻き付かれた触手によって、動きを封じられてしまった。

「ほ、ほどけない……っ!」

 この触手、けっこう頑丈だぞ。

 見た目は柔らかそうなんだけど、千切れそうにない。

 竜魔法で破壊するしかないか。

 ……けど、竜魔法って威力が強すぎるからな。
 下手に使うと、触手ごと俺の体まで吹っ飛ばしかねない。

「どの魔法を使うのか、慎重に選ばないと……」

 などと考えていると、

「はあっ!」

 プリムの全身から光があふれ、触手が消し飛んだ。

「おお、さすが聖女様!」

 思わず叫ぶ俺。

「ふふん」

 プリムはドヤ顔だ。

「さすがに聖女だけのことはある、か」

 青年魔族がうなった。

「ならば、なおのこと――まずお前を殺す。他の連中は絶望しながら見ているといい」

 と、冷ややかに笑う。

「その絶望こそ、俺たちにとって極上の糧――」
「……趣味が悪い奴だな」

 まあ、魔族だから当たり前か。

 ……っと、竜魔法のリストの中で使い勝手がよさそうなのを見つけたぞ。

「【パワー超増加】」

 一時的に筋力だけを圧倒的に上げる竜魔法。
 この状況だとうってつけだ。

 ぶちんっ。

 俺は触手を力任せにちぎり、プリムの元に歩み寄った。

「な、何っ!?」

 驚く魔族たち。

「馬鹿な、たかが人間がこの触手を――」
「後は俺がやるよ」

 確かに今戦えば、俺の『魔竜王の力』はバレてしまうだろう。

 ソフィアたちと違って、プリムはそういった『魔に由来する力』を見抜く専門職だ。

 彼女を通じて『聖女機関』に俺のことを報告されるかもしれない。

 けど、もういい。
 そんなことより、俺は今――。

「みんなを助ける。安心して見ていてくれ」

 そう、それがすべてだ。

 それだけが俺の行動原理なんだ――。

「すぐに終わらせてやる」



「あ? 今、なんて言った?」
「すぐに終わらせる? 俺たち二人を相手にか?」

 ヴァルゴスが爆笑し、ノークが冷笑する。

 そんな二人の魔族の反応を、俺は冷静に見据えていた。

 勝てるだろうか――?

 頭の中で何度もシミュレーションする。

 相手は『最強の聖女』と名高いプリムですら遅れをとった相手だ。

 高位魔族は、やはり伊達じゃない。

 けれど俺だって――。

「竜魔法を全開にして使う」

 決意を固めていた。

 前に使った竜魔法は、威力を加減していた。
 本能で分かっていたんだ。

『全力を出したら、周囲にとんでもない被害が出る』って。

 けれど、今回の相手は手加減できるような相手じゃない。

 そして、もちろん村に被害を出すわけにはいかない。

 周囲に被害を与えず、この強敵たちを撃破する――そんな二つの条件を同時に成立させることが、この戦いの鍵だった。

「村から距離をとることができれば……」
「それは、彼らを吹き飛ばせばいいということですか?」

 プリムが耳打ちした。

「えっ」
「おそらくゼルさんは村への被害を恐れているのでしょう? ならば、私にも協力させてください」
「プリム――」
「はああああああああああああっ……!」

 プリムの全身からすさまじい聖力がほとばしるのが分かった。
 その聖力が雷撃となって放たれる。

「無駄だ。俺たちには通じん」

 魔族たちが冷笑する。

「でしょうね」

 微笑むプリム。

 彼女が放った雷撃は魔族に直接向かっていなかった。
 その足元で爆発する。

「むっ……!?」

 爆風が巻き起こり、二体の魔族を大きく吹き飛ばした。

「攻撃ではなく『吹き飛ばす力』に特化させました……これならダメージにはならないけど、村から遠ざけることができる――」

 プリムがハアハアと息を荒げた。
 本当に全力を振り絞ったんだろう。

「これで私の聖力は空っぽです……あとはお願いします……」
「ああ、助かったよ!」

 魔族たちは数百メートル上空まで吹き飛ばされていた。

 さすがにそれでパニックになるようなことはないようだが、吹き寄せ続ける爆風で地上に戻ってこられないらしい。

「よし、決着は空中で――」

 俺は【竜翼】を展開し、魔族を追って空へ飛んだ。
「追ってきたか……なるほど、あの女の術は俺たちを空中にとどめるためのものだったか」

 ノークが鼻を鳴らす。

「爆裂系の技は村に被害が出るかもしれないからな……ひたすら遠い場所まで吹き飛ばしてやる」

 俺は『力』を集中した。

 とにかく、できるだけ奴らを村から遠ざける。

 いくら竜魔法の威力が絶大でも……いや絶大だからこそ、攻撃する場所は慎重に選ばなきゃいけない。

 強すぎる力は、けっして万能じゃないってことだ。
 だからこそ、

「来い――」

 呼び出す。

 自分の力の精髄。

 その一つを。

「【竜翼盾(メルキューレ)】」

 俺の左腕に小型の盾が装着された。

 ヴ……ンッ。

 盾の端から光があふれ、『光の盾』が形成される。

「なんだ? 盾なんかで俺たちと戦おうってのか? あ?」

 大男の魔族がすごむ。

「なら、盾ごと切り裂いてやろう」

 青年魔族が剣を抜いた。

 かなりの威力を持つ魔剣だということが、見ただけで分かる。

「だけど――関係ないんだ」

 俺は彼らに向かって盾をかざした。

「全部吹き飛ばすからな!」



 ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ……!



 盾が輝き、竜巻が召喚された。

「な、なんだと――!?」
「天候操作!? 人間ごときが、そんな超魔法を――」

 二人の魔族が驚きの声を上げた。

 天まで届く超巨大竜巻は、単にすさまじい風をまき散らしているだけじゃない。

 ばりっ、ばりばりっ……!

 なんと空間自体を砕き、割っていた。

 あちこちに生じた空間の亀裂が周囲のものを見境なく吸い込む。

「うわ……爆裂系とは違う意味でまずいな、これ……」

 さすがは魔竜王の魔法。

 俺が思った以上にとんでもない威力らしい。

 ……っていうか魔法の説明のところを読んでから発動したんだけど、『空間が裂けます』なんて書いてなかったぞ……?

 その辺りまで含めて書いておいてほしいもんだ。

 ……なんて文句を言っても始まらない。

「このまま次元の狭間に消えろ!」

 俺は竜巻を魔族たちに向けて動かした。

 そう、この竜巻は俺の意志によってある程度移動するのだ。
 さすがに自由自在に軽々と動かせるわけじゃないけど――。

 魔族たちに向けてぶつけるくらいはできる。

「お、おのれ……っ!」

 二人の魔族はすぐさま竜巻に向けて、ありったけの魔力弾を放った。

 が、びくともしない。

 それくらいじゃ吹き飛ばすことも、破壊することもできない。

「なら、これで――」

 今度はノークが魔剣を振るう。

 黒い斬撃波が竜巻にぶつかり――それだけだった。

「天使を百体単位で切り裂く、この魔剣が……通じないだと……!?」

 驚愕の声を上げるノーク。

 それから、すぐにその表情に冷静さが戻り、

「――逃げるぞ」

 冷たい声で告げる。

「ハア? 人間ごときを相手に逃げるってのかよ!」

 ヴァルガスが反対した。

 ノークとは対照的に、こっちは感情をむき出しにしている。

 人間を見下す感情を――むき出しにしている。

「くだらないプライドにとらわれるな。戦況を冷静に判断しろ」
「うるせえ!」

 言い争いを始める二人。
 が、



「もう遅い」



 俺は二人に言い放った。

「加速しろ、竜巻」

 俺は竜巻に命じる。

 さらに速度が増し、彼らは空間の割れ目――次元の裂け目へと吸い込まれていく。

「ぬおおあああああああああああああああああああああっ……!?」

 ヴァルガスは呆気なく次元の裂け目に消えていった。
 そして、

「ぐっ、おのれ……」

 ノークの方は次元の狭間から出てこようとしていた。

 こいつの方がヴァルガスよりも、かなり強いんだろう。
 魔力を全開にして次元の裂け目の吸引力に抗い、無理やり出てくるつもりだ。

 このままだと、こっち側に完全に戻ってくるな……。
 押しこむしかない――。

「……この技、竜っぽいから使いたくないけど」

 きっと、ただでさえプリムが俺を怪しんでいるのに、決定打になってしまうだろう。

 けれど、ノークをこっちの世界に舞い戻らせてはいけない。
 やるしかない――。

「おおおおおっ、【竜咆弾】!」

 俺の背後に竜の形をしたオーラが浮かび上がった。

 その口が開き、巨大なエネルギー弾が放たれる。

「な、なんだとぉぉぉぉぉぉっ……!?」

 ノークはエネルギー弾に押し返され、今度こそ次元の狭間に消えていった。

「ふう……」

 俺はやっと一息をついた。

 それからおそるおそるプリムの方を振り返る。

「魔竜王の、力――」

 あっさりバレた。

「もしかしたら、魔王以上の……脅威かも」

 震えながら俺を見つめている。

 いや、にらんでいる。

 あ、『魔王以上にヤバい奴』扱いされちゃってるよね、これ……。

 魔族は撃退したものの、今度はプリムの対応に追われそうだ――。

「今の力は――」

 戦いが終わった後、プリムは呆然と俺を見つめていた。

「人間が扱える力の上限を超えています――」
「ええと、これは……」

 彼女には、俺が『魔竜王の力』を持っていることを完全に見抜かれているだろう。

 だけど……なんとか誤魔化せないだろうか?
 俺は頭の中をフル回転させて言い訳を考えた。

「マグレ! そう、マグレだから!」
「マグレ……」

 プリムがうなる。

 お、意外と説得力があったか、今の言い訳。

「たまたま実力以上のものが出て、空間を砕いたり、高位魔族を吹っ飛ばしたりできたんだよ! いやー、あんな戦いぶり、もう二度とできないだろうなぁ」
「なるほど、コンディションなどがよくて実力以上のものを発揮できることってありますよね」
「だろ?」
「――って、そんなわけあるかーい!」

 うお、ノリツッコミ!?

「やはり『魔竜王の力』ですね」

 ベタベタなノリツッコミを決めた後、プリムはキリッとした顔に戻り、冷静に指摘した。

「スキルや武器の名前にいちいち『竜』がついてますし、バレバレです。むしろ、なぜバレないと思ったのか不思議なレベルです」

 ……まあ、バレるよなぁ。

 プリムの指摘に俺は苦笑した。

 圧倒的な力――それもすべてが竜に由来するもの、となれば、まあバレるのは当たり前だよな。

「で、でも『魔竜王』の力とは限らないだろ。他の竜かもしれないじゃん」
「こんな禍々しい気配を持つ力は、『魔竜王』以外にありえません。はい論破」
「あっさり論破されたー!?」
「私は『聖女機関』で『論破女王』の異名を持ってたんです。論破は得意です」

 ドヤ顔するプリム。

「……なあ、魔竜王の力を持っているのは、そんなに危険なことなのか」
「当然でしょう」

 俺の問いにプリムは険しい表情を浮かべた。

「魔竜王はかつて神々と敵対し、世界を滅ぼそうとした最悪の敵です……!」

 言いながら、プリムがふらふらと立ち上がる。

「今は動かない方がいいぞ。さっきの戦いで、聖力をほとんど使い果たしてるんじゃないか?」

 俺は彼女を気遣った。

 そう、さっきの魔族との激闘で、彼女はまだ消耗したままだ。

 俺を論破したりツッコミを入れたりノリツッコミしたりで、さらに体力を消耗させてしまったのかもしれない。

「ごめん、プリム」
「何を謝るのです?」
「いや、疲れさせたかと」
「……こんな状況でも私を心配するのですか」

 プリムは驚いた様子だ。

「いや、まあ……」
「お優しいのですね」

 プリムが微笑んだ。

「けれど、魔竜王の力を持つ者は、確実に世界の敵となるでしょう。今ここで私が倒さなければ……【神の雷鳴】――」
「よせ!」

 攻撃しようとした彼女を俺は慌てて制止した。

「……しませんよ。というか、もう撃てません」

 ふう、とため息をついてプリムはその場に座り込んだ。

「さっきの戦いで聖力使い果たしてますから」
「あ、それもそうか……」

 俺はちょっと気が抜けてしまった。

 少なくとも、今この場で彼女と事を構える事態にはならなさそうだ。

 もちろん、その先は……不安ではあるけれど。

「あなたこそ、私をどうするつもりですか?」

 プリムがたずねた。

「この通り、私は抵抗できません」
「何もしないって」
「……いやらしいことも?」

 上目遣いで俺を見上げるプリム。

 ……っ!
 その視線が妙に艶っぽくてドギマギしてしまった。

「お、おう」
「今、ちょっと気持ちが揺らぎませんでした?」
「揺らいでないよ!?」
「エロエロ魔竜王ですね」
「誤解だーっ!」

 俺は思わず頭を抱えた。

「……ふふっ」

 プリムが噴き出した。

「とりあえず休んでくれ。俺は村を見て回ってくる。被害が出てると思うから……」
「……すみません。私は歩くのがやっとなので、お言葉に甘えさせていただきます」

 プリムが頭を下げた。

「回復次第、私もお手伝いを」
「無理するなって。じゃあ、俺は行くよ」
「あ、ゼルさん――」

 歩き出した俺に、プリムが背中から声をかけた。

「あなたはその力を、どう使っていくつもりですか?」
「えっ」
「高位魔族二体すら問題なく圧倒した力……はっきり言って破格すぎます。その力を使えば、一国を手に入れることすらたやすいでしょう」
「国を手に入れるって……」

 俺は苦笑した。

「考えたこともないよ」
「強大な力を得た者が、己の欲望のままにそれを使う――歴史を見れば、そんな者はいくらでもいます」
「俺はのんびり気楽に過ごせればそれでいいよ」

 俺はますます苦笑した。

「当面の目標は、この村を住みやすい場所にすること。そこでのんびりまったり暮らすことだ」
「ゼルさん……」
「じゃあ、そろそろ行くよ」

 俺は背中越しにプリムに手を振り、去っていく。

 背後の彼女がどんな顔をしているのかは、分からない。

 なんとなく……見ることができなかった。

    ※

「はあ……」

 プリムはため息をつきながら歩いていた。

 ゼルが去ってから三十分あまり。

 ようやく聖力が少し回復し、強烈な脱力感も薄れてきた。
 激しく動き回るのは無理だが、こうして歩く分には問題ない。

「私、どうすればいいんだろう……」

 彼女は『聖女』である。

 この世のあらゆる邪悪から人々を守り、戦うことを宿命づけられた存在だ。
 世界の敵の筆頭ともいうべき魔竜王――その力を受け継ぐ者が現れた以上、『聖女機関』に報告する義務がある。

 そうすれば『聖女機関』は彼にしかるべき措置をとるだろう。

「世界の敵に対する『しかるべき措置』……きっと、それは」

 プリムがうめく。

「ゼルさんは、処刑されてしまう――」

 その可能性が非常に高い、とプリムは考えていた。

 自分が報告すれば、彼の運命は終わる。

 自分が、報告すれば。

「報告するべきなのか、それとも……」

 つぶやきながら、プリムは自分が発した言葉に驚いた。

 報告するべき、に決まっている。

 そもそも『報告するか』『しないか』という二択を考えている時点でおかしいのだ。

「そうよ、私は聖女プリム。そして彼は世界の敵である『魔竜王』の力を継ぐ者……ならば、私がやるべきことは一つ」

 つぶやきながら、プリムは胸の内に暗い気持ちがたまっていった。

 周りの人々は、こんなにも楽しそうなのに。
 そう、おそらくはゼルの貢献によって彼らの笑顔は増えたのだ。

 なのに自分は、そんなゼルを――。