ガチャッ。
大きな窓の金具が開けられる音が響く。
部屋の主、窓の方に視線を映した。
「来たか、『シュベスタ』」
「お久しぶりです。ビズリオ様」
黒い装束に身を纏っている彼女に、ビズリオは安堵の息を吐く。
「どうやら我々をお探しのようで」
「ああ。仕事を頼みたい」
「……かしこまりました。ですが、その報酬をこちらで指定させて頂きます」
「いいだろう。どんな報酬がご希望だ?」
「はい。『盗賊ギルド』の権利を頂きたい」
「ほぉ…………珍しい所だな?」
「ええ。それと『盗賊ギルド』は我々で対処します。ですので……」
「いいだろう。俺の方からこれからの『盗賊ギルド』は『シュルト』が支配する事を承認する事とする」
「感謝申し上げます。ではビズリオ様のご依頼は?」
「現在の王国の情勢は知っているか?」
「少しは、前回のハレイン様の件でしょうか?」
「ああ。ハレインが――――王国に反旗を翻するかも知れない。その証拠をいち早く見つけて来てくれ」
「……かしこまりました」
部屋から彼女の姿がなくなり、窓は元通りに戻った。
「『盗賊ギルド』か。という事は、闇の者でもあるのか」
ビズリオは彼女の正体について考え始めた。
◇
ミリシャさん達も冒険者ギルドから戻って来て『Aランクダンジョン』について話してくれた。
「ええええ!? そんなに簡単に!?」
「ええ。まさか、『Aランクダンジョン』に入るには、受付嬢の三名の推薦があれば、許可証が貰えるとは思わなかったよ。おかげで、簡単な手続きだけで許可証を手に入れたよ!」
ミリシャさんが一枚の紙を見せてくれる。
冒険者ギルドの証明の判子が押してある。
「ではこれでダンジョンは解決しましたね。これでレベル上げの件は解決した……あとはビズリオ様の件ですね」
「ええ。私の考えでは、ビズリオ様の件を真っ先に進めるべきだと思うわ」
それに他のメンバーも賛成の手をあげる。
「ただ、あまりに大勢で向かっても怪しまれると思うから、今回も二手で分かれるべきね」
そう告げるミリシャさんに俺達も納得したように頷いて返す。
「ビズリオ様の件は、闇に紛れる人達がいいわね。ルリくん、ルナちゃん――――そして、新しく名前になったシヤちゃん」
「「はい」」
「初仕事、任せてください」
ルリくんとルナちゃん、そしてシヤさんが答えた。
「今回の鍵を握るのは、シヤさん、貴方よ。貴方の力があれば、この依頼は簡単にこなせると思うわ」
「はい」
「現地での作戦は私達も一緒に考えるので、お願いね」
これで三人は、ハレイン様が関わっている新しい領に向かう事となった。
ハレイン様は『銀朱の蒼穹』にルリくん、ルナちゃん、シヤさんが入っている事は知らないはずだ。
なので、顔バレする心配もない。
三人は早速新しい領に向かって、出発して貰った。
「では、残りのメンバーで『Aランクダンジョン』に入る事にします。最優先として、フィリアのレベルを――――」
「待って」
「ん? どうしたの? フィリア」
「えっと…………出来れば、先にソラのレベルを上げたい」
「ん? でも僕は今でも沢山の仲間達が――――」
隣にいたカールが僕の肩に手を上げる。
そして、小さい声で俺に話しかけてきた。
「はぁ……バカソラ。フィリアが言いたいのは、そういう事じゃないだろう。最近他の仲間からばかり経験値を貰ってフィリアからはさっぱり貰ってないんだろう?」
「えっ? そ、そうだけど……? フィリアが一番強いし……」
「バカソラ。だからだよ。このままレベルを上げてしまうとますますあげるチャンスがないんだよ。だから、先にあげたいんだよ。はぁ彼女の気持ちくらい汲んでやれ」
あ、あっ、あああああああ、そういう事か……。
「ご、ごめん! 作戦変更だ! 俺のレベルを先に上げる事にしよう!」
フィリアの表情が明るくなる。
ミリシャさんは少しニヤけて仕方ないね~と、はぐらかしてくれた。
そうして、俺達は『Aランクダンジョン』に向かう事となった。
◇
ゼラリオン王城。
「陛下、『シュルト』に接点が得られました」
「ほぉ……稀代の暗殺集団か。よくやったビズリオ」
「はっ。ただ、今回は報酬は指定されました」
「ふむ?」
「どうやら『盗賊ギルド』の支配権が欲しいそうです」
「それほどの集団が、たかが『盗賊ギルド』を?」
「ええ。それと私の情報網から既に『盗賊ギルド』は掌握している模様です」
「くっくっくっ、あのハレインから密書を盗み出した者だ。あんな連中など掌握するのは造作もないだろう」
「はっ、恐らくこれからの『盗賊ギルド』が窓口になる事が予想されます」
「あれほどの腕を持つ暗殺集団か……良い手駒が我が国に入って来てくれたものだな」
「しかも、わざわざ私に接点を持とうとしました。という事は、我が国にその主人がいるという事を証明します」
「そうだな。その主人にコンタクトを取るのは難しいだろう。しかし、これで『シュルト』自体と接点が持てたのならそれでよい」
「はっ」
「ジェロームは?」
「念の為、境に」
「うむ。また戦いになるのなら、今度は我も出る」
「はっ、レボルシオン領から装備の購入を急ぎます」
「…………あの下民の領か」
「どうやら凄まじい速度で発展を遂げているそうです」
「そればかりはハレインの目が本物だったって事か」
「ですが、どうやらレボルシオン領は、ハレインではなく、王国に味方をしてくれるみたいです。今回の装備もこちらでしっかり売ってくれるのですから。しかも随分と良い品をです」
「そうか…………下民の領と思っていたが、この戦いが終わったら、領主に会いに行くか」
「会いに……でございますか?」
「ああ。それが礼儀というものだろう」
「はっ。その時はお供致します」
王が会いに行くというのは、最大限の礼儀である。
本来なら呼ぶのが正しい。
しかし、ソラ達の事を下民と思っていた王は、少し考えを変えようとしていた。
『Aランクダンジョン』。
それはゼラリオン王国で最難関ダンジョンとして有名である。
さらにAランクというだけで、各国は他国の冒険者を入れさせないようにしているほど、Aランクというダンジョンは貴重である。
そもそも敵が強いのは言うまでもないが、レベルを10まで目指す時に欠かせないのがこのダンジョンである。
この中を潜り抜けた六人だけが、最高レベル10に到達出来るのだ。
俺とフィリア、カール、ミリシャさん、アムダ姉さん、イロラ姉さん、カシアさんの七人でゼラリオン王国の『Aランクダンジョン』にやってきた。
入口の前には意外にもパーティーが二つもある。
「ん? あのパーティーって何処かで見たような……?」
大きな身体を持つ男が、俺を見ると感銘したように声をあげる。
俺に近づいた彼は、
「少年。久しぶりだな」
と、声を掛けてきた。
「あ! 『亡者の墓』の!」
「ああ。まさか、ここのダンジョンで会えるとはな」
「あ、あはは……最近ここまで来れるようになりまして、初めてなんです」
「ふむ……そうか、今日は七人なのか?」
「え? ええ、僕は指揮者なので、戦わないんです。戦うのは六人なんです」
「なるほど…………そうか。正規のパーティーか」
少し残念そうに語る男は、俺達のパーティーを眺める。
「少年。Aランクダンジョンの魔物は強い。気を付けなさい」
「ありがとうございます」
男性は俺の肩を優しく叩いて、入口から外に出て行った。
彼のパーティーのメンバーも俺達をまじまじと見ながら、外に出て行く
ついでに、もう一つのパーティーも俺達をまじまじと見ていた。
まあ、気にしても仕方ない。
「さあ、行こうか」
「「「おー!」」」
俺達は初めて『Aランクダンジョン』に入った。
目の前に広がっているのは、崖がある道が多岐に渡って続いている。
「えっと、あの崖から落ちたら……戻って来れないんだっけ?」
つまり――――死が待っているとされている。
「ええ。絶対に落ちないようにね?」
「ラビ。もしもの時はお願いね?」
「ぷぅー!」
ラビに空を飛ばして貰うのにも少し慣れたので、ラビも飛ばすのに慣れたようで自信ありげな返事だ。
それにルーもいるので、もしもの時は、ルーに乗って移動するか。
そもそも、ルーの背中に乗れるのか?
「ソラ。基本的に遠距離主体の方が良いかもな」
「そうだね。遠距離で様子を見ようか。フィリア達は近づいて来た敵をお願い」
「「「はい!」」」
俺達は崖を気にしつつ、馬車三台ほどが通れそうな道を進む。
余程の無理をしなければ、この道から崖に落ちる事はないだろうけど……。
最初に出くわした魔物は、Bランク上位魔物の巨大サソリ魔物だ。
他のフロアなら、十分フロアボスとしての強さを持つ魔物だが、ここではこれで普通の魔物だ。
数はそれほど多くはないらしいが、一度に三体も出る場合があるそうだ。
「――――――、アイスランス! ダブルマジック!」
カールの詠唱から、既に2メートルの大きさまで達している巨大な氷の槍が二つ現れる。
二つの巨大な氷の槍が、巨大サソリに向かって飛んでいくが、サソリは当然のように、鋭い尻尾でアイスランスを振り払った。
「聞いていた通り、賢いな」
ここの魔物は強さもさることながら、賢いのも特徴だ。
サソリは正面を向いたまま、横斜めに移動する。
正面から来ないのも中々賢いと言えるだろう。
「イロラ! 引き付けて!」
「うん!」
今度はアムダ姉さんとイロラ姉さんが出ていく。
「ラビ! 援護を!」
ラビの鳴き声から風魔法がサソリを襲う。
サソリは、近くにいたイロラ姉さんを狙うが、イロラ姉さんは避ける事に集中して当たらない。
その間に、近づいたアムダ姉さんの打撃が決まる。
「っ!? か、硬い!」
すぐに離脱したアムダ姉さん。
「剣技、衝追斬!」
一瞬できた魔物の隙間で、フィリアの剣戟がサソリを斬る。
「…………フィリアの剣でも斬れないか」
「噂通り、硬いな」
「うん。対サソリ作戦開始!」
「「「はい!」」」
巨大サソリと普通に戦った場合、どれほど大変か試してみたが、思っていた以上に大変そうだ。
魔法が良く効くらしいが、当てるのにも一苦労しそうなので、俺達はもう一つの作戦を試す事にした。
先程と同じくイロラ姉さんとフィリアが囮になって、サソリの攻撃を避ける。
その隙間に、アムダ姉さんが近づいた。
「武道技! 発勁!」
アムダ姉さんの紫色に光る右手がサソリに当たる。
とても強そうには見えないが、直後サソリが大声をあげる。
目の色を変えたサソリがアムダ姉さんを狙い付けるが、その隙にイロラ姉さんとフィリアは長い後ろ脚の関節に重点的に攻撃を試みる。
「斬れた!」
フィリアの鋭い双剣がサソリの後ろ脚の関節を斬り落とす。
サソリは威嚇の鳴き声をあげ、フィリアを狙うと、再度アムダ姉さんの攻撃が始まり、少しずつ動きが遅くなる。
「――――――、アイスランス! ダブルマジック!」
大きな氷の槍がサソリの大きな二つの触肢に刺さり、その場から動けなくなる。
その隙に、俺の隣で力を溜めていたカシアさんが走る。
その両手に込められた光から凄まじい力を感じる。
「武道技! 発勁!」
カシアさんの攻撃がサソリの中心に直撃し、数秒後サソリはブルブル震え、その場から消えていった。
巨大サソリは、硬いが内部は非常に脆い。
武闘家や武道家が使える発勁というスキルが非常に活躍する魔物である。
Aランクダンジョンで巨大サソリを倒した俺達は、また道を進み同じ巨大サソリを三体を倒した。
さらに道を進んだ先の広場に辿り着く。
「ここが例の広場だね」
道の脇には崖があったが、ここの広場から崖までは随分と遠い。
そして、広場には一体の魔物だけが佇んでいる。
「Aランク魔物『ダークドラゴン』…………」
佇んでいる姿は、遠目からでもその威圧感が凄い。
まだ戦う訳ではないけど、一目見ておきたかった。
僕達のパーティーのレベルは、全員まだ8。
目の前の魔物は、最低でもレベル9から挑戦する事を、推奨されている。
それでも全滅するパーティーが後を絶たないそうだ。
レベル9となった冒険者を失うのは、冒険者ギルドからも痛い損害だから、このダンジョンに初めて向かうパーティーには、必ず忠告してくれるという。
ここまで来たパーティーなら、冒険者ギルドからの忠告を無視するようなパーティーはいない。
俺達は、一目見て、また道を戻り巨大サソリを乱獲する予定だ。
ここまでくる間の崖道も、多岐に分散されているので、他のパーティーと鉢合わせになったりはしないはずなので、レベルを上げるのも楽だと予想される。
「あれって飛ぶのかな?」
「ドラゴンって飛ぶと聞いてるけど飛ぶんじゃない?」
「あの巨体で……風圧とか大変そうだね」
「ん~風圧なら、ラビ頼りになりそうだけど、ラビいける?」
「ぷぅー!」
ラビが敬礼ポーズをする。
顔も凛々しくて自信ありげだ。
「よし、ではあの『ダークドラゴン』を狙って、暫くレベルを9に上げるのを急務にしよう」
「ソラ」
「ん? どうしたの?」
「先に、ソラの、レベルを、8に、する」
「は、はい……」
凄い形相でそう話すフィリアに苦笑いしながら、俺達は一度『Aランクダンジョン』を後にする。
出来れば、このままここでレベルを9に上げたかった…………あのまま有耶無耶にしようとしたのに、フィリアにはお見通しだったようだ。
「ソラ、悪いが俺も正直フィリアに賛成だぞ」
「ん?」
「『ダークドラゴン』……まだルリくん達がいないけど、あれは相当強い。このまま勝てるとは思えないんだよ」
「まあ……確かにそうだけど、レベルを9に上げたら……」
「いや、それだけで倒せるようになるとは、とても思えない。あれを倒す一番の近道は、ソラの次のスキルだと思う」
「俺の、次のスキル……か」
今の俺のメイン職能『転職士』はレベルが7。
他は『召喚士』はレベル8で、その他、回復士のレベルが7で、付与術師のレベルが5だ。
『転職士』はレベル7で大きな力を手にいれたけど、この世界では、レベル5を越えた辺りから、1でものすごい差が広がる。
予想だけど、レベル7で『ユニオン』というとてつもない力を手に入れたので、レベル8で得られるスキルはそれ以上だと考えたら、またとんでもない事になりそうだ。
レベル7になってから、一年半。
もう少しで上がる気がするんだけど、いつ上がるのかは全く分からない。
レベル6から7でも随分と時間が掛かったのに、7から8は数倍かかると予想されるから……。
Aランクダンジョンから外に出ると、先程見ていたパーティーがまだ入口前で休んでいた。
そのパーティーは出て来た俺達の前を防いだ。
「初めまして」
「ど、どうも。初めまして」
リーダーと思われる男性は、綺麗な金髪で、青色に統一された装備品で身を固めていて、強者の雰囲気をかもし出している。
「失礼だとは思うが、君がソラくんでいいのかな?」
「え? は、はい」
まさか、クラン名ではなく、名前で呼ばれるとは思わなかった。
「以前、俺達に商談をくれてありがとう。僕はクラン『蒼い獅子』のマスター、ライオットという」
「!? クラン『蒼い獅子』様!?」
「ははは、『様』だなんて、我々は対等な関係だよ。そんなにかしこまらないで欲しいな」
クラン『蒼い獅子』と言えば、俺達が過ごしたセグリス町――――引いては自由領の土地を多く持っていたクランで、こちらの頼みで、その土地を多く売ってくれたクランだ。
「は、初めまして! 一度お会いしたかったです! クラン『銀朱の蒼穹』のマスター、ソラです」
「ははは、予想はしていたが、本当に若いな! さすが、最年少クランマスターを記録したマスターだね」
「あはは……まさか最年少だとは思わず、でも俺の力というより、仲間の力なんです。俺は一人じゃなにも出来ませんから」
「…………ふむ。いや、全ては君の力だね」
「えっ?」
エリオットさんは、俺と仲間達をもう一度見渡す。
「みんな、良い目をしている。ここまで導いた『先導者』がいたからこその顔つきだ。正直言えば、剣聖の彼女以外は、ここに辿り着くのは難しかっただろう。しかし、ここまで導けたのは、『転職士』であるソラくんだからだと思うよ」
『転職士』は、特殊職能でもハズレ職能として有名だ。
ライオットさんから『転職士』の名前が出た時、決してそういう感情は伝わってこない。
帝国でも『転職士』を育てるように、もしかしたら、世界で『転職士』に対する考えが変わって来てるかも知れない。
「ただ、それはソラくんだけでは成せなかったのもまた事実だろう。お互いに良い仲間を持ったね。これからも大切にするといい。僕も自分の仲間達は最も大切な存在だからね」
ライオットさんの後ろにいる五人の仲間さんも嬉しそうに笑顔を見せてくれる。
初めて会ったライオットさんは、とても優しい人で、自由領をわざわざ治めていて、家賃を出来るだけ安くしているだけあり、とても好印象な出会いだった。
Aランクダンジョンは一度諦め、王都に出て、王都で最も有名なコボルトの森に向かった。
『コボルトの森』はCランク魔物のコボルトとBランク魔物のコボルトリーダーが、とにかく沢山溢れている森になっている。
この森の良い所は、ほどほどに強いコボルトリーダーが一体と、コボルトが十体が一つの群れになっていて、大量に出現する。
群れなので、基本的にはBランクと対等に戦えるパーティーじゃないと、すぐにやられてしまう事でも有名な森である。
上位パーティーのレベルを上げるには、最も効率的な場所だという事で、早速やってきた。
出来れば、パーティーメンバー全員で来たいけど、レボルシオン領からあまりに遠すぎるので、それは一旦諦めて、俺達七人でやってきた。
コボルトは狼の顔をした小人という感じの魔物で、鋭い爪と牙で主な攻撃だけど、意外にも鉄をも砕くらしい。
コボルトリーダーは一回り大きくて強いという。
森に入ると、さっそく群れを一つ見つけた。
「ここは私がいく」
イロラ姉さんがそう話すと、凄い速さで近づき、コボルトを一匹、また一匹、バッタバタと斬り落とす。
視界にもう一つの群れが現れたけど、いつの間にか走っていたアムダ姉さんの一撃で一匹ずつ倒れていった。
群れを倒した二人は戻ってくるのかなと思ったら、戻ってこず、そのまま森の中に消えていった。
一応念話がいつでも出来るので、心配はないと思うけど……一人にするのはちょっと怖いね。
どうしようかなと思っていたら、イロラ姉さんの方にカールとミリシャさんが、アムダ姉さんの方にカシアさんが急いで走って向かう。
何も言わなくても、危険を防ぐ為にすぐに動いてくれる。
――――って、もしかして、俺とフィリアを二人きりにする為に?
「ソラ。私達も行こう」
「う、うん」
デートではないけど、ペアでコボルトを倒してレベルを上げる日々が始まった。
メンバーから凄まじい速度で経験値が入るのを感じる。
レベルが1に戻ってるはずなのに、全然速度が落ちない。
既にみんなのサブ職能もレベル8にはなっているはずなので、それもあって、足りないステータスをスキルでカバーしているのかも知れない。
それが証拠に、俺とペアで狩りをしているフィリアも、レベルが1に戻ってもCランクのコボルトを瞬殺している。
「ん!」
フィリアが群れ三つを殲滅して、走って来ては両手を出す。
既にスキル『ユニオン』で手に触れる必要なく、しかも任意で送って貰えられるのだが……。
「は、はい」
フィリアの両手から経験値が流れてくるのを感じる。
「ん……」
毎回フィリアの小さな艶めかしい声にドキッとしてしまう。
それにしても、フィリアの美しさを久々に自覚する。
腰まで落ち着いた金色の長髪は、曇り一つなく、光を受けて輝いていて、整った顔は街を歩けば皆が振り向いてしまうほど美人だ。
そんな彼女の髪と同じ色をした美しい瞳が俺を見る。
「どうしたの? ソラ」
「えっ!? な、何でもないよ!」
「? 変なソラ~」
次のコボルトの群れに行く間、フィリアが俺の腕に絡む。
フィリアの柔らかい肌の感触が腕に伝わる。
いつも全身が筋肉で身体が固いと残念そうに話しているフィリアだけど、そんな事はない。
寧ろ、柔らかすぎて心配になるレベルだ。
コボルトの群れが三つ現る。
一つにはフィリアが、もう一つにはラビが、最後の一つにはルーが飛んで行く。
瞬きをしている間に、コボルトの群れが消えていく。
瞬く間にメイン職能とサブ職能にとんでもない速度で経験値が流れて来た。
◇
数日後。
ゼラリオン王国のインペリアルナイトの一人であるハレインが治めている『グレイストール領』の領都シサリに、クラン『銀朱の蒼穹』の三人が入る。
元々帝国の土地でもあったので、既にゼラリオン王国の王都よりも、領都シサリの方が賑わいを見せる。
現在、『グレイストール領』では、西にあるエリア共和国とミルダン王国との盛んな交流を続けている。
三人は一切の言葉を発する事なく、街を見回り、宿屋に入った。
「…………俺は一人部屋がいいんだけど」
「え! いやだよ! ルナは同じ部屋がいいな!」
「う、うん! 私も同じ部屋の方が良いと思う……」
三人はテーブルに座り真剣に話し合っていた。
宿屋の交渉を行ったシヤに対して、ルリは少し不満そうに言うが、既に部屋は一つだけ確保している。
「じゃあ、俺は外で……」
「「駄目!!」」
二人の女性はすぐにルリを止める。
ルリは一つ大きな溜息を吐いて、自分の両手に絡んでいる二人の女性を見つめる。
(ルナは何となく分かるけど…………シヤさんはどうしてなのだろうか)
必死に止める二人を無下にする事は出来ず、ルリは渋々了承してしまう。
その姿にシヤとルナはやっと安堵した表情を見せる。
「それにしても、あからさまなモノだね」
「ん? シヤ姉ちゃん、もう分かったの?」
「ええ」
「ほんと!? 凄い……ルナは全然分からなかったよ……」
「パッと見では、普通に感じるかも知れないけど、今の『グレイストール領』のやり方は、明らかにゼラリオン王国を敵対したいのだろうなと思うよ」
シヤはその件も含め、ソラ達に連絡を取る。
ソラ達のパーティーの狩りが終わった夕方に、『グレイストール領』の現状の報告を行った。
クラン『銀朱の蒼穹』の遠距離会議が始まった。
【ソラくん。こちらのグレイストール領はやはり黒で間違いないよ。まず王都方面からの物資が、こちらには全く流れていない。隣国のエリア共和国とミルダン王国の物資ばかり流れて来ているから、ゼラリオン王国と戦いになっても、物資が途切れる事がないようにしているね】
【なるほど……レボルシオン領からも食材を購入する動きはないみたいですからね】
【ええ。隣国のエリア共和国から仕入れる食材が大半だったね】
【でも、今のままでハレイン様がゼラリオン王国に勝てる見込みはあるんですかね?】
【今のところはないわね。ただ、一つだけ方法ならあるわ】
【一つだけ?】
ソラとシヤの言葉を聞いていたクランメンバー全員が息を呑む。
【ええ、単純だけど、隣国のミルダン王国と手を組んで王国を攻める事。それにエリア共和国からも援助を貰う事だね】
【!? 戦争でゼラリオン王国に勝った場合、ミルダン王国近くの領地を渡す……という事ですね?】
【ええ。ゼラリオン王国とミルダン王国が面している地域――――ゼラリオン王国の西領地にはインペリアルナイトの一人であるジェローム様の領地で、その中の領都周辺からは、上質な『肉』が取れるわ。きっとその土地が目的でしょうね】
ジェロームが治めている領都周囲からは、ボア肉ではなく、ルクという鳥型魔物から鳥肉が取れる。これを通称ルク肉と言う。
ルク肉の名産地として有名な領地であり、そこから更に北に進んだ山からは、厄介な魔物が多いがその中のフロアボスであるグリフォンは、最上級の鳥肉である。
【ゼラリオン王国の東のボア肉の名産地、西のルク肉の名産地が目当て……なのは間違いなさそうですね。このままゼラリオン王国と戦争になり、仮にハレイン様が勝利した際に、レボルシオン領から先は敵対しないという考えなのでしょうね】
【ええ。ハレイン様に会った事はないけれど、王都から東側の土地を『銀朱の蒼穹』に渡したのは、ハレイン様の作戦だと思う。全ては、この戦争を見越しての事なのだろうね】
【分かりました。現状、ハレイン様に味方するか、ゼラリオン王国に味方するかは決めていませんが、受けた仕事はこなしたいと思います。シヤさん達は予定通り、そのまま実証を手に入れてください】
【了解】
会議を終えたシヤ達は、予定通りに動く為、ルリとルナが闇に紛れる為、宿屋から姿を消した。
◇
宿屋を出たルリとルナが真っ先に向かったのは、領都の城近くだ。
二人の能力は既にインペリアルナイトと同等になっている。
正面から戦う事は無理だが、インペリアルナイトの外から気配を感じるには十分に強くなっているのだ。
二人は街にいる強者を探し周り始める。
最上級職能である『アサシンロード』と転職士のスキル『ユニオン』によるスキル効果上昇も相まって、二人は既に『アサシンロード』のレベルが最大の力をも越えている。
余程近づかなければ、ビズリオにわざと見つかる事などないのだ。
さらに二人には隠密行動でも、ずば抜けて強いスキルがあった。
スキル『ユニオン』による――――念話である。
【ルナ、街の西側は一通り見回ったけど、強者はいなかった】
【うん! 東側にもいなかったね。後はお城かな】
【遠くても強い気配が感じられる……恐らくインペリアルナイトだろうね】
【そうね。私は城の東側を探ってみるね】
【わかった。俺はそのまま西側を探るよ】
二人は決して誰にも見つけられない闇に紛れ、ハレインが治めているお城に潜入した。
ルリが最初に向かった西側は、兵隊施設が並んでいて、そこから地下に続く地下牢などがある。
兵士の中でも強い者が複数人見られたが、ルリを見つけられる者は存在していない。
ルリはそのまま地下牢を見回るが、まだグレイストール領が発足して間もないので、それ程多くの人が捕まっている訳ではなかった。
(…………ん? 珍しい気配だな?)
ルリは地下牢の奥で、珍しい気配を感じる。
廊下に並んだ松明でさえ、ルリを照らす事は出来ず、音もなく奥に向かった。
(なるほど。噂に聞いていたゼラリオン王国の監視員だな?)
ゼラリオン王国からグレイストール領の監視を命じられたはずの騎士が一人、瞑想しながら牢の中に鎮座している。
彼はゆっくり目を開ける。
「…………誰かいるのか?」
決して地下牢に響かせない小さな声で、疑問を口にする騎士。
その時。
「はい。私はとある方の命で、現状を確認に来ました」
「そうか。ここまで忍び来れたという事は、相当の腕があるのだろう。俺は王国の騎士の一人イグニ・セイオロンという。ハレインが反旗を翻そうとしている事を王国に伝えようとしたのだが、こうして捕まってしまってね」
「そうでしたか、かしこまりました。その件は私が伝えましょう」
「それは助かる。出来るだけ早く伝えて欲しい。このままではハレインがどんどん力を付けてしまう」
「はい。しかし、このままハレインがゼラリオン王国に勝てる見込みはあるのですか?」
「ああ。街を牛耳っている商会を調べてみるといい。全部隣国と繋がっている商会ばかりだ。ゼラリオン王国との接点は全くないはずだ」
「分かりました。このまま街も調べてから王国に戻る事にします」
「頼む」
地下牢に再び静寂が包まれる。
「…………頼むぞ。どうかハレインを止めてくれ」
男の小さな声が誰も聞こえない地下牢に空しく響いた。
ルリが地下牢に向かっていた頃、ルナは――――。
ガチャッ
部屋の大きな窓の鍵が開く音が聞こえる。
小さく開かれた窓の中に一つの影が入り込む。
直後に部屋の中からは凄まじい殺気が溢れた。
「初めまして、グレイストール様でございますね?」
影から現れた小柄の者を睨む男は、その手に愛剣を握っている。
「貴様は誰だ?」
「はっ、私は諜報を得意とする集団『シュルト』の一員、『シュベスタ』と申します」
「『シュベスタ』…………それで? その『シュルト』とやらはどうして俺に?」
「我が主は、此度の戦争を見ておりました。この先どちらに付くべきか悩んだ結果でございます」
「ほぉ……貴様ほどの者が仕えている者とは」
「はっ。『シュルト』の首領は『ヒンメル』と申します」
「……聞いた事はないが、貴様の能力は確かなモノだな」
現に、窓に近づくまで気付けなかったハレインは、小さく冷や汗をかいていた。
まさか――――インペリアルナイトである自分がここまで近づくまで気付かない相手がいる事に、少し安心してしまう。
「私はこの街の地下におりますので、いつでもこの『シュベスタ』に声を掛けてくださいませ」
「……分かった」
「これから良い関係を築きたいとの首領からの言葉です」
そう言い残した小柄の影は、その部屋から消え去った。
ほんの少し開いた窓は、元々開いてなどいないと言わんばかりに元通りになっている。
「…………『シュルト』に『シュベスタ』か、あんな化け物が王国で仕えているとは聞いた事はないな……つまり、俺にも運気が回ったという事か…………」
その時、部屋の扉からノックの音が聞こえた。
「入れ」
扉が開き、執事が一人足早に入って来ては、ハレインの耳元に呟いた。
「…………ほぉ、王国もバカではなかったか。そう言えば、丁度良いタイミングだな。地下に『シュベスタ』という小柄なモノに彼奴の始末を依頼しろ」
「はっ」
執事はまた足早にハレインの部屋を後にする。
「さて、『シュルト』とやらの力を見せて貰おうか」
◇
宿屋で待っていたシヤの下に、ルリとルナが帰って来た。
「おかえり」
「「ただいま」」
「どうだった?」
「俺の方は、騎士イグニに接触出来て、確証を得られたよ」
「私の方は、無事ハレイン様に接触出来たよ」
「順調だね。では、直ぐに動くはずだから、明日が楽しみだね」
「うん!」
「短いけど、休もうか。休まないとソラくんに怒られてしまうからね」
ルリとルナが苦笑いを浮かべる。
二人はずっと働けると言っても、マスターであるソラは決して聞いてはくれない。
しかも、意外とそういう所だけは妙に勘が鋭いソラなので、休まず働くと何故かすぐバレるのだ。
三人はそのまま眠る事にした。
「…………えっと、俺はソファでいいと思うんだけど?」
「「駄目!」」
宿屋で最も大きいベッドの部屋のため、三人がベッドに横たわっても余裕があるベッド。
真ん中にルリを置いて、左右にシヤとルナが横たわる。
ルリが逃げられないように、二人が腕に絡んで離してくれず、ルリは苦笑いを浮かべ、眠りに付いた。
◇
次の日。
グレイストール領都シサリの地下にある闇の者達が巣くう地下街。
その一角に、彼らをまとめているボス部屋。
「しゅ、シュベスタ様! こ、こちらに手紙が届いております……」
大きな身体のボスは、一枚の手紙をテーブルに差し出して、ソファに優雅に座っている小柄の女性に震え上がっている。
「ご苦労様。こちらは報酬です。これからも頼みましたよ?」
「は、はい! あ、ありがたき幸せ!」
金貨が入った袋を持ったボスは安堵の息を吐き、部屋から逃げるように外に出た。
ルナは手にした手紙を読み始める。
そして、小さく笑みを浮かべた。
◇
ルナが手紙を受け取ってから、半日後。
ガチャッ
ハレインが睨んでいる部屋に、『シュベスタ』が現れる。
「お待たせしました、ハレイン様」
「ふむ。それが例の男の正体か?」
「はっ。胴体は既に燃やしておりますので」
そう話す『シュベスタ』は、持っていた布袋をゆっくりハレインに手渡す。
この時間もハレインが油断する事はないが、『シュベスタ』は一瞬で首が飛ぶ距離でも、決して敵意は見せず、そっと渡し離れて窓際に移動する。
ハレインは『シュベスタ』が一瞬で詰められない距離に行って、初めて布袋の中身を確認する。
「こいつは…………王都め、いよいよこういう手まで使ったか」
「失礼だとは思いますが、その男の正体をご存知で?」
「ああ、こいつはゼラリオン王国の王都の盗賊ギルドを仕切っていた男だ。強くはないが、こういう隠れる事は得意だったが…………時期的に考えればジェロームではなく、ビズリオの奴か」
「…………」
「シュベスタ、よくやった。報酬は何が欲しい」
「はっ、素材でお願い致します」
「ふむ。現金はいらないのだな――――――あれをくれてやろう。これからもこのハレインの為に働くがよい」
そう話すハレインは、本棚の奥から金庫のようなモノを取り出し、中を開ける。
ルナは内心、このハレインはこのタイプの隠し庫が好きなんだなと思うが、決して表情には出さない。
ハレインは中から一つの宝石を取り出し、『シュベスタ』に向かって緩く投げる。
『シュベスタ』の手に届いた宝石は、美しく光り輝く真っ白な宝石だった。
「これ程のモノを?」
「ああ、先行投資だ」
「かしこまりました。我が主もきっとお喜びになります。私は日に一度地下に参りますので、今回同様いつでも呼んでくださいませ」
「ああ」
そして、また闇に紛れた『シュベスタ』が、部屋から消え去った。
「くっくっくっくっ、くはーはははは! 王め、これで諜報員はもういない、となるとこのまま我々が力を付けば、あとすぐだ! 待っていろ…………その首、この手で切り落としてやろう」
ハレインの声が部屋中に響き渡っていた。
まさか――――シュベスタがまだ聞いていたとも思わずに。
ゼラリオン王国の王都宿屋。
ルリくん達から、現状の報告連絡が来た。
ミリシャさんの予想通りになって、ルナちゃんとシヤさんはそのままグレイストール領都に、ルリくんは急いでこちらに向かって来ているとの事だ。
ルナちゃんから報酬で、白い宝石を貰ったそうで、ミリシャさんが怪しい笑みを浮かべていた。
報告を受けて、特に変わる事はなく、このまま俺達のコボルトの森に引き込む事は変わらない。
ただ、一つ変わった事と言えば――――
「ソラ様!」
コボルトの森に入ると、俺達を待っていてくれたのは、六十人の子供達だ。
「カーターくん。今日もありがとう」
「い、いいえ! とても光栄です!」
カーターくんは彼らを代表して答える。みんなも笑顔で応えてくれる。
彼らは、王都の盗賊ギルドを掌握してから、仲間になって貰った孤児達の狩りメンバーである。
実は、盗賊ギルドに関わっている孤児達は全員で五百人を超える。
その中でも、十歳を越えていて、尚且つ戦闘に興味がある子達でパーティーを組ませて、冒険者として活動して貰う事にしたのだ。
ただ、冒険者と言っても、ずっと僕に経験値を送っているので、サブ職能だけレベルが上がり、メイン職能はほぼ常に1に近い。
なので周りの目を気にせず、六人ずつパーティーを組み、同じフロアで狩りを行ってくれている。
彼らもここ数日で随分と慣れたようで、コボルトの森で戦えるくらい強くなっていた。
ここ最近、毎日俺達と一緒にコボルトの森に籠って、俺のレベル上げを加速させてくれているのだ。
その中のカーターくんは、レボルシオン領で頑張っている弐式のリーダーであるメイリちゃんと同等の指揮力があり、王都孤児達を纏めた『銀朱の蒼穹・肆式』のリーダーになってくれている。
「では、みんな、本日も油断せずに、何かあったらすぐにフォローし合うように!」
「「「「はい!」」」」
「よろしく!」
「「「「はい!」」」」
肆式がすぐにコボルトの森に広がる。
中々壮観な景色だ。
俺達もいつものペアに分かれて、レベル上げを勤しんだ。
◇
次の日。
ガチャッ
部屋に響く窓が開く音が響き、部屋の主は自らの愛剣に手をかざす。
「初めまして、ビズリオ様。わたくしは『シュルト』の一員、『ブルーダー』と申します」
ビズリオの前に影から現れた人物は、今まで何度か出会った『シュベスタ』にどこか似た雰囲気をかもしだしていた。
この時のビズリオは、心底驚いていた。
そもそも『シュベスタ』は、希代の暗殺者であると、初めて見た時からずっと思っていた。
なのに。
いま目の前にいる男と思われる者もまた希代の暗殺者に見える。
そんな事があり得るのだろうかと、彼に答える事も忘れず、心を落ち着かせようとする。
「『ブルーダー』か。『シュベスタ』の仲間だな?」
「はっ、先日の依頼の件で、わたくしが代理に」
「そうか。進展があったからという事か」
「はっ、物証は持って来られませんでしたが、一つは街の商会が全て隣国からの輸入をしている商会ばかりでした。さらにわたくしが領都の城を探っていた時、一人の騎士を見つけました」
「一人の騎士?」
「はっ、彼は自分を、イグニ・セイオロンと名乗り出ていました」
「やはりイグニ殿は捕まっていたのか……」
「特に外傷はありませんでした。ただ捕まっているという雰囲気でした」
「そうか。それだけで十分な物証だ。感謝する」
「はっ、盗賊ギルドでお待ちしておりますので、必要あらば、いつでも声を掛けてくださいませ」
「ああ」
『ブルーダー』は『シュベスタ』同様、部屋から消え去る。
「…………希代の暗殺者が二人だと!?」
ビズリオは目の前の机を激しく叩いた。
その衝撃に、机は半分に割れてしまう。
「ありえるのか!? あんな暗殺者を二人も抱えて…………二人いるという事は…………三人目がいても不思議ではない。『シュルト』め…………これ程の戦力だったとは…………」
一人なら、ビズリオ一人で何とか対応出来るだろう。
だが、あれが同じ強さを持ったもう一人がいるとなると、自分ですら暗殺されかねない。
それは考え方によっては、最強の味方ではなく、最悪の敵になりえる。
本来なら相手より高い力量で話し合うからまともな商談になるのだが、これではそれが難しくなってしまう。
ビズリオは現状の事を王に報告する事を決めた。
◇
「ルリくん、おかえり。そして、お疲れ様」
「ソラ兄さん、みんな、ただいま」
「「「おかえり~!」」」
宿屋の食堂に集まった俺達の所に帰って来たルリくん。
今朝帰って来て、そのままビズリオ様の下に行って来たルリくんは、来る間十分休んだと、そのままコボルトの森に付いて来たいという。
出来れば休んで欲しいんだけどな…………みんなも頑張っているから、俺も頑張りたいとルリくんは言うけど、十分頑張ってくれている。
ただ、一人で宿屋で休んでいても寂しいかも知れないからね。
俺達は食事を終え、コボルトの森に到着した。
ルリくんと会ったカーターくんは目を輝かせて喜んだ。
肆式はみんなルリくんが大好きだからね。
いつもよりやる気に満ちた肆式が、とても頼もしかった。
俺達も狩りを始め、ルリくんの相棒をどうしようかなと思ったら、一人の方が動きやすいとの事で、仕方なく了承すると、ルリくんが闇に消え去った。
慣れたようで、あんなに綺麗に消えるんだなと感心する。
インペリアルナイトに会いに行けるくらいの実力があるのは、やっぱり凄い事なのかも知れないね。
そして、何故かルリくんが帰って来ただけで、コボルトの森から得られる経験値が倍増したのは、とても不思議に思えた。
両街にて『シュルト』の活動の日から数日。
グレイストール領の件も調べが終わり、ハレイン様の信用も取れたので、ルナちゃんとシヤさんも王都に帰って来て貰った。
シヤさんの活躍でハレイン様がゼラリオン王国と戦争を仕掛けるのが、半年後という事まで調べが付いた。
既にビズリオ様にもその事は伝えており、ゼラリオン王国はグレイストール領を主軸にした連合軍との戦争が刻々と間近と迫っている。
俺達は期限まで出来る限りレベルを上げたいので、惜しみなく休みもコボルトの森で俺のレベルを上げる為に日々勤しんだ。
弐式や参式も、出来る限りボア肉の狩りが終わったら、レベルを上げる事に勤しんでくれている。
『銀朱の蒼穹』が今まで以上に力を上げて、俺の為に頑張ってくれている。
それも…………いずれ来るであろう、戦いの日の為に。
数日後。
今日も連日訪れているコボルトの森にやって来た。
朝入り口でみんなで集まって、朝礼のような何かを行って、みんな散って狩りをするのが毎日の日課になっている。
しかし、今日は散る前にいつも上空で見守ってくれているルーが俺の前まで降りて来た。
ミャァァァ
少し元気のない鳴き声で、何かを訴えて来た。
ラビが直ぐにルーに近づき、よしよしをしてあげたので、俺も一緒に頭を撫でてあげる。
気持ちよさそうな声を出してくれるけど、どこか寂しそう?
「ソラ、どうしたの?」
「ん~、ルーから少し寂しそうな感情が伝わって来てさ」
「ルーちゃんから? どうしたんだろう?」
フィリアも心配そうに見つめ、散る前という事もあり、みんな心配そうにルーを見つめる。
その時、ラビが空中で何かを訴えて来た。
「えっと? 両手で……それはパンチかい?」
「ぷぅ!」
ラビは左右に移動しながら、パンチを繰り出している。
一体何が言いたいのか、さっぱり分からない。
ただ、召喚獣の感情が伝わってくるので、今のラビの感情は、戦いに奮え立つ感情が伝わって来る。
「何かと戦いたい?」
「ぷうぷう!」
顔を横に振ったラビは、今度はパンチを繰り出したら、両手を合わせて「ぷうぷう」と声を出して、「ぷぅー!」と万歳をする。
うん。
全然伝わってこない。
可愛いけど、さっぱり分からないや……。
「えっと、ラビ? ごめんね、全然分からないや……」
すると今度は、ラビがルーの所に行き、両手をぐるぐる回して、そのまま俺に飛んできてぶつかる。
ぶつかったラビは今度は万歳をする。
「ん? ルーが何かしてくれるの?」
「ぷう! ぷう!」
それだよそれ! と言わんばかりに、必死に首を上下に動かすラビ。
ルーもどこか嬉しそうな声をあげる。
「ソラくん」
「ミリシャさん? どうしました?」
「ルーちゃんはもしかしたら、みんなに魔法を掛けてあげたいんじゃないかな?」
すると、ラビが全力で頭を上下にして、嬉しそうにぷうぷうと声をあげる。
「魔法を掛けてくれる? 気付かなくてごめんな、ルー。えっと、もし俺達に何かしてくれるなら、俺としてはとても嬉しいかな? 俺達の為になるなら、ルーが好きなようにしてくれていいよ?」
ミャアアアアア!
大きく声を上げるルー。
とても嬉しい感情が伝わって来る。
そして、ルーから眩い光が灯る。
光は俺達だけでなく、肆式のみんなにも行き渡った。
「ん!? 身体が凄く軽い?」
「もしかして、能力上昇魔法かも知れないわ」
「能力上昇魔法!?」
「ええ。ソラくんも知っているように付与術師が味方に能力上昇魔法が使えるのは知っているわね?」
「はい。ですけど、俺が知っている能力上昇魔法が微々たるもので、こんなに身が軽くなったり、強くなった感覚さえ乏しかったんですけど……」
実は召喚士のレベルを上げる前に、真っ先にレベルを上げたのが、付与術師だった。
付与魔法が便利だと思っていたけど、いざレベル5くらいまで上げても大した能力上昇魔法は覚えられなかった。
レベル7になると、武器に属性を載せられる魔法を覚え始めるらしいけど、それまでに長かったので、先に召喚士を上げていたら、思いのほかラビが強くて、そのままレベル10まで上げてみようとの話になったのだ。
「ルーちゃんは魔法使いの中でも上位クラスの魔法を操るわ。もしかしたらこの能力上昇魔法もそうかも。それに、ソラくんの力が相まって、ものすごい効果を出しているのかも知れないわ」
ミャアアアアア~
ルーと嬉しそうに応えてくれる。
「ルー! ありがとうな! 少し大変かも知れないけど、これからもこの能力上昇魔法をみんなに掛けてあげて!」
ミャアアア!
嬉しそうなルーの隣に、ラビも飛んで行き、二人で大喜びだった。
「それにしても、どうしてわざわざ俺に聞いたんでしょう?」
「ソラくん…………召喚獣って、基本的には召喚士の命令しか聞かないわ。寧ろラビちゃんがあんなに知能を持っている事が不思議なくらいよ。ルーちゃんもラビちゃん以上に知能を持っているはずなの。だからずっともどかしく思っていたと思うよ」
「そっか…………ラビ! ルー! これから俺達のためになると判断したら、迷わずやってくれていいからね! それが俺達の力になるんだから!」
こうして、思わぬ収穫があり、この日からルーの能力上昇魔法で全体強化が出来た。
ものすごい効果があって、筋力や速度はもちろん、スキルを使用した時の精神力も全然減る気配がなかった。
名前は良く分からないので、取り敢えず『万能能力上昇魔法』と名付けた。
その日から、三か月。
遂にその日がやって来た。
- 職能『転職士』のレベルが8に上がりました。-
- 新たにスキル――――――――
- 職能『転職士』のレベルが8に上がりました。-
- 新たにスキル『セカンドキャリア』を獲得しました。-
- 新たにスキル『エボリューション』を獲得しました。-
『セカンドキャリア』
スキル『キャリア』が『上級キャリア』にランクアップする。
能力進化①。
設定したサブ職能はメイン職能の獲得経験値と等倍の獲得率で獲得出来る。(メイン経験値10を獲得した場合、サブ経験値は10となる、デメリットはない)。転職士自身にも適応する。
能力進化②。
設定したサブ職能の本来のステータスが、現在のメイン職能のステータスより高い場合、ステータスが高い方に入れ替わる。
各ステータスの詳細は体力、精神力、力、素早さ、魔力、耐性の計六つ。
『エボリューション』
スキル『中級職能転職』が『上級職能転職』にランクアップする。
スキル『上級キャリア』にも適応する。
「れ、レベルが上がった!!」
俺が声を上げると、その場にいたフィリアはもちろん、念話が通じた全ての『銀朱の蒼穹』のメンバーが歓声を上げた。
弐式、参式、肆式にはまた追って詳細を伝えると言い、本日と明日は全員休日にした。
◇
「さて…………ソラくんの『転職士』も遂にレベル8だね」
ミリシャさんの言葉に、メンバー全員が頷く。
「ソラくん、どんなとんでもないスキルを獲得したのか、教えて貰えるかな?」
「ええ、まだ俺も詳細を掴めている訳ではありませんが、前回と同等――――いや、それ以上かも知れません。うん。それ以上ですね、きっと」
俺の言葉に、全員が息を呑んで、期待の眼差しで俺を見つめる。
「今回は二つ獲得して、一つ目が、スキル『キャリア』が進化しました。名前は『上級キャリア』で、今までサブ職能が得ていた経験値が倍になり、メイン職能と等倍になります」
ルナちゃんは、それが凄いの? みたいな表情をしていて可愛い。
確かにこれだけ見れば、ただ経験値獲得率が上がっただけに見える。
「『上級キャリア』の真価はここからです。今まで設定していたサブ職能は、あくまでスキルのみ使用可能でした…………が、今度からは、メイン職能とサブ職能で各ステータスで高い方がステータスに反映されるそうです」
「「「「ええええええ!?」」」」
全員が驚いた。
「つまり、メイン職能を回復士にして、サブ職能を武闘家にしていると、体力と力、素早さは武闘家のモノに、精神力と魔力は回復士のモノになるという事ね!?」
「はい。ただ、スキルの詳細を汲み取りますと、高い方に入れ替わるとされていますので…………」
「レベル1になっても…………」
「はい。恐らくですが、メイン職能がレベル1になった場合、高レベルのサブ職能を付けておくと、そのステータスが使えるはずです」
みんなもそうだけど、それ以上にミリシャさんは顔を白くして驚いてしまう。
実は、今ですらサブ職能を武闘家レベル9にしていると、レベル1になっても筋力増強スキルですぐに戦えるほどだ。
それが無くても今まで蓄積された経験もあり、肆式はレベル1になってもコボルトの群れと戦えている。
なのに、これから全員が高レベルのサブ職能のステータスのまま、狩りが出来てしまうのは、とんでもなくアドバンテージになるはずだ。
それに…………ここで『上級キャリア』に進化したのには理由がある。
「みんな、驚くのはまだ早いよ」
俺の言葉に、またもやみんなが息を呑む。
「どうして、このタイミングで『上級キャリア』なのか…………それは二つ目のスキル『エボリューション』にあるんだ」
「名前の響き的には、前回のユニオンみたいな特殊スキルっぽいけど~」
「フィリア、残念ながら、これも進化スキルなんだ」
「へえー! 何が進化したの?」
「それは――――――――今まで転職は中級職能までしか出来なかったよね?」
「えっ? う、うん」
フィリアが答える横で、ミリシャさんは顔が真っ青になって、耳を塞いだ。
「なんと、これから――――上級職能に転職出来るようになりました!」
宿屋に集まった俺達だけでなく、弐式、参式、肆式のみんなも大盛り上がりを見せた。
その傍ら、ミリシャさんだけは「とんでもない事に……どうしたらいいの……」と気を失った。
①聖職者
上級職能の中でも、最も貴重な職能。
中級職能『回復士』の上位職。
特殊職能『神官』よりも、回復と光攻撃魔法に特化した職能。
範囲回復魔法まで使える為、多くの負傷者が出た場合、重宝される職能である。
②魔導士
中級職能『魔法使い』の上位職。
広範囲攻撃魔法が使えるようになり、スキル『詠唱破棄』が非常に優秀な職能。
殲滅力は基本職能の中で最強。
③上級騎士
中級職能『騎士』の上位職。
全ての武器を使えるマルチ職能であり、全体的に高ステータスである。
④上級弓士
中級職能『弓士』の上位職。
スキル『無限矢』が使えるようになる職、矢の強度は木の矢ほどしかないが、精神力を一切使わずに使える特殊な魔法の矢である。
撃てる距離が『弓士』より二倍と長くなっている。
⑤アサシン
中級職能『ローグ』の上位職。
『ローグ』よりも、さらに戦闘能力が特化し、暗殺向きのスキルを獲得出来る。
⑥剣闘士
中級職能『闘士』の上位職。
『闘士』の完全上位互換。体力と力のステータスは上位職の中でも最強。
⑦拳法家
中級職能『武道家』の上位職。
スキル『連撃』が使えるようになり、連続攻撃に対する効果が上昇する。
特殊ステータス『反応素早さ』を獲得でき、戦闘中のあらゆる場面の反応力が上がる。
⑧精霊騎士
中級職能『付与術師』の上位職。
『付与術』から『精霊付与術』に進化する。
精霊を呼び出し、あらゆる効果をもたらす事が出来る。
精霊は一体に付き、一人にしか付けられない。
――――後書き――――
日頃『幼馴染『剣聖』はハズレ職能『転職士』の俺の為に、今日もレベル1に戻る。』を愛読して頂き、心から感謝申し上げます!
本日、無事100話目を迎える事が出来ました!
いや~! 長かったようで、短かったような日々でした!
御峰の足りない表現力と構想力で、もっと面白く出来たはずなのにと思う部分も多々ありました。
そればかりは、反省しつつ、これからの作品にいかせたらなと思います。
さて、元々はゆるゆると進める予定だったこの作品も、戦争モノになりつつ、主人公の活躍があまりないままここまで来てしまいましたね…………全ては100話からの為です!(ほ、本当です!)
この世界では上級職能だけでも、国がひっくり返るくらい凄いんです(帝国で上級騎士5人失ってしますが、とんでもない損害だったりしますが、帝国が圧倒的に強いのでそうでもなかったり……)
ですので! ソラくん達がこれから無双する為の日々が始まりそうな予感がして来ましたね!
ここからソラくん達の最強に至る様をぜひ楽しみにしてください!