「くっ! ここまで来て逃げるというのか!」
騎士に持ち上げられているアースが声を荒げた。
それに一人の騎士が悔しそうに答える。
「アース殿。あなたは我々帝国の希望です。あの『剣聖』を目の前にして分かりました。あの若さで既にアイザック様に匹敵する強さがあります」
「なっ!? アイザック様と匹敵!? あの女が!?」
「はい。それは間違いなく『転職士』の力でしょう…………アース殿。もしかしたらこのまま逃げ切れるかすら怪しいです。ここからは帝国に逃げ帰る事だけど考えてください」
「…………」
いくら世間知らずのアースでも騎士の悔しさに滲み出る言葉を理解出来なくはなかった。
――――力がない者。強過ぎる力を前にした者。
そんな者が口にする言葉だからだ。
アースも何処か悔しさを感じる。
その時、前を走っていた騎士が転ぶ。
「がはっ!」
他の騎士達がその場に止まり、剣を抜く。
「あ、足がぁぁ!」
倒れた騎士の両足は、既に騎士から切り離されていた。
「悪いけど、その男は帰さないよ?」
騎士の前には絶望に等しい威圧感を放つ存在が見え始めた。
美しい黒髪をなびかせて、その隙間から見える青い瞳から、静かで冷たい殺気が騎士達を襲う。
「残念だけど、私はフィリア姉さんのように優しくはないよ?」
そう告げる少年。
まだ自分達より遥かに幼い彼からは、絶望しか感じられなかった。
騎士達は抜いた剣で少年に仕掛けようとするが、一人、また一人、その剣を持っていた腕がその場に落とされた。
「「「腕があああ!」」」
斬られた腕を絶望的な表情で見つめながら、その場に崩れ落ちる騎士達。
そして、最後のアースを守っていた騎士が一歩前に出る。
「う、うわあああ!」
既に恐怖に支配された騎士の攻撃は、少年に届く事はなかった。
そして、少年がアースに向かって歩き出そうとした瞬間。
ゴゴゴゴゴォ!
森の奥から大地を震わせるような凄まじい轟音が少年を襲う。
遠くからの攻撃に、既に少年はその場から避けており、遥か先に離れた。
少年が立っていた場所は、地面が大きく抉れていた。
凄まじい攻撃が飛んできた先から、一人の男が威圧感を放ち、前に歩いて来た。
「あ、貴方様は!?」
アースが驚くも、すぐに男に睨まれて口を閉じた。
「…………おい。お前、前に出てこい」
男が向かって喋った場所から、先程の少年が降りて来た。
お互いに冷たく殺気めいた視線で睨み合う。
それだけでその場にいる人は息すら出来ないほどである。
「『銀朱の蒼穹』の者だな?」
「ええ。あなたは?」
「俺は帝国のエンペラーナイトの一人。アイザック・エンゲイトだ」
静かに怒りを抑えてそう告げる男。
「……その男は渡せませんが」
「…………この場で俺と戦うのか?」
「そんな愚かな事はしませんが、この場で貴方を足止めすれば、すぐに俺の仲間が来るはずです」
「…………中々肝っ玉の据わった少年だな。それも『転職士』の力か?」
「そうですね。全てマスターの力と言えるでしょう」
「そうか」
淡々と話した男は、少年の前に小さな袋を投げた。
「これはお詫びだ。それとこいつのは『転職士』であっている。レベルは5。経験値は32人まで。」
「…………」
少年は目の前の袋を静かに拾う。
中身を確認しなくても、それが高価な物である事くらい容易に想像がつく。
「後に騎士達十人は解放しましょう。ただし、ここの五人は五体満足ではありませんので、悪しからず」
「ああ。承知の上だ」
そう呟くアイザックは、放心状態のアースを抱きかかえた。
「主に伝えろ。このアイザック。この屈辱はいずれ晴らす」
「……分かりました」
そう言い残したアイザックは、怒りをぶちまけるかの如く、凄まじい速度でその場を去った。
◇
「ルリくん!」
「ソラ兄さん」
「怪我はない!?」
ルリくんからエンペラーナイトと対峙したと連絡があった時はどうなる事かと思ったけど、どうやら無事のようで、本当に安堵した。
「うん。大丈夫。傷一つ付いてないから大丈夫! それにしても勝手に約束決めてごめんなさい」
「ううん。ルリくんが無事ならどうって事はない。それにあの取引を許可したのも俺だし」
相手が何か分からない物を出して、『転職士』の情報まで先に公開してくれた。
その事で、余程あの転職士を大切にしているんだと知ったから、ルリくんにはあれ以上手を出さないように指示していた。
おかげで、帝国の最強騎士と相まみえる事なく、事が済んで良かった。
俺達は一旦倒れている騎士達を連れ、エホイ町に帰還し、騎士達を回復してあげる。
そして、次の日、目を覚ました彼らに事実を告げると悔しそうな涙を流した。
無傷の五人の騎士が、欠損騎士となった五人と共に俺達から遠くなる様は、何処か悲しみすら感じてしまった。
人との戦いはここまで覚悟が必要なのだと、俺は今回の一件で心の中で強く決心した日となった。
◇
エンゲイト家屋敷。
アイザックの前には、アースが土下座している。
「アイザック様! 俺にもう一度チャンスをください! 今度は……絶対にあの『転職士』に負けません!」
「……アース」
「はい!」
「今回の戦いで、あまりにも多くを失った」
「はい!」
「本当なら、お前を切り刻んでやりたいとも思ったが、それでは亡くなった者やここまで頑張って来た者、そして、これ以上戦う事が出来ない彼らに面目が立たん」
「はいっ!」
「だから、これは命令ではなく、一人の男として頼む。彼らの分まで強くなれ」
「はいっ! 必ずや!」
奇しくも、この戦いで、帝国の転職士がその牙を磨く事となるのであった。
帝都城、玉座の間。
大陸最大である帝国玉座の間にはその国を構成している多くの重鎮達が集まっている。
玉座には鋭い眼光の皇帝が前を睨みつけていた。
「陛下」
帝国の皇帝に次ぐ権力を持つと言われている宰相ローレンス・ウィラゼルだ。
「ローレンスか」
「…………陛下。どうやら北部の戦いが負けたようです」
「…………率いていたのは?」
「はい。ベロライン将軍家でした。将軍と長男は戦死したとの連絡がございます」
宰相の言葉に、その場にいた将軍家の数人が顔をしかめる。
出来れば自分が代わりに対応したいと言いたいのだが、あのゼラリオン王国は珍しく最上級職能が複数もいる国である。
それを物量で勝とうと思うと、それこそ十倍は持って行かねば勝てない事くらい将軍家の面々は理解している。
あの時、大声で豪語していたあの家は、予想通り負けた上に帰らぬ人となった。
そして、その結果は――――
「ベロライン家の者は全員奴隷に墜とせ」
「はっ!」
兵士の一人が急いで走り玉座の間を去る。
帝国は絶対的な実力主義。
口だけの家は、すぐに奴隷堕ちとなるのだ。
但し、実力があれば上に立てるし、それによって贅沢な生活も送れるので、多くの人は頂上を目指して懸命に生きている社会となっている。
他の国のように、血で登りつめるような年功序列が優先される社会ではないからだ。
それでも、資産は大きな力となっているので、貴族が有利なのは当たり前ではあるが……。
「陛下。北部は全てゼラリオン王国に奪われております。次は私に任せてくださいませ」
一人の将軍が前に出て、皇帝に頭を下げる。
「陛下。今回の戦いで五千の兵を失っております。北部の土地でそれ以上を取り戻す価値があるようには感じません。私は戦いを反対します」
宰相が反対意見を述べる。
「…………ローレンス。お前は我が帝国が負けっぱなしで良いと?」
「いいえ、北部ではなく、その力で南部を攻めた方が利益が多いと思います」
「南部…………アポローン王国か?」
「はっ。どうやら私の情報では、きな臭い動きがあるそうです」
「ふっ。ローレンス。今回はお前の策に乗ろう。ソリュー将軍は北部の防衛を命ずる」
「はっ!」
「南部に志願する者はいるか?」
皇帝の声にいち早く反応する男がいた。
「陛下。儂に行かせてください」
「ほぉ……珍しいな?」
「ええ。たまには身体を慣らしたいんですからね」
「分かった。他に反論はないみたいだから、お前に任せるぞ? ローエングリン」
「はっ。お任せください。陛下」
ローエングリンと呼ばれる男が玉座の間を後にする。
誰も反論しなかった理由。
それもその通りである。
ローエングリンは――――
帝国最強騎士エンペラーナイトの一人であり、その中でも最強と呼ばれており、現在人類最強と言われている人物だからである。
◇
ゼラリオン王国の前線。
ハレインとジェロームの活躍により、前線は王国の圧勝に終わる。
五千もいた帝国兵達は散り散りとなり、ハレインに追われ切り捨てられていった。
そのまま兵を走らせ、帝国北部領を奪い取る事に成功する。
ハレインと帝国宰相の裏取引により、帝国は北部領を取り返しには来なかった。
そのまま帝国の北部領はハレインが支配する事となる。
その事により、領の範囲だけならゼラリオン王国が所有する領とハレインが所有する領が同じくらいの大きさとなる。
ハレインが描くシナリオ通りに進んだ結果とも言えるだろう。
後に帝国領と新しく領を得た王国の境目に前線が出来上がったが、両国ともに戦いを辞める事となった。
◇
その頃。
とある森。
「女王陛下~」
不思議な影をうねうねと動いている服を着ている女性が複数人並んでいる。
その奥に玉座があり、そこに一際身体が大きい女性が一人座っており、禍々しい雰囲気を醸し出していた。
「どうしたんだいー? アンナ」
「えっとね~ソグラリオン帝国とゼラリオン王国がぶつかって、帝国が負けたよ~」
「へぇー、ソグラリオンのガキが負けるなんて珍しいわさ」
「うんうん! なんか、元々捨てる感じだったみたい~」
「全く、人間っていうのは相変わらずだわさ」
「うふふふ、本当にね~」
他の黒い影を覆っている女性達も笑い出した。
「それはそうと、アンナ? あの不思議なガキはどうなったんだい?」
「うん! 今回の戦争で大活躍! 他が全部すら霞むくらい凄かった!」
「へぇー?」
「ソグラリオンの強い子に完勝~!」
「ほぉ……」
大きい女性が唸り声をあげる。
周りにいた女性達から「女王様が唸った~女王様が唸った~」と喜び始める。
「あの子は凄く強くなったわ~女王様、接触するのかな~?」
「いんや、まだだね。もうちょっと強くなって貰わなくちゃね~」
「うふふふ~、では危ない時にはこちらも手を出すのね~?」
「そればかりは仕方ないさね。アンナ。これからも観察は怠らないでおくれ~」
「あいあいさ!」
そう言われたアンナは、スキップしながら去って行く。
「くふふふ。あの少年。もうそんなに強くなれるなんて。これは楽しみだわさ~」
森に女王の声が響き渡った。
前線はハレイン様ともう一人のインペリアルナイト様と見られる方によって、押し上げて帝国軍を蹴散らしているみたい。
もう安全そうなので、俺達はレボル街に戻って来た。
エホイ町はこの一件もあり、住民達を説得してレボル街に引っ越して貰う事になった。
中には惜しむ人もいたけど、そこはエホイ町よりも快適な生活を約束して、仕事に就くまで面倒を見てあげる事となった。
そして、俺達は一度集まって、今回の結果をまとめる事にした。
「はい。では、今回の戦いのまとめを行います」
ミリシャさんの司会から始まる。
「まず、ルナちゃんの活躍によって、大量の金貨を得ました!」
パチパチパチパチ。
「ルナちゃんありがとう!」
「えへへ~」
嬉しそうに照れるルナちゃんが可愛らしい。
「次は、ルリくん! ルリくんもルナちゃん同様に大変な仕事で、大きな報酬まで獲得してくれたのは大きい!」
パチパチパチパチ。
「ルリくんありがとう!」
「ううん! いつでも俺に任せてくれると嬉しい!」
凛々しいルリくんの笑顔が眩しい。
「あっ、ソラ兄さん。あの袋の中身って何だったの?」
「あ~、あれは、クリムゾン・ルビーという宝石が入っていたよ。しかも原石だから物凄く価値が高いものだったよ」
「そっか! それでソラ兄さんの為になったのなら嬉しいな」
「うん。とても為になるよ! ありがとう!」
優しくルリくんの頭を撫でると、ルナちゃんが膨れてルリくんにダイブして来る。
少し拗ねているルナちゃんもルリくんとまとめてなでなでしてあげる。
「では次は、ラビ! 俺達もそうだけど、エホイ町の住民達を逃がしてくれた功績は本当に凄いと思う! ルーもラビのサポートをありがとう!」
パチパチパチパチ。
ラビが空中で一回転して、ドヤ顔を決める。
上空のルーも嬉しそうに甲高い声をあげた。
「バタバタしてしまったけど、他にも沢山サポートしてくれてありがとう。それと、一つ言っておきたい事があるんだ」
皆が俺に注目する。
「今回の戦争で色々悩んだ。だから決断が遅れたりしたけど、運が良くて俺達は無傷だった。でも一歩間違えていたら、エホイ町の住民達は全滅していたと思う。それではもう遅い。だからこれからの方針を固めておこうと思う」
もしも、あのパーティーに帝国の転職士がいなかったら。
ルリくんの目算ならとっくに騎士達がエホイ町に着いていたという。
カシアさん達の時と違って、恐らく向こうの騎士達は容赦などしなかったと思う。
向こうの転職士のおかげで、足を引っ張ってくれて遅れてしまって誰も死なずに済んだ。
ただ、こういう運が次も起きるかというと、確証は持てない。
なので、全体的な方針を決めたいと思う。
「これから、『銀朱の蒼穹』に敵対する勢力があった場合、それが帝国だろうと、大勢だろうと――――もしゼラリオン王国だったとしても、俺は戦う事に決めた。これは『銀朱の蒼穹』の全員の考えでもある。だから、この事を関係者達に伝えて、先に抜ける人がいるなら止めはしない。でもこれから戦いになった場合、逃げではなく戦う選択肢を取ろうと思う。それできっと大きな犠牲もあるかも知れない。それでも極力犠牲が出ないように、皆で力を合わせて乗り越えたいと思う。だから残るメンバーはこれからもよろしくお願いします」
こうして、『銀朱の蒼穹』はこれから敵対する相手に対して、逃げるよりは戦う姿勢を取る事にした。
ただ、このままでは俺達だけではまだ戦力が低い。
なので、味方を付けたいと思うけど、中々いないのよね。
協力出来る相手はいないか、悩む事になった。
◇
今度は『銀朱の蒼穹』だけで集まった。
「さて、今度はルリくんが手に入れた情報ね。帝国の転職士のレベルは5。それと気になるのは、『経験値は32人まで』という文言ね」
アイザックと名乗ったエンペラーナイトは、帝国の転職士の情報としてレベルと制限と思われる言葉を残した。
「経験値は32人まで。単純に聞くなら、ソラと同じ『経験値アップ』のスキルかな?」
「ええ。私もそう思うけど、ソラくんはどう思う?」
ミリシャさんとフィリアはそう予想しているみたい。
「でも、俺の『経験値アップ』に制限はないですよ?」
「そうなんだよね~、それがとても不思議なんだよね」
「仮に『経験値アップ』が32人までだとするならば、『ユニオン』はどうなるのだろう? だって、あのスキルは『経験値アップ』を与えた人のみに『役職』を与えられるからね」
「そう言われるとますます不思議だわ」
ミリシャさんでも読めないその制限は一体何の事なのだろうか。
その時、フィリアが口を開いた。
「もしも……だよ? もしも、『経験値アップ』に人数制限があるとするならば」
「人数制限か……」
「レベルが5だという事は、『経験値アップ③』のはずね。③で32人だとするならば、多分だけど②でその半分の16人、①でその半分の8人の可能性があるかな?」
「もしそれなら…………少ないわね?」
ミリシャさんの言う通り、少ない。
「では経験値アップ④になった場合、その二倍だと考えて64人……?」
「――――と思ったんだけど、このペースの場合、予想されるのは『経験値アップ』は⑤まであるんじゃないかなと予想されるんだけど、その場合、64人から128人……それだと、『ユニオン』の300人を超える方法がないね」
『経験値アップ』で人数が変わるならそうなるけど、もし人数制限があるならば、それが増えるのはレベルアップというよりは『経験値アップ』が進化するタイミングだと思う。
となると、やはり『経験値アップ⑤』で最大人数だとした場合、③で32という人数から考えられるのは……。
「もし③で32人で、⑤で300を越えるなら、倍数的には4かな?」
「4?」
「ええ。①で2人、②で8人、③で32人、④で128人、⑤で512人。これで300人を越えられるわ」
ミリシャさんの計算にとても納得する。
何故かは分からないけど、帝国の転職士の経験値アップには制限があるという結論に達した。
今はまだレベル5で、『経験値アップ』は③。
恩恵を受けられる人数は32人。
それが時間が経ち、『経験値アップ』が④になれば、その人数が4倍に増えるかも知れない。
そうなってくると帝国も大きな力を得る事となるだろう。
さらには『ユニオン』というスキルを得た場合、エンペラーナイトがもっと大きな力を得る事となる。
帝国の動きにも気を付けながら、俺達は自分達の力を付ける事を優先させる事にした。
一番急務はインペリアルナイトやエンペラーナイトと対峙出来る程の強さだ。
ルリくん曰く、俺達全員が掛かってもエンペラーナイトに勝てたかどうかと言っていた。
それは言いかえれば、俺達の国にいるインペリアルナイトもそうだと言える。
特にいま危険視しなくちゃいけないのは、ハレイン様だ。
ハレイン様は、王国と帝国の間を制圧。
正当に掌握して、その全ての地を手に入れている。
なので、俺達はその強さを手に入れる為に、王都にやってきた。
それともう一つの案件もあるので、暫く王都に滞在する事となった。
俺達は早速王都冒険者ギルドに来た。
王都本部なだけあって、広さもレボル街支店の数倍は広いし、何より冒険者の数が多い。
王都でこの数って事は、帝都の冒険者ギルドには一体どれだけの冒険者がいるのだろうか。
ざっと眺めて五百人くらいの冒険者が見える。
カウンターや張り紙も沢山あるし、休憩スペースも沢山置いてある。
俺達はミリシャさんを先頭に、カウンターに並んでいた。
その時。
「何だここは~ガキの遊び場じゃねぇぞ~!」
俺達を見つめた強面のおっさんが大声を出す。
その瞬間、フィリアが目にも止まらぬ速さで双剣を抜いて、おっさんの首にクロスさせる。
おっさんは何が起きたかすら理解出来ないようだけど、フィリアの冷たい視線と、胸元に飾られてある『紋章』を見て顔が真っ青になる。
「ひ、ひぃい~!」
おっさんはそのまま冒険者ギルドから走って、出て行った。
仲間と思われる男数人も後を追いかける。
ゆっくりと戻るフィリアに、ギルド中の視線が集まる。
俺の肩に乗っていたラビが、フィリアの肩に乗り移ってドヤ顔をする。
ラビってそれ好きだよな……。
「え、えっと、は、初めまして」
「初めまして、クラン『銀朱の蒼穹』と申します」
ミリシャさんが答えると、聞き耳を立てていた多くの冒険者達から驚きの声があがる。
「ぎ、銀朱の蒼穹! あ、あの! お……お会い出来て光栄です! ミリシャ様ですよね!?」
「あら、私なんかを覚えてくれるなんて」
「ミリシャ様は冒険者ギルドの受付嬢の中では、夢のまた夢なんです! ほ、本当に光栄です!」
目をキラキラさせている受付嬢さんに、ミリシャさんが嬉しそうに笑顔を見せる。
握手を交わすと、相手の受付嬢が嬉しそうだ。
「これからは王都の冒険者ギルドで活動なさるのですか?」
「ええ。だから登録をしたいのでお願い出来るかしら?」
「はい! お任せください!」
ミリシャさんと話していた時はあまり感じなかったけど、仕事の手付きは歴戦の戦士を彷彿とさせる手付きで、受付嬢さんの凄まじい手捌きが見れた。
人って……外見だけで判断するのはやっぱり良くないな。
「はいっ。冒険者ギルドカードをお返しいたします。王都本店に登録して頂き、感謝申し上げます。これからの皆様の活躍、心から応援しています!」
「ありがとう」
俺達も小さく会釈して、空いているスペースに座る。
本来なら冒険者ランクというのがあり、受けられるランクが冒険者ランク以上の依頼は受けられないのだが、『クラン』ともなれば、ここに掲示されている全ての依頼を自由に受けられる。
フィリアとカールが依頼を見回るが、俺達の本当の目的は依頼を受ける事ではない。
冒険者ギルドから許可があれば、入れる『ダンジョン』に入る為だ。
依頼を受けるのは、あくまでパフォーマンスでやっているに過ぎない。
だって……うちのクランってもう稼ぐ必要が全くないからね。
「どうだった?」
「ん~素材を欲しがる依頼や護衛依頼ばかりだけど、例の場所はないわね」
「そうか……ん~どうしようか」
その時、ミリシャさんが小さく手をあげる。
「私に考えがあるから、任せて貰ってもいいかな?」
ミリシャさんがいたずらっぽく笑顔でそう話した。
◇
「お疲れ様でした~」
冒険者ギルドから何人かの女性が裏から外に出る。
その彼女達の前を塞ぐ数人の影。
「ごめんなさいね。仕事終わったのに」
「っ!? あ、貴方様は!?」
「少しだけ時間貰ってもいいかしら?」
「勿論です!」
「ふふっ、ありがとう。確か――――セリンさんね?」
「はいっ!」
ミリシャは冒険者ギルド受付嬢のセリンを連れて、とあるレストランに二人で入る。
「嬉しいです!」
「ふふっ、でもここに来たって事は、大体察しは付いているんでしょう?」
「勿論です」
セリンは見た目と違って、王都冒険者ギルドの受付嬢の中では一番仕事が出来る受付嬢である。
既にそれを見切ったミリシャだからこそ、彼女に声をかけ、彼女もそれを既に感づいていたのだ。
「王都に来たって事は、狙い目があるって事です……銀朱の蒼穹ほどのクランが来たって事は、レボルシオン領にはないモノ…………『Aランクダンジョン』が目当てなのかと」
「話が早くて助かるわ。その通りなの」
「ふふっ、良いですよ? 『Aランクダンジョン』に入れる方法」
セリンはミリシャに秘策を授けた。
あまりにも簡単なやり方を。
次の日。
今日は二手に分かれた。
ミリシャさんの提案で、冒険者ギルドと市場で分かれる事となった。
俺とフィリア、ルリくん、ルナちゃんで市場に向かう。
王都市場というだけあって、ものすごく賑わっている。
沢山の店員が売り物を懸命に宣伝する声が響き渡る。
買い物を楽しむような人で沢山いる。
ただ、その中でも道の脇にはみすぼらしい格好の子供達が目を光らせて見つめていた。
【ルリくん。お願いね】
【うん! 任せて! 誰も傷つけたりもしないよ】
俺達は彼らの前で買い物をする。
特に欲しかったわけではないけど、子供の衣装を何着か買って、俺の腰に掛かっている財布から銅貨を出して支払う。
子供達の目線が俺の財布に集まる気配を感じる。
視線は違う方に向いてるけど、まるで獲物を狙うかのように俺の財布に目標が定まったようだ。
そのまま人波に入ると、大勢の人と一緒に道を進む。
すると、子供達が反対側から一斉にこちらに向かって歩き出した。
慣れた足取りで人波に上手く紛れる。
職能もないと思われる歳なのに、その動きは凄く洗練されている。
彼らは人波に紛れ、俺にぶつかってきた。
「あっ、ご、ごめんなさい」
「ん? 大丈夫?」
「は、はい!」
子供の一人に俺が足を止めている間、もう二人の子供が目にも止まらぬ速さで俺の腰に付けられている財布に手を掛ける。
俺は知らぬふりをして、そのまま子供の頭を優しく撫でる。
「さあ、人波は危ないから、早くお帰り」
「はい!」
子供は満面の笑みを浮かべて、走り去った。
うむ。
これはお見事。
「ソラ?」
「うん。それにしても見事だなと思って」
「……あの子達もそうやって命を繋いでいるのよね」
「そうだな。でもそれがあの子達の為になっていればまだマシなんだけどね」
フィリアの瞳が悲しみの色に染まる。
「大丈夫。これからあの子達の事を知る事が出来るのだから」
小さく頷いて、俺達はルリくん達からの連絡を待った。
【ソラ兄さん、場所の特定出来たよ】
【お疲れ様~、どうだった?】
【黒だったよ】
【やはり……ありがとう。俺達は例の宿屋にいるのでルリくんもルナちゃんもお願い】
【は~い!】
暫く待っていると、ルナちゃんがやって来てくれて、あの子達が過ごしている場所の近くの宿屋に向かった。
◇
「このクズが!」
大きな身体の男がソラの財布を盗んだ子供を蹴り飛ばす。
「がはっ…………痛いよぉ…………」
他の子供達も彼を囲って一緒に泣き始める。
「銅貨しか入ってない財布なんかいらねぇんだよ! てめぇらを喰わせるのにどれだけ金がかかると思ってるんだ! もっとまともなやつを盗んでこい! 次失敗したらタダじゃすまないからな!」
男は悪態をつきながら家から出て行く。
その家は今にでも倒れそうなボロボロな家だ。
その入口に一人の青年が音もなく降り立つ。
「ここが君達の家なんだね」
一切の気配もなく入って来た青年に、子供達の顔が真っ青になる。
彼の顔に見覚えがあるからである。
「あ、あの! ご、ごめんなさい! 許してください! さ、財布はもうここになくて……」
「そうだね。あの男に持って行かれたようだね?」
「は、はい…………あの、何でもやりますから、どうか命だけは…………」
王都のスラム街。
そこでは、人の命など、簡単に消える。
それを幼い頃から間近で見て来たからこそ、子供達はいま自分達がどういう状況に陥っているかを理解していた。
だからこそ、命乞い。
生きる為に、人様の物を盗み、大人達の庇護下にいないといけない現状。
子供達は必死に命乞いをする。
まだ死にたくないから――――。
「君達は人の物を盗んだ。それで何をされるかくらい分かっているだろう?」
「そ、そうなんです……でも……でも……」
「シヤ姉……助けて……」
その時。
「待って!!」
入口から女性の声が聞こえた。
「「「シヤ姉!」」」
子供達が声を揃えて呼ぶ。
「…………」
青年がゆっくり睨むと、女性は息を呑んだ。
その佇まいから只者ではない事くらい、長年商売をしてきた彼女には手に取るように知っていた。
「子供達の罰は全部私が受けるわ。だからお願い。その子達には手を出さないで!」
彼女は必死に叫んだ。
子供達を助けるには、どうするべきかくらい知っている。
「いいでしょう。貴方が代わり身を持つんですね」
「ええ。こんな身体でいいんなら、問題ないわ」
「「「シヤ姉!」」」
「みんな、心配しないで、私が絶対守るから……だからアッシュの手当てをしてあげなさい」
「うん……」
彼女は笑顔で子供達を見つめる。
「うん。ちゃんとみんないるね。もう少しだからね? もう少しでここから出られるから」
子供達は不安そうに頷いた。
彼女は青年に付いてボロ家を後にした。
◇
【ソラ兄さん、例の人、確保したよ】
【分かった。子供達はルナちゃんに見張って貰うよ】
【うん、この子はそちらの宿屋に運ぶね?】
【分かった】
ルリくんから連絡が来たので、今度はルナちゃんに見張りを頼んで、俺達は目的の人と会う事にする。
ルリくんが女性を連れて宿屋に入って来た。
部屋に入って来た彼女は俺とフィリアも睨み付ける。
「それで? どうしたら許してくれるの? ここで脱いだらいいの?」
真っ先にとんでもない事を口走る彼女。
ぬ、脱ぐ!?
……。
……。
えっと…………そっか、一応ここ宿屋だものな。
「こほん、いいえ。そうする必要はありません」
「??」
「俺達が探していたのは二つ、この町の孤児事情を知る者、そして、商売に心得がある者です」
「…………?」
「財布、わざと盗まれるようにしているのですよ?」
「っ!?」
女性は俺を睨む。
「それで? 坊ちゃまはどうしてうちみたいな底辺の孤児にご興味で?」
レボルシオン領の元になっているゲシリアン領も、自由領もそうだったけど、孤児というだけで平民達から白目で見られるくらい、この世界での孤児は不思議と扱いが低い。
「貴方達に一つ、商談があります」
「ふぅん? それなら私ではなく、大人に話を付けるべきだと思うけど?」
「いえ、貴方でいいんです。俺が探しているのは、商売相手ではない…………我々『銀朱の蒼穹』の協力者を探しているのです」
「っ!? ぎ、銀朱の蒼穹!?」
彼女の目が大きくなり、俺達の胸元に目がいく。
俺もフィリアも、後ろに立っていたルリくんも紋章を見せる。
「これで理解してくださいました?」
「ど、どうしてレボルシオン領の革命の英雄がここに!?」
少し興奮した気配が感じられる。
冒険者ギルドでもそうだったけど、『銀朱の蒼穹』は俺が思っていた以上に王国内でも名前が広まっているみたい。
「俺達の事が少し分かる方なら尚話しやすいかも知れません。貴方達のような孤児がレボルシオン領でどういう扱いを受けているのかご存じですか?」
「…………噂だけです。普通の平民以上の『銀朱の蒼穹』の庇護下に入れると聞いた事があります」
「ええ。その通りです」
「っ!? な、なんと……」
隣に立っていたフィリアが手をあげる。
「私も、あなたの後ろにいる彼も、孤児だよ?」
まあ、かく言う俺も孤児みたいなもんではあるんだけど……両親が生活費くらいなら払ってくれていたけど、殆ど会う事もなかったし。
「孤児だから――――という訳ではありません。俺は一緒に『銀朱の蒼穹』を支えてくれる仲間が欲しい。その仲間はいくらいても困りません。これから暫く王都で生活をしますので尚更味方を増やしたいと思いまして、王都の孤児事情に詳しい味方を探して貴方に辿り着いたんです。稀代の闇商人『鴉』さん」
彼女は驚いた表情を浮かべた。
昨晩。
受付嬢セリンさんとの話し合いから帰って来たミリシャさんから、どうやら王都を主軸に裏取引で有名な商人がいるという事を知った。
彼の名前は『鴉』。
素性は全く分からないが、王都の裏の取引では相当凄い人脈を誇っているそうだ。
そして、何故か彼女が孤児である事を教わったミリシャさん。
孤児の情報網を集めれば、強力な協力者と繋がる事が出来ると考えたので、俺達はその人を探そうと考えた。
という事で、まさか『鴉』さんの本人が釣れるとは思わず、驚いてしまった。
彼女が鴉だと気づいた理由は、ルリくんの気配を辿れる所、そして、現在身体中に仕込んでいる暗殺武器がそれを物語っている。
一応、彼女には『鴉』探しをお願いしようとしていたので、『鴉』の名前を出してみると、その表情から本人である事が見て取れた。
「…………まさか、私の裏の顔を探しておられるとは思いもしませんでした。私もまだまだ甘いですね……あなた方が『銀朱の蒼穹』という事に、とても驚いてしまいましたね」
「ははは、天下の『鴉』も人の子という事ですね」
シヤさんは小さく笑みを浮かべる。
「今では知らない者がいない英雄様が、『鴉』にどういう用件ですか?」
「ええ。あなたには――――――俺達『銀朱の蒼穹』の窓口になって貰いたい」
「!? 窓口……ですか?」
「『シュルト』」
「っ!?」
その名に更に驚くシヤさん。
「その名に聞き覚えがありますね?」
「…………どうしてその名を?」
「『シュルト』は俺達『銀朱の蒼穹』です」
「っ!? そ、それは本当ですか!?」
「『鴉』は人の顔色を見ただけでその人の事を分かる程に、交渉が上手だと聞いていますが、今の言葉に噓偽りはありましたか?」
「……いえ、全くありません。本当の事を仰っています」
「ええ。本当の事です。因みに、『シュルト』で唯一姿を現した『シュベスタ』は現在、シヤさんの仲間達を守っております」
一度大きく深呼吸をする彼女。
「シヤさん。俺達は貴方達の味方になりたい。だからこうして『シュルト』である事も明かしています。それは――――『鴉』である貴方だからでもありますが、俺は孤児のみんなの力も欲しい。孤児だからではなく、懸命に生きている人々を俺は応援したい。その為の力が『銀朱の蒼穹』にはあります。シヤさん。ぜひ『銀朱の蒼穹』の一員になって貰えませんか?」
その時、後ろにいたルリくんが口を開いた。
「シヤさん。僕はソラ兄さんをずっと見て来ました。そして、多くの人達を救って来た事も見て来ました。ソラ兄さんが本心から話ているのは、俺が保障してもいいです」
それを聞いたシヤさんは目を瞑った。
◆シヤ◆
私が生まれたのは、ゼラリオン王国の王都にあるスラム街。
幼い頃から、沢山の仲間達が生きる事に必死だった。
そんな中でも、私達をまとめてくれるリーダーがいた。
彼のおかげで私達は、幼いながらも何とか生き延びられた。
そんなある日。
私達を囲う大人達は、まるで商品でも見るかのような視線で私達を見つめていた。
その中から少し発育が進んだ女子は、みんな連れて行かれた。
その時、それがどういう意味だったのかなど、私は知る訳ではなかった。
でも…………少なくとも、彼女達は元には戻れない事くらい、何となく察していた。
私達を守ってくれていたリーダーは…………私達を大人達に売って、どこかに消えた。
ただ、それが本当に売って消えたのか、ただ消えたのか……いま思えば後者かも知れない。
それから私達は必死に大人達の暴力に耐えながら、望んでもいない盗みを学び、王都の人々から盗みを働いた。
しかし、それも必ずしも安全な訳では無い。
中には見つかって、そのまま牢に入れられた仲間も沢山いる。
彼らが戻って来る事はなかった。
私が十歳の時、大人達に連れられ職能を開花した際、『交渉者』という非常に珍しい職能を開花した。
それから私の生活は激変する。
大人達の顔色、息、目線、雰囲気、その全てから相手の感情を読み取れるようになった。
さらには、この職能の良かったところは、どうやら最上級職能というモノらしく、開花した瞬間から私は大人達より強くなった。
制圧しようと思えば簡単にできそうだった。
しかし、大人達が私をそのままにするはずもなく…………私では太刀打ちも出来ないような、戦いに特化した用心棒を連れて訪れて来た。
「これから貴様の組にはそれなりに便宜を図ってやろう。代わりに俺様の下で働け。この額を稼いだら貴様の組は自由にしてやろう」
そう言われた。
額はとんでもない額だったが、私は自分と一緒に育った仲間を助ける事を誓った。
あれから何年経ったんだろうか…………。
私は既に『鴉』と呼ばれるようになり、裏取引では広く名が売れる事となった。
あと少しで私達の組は、あの大人達から解放させる直前となった。
その時、大人達のボスから最後の仕事だと、とある仕事を頼まれた。
それが『シュルト』という暗殺集団を探す事。
依頼者は誰かは分からないが、国の偉い人だとボスは言った。
その時のボスは真っ青な顔で、何とか見つけてくれと頼んだ。
こんなに狼狽えているボスを見るのは初めてだ。
王都でも名の知れたボスが不安に思うなんて…………。
それから暫くの間、『シュルト』について探し回ったけど、私の力を持ってしても全く尻尾一つ見つけられなかった。
ボスはその事でどんどん顔色を悪くしていった。
このままでは……私達の組が八つ当たりされるかも知れないと頭を過る。
このまま守り切ることが出来るのだろうか…………。
今日も私は必死に『シュルト』の足掛かりを求めて探し回った。
それでも全く見つけられずにいた時、何となく嫌な予感がした。
だから、うちの子達の下に急いで駆けつけると、そこにいたのは、私では手も足も出なさそうな青年が佇んでいた。
一目見ただけで、私達に命がない事くらい、一瞬で理解した。
「待って!!」
私は必死に恐怖を殺し、叫んだ。
ゆっくり私を見つめる青年は、何一つ感情が読めない。
――――稀代の暗殺者。
何故か一目でそんな言葉が頭に浮かんだ。
下手に彼を攻撃するのは、最も悪手だと思ったので、言う通りにする事を決めた。
そして、子供達を宥めて、彼に付いていく。
向かうのは、とある宿屋。
……女性として生まれ、宿屋に来るという事は、どういう事なのかくらい知っている。
子供達を守れるなら、こんな身体…………くれてやってもいいとさえ思っている。
部屋の扉を開くと、青年は中に入るように促す。
それに従い、素直に中に入ると、意外にも男性と女性が一人ずつ、私を待っていた。
今まで出会った誰よりも澄んだ赤い瞳が、私を優しく見つめていた。
隣に立っている彼女は、きっと彼と長い時間を一緒に過ごしているのだろう。
そんな彼女の事を知らなくても、少しだけ嫉妬を感じる。
…………私にもまだこういう感情が残っていたんだ。
それから彼は『銀朱の蒼穹』と名乗り、私はそれが嘘ではない事を見抜いてしまった。
そして、彼は私の正体をも暴き、私が必死に捜していた『シュルト』についても教えてくれる。
彼は私に優しく手を差し伸ばしてくれる。
こんな私に手を差し伸べてくれる人なんて、誰一人いなかった。
みんな、私の力だけを利用しようとして、商品としてしか見ていなかった。
なのに彼は……私を本当に仲間として誘ってくれる。
他の二人からもその心が感じ取れる。
気付けば、私は両頬に涙を流し、彼の手を取っていた。
ガチャッ。
大きな窓の金具が開けられる音が響く。
部屋の主、窓の方に視線を映した。
「来たか、『シュベスタ』」
「お久しぶりです。ビズリオ様」
黒い装束に身を纏っている彼女に、ビズリオは安堵の息を吐く。
「どうやら我々をお探しのようで」
「ああ。仕事を頼みたい」
「……かしこまりました。ですが、その報酬をこちらで指定させて頂きます」
「いいだろう。どんな報酬がご希望だ?」
「はい。『盗賊ギルド』の権利を頂きたい」
「ほぉ…………珍しい所だな?」
「ええ。それと『盗賊ギルド』は我々で対処します。ですので……」
「いいだろう。俺の方からこれからの『盗賊ギルド』は『シュルト』が支配する事を承認する事とする」
「感謝申し上げます。ではビズリオ様のご依頼は?」
「現在の王国の情勢は知っているか?」
「少しは、前回のハレイン様の件でしょうか?」
「ああ。ハレインが――――王国に反旗を翻するかも知れない。その証拠をいち早く見つけて来てくれ」
「……かしこまりました」
部屋から彼女の姿がなくなり、窓は元通りに戻った。
「『盗賊ギルド』か。という事は、闇の者でもあるのか」
ビズリオは彼女の正体について考え始めた。
◇
ミリシャさん達も冒険者ギルドから戻って来て『Aランクダンジョン』について話してくれた。
「ええええ!? そんなに簡単に!?」
「ええ。まさか、『Aランクダンジョン』に入るには、受付嬢の三名の推薦があれば、許可証が貰えるとは思わなかったよ。おかげで、簡単な手続きだけで許可証を手に入れたよ!」
ミリシャさんが一枚の紙を見せてくれる。
冒険者ギルドの証明の判子が押してある。
「ではこれでダンジョンは解決しましたね。これでレベル上げの件は解決した……あとはビズリオ様の件ですね」
「ええ。私の考えでは、ビズリオ様の件を真っ先に進めるべきだと思うわ」
それに他のメンバーも賛成の手をあげる。
「ただ、あまりに大勢で向かっても怪しまれると思うから、今回も二手で分かれるべきね」
そう告げるミリシャさんに俺達も納得したように頷いて返す。
「ビズリオ様の件は、闇に紛れる人達がいいわね。ルリくん、ルナちゃん――――そして、新しく名前になったシヤちゃん」
「「はい」」
「初仕事、任せてください」
ルリくんとルナちゃん、そしてシヤさんが答えた。
「今回の鍵を握るのは、シヤさん、貴方よ。貴方の力があれば、この依頼は簡単にこなせると思うわ」
「はい」
「現地での作戦は私達も一緒に考えるので、お願いね」
これで三人は、ハレイン様が関わっている新しい領に向かう事となった。
ハレイン様は『銀朱の蒼穹』にルリくん、ルナちゃん、シヤさんが入っている事は知らないはずだ。
なので、顔バレする心配もない。
三人は早速新しい領に向かって、出発して貰った。
「では、残りのメンバーで『Aランクダンジョン』に入る事にします。最優先として、フィリアのレベルを――――」
「待って」
「ん? どうしたの? フィリア」
「えっと…………出来れば、先にソラのレベルを上げたい」
「ん? でも僕は今でも沢山の仲間達が――――」
隣にいたカールが僕の肩に手を上げる。
そして、小さい声で俺に話しかけてきた。
「はぁ……バカソラ。フィリアが言いたいのは、そういう事じゃないだろう。最近他の仲間からばかり経験値を貰ってフィリアからはさっぱり貰ってないんだろう?」
「えっ? そ、そうだけど……? フィリアが一番強いし……」
「バカソラ。だからだよ。このままレベルを上げてしまうとますますあげるチャンスがないんだよ。だから、先にあげたいんだよ。はぁ彼女の気持ちくらい汲んでやれ」
あ、あっ、あああああああ、そういう事か……。
「ご、ごめん! 作戦変更だ! 俺のレベルを先に上げる事にしよう!」
フィリアの表情が明るくなる。
ミリシャさんは少しニヤけて仕方ないね~と、はぐらかしてくれた。
そうして、俺達は『Aランクダンジョン』に向かう事となった。
◇
ゼラリオン王城。
「陛下、『シュルト』に接点が得られました」
「ほぉ……稀代の暗殺集団か。よくやったビズリオ」
「はっ。ただ、今回は報酬は指定されました」
「ふむ?」
「どうやら『盗賊ギルド』の支配権が欲しいそうです」
「それほどの集団が、たかが『盗賊ギルド』を?」
「ええ。それと私の情報網から既に『盗賊ギルド』は掌握している模様です」
「くっくっくっ、あのハレインから密書を盗み出した者だ。あんな連中など掌握するのは造作もないだろう」
「はっ、恐らくこれからの『盗賊ギルド』が窓口になる事が予想されます」
「あれほどの腕を持つ暗殺集団か……良い手駒が我が国に入って来てくれたものだな」
「しかも、わざわざ私に接点を持とうとしました。という事は、我が国にその主人がいるという事を証明します」
「そうだな。その主人にコンタクトを取るのは難しいだろう。しかし、これで『シュルト』自体と接点が持てたのならそれでよい」
「はっ」
「ジェロームは?」
「念の為、境に」
「うむ。また戦いになるのなら、今度は我も出る」
「はっ、レボルシオン領から装備の購入を急ぎます」
「…………あの下民の領か」
「どうやら凄まじい速度で発展を遂げているそうです」
「そればかりはハレインの目が本物だったって事か」
「ですが、どうやらレボルシオン領は、ハレインではなく、王国に味方をしてくれるみたいです。今回の装備もこちらでしっかり売ってくれるのですから。しかも随分と良い品をです」
「そうか…………下民の領と思っていたが、この戦いが終わったら、領主に会いに行くか」
「会いに……でございますか?」
「ああ。それが礼儀というものだろう」
「はっ。その時はお供致します」
王が会いに行くというのは、最大限の礼儀である。
本来なら呼ぶのが正しい。
しかし、ソラ達の事を下民と思っていた王は、少し考えを変えようとしていた。
『Aランクダンジョン』。
それはゼラリオン王国で最難関ダンジョンとして有名である。
さらにAランクというだけで、各国は他国の冒険者を入れさせないようにしているほど、Aランクというダンジョンは貴重である。
そもそも敵が強いのは言うまでもないが、レベルを10まで目指す時に欠かせないのがこのダンジョンである。
この中を潜り抜けた六人だけが、最高レベル10に到達出来るのだ。
俺とフィリア、カール、ミリシャさん、アムダ姉さん、イロラ姉さん、カシアさんの七人でゼラリオン王国の『Aランクダンジョン』にやってきた。
入口の前には意外にもパーティーが二つもある。
「ん? あのパーティーって何処かで見たような……?」
大きな身体を持つ男が、俺を見ると感銘したように声をあげる。
俺に近づいた彼は、
「少年。久しぶりだな」
と、声を掛けてきた。
「あ! 『亡者の墓』の!」
「ああ。まさか、ここのダンジョンで会えるとはな」
「あ、あはは……最近ここまで来れるようになりまして、初めてなんです」
「ふむ……そうか、今日は七人なのか?」
「え? ええ、僕は指揮者なので、戦わないんです。戦うのは六人なんです」
「なるほど…………そうか。正規のパーティーか」
少し残念そうに語る男は、俺達のパーティーを眺める。
「少年。Aランクダンジョンの魔物は強い。気を付けなさい」
「ありがとうございます」
男性は俺の肩を優しく叩いて、入口から外に出て行った。
彼のパーティーのメンバーも俺達をまじまじと見ながら、外に出て行く
ついでに、もう一つのパーティーも俺達をまじまじと見ていた。
まあ、気にしても仕方ない。
「さあ、行こうか」
「「「おー!」」」
俺達は初めて『Aランクダンジョン』に入った。
目の前に広がっているのは、崖がある道が多岐に渡って続いている。
「えっと、あの崖から落ちたら……戻って来れないんだっけ?」
つまり――――死が待っているとされている。
「ええ。絶対に落ちないようにね?」
「ラビ。もしもの時はお願いね?」
「ぷぅー!」
ラビに空を飛ばして貰うのにも少し慣れたので、ラビも飛ばすのに慣れたようで自信ありげな返事だ。
それにルーもいるので、もしもの時は、ルーに乗って移動するか。
そもそも、ルーの背中に乗れるのか?
「ソラ。基本的に遠距離主体の方が良いかもな」
「そうだね。遠距離で様子を見ようか。フィリア達は近づいて来た敵をお願い」
「「「はい!」」」
俺達は崖を気にしつつ、馬車三台ほどが通れそうな道を進む。
余程の無理をしなければ、この道から崖に落ちる事はないだろうけど……。
最初に出くわした魔物は、Bランク上位魔物の巨大サソリ魔物だ。
他のフロアなら、十分フロアボスとしての強さを持つ魔物だが、ここではこれで普通の魔物だ。
数はそれほど多くはないらしいが、一度に三体も出る場合があるそうだ。
「――――――、アイスランス! ダブルマジック!」
カールの詠唱から、既に2メートルの大きさまで達している巨大な氷の槍が二つ現れる。
二つの巨大な氷の槍が、巨大サソリに向かって飛んでいくが、サソリは当然のように、鋭い尻尾でアイスランスを振り払った。
「聞いていた通り、賢いな」
ここの魔物は強さもさることながら、賢いのも特徴だ。
サソリは正面を向いたまま、横斜めに移動する。
正面から来ないのも中々賢いと言えるだろう。
「イロラ! 引き付けて!」
「うん!」
今度はアムダ姉さんとイロラ姉さんが出ていく。
「ラビ! 援護を!」
ラビの鳴き声から風魔法がサソリを襲う。
サソリは、近くにいたイロラ姉さんを狙うが、イロラ姉さんは避ける事に集中して当たらない。
その間に、近づいたアムダ姉さんの打撃が決まる。
「っ!? か、硬い!」
すぐに離脱したアムダ姉さん。
「剣技、衝追斬!」
一瞬できた魔物の隙間で、フィリアの剣戟がサソリを斬る。
「…………フィリアの剣でも斬れないか」
「噂通り、硬いな」
「うん。対サソリ作戦開始!」
「「「はい!」」」
巨大サソリと普通に戦った場合、どれほど大変か試してみたが、思っていた以上に大変そうだ。
魔法が良く効くらしいが、当てるのにも一苦労しそうなので、俺達はもう一つの作戦を試す事にした。
先程と同じくイロラ姉さんとフィリアが囮になって、サソリの攻撃を避ける。
その隙間に、アムダ姉さんが近づいた。
「武道技! 発勁!」
アムダ姉さんの紫色に光る右手がサソリに当たる。
とても強そうには見えないが、直後サソリが大声をあげる。
目の色を変えたサソリがアムダ姉さんを狙い付けるが、その隙にイロラ姉さんとフィリアは長い後ろ脚の関節に重点的に攻撃を試みる。
「斬れた!」
フィリアの鋭い双剣がサソリの後ろ脚の関節を斬り落とす。
サソリは威嚇の鳴き声をあげ、フィリアを狙うと、再度アムダ姉さんの攻撃が始まり、少しずつ動きが遅くなる。
「――――――、アイスランス! ダブルマジック!」
大きな氷の槍がサソリの大きな二つの触肢に刺さり、その場から動けなくなる。
その隙に、俺の隣で力を溜めていたカシアさんが走る。
その両手に込められた光から凄まじい力を感じる。
「武道技! 発勁!」
カシアさんの攻撃がサソリの中心に直撃し、数秒後サソリはブルブル震え、その場から消えていった。
巨大サソリは、硬いが内部は非常に脆い。
武闘家や武道家が使える発勁というスキルが非常に活躍する魔物である。