「くっ! ここまで来て逃げるというのか!」
騎士に持ち上げられているアースが声を荒げた。
それに一人の騎士が悔しそうに答える。
「アース殿。あなたは我々帝国の希望です。あの『剣聖』を目の前にして分かりました。あの若さで既にアイザック様に匹敵する強さがあります」
「なっ!? アイザック様と匹敵!? あの女が!?」
「はい。それは間違いなく『転職士』の力でしょう…………アース殿。もしかしたらこのまま逃げ切れるかすら怪しいです。ここからは帝国に逃げ帰る事だけど考えてください」
「…………」
いくら世間知らずのアースでも騎士の悔しさに滲み出る言葉を理解出来なくはなかった。
――――力がない者。強過ぎる力を前にした者。
そんな者が口にする言葉だからだ。
アースも何処か悔しさを感じる。
その時、前を走っていた騎士が転ぶ。
「がはっ!」
他の騎士達がその場に止まり、剣を抜く。
「あ、足がぁぁ!」
倒れた騎士の両足は、既に騎士から切り離されていた。
「悪いけど、その男は帰さないよ?」
騎士の前には絶望に等しい威圧感を放つ存在が見え始めた。
美しい黒髪をなびかせて、その隙間から見える青い瞳から、静かで冷たい殺気が騎士達を襲う。
「残念だけど、私はフィリア姉さんのように優しくはないよ?」
そう告げる少年。
まだ自分達より遥かに幼い彼からは、絶望しか感じられなかった。
騎士達は抜いた剣で少年に仕掛けようとするが、一人、また一人、その剣を持っていた腕がその場に落とされた。
「「「腕があああ!」」」
斬られた腕を絶望的な表情で見つめながら、その場に崩れ落ちる騎士達。
そして、最後のアースを守っていた騎士が一歩前に出る。
「う、うわあああ!」
既に恐怖に支配された騎士の攻撃は、少年に届く事はなかった。
そして、少年がアースに向かって歩き出そうとした瞬間。
ゴゴゴゴゴォ!
森の奥から大地を震わせるような凄まじい轟音が少年を襲う。
遠くからの攻撃に、既に少年はその場から避けており、遥か先に離れた。
少年が立っていた場所は、地面が大きく抉れていた。
凄まじい攻撃が飛んできた先から、一人の男が威圧感を放ち、前に歩いて来た。
「あ、貴方様は!?」
アースが驚くも、すぐに男に睨まれて口を閉じた。
「…………おい。お前、前に出てこい」
男が向かって喋った場所から、先程の少年が降りて来た。
お互いに冷たく殺気めいた視線で睨み合う。
それだけでその場にいる人は息すら出来ないほどである。
「『銀朱の蒼穹』の者だな?」
「ええ。あなたは?」
「俺は帝国のエンペラーナイトの一人。アイザック・エンゲイトだ」
静かに怒りを抑えてそう告げる男。
「……その男は渡せませんが」
「…………この場で俺と戦うのか?」
「そんな愚かな事はしませんが、この場で貴方を足止めすれば、すぐに俺の仲間が来るはずです」
「…………中々肝っ玉の据わった少年だな。それも『転職士』の力か?」
「そうですね。全てマスターの力と言えるでしょう」
「そうか」
淡々と話した男は、少年の前に小さな袋を投げた。
「これはお詫びだ。それとこいつのは『転職士』であっている。レベルは5。経験値は32人まで。」
「…………」
少年は目の前の袋を静かに拾う。
中身を確認しなくても、それが高価な物である事くらい容易に想像がつく。
「後に騎士達十人は解放しましょう。ただし、ここの五人は五体満足ではありませんので、悪しからず」
「ああ。承知の上だ」
そう呟くアイザックは、放心状態のアースを抱きかかえた。
「主に伝えろ。このアイザック。この屈辱はいずれ晴らす」
「……分かりました」
そう言い残したアイザックは、怒りをぶちまけるかの如く、凄まじい速度でその場を去った。
◇
「ルリくん!」
「ソラ兄さん」
「怪我はない!?」
ルリくんからエンペラーナイトと対峙したと連絡があった時はどうなる事かと思ったけど、どうやら無事のようで、本当に安堵した。
「うん。大丈夫。傷一つ付いてないから大丈夫! それにしても勝手に約束決めてごめんなさい」
「ううん。ルリくんが無事ならどうって事はない。それにあの取引を許可したのも俺だし」
相手が何か分からない物を出して、『転職士』の情報まで先に公開してくれた。
その事で、余程あの転職士を大切にしているんだと知ったから、ルリくんにはあれ以上手を出さないように指示していた。
おかげで、帝国の最強騎士と相まみえる事なく、事が済んで良かった。
俺達は一旦倒れている騎士達を連れ、エホイ町に帰還し、騎士達を回復してあげる。
そして、次の日、目を覚ました彼らに事実を告げると悔しそうな涙を流した。
無傷の五人の騎士が、欠損騎士となった五人と共に俺達から遠くなる様は、何処か悲しみすら感じてしまった。
人との戦いはここまで覚悟が必要なのだと、俺は今回の一件で心の中で強く決心した日となった。
◇
エンゲイト家屋敷。
アイザックの前には、アースが土下座している。
「アイザック様! 俺にもう一度チャンスをください! 今度は……絶対にあの『転職士』に負けません!」
「……アース」
「はい!」
「今回の戦いで、あまりにも多くを失った」
「はい!」
「本当なら、お前を切り刻んでやりたいとも思ったが、それでは亡くなった者やここまで頑張って来た者、そして、これ以上戦う事が出来ない彼らに面目が立たん」
「はいっ!」
「だから、これは命令ではなく、一人の男として頼む。彼らの分まで強くなれ」
「はいっ! 必ずや!」
奇しくも、この戦いで、帝国の転職士がその牙を磨く事となるのであった。
騎士に持ち上げられているアースが声を荒げた。
それに一人の騎士が悔しそうに答える。
「アース殿。あなたは我々帝国の希望です。あの『剣聖』を目の前にして分かりました。あの若さで既にアイザック様に匹敵する強さがあります」
「なっ!? アイザック様と匹敵!? あの女が!?」
「はい。それは間違いなく『転職士』の力でしょう…………アース殿。もしかしたらこのまま逃げ切れるかすら怪しいです。ここからは帝国に逃げ帰る事だけど考えてください」
「…………」
いくら世間知らずのアースでも騎士の悔しさに滲み出る言葉を理解出来なくはなかった。
――――力がない者。強過ぎる力を前にした者。
そんな者が口にする言葉だからだ。
アースも何処か悔しさを感じる。
その時、前を走っていた騎士が転ぶ。
「がはっ!」
他の騎士達がその場に止まり、剣を抜く。
「あ、足がぁぁ!」
倒れた騎士の両足は、既に騎士から切り離されていた。
「悪いけど、その男は帰さないよ?」
騎士の前には絶望に等しい威圧感を放つ存在が見え始めた。
美しい黒髪をなびかせて、その隙間から見える青い瞳から、静かで冷たい殺気が騎士達を襲う。
「残念だけど、私はフィリア姉さんのように優しくはないよ?」
そう告げる少年。
まだ自分達より遥かに幼い彼からは、絶望しか感じられなかった。
騎士達は抜いた剣で少年に仕掛けようとするが、一人、また一人、その剣を持っていた腕がその場に落とされた。
「「「腕があああ!」」」
斬られた腕を絶望的な表情で見つめながら、その場に崩れ落ちる騎士達。
そして、最後のアースを守っていた騎士が一歩前に出る。
「う、うわあああ!」
既に恐怖に支配された騎士の攻撃は、少年に届く事はなかった。
そして、少年がアースに向かって歩き出そうとした瞬間。
ゴゴゴゴゴォ!
森の奥から大地を震わせるような凄まじい轟音が少年を襲う。
遠くからの攻撃に、既に少年はその場から避けており、遥か先に離れた。
少年が立っていた場所は、地面が大きく抉れていた。
凄まじい攻撃が飛んできた先から、一人の男が威圧感を放ち、前に歩いて来た。
「あ、貴方様は!?」
アースが驚くも、すぐに男に睨まれて口を閉じた。
「…………おい。お前、前に出てこい」
男が向かって喋った場所から、先程の少年が降りて来た。
お互いに冷たく殺気めいた視線で睨み合う。
それだけでその場にいる人は息すら出来ないほどである。
「『銀朱の蒼穹』の者だな?」
「ええ。あなたは?」
「俺は帝国のエンペラーナイトの一人。アイザック・エンゲイトだ」
静かに怒りを抑えてそう告げる男。
「……その男は渡せませんが」
「…………この場で俺と戦うのか?」
「そんな愚かな事はしませんが、この場で貴方を足止めすれば、すぐに俺の仲間が来るはずです」
「…………中々肝っ玉の据わった少年だな。それも『転職士』の力か?」
「そうですね。全てマスターの力と言えるでしょう」
「そうか」
淡々と話した男は、少年の前に小さな袋を投げた。
「これはお詫びだ。それとこいつのは『転職士』であっている。レベルは5。経験値は32人まで。」
「…………」
少年は目の前の袋を静かに拾う。
中身を確認しなくても、それが高価な物である事くらい容易に想像がつく。
「後に騎士達十人は解放しましょう。ただし、ここの五人は五体満足ではありませんので、悪しからず」
「ああ。承知の上だ」
そう呟くアイザックは、放心状態のアースを抱きかかえた。
「主に伝えろ。このアイザック。この屈辱はいずれ晴らす」
「……分かりました」
そう言い残したアイザックは、怒りをぶちまけるかの如く、凄まじい速度でその場を去った。
◇
「ルリくん!」
「ソラ兄さん」
「怪我はない!?」
ルリくんからエンペラーナイトと対峙したと連絡があった時はどうなる事かと思ったけど、どうやら無事のようで、本当に安堵した。
「うん。大丈夫。傷一つ付いてないから大丈夫! それにしても勝手に約束決めてごめんなさい」
「ううん。ルリくんが無事ならどうって事はない。それにあの取引を許可したのも俺だし」
相手が何か分からない物を出して、『転職士』の情報まで先に公開してくれた。
その事で、余程あの転職士を大切にしているんだと知ったから、ルリくんにはあれ以上手を出さないように指示していた。
おかげで、帝国の最強騎士と相まみえる事なく、事が済んで良かった。
俺達は一旦倒れている騎士達を連れ、エホイ町に帰還し、騎士達を回復してあげる。
そして、次の日、目を覚ました彼らに事実を告げると悔しそうな涙を流した。
無傷の五人の騎士が、欠損騎士となった五人と共に俺達から遠くなる様は、何処か悲しみすら感じてしまった。
人との戦いはここまで覚悟が必要なのだと、俺は今回の一件で心の中で強く決心した日となった。
◇
エンゲイト家屋敷。
アイザックの前には、アースが土下座している。
「アイザック様! 俺にもう一度チャンスをください! 今度は……絶対にあの『転職士』に負けません!」
「……アース」
「はい!」
「今回の戦いで、あまりにも多くを失った」
「はい!」
「本当なら、お前を切り刻んでやりたいとも思ったが、それでは亡くなった者やここまで頑張って来た者、そして、これ以上戦う事が出来ない彼らに面目が立たん」
「はいっ!」
「だから、これは命令ではなく、一人の男として頼む。彼らの分まで強くなれ」
「はいっ! 必ずや!」
奇しくも、この戦いで、帝国の転職士がその牙を磨く事となるのであった。